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2008.06.30(Mon)

成功の鍵は「迂回生産」にあり 

  「迂回生産」という言葉があります。

  ある仕事に着手するとき、いきなりその仕事に取りかかるのではなく、効率を上げるための準備作業を行うことをいいます(と思ってます)。
  たとえば、川で魚を捕りたい場合、いきなり手づかみでやるより、網を作っておいた方がいい、という感じです。手づかみで魚を取り始めると、すぐに何匹かの魚が手に入りますが、最終的には網で巣くう方がより多くの魚を捕まえることができます。

  人間は悲しいもので、目先の利益に飛びつきがちです。それゆえ、往々にしてこの迂回生産を「無駄な時間」と認識することがあるのです。

  だが、それこそ間違いです。迂回生産が無駄な作業に見えるのは、目的のために最も合理的な迂回生産をしていないからです。
  川の例で言うと、魚を捕るといっても、大型漁船など必要ないし、浅い川ならそもそも小舟すら不要でしょう。そう考えると、迂回生産の中身は、目的と、それを追求する領域との関係から決まるということになりそうです。

  こういうことをえらそうに吹聴していると、「おまえはどうなんだ」と言われてしまいそうなので、私が日常生活でどのような迂回生産を行っているか紹介します。

  私の仕事(塾講師)というのは終業時間が普通の仕事より遅いので、帰宅して少しのんびりしているととんでもない時間に寝る羽目になってしまいます。
  それでも生きては行けるのですが、別の仕事に変わった時そういうクセがついているのはまずいだろう、ということで、なるべく早く、一定の時間に起きるようにしたいと思いました。
  初めは、帰宅したらとにかく一休みせず、素早く行動して「○時に寝よう」という目標を立ててやっていました。しかし、全く効果がありませんでした。少しくらいいいだろうと思い、結局延び延びになってしまうのです。
  原因を考えてみると、どうも物事を進める順番がはっきりしていないので、次に何をしようか考えてしまっていることに気づきました。何時に寝ようと決めていても、そこまでの通過点をきちんと意識していないので、どんどん後ろにずれてしまうのです。
  同じように、起きてから出勤するまでの時間も非常に無駄が多くなっていました。他人に「時間を効率よく使え」と言いながら、これではいけません。
  そこで、とにかく帰宅したら「寝るまで」「翌朝起きてから家を出るまで」を紙に書き出して、それぞれ何時何分までにクリアするか、時刻も横に付記しておくことにしました。
  こうなると、一番重要なのはゴールの地点(たとえば就寝時間、行きの電車の出発時刻)を先に決めてしまうことです。そこが決まれば、逆算して何を何時何分までに済ませなくてはいけないかが決まってきます。
  そうした上で、やらなくてはいけないことを配置していくのです。洗濯をやらなければ行けない場合は、それを入れた上で何時に起きるかまで決定しなくてはありません。
  こういう作業は非常に手間がかかり、10分や15分かかってしまうこともしばしばです。与えられた時間が少ない場合、とにかく動く方が先だと思ってしまい、その10分や15分がムダに感じられることもあるかもしれません。
  しかし、その行動計画みたいなものを決定していた方がトータルで早く終わるのです。どうしてだろうと思いましたが、一番大きいのは、頭をいちいち使わずに済むからです。流れや通過点を決めておかないと、どうしても「次はどうすればいいか」という判断に気を取られてしまい、その分だけ時間や頭のスタミナみたいなものを浪費してしまうわけです。

  そう考えると、迂回生産の最大のメリットは、実際に仕事に取り組んだときに、その場でしか出来ないこと(臨機応変な判断や、実際にする手作業)に集中できることなのではないかと思います。
  だから、準備を出来る限り整えておくというのは、間違いなくプラスになるのです。これは、その場その場の判断がものをいう分野(たとえばサッカーのようなスポーツ)でもそうです。目的(ゴールすること、失点を抑えること)から逆算して、最も合理的な準備(戦術やそれを実行する体力・技術の養成)を行うことのメリットに、例外はありません。
  これを邪魔しているのは、「やれば何とかなるだろう」という甘い考えです。たしかに何とかなることはなるのですが、目標を達成するために思わぬ犠牲を払ってしまう羽目になりかねません。
  そうなると、私が考える迂回生産の鉄則は、

(1)目的を強烈に意識すること
(2)その目的から常識的に逆算をすること
(3)徹底的に、しかも実行可能な準備をしておくこと


  一番大切なのは(1)です。何かをやろうと思うからこそ、人間は行動ができるのですから、考えてみれば当たり前です。
  別に、だいそれたことでなくてもいいのです。私みたいに、なるべく早く家を出るとか、そんなことでもいいからまず意識して、それに向けた努力をすることです。そこで得た経験や教訓をもっと大きな目的のために生かすことができればいいのです。
  (2)は意外とみんなが出来ていないことです。入試の問題で、「問1」から解き始めてしまうクセが付いている人は要注意です。「順に解いていけばなんとかなるだろう」と思っているから、時間が足りなくなってしまうのです。ゴールから逆算していけば、そういうことは避けられます。
  (3)の「実行可能」というところは大切です。分刻みのスケジュールとか立ててしまう人は、そんなことをできるのでしょうか。せいぜい5分刻みでしょう。明らかに常識から外れた時間配分・資源配分は、何も考えていないよりもっとたちが悪いです。「これをやるには、このくらい時間がかかるだろうか?」という問題は、よく考えてみなければいけません。そのために使う時間は、迂回生産の一部であり、全くムダにはなりません。
  
  日常生活にしろ、ビッグプロジェクトにしろ、国家戦略にしろ、はたまた一人の人間の人生にしろ、中身を充実させるには迂回生産を成功させることが大切です。
  他人から言われた仕事や、あっという間に過ぎ去ってしまう時間といった外的要因に流されるままに生きてしまうのは、どうももったいないような気がします。

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2008.06.16(Mon)

「おやじ学級」が全国津々浦々にできたらいいのに・・・ 

  もうあまり記憶が残っていないのですが、私は幼少の頃東京の「中野区」という場所に住んでいました。その経験があって、目にとまったニュースです。少し古いのはご容赦下さい。

東京・中野富士見中:役目終える「おやじ」 荒廃・いじめ自殺、立ち上がり22年
http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080501ddm041040118000c.html
--------以下引用--------
 ◇統廃合で
 東京都中野区立中野富士見中学2年の鹿川裕史君(当時13歳)が86年2月、同級生に担任教諭も加わったいじめを苦にして自殺したことを機に、地域の父親たちが結成した「おやじの会」が、今年度末で解散する。「陰湿ないじめのある中学」とレッテルを張られた学校、生徒たち、地域を守ろうと、活動は22年に及んだ。(中略)

 鹿川君は「このままじゃ『生きジゴク』になっちゃうよ」との遺書を残して自ら命を絶った。教諭もいじめに加わっていたこともあり「廃校にしろ」と激しい批判が起きた。当時PTA会長だった矢口正行さん(66)は「学校は地域のつながりの核。学校を残したい」と周囲に呼び掛け、自殺の翌月に会を発足させた。その年の卒業式当日、学校から見えるビルの壁に「ガンバレ中野富士見中 おやじの会」と書いた手作りの看板を掲げた。初代会長の松本哲二さん(67)は「当時は、マスコミは学校のことを何も分かっていないと腹立たしかったが、自分もPTA活動をするまで母親任せで何も知らなかった。学校に父親がいなかった」と振り返る。

 現在の会員は40~60代の約30人。月1回の定例会は、ビールを片手に腹を割って話し合う。合言葉は「学校の方針に口を出さない」「女房、子供に迎合しない」「責任は自分たちで負う」。2月の餅つき、新緑の中を歩くグリーンウオーク、夏に夜通し歩くナイトウオークを定着させ、多くの生徒や親が楽しみにするようになった。当初あった「のんべえの会」と揶揄(やゆ)する声も、いつしか消えた。

 4月29日、最後のグリーンウオーク。全校生徒の6割に当たる53人と親ら55人が参加。生徒たちは止めどなくしゃべり、歌い、おやじ特製の豚汁をおかわりし、後片付けを手伝った。同行した牧井直文校長は「赴任が決まった時『あの富士見中か』と一瞬戸惑った。でも区内で一番落ち着いた良い学校だった。おやじの会が学校や地域にどんな影響を与えたかは、子供たちを見てもらえば分かります」と話した。
--------引用以上--------

  私も子供やその親御さんと接する立場にいる人間なので、この「おやじ学級」というものが持っている意味については、十分理解できるつもりです。以下、簡単にその内容を述べてみたいと思います。

「集まる」ことが持つ意味

  上記のニュース記事の中で、中野富士見中学の「おやじ学級」は、当初は「のんべえの会」と揶揄されたというエピソードが紹介されています。正規の学校関連団体であるPTAからの視線の冷たさを象徴しているのかも知れませんが、私はかえってこれがよかったのではないかと思っています。
  なぜなら、共同体というのはまずもって金銭的価値に置き換えられる利害を超えた部分で人間同士が触れあうことから始まるからです。そのためには、理由は何でもいいと思っています。同じ中学校に通う父親同士が、酒を飲むために集まるというだけで十分でしょう。
  ただ集まって話すだけでもたらされるメリットがあるのです。まず、自分と同じような立場にいる人間は一人ではないということが分かり、安心感が持てます。また、似たような経験をした人の話を聞いて、悩みを打開するヒントが見つかる場合もあります。そういうきっかけを作るために、酒が入るというのはむしろ好ましいことでしょう。
  ところが、今の日本の都市部では、こういう「集まる」きっかけすらないというのが現状です。特に、働いているお父さんはそうです。地域の活動に参加したいという人はいても、一体どこで何をやっているのかさっぱり分からなかったり、そういう活動があったとしても、平日の昼間で参加ができなかったりするわけです。

「父親不在」とは

  そもそも父親が家にいない、いても週末だけという状況は、どうやって生まれてきたのでしょうか。
  一番大きい原因は、父親が「出稼ぎ」をしていることです。つまり、中野区なら中野区ではなく、大手町や赤坂みたいなオフィス街に行き、夜になって帰ってくるという生活をしているということです。自営なさっているご家庭は別として、そういう遠距離通勤が当たり前になっているのが、現代の日本です。これでは、地元の昼の顔など知ろうと思っても困難です。

  また、その仕事の時間が非常に長いというのも問題です。公式の資料に当たってみると、だいたい月平均労働時間が150時間くらいになっていますが、これらは非正規雇用(パート、アルバイト)も含めたもので、正社員であれば当然これより多くなっています。それに、記録に残らない残業(いわゆるサービス残業)も横行しています。
  ここのところ、就業時間が青天井になっていることをうかがわせるニュースが続出しています。いくつか紹介しましょう。

ツアコン「心も体も限界」残業代求め提訴 阪急交通社系
http://www.asahi.com/national/update/0523/TKY200805230080.html
--------以下引用--------
 阪急交通社の子会社、阪急トラベルサポート(本社・大阪市)の派遣添乗員9人が、何時間働いても定額の日当しかもらえない「みなし労働時間制」の適用は不当だとして、未払い残業代など1人あたり400万円程度を求めて近く東京地裁に提訴する。うち1人は先行して23日、1カ月分の残業代約20万円を求めて東京地裁に労働審判を申し立てる。同日、記者会見して明らかにした。

 添乗員らは「長時間労働で心身共に限界。せめてきちんと残業代を支払って欲しい」などと訴えた。

 みなし労働時間制は、労働時間の算定が難しい場合に限り、通常必要な労働時間を想定して、給与を一定額にすることが認められる制度。

 9人は国内外のツアー添乗員で、労働時間は長い日で1日15、16時間に及ぶ。だが、みなし労働時間制を適用されているため、賃金は定額の日当(1万2千円~2万円)だけで、残業代はつかない。

 添乗員らは「勤務スケジュールは会社側に細かく管理されており、制度の適用は不当だ」などと反発し、昨年1月に全国一般東京東部労組に加入。団体交渉で会社側に制度の改善を求めてきた。昨年10月には三田労働基準監督署が会社に対し、みなし労働時間制適用は不適当として残業代を支払うように命じている。
--------引用以上--------

キヤノン社員自殺は労災 自宅で長時間残業続ける
http://www.47news.jp/CN/200806/CN2008061301000592.html
--------以下引用--------
 沼津労働基準監督署(静岡県)は13日までに、自宅に仕事を持ち帰り長時間残業を続けたキヤノンの男性社員=当時(37)=の自殺について、過重な業務で精神疾患を発症したのが原因として労災と認定した。

 代理人の川人博弁護士は「キヤノンの御手洗冨士夫会長が会長を務める日本経団連は被災者の死を真摯に受け止め、自殺予防に全力で取り組むべきだ」と話している。

 川人弁護士によると、男性はキヤノンの富士裾野リサーチパーク(静岡県裾野市)に研究職として勤務していた2006年11月30日、電車に飛び込み自殺した。

 職場は午後10時までしか残業できない決まりだったが、男性は帰宅後や休日も深夜までパソコンを使って仕事をしていた。パソコンから自宅での労働時間を確認した結果、同年8月末から10月下旬まで54日間休まずに働いており、社内での勤務時間と合わせると、自殺前1カ月の残業は263時間に上った。
--------引用以上--------

  ここに挙げたような就業条件は今の雇用情勢で「ありえない」異常な例では決してありません。これではとても子育てや地域の問題に関心を寄せる余裕がないということは分かるでしょう。
  江戸時代の労働時間は、丁稚奉公のような特殊な例を除いて、多くて8時間、冬場は5時間程度だったといわれています。また、職場は家の近くでした。現代のサラリーマンのような生活をしていたのは「武士」だけですが、それでも武家屋敷から城に登庁するので、そんなに長い時間かけて通勤していたのではありません。
  鉄道や自動車の存在や、人口集中によるドーナツ化で、ずいぶん生活が変質してしまったようです。そして、その核心は、主要な働き手である父親が(最近は母親も)子供たちが生活している領域から遠く離れた場所で一日の大半を過ごさざるを得なくなったことなのです。
  もちろん、これをいきなり変換するのは困難ですが、そもそもの問題はこの「生活の分離」とも言うべきところから生じているということは知っておかなければなりません。

「子供の生活領域に関する情報」の重要性

  ところで、私事になりますが、私が教室を移ってまずやることがあります。それは、新しい職場にどんなものがあるかという情報を徹底的に頭に入れることです。
  実感がわかなければ実際に見に行きます。地元で買い物に行きそうな場所や、遊び場になりそうな公園、駅周辺の地形や建物などを覚えておいて、生徒と話すときに「じゃあ、家は○○がある方だな」などと言うと、生徒と会話するのが非常に楽になります。
  あとは、部活動の活動状況がいいネタです。どこの中学が強いか、という話は、学校が違う同じ部活動の子供たちに共通して使えるネタなので必ず覚えておきます。
  そういうネタを覚えて会話をしたからといって、子供の成績が上がるわけではありません。しかし、それによって子供とやりとりはできます。向こうも、理解がある大人だと思ってくれるでしょう。
  私の場合仕事が午後からなので「下見」ができるのですが、上の記事に出ているような働き盛り(というより働かされ盛り)の保護者にはまず無理です。どうも、日本の父親が浮いた存在になってしまう原因は、この情報不足というところにある気がするのです。
  オリコンという会社のアンケートで「女子中高生が父親に望むものはコミュニケーション能力」という結果(●こちらを参照)が出たらしいですが、これをもって日本の父親を会話が下手だとか論評するのは完全な誤解です。対象(子供)の生活領域に関する情報をほとんど持っていない人間が、コミュニケーションなど取りようがないのです。
  そういうことからすると、日本の父親が子供と接するのが下手だというのは民族性によるものというより、生活パターンによって子供に関する情報の欠乏症に陥っていると理解しなければなりません。
  もちろん、ここでいう「情報」というのは、子供の成績や好きなアイドルなんかではありません。彼や彼女がどういう環境で生きているのか、彼らの世界にはどんなものがあるかという、生活感のあるゴミゴミした情報です。
  勉強のことばかり言いたがる親御さんがいますが、その人は多分利用すべき情報が間違っているのです。成績や知識量の多寡についていくら知ったところで、その子を理解することはできません。彼彼女の周りにどんなものが転がっているか、その方が数十倍も大事です。

「大人が集まる時間」こそ必修科目にすべき

  そういう「子供に対する情報不足」を補う意味で、おやじ学級という集まりの持つ意味は非常に大きいのではないでしょうか。
  私がおやじ学級(まだ未婚なので参加する大義名分がないが・・・)のコーディネーターだったら、そういう地元の情報を、自営業をやっている方にどんどんしゃべらせることから始めるでしょう。そして、その後、「どうです、みなさん。これで、中学生が立ち寄りそうな場所がわかったんじゃないですか?」「○○の話を混ぜたら、話すきっかけになるんじゃないですか?」と、それらの情報が持つ意味を再認識してもらうのです。
  私が思うに、武道を必修にするとか、国を愛する態度を涵養するとか、そんなことよりもまずいの一番に、こういう大人の集まりこそ必修科目にすべきなのではないでしょうか。
  「地域で子供を見守る」などというスローガンが吹聴されたります。しかし、実際はそうなっていません。理由は簡単で、子供を見守る側がバラバラだからです。文字で書かれた以外の、人間の体温や息づかいのする情報を共有できていないからです。
  同じ学校に通う大人、特に男親の集まりについて消極的な意見を持つ人は、「親にはそれぞれ都合がある」という考えをお持ちなのかも知れません。誰でも自分の生活があるのだから、それを阻害してはいけないということです。もっと端的に言えば、「面倒くさい」ということです。
  しかし、私に言わせれば順序が逆なのです。もともとそれぞれの個人や家庭が個々別々に存立し、他と関わらずに生きているという社会観の方がおかしいのです。都合があるからと集まることに消極的なお父さんであっても、会社では集団の中で他の個人との関係を作ることで「自分」というものを作り上げているはずです。
  問題なのは、お父さんが遠距離通勤をして勤務先で作り上げている世界と、地元にいる奥さんや子供との間で形成されている世界がズレていることなのです。ここを可能な限り重ね合わせることで、おそらく現代型の寂しい家庭が抱えている問題の多くは解決します。
  本当はみんなそういう機会ができてくれないだろうか、と、心のどこかで思っているのかも知れません。しかし、なかなかできません。そういう現状なのだから、絶望していても仕方がありません。
  それならば、既存の人的関係をうまく利用して、無理矢理にでも大人が集まる機会を作っていけばいいのです。冒頭の引用記事で、PTAの会長さんが、

>学校は地域のつながりの核

  と言っているのは、まさにそういうことを意味しているのだと思うのです。
  誤解を恐れずに言えば、今の学校、というより、近代教育制度の学校は、子供を刑務所にぶち込んで政府が公認した学習体系で洗脳するための施設です。成績がいい子が評価されているのは、いちいち文句をつけずに進んで洗脳を受けているからです。もっと有り体にいってしまえば、「滞在時間が決まっているカルト宗教の何とかサティアン」(笑)なのです。
  だから、放っておくと教師と生徒の間で、世の中の常識とずれたことがどんどん起こってくるのです。教員が生徒と性的関係を持つとか、明らかに非常識な性教育とかヘーワジンケン教育が行われるとか、そういう例が出てきてしまうのです。
  それを相対化するには、やはり「教育は私事である」という原則に立ち返り、親が子供の生活領域に関する情報を持ち、子供とそれについてほぼ対等にコミュニケーションできるようにならなければなりません。
  こういうときにメディアが放つ抽象的な分析結果やマニュアルに飛びついてはいけません。教育評論家だとか、学者だとかが調査結果を基にして活字やテレビの画面で発信している情報は、上のような情報不足を埋めるのに全く役に立ちません。それどころか、そういう味も素っ気もない情報に依拠して子供と関わろうとして、かえって溝を深めてしまうことになります。
  子供を理解する鍵は、子供の生活領域にあるということを、是非とも知っていただきたいです。「おやじ学級」 は、必ずその突破口になります。
  行政任せにせず、学校の先生に協力してもらいながら、3人でも4人でも始めてみたらいいんじゃないでしょうか?私も、できる限り早く参加したいです(笑)。

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2008.05.18(Sun)

「教育再生」を話し合ってて、なんで「犯罪防止」が出てくるの? 

  戦後レジームの脱却だとか夢物語を唱えて、教育カイカクに取り組んだ「使えない」おぼっちゃま政治家がいましたが、その政治家の残した有象無象の懇談会(こういうところに払う人件費こそ税金のムダだと思うのは筆者だけか)の一つが、訳の分からないことを言い始めました。

小中生の携帯所持禁止を提言へ=教育再生懇が一致
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2008051700195
--------以下引用--------
 政府の教育再生懇談会(座長・安西祐一郎慶応義塾塾長)は17日、都内で会合を開き、小中学生に携帯電話を持たせないよう保護者らに求める提言を、今月末にまとめる一次報告に盛り込むことで一致した。報告には、小中学生が使う携帯電話の機能を、通話や居場所確認に限定するよう携帯電話業界に求めることなども盛り込む。
 会合で、町村信孝官房長官は「携帯電話を使った犯罪が多発しているので、携帯会社任せにせずに規制を考えることが必要ではないか」と述べた。山谷えり子首相補佐官は会合後の記者会見で、「携帯を強制的に持たせないわけではないが、教育的視点から、保護者や業界に深く考えてもらうよう、メッセージを発信したい」としている。
--------引用以上--------

  なんだ、ずいぶん悪し様な言い方じゃないか。悪い提言じゃないだろう。このブログの筆者は、小中学生に野放図に携帯電話を使わせることをやめさせたくないのか?

  そんなことを考えた方もいらっしゃるでしょうね。残念ですが、的外れです。
  いいでしょうか。この記事のポイントは、ここです。

>教育再生懇談会

  これが、この懇談会の名称です。そして、参加者の一人である町村信孝の発言が

>携帯電話を使った犯罪が多発しているので、
>携帯会社任せにせずに規制を考えることが必要


  というものです。どうでしょうか。みなさん、何か感じませんか?

  そうです。なんでこの人たちは教育再生ではなく、犯罪防止目的の携帯電話規制を論じているのか?という疑問が湧いてくるはずです。

  私は、受験生に「こうしておけばよかった」というアンケートを毎年採っているのですが、その中で必ず出てくるのが「メールしてる時間が長すぎた」という声です。メッセージのやりとりに夢中になって、勉強する時間を取られてしまったことを後悔しているわけです。教える側としても、メールやらプロフ(ブログをさらに簡単にしたプロフィール中心のサイト)の交換やらに夢中になられては困ります。
  教育再生を謳うなら、そういう、学生の本分たる勉学にとって悪影響が及んでいる事態の改善を目的に掲げればいいはずです。
  それに、犯罪の防止ということなら、法務省とか警察庁とかがこういう提案をすべきでしょう。

  それなのに、いきなり「犯罪の防止」を持ち出す。どういう狙いがあるのでしょうか?

  そういえば、安倍内閣が教育カイカクと同時に、えらく熱心に取り組んでいたことがありました。それが、以下の政策です。

共謀罪、参議院選挙の争点へと安倍総理の決意
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/00dce189649a23f4cf1ef45f13354c2b
--------以下引用--------
共謀罪は、昨日の朝に突然に起き出した。安倍総理が19日午前、首相官邸で長勢甚遠法相と外務省の谷内正太郎事務次官と会談したことから、ニュースは流れた。「通常国会で成立を図るよう努力するように」と安倍総理が指示したと、閣議後の記者会見で長勢法務大臣が明らかにした。同じ閣議後の会見で、麻生外務大臣は「衆議院は通ったが、参議院で審議未了・廃案というのは避けたい。参議院選挙もあるので、その点も考えて対応していただきたい」とも述べている。
--------引用以上--------

  日本版の「共謀罪」は、共同謀議が罪になる犯罪類型が多すぎるということで問題になっています。●こちらを見ていただけるとわかるのですが、「傷害」あたりは腹が立ったら飲み屋あたりで共同謀議してしまいそうですし(笑)、エロサイトには「強制わいせつ」の共同謀議としか思えないような書き込みがたくさんありそうです。
  そういう団体だけに限る、と言いますが、一度こういう法律が作られたら、「抑止力がないので対象を広げる」なんてこともできるわけです。危険運転致死罪などは、まさにそうして出来た構成要件です。
  「そんなの考えすぎ、妄想だ」と、ムキになって言ってくる人は、まさかブログに「○○は在日や北朝鮮の陰謀だ」「○○なのは中国の工作によるものだ」なんて、想像力が豊かすぎることは書いてませんよね?(笑)
  だいいち、こんなものを作ってテロ防止などと、茶番もいいところです。それなら、スパイ防止法を作ればいいだけの話です。安倍内閣はそんなことを一度も俎上に上げませんでした。
  なにより、安倍内閣は、そのテロを起こす危険が最も高い(とマスコミや自民党の政治家が言っている)北朝鮮に対して本気で対決しようとしませんでした。経済制裁をやったらしいですが、●誰かさんの地元である下関港で、北朝鮮に向けてたくさん物資を積んだ船が悠々と出航しちゃってるほどの厳しさしかありません。
  こう考えると、安倍内閣の狙いは、北朝鮮の脅威やテロとの戦いなどをお題目に掲げて、表現の自由や人身の自由を規制することだったという可能性すらあります。

  私が言いたいのは、今回の携帯電話云々というのも、そういう文脈で出てきたのかもしれないということです。

  たとえば、小中学生による携帯電話の利用を規制したとします。それでも、「出会い系」の犯罪に一番餌食に遭いやすい(ということは、それだけ行動的でもある)高校生は規制されていません。だから、おそらく変な事件は止まらないでしょう。
  それなら、今度は根っこの部分である「未成年にとって危険を誘発するサイト」を規制する方向に向かうことは容易に想像が出来ます。しかし、それでもテレクラだとか、出会いカフェ(どんなものか知らない人は●こちらを参照)だとかが存在し、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)を使ったやりとりをパソコン経由で出来る以上、判断力が弱い未成年を毒牙にかけようとする犯罪は劇的に減少しないはずです。
  テレクラだとか出会いカフェだとかいう場所は、暴力団の資金源にもなっている(もちろん代紋は掲げずに、企業舎弟を経由しているだろう)ので、規制しようとしても、政治家との関係でナアナアになってしまう可能性が高いです。

  そうなると、最終的にどうなるか。もうインターネット全般を規制しろ!!という事態になるわけです。
  人権擁護法案なんかなくても、そうやって「未成年者保護」やら「教育再生」やらの美名で、ネット規制が行われる可能性があるわけです。共謀罪をあれだけ通そうとした連中が、そういうことを考えていないと油断する方がかえって変でしょう。

  それでもまだ安倍内閣を庇う人に少し意地悪な「状況証拠」を見せておきましょう。安倍やその周りにいる政治家、教育カイカクを唱えて精力的に動き回っている政治家の飼い主が、どういう連中かはすぐに察しがつくはずです。

パチンコストアー協会理事・会員リスト
http://www.pcsa.jp/member.htm

  あらららら?北朝鮮と対決し、在日チョウセン人からも評判がわる~いはずの安倍チャンとその仲間たちの名前がぞろぞろ出てきますね。

>下村 博文

  安倍内閣の官房副長官です。塾経営者出身なので、教育カイカクには非常に熱心に取り組んでいます。ちなみに、私は●下村サンの塾で働いたことはありません(笑)。
  下村の地元である板橋区は、本当にパチンコ屋がたくさんあります。東武東上線の下板橋から成増までの各駅の駅前を見てみると、「ああ、だからか」とすぐ納得が行きます。

>大村 秀章

  民主党の長妻議員と年金問題でやり合った議員(●こちらに動画あり)です。

>長勢 甚遠

  安倍政権の法務大臣です。共謀罪の担当ですね。

>岩屋 毅

  安倍政権の外務副大臣です。

>萩生田 光一

  人権擁護法案に反対していた(はずの)政治家です。下村と似ている点として、日本会議という保守系団体に加入していることが挙げられます。

>伊藤 公介

  安倍や下村、大村、荻生田と同様に、清和会(町村派)に所属している議員です。伊藤は耐震偽装事件の時、ヒューザーとの関係を疑われています(●こちらのリンクを参照)。

  こういう連中や、連中に担がれた御輿(=安倍チャン)が、教育カイカクなんて唱える資格があるんでしょうか?
  まあ、この期に及んで、「安倍サンの真の狙いはパチンコ屋を押さえ込むことだ」なんて妄想を出来る人(=重症患者)もいるのかもしれませんが・・・。どうも、安倍チャンの支持者にはそういう人が多いような気がします。

  安倍チャンが残したガン細胞みたいな懇談会が発信した今回のメッセージが、自然収縮してくれることを願います。もちろん、おかしな動きをしやしないか、監視しながら・・・。

※小泉新党の話題は、明日にでも続編記事を挙げます。

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2008.03.20(Thu)

奨学金を作った政党、国民の税金で外国人を養う政府 

  面白いものを見つけたので報告を兼ねて記事を書いてみようと思います。
  先日予告した少々大がかりな記事はもう少しお待ち下さい。

国民新党奨学金高等学校奨学生制度
http://www.kokumin.or.jp/shougakukin/
--------以下引用--------
日本は平成10年以降、自死者数が3万人を超える(先進国の中で最も多い)状況が続いています。一家の大黒柱を失うことにより、その家庭の将来は一挙に暗転することになります。特にその遺児の進学には、各種の育英会はあるものの、現状の深刻さを考えると、新たな奨学金制度が待望されているところであります。

国民新党は、遺児がせめて高校だけでも進学できるように、ささやかではありますが、国民新党奨学金制度を創設するに至りました。
--------引用以上--------

  どうでしょうか。私がこの政党を応援し続けている理由が、少しはみなさんにもおわかり頂けるのではないでしょうか。
  たしかに、一番欲しい大学の奨学金でもないし、金額は微々たるものかも知れません。しかし、この政党は、困っている人に助けの手をさしのべていることは紛れもない事実です。
  聞けば、共産党はマニフェストで無償奨学金の設立を謳っているそうです。その前に、こういう奨学金を出来る範囲で作ってみてはどうでしょうか。これは社民党にも言えることですが、そうすればこれらの左翼政党が、ただの変な人の集まりという評価から一歩前進することができる気がします。
  まあ、今の与党や、楽してそいつらから権力を取ろうとしているアホだらけの第一野党には全く期待していませんが・・・。

  では、本来こういうものを担うべき政府は、どんなことをしているのでしょうか。

  まず、以前は国費を投入していた日本学生支援機構は、独立行政法人になってしまいました。独立行政法人は、基本的には独立採算を目指しています。返済不履行の奨学金があると赤字になってしまうので、けっこうしっかり取り立てをやっているようです。
  では、税金は使っていないのかというと、素晴らしくきっぷのよい振る舞いをしています。

アジア人財資金構想
http://www.ajinzai-sc.jp/

  どんな仕組みか見てみましょう。

>アジアの相互理解と経済連携の促進に向け、経済産業省と文部科学省は、
>「アジア人財資金構想」を平成19年から実施しています。

>優秀な留学生の日本への招聘、日系企業での活躍の機会を拡大するため、
>産業界と大学が一体となり、留学生の募集・選抜から専門教育・日本語教育、
就職活動支援までの人材育成プログラムを一貫して行います。

>日本とアジアの架け橋となる優秀な人材の受入・交流を拡大し、
アジア大での人材育成、我が国大学・企業のグローバル化に貢献します。

>その優れた知性と能力をアジアの未来のために活かす。これが
>「アジア人財資金構想」の目標です。


  どこにも「日本の未来に資する」「日本国民の福祉につながる」などと書いていません。ちなみに、この事業のために、経産省と文科省は平成19年度予算で30億円の概算要求をしています。
  これだけでも腹が立ってくるのですが、具体的な内容になると、苦学生のみなさんが怒り狂うのではないか、心配になってくるほどの「充実」ぶりです。

>1.  産学連携専門教育プログラム(高度専門留学生育成事業のみ)

>産業界が求めるスキル・ノウハウ等を体系化した専門的なプログラムを
>基本に、企業の技術者による講義や現場における実習などを含む
>実践的な専門教育を大学で実施します。

>2.  ビジネス日本語教育

>高度な日本語運用能力をベースに、企業へ就職後、スムーズな
>コミュニケーションや難度の高いディスカッションを可能とする日本語教育を行います。

>3.  日本ビジネス教育

>日本の企業文化に対する理解を促進するため、日本企業の仕事の進め方、
>人材育成の考え方や意義などに関するビジネス教育も実施します。


>4.  社会人基礎力の養成

>情報の収集、分析、集約能力をはじめ、チームワーク力、協調性、
>プレゼンテーションや、ディスカッション能力、さらにビジネススキルや
>マナーなど社会人としての様々な行動能力を養成します。

>5.  インターンシップ

>コンソーシアム参加企業のニーズと留学生のニーズをマッチングさせて、
>実践的能力を効率的に習得するインターンシップを支援します。

>6.  就職支援

>就職活動のカウンセリング、企業情報提供、就職ガイダンスなどを
>実施するとともに、企業に対しては受入れ環境の整備を支援する
>セミナーなどを開催します。


  国民の税金を使って、やっていることは何かといえば、日本人の就職口を奪うことのようです。

  こういうことを言うと、「楽して金儲けをしようと考える日本人の若者より、やる気のあるアジア人の方がいい」などという馬鹿がいますが、そんなにやる気があって優秀な方なら、わざわざ社会人基礎力の養成だとか、就職支援なんてしなくてもいいんじゃないでしょうか。

  しかもこの制度には大きな欠陥があります。対象となる学生が、日本企業に定着せず、母国に帰ったりアメリカへ渡ってしまったりした場合の担保が何もないのです。
  こんなことに国のカネを使うくらいなら、優秀な日本人の理系学生1500人に年間200万を返済義務のない奨学金として出した方が、よほど日本の未来に役立つんじゃないでしょうか。

  笑えることに、この人材(人罪?)資金とやらをブチ上げたときの内閣は、中国や朝鮮に対して強硬派だと言われ、いまだに一部(のマニア)の人びとに熱心に支持されている「戦う政治家」(笑)安倍晋三サンが総理大臣だったのです。
  彼が戦っていた相手は、ひょっとしたら大多数の日本国民なんじゃないかと思ってしまいますね。

  少ない金額でも、親に先立たれた家庭の子供を助けようとする政党と、日本人の税金を大学をアジアのためなどと称してドブに捨てる馬鹿な政府。

  どちらの方が、誰かさんの唱えていた「美しい国」にふさわしいでしょうかね?

<問い合わせ窓口>

文部科学省 voice@mext.go.jp
経済産業省(メールフォーム) 
https://wwws.meti.go.jp/honsho/comment_form/comments_send.htm

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2008.03.14(Fri)

「好き→選ぶ」から「選ぶ→好き」へ 

  やっとADSLが開通いたしました。お待たせいたしました。

  地政学やら、経済の話やら、はたまた「商人の歴史」の続きなど、皆さんが待ちかねている話題もあると思いますが、せっかく卒業シーズンなので、それに合った記事にさせていただきます。

  私のいる塾では、3月の初めに、今までいっしょに勉強してきた受験生を集めてお別れ会みたいなものをやります。営利団体ですから、高校部への誘導みたいな意味合いがあるのですが、苦労してきた受験生に、改めてお疲れ様という声をかけられる場でもあり、私はそういう集まりが結構好きです。
  今年度は、教室を変わってしまう人も多いこともあって、最後に全員に向けて各先生が話をしようということになりました。以下は、中学3年生に私がした話の抄録です。

  まずは、お疲れ様。人によって本気を出して取り組んだ時期の長さは違うと思うが、みんなそれなりに力を出し切ってくれたと思う。よくがんばってくれた、どうもありがとう。

  さて、入試というのは、多分ほとんどの人にとって人生で初めて自分が試されることになる場面だったと思う。思い通りの結果を出してくれた人もいるが、そうでない人もいるだろう。
  実は、私も今までの人生は思い通りの結果を出してきたとはいえなかった。大学受験こそ先ほどの話(この前に、それぞれの先生が受験の思い出を披瀝していた)のようにうまく行ったが、それから先は無駄なことをいろいろやってきた。そのときそのときは本気で取り組んでいるんだが、目的達成までもう少しというところで進路変更をしてきてしまった。

  実は私は結構最近まで受験生だった。司法試験という、弁護士や検事になるための試験を受けていた。択一試験の方は何回か続けて通ったが、その途中に試験の制度が変わってしまい、法科大学院を出た人間でないと受験すらできなくなってしまう制度に変わった。合格者の数が激減してしまい、結局諦めることになった。
  はっきり言うと、この仕事も好きでやり始めたわけではない。昔は海外留学のための資金を貯めるため、その次は司法試験を受け続けるため、しょうがなくやってきたというのが本当だ。

  それでは、今はこの仕事をどう思っているだろう?みんなを教えてきた半年から1年間の間、「やっぱりこの仕事を早くやめよう」と思ったことは、何度あったかわからない。
  しかし、だからといって、仕事に行きたくないと思うことはなかった。どうしてだろうと考えてみると、やはりこの仕事が「好き」なのではないか・・・こうして全て片付いてほっとしているあなたたちの顔を見ると、そう思わざるを得ない。
  正直たいして社会に貢献している仕事をしているとも思っていないし、自分自身たいした人間というわけでもないが、こうして何十何年生きてきて、ようやく一つわかったことがある。それは(板書)

  「好き→選ぶ」

  よりも、

  「選ぶ→好き」

  と考えた方が、多分豊かな人生が送れるということだ。

  みんなもうすうす感づいていると思うし、第一志望に不合格だった人は自分の身で痛感したことと思うが、誰もが望むような道に進めるわけではないし、こうありたいと思うような自分になれるわけではない。才能や、環境という制約があるからだ。
  世の中では、好きなことを仕事にしたらいいという人が多い。学校の先生たちもそういう風に言う。

  本当にそうだろうか?

  好きな仕事や、なりたい自分になれなかったら人生として生きる意味がない。そういう考え方が本当だとしたら、この世の中に生きている人間のほとんどが不幸な人間だと言うことになってしまう。もちろん、自分の夢なり希望なり、実現しようと努力すればいいじゃないかと言うことはできるが、それだって誰にでもできることではない。
  そうだとすれば、そもそもの考え方を変えるべきではないのか。自分が選んだものの中に、何か良いところはないか、それを探すために努力する方がいいのではないか。努力すればいいことがある、という言葉が本当だとしたら、それは願望を実現するための努力ではなく、与えられた条件の中でいかに美しいものを見つけるかという努力なのではないか。

  こんな経験はないだろうか。全米興行成績1位とか、全世界が感動したとか、そういう宣伝がされていて、期待を抱いて見に行った映画がつまらなかったということは。
  逆に、つまらないと思って見始めた映画が、物語半ばにして急に輝き始めるような時もある。多分、そういうときの方が「ああ、見て良かった」と思うのではないだろうか。多分、人生もそれと同じだ。

  だから、不本意な進学先になってしまったとしても、何も嘆く必要はないと思う。与えられた条件の中で、精一杯の努力はしたはずだ。今度は3年間かけて、「選ぶ→好き」を実現する努力をすればいいんだ。少しずつでいいんだ。迷ったら、またこの教室に顔を見せに来るといい。

  長い人だと2年、短い人は半年、直接教える機会も多かったり少なかったりするけれど、みんなを教えることができて本当によかった。いい1年にできた。本当にありがとう。



  普段の授業の数倍も真剣に聞いている生徒の姿勢には正直びっくりしました。本当の声というのは伝わるものなのでしょうか。

  会が終わって職員室に行った後、ある生徒が声をかけてきました。

  その生徒は顔はよく知っているのですが、直接教えたことはあまりありませんでした。いったん塾をやめたり、学校に行かない期間があったり、いろいろあった子でした。それでも、ちゃんと高校へ行こうという気になり、受けた高校にきちんと合格することができたのです。

  「考えたら3年間同じところにいたんですよね。最後に、いい話を聞かせてくれて、ありがとうございました。」と、彼がさっぱりした顔で言いました。
  私も、正直に、「一時はどうなるかと思ったけれど、本当によかったよ。いろいろあったけど、合格は一人ひとり違うんだから、胸を張ってやっていきなさい。ただし、学校はなるべく休まずに」と、声をかけました。そして、苦笑いをしている彼と握手を交わしました。
  これからどうなるかは分かりませんが、彼が選ばざるを得なかった場所を、少しでも好きになって欲しい。戦い済んだ今は、ただそれだけを願っている自分がいました。

  よく考えてみると、結局私はこの「別れ」でえらそうなことを言うために、そこまでの1年間苦労しているのではないか・・・そう思えたりもします。
  こうして仕事に明確な区切りがつけられるような職業を、とりあえず嫌いにならずに続けられるだけ、私は幸福なのかも知れません。

  また1年間、がんばっていきたいと思います。

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