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2011.07.20(Wed)

スポーツは、ただ面白いだけで存在意義があると思うのですが 

もともとサッカー好きな人間として、ちょっとこれはどうなの、という新聞の社説を見つけましたので、それについて、少し言及しておきます。

なでしこパワー ひたむきさが壁を破る
http://www.chunichi.co.jp/article/column/editorial/CK2011072002000003.html

 「なでしこジャパン」が、サッカー女子ワールドカップ(W杯)を制覇した。そのしなやかでひたむきな姿は、大きな感動を生んだ。世界の壁を破った力は、社会も元気づけてくれる。

 「あんな小さな子が、大きい人たち相手によく戦ってくれた」

 凱旋(がいせん)帰国したなでしこジャパンの姿に、あるファンが漏らした思いだ。同じ思いの人も多いだろう。

 戦いぶりは堂々としたものだった。速いパス回しと高い技術で、女子サッカー大国・米国相手に見事な試合を見せた。

 なでしこたちは男子のようにプレー環境に恵まれているわけではない。一部にプロ契約選手はいるが、多くはアマチュアだ。昼間働き夕方練習に駆けつける。収入は多くはない。以前はパチンコ店に勤める選手もいたという。

 海外プレー組も競技生活は楽ではなく、日本サッカー協会が、わずかだが日当を支給している。

 競技生活を維持すること自体が至難の業だろう。「サッカーができる喜び」をかみしめて、ただひたむきにボールを追う姿に大きな魅力を感じた。男子と並んで女子が活躍する。これは社会全体にもいえるのではないか。

 働く女性の数は昨年、二千三百二十九万人と過去最高になった。働く全人口の四割強が女性だ。働く分野も「医療・福祉」分野が初めてトップになった。病気を抱えた人や介護が必要な人に接する分野だけに、ひたむきに働く女性の活躍が期待されている。それは他の分野でも同じだろう。

 ただ、女性就業率(二十五~五十四歳)は、経済協力開発機構(OECD)加盟三十カ国中二十二位だ。就職活動中ではないが働きたい女性(二十五~四十九歳)は、女性労働力人口の一割強、三百四十二万人いる。

 女性が働きながら子育てしやすい環境整備も不十分だ。内閣府の子ども・子育て白書によると、子供のいる男女が希望する子供数は、米国も日本も二・三人と同じである。

 だが、実際に希望人数まで増やすか聞くと「増やしたい」人は米国の62・7%に対し、日本は42・8%にとどまった。「育児にお金がかかる」「働きながら子育てできない」などが主な理由だ。

 なでしこたちは「女子サッカーの待遇を改善したい」という共通の思いがあった。女性の潜在力を社会でどう発揮してもらうか。世界の頂点からのメッセージをしっかり受け止めたい。


みなさんは、この社説を見てどんな感想をお持ちでしょうか。多くの方は、「ああ、なるほど」とお思いかもしれませんが、私の考えは違います。

もちろんですが、今回の女子サッカー日本代表の活躍ぶりにケチを付ける余地はありません。スウェーデン戦の失点、アメリカ戦の1失点目のような凡ミスはあったにせよ、組織的に守備を行い、前の方で取ったボールを素早く展開してゴールを狙うサッカーはおおむね成功していました。男子サッカーと異なり、ペナルティエリアに入り込んでいく選手が多いという点でも、非常に攻撃的な姿勢があり、ただ単に粘りだけで勝ったのではないことは明らかです。

しかし、ワールドカップでの優勝に対する、特に大手メディアの反応は、どうも「後付け」「牽強付会」「我田引水」のきらいが否めません。今回取り上げた中日新聞の社説など、まさにそうでしょう。

細かい部分はいろいろあるのですが、一番頭に来るのはここです。

>女性の潜在力を社会でどう発揮してもらうか。世界の頂点からのメッセージをしっかり受け止めたい。

まるで、日本代表の選手達が、日本社会における女性一般の地位向上のために戦っていたかのような言い草です。彼女たちは、大会前、そして、大会中も口々に「優勝したい」と言っていましたが、それは競技選手であれば当然思うべきことで、別にそこに何か、社会に貢献しようとか、女性の待遇を良くしようとか、そういう「邪念」があったわけではないと思うのです。

それを、こうやって強引に女性一般の話に引き延ばしてしまうのは、中日新聞の社説子のみならず、大手メディアの記者や編集者に、しょせんスポーツは(自分たちが日頃携わっている)政治経済よりも下の存在で、政治や経済に対して何かプラスがあってこそ意味があるのだ、という、超上から目線の考え方があるからなのではありませんか。

はっきり言ってしまえば、スポーツなどというのものは社会に不要です。私は●岩渕選手のドリブルが大好きなんですが、こんな動きを日常生活でする必要もありませんし、ドリブルなんかできなくても、給料をもらう仕事をやったり、農作物を作ったりすることはできます。それどころか、農作業やデスクワークの途中にドリブルの練習なんかやっていたら、「ふざけてないで仕事ちゃんとやれ」と、言われてしまうのがオチです。

しかし、もしその論理どおりに社会が運営されるとするならば、「祭り」と呼ぶようなものはこの世の中に一切不要だということになります。だって、そうでしょう。御輿をかついだり、神楽を舞ったりすることに、近代経済システムの上から見た合理性なんて少しもありません。縁日なんかに人が来てお金を落とすというなら、そんなものより中国で大量に作った品物をCMで宣伝してバンバン売った方が絶対にもうかります。

究極の話、スポーツに限らず、何からのお祭り的要素があるイベントというものは、無意味なことや馬鹿馬鹿しいことをいかに真剣にやれるかという一点に、その価値が凝縮されているのです。なぜなら、そういうイベントは、「日常」と違うことをして、普段の生活の不条理や不満を解消するための機会だからです。諏訪大社のお祭りで、人が死んでもでかい柱を上から落とすイベントがなくならないのも、家や電柱や壁が壊れて人が死傷しても岸和田のだんじり祭りが続くのも、それをやってる時の非日常な空間がたまらないからです。諏訪大社の御柱祭に、警察がしゃしゃり出てきて、柱が斜面を下るスピードなどについて事細かに安全指導をやったらどう思いますか。そんな祭りなら、やらない方がましだと思うのではありませんか。

そういう、非日常性の持つ価値を分からずに、なんらかの政治的・経済的な意味を与えようとするのは、結局、そういう人たちが何でもかんでも役に立つもの、意味があるものでなければいけないという病気に罹っているからです。「なでしこで経済効果1兆円」だとか「働く女性を勇気づける勝利」だとか、そんなことを書いて悦に入っているのは、はっきり言って病気です。

まあ、新聞の論説委員なんかは、何でも経済的な合理性がないといけない世界で、自分たちがいい目を見ているからそういう視点になるのはある意味道理でしょう。しかし、庶民がそんなものにひきずられる必要はありません。私から言わせてもらえば、金儲けの方法だとか、政治の話題だとか、そんなものをいつもいつも論じている人間の方がよっぽど下らない人間だと感じます。

同じような理由で、このワールドカップでの快挙を、震災だとか復興だとかに結びつけようとするのにも私は反対です。「被災地のために」などという理由で、あそこまで頑張れるものではありませんし、頑張る必要もありません。勝ちたいから、もっと上に行きたいから、そういう気持ちだけあればいいのです。スポーツはそういうものだからこそ意味があるのです。国威啓発だとか、政府の不満から目をそらしたい意図だとか、そんな下らないこととは切り離して楽しむべきです。

今回取り上げた社説に、深く納得してしまった人は、いちど考えてみた方がいいかもしれません。社会的な意味合いだとか、経済効果だとか、そういうものにばかり価値を置いてしまって、自分は生きることそのものを楽しんでいないのではないか、と。


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Comment

スポーツを”国威発揚”と言えば眼を剥いて反論しそうな人達が、
”女性が活躍”と言えば手放しで礼賛。
そういうアホウが湧いてくるのは想像してましたけどねぇ…

以下の倉田真由美の物言いも、本当に酷いと思います。
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/news/p-sc-tp2-20110715-805310.html

自らの主義主張の裏打ちに使う連中には、本当に呆れかえりますね。
熊蔵 | 2011年07月20日(水) 14:22 | URL | コメント編集

●>>熊蔵さん

>倉田真由美

この部分なんか、すごいですよね。

>女性にとって一番いい時期を、決して恵まれた環境とは言えない女子サッカーに打ち込むなんて、やはり覚悟が違う

この部分は、二つの論理で支えられています。

・女性は若いからこそ価値がある
・女子サッカー日本代表は、倉田が女性の幸福と見なしている事柄を放棄している

彼女が忌み嫌っているであろう「女性をモノ扱いしている男性中心主義者」と全く同じ価値観ですね。SPA!に連載している時点で終わってる人だと思ってましたが、ここまでひどいとは思いませんでした。

まあ、でも、オブラートに隠していない分、産経新聞のバカ丸出し単細胞のアイコク思想や、フジサンケイビジネスの能天気な新自由主義礼賛と同じで、清々しいですね。やっぱり、読者層の知性が反映されているのかな。
ろろ | 2011年07月20日(水) 22:28 | URL | コメント編集

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