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2011.07.04(Mon)

高速増殖炉という夢の、終わりのはじまり(3) 

前回に引き続き、高速増殖炉の話です。今回でおしまいにします。本論に入る前に、恒例の(笑)「もんじゅ」のニュースです。

もんじゅ:撤去装置、調査へ 落下との関係詳しく--原子力機構 /福井
http://mainichi.jp/area/fukui/news/20110702ddlk18040659000c.html

 高速増殖原型炉「もんじゅ」(敦賀市)で、原子炉容器内から24日撤去した炉内中継装置(長さ約12メートル、直径46センチ、重さ3・3トン)について、日本原子力研究開発機構は1日、装置の分解・点検作業を4日ごろから約10日間の日程で始めると発表した。撤去の際に装置下部の擦り傷などを確認しており、落下との関連を詳細に調べる。

 機構によると、装置下部の「回転ラック」と呼ばれる燃料の受け渡しをする板状の機器に、擦り傷や摩耗した痕跡が見られた。また、回転ラックの駆動軸(長さ約10メートル、直径約16センチ)が通常よりやや下方にずれていることも確認したという。装置に付着したナトリウムを洗浄しており、分解点検して欠落した部品の有無、容器内の機器損傷を調べる。

 また機構は、落下の衝撃で変形した同装置の接合部などの写真を公開した。外側にせり出すように変形してすき間が開いており、留めていた8本のピンは抜け落ちていなかったという。


ものすごく気になるのは、その中家機器が落ちた方の原子炉内部がどうなっているか、全く情報が出てこないことです。そんな状態で「もんじゅ」の運転を再開していいものなのでしょうか?


7 成功は「義務」

高速増殖炉がどれだけ危険だということは、もはやみなさんにはお分かりだと思う。問題はなぜそれにも関わらず、この「超ハイリスク・ノーリターン」の装置を、政府や関係者は稼働させようとするのか、という点にある。

この問題に関しては、根本的に、「もんじゅ」の廃炉が決まったらどうなるか、という仮定から考えてみると分かりやすい。

もし、「もんじゅ」が廃炉になるとすれば、理由は一つしかない。危ないからだ。

おそらく、原子力関係者は「もんじゅ」は構造上よくないところがあったのでうまく行かなかったとか、想定外の部品の傷みがあったとか、いろいろ言い訳を付けて、高速増殖炉そのものは間違っていないという主張をするだろう。しかし、国民はそういう風には受け取らない。

プルトニウムを作り出して将来の核武装にするという、まだマシな言い訳も、それを高速増殖炉でやる必然性がないと反論されてしまえばおしまいだし、何よりいきなり核武装を論点にされて国民が納得するわけがない。

とすれば、もう今後日本で高速増殖炉は国費を投入して研究すべき対象ではなくなる。

これによって、従来型の原発から出てくる核廃棄物、すなわち劣化ウランとプルトニウムを処理する方法は事実上なくなる。原発を運転する限り、どんどん核廃棄物が貯まっていく。

そして、捨て場はどんどんなくなっていく。超有害なアルファ線を出す放射性物質である。燃やしても意味がないし、野ざらしにすれば雨で土壌を汚す。

やがて、核廃棄物を置く場所すらなくなっていき、日本の原子力政策は完全に行き詰まる。

そういう事態を見越して、日本政府は、ご主人様のアメリカと組んで、これ以上にない野蛮な行いに出ようとしている。

日米がモンゴルと核廃棄物管理で協議-使用済み燃料の移送は否定
http://jp.wsj.com/Japan/Economy/node_233870

しかし、こんな弥縫策は相手国に反対されればおしまいだ。カネで籠絡できるうちはいいが、政権が反原子力に傾いたらどうするのか。

それに、モンゴルまで核廃棄物を輸送する時に決して良好な関係にないロシアや中国の領内を通らなければならないわけだ。途中で何かあったらどうするのか。安全保障上大いに問題があるのだ。

だから、国外に核のゴミを押しつけることもできないし、やるべきではない。

結局、何をやってもいつか原子力政策は行き詰まる。それも、比較的短期間にそうなる。高速増殖炉という、当面のゴミ処理方法がなければ。

だから、「もんじゅ」は成功させなければならない。いや、正確に言えば、成功するということにしていつまでも運転を続けなければならない。そうしなければ、原子力政策はその正当性を完全に失うことになる。

8 いわゆる既得権益について

言い換えれば、高速増殖炉という「夢」の終わりは、いわゆる原子力村と言われる人びとの終わりのはじまりも意味するということである。

たとえば、「もんじゅ」を運営するために、国内の原子力関連企業が「高速炉エンジニアリング」という会社を運営している。

http://www.fbec.co.jp/gaiyou.htm

もんじゅは運転していなくても、1日につき5500万円ほどの経費がかかる。そういう経費の何割かは、原研(日本原子力研究開発機構)や上のホームページに出ている企業の「あがり」になる。

もんじゅ一つですらこの有様なのだから、全国に54基ある原発においては何をか言わんや、である。

このような受益関係は、一度できてしまうとなくすことが難しい。今まで高速増殖炉経由でもらっていたカネがなくなって、いい生活ができなくなるのが困るという人もいるだろうし、もっといえば生活そのものが成り立たなくなるという人もいるに違いない。

しかし、「もんじゅ」が一度事故を起こした時の損失を考えれば、我慢してもらうしかないだろうし、雇用対策や地域振興というなら別の名目でもやれる。なんなら、廃炉を公共事業にしてしまえばいい。

少し認識が甘いのかもしれないが、利権うんぬんというのは、本当をいえばそれほど難しい問題ではない。原発の立地がそうだったように、カネで補填可能な問題だからだ。

9 真の問題

私は、もっと大きな問題が二つあると思う。

一つは、原子力政策を見直すということは、今まで日本の官僚組織、特に経済産業省が進めてきた施策が間違いだったということを認めることになることだ。

日本の官僚というのは、「無謬性」というのが好きである。一度始めてしまうと、間違いを認めない。霞ヶ関で数字や論理をもとに立案したプランが、現実にあわずに変な結果を出していても気にしない。不都合なデータは出さず、都合のいい情報ばかり取り出して成果を強調する。

もっとも、これは政治家が国民の信託を受けて政策をしっかりと実行すれば、かなりの程度ねじ伏せられる。民主党政権が初めて出来た時、亀井金融担当大臣がマスコミの批判にも全く臆せずモラトリアムを断行したが、ああいう感じだ。

だから、こちらはこちらで問題はあるが、対処方法は分かりやすい。もっと異質な問題があるのだ。

私が、その問題点に気づいたのは、実は一連の記事を書こうと、「もんじゅ」や高速増殖炉の仕組みについて調べていた時だった。

私は3月中旬まで、恥ずかしながら原子力発電がどのように動いているか、まともに知らなかった。高速増殖炉に至っては、敦賀にあって「もんじゅ」という名前をしていることくらいしか知らなかった。知る気がなかったという方が適当かも知れない。

それが、好奇心や、ブログで一応記事としてまとめたいと思い、核分裂の仕組みから何からいろいろ調べていった。

その時、私が感じたことがある。

「すごい!こんな仕組みでウランがプルトニウムに変わるのか!」

「陽子と中性子の数がちょっと変わるだけで、全然違う物質に変わるのか!」

「理科の資料集に出てた周期表って、なんでこんなにうまく出来てるんだろう!」


まるで中学生か何かのような心理状態だったが(笑)、それをあとから振り返って、あることに気づいた。

テレビに出て安全安全言っていた御用学者と言われる人たちも、きっと初めはこんな風にして原子力の世界に入ってきたのではないだろうか?

原子炉の中で繰り返されている物質の営みは、まるで万華鏡である。

それを、与えられた理論を駆使して読み解いていく。この上のない快感だろう。この世の雑事からかけ離れればかけ離れるほど、はまりこんでいくに違いない。

しかも、彼ら原子力研究者達は、それがエネルギー問題の解決策にせよ、兵器利用の核開発にせよ、自分たちの高度な研究は国家社会の役に立っているという強烈な自負がある。

それを、昨日今日仕入れたにわか知識をふりかざす私のような素人に、「原発は要らない」「御用学者は嘘ばかりついている。クビにしろ」と言われたとする。

はい、その通りです、などと言って、引き下がれるものだろうか?

原子力利用を否定されることは、彼ら研究者が歩んできた人生そのものの否定である。もちろん、中には電力会社から寄付講座という名目で紐付きのカネをもらったりして、おかしな方向に行ってしまった研究者もいるだろう。しかし、そんな彼らにも初めの一歩があったはずだ。それすら間違っていたということは、あまりにも残酷なことだと思う。

私は別に、だから彼らを断罪しないでほしい、などと嘆願するつもりはない。明らかに嘘をついていた人びとについてはきちんと謝罪すべきだろうし、それなりに責任を取る必要もあると思っている。

しかし、それが勢い余って「魔女狩り」になってしまってはいけない。

今後「脱原発」を本気で考えた時、原子力の世界についてなんらかの知見のある人間は、今までと違う形で必要になってくる。その時、今いる原子力研究者たちには、最後の仕事をしてもらわなければならない。

我々自身が彼らを使う、というか、うまく働いてもらうようなメンタリティーでいなければならない。責任追及は二の次である。もっともっと先を見ていくべきだと思う。

我々が戦わなければならないのは、「もんじゅ」や御用学者そのものではなく、それらを生み出してしまった「何か」である。

その「何か」を正視できる人が増え、何らかの行動を起こしていかなければ、高速増殖炉のようなモンスターがまたどこかで現れる。

目の前の原発の停止だけでなく、その先を考えてみることが重要だと思う。それはたとえば、原発が必要かそれとも火力で賄えるかという議論ではない。

果たして電気はここまで必要なのか、必要だとしても、それは長い送電線や大がかりな変電所を備えなければ使えないものなのか。

そういう問題提起をしていかなければならない。

そして、それが形になるように、少しでも行動をしていかなければいけない。

微力ながら、私もそのために日々研鑽を積み、できることを少しずつ増やしていきたいと思っている。みなさんも、一緒に頑張りましょう。


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Comment

●流石です

拝啓

仰るとおり、まさに核心です。首肯いたします。

「過ぎたるは、なお及ばざるが如し」

拙僧の座右の銘です。

それらを生み出した、その「何か」を探求するのに、先人たちの智慧が手掛かりになるかもしれません。

敬具
和尚 | 2011年07月06日(水) 12:41 | URL | コメント編集

●>>和尚さん

>先人たちの智慧が手掛かりになるかもしれません。

この記事あたりでも言いましたが、

http://roronotokoro.blog113.fc2.com/blog-entry-164.html

私たちに必要なのは、早足で前に進むことではなく、「思い出す」ことなのではないかと思います。

米と味噌だけでも自力で作れるようになれないか、鋭意努力中です(笑)。
ろろ | 2011年07月07日(木) 00:19 | URL | コメント編集

どうもお久しぶりです。ろろさんも実感しましたか、マッドサイエンティスト的な感動と恍惚ってのをw
確かに某オカルト嫌いな教授なんかの発言を見てても御用学者云々というよりも科学技術原理主義者ゆえ後戻り出来ないって感情のが大きいように思えます。
元山師 | 2011年07月26日(火) 20:59 | URL | コメント編集

●>>元山師さん

>御用学者云々というよりも科学技術原理主義者ゆえ後戻り出来ないって感情のが大きいように思えます。

全くその通りだと思います。

科学者というのは、そういう点で官僚と似ているところがありますね。かたや化学的セオリー、かたや紙に書かれた法律や先例という違いはありますが、自ら信奉するものへの偏愛というか、幻想が崩れることを防ぎたいというのが、彼らの行動原理をすごく規定しているような気がするんですね。

しかも、客相手にご機嫌取らずに(税金で生活しつつ)、誇り高く、その信仰に打ち込めるわけですから、そりゃあ今から後に引くといっても引けないでしょう。

たとえはよくないですが、彼らは血を吸ってでかくなったヒルみたいなもんですから、無理矢理引っぺがすと、日本国も傷が付きます。だから、徐々に縮小させていくしかないんじゃないかと。小沢や鳩山が「やってしまった」のは、その辺への目配りの欠如ですかね。

まあ、ここまでひどいフジツボ状態だとすると、無理矢理やるのもやむを得ないという面も否定できません。一連の震災・原発事故関連の対応を見ていると、官僚が有害な存在になっていることは見えてきました。彼らに任せず、我々自身が立ち上がるしかないでしょうね。
ろろ | 2011年07月27日(水) 00:09 | URL | コメント編集

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