2017年09月 / 08月≪ 123456789101112131415161718192021222324252627282930≫10月
--.--.--(--)

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
EDIT  |  --:-- |  スポンサー広告  | Top↑
2011.01.12(Wed)

忠告と他者支配について 

他所で書いたものですが、皆さんの役に立つかなと思うので転載しておきます。

----------------

何でも他人の言うことを聞かず、勝手気ままな行動を採る人間には困ったものだが、全ての忠告に対して素直に耳を傾けるというのは、もしかしたら非常に危険かもしれない。

なぜなら、忠告や讒言のふりをして、他者を支配しようとする人間がいるからだ。

人間は、生き残るということに対して本能的な行動を採るものだ。その一つとして、他人を思うままにコントロールするということがある。心理的に相手を支配すれば、何かあった時にその他人を身代わりにしたり、緩衝材の役割を果たさせたりすることができる。そういう点で、他者支配への欲求は、人間の本能と結びついているといえる。

別に、他人を思い通り動かしてカネを儲けたり、悪いことをさせたりするとは限らない。支配することそのものに喜びや精神的安定を見いだす輩もいる。そういう人間に捕まってしまっては危険である。

興味深いことに、忠告に名を借りた他者支配というのは、端から見ると馬鹿馬鹿しい関係に見えるのだが、なぜか被支配側はその馬鹿馬鹿しさに気づかない。支配側に引きずり回され、気づいた時には、一緒に地獄の淵に立っていたということもよくある。

そのようなことがなぜ起こるかというと、被支配側に特殊な心理が働いているからである。それは、忠告に言寄せて他者支配を狙う人間に対して「この人は自分のことを思って行ってくれているんだ」と思い込んでいるという心理状態だ。

全くどうでもいい相手や、あからさまに欲得を前面に出してくる人間であったら、こういう心理状態に陥ることはない。被支配側が支配側になんというか、片思い的な感情を持ってしまうのは、支配しようとする人間になんらかの「負い目」があるのである。それは、一緒にやってしまった過ちだとか、カネを借りているだとか、昔世話になった事実だとか、至極真っ当な理屈(現実には合っていないが、限られた世界の中で論理的に整合性がある話)とか、様々な形を取る。

そして、その負い目を背負うに至った時期に、支配側が人間的に好感の持てる態度を取っていたことで、「負い目」は確固たるものとなる。

今まで自分はこういう人を何度も見てきたし、恥ずかしいことにごく最近まで自分自身がそういう被支配側の行動パターンに陥ってしまっていた。

そういう経験から自分が学んだことは、以下の事項である。

●一人の人間をカリスマ的に仰がない、溺愛しない

これを持つと、「従う自分」にカタルシスを感じてしまうことになる。一番避けなければならない事態だ。恋人だろうと配偶者だろうと親子だろうと同じである。人間には、どんな親しい間柄でも適切な距離感というのがある。

●おかしいことが少しでもあったら、他の人に相談する

これができれば、支配しようとする人間のおかしさに気づきやすくなる。自分の考えが常に正しいと思わないことだ。

●何かを決めようとする時は、必ず複数の人間のアドバイスを突き合わせる

こうすることで、何かおかしいという感覚に至りやすくなる。

●生き方や生活形態を変更するような要求は拒否する

たとえば、私がブログやSNSで知り合った人に「カネをかせぐ都会的な生き方はやめて、地方に行って農的生活をやれ」などと呼びかけることなどがそうだ。今まで築いた環境や人的関係を捨てて自分の言うとおりにすれば、支配側にとってこれ以上の快感はない。もし失敗しても、支配欲のある人間は全く責任を取ってくれない。それどころか、ひとつ下に挙げたような言動で、さらに支配を強化しようとしてくる。

●困った時に罪の意識や義務感に訴えてくる人間の言うことはきかない

精神的に打ちのめされた人間ほどコントロールしやすいので、追い打ちをかけてさらに自分に依存させようとするのだ。カルト宗教が貧乏人や病人を狙うのと、やり方としては非常によく似ている。

●直感的におかしいと思ったら、論理的に正しくてもやめておく

頭で考えた結論というのは、後付の正当化や自分の弱さ、場違いな願望など様々な要因でひきずられているものだ。与件なしでピンと来た感覚を信じた方が正しいことが多い。非常に恥ずかしいことだが、自分はこれがあったから助かったようなものだ。

●一度縁を切ると決めたら、どんな形であれ接触はしない

油断するとすぐに支配関係の再開を狙ってくるのが支配欲のある人間だ。完全に関係を断ってしまわなければならない。断言してもいいが、この手の人間が改心するということはない。

●本当に素晴らしい人間は、言うよりもまずやっているという単純な事実を知る

他人の生き方ややり方に対していちいちダメ出しや評価をしてくる人間にろくな奴はいないということだ。自分も、自信がない頃は他人の生き方が気になって仕方がなく、「アドバイスできる素晴らしい自分」になろうとして、機会を見つけては他人に干渉していたものだ。

人間は弱い。だからこそ、考えることをやめて、誰かに生き方を預けたくなるときがある。

不利益やリスクを本気で考えるというのは、嫌な作業だ。しかし、それをやらずして、本当の人格的自律は得られないだろう。

人にどうこう言うより、まず自分が良い人間になること。それが全てを解決する早道だと思う。


★人気blogランキングへ←クリックして応援よろしくお願いします。

スポンサーサイト
EDIT  |  09:25 |  日々の雑感  | CM(1) | Top↑

Comment

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2011年01月19日(水) 00:00 |  | コメント編集

コメントを投稿する


管理者だけに表示

▲PageTop

 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。