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2009.09.29(Tue)

貿易の守護者に与えられる魔法の杖・・・その名は「基軸通貨」(1) 

ドル基軸、当然視は誤り=国際経済体制に地殻変動-世銀総裁
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2009092800275

世界銀行のゼーリック総裁は28日にワシントンで行う講演で、「米国が準備通貨としてのドルの支配的地位を当然視するのは誤りとなるかもしれない」と述べ、ドル基軸通貨体制への疑念を示すことが分かった。世銀が27日、講演内容の抜粋を公表した。同総裁は「今後はドル以外の選択肢が増える」としている。
 ゼーリック総裁は、通貨安定への協調など戦後の国際経済体制に「地殻変動が起きている」と指摘。新興市場国の台頭などを踏まえ、「多極的な経済成長を反映した新体制が必要になっている」とした。


  このブログは「イル○ナティ」だとか「フリー○ーソン」だとかいう、世界を動かす陰謀組織の存在を前提としてものごとを考える立場を取っていません。
  しかし、私個人の感覚としては、金融支配を通じて世界の動きをある程度決めている勢力は、一枚岩ではないものの、確かに存在しているような気はします。
  かりに、そういう集団を「国際金融資本」という風に呼ぶとして、その集団の一部から現在の世界経済の仕組みを根本から覆す発言が飛び出したのが今回引用したニュース記事です。

  今後どうなるかを述べる前に、そもそも、上に挙げられた「ドル基軸通貨体制」とは何なのか、簡単に説明しておきます。

  近代以降、主権国家は独自の通貨を発行して国内の経済を回してきました。しかし、国家間の貿易では、その独自通貨を超える流通性を持つ交換媒体が必要となります。
  19世紀、帝国主義の時代にその役割を果たしていたのが大英帝国の「ポンド」でした。当時のイギリスは世界の重要な海上交易路を圧倒的な海軍力で押さえていました。そればかりでなく、貿易の際に必要な為替手形のような金融や、船舶の荷物にかけられる保険といった業界もイギリスが支配していました。つまり、ハード・ソフト両面で、まさにイギリスが世界貿易の管理人であったというわけです。
  もちろん、そのような枠組みに各国は不満を持っていたわけですが、イギリスの海軍力が強力であったことと、イギリスが多額のコストをかけて維持している貿易ネットワークを利用して全世界の市場にアクセスできるうまみがあったことで、多くの国(特に、ライバルのフランス)はそれに挑戦しようとはしませんでした。
  もっとも、この支配も盤石というわけではなく、イギリスは19世紀末から二つの大きな挑戦を受けます。一つは、シベリア鉄道を完成させたロシアによるユーラシア横断戦略です。シベリア鉄道の運用開始は、ヨーロッパと極東をロシア一国が管理する鉄道網で結ぶことが出来ることを意味し、スエズ運河やマラッカ海峡の出番がなくなることを意味することになります。
  そこで、イギリスはロシアの動きを極東で妨害する策を打ちます。それが日英同盟です。薩摩藩と長州藩がイギリスの手助けで幕府転覆を成功させた経緯もあり、日本とイギリスの協力関係(というか、親分子分関係)はごくスムーズに形成されました。それが実ったのが日露戦争で、局外中立を宣言したイギリスは、電信網の構築などの形で日本を支援し、一応日本の勝利という形でロシアの進出を防ぐことに成功しました。
  もし日本がロシアに負けていたら、満州や朝鮮がロシアの手に落ちることになり、中国との貿易決済はルーブルで行われるようになっていたかもしれません。
  もう一つの挑戦は、20世紀に入ってからの「3B政策」を採用したドイツによるものです。ドイツは強力な工業国で、貿易黒字を挙げ続けることが国の至上命題だったわけですが、海外に植民地を持っていないため、販路が限られてしまうという弱点がありました。そもそもドイツは外洋に面した港を保有していませんから、いざとなればイギリスの海上封鎖で貿易という血流を止められてしまう脆弱な立場だったのです。
  そこで、ドイツは別ルートを構築しようと「3B政策」を実行に移しました。これは、ベルリン・ビザンティウム(イスタンブールの古代名)・バグダードを鉄道で結び、ドイツが直接中東にアクセスできるようにする壮大な計画でした。中東は陸上・海上交通の全てが集中しているだけでなく、当時次々に油田が発掘されていて、地政学的な重要性が最高レベルの土地でした。
  当然イギリスとしてもこれを渡すわけにはいかないので、フランスやロシアといった他の大陸国家と反ドイツ同盟を結ぶことでドイツを孤立させようとします。そこで起こったのが第一次世界大戦でした。ドイツは海軍力を増強してイギリスを撃破しようとしましたが、イギリスの徹底した海上封鎖にあい、結局デンマーク沖すら突破することができずに終戦を迎えることになります。

  この時点でイギリスは大きな戦略上の失点をします。ドイツとの戦争に勝つために、アメリカの台頭を許してしまったことです。

  アメリカのGDPは第一次世界大戦前にはすでにイギリス、ドイツを抜き世界一になっていましたが、その経済は内需主導で、貿易依存率はわずか10%程度でした。しかし、第一次大戦でヨーロッパが戦場になったため、アメリカの対ヨーロッパ輸出が急増し、その代金支払いのためにイギリスやフランスがアメリカから借款を受けるようになっtのです。大戦前はアメリカは債務国でしたから、まさに戦争を契機に欧州、特にイギリスとアメリカの立場は完全に逆転してしまったということになります。
  そうやって欧州市場に食い込むことに成功したアメリカは、自国通貨による貿易決済をするようになっていきます。たとえば、A国とB国がともにアメリカと貿易をしている場合、どちらの国もドルがあればアメリカとの貿易決済に使えるわけで、それならばいっそのことその国どうしの決済にもドルを使えばいいということになります。これが、基軸通貨という存在の役割です。
  しかし、一方では相変わらずイギリスと英連邦、及び植民地との間ではポンドでの貿易決済も行われていました。世界恐慌の時期には、イギリスは「ブロック経済」といって、英連邦および植民地以外の国との貿易には高額の関税をかける政策を敷いていましたが、これもポンドの地位を守るためだったと言えなくもありません。
  これが解消されることになるのは第二次世界大戦後です。要するに、二つの大戦の間の時期は、基軸通貨が併存するというグローバル貿易にとっては非常に不安的な時期だったのです。
  
  その「ドル・ポンド二頭体制」にケリが付いたのは、第二次大戦の終戦直前です。

  そもそも、ドルとポンドが共に基軸通貨になれたのは、戦前の各国の通貨が基本的に金(「かね」と区別するために、便宜的にゴールドと呼ぶ)本位制だったからです。各国の通貨は、ゴールドと交換できるチケットのようなものでした。ポンドが強かったのは、イギリスが国際貿易や金鉱山の開発、植民地からの収奪を通じて、多量のゴールドを保有していたからです。
  そして、大戦間期に貿易を拡大したアメリカにはイギリスや他の列強をしのぐゴールドが集中し、ドルもポンドと並び立つ地位にのし上がってきました。
  しかし、このような体制がブロック経済を生み出し、グローバルな貿易システムに亀裂を生んだということも言えるわけで、戦後はもっと安定した国際貿易決済システムを作ろうということになりました。そこで開かれたのが1944年7月の「ブレトン・ウッズ会議」です。
  この会議では、戦後のグローバル貿易をアメリカが管理するのか、それとも全く別の仕組みを構築するのかで論争がありました。イギリスの代表として会議に参加した経済学者ケインズは●「バンコール」という既存の通貨とは全く別の、貿易決済に特化した通貨制度の創設を主張しました。もうイギリスには世界貿易を管理する実力はありませんでしったから、せめてアメリカが一極支配する仕組みにしまいと頑張ったわけです。しかし、ケインズの奮闘も空しく、結局は「国際貿易はドルで」という仕組みが成立することになりました。
  この会議で決まった国際貿易決済の仕組みは、いわゆる「ブレトン・ウッズ体制」というものです。要点を挙げると、

・ゴールドと交換できる貨幣はアメリカドルだけ(交換比率は1オンス=35ドル)
・自由貿易を促進するために、国際復興開発銀行(IBRD)と国際通貨基金(IMF)を設立する
・各国の通貨と米ドルの為替相場の変動幅は、事前に決定した平価の1%以内とする


  という感じです。
  しかし、ここには隠された「暗黙の了解」がありました。それは、

・アメリカはカネが無くなったら刷ればよい

  というものです。これは当然です。ドルはアメリカの通貨なのであり、その発行権はアメリカにあります。つまり、アメリカはその気になればタダでものを買うことができる地位を手に入れたということになります。
  もしアメリカがドルを垂れ流したとしても、各国はアメリカとの貿易でそれを決済に用いるはずであり、いずれはアメリカの手元に戻ってくるわけですから、いきなり全部ゴールドと交換してくれと言われることはまずありません。
  そして、一番重要なこととしては、アメリカドルには、その支配体制を揺るがすような重大なエラーが起こる可能性が非常に少なかったということがあります。なぜそんなことが言えるかというと、ソ連がアメリカを助けていたからです。
  一体何を言っているんだ?と思った方も、落ち着いて考えて下さい。
  ソ連はアメリカの宿敵として、圧倒的な軍事力で不確定要素の強い地域(東欧と中国)を押さえつけてくれていました。また、日本や西ドイツ、イギリスといったアメリカに逆らう可能性がある国々も、ソ連怖さにアメリカ軍の駐留を受け入れざるを得なくなっていました。アメリカはイギリスの後継者みたいなものですから、海上交易路を使って効率よく儲けたいわけですが、その貿易路にアクセスしようがない地域、言い換えれば不採算地域はソ連が一手に引き受けてくれました。
  逆説的に聞こえるかもしれませんが、アメリカドルの一極支配=ブレトン・ウッズ体制というのは、ソ連が損な役回りを引き受けることによって初めて安定運用が可能になっていたのです。
  
  なんか●前にも似たような話をしたような気がしますが、重要なので続けます。しばらく基軸通貨の話を続けたいと思います。

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Comment

続きを楽しみにしています
maya | 2009年09月29日(火) 21:26 | URL | コメント編集

●>>mayaさん

  どうもありがとうございます。励みになります。
ろろ | 2009年09月29日(火) 21:42 | URL | コメント編集

●TBです

国際基軸通貨ドルの特殊性
http://sun.ap.teacup.com/souun/1353.html
借金漬けの米国経済とそれに支えられた世界経済はソフト・ランディングができるか?
http://sun.ap.teacup.com/souun/680.html
http://sun.ap.teacup.com/souun/681.html
“彼ら”の制度的ゴールであり真の意味での世界支配の始まりである「新世界通貨」
http://sun.ap.teacup.com/souun/189.html
早雲 | 2009年09月30日(水) 02:13 | URL | コメント編集

●はじめまして。

 初めてコメントします。
 このブログを読ませていただくようになって、1か月ほどになりました。
 このブログを通して、自分の勉強不足を痛感しています。
 これからは、記事に対する質問など、していきたいと思いますので、よろしくお願いします。
 
大学生B | 2009年10月01日(木) 18:45 | URL | コメント編集

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2009年10月01日(木) 22:33 |  | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>早雲さん

  ええ・・・やはり論理的にはそうなりますよね。
  ただ、自分はそこに行くまでもう一段階あるような気がしています。今後はそこらへんを述べます。

>>大学生Bさん

  若い読者がいらっしゃるのは嬉しいですね。

>記事に対する質問など、していきたいと思いますので、よろしくお願いします。

  きちんとした質問は大歓迎です。

>>秘匿コメントの方

  残念ながら、予想は外れたようです。調べたら違いました。
  今後ともよろしくお願いします。
ろろ | 2009年10月01日(木) 22:54 | URL | コメント編集

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