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2009.09.22(Tue)

なぜ昔の家の庭には柿の木があったのか 

    柿の木

  秋らしい話題で一つ書いてみたいと思います。

  昔の家の庭には、よく柿の木が植わっていました。私が以前新宿区に住んでいた時、戦前からあると思われるお宅の庭に木が生えていて、カラスがつついていたのを見たことがあります。
  ああいった柿の木は、住人が実を取って食べるのだろうと長年思っていましたが、どうもそうとは限らないようです。
  そもそも、柿には、大きく分けて

  「甘柿」

  「渋柿」


  という種類があります。
  食用の柿というと甘柿ですが、初めて記録に出てくるのは鎌倉時代で、突然変異した柿であると考えられています。
  普通日本で見かけられるのは渋柿です。渋い柿というくらいですから、苦み成分のタンニンが多く含まれています。この柿は、よほど熟さないと食用にすることはできません。

  では、なんでそんなものをわざわざ育てているかというと、渋柿には食用以外の役割があったからです。それは、「柿渋」の原料になるということです。
  この「柿渋」という言葉を初めて聞いた方も多いと思います。私もそうでした。初めて聞いた時は「渋柿の間違いだろうこれは」などと思ったほどです。
  柿渋は、渋柿から絞って漉し取った液体です。通常は、2~3年程度発酵させて使います。当たり前ですが、非常にタンニン分の多い液体です。銀杏(ぎんなん)とよく似た匂いがしますが、これを聞いただけで、ウッとなる人も多いかもしれません(笑)。
  主な柿渋の用途を挙げてみます。

★天然の防水剤

  昔は漁網に多く用いられていました。また、木綿の糸に柿渋を塗ると、それだけで釣り糸として十分なほどの防水効果、補強効果があるようです。

★天然の防腐剤

  建物の壁などに塗られていたそうです。防かび・防虫効果もあるそうです。

★天然の染料

  いわゆる「柿渋染め」です。●こちらのリンクで、色合いなどご確認いただくとよいでしょう。防虫防腐効果もあります。  

★和紙の補強

  繰り返し塗ると、「渋紙」と言われる紙になります。非常に腐食に強く、保存用の書類などに用いられてきました。
  渋紙は、「紙衣」(かみこ)という、和紙で作った衣服にもなります。何に使われていたかというと、雨ガッパです。かなり強力な撥水効果があることがうかがえます。
  この渋紙は、伝統工芸としていまでも残っています。佐賀県の●名尾和紙などです。

★醸造用の絞り袋

  柿渋で木綿を染めた生地が、日本酒や醤油の圧搾用の袋に用いられてきました。●こちらのリンクを見ていただくと、昔ながらの酒袋を使ったもろみの圧搾がどんな感じかお分かりかと思います。
  現在は、機械でやるのが主流なので、なかなか柿渋の酒袋は見ることはできません。しかし、柿渋にはタンパク質を分離する作用があるので、今でも日本酒の「清澄剤」として用いられています。

★民間医療の薬

  あかぎれや火傷に塗布するという形で用いられてきました。血圧降下剤としても用いることができるようですが、タンニンが鉄分と反応してしまう(つまり、血中の鉄分濃度が下がる)ので、お医者さんの指導がない限り用いるべきではなさそうです。

  こうやって挙げてみると、柿渋は「日本最古の工業原料」と言ってもいいほどの多様な用途を誇っているように思えます。

  しかし、今の我々の生活では、柿渋は全くと言っていいほど用いられていません。
  
  理由は簡単で、柿渋の役割は全て「あるもの」が代替しているからです。そのあるものというのは、化石燃料です。
  防水剤・防腐剤はコールタール(石炭をコークスにしたときの副産物)や安息香酸(石油から合成)によって作ることが出来ます。染料は合成インディゴなどの石油由来のものがあります。和紙は蛍光剤や漂白剤を用いた工業的な紙に駆逐され、医薬品は石油からできた化学物質で作るのが普通です。
  石油や石炭で作るメリットは、大量にしかも安価に作れるということです。要するに、工場で機械を使って作れるということです。熟成に2年もかかる柿渋を保管しておくと、倉庫代や地代がかかりますから、二重の意味で工業製品の方が有利です。
  このブログは何度となく、「石油文明には遠くない将来終わりが来る。その時を頭に置いて行動しなければいけない」ということを訴えています。しかし、だからといって渋柿の木を今から植えようとする人はほとんどいないでしょう。都会で生活している人たちにはそもそも木を植える場所がありませんし、田舎で暮らしていても、わざわざ柿渋を作るより、「島忠」や「カインズホーム」で工業製品を買ってくる方が楽ができます。
  そういう人たちをだらしがないとか弱いとか非難するつもりはありません。げんに、私も現代文明の恩恵を受けて暮らしている仲間だからです。

  しかし、それでも私は、なぜ昔の家には必ず柿の木が植えられていたかを知ることには意味があると思っています。
  石油や石炭で作られた製品には絶対的に不利な点が一つだけあります。それは、「一般庶民が手に入れたくてもダメなときはダメ」だということです。
  原料の石油は、そもそも国産はほとんどありません。石炭はあるにはありますが、炭鉱をろくに保全していないので、もう採掘はできないでしょう。そうなると、結局輸入に頼らなければならないわけです。
  また、もし運良く自分の家の庭に石油が自噴したり(笑)、庭を掘っていたら石炭が出てきたり(笑)したとしても、それを自分の家の納屋やガレージでコールタールとか合成インディゴに加工できるという人はいないはずです。
  つまり、石油や石炭由来の工業製品は、輸入に依存している点、そして、自前で製造が不可能であるという点、二つの点で他人に依存してしまっているわけです。
  それでも我々がそういうものに頼って不便を感じないのは、カネさえあればそういった製品を買うことができるからです。今思えば、柿渋が見捨てられたのも、石炭が掘られなくなっていったのも、代わりのものを作ったり買ったりした方がカネになるからでした。
  しかし、今の日本ではカネを庶民に分配する仕組みはかなりの程度破壊されています。よく時代の流れだと言われますが、人為的に収奪が可能な制度改革が推し進められてきたというのは間違いありません(たとえば、労働者派遣は昭和61年まで原則禁止だった)。
  いまさらこれを完全に元に、すなわち、一連の「構造カイカク」の端緒となる中曽根政権以前の仕組みに戻すことはおそらく無理です。一部の政治家(たとえば亀井静香や小泉龍司)はそういう流れに必死で抵抗していますが、「自己責任」:だとか「企業の論理」といったものは、シンプルで素朴な実感に訴えやすいため、なかなか覆すことはできません。だから、政府が弱者を助けるという方向性も、だんだんと悪い方へ修正されているわけです。
  つまり、普通の人びとが「努力してカネを稼ぐ」という希望が持てなくなってきているのが、今の日本だということができます。そういう意味では、日本も、かつてのような分厚い中産階級がいる希有な国ではなく、アメリカやヨーロッパによくある国、要するに●誰かさんがいうような「普通の国」になってきているわけです。
  そこにきて石油減耗が進んだり、国際情勢が悪化(たとえば中国が崩壊したり、中東でイスラエルが暴発)したりすれば、今より数倍も輪を掛けてひどい状況に置かれることは目に見えています。
  そもそも、私たちは、自分たちが生きるということを、他者に依存しすぎてきたのです。
  戦前は、確かに今よりも数倍不自由な時代でしたが、庭がある家には柿の木があって、そこから柿渋の原料を取ることができました。その柿渋を使って家の壁を塗り、投網を補強し、雨ガッパを作り、火傷やしもやけを自分たちの手で直すことが出来ていたのです。
  どうせこういうことを書くと「戦前にもアパートや長屋住まいの連中がいたじゃないか」ということを言う人がいますが、そのような人たちが少数だったか、今のようにごく普通なのかによって、その社会がどれだけ自律的かは全く変わってくるでしょう。当たり前ですが、そういう時代はたとえ長屋住まいでもラッシュの通勤地獄はほとんどなく、近所で世話を焼き合い、口に入れるものはほとんどが近くで作られた(最悪でも日本生まれの)食品でした。今の便利な社会の方が絶対に良いと手放しでいうことが果たしてできるでしょうか。
  今の我々にせめて出来ることは、この便利な生活が国際分業やグローバル貿易システムという、非常に脆弱で依存性の強い仕組みで出来ていることを知ること、そして、そこから少しでも抜け出すための物的条件を整えていくことです。それが、以前の記事で書いた●入会地(いりあいち)の考えであり、●「半農半X」を勧める理由なのです。
  どうも、今の世の中で「自立」だとか「人に依存しない」という考えの持ち主の主張を見てみると、いかに自分をうまく商品化して金を稼ぐかという観点しかないような気がします。
  そして、それ以上に首を傾げたくなるのは、そういう自己商品化に失敗している人びと、たとえば「ハケン切り」にあった人や、「ワーキングプア」といった人びとでさえ、そういう観点を何の疑いも無く受け入れて、自分で自分を苦しめていることです。

  柿渋がごく普通に用いられていた社会は、一見不便に見えるかもしれませんが、根本的なところで自由だったのかもしれません。少なくとも、現代とは全く違う文脈で、自立(というより「自律」)した生活ができていた社会だったのではないでしょうか。
  この季節になってもまだ青みの残った柿をどこかでみかけたら、ほんの少し立ち止まってこの記事のことを思い出していただけると幸いです。

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Comment

まあグローバル経済に関しては人間には金欲(麻薬みたいなもの)がありますので儲けたいという気持ちは完全否定はしませんが(というかする資格がない)、他国にエネルギーや食糧を依存するのは危険すぎますよ
このサイトで「地政学的にーー」という言い回しが何回か出てきますがそれが出てきた時は「原点にかえって考えてみるべきだ」というように解釈しています
やっぱり、日本には日本に合ったやり方で生き延びるしかないですよ

いくら核ミサイルを持っても、北朝鮮みたいに国民が飢えているようでは意味はありません

※実家が田舎でミニトマトやシソ、梅とかいろいろ作っていましたし、海藻や貝も採れていました
やっぱり手が届くところに食べるものがあるのはいいものです
わざわざガソリンを使って郊外型モールまで行かないで済みますし
つつみ | 2009年09月23日(水) 00:12 | URL | コメント編集

ああ、石油を使って畑仕事をしていないのか?とか突っ込まれそうですが笑
ネコの排泄物や野草を肥料に使っていたのですが、ミニトマトやひまわりの種を取って保存して次の年に蒔くっていうところまで出来ればいいのですが難しいです
つつみ | 2009年09月23日(水) 00:44 | URL | コメント編集

●>>つつみさん

>まあグローバル経済に関しては人間には金欲(麻薬みたいなもの)がありますので
>儲けたいという気持ちは完全否定はしませんが(というかする資格がない)

  私もその方が楽なのと違うかと思いますね。
  しかし、もう十分負け組ロードを歩んでいるので、いい加減諦めないとまずいと思い始めてきました。
  逆に考えると、昔試験に受かって法律関係の仕事にストレートについてたら、こういうことを考えることもなかったわけで、それはそれでよかったと思います。

>このサイトで「地政学的にーー」という言い回しが何回か出てきますが
>それが出てきた時は「原点にかえって考えてみるべきだ」というように
>解釈しています

  そうしていただけると書いている側としても嬉しいです。
  他所でもそうですが、なにしろ、少しでも他で専門的に触れられていることに言及すると、余計なことをぐだぐだ言ってくる人が多くて困ります。
  原点に戻ると言っても、じっさい石油文明以前の時代にヒントがたくさんあるわけで、へんな意地やつまらん目先の欲得に縛られなければ、意外とうまく移行できるような気がします。

>ネコの排泄物や野草を肥料に使っていたのですが、

  鶏が十分動き回るスペースを与えて、下におがくずを敷いておくと鶏糞と一緒になりますね。夏に実例を見てきましたが、あれで十分ではないかと思います。肥料は多ければいいというものではありませんしね。

>種を取って保存して次の年に蒔くっていうところまで出来れば
>いいのですが難しいです

  野菜類はこれが難しいですね。ジャガイモと米はその点気楽ですが・・・。
ろろ | 2009年09月23日(水) 01:08 | URL | コメント編集

●家にも柿ノ木がありますが

 はじめまして
 田舎なものですから、家の屋敷にも柿ノ木が4本立っています。正確には敷地内に3本少し離れた山の畑に1本立っています。渋柿です。
 いいところを採ってきて「さわし柿」(焼酎などで渋を抜くこと)その他は「干し柿」にしていますが、大概の家で余っているので、木についたまま鳥の餌で「カラス柿」になっている事が多いです。家族の構成の変化や食嗜好の変化により余るようになったのだと思っていましたが、そうか柿渋の利用か。すでに失われた習慣ですね。
 渋紙というのは、今でも座敷の畳とゴザの間に敷いて使ったりします。ゴザを起こして畳を出すのは、ハレの時にすることで普段は渋紙とゴザで保護しているのです。

 では、また。
soni19 | 2009年09月23日(水) 09:50 | URL | コメント編集

●たくましい生存術ですね

業種を問わず役立つ科目が「語学・IT・金融知識」であると
レバレッジなんちゃらの人が言ってました。
(サブプライムの前なので、今、これを批判的に見るのもナンセンスですけど(汗))

でも、近い将来、これが「農学・料理・生存術」になるんじゃないかと思っているんです。

今回の柿渋の記事なんかは、ストライクゾーンですよ!思わずメモです(笑)。
今後、こういう方向性の記事が蓄積されてカテゴライズされていくと面白いと思いますよ。
☆Indigo☆ | 2009年09月23日(水) 15:27 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>soni19さん

  早速ご訪問いただき恐縮です。

>すでに失われた習慣ですね。

  そうですね。しかし、私は、近いうちに復活する気がしますよ。
  和紙が生産できるところなら、相当いろいろ使えそうな気がします。
  最近は、柿渋の石鹸なども多く見られるようになってきました。日本人の生活の知恵はまだ死んでいません。私も納屋のある一軒家に住んだら、渋柿を植えてみたいと思っています。

>渋紙というのは、今でも座敷の畳とゴザの間に敷いて使ったりします。

  なるほど、確かに強度は布並みですからね。

  今後とも、よろしくお願いします。

>>Indigoさん

>語学・IT・金融知識

  外国に行かなければ使わない語学、食べものを作るには何の役にも立たないIT、そして、素人をその気にさせて巻き上げるための金融知識ですか(笑)。
  当否はともかく、今の世の中がどういう原理で動いていて、何を見失っているかよく分かる三種の神器ですね。

>農学・料理・生存術

  そして、それを支えるのが協調性や我慢なんでしょうね。
  しかし、そういうものは、手を抜いたらみんなが困るような共同作業を経験すれば、自然と身についていくと思います。わがままな人間が多くなっているのは、それを許す物的条件があるからではないかと思っています。
  大事なのはモノのありかたではなくて教育なんだ!!という人とこの前さんざん「議論」をしたんですが、人間に対する理解の仕方が違うので何の実りもなく終わりました。まあ、どちらが正しいかは、将来結果になって現れると思います。

>今後、こういう方向性の記事が蓄積されてカテゴライズされていくと面白い

  そういう風にしていきたいと思っています。政局なんて、ここでどうこう言ったところで何の役にも立ちませんし、この前の亀井さんの記事で言いたいことはほぼ言い尽くした感じです。
ろろ | 2009年09月24日(木) 00:15 | URL | コメント編集

●毎年干し柿を作っています

樹齢90年くらいの老大木ですが、下の4分の一くらいが人間様の取り分で3~400個くらいでしょうか。
頂部からの大半は、ひよどり、からすの餌になります。
去年は不作で出来ませんでしたが今年はどうでしょう。

TBです。
経済活動の目的
http://sun.ap.teacup.com/souun/2042.html
なんとか金融セクターの縮小が図れないものか・・・
http://sun.ap.teacup.com/souun/1295.html
早雲 | 2009年09月26日(土) 20:23 | URL | コメント編集

●>>早雲さん

>頂部からの大半は、ひよどり、からすの餌になります。

  その鳥たちが周囲の山に帰って糞をするわけで、結局物質が巡っているのでしょうね。
  都会にいると邪魔者でしかないカラスですが、おそらく昔の村落共同体では循環の一端を担っていたのでしょうね。「七つの子」の童謡がなぜ生まれたのか、早雲さんのお宅の周囲を歩いてたら分かる気がしました。
  今年、柿の木が実ることを願っております。
ろろ | 2009年09月27日(日) 01:21 | URL | コメント編集

>語学・IT・金融知識
これってどれもぶっちゃけ
「一人勝ち&勝ち逃げ」
用のスキルですよね。
ITと金融は詐欺的な金儲けにはうってつけですし語学が出来ればそこで手に入れた資金をいかしてとりあえず高飛び・亡命はしやすくなります。
そして逃亡先で奴隷農場でも作って優雅な余生を過ごそうって感じなんですかねえ?
なんか最近日本に来ている白人系の人らの中にもこういうのが混じってそうな気が。
でも、あっちの人らって
>農学・料理・生存術
系のスキルももってはいるんですよね、ただし小麦牧畜文化由来の略奪・修羅場系サバイバル術メインなんですが。
元山師 | 2009年09月28日(月) 23:13 | URL | コメント編集

●柿ネタで一言

どうもー。
ごぶさたしております。

実は今、柿(主に串柿が有名)の本場である地元の選果場で
働いてます。
(以前のITな職場は、権力を持ちすぎたフェミババアに精神を壊されたので、
 早期退職致しました。あの手の業界は根本的にダメです。人がオカシイ。)

で、実際に働いている身として、疑問点があったのでコメントさせてもらいました。

>今和歌山県や福島県などで栽培されている食用の柿は、ほとんどが甘柿です。

という部分。

むしろ和歌山は渋柿(今の時期、9月は刀根早生)の生産が多いと思うのです。
生産者が持ち込むのも現在は秋~冬を通しても渋柿が多いように思われます。
一応参考になるソースを以下に。
 ↓
http://www.h2.dion.ne.jp/~nyoshida/kaki/kaki_hinsyu.htm
http://www.kasuikyo.jp/text/6-3.html

和歌山県では昭和50年代から渋柿が増えたみたいですね。

自分の実家も祖父母が柿を作っています。
昔は富有柿(甘柿)も作っていたのですが、

甘柿は収穫が遅い(11月くらい)のですぐに現金化できない
 ⇒収穫が9月の渋柿なら10月11月には現金化できる

という事で、9割以上渋柿に切り替えたそうです。
自分としては甘柿なら取ってすぐ食べられるので好きなんですけどね。
生産者としてはむしろ渋柿ということでしょうか。

☆余談
確実に農産物の生産は減ってきてます。(もちろん生産者も。)
地元の選果場は統廃合が進んで来てまして、今自分が居る所も
来年いっぱいでなくなります。
後継者不足だけでなく、農業で食っていけないという理由が大きいです。
期間従業員とはいえ、田舎の雇用を確保してきた場所ですし、
農産物を生産し、選果場へ運ぶというサイクルの歴史が消えるのを見るのは
寂しいものです。
それで田舎の雇用が完全に無くなって、都会(極論を言えば東京)に出るしか
ないようになって、都会で雇用場所の奪い合いになるのもどうかと思います。
何か完全に間違ってるなぁ・・・と。







noa | 2009年09月29日(火) 01:02 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>元山師さん

>なんか最近日本に来ている白人系の人らの中にもこういうのが混じってそうな気が。

  そういえば、昔関係のありそうな記事を書きました。

移民白人にご用心~中国人やフィリピン人だけ騒いでいていいのか?
http://roronotokoro.blog113.fc2.com/blog-entry-246.html

  チュウゴク人より「芸達者」なだけに、怖いですね。

>>noaさん

  どうもありがとうございました。甘柿の部分は訂正しておきました。
  というか、柿というのは普通渋柿なんですね。知りませんでした。

>後継者不足だけでなく、農業で食っていけないという理由が大きいです。

  そして、それらは今後も政府の良い施策によって持ち直す可能性はほとんどありません。そう思っていた方が、中央での政局にあらぬ期待をせずに済みます。
  誰かが作らないなら、自分で作る。そういう方向に向かう人が増えてくれることを望んでいます。
  柿の木は、今後文明が曲がり角に来たとき、かけがえのない財産になります。僭越ながら、お姉様には、お持ちの木を大事になさるようにおっしゃってください。

  
ろろ | 2009年09月29日(火) 21:41 | URL | コメント編集

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