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2009.05.04(Mon)

平安、鎌倉、室町~時代のエトスについて(3) 

  「社会科学ブログのランキングにいるのに、政局の記事ばっかり書いてんじゃねーよ」というお叱りを受けそうな予感がしてきたので(笑)、続き物を進めます。世間様は連休中らしいんですが、実は私はあんまり余裕がなかったりします。コメントの返事も、もう少しお待ち下さい。
  まあ、私の事情なんかどうでもいいことですね。それでは、話を始めましょうか。前回は、平清盛という人が鍵を握っているという話をしました。私もあんまり専門的なことは知らないのですが、一応業績を追ってみましょう。

  平清盛といえば、どんな人か。塾に通ってる小6の受験生に言わせると、まあだいたいこんな感じの答えが返ってきそうです。下のやつは、まあ黒板に板書しているとでも思って下さい。

★平安時代に成長した大武士団「平氏」のリーダー
★保元の乱、平治の乱を経て、政権を握り、貴族以外で初めて太政大臣になった
★大輪田泊(現在の神戸)を整備して、日宋貿易を行った


  しかし、これは大事なところが抜けています。清盛の出自です。
  清盛は、「伊勢平氏」というところの出身です。平氏というのはいろいろいるっていう話をこの前しましたね。朝廷にいたらえらくなれないから野に下った皇族に「平朝臣」(たいらのあそん)という名前をあげたからです。伊勢というのは、まあ一応言っておくと、今の三重県です。
  伊勢というと、伊勢神宮が有名ですね。昔から「伊勢商人」という言葉も有名です。なんで伊勢商人が商売になるかというと、伊勢の周りの国々は特産物がたくさん取れるからです。
  隣にある志摩はリアス式海岸があって、海産物の宝庫だったようですね。御食国(みけつくに)とか言ったそうで、ワカメやらなんやらを朝廷に差し出す特別な扱いの国だったんです。
  南の方は紀伊国です。紀伊っていうのは、「木」から来ていて、木材を産出してきた地域です。だいたい山で切った丸太を筏で川の下流に流して、新宮という場所に集めます。それから、伊勢を経由していろんな地域に運ぶんですね。
  そして、対岸にある尾張国とは、「東海道」で結ばれていたんですね。あの、新幹線の通り道を考えないで下さいよ。古代の東海道は伊勢の北部を通っていたんです。名古屋辺りから海路で今の「桑名市」に渡って、そこから鈴鹿の関所を通って伊賀・近江・平安京というのが正式な東海道だったそうです。海路が入ってるのは、当時の技術では木曽三川をまたぐような橋を造れなかったからです。
  ちなみに、鈴鹿の関を東から西に行くから「関西」という言い方がされます。
  さらに、中部地方とは木曽三川でも結ばれていたとなると、もう伊勢国というのは何でも物が集まってくるという感じですよね。

  清盛が生まれた土地も、そういう場所でした。出生地は現在の三重の県庁所在地である「津市」です。「津」ですよ、みなさん。これは重要です。
  日本各地の、津がつく地名がどんな場所にあるか思い出して下さい。東京のあたりなら「谷津干潟」とか「津田沼」、まあこいつらは同じ場所なんですけどね、あと関西なら滋賀県の大津、石川県の津幡、島根県の江津、全部海のそばです。そりゃ当然で、「津」というのは、昔の言葉でという意味なんです。そういえば、伊勢国には「四日市」なんていう地名まであります。四の付く日に市場が開いたからですが、あそこも商業港です。伊勢=商業の国ということが、名前だけでも分かってしまうのは面白いです。
  こういう場所で生まれ育った人物が、何を考えるかということです。ええ、そうですね。政治の根本的な方針が、商業中心になるということです。

  すみません、ちょっと話がそれますが、大事なことをお話しします。近江なんかもそうですが、商人のいるところは交通の要衝です。日本の場合は、近畿地方に商人の活動拠点が集中しています。伊勢、今の滋賀県である近江、北陸なら敦賀や若狭、近世になると大阪も加わりますね。これは重要です。要するに、日本というの国は、東と西が全く異なる国で、その結節点が琵琶湖周辺、すなわち近畿地方であるということです。関ヶ原の戦いが岐阜県と滋賀県の境であったことや、壬申の乱の最後の戦いが行われたのが琵琶湖から流れ出す瀬田川のほとりだったのは、偶然ではないんです。
  人間が絶対に超えられないものってなんだと思いますか。それは距離です。人間は身体を持ってる物理的な存在ですから、遠くなると面倒くさくなるものなんです。そりゃ、現代はいろんな交通機関が発達して、モメンタムっていうんですか、動力は大きくなっていますよ。しかし、そういうものを利用するにはお金がいるじゃないですか。会社か気前よく出張費用を出してくれたり、国会議員みたいに税金でグリーン車を使えたりするなら別ですが、多くの人間にとっては、距離を超えることは日常的には困難です。「去る者日々に疎し」というのも、ある意味で当然です。そういうことを考えると、遠距離恋愛なんていうのは無茶です。できるだけ好きな人のそばにいてあげるようにしてください。
  人間というのはそういうもんですから、何か欲しいものが遠いところにあったら、真ん中というか、とにかくいろんなものが集まってくる場所まではとりあえず出かけて、そこで手持ちのものを交換してくるっていうのが一番効率よく欲求を満たせる方法なんです。クラシックのCDが欲しかったら銀座の山野楽器に行くとか(笑)、そういう感じです。そこに行けば、とりあえずなんか欲しいものが待っていてくれる場所があるといいわけです。
  そういう場所にいて、いろんな場所から持ち寄られた人間の活動力を交換する。それでもって、少しずつ手数料みたいなものをいただく、それが商人というものの本質です。商人の本質は、「つくる」のではなく「つなぐ」ことです。そうなると、いくら道がよくなって、車がどんどん走っても、辺鄙なところの●道の駅がガラガラなのか分かりますね。モメンタムをいくら強くしても、地理的条件というのは超えられないのです。この辺は、地政学にも相通ずるものがあります。
  要するに、近畿地方は、東日本と西日本を「つなぐ」場所なんです。東京に首都が移って、近代国家という税金で動くブルドーザー、もう少し格好良く言うと暴力装置(笑)が関東平野の南にできるまで、近畿地方が日本の中心だったのは、そこに集まってくるものを「つなぐ」ことで、極端にいえばそれだけで需要が生まれていたからです。
  この辺りの事情は、テストには出ませんが(笑)、日本という国の性格、成り立ち、そしてこれからの運命を知るためには、絶対に知っておかなくてはいけないことだと私は勝手に思っています。

  ・・・なんか、この話のタイトルは「商人の歴史」にした方がよかったかもしれませんね。

  長くなりましたが、まだ本題に入っていません(笑)。なんかいつもこんな感じですね。
  では、このブログでは、一応本論に入る前に、平清盛という人物の定義をしておきましょう。

  平清盛とは、商人である。
  
  歴史研究をやっている人からしたら「アホかこいつは」と思われるかも知れませんが、別に気にしません(笑)。専門家の方がやるべき仕事と、私がここで書くべきものは役割が違いますからね。
  ただ、平清盛は商人だ、という風に決めてしまうと、彼が政権を取ってからやったことや、彼を政権トップの座に押し上げた時代のエトス、お、やっとこの言葉が使えたぞ(笑)、そう、エトスが見えてきます。
  
  また予告CM調か!!と言われそうですが、ここで一旦切って、次回は日宋貿易の話に入ります。

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EDIT  |  21:50 |  話し言葉で歴史を語る  | TB(0)  | CM(5) | Top↑

Comment

一時の栄華を誇った平清盛とはどのような人物だったのか、ろろ様の切り口に改めて興味が湧きますね。
大雑把でどうでも良いような事は歴史で習いますけど肝心なのはその政権の有り様、どういう勢力背景でどういう目的で支配をしたのか。またどういう外交をしたのか……こういうのは普通の歴史じゃ扱いませんから(笑)
次が待ち遠しいです~。それでは!
PNW10 | 2009年05月04日(月) 23:13 | URL | コメント編集

●こういうエントリー大好きです!

平清盛は後醍醐天皇よりもはるか昔に貨幣経済に舵を切ろうとした事が凄いですよね。
織田信長の茶器に付加価値を付けて恩賞にしたのも凄いですがこの時代にこの観念を持って支配しようとしたこの人も凄いです、テンションあがりますw
平家全盛の時でも武芸を怠らないようにさせたり、弓・矢の原材料地を押さえつけたり、武具の改良を研究したりと経済面以外を見てもこの国の歴史上トップクラスのリーダーですね。
彼が没した後の転落ぶりを見てもいかに偉大だったか解かります。

続き期待してます^^
経営者 | 2009年05月05日(火) 01:01 | URL | コメント編集

●続を期待します

平氏は直接又は朝鮮半島南西部経由で縄文末期から百済滅亡時までに渡来した三苗系海洋民の末なのではないかと思っています。(商業、時には海賊を生業にした)
「天つ神」と「国つ神」
http://sun.ap.teacup.com/souun/933.html
早雲 | 2009年05月05日(火) 01:07 | URL | コメント編集

●興味深いですね

世界の裏側にいる金融権力も、軍事力と科学技術の改良に執着しています。

従来の日本人の概念である文と武とは違う概念を持った歴史的人物があるのかもしれません。

非常に切り口に興奮します。
ロン | 2009年05月06日(水) 17:45 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

少しずつ返していきますので、どうかお待ち下さい。

>>PNW10さん
>>ロンさん

  残念ながら、この記事を進めるのはもう少し先になりそうです。実は、取材をかねて訪ねてみたいところがあるのです。
  7月か8月にはあると思いますので、それまでお待ち下さい。

>>経営者さん

  そうですか、私は基本的にベンチャー精神の持ち主を見てもワクワクするより不安になるタイプですから(笑)、そういうところはほとんど書かないと思います。
  ちなみに、平清盛に一番似ていると思うのは、このシリーズの後の方に出てくる予定の「足利義満」です。

>>早雲さん

  海賊というと語弊がありますが、身を守るために武装するというのは陸上の武士と同じですよね。厳島神社のエピソードや、平家の落ち延びた先が屋島や壇ノ浦だったのも、出自を裏付けていますね。



  
ろろ | 2009年05月17日(日) 08:14 | URL | コメント編集

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