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2007.08.22(Wed)

どうすれば日本は戦争をせずに済むのか(1) 

  ●前回の「なぜ戦争が起こったか、なるべく単純に考える」を前提にして、どうすれば日本が戦争に突入しないで済むか考えたいと思います。
  おそらく、他のブログやサイトではあまり目にしない意見かもしれません。まあ、こういう考え方があるということを知って頂くだけで、多分ニュースや評論を見る目に変化が出るかもしれません。それを期待して書かせていただきます。

★不毛な議論はやめる

  戦争についての話題を、勝った負けたのネタにするのはやめろということです。
  誰もいない部屋でエアコンをガンガン効かせるのと同じくらい不毛な行為があります。それは、「あの戦争は正しかったのか、間違っていたのか」という議論です。
  こういう話になると、考え方の左右の違いというやつがもろに出ます。たとえば、自分をリベラルとか護憲とか平和主義だとか自認している人は、「日本はアジアの人々に多大な損害を与えた。だから日本は悪いことをした。謝罪や反省が足りない」という主張をします。また、右翼だとか保守だとか自称している人々なら、「あの戦争はアジアを白人から解放するための戦争だった。だから日本がしたことは全てとは言えなくても正しいものだった」と言います。細かい違いはありますが、だいたいそんなところでしょう。
  そして、お互いに相手の言い分を聞こうとしない。まあ、そういう人だから明確な立場というものをもってそこから何でも演繹しないと気が済まないのかも知れませんが、こういう「論争」から何かが生まれたのでしょうか?
  どうせ議論するなら、「どうすれば戦いを避けられたか」「どうすうれば勝てたか」「敗因は何か」といったように、後に続く世代にとって資するような議論をすべきです。今の言論界の論争やブログ上の左右の罵り合いを見ていると、何か本当の原因や教訓というものを議論させないために、わざと大声で水掛け論をやっている奴がいるのではないかと思ってしまうほどです。
  断っておきますが、だからといって外国が日本を交渉しやすくするために仕掛けてくるプロパガンダには徹底的に対抗すべきであり、自国の独立を脅かすような間接侵略(たとえば、●こういう行為)とは勝つまで戦うべきだと思っています。それと、この問題とは意味合いが異なります。
  そういうわけで、私は「あの戦争は正しかったか」的な議論には一切参加するつもりはありませんし、みなさんにも参加して欲しくはありません。正か邪かという議論をしようとする人のコメントには返事もしません。悪しからずご了承下さい。

★良い戦争などないと知る

  金がかかる、人が死ぬ、事後の処理が面倒、場合によっては国が消滅する場合もある・・・こんなものを好んでするべきではありません。
  どっかのブログか掲示板かで、「よろしい、ならば戦争だ」などというキャプションがついた小泉前首相の画像かなんかが出ていましたが、ああいうものを作る人間、貼る人間の神経がわかりません。そういう人は、真っ先に徴兵に応じたり、義勇兵になったりする覚悟があるのでしょうか?
  どうせ自分だけは銃口の先に立つことはないと高を括っているからそんな馬鹿な画像を見て喜んでいるのでしょう。もしそうでなくても、民間人が常に戦場に赴くことを考えなければならないような国が、良い国だとは思えません。
  もちろん、このような考えは、いざ戦うことになったら応戦可能な防衛力を確保しておくことと矛盾しません。むしろ、防衛力というのは戦争をしないために存在すると考えて、我が国にとって必要な装備や人員、さらに危機管理体制を整えておくべきだと考えます。
  
★歴史に学ぶ
 
  我が国には、不幸にも日本国外に戦地を求めた戦いが何度かあります。それを徹底的に分析する、あるいは共通点を見つけることで、次の戦争を避けることができる可能性が高くなります。
  その戦争とは、もちろん先の大東亜戦争(いわゆる「太平洋戦争」)も含まれますが、それ以外には、

  ●白村江の戦い

  ●豊臣政権下の朝鮮遠征

  があります。

  この二つの外地での戦争に至るまでの経過や、キーポイントになった人物、さらには時代の風潮を見ると、かなりの共通点があることがわかります。
  私は歴史の専門家ではありません。しかし、深く突っ込んだ議論や細かい知識が、この一件について必ずしも必要だとは考えていません。以下では、この二つの外地戦争と、大東亜戦争とを分析して、ポイントになりそうなことを
  あくまで私見ですが、みなさんも「白村江の戦い」「秀吉の朝鮮遠征」「大東亜戦争」を比べてみて、いろいろ考えてみて下さい。何か面白いことが発見できたら、是非教えて欲しいと思います。ただし、戦争自体の正邪について判断するような意見は無視もしくは削除します(例:秀吉の朝鮮遠征は「侵略」ではない)。

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【More・・・】

  では、上の三つの対外戦争を分析して得られる共通点について論じます。

(1)外国との交流を活発にしない
  何を言っているんだ?今の世界は国際協力がないと成り立たないじゃないか、と思ったあなた、あなたこそ罠に填められているタイプの人間です。
  外国との人的、物的、経済的、文化的交流が進むと、様々な分野で外国と相互に依存する関係が成立してしまう恐れがあります。これが一番怖いのです。日本の戦略上の強みは、回りを海に囲まれているので、付き合う相手を選ぶことが出来ることなのに、それを忘れて、他の地域の事情に引きずられて国策を見失ってしまうからです。

  白村江の戦いがあった飛鳥時代は、朝鮮や中国からの文物が大量に流入した時代でした。いわゆる「渡来人」が日本にたくさん渡ってきたのです。
  もちろん、それが日本の社会に良い影響を与えたことは事実ですが、様々な分裂や抗争を引き起こす種にもなったことは事実です。一番分かりやすいのは仏教で、●渡来人の元締めであった蘇我氏と、八百万の神に忠誠を誓う物部氏との一大抗争に発展してしまいます。
  
  戦国時代末期から安土桃山時代にかけても似たようなものです。この場合は、ヨーロッパの国々との交流が活発化しました。
  そして、彼らがキリスト教を布教して回ったことで、キリシタン勢力とそれを潰そうとする既成の権力側とが仁義なき戦いを繰り広げることになりました。たとえば、織田信長(キリシタンを擁護)と一向一揆・比叡山(伝統的仏教勢力)との戦いです。
  信長の功績ばかり称えている人は、彼が日本の権力者ではありえないような異常な行動を採っていることに目を向けた方がいいです。長島一向一揆殲滅作戦(投降した一向宗徒2万人を虐殺)や、比叡山焼き討ち(人数もすごいが、歴代天皇の霊を祀る宗教的権威であることに注意)、それに正親町天皇に対する譲位の要求などがそうです。
  これらは単なる性格的な異常というより、一つの宗教戦争だったと考えれば納得がいきます。そういう不毛な対立を持ち込んだのも、ヨーロッパ人だったわけです。
  こういうことは、欧米、特にアメリカを怖れる教育行政の担当者が絶対に教科書に書けないことですが、事実です。

  では、大東亜戦争の時代はどうたったのかというと、これまた国際交流が恐ろしく進展した時代でした。特にアジア、なかんずく中国との間の交流が広がりました。
  転機になったのは日露戦争の勝利です。あの勝利は、はっきり言ってイギリスに支えてもらい、アメリカの親切があってやっと勝ったようなものでした。しかし、黄色人種が白人に勝ったということで、1905年だけで一万人を越す中国人留学生が日本に留学してきました。
  しかも、とうの日本人まで気をよくしてしまし、自分たちはアジアのリーダーだと勘違いしてしまいます。そういう優越意識が反映したのが、●国際連盟での人種差別撤廃条項です。これ自体、それほど非難すべきものがあるとは思えませんが、おそらく日本人の中に、一等国であるという思い上がりと、他のアジアの国に対する虚栄心みたいなものがあったのは間違いないでしょう。
  前回紹介した「大アジア主義」というのは、そういう時代の中で台頭してきたのです。
  こういう雰囲気に後押しされ、日本と中国の間の経済「交流」はものすごいスピードで進展していきます。もちろん、前回の記事で指摘した、近代工業の発展が必ず伴う「過剰在庫」を処分する場所を求めてです。その証拠が日本人租界です。日清戦争で治外法権に近い待遇を得た日本人は、まず天津と漢口に租界を獲得し、上海にも英米と共同租界を持つことに成功します。ここをビジネスの拠点にして、日中間の貿易はどんどん拡大しました。
  そして、中国側による日本人への攻撃、いわゆる日貨排斥運動が始まると、中国に多数居住していた日本人は、いろいろな事件で犠牲になりました(たとえば、議論はあるが●通州事件)。
  別に、日本人が取り立てて無礼な真似をしていたとは思いません。今日の日本人ビジネスマンの振る舞いから見ても、そう考えた方が自然でしょう。頭の中が花畑でハチがぶんぶん飛んでいるアホ左翼平和バカのように「日本人は行く先々で悪いことをした」と妄想するのは不自然極まりません(自分が下劣な人間だから、他の日本人もそうだと思いたいのだろう)。
  しかし、そういう紳士的な態度を採っていたら恨みを買わないのかというと、そうともいえないのです。誠実に振る舞っていれば、相手はわかってくれるというのは、日本人同士でしか通用しない常識です。向こうにしてみれば、自分たちは面白くない状況に置かれているのに、日本人はきちんとした身なりで豊かな生活をしているとなれば、それだけで恨みを買う可能性すらあるのです。
  外国で、それも中国のような国で定住して商売をするというのは、そういう危険と隣り合わせなのです。それを理解していれば、「暴支膺懲」(乱暴な支那人をこらしめてやる)などという愚かなスローガンは生まれなかった、もしくは流行らなかったはずです。

  覚えておかなくてはならない重要なことは、外国人(外国にいる日本人も勿論そう)や外国文化というのは本来ならそこになかったはずの異物であり、周囲にいる地元の人間と齟齬や摩擦が起きるのは当然だということです。
  この点についての認識が、今も昔も、日本人は甘過ぎます。日本人はいいものを取り入れて、自家薬籠中のものにするのが得意だといいますが、一旦時代の雰囲気が国際交流推進の方へなびいてしまうと、外国人や外国の文物に対して警戒心が甘くなってしまうという弱点もあるのです。
  だからこそ、江戸幕府は鎖国を選んだのです。鎖国というのは、付き合う相手をよく見極めて限定するということで、必ずしも外の世界と断絶してしまうというわけではありません。
  現代でも、外国人にはビザを要求する(危険性の高い国には発給条件を厳しくする)ことや、不法入国や不法就労に対する徹底的な取締りを行うこと、留学については適性試験を実施させることなどして、ハードルを上げることはできるはずです。旅券法を改正して、国際交流事業なども、出国の自由を制限する方がいいかもしれません。●こういう破壊工作員候補の育成をやらかすからです。日本人が海外で何かに「汚染」「オルグ」されやしないか、という点についても、監視が必要でしょう。

  企業の海外進出については、後に述べます。

  ・・・すみません。明日も朝が早いので、きょうはここまでにさせて下さい。続きは明日上梓します。

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テーマ : 戦争・原爆 - ジャンル : 政治・経済

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Comment

●確かに

なーるほど、同感。確かに巷の議論ではその視点が欠けてるような気がします。
今歴史教科書での沖縄戦の記述で議論があるのは御存知かと思いますが、集団自決で軍の命令が「あったorなかった」に終始し、ついには「歪曲」なんて言葉が出てくる現状にいち県民としてうんざりしてます。必要なのはそういう議論ではないはずですけどね。

後半期待してます。
Masaya | 2007年08月22日(水) 22:54 | URL | コメント編集

●>>Masayaさん

>集団自決で軍の命令が「あったorなかった」に終始し、
>ついには「歪曲」なんて言葉が出てくる現状に
>いち県民としてうんざりしてます。

  やはり、普通の県民の方ならそう思いますよね。

  教育基本法や憲法や国旗国歌なんかもそうなんですが、そういう風にうんざりさせて政治から人を遠ざけるために、わざと騒がしくしている人がいる気がするんですよ。
ろろ | 2007年08月22日(水) 23:51 | URL | コメント編集

●鎖国論について

御説の鎖国論を含め、日本の未来の外交姿勢については、PHP新書の『右であれ左であれわが祖国日本』が詳しく分析しています。ブログ「ジャパン・ハンドラーズと国際金融情報」でも絶賛されていますので一読されてはいかがでしょうか?

http://amesei.exblog.jp/4654064/

あと、私見ですが、江戸幕府の鎖国政策は日本に限ったものではなく、清や李氏朝鮮と共通する海禁政策としてとらえた方が良いと思います。そして、日本が今後鎖国するよりも、将来の朝鮮半島国家や中国大陸国家に海禁政策を採る様に働きかける方が良い様に思われます。それは、周辺国を悩ませてきた難民・移民問題の解決に繋がるからです。
とおりすがり | 2007年08月23日(木) 02:53 | URL | コメント編集

●たしかに

本当に不毛なんですよね。
「よかった、悪かった」なんてのは時代によっても考え方によっても違ってくるはずなのに、その議論で終始してしまっているように感じます。

太平洋戦争を研究するだけで、戦争にいたる経緯や、日本人の民族性などが分かると思うのでが、まとめて放り投げてるように思えるんです。

「反省しろ!」といってる連中ほど反省していないのではと思っております。


やはり、研究されると困る人がいるんですね。
GATA | 2007年08月23日(木) 21:30 | URL | コメント編集

●鎖国論について

私も鎖国論には賛成したいですね。
海外と貿易するメリットが失われて来てますから。
資本と技術はアジアに流出するだけだし、
これ以上のドル稼ぎも行き詰まってる気もします。

為替マジックの被害もありますから、
日本が安定的に発展するには、外国との障壁を
作った方が良いかも知れません。
しかしそれを国際金融資本が許すかどうか・・・

ひるがえって、
江戸時代の鎖国は、国際金融資本にうまくコントロールされていたと
考える事は出来ないでしょうか?
明遠征にしても、鎖国にしても、何処が得をしたのか?
秀吉が明ではなく、豪州や南北アメリカに興味を示せばどうなっていたか?

>あと、私見ですが、江戸幕府の鎖国政策は日本に限ったものではなく、
>清や李氏朝鮮と共通する海禁政策としてとらえた方が良いと思います。

女真族が明を倒す時、国際金融資本の支援を受けた可能性は無いでしょうか?
明は欧州に先駆けて、北米にコロニーを作っていましたよね?

大航海時代に、日本がアメリカインデアンを支援していれば、
歴史は大きく変わっていたかも知れません。
しかしそれは、もう手遅れ。

新大陸を欧米勢力に奪われてしまった現在の方が、
日本にとって鎖国すべき時期かも知れません。
しろうと | 2007年08月23日(木) 22:47 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>とおりすがりさん

>日本が今後鎖国するよりも、将来の朝鮮半島国家や
>中国大陸国家に海禁政策を採る様に働きかける方が
>良い様に思われます。

  朝鮮はともかく、グローバリゼーションの恩恵を最も受けている中国に納得させるのは困難な気がしますね。
  中国が混乱して、毛沢東みたいなランドパワーのボスが出てくればいいんですけどね。そういう指導者が一種の鎖国政策に踏み切るには、大陸だけで精一杯という状況、たとえばロシアやインドとの対立がないとダメだと思います。

>>GATAさん

>「反省しろ!」といってる連中ほど反省していないのではと思っております。

  反省しろと言っている人間の狙いは、アメリカや中国による間接侵略の手引きをしているのです。そして、それに対して日本はいい戦争をしたんだと言い返すバカは大アジア主義者です。
  日本のことを本当に愛していたり、教え子を戦争に送りたくないと思っていたりするなら、黙っていてくれた方がいいと思うんですけどね・・・。

>>しろうとさん

>江戸時代の鎖国は、国際金融資本にうまくコントロール
>されていたと考える事は出来ないでしょうか?

  南蛮(ポルトガル・スペイン)に紅毛(オランダ)をぶつけ、後者に条件を呑ませたという点で、徳川家光の勝ちです。オランダとしても、ドル箱の日本を独占できたわけで、リスクの少ない儲け方だったということで、お互いにとっていい関係だったのだと思います。だからこそ、長続きしたのでしょう。
  ロシアがウラジオストクを開港し、ペリーが太平洋のこちら側にたどり着くまでは・・・ですが。世界はいつも待ってくれませんね。
ろろ | 2007年08月23日(木) 23:48 | URL | コメント編集

平和党から読ませて頂きました。私は無知で歴史や、学問的な事は全くわかりませんが、戦争は無くならないと言う概念を無くすのにはどうしたら良いかと考えています。勉強させて頂きました。ありがとうございます!
さゆみん | 2007年08月25日(土) 16:45 | URL | コメント編集

●>>さゆみんさん

  どうも初めまして。

>私は無知で歴史や、学問的な事は全くわかりませんが、

  そんなことをおっしゃらずに、このブログでも構いませんし、他にも有益なブログがたくさんありますから、共に学んでいきましょうよ。
  私もうろ覚えなのを記事を書くために調べていて、本当に理解することが結構あります。学校であのとき何か言っていたのはこれか・・・というのがあるかもしれません。
  私は大学を途中で辞めたので、実際は高卒です。威張れるようなものは何にも持っていやしません・・・。
  それに、私は博識だの何だのと他の方に定義されるのはあまり好きではありません。そういった評価抜きに、記事だけをご覧になっていただけると嬉しいです。
 
ろろ | 2007年08月25日(土) 22:46 | URL | コメント編集

●はじめまして

ちょくちょく拝見させてもらってます。
どうすれば日本は戦争をせずに済むのか、という事ですけども
まずは戦争の正しい定義を、我々日本国民が共有する必要がある
と思うんですよ。
というのは、戦争とケンカの区別がついていない人があまりにも多い
んじゃないでしょうか。
ケンカは、ただ相手をぶん殴ったり、ボコボコにしたりするだけですが
戦争は、自国の意志を相手国に押し付ける為の暴力的かつ最終手段な
わけですよね。単なる暴力だけのケンカとは違って、文明的行為・システム
ですよ。日本の反戦運動にしろ安全保障議論にせよ、この文明的な視点が
欠落していると思います。
他にも、戦争を、地震かカミナリのような自然現象として捉えている部分も
ある。(終戦なんて言葉がまさにそう。敗戦だろって)
なんていうか、日本人の戦争感って、中世的というか戦国時代的なんだと
思いますね。この戦国的センスを、いかに近代的戦争感に進化させるか、
ここが日本の戦争を語る上において、重要なポイントではないでしょうか?
赤門 | 2007年08月25日(土) 23:44 | URL | コメント編集

●>>赤門さん

>まずは戦争の正しい定義を、我々日本国民が
>共有する必要があると思うんですよ。

  ずいぶん難しい作業ですね。このブログの管理人の学識では無理だと思います。クラウセヴィッツの「戦争論」も、ジョミニもリデルハートもミアシャイマーも読んでいない私では・・・。

  おそらく、「グローバルアメリカン政論」など、政治学を本格的に学んでいらっしゃるブログの方がそういう話題に対応していると思いますよ。

>終戦なんて言葉がまさにそう。敗戦だろって

  終戦という物言いが変だというのは、全くその通りですね。
ろろ | 2007年08月26日(日) 21:41 | URL | コメント編集

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