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2009.01.22(Thu)

「石油減耗」について 

  ●前回の記事の補足のような感じで書いてみます。
  当該記事のコメント欄で、化石燃料が不足してきたら、どういう世の中になるべきかという話が出ました。「科学技術によって新しいエネルギーを開発できればいいのではないか」という声も出ました。しかし、それは次の次の段階の話であり、まず我々は、今の次の世の中がどうなるかをきちんと知っておいた方がいいのかもしれません。
  最近物事を調べていて、ネット上の情報は、どうも「薄味」なものが多いなということを感じ始めているのですが、このリンク先のコラムは面白いです。

石油減耗で現代物質文明は崩壊する
http://www.jissensha.co.jp/opinion/20050905-1.htm

  かなり長大な記事なので、私がこれは、と思ったところだけ抜粋しておきます。私の先入観で切り取られているかもしれませんので、不安に思った方は原文を参照して下さい。

 現在の石油価格の高騰に関して、70年代に2回あったオイル・ショックと同じように考えている人がいます。しかしそれとは違うということを、まず押さえる必要があります。70年代に石油が値上がりしたのは、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)などのアラブの産油国が、アメリカのメジャーによる石油独占に反旗を翻し、石油の生産・輸出を制限したことの結果でした。つまり人為的に生じた石油危機でした。  

 しかし、今後起きるであろう石油価格の高騰は、そうした人為的なものではありません。地球上に資源として存在する石油の産出量が基本的にピークを過ぎ、石油生産の低下が原因となった石油の高騰が始まっているのです。


  2008年中に高騰した原油価格がずいぶん下がっているじゃないか、という人もいるかもしれませんが、あの暴騰は株式市場や米国の住宅バブル崩壊の中で、行き場を失った投機資金が流入したという特殊事情があります。それを差し引いても、徐々に石油の値段は上がっているということは、●こちらのリンクを見るとよく分かります。

 資源エネルギー問題に関して考える場合、前提的に押さえておかなければならないのは、「石油にかわる代替エネルギーなど存在しない」という問題です。天然ガスがあるじゃないか、オイルサンドがあるじゃないか、あるいはメタンハイドレートがあるじゃないか、という人がいます。しかしそれはエネルギー問題の本質が分かっていない議論なのだと、石井さんなどのエネルギー問題の専門家は指摘します。 (中略)

 「エネルギー資源を理解するには、その評価基準としてエネルギーの出力/入力比が本質的である。EPR(Energy Profit Ratio)、EROI(Energy Return on Investment)などだが、残念ながら、日本では殆どしられていない。これから説明するが、この指標はエネルギー資源を評価するに、欠かすことの出来ない重要性を持っている。殆どの巨大油田はEPR60と高い。オイルピーク時1970年頃のアメリカの油田は20と低い。それも1985年は10を下回る。今では3程度に落ちているそうである。同じ石油資源もこのように、EPRの値は大きく異なる。同じ油田でも生産とともに、EPRは変化する。勿論低下する」  

 エネルギー問題は、EPRというエネルギーの入力と出力の比率で考えなければならないのです。EPRが大きければ大きいほどエネルギーとしては価値があり、EPRが1より小さいようでは、エネルギーとしては全く意味がない。  

 EPR60という巨大油田、具体的には中東の大油田というのは、地球上に存在するエネルギー資源のなかで最も良質なエネルギーであり、これに替わりうるような代替エネルギーは現時点では全く存在しないのです。このことがまず押さえられるべきです。EPRで考えると、代替エネルギーはみなコストが高すぎて、普通の人が普通のエネルギーとして使うようにはならない。ここに現代の資源エネルギー問題の本当の深刻さがあるわけです。  

 例えばカナダのタールサンドのEPRは1・5にすぎません。オイルサンド類は、石油と比べようもないぐらい「異質」で「低品質」なエネルギー資源なのです。日本で話題のメタンハイドレートも「資源と言えるかどうかすら疑問」。海水ウランについても、海水に溶存するウランの濃縮には膨大なエネルギーが必要で、とても代替エネルギーなどにはならないといいます。  

 「低品位の希薄な物質を量の大きさのみに着目し、未来の資源という話が日本には多すぎる」と石井さんは書いています。  「流行のバイオ、エネルギー農業だが、既に述べたように、現代農業は大量の石油に支えられている。このためサトウキビからのエタノールはEPR0・8~1・7と低く、トウモロコシも1・3である。またトウモロコシの残渣からのEPRも0・7~1・8と低いようである」  

 原子力発電はEPRからみてもダメです。「別の例では4・0という数字もあるが、これに対して、原子力関係者の言うEPRは、50と高いのである。この一桁の違いを説明することは、今後大きな意味を持つと思われる」
 日本の電力会社は、原発のEPRを一桁も高く算出して、原発は有効だと国民を騙そうとしている。それらから、石油代替エネルギーなど存在しないとなります。


  バイオエタノールはこのブログでもさんざん批判している(●こちら●こちらを参照)のですが、その不自然さはエネルギー投資効率という観点からも間違っていなかったようです。
  そうはいっても、じゃあこのブログが一時期熱心に押していた燃料電池ならいいのかというと、そういうわけでもないようです。燃料電池自体を作るのに石油を使わざるを得ないという事情があるからです。また、水素(気体の形では地球上に存在できない)を効率よく取り出すための方法もまだありません。
  ・・・困ってしまいましたね(笑)。

  それはともかくとして、「石油減耗」という言葉の意味を知っておきましょう。

 そもそも石油はどうやってできたのか。海中のプランクトンなどの有機物が海底に堆積し、それが砂や泥で覆われ、有機物が重なりあったケロジェンと呼ばれる物質になると考えられています。それが大陸の移動などの地殻変動によって、特殊な地層の中に閉じこめられ、圧力をかけられながら組成変化していきます。背斜構造というか帽岩という山形の蓋になっている岩の下で、根源岩と呼ばれる泥岩とか炭酸塩岩中で石油系炭化水素へと変化していくのです。  

 このようにしてできた石油は地下の圧力で上へ上へと移動しますが、背斜構造という特殊な地形のもとにあるわけですから、上にはガスが溜まり、真ん中に石油、その下に水が貯まるという構造になるわけです。  

 こうした構造からして、石油は上の地盤に穴をあけると、最初は油層に貯まった圧力で自噴します。これを石油業界では一次回収と言います。しかし、どこの油田でも、だいたい石油の層の中の20~30%ぐらいしか自噴しません。従来は自噴しなくなった時点でその油田はお終いだった。それではあまりに効率が悪い。20~30%しか回収されないわけですから、地中にはまだ何十%も石油が残っている。  

 そこで二次回収が考えられるようになります。二次回収というのは、油田に水(海水)を注入したり、ガスを押し込んだりして回収率を高めようというものですが、この二次回収によっても30~40%しか回収できない。  

 さらに石油の回収率を上げようと、三次回収も考えられています。三次回収の方法には、熱攻法とかケミカル攻法とかガスミシブル攻法とかいうのがあって、水蒸気を注入したり、界面活性剤を注入したり、炭化水素ガスや炭酸ガスを油層内に注入して、ガスと原油が完全に混ざった状態(ミシブル状態)になったものを回収する方法などがあります。  

 さらには原油を汲み上げる井戸も、真っ直ぐに掘るだけではなくて、垂直に掘った後、さらに横に掘っていく水平坑井とか、それを何本も掘るマルチラテラル井などが試みられています。  

 しかし、そうやって回収したとしても、結局人間が回収できる原油というのは、その油田の全埋蔵量の50%程度、最高でも60%程度にすぎない。三次回収までやっても、だいたい40~60%ぐらいしか回収できない。地中の油層から人間が人為的に採掘できる原油は最大でも60%であり、あとの40%は回収できずに残ってしまうのです。  

 ここからオイル・リカバリー(回収)が問題になるわけですが、問題はコストです。残った原油を回収するのには、もの凄いコストがかかってしまい全く採算がとれなくなります。EPRで言えば、残った原油を回収するために必要なエネルギーと、回収される原油のエネルギーを比較するということになります。  

 そこから石油の専門家は、「枯渇」ではなく「減耗」Oil Depletionと言うようです。油田の全埋蔵量の中で、資源として有効に回収できるものは限られている。「残っているけど、もう人間には利用できない」、これが一つの肝になることです。これが石油減耗ということの意味で、覚えておく必要があります。


  石油がなぜエネルギー源として最もよく用いられているかという答えは、究極的には「少し消費するだけでたくさん回収できる」からに過ぎないということです。 たとえるなら、時給100円で1時間当たり3000円から6000円の利益を上げてくれるのが石油という優等生だということです。その優等生を追い抜く生徒は、地球小学校(笑)の中にはまだ出てきていません。というより、多分もう出てこないでしょう。掘るだけで勝手に出てくるエネルギー源が、他にあれば別ですが・・・。
  当たり前ですが、月や火星で掘ってくるなどというのは、言語道断です。行き帰りのコストだけで莫大になってしまい、EPRがゼロどころかマイナス100くらいになってもおかしくありません。

 世界の石油需要は激増しているのに、この25年、新たな大油田が全く発見されていない。「カスピ海に油田があるじゃないか」という人もいますが、実際には大した埋蔵量はなかった。すでに石油メジャーは世界中で石油探査を行っていて、結局のところ大量の原油を効率よく回収できる大油田は、地質学的にいって中東にしか存在しないという結論なのです。中東以外の油田はそれよりは小規模なものです。  

 「既に石油生産はピークに達しており今後生産量は減退する。減退の程度は年率4~5%に達すると予想される。一方石油の需要は、今後も中国・インドも含めて経済・産業が成長すると予想され、世界の需要は年率2%前後で進むと見込まれる。この結果、今後10年間の予想をすると需要と供給とは大きなアンバランスをもたらす。2015年における世界のエネルギー需要は石油換算日量で1億6000万バーレルに達すると予想され、これに対し従来型油田から従来型技術による生産量は日量8000万バーレルと需要の半分を満たす程度に減退するであろう」

 
>大量の原油を効率よく回収できる大油田は、地質学的にいって中東にしか存在しない

  なぜ中東問題が欧米のメディアでトップを張るのか、北朝鮮の核実験よりも大きな扱いを受けるのか、これでお分かりでしょう。西洋が作り出した「奪う文明」をこれからも続けていくには、究極の話、中東を支配するしかないということです。
  そして、残念ながら、日本にはこの地域に干渉できるだけのコネクションも、武力もありません。武力があっても、マラッカ海峡からペルシア湾一帯に至るシーレーンを単独で支配していない以上、中東に支配力を及ぼすことはできないでしょう。
  また、中国がこの地域の海洋覇権を握ることをアメリカが許すわけがないというのも、上のような理由から考えれば納得がいきます。アメリカが鎖国する、という見方もありますが、エネルギー問題を観点に入れると、なかなかそういう風に切り替えができるものではないと思います。
  もっとも、そういう争いもそう遠くない未来に終わりが来ます。なにしろ、石油はもう使えなくなるわけですから。

  1956年、アメリカ、ヒューストンのシェル石油研究所の地球物理学者K・ハバートは、1970年代にはアメリカの石油生産がピークを迎えると主張した。当時は大変な反論に会った」。当時も、石油はまだまだある、経済成長は維持できるとする経済学者が多かったのです。ところが、現実はハバートが予測したとおり1970年にアメリカ48州の石油生産は頂点に達し、その後再び生産は上向くことはなかった。  

 ハバートは石油生産量のピークは、埋蔵量を半分消費したときに訪れると分析しました。ハバートは石油の生産量は横軸を年代、縦軸を年生産量とすると「左右対称のベル型」を辿ると考えた。つまり石油生産はピークを越した後、急激に落ち込んでいく、減耗していくと予測したのです。先に述べた回収率の問題とこれは関連します。  

 アメリカの場合、ハバートの予測した通りに国内の石油生産は1970年にピークを迎えて減耗期に入り、その後アメリカは石油輸入国に転換した。彼が1970年をアメリカ国内油田のオイルピークと予測したのは、その時点でアメリカ国内の全埋蔵量のだいたい半分が回収されると予測したからです。  
 こうしたハバートの理論を世界の石油生産に適用したのがキャンベルです。フランスのTOTALなどで石油探鉱に長年従事した地質学者キャンベルは、ハバートカーブを世界の石油生産に適用、オイルピーク2004年説を提唱しました。キャンベルの予測がそう大きく外れることはないと言われています。2004年ぴったりがピークかどうかはともかく、21世紀の早い段階に世界の石油生産がピークを迎え、その後、急速に石油減耗の時代に突入していくのは間違いないのです。  


  そう言われると、●先ほど紹介したリンク先の図解でも、2004年からの原油価格の上昇が著しいように見えます。
  アメリカの住宅バブルが崩壊したのが2007年初頭と考えると、ここで原油が急騰しはじめているのは投機資金の流入だという説明ができません。そうなると、この年に本当に石油産出量が真のピークを越えたと考える方がいいのかも知れません。

  実際、世界最大の油田であるサウジアラビアのガワール油田でも、石油生産の減耗が始まっています。EAGE報告に「今年7月30日に刊行されたエネルギーブレティンに掲載されたグレンモルトンの記事によれば、ガワール油田の現在の生産は日量450万バーレルで世界の総石油生産量の約5・5%を占める。もちろん最大の生産量である。そのガワール油田で汲み上げている石油に水が相当量(30ないし55%)混入してきており、また、リザーバー中の液体の圧力を維持するために海水を日量700万バーレル注入している」とあります。  

 ガワール油田でさえ、海水を注入してその圧力でなんとか原油を汲みだしている状態なのです。二次回収に入っているのです。にもかかわらずアメリカエネルギー省の報告では、2010年にサウジから日量約1400万バーレル、2020年には日量約2000万バーレルの生産が要請されているといいます。アメリカン・ウェイ・オブ・ライフを今までどおり続けるために、米政府はサウジアラビアに「ともかく石油を掘れ、もっと掘れ」と言い続けているのです。だけど、もはやガワール油田の石油生産量では、増大する世界の石油需要にこたえられない。  

 するとどうなるか。ガワール油田に次ぐ規模の油田はメキシコのカンタレル油田で日量200万バーレル。その次にクエートのブルガン油田、100万バーレル。中国のダキン(大慶)油田、100万バーレルなどが続きます。しかしいずれも30年も掘ってる油田です。しかるにここ25年、新しい油田は見つかってない。ガワール油田は45年ぐらい生産を続けています。  

 ここに次のような問題が発生します。「もし、ガワールが枯渇してくれば、それを補うために生産量を上げる他の油田もすぐに疲弊してくる」ということです。もしそうなれば、世界で使える石油はあと10年もすると、今の半分の量にもならないかもしれない。  

 実際にエクソン・モビールが今年2月にまとめた『エネルギーのトレンド』と題する報告書では、2015年における世界の石油総需要を1憶6000万バーレルと予想し、そのうち既存の油田から供給できるのは僅か6000万バーレルで、需要の37%にしかならないとしています。エクソンの報告書では、どんなに頑張っても従来型の石油はもう無くなる、しかし代替エネルギーとして考えられている風力発電、太陽電池、ガソリンの代替として研究されている水素燃料電池や穀物から作るアルコール燃料などは、経済的に成り立つかどうか疑問だらけであり、結局お手上げ、といった内容になっています。  
 石油メジャーのエクソンが、石油はなくなる、代替エネルギー開発もおぼつかない、お手上げだと言ってる。これは大変なことなのが分かるでしょう。


  こういうニュースをちゃんと国民に伝えないから、日本のマスメディアはプロパガンダ機関だと断定せざるを得ないのです。

  このまま人口が増え続けると2050年には世界人口は100億人を突破しますが、地球上には100億の人間を養いうるような資源エネルギーも食料も存在しない。要するに人類はふえすぎてしまった。その多すぎる人類がアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを求めているというところに、根本的な無理があるのです。これから先は消費型ではなく、ライフ・サイクル・アセスメントですべて考えていくべき時代です。  

 例えば日本だったら、江戸時代は石油文明ではなかった。江戸時代は鎖国しながら260年の間、持続可能な社会が成立していた。石川英輔さんとか、江戸時代を持続可能性という観点から評価している研究者がいます。江戸時代は外国貿易をほとんど行わず、この日本列島に3000万人の人間が260年の間暮らしていた。そこでの有機農法や循環型社会に学ぶべきだという主張です。江戸時代の日本は、一種の持続可能な社会だった。こういう社会に人類は舞い戻っていく以外ないようです。  

 このさき地球はどうなるのか。どんな社会を連想すればいいのかでは、ニュー・ソリューション(引用者注:アメリカで自律型のコミュニティを建設している団体)の人たちは、北朝鮮とキューバを例に挙げています。両国ともアメリカによる経済制裁によって石油をほとんど輸入できない。でも北朝鮮とキューバでは、実状はずいぶん違う。北朝鮮の道をとるか、キューバの道をとるか。僕は北朝鮮の道はとるべきじゃないと思います。  

 北朝鮮というのは、要するにすごい科学主義・生産力主義の国です。欧米型の物質文明に憧れている。北朝鮮に行くと分かりますが、すべてを設計しようとしたんですね。その記念として巨大な銅像やモニュメントがいっぱい建っています。  

 経済封鎖されても北朝鮮は欧米流の物質文明に憧れ、近代的な農業に憧れて、あくまでもトラクターにこだわった。共産主義流の科学主義で考えているから、牛や馬で耕作しているのは遅れている、前近代的だと考えてしまった。牛や馬ではなくてトラクターで耕作するのが、文明の進歩だと考え続けた。  

 ところが1990年代になってソ連が崩壊し、北朝鮮にオイルが入らなくなって、1993年ぐらいから北朝鮮は、もの凄い経済危機に陥ってしまった。石油が入らなくなったので、木を切ってみんな燃やしてしまった。燃やしただけではなくて、切った木を中国に輸出した。ソ連から石油が入らなくなって、唯一、中国の大慶からパイプラインで年50万トン位は入っているみたいなのですが、その代金を支払うために、中国に木材を輸出したというのです。  

 その結果、北朝鮮の山はみな禿げ山となり、国土は荒廃してしまった。  一方キューバは、北朝鮮とは違うやり方をとりました。経済封鎖され石油が入ってこなくなる中で、キューバは有機農法を採用したわけです。経済封鎖されたことに対して、科学主義ではない発想に立った。もともとはサトウキビ、レモン、タバコ、コーヒーなどの換金作物をトラクターで作る、食糧自給率40%の国だったのが、ミミズを利用した堆肥づくり、アゾトバクターやリゾビウムなどを用いた微生物肥料、天敵の利用、カビなどのバイオ農薬、牛糞・人糞の活用などへと切り換えていった。その結果、キューバは今ではすっかり有機農法のメッカになった。今キューバに行くと、都市のど真ん中の民家の中にも牛がいたりしてびっくりしたとか、そういう話をいろいろ聞きます。  

 石油がなくなったら、北朝鮮かキューバの道になるしかない。といっても、日本は北朝鮮型にはならないでしょう。キューバのようにテクノロジーを活用しつつ昔に戻るしかない。有機農法とか人力、牛馬での耕作、微生物農法の国に戻っていく以外ないと思います。  

 日本は、ほぼ100%石油を輸入しているのに、なんとも脳天気です。全然石油がなくなるという危機感を持っていない。誰も生まれたときから石油がない。輸入に頼り切っている生活があたりまえと思っているからです。アメリカの支配下で、アメリカの属国として石油の供給を受けられるのが当然だと思っているんですね。  

 しかし世界的な石油減耗の時代に、アメリカに頼り切っている日本に未来はない。大量生産―大量消費に依拠した現代物質文明のあり方自体が、結局すべてついえていくということだけがあることです。


  キューバの話については、●こちらのブログでも取り上げています。キューバが鎖国をしてタンパク質の摂取量が減ったのを、「それ以前の食生活がいびつだったからではないか」と指摘しているのは、まさにその通りでしょう。
  私は以前、●チーズを食べなくても何とかなるんじゃないかという話をしましたが、何とかなるどころか、何とかしなくてはいけない時代が来るということです。
  引用先の文章も、そういうことに言及しています。

 ヨーロッパの人というのは、徹底的に経済的な観点を持っている人が多いような気がします。例えばパックの紅茶だとかも、最後まで徹底して絞って出す。日本人には、食べられもしないような料理をお皿にてんこ盛りに盛って、結局残しちゃう人とか多い。だけど自分の食べられるような量だけ取って、きれいに食べる、残さない、そういうふうに訓練されている。  

 トレーニングをして体を鍛えて、資源浪費型の人間にならないということですね。自転車に乗れるとか、山を歩く体力を維持するとか、そういう健康を維持するのが一番大事になります。  

 今まだ若い人、20代の人、将来ある人たちは、まず省エネ型の人間になる必要がある。肉をあんまり食べないとか、修行してご飯をあんまり食べないとか、そういうふうに転換していく以外ない。そういう人間が勝ち残る時代になる。その逆にエネルギーを多量に使うような人は自然に潰えていく。

 
>自転車に乗れるとか、山を歩く体力を維持するとか、そういう健康を維持するのが一番大事

  通勤で家から駅まで片道20分近く歩いている私などまだまだ甘いですね。

>肉をあんまり食べないとか、修行してご飯をあんまり食べないとか

  これなど、●ここでした大豆の話に通じるものがあります。
  最近のニュースで、これに関連した話が出ています。

民主、所得補償法案を衆院に提出 1次産業へ1.4兆円
http://www.asahi.com/politics/update/0120/TKY200901200305.html

 民主党は20日、農業や漁業など1次産業に1兆4千億円の所得補償をする法案を衆議院に提出した。今国会での審議を目指す。

 法案は「農林漁業及び農山漁村の再生のための改革に関する法律案」。一次産品の販売価格が生産コストを下回った場合、その差額を補償する。農業に1兆円、畜産・酪農に2千億円、漁業、林業にそれぞれ1千億円を想定しているという。

 民主党は、農家に1兆円の所得補償を行う「農業者戸別所得補償法案」を07年に提出。参院で可決されたあと08年5月に衆院で否決された。


  もちろん、自民党が掲げている「攻めの農業」(たとえば、●米を中国にどんどん輸出しろとほざいているバカ発言など)よりましだということは分かるのですが、どうせやるなら、日本の気候にあった地産地消型の作物に特化しないと、あとあとの役には立たない気がします。温室内のヒーターなどで石油をガンガン使って、旬もクソもない野菜を作ってもうけている農家にまで価格補償をしても、どのみちそういうやり方自体が不可能になるわけですから、あまり意味があるとは思えません。
  そうなると、金を払って農家に食べものを作らせるというやり方自体に疑問が湧いてくるわけです。極端な話ですが、全ての世帯が10アールくらいの農地を持って、米や麦、それに少々の野菜を作れるようになれば、価格補償も何も要らなくなります。
  実際に、そういうことを模索している国もあったりするのです。

「タイ 農業を増大する失業者の受け皿に 金融危機が促す家族農業の見直し」
http://sun.ap.teacup.com/souun/2057.html

 タイ農業省が、金融危機に伴う欧・米・日の市場縮小で不振に陥った輸出製造業の吐き出す失業者を農業で吸収しようと企てている。予想される来年の失業増加の影響を緩和するために、少なくと10万の失業労働者を農業部門に戻す計画だ。

 Unemployment cure in farm job training,Bangkok Post,11.3

  いくつかの経済研究機関によると、来年の失業率は10%にまで上昇すると予想される。アピチャート農業経済局長は、今後何年かの間、国内製造業による巨大なレイオフが起きる可能性があり、世界的危機が長引けばその数は100万にも達する恐れがある、「失業労働者は家に帰り、馴染みのある職業、農業に就くだろう」と言う。

 局長によると、農業省は土地、低利融資、農業職業訓練プログラムを用意する。財務省が所有する100万ライ(1ライ=0,16㌶)や農地改革局(ALPO)による改革地・3000万ライなど、政府機関に属する大量の放棄地が存在する。

 参入者は既存の農場で働くか、自分で農場を運営する。

 各自、5ライ(0.8㌶)から10ライ(1.6㌶)の土地を配分され、10万バーツ(28万円)を限度とする低利融資を受ける。

省は職業教育局とも連携、職業訓練も提供する。これらのために、100億バーツの予算を要求する。

 その他の措置には、政府買い入れによる主要農産物の価格下落防止措置、農地と水供給の適切な管理、ゾーニング、肥料など必需品コストの削減、農産物の消費奨励、農民の間での「足るを知る経済」の原則の促進が含まれるということだ。 

 金融危機がもたらした先進国の経済不振は、先進国への輸出やツーリズムに依存、小規模家族農業を衰退にまかせてきた東南アジア諸国の開発政策に深刻な反省を迫り始めたようだ。

 ILOアジア太平洋地域事務所(バンコク)によると、工業やサービス業のような”フォーマル”部門の仕事が減ってきたために、農業を中心とする” インフォーマル”部門の労働者が増えている。

 08年の雇用創出は07年より85万減り、この減少は09年までには127万に達するだろう。地域の失業者は、07年の1650万人から09年には1850万人に増える見通しだ。

 日本と米国の市場に依存するフィリピンなどでは、金融危機の影響が輸出部門に出ている。

 タイ労働省によると、今年 1月から10月までに、食料品、衣料品、家具に関係する120の会社が閉鎖された。

 日本やEUへの輸出に依存するミャンマーの衣料品部門でも工場閉鎖とレイオフが広がっている。

 ただ、アジア太平洋社会経済委員会(ESCAP)によると、97年金融危機にはまったく無防備だった東南アジアも、今度は多少の準備ができている、「農業部門がフォーマルな経済から人々を吸収しなければならないという役割をめぐる現在の議論は、97年以前に決して聞かれなかった」という。

 とはいえ、フィリピン、インドネシアをはじめ、多くの国は過去10年の農村・農地・小農民軽視で、多数の失業労働者を受け入れるめの農村インフラも農地も欠く。失業の最大の受け皿は海外出稼ぎになりそうだ。


  最後は、やはりこういうやり方しかないのでしょう。このような農業を、キューバのようにしてやっていけばいいのです。そうすれば、石油が高騰しても、もっと言えば石油が使えなくなっても、少なくとも死にはしません。
  別にこのブログは「国籍法が改正されると、日本がチュウゴク人に乗っ取られる!」とか「防衛庁が防衛省になったら、軍靴の足音が聞こえてきた!」などと、統合失調症的な煽り(笑)や、「シーオーツーのせいでチキュウがオンダンカしている!エコな生活をしなくちゃダメだよ!」などというカルト宗教の宣伝(爆)ではありませんから、気づいた人からやっていけばいいんじゃないかと思っています。というか、私自身、こういう記事を書いていたら、今の仕事(塾講師)をさっさとやめたいと思うようになってきてしまいました(笑)。
  まずは、石油減耗が現実としてあるのだということを頭の中に入れておけば大丈夫です。そうすれば、多分今までの自分の生活が違って見えてくるでしょうし、消費活動への考え方も変わってくるでしょう。全てはそこからです。

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Comment

拝啓

いつも拝見しています。

それにしても、こんな重大な事実を報道しないメディアに今更ながら絶望しております。

拙僧も出来る事から始めておりますが、そんな事では足らない気がしてきました。

こんな仕事している場合か?ペンより鍬を握るべきでは?っと。敬具
和尚 | 2009年01月22日(木) 10:25 | URL | コメント編集

こういう現実を目の当たりにしますと、都市での明日どうなるともしれない石油文明の恩恵に浸った現代的生活をとっとと切り上げて、田舎に帰って農業をしながら地に足の着いた生活をしたくなってきました。
現在就職活動真っ只中なのですが、田舎に帰って公務員になって安定した収入基盤を得ながら、祖父母に農業や林業の手ほどきを受け、ポスト石油時代への生活基盤を固めるのもいいなあ、と思う昨今です。
ぴかちゆう | 2009年01月22日(木) 20:27 | URL | コメント編集

●石井先生のHPが解りやすいですが、私も試算してみました

石油減耗の意味
http://sun.ap.teacup.com/souun/158.html
早雲 | 2009年01月22日(木) 21:51 | URL | コメント編集

関連する3つの記事を拝見しました。
「石油が無くなる」と中学のころ授業に出てきてから20年近く経過し、無自覚にまだ大丈夫と思うことも忘れ生活していました。
言われてみると確かに
石油は有限で、すでにピークを過ぎているのかもしれない。
経済成長し続けなくてはいけないと思い込んでいる。
人口は増えたほうがいいと思い込んでいる。
経済の「下駄」を履いて暮らしている。
はっと気づかされました。
文明の曲がり角がいずれやってくるのだと自覚することからスタートです。

ウヰスキー | 2009年01月23日(金) 23:07 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>和尚さん

>こんな重大な事実を報道しないメディアに今更ながら絶望しております。

  多分、政府も大企業も、最後まで知らせようとしないのでしょう。なにしろ、自分たちもどうすればいいのか分かっていないわけですから。
  永遠の成長を前提にする近代国家の限界です。

>>ぴかちゆうさん

>田舎に帰って公務員になって安定した収入基盤を得ながら、祖父母に
>農業や林業の手ほどきを受け、ポスト石油時代への生活基盤を固める

  冗談や誇張抜きで、つてがあるならそうした方がいいと思います。
  本当は、みんなに気づいてほしいのですが、そうなったときには多分かなり危機的な状況になっているでしょう。気づいた人からどんどん実行に移すべきです。

>>早雲さん

  説得力のある計算ですね。最近、永久機関も錬金術もこの世の中には存在しないのだということが、身にしみて分かってきました。

>>ウヰスキーさん

>経済成長し続けなくてはいけないと思い込んでいる。
>人口は増えたほうがいいと思い込んでいる。
>経済の「下駄」を履いて暮らしている。
>はっと気づかされました。

  よかったですね。何を隠そう私も、つい最近まで石油依存の政治的なリスクのみに囚われていました。  

>文明の曲がり角がいずれやってくるのだと自覚することからスタートです。

  それでいいと思うのですが、私が思うに、今の世界はもう「すでに曲がり角を曲がっている」状態です。
  残された資源を巡る競争は激烈を極めるでしょう。残念ながら、日本にはそのゲームに参加するだけの力がありません。
  日本や日本人が独立を維持したいなら、ベクトルをずらさなければダメだと思っています。一昨年の9月以降、私が訴え続けているのも全てそういう話に行き着きます。
ろろ | 2009年01月23日(金) 23:59 | URL | コメント編集

素晴らしい記事ですね。
石油にかわるエネルギーはないでしょうね。次のエネルギー戦略は石油を如何に減らして同じように生活を維持出来るかにするしかないのではと思います。例えば車だったら今大体の平均が1Lあたり20キロくらい走れるなら1Lあたり100キロ走れるような車を開発するとか、電力会社は日本全国を80パーセントくらいを風力や太陽光発電でまかなえるようにするとか石油依存の比率を変えていくしかないのではないでしょうか?
一番の問題は飛行機でしょう。羽根に燃料を詰め込むからかなり無駄が多いです。貨物は飛行機はそういう意味で不向きですし、トラックの長距離は電車に変えて近距離をトラックで詰め替えるとか手はあると思います。これを日本だけでなく世界中で実施すれば使う国が増えても使用する石油が変わらないか減らしていくになるかも?しれません。
特に車はトヨタ、日産、ホンダと有名企業が多いし石油が無くなったら彼らの車なんて誰も買わなくなると、今よりもっと多くの失業者を生み出すわけで、彼らの企業が生き残りをかけて協力して新しい車を誕生させないとならない時期が来たということかもしれません。
太陽光発電は各家で設置してその補助金を出すとかにすればかなり早く実現出来ると思うんです。それを足りない電力を電力会社がまかなうとかすると現在の電力はなんとかなると思うのですが。
陰謀論的話になりますが、奪う文明を続ける為に人口の多い国に戦争させたり、病を蔓延させたりで今の世界があるんですかね。人間は地球の生き物だから、地球の資源奪う文明では自滅しかないが、地球に感謝する文明ならなんとかなると思うのですが。
これが出来てから徐々に石油を使わないものを増やして、最終的にゼロにすればいいと思います。
洋服などの布製品はポリエステル等から綿や麻、絹に戻す感じでしょうね。テッシュが問題ですね。何か良い解決策があればいいのですが。
幸未来願 | 2009年01月24日(土) 03:51 | URL | コメント編集

分かってはいても、仕事から趣味までコンピューターに依存している毎日から抜け出す勇気は中々出てきません。一応畑仕事のつても無くは無いですが。

インターネットがあったからこそろろさんにも出会えたわけですが、今のところ全てが石油文明に依存したこの道具は、果たして今後生き残っていけるのでしょうか?

権力者のマスコミを使った扇動に対抗し続けるのに安価に使えるインターネットの環境が維持できなくなると難しいような気がします。それほどの時代になれば大規模マスコミも維持できなくなってそうですが、そうなったら余計に判断指標も無くなるので不安が募ります。

そんなもの無かった時代から人々の営みは続いてきたので、私が世間知らずなだけの気もしなくもないですが。
うに丼 | 2009年01月24日(土) 18:42 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>幸未来願さん

>例えば車だったら今大体の平均が1Lあたり20キロくらい走れるなら
>1Lあたり100キロ走れるような車を開発するとか、

  燃費の向上は、少なくなっていく石油を大切に使うということにはなるでしょうが、いつかは破綻します。根本的な対策にはなりません。

>電力会社は日本全国を80パーセントくらいを風力や太陽光発電で
>まかなえるようにするとか

  私がいちいち説明するより、晴耕雨読様のこちらの記事をお読みいただく方がお分かり頂けると思います。

太陽光発電
http://sun.ap.teacup.com/souun/1525.html

>もし、仮にこのエネルギーを全て太陽光発電で賄おうとすれば、
>日本の全ての平地(国土面積の20%程度か?)を全て太陽電池パネルで
>被い尽くすことが必要になるのである。

  そういうことです。
  ただし、おっしゃるような条件は、たった一つだけ解決の方法があります。「文明生活のレベルを最大限に下げる」ことです。そうすれば、その電力でも何とかなります。
  しかし、そうなったらおそらく都会は非常に住みづらい場所になるかと思います。入会地を中心にした生活の方が、はるかに楽でしょう。もちろん、この場合でも電気を補助的に使うというのはありです。
  
>太陽光発電は各家で設置してその補助金を出すとかにすればかなり
>早く実現出来ると思うんです

  おそらく、エコだのオンダンカだの言っているのは、こういうビジネスをやるための布石だと思います。
  しかし、太陽光発電のユニットを作るということそのものが、石油の消費であり、そのもとを取るよりも、石油自体を燃やす方がエネルギー回収効率がいいというのが実情です。
  石油が枯渇する数十年先を見越して、今から太陽電池を配備する・・・近代経済システムではあり得ない理想になってしまう気がします。

>徐々に石油を使わないものを増やして、最終的にゼロにすればいいと思います。

  これは絶対に必要です。急激にやると、死ぬ人間がたくさん出ます。そういう時に、政府が頑張ってほしいのですが、無限の拡大を存在目的とする近代国家の本質から、それはあまり期待できません。
  気づいた人から、徐々に生活を切り替えていくしかないでしょう。

>>うに丼さん

>分かってはいても、仕事から趣味までコンピューターに依存している毎日から
>抜け出す勇気は中々出てきません。

  無理に抜け出す必要はありませんよ。一つ前の記事でも書きましたが、しばらくの間は電気もガスも使わざるを得ません。
  コミュニケーションツールとしては、おそらく携帯電話程度の、エネルギー低消費型のものは生き残ります。ケータイを音声通話でなく、メール中心に使っている若い人たちには、抵抗なく受け入れられるでしょう。その程度の電力なら、自家発電や水力発電でもなんとかなります。
  
>権力者のマスコミを使った扇動に対抗し続けるのに安価に使える
>インターネットの環境が維持できなくなると難しいような気がします。

  入会共同体や小規模な地域経済の中で、自分たちに必要なものをなるべく自分たちの手で作るようになった人たちには、そもそもメディアというものはそれほど大きな意味をなさなくなるでしょう。国政選挙があり、全国規模の規制や立法があるからこそ、マスコミの扇動が意味を持つのです。

>それほどの時代になれば大規模マスコミも維持できなくなってそうですが、
>そうなったら余計に判断指標も無くなるので不安が募ります。

  その「判断」そのものをしなくて済むようになるわけですから、その不安は杞憂です。石油が本当に取れなくなった時代には、アメリカ大統領選挙や北朝鮮の動向を知る必要もなくなります。
  問題は、そこに至るまでいかに混乱や悲劇が少なくて済むか、というところだけです。そういう議論をしていきましょう。バラマキかケインズ主義かという言い合いをしている人たちも、そのうち気づいて仲間に入ってきますし、それでもやりたい馬鹿は放っておけばいいのです。
ろろ | 2009年01月25日(日) 01:45 | URL | コメント編集

●問題は輸送に使うエネルギーです

石炭の埋蔵量は今後100年や200年分は有るようです。
しかし、船舶、航空機は石油に変わるエネルギー源は有りません。
また、日本の石炭鉱山はほぼ閉山し、坑道の保守がされていませんから、採掘を再開するのは無理です。残念なことですが。
早雲 | 2009年01月25日(日) 14:00 | URL | コメント編集

エネルギー問題の考え方
http://sun.ap.teacup.com/souun/59.html
早雲 | 2009年01月25日(日) 14:14 | URL | コメント編集

●>>早雲さん

私は、水力等の、ポスト石油で生き残る数少ない電源は、基本的に情報通信機器に用いるべきだと思っています。

おっしゃるとおり、もう大規模な流通や頻繁な国際貿易は成り立たなくなるでしょうし、それ以前に割高になって自然と離れて行くでしょう。

問題は、石油化学製品です。日本では、綿花の自給はまず無理です。そこに化繊がないとなると、かなり厳しい気がします。

プラスチック用品は、陶磁器で代用するしかないですかね…。
ろろ | 2009年01月25日(日) 15:59 | URL | コメント編集

一口に情報通信機器といっても、維持するには相当な電力がかかりますからなかなか厳しいものがあると思いますよ。携帯電話などクライアント側は一見低消費電力ですが、それに向けたソフトウエアを携帯電話で作るのは無理ですし、ネットワーク上では膨大な量のサーバーが稼動しています。
まあ、機器の性能は相変わらず鰻登りの上に人口が減ってしまえば何とかなるかもしれませんね。

綿花は大麻で間に合いますからそれほど作る必要ありません。育て方や収穫時期によって絹のような質感から縄に使うような荒い物までカバーできるそうです。
荒地でも育つので、農地に使えないような空き地や化学物質などで汚染されていそうな土地で繊維や燃料向けの大麻を大量栽培すれば食糧生産と競合することも無いでしょう。その気になればプラスチックも作れますし。
うに丼 | 2009年01月25日(日) 21:24 | URL | コメント編集

●>>うに丼さん

  確かに、ネットワーク維持のエネルギーを考慮しなくてはいけませんね。

>機器の性能は相変わらず鰻登りの上に人口が減ってしまえば何とかなるかもしれませんね。

  それを期待したいですね。電力が貴重になるのは間違いないとしても・・・。

>荒地でも育つので、農地に使えないような空き地や化学物質などで
>汚染されていそうな土地で繊維や燃料向けの大麻を大量栽培すれば
>食糧生産と競合することも無いでしょう。

  都会の空き地や工場跡、首都圏の河原でもなんとかなるということですね。肥料が要らないというのは助かります。考えてみれば、麻実油も取れるわけですから、燃料にもなりますね。
  今大豆油が占めている地位を、そっくりそのまま麻実油に置き換えることができれば、石鹸やサラダ油には事欠かないでしょう。しかし、そんな貴重な資源を、いつまで覚せい剤やヘロイン並みの地位に貶めておくのか・・・。
ろろ | 2009年01月25日(日) 21:47 | URL | コメント編集

ろろ様の話を拝見してすばらしいと思いました.
たしかに月や火星の資源を採取するのはエネルギーの無駄かもしれないと思うようになってきました.
それに月や火星の資源を地球に住む人類だけが独占してもいいのだろうか?と思っています.
はっつ | 2009年01月27日(火) 07:47 | URL | コメント編集

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