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2009.01.14(Wed)

薪や炭をエネルギー源にしてはダメなのか 

  ●「いろり」のない文明のもろさという記事の続きです。もう忘れてしまったという方は、是非リンクをクリックして内容をご確認ください。要するに、石油や天然ガスは局在する資源であり、そのような資源をベースにした文明は他国依存や現金収入を得るための経済の変容をもたらすということを述べたつもりです。
  おそらく、読者の皆さんの中には、「こいつはグローバル化や現代文明を嫌っているから、多分炭や薪を使う生活に帰れとか言い出すんだろう」とお思いの方もいらっしゃるでしょう。残念ながら外れです。
  現在、日本には1億2700万人あまりの人口がいます。同様に、1億人を超える国で、炭や薪をエネルギー源にして起こっていることを見てみると、「地球に優しい自然のエネルギー」に依存しはじめた途端に起こる問題が分かります。

ナイジェリアの森林は12年後に全消滅、専門家が警告
http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/environment/2372238/2792582
ナイジェリアでは森林破壊が現在のペースで進んだ場合、12年後の2020年までにすべての森が失われる。環境問題の専門家が前週、こう警告を発した。

 ナイジェリア政府の諮問機関、National Forest Conservation Council(ナイジェリア森林保全協会)のKabiru Yammama氏は、同国北部の森林はほぼすべて消滅し、砂漠化が南下しており「再生の取り組みがなければ2020年までにナイジェリアの全森林は消える」とAFPの取材に対し語った。

 1999年の調査では、北部の森林破壊は年40万ヘクタールの割合で進行。最新の2007年度調査では、北部11州の全耕作地のうち35%が砂漠に飲み込まれ、5500万人以上の生活を脅かしている。この人口は、マリ、ブルキナファソ、セネガル、モーリタニアの人口合計を上回る。

 ナイジェリアは天然ガスの埋蔵量で世界7位だが、家庭用ガスのインフラがなく、国民の大半はいまだに調理用燃料を薪や炭に頼っている。木の消費量は年間4050万トン。伐採で北部の森林が消失し、需要の矛先が移動した南部では木炭を作るために森を焼いているが、これは伐採よりも生態系に対しより破壊的で、砂漠化の進行を早めるという。

「対策が施されないままこの状態が続くと、すべての森を失ったエチオピアの仲間入りになる」とYammama氏は危惧する。「森林が破壊された地域は砂漠化、水不足、干ばつの恐れがある」。指摘を裏付けるかのように、ナイジェリアの気象庁は今月始め、特に北部で雨季が短くなりつつあると報告している。北部では30年前に年間平均150日だった降雨日数が、近年では120日にまで減っているという。

 2007年の収穫期の降雨日数はこの120日をさらに下回り不作。その影響で食物価格が高騰した。


>Yammama

  ヤンママさんです(笑)。大統領が「オバサンジョ」さんだったり、ナイジェリアには日本人が聞くと面白い名前の人が多いです。

  そんなことはどうでもいいのですが、薪や炭への全面的移行が行われれば、上記のような事態を生み出す可能性はかなり高いと言えます。

  そもそも、ナイジェリアに限らず、多くの国の人口というのは、明らかに過剰です。

  なぜそうなるのかというと、人口が多い方が他国に対して優位に立てるという思想が確立しているからです。近代国家では、人口すなわち力です。強大な軍事力は兵力の多さによってもたらされる面が大きいですし、労働力としても活用できます。徴税規模が大きくなるので、政府はいろんな仕事ができます。
  普段我々は、日本が人口ランキングで上位に入っているとか、出生率がわずからながらも上向いたとかいうニュースを聞くと、好ましい事態だと受け止めがちです。しかし、その考え自体が、実は政府や自治体という支配者側から見た価値判断であるということにあまり気づいていません。次回詳しく触れたいと思いますが、このことは結構重要です。
  本来、その土地で給養できる人口というのは、自然の条件によってある程度決まってくるものです。しかし、近代国家はそういう制約は全て無視しています。近代的な政治制度を持った国で、「自然から過度に奪わないようにしよう」「バランスを保った規模の国にしよう」などという憲法や基本法を持っている国はありません。国力の源である人口は、増やせば増やすほどいいものだということが、暗黙の前提となっています。
  その増え続ける人口を支えているのが、「経済的ゲタ」です。経済的ゲタというのは、私が勝手に作った言葉です。本来、手が届かない高さのところになんとか到達しようというとき、ゲタを履かせるという表現を使ったりしますが、それと同じ事を経済で行っているのです。
  そのゲタの一つが、化石燃料です。薪や炭に比べると、圧倒的に燃焼効率がいいので、自動車などの燃料だけでなく、発電用のエネルギーとしても優れています。そうやって生み出された文明の利器や電力を使って、本来まかないきれなかったはずの人口もカバーできるようjになっているのが、現代の文明です。
  ナイジェリアは、アフリカでは珍しい貿易黒字の国ですが、その理由はなんのことはない、産油国だからです。輸出品の95%は石油関連です。その開発はほぼ全て外国の企業からの技術の輸入でまかなっているわけですから、これも一つの経済的ゲタだということができます。
  また、食料輸入というのもゲタの一つです。ナイジェリアは石油でもうけたカネで、意外なものを輸入しています。米です。なんと、ナイジェリアは、世界で取引される米の5%弱を輸入しています。
  ナイジェリアの食糧自給率は80%くらいですから、誤解を恐れずに言えば、国民の2割は本来生きていけないはずです。それでも何とかなっているのは、上に挙げたような経済的なゲタが履かされているからです。
  しかし、化石燃料の利用というゲタがないので、増えてしまった人口を維持するために、森林がどんどん破壊されているわけです。森林の減少は土壌の流出や洪水の増加を招きます。このままでは、ナイジェリアの食料自給率は今後ますます低下していくでしょう。専門家が警告するような事態になったら、おそらく大量の難民が発生するか、食料価格の暴騰を招きます。
  ひどい話ですが、おそらくナイジェリアに食料を輸出している国や、取り次ぎをやっている商社は、その「憂慮すべき事態」を楽しみにしていることでしょう。飢餓が発生すれば援助物資と称して小麦やトウモロコシを売りつけ、本来その国にあった固有の食料のシェアを奪ってしまう。戦争直後の日本や、1980年代のエチオピアでやっていたことは、きっとまた世界のどこかで行われます。
  もっとも、だからといって、インフラを整備してナイジェリア人が心おきなくガスや灯油を使うようになったら、今度は外貨獲得の主力商品が目減りして、食料が輸入できなくなってしまいます。また、こころおきなくナイジェリアの化石燃料を儲けの種にしている外国のエネルギー企業や、その意向を受けているであろうナイジェリア政府が、そんな「慈悲深い」政策を許すわけがありません。
  かわいそうな話ですが、これが多くのアフリカの国が抱えている現実なのです。

  もっとも、日本もいつまでも対岸の火事でいられるわけではありません。はっきり言えば、今の日本は経済的ゲタ、それもかなり高いゲタを履いて、国際貿易の微妙なバランスの上になんとか立っているような状態です。一事厚底ブーツというやつがはやりましたが、あの巨大版を履いて世界をあっちこっち歩き回っているのが日本という国だと思っていただけるといいでしょう。
  こういう状態は、昨年半ばまでに見られたようなエネルギー価格の高騰や、特定の地域の紛争(たとえばパレスチナ)によって国家の存立を危ぶまれる可能性があるということを意味します。どう考えても健全ではありません。最近とかく不景気だと言われていますが、他人にカネをレバレッジだかなんだかで数千倍にもふくらませて博打をやっていたアホ連中が転けただけで、貿易黒字が何十兆円もある我が国が急降下するのです。いつまでも、国際貿易で好きなものを購入できると思ってはいけません。

  それならば、どうすればいいのでしょうか。

  我が国は今、人口減少の局面を迎えています。世の中では、これを少子化と呼んで、何か恐ろしい未来が待ち受けているかのような喧伝がなされる場合がよくあります。●自民党の有力政治家(グロテスク注意)などは、その少子化を盾に「移民を1000万人入れろ」などとほえていますし、それに対して反論する側も、これこれこういうことをすれば人口は増える、と反論しています。
  どちらが妥当かはこの際どうでもいいとして、どちらの立場も、少子化をおそれている(もしくは、そういう心理を利用して自分たちを優位に立たせようとしている)のは間違いありません。

  しかし、そのような現象が本当に悪いことなのでしょうか?

  まず注意しなければいけないのですが、人口の減少といっても、急に起こるわけではありません。年1%でも多いくらいです。日本の外貨獲得手段は製造業がメインですが、その製造業の生産性向上は、おそらくこの人口減少よりもペースが速いでしょう。そういう風に考えれば、人が減り始めたからと言って、いきなり悲劇が起こり始めるわけではありません。
  逆に、そうやって人口が減っていくならば、過剰だった土地やエネルギーに対する需要が縮小し、より自然に適合した経済を営むことさえできるようになるのです。電力を馬鹿みたいに消費する東京の都心のガラス張りのビルなど、必要なくなるかもしれません。
  そのタイミングで、化石燃料への依存を減らし、徐々に自然なエネルギーを取り入れた生活にシフトしていくというのは、十分に検討に値すべきプランです。
  そのとき、日本人が生活を維持していくための大きな武器になるものがあります。それが「入会地」(いりあいち)というものです。
  次回は、本当に「いろり」のある文明が実現できるのか、考えてみたいと思います。

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EDIT  |  10:04 |  生活(環境・エネルギー・衣食住)  | TB(0)  | CM(3) | Top↑

Comment

●あけましておめでとうございます。

緩やかな人口減少は深刻な問題か
http://sun.ap.teacup.com/souun/629.html
「年金問題」の本質:“高齢化社会”が問題なのではなく“供給活動投資額”が問題
http://sun.ap.teacup.com/souun/141.html
石油ピーク後の世界
http://sun.ap.teacup.com/souun/136.html
早雲 | 2009年01月14日(水) 18:09 | URL | コメント編集

●>>早雲さん

今年もよろしくお願いします。しかし、さすが晴耕雨読という記事ばかりですね。

>石油ピーク後の世界

戦慄の未来…というより、いつかは確実に来る世の中なのでしょうね。いつかTBいただいた「石油減耗」に関する晴耕雨読の記事も、そのことを予想させるものです。

次回の記事が、そういった事態のソフトランディングに寄与するものと願っています。
ろろ | 2009年01月14日(水) 22:46 | URL | コメント編集

待ちに待ったいろり~のお話。

人口増加と資源枯渇、それに対して我々はどうすべきか?
続きが気になります~(笑)
PNW10 | 2009年01月14日(水) 23:57 | URL | コメント編集

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