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2008.12.25(Thu)

「海洋覇権国家・中国」は誕生するのか?(2)  

  ●前回の記事の続きです。
  前回から話題にしている中国という国は、もともとおかしいと思ってはいましたが、やっぱり決定的におかしい国だということがよく分かるニュースが出てきました。

中国「撤収企業の責任を最後まで追及」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=109059&servcode=A00§code=A00

 中国政府が外資企業の非常識な撤収(夜逃げ)に対して「国境を越え、最後まで民事・刑事上の責任を追及する」と明らかにした。賃金を意図的に支給せず、未納債務・税額が一定額を超えた状態で撤収した外資企業の関係者は外交手段を通じ、犯罪の責任を求めることにした。

中国人労働者と投資家の利益を守るため、政府が訴訟をはじめ、できる限りの手段を総動員するという。これを受け、中国に進出した韓国企業は清算手続きがさらに難しくなるものと懸念されている。中国の商務部は20日、外交部、公安部、司法部が共同でこのような内容の「外資企業の非常識な撤収に対する共同指針」を設け、発表した。

これによると、中国政府は外資企業が不渡り、破産、清算などの理由から、正常な企業活動ができない状況で自国の労働者と投資家が被害を受けた場合、積極的に対応するという。中国内の被害者が外資企業と企業主を相手取り訴訟を起こすと、政府が積極的に訴訟を支援する。


>外交手段を通じ

  主権国家の政府が自国企業の利益を図るのは、現在の国際社会では当然だとして、ここまであからさまにやってしまうセンスには、呆れるを通り越して脱帽してしまうほどです。
  そういう国家が、果たして国家戦略に限っては合理的で隙のないプランを立てられるのでしょうか。今回の記事では、中国という国がソマリア沖への艦艇派遣を契機に、本格的に海洋覇権の獲得に成功するかどうかを検討してみたいと思います。

  まず、中国という国が、地政学的に見てどういう国なのかというと、間違いなくランドパワー(大陸勢力)です。
  ランドパワー中国の行動様式については●こちらの記事でかなり詳しく論じましたが、簡単に復習しておくと、

▲中国は陸地で多くの国と国境を接している
▲それゆえに、中心部から国境線を遠ざけようとする習性がある
▲ソ連が崩壊した今、中国は東アジアで最強のランドパワーである
▲その中国の最大の脅威は、核兵器を保有した隣接ランドパワー・北朝鮮である


  こんなところでしょうか。
  そして、中国は増大する経済力を背景に、「シーパワー」(海洋勢力)としての実力の強化にも乗り出しています。
  中国が世界最大の人口を抱える得体の知れない大国であるという印象を持っている人や、中国に対して強い民族的コンプレックスを持っている人は結構います。そういう人たちは、今回のソマリア沖艦艇派遣という事件一つをとって、「中国の脅威に備えて・・・」などと言い始めるかも知れません。

  しかし、そんな大騒ぎは無用です。

  ある一点だけ注意していれば、という条件付きですが、中国はスエズ運河から台湾海峡に至る海域を支配するシーパワーにはなれません。
  細かいことをぐちゃぐちゃ言っていても埒があきませんから一言で言うと、「ランドパワーはシーパワーになれず、シーパワーもランドパワーにはなれない」というのが、歴史を貫く法則だからです。
  中国風に言えば、「天道に反する」と言ってもいいかもしれません。とにかく、強大なランドパワーであることと、強大なシーパワーであることは、絶対に両立しないのです。

  そもそも国家や民族というのは、どういう土地で生まれ育ったかというのが決定的に重要です。
  これは、動物の適応みたいなものです。ダチョウが飛べなくなったのは、アフリカのサバンナではそれで十分だからです。つまり、足が速ければ天敵の攻撃を防げるのです。また、あれだけの大きさをしているダチョウが群れで行動していたら、捕食する肉食動物も一回の攻撃で全滅させることは不可能ですし、その必要もありません。そうやって、ダチョウはアフリカのサバンナで生き残ってきているのです。
  逆に言えば、ダチョウは日本のような平野が狭く秋冬に気温が低い土地では生きていけません。動物の世界は、全てそういう風に動いています。適応という自然界の法則を破っているのは、「富の蓄積」などというというよけいな要素を持っている人間だけです。
  これを国家や民族の話に置き換えると、日本人が今のような行動様式や文化を持つに至ったのは、日本に暮らしてきたからです。逆にいえば、日本で暮らすためにはそういう伝統を持たざるを得なかったわけです。これは、朝鮮だろうと、中国だろうと、ドイツだろうとロシアだろうと変わりません。
  もちろん、どうすれば適応できるかというのは、科学技術や気候や周辺国の力関係の変化によって徐々に変わっていきます。しかし、地理的条件というのは、100年や500年という短い周期では変化しません。そうだとすれば、その国の歴史をひもとけば、どういう「生き物」なのかは今も昔もだいたい変わらないということが言えます。

  そういう適応の法則を破ろうとすると、必ず痛い目に遭うのが、世界史の鉄則です。    

  ランドパワーがシーパワーになろうとした例は、第一次世界大戦前のドイツです。
  プロイセンという比較的貧しい地域の国がロシアとオーストリアの勢力争いの隙を突いて成長し、他の豊かな地域を力で飲み込んでできたのがドイツという国です。その「建国の祖」と言えるのが、プロイセン・統一ドイツの首相だったオットー=フォン・ビスマルクです。ビスマルクの国家戦略は、非常に単純です。要するに、「イギリスとはけんかをせずに、大陸諸国に恨まれているフランスを叩いてドイツ統一を達成しよう」というものです。ビスマルクの在任中、ドイツはイギリスと一度も対立せず、海外に植民地を求めることもしませんでした。
  ところが、ドイツが工業力でイギリスを凌駕し、大宰相ビスマルクの影響力にかげりが見え始めると、途端に国家戦略が狂い始めます。19世紀末の世界においては、ドイツはものを作るのは上手でも、世界の貿易や金融のチャンネルは全てイギリスに握られています。このチャンネルを奪えば、もっと利益が上げられるはずなのに・・・と、ドイツの産業界や資本家が思ったとしても無理はありません。そうして、ドイツは海外領土の獲得に走り始めてしまいました。
  そして、最強のシーパワー・イギリスといよいよ決定的に対立したのは、●3B政策という戦略を採用した時からです。
  19世紀後半になって内燃機関が発明され、石油の利用価値が飛躍的に高まったところに、1900年前後に中東で大規模な油田が発見され始めたため、この地域に欧州列強が争って進出し始めます。
  ドイツはもともと海外領土を持っていなかったため、中東に海路でアクセスすることができません。そこで、ベルリンからバルカン半島を経てトルコ領内を通り、バグダッドに至る鉄道敷設を狙いました。3Bというのは、Berlin-Byzantium(トルコ最大の都市・イスタンブールの古い名前)-Bagdadの頭文字を取ったものです。
  このドイツの政策転換を受けて、イギリスは「反ドイツ包囲網」を形成し始めます。フランスと「英仏協商」を結んだだけでなく、宿敵ロシアとも「英露協商」を結んで中央アジアでの勢力争いを手打ちにしました。
  そして、結局この対立は第一次世界大戦につながっていくわけですが、ドイツはいざ戦争となると、イギリスとの制海権争いになると踏んだのか、大戦前に急激に海軍力を増強させていきます。●Uボートという潜水艦の原型も、ドイツが開発したものでした。
  そうして、ドイツは大戦前に世界第2位の軍艦保有国になったわけですが、結局ドーバー海峡(イギリスとフランスを隔てる海峡)を突破することができませんでした。大戦が始まると、ドイツは陸上でフランス・ロシアと戦わなければならなかったので、陸軍の増強を余儀なくされ、イギリスとの戦艦建造競争に勝てなかったからです。海戦というのは、因果なもので、各国の保有戦力の差が如実に出ます。籠城戦を戦い抜くだとか、奇襲で相手の足並みを乱すとか、そういう「秘策」がありえないのです。戦艦建造競争に負けた時点で、ドイツの海での敗戦は決定的でした。
  思い切って海軍のみ増強すればよかったのではないか?という人もいるかも知れませんが、それは無理な注文です。陸軍を増強しなければ、フランスやロシアの陸軍に国土を荒らされ、肝心の海軍を増強することすらできなくなってしまうからです。イギリスは島国なので、敵の上陸を防ぐことに全力を注ぐことができたのと、対照的でしょう。
  第一次大戦でのドイツ敗戦は、次のような教訓を与えてくれます。すなわち、

(1)世界2位の海軍力には何の意味もない
(2)シーパワーに喧嘩を売ると、隣接するランドパワーと手を組んで逆襲してくる
(3)ランドパワーが海軍増強に走ると、肝心の陸地でも勝てなくなる


  ということです。結局、ランドパワーの国が海軍にカネをかけてもろくなことがないということです。

  しかし、それでも国力や技術の進歩、敵対国(円熟期にあったイギリスと、アメリカの弱体化)といった差異があり、単純に20世紀初頭のドイツと同じだと言って片付けるのは乱暴かも知れません。

  次回、もう少し中国の置かれている状況を、もう一つのランドパワー大国と比べながら論じてみたいと思います。切れ切れで済みません。

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EDIT  |  00:41 |  地政学・国際関係  | TB(0)  | CM(5) | Top↑

Comment

●楽しみにしています

 次回の更新を楽しみにしています。

 巷(保守論壇)では、支那中共の海洋戦略に警戒するべきという説が強いですからね。

 そうではないと安心させてもらえると、私も気が楽になれます(笑)
尊野ジョーイ | 2008年12月25日(木) 07:53 | URL | コメント編集

●わかりやすいです

かみ砕かれた文章で非常にわかりやすいです。

次回も楽しみにしています
みず | 2008年12月25日(木) 21:21 | URL | コメント編集

>ある一点だけ注意していれば、という条件付きですが
>もう一つのランドパワー大国と比べながら論じてみたい

以下の記事と関連ありかな?
http://shadow-city.blogzine.jp/net/2008/12/post_454a.html#more
http://shadow-city.blogzine.jp/net/2008/12/post_375b.html

さて、
>ドイツは大戦前に世界第2位の軍艦保有国になったわけですが、結局ドーバー海峡(イギリスとフランスを隔てる海峡)を突破することができませんでした。

これは第二次世界大戦でも同じ。ルフトバッフェは1940年7月から約3か月の「バトル・オブ・ブリテン」で、とうとうRAFの息の根を止められなかった。

ただし、Uボートについては、2つの世界大戦で対イギリスの「戦果」はなかなかのものがあります。確かに第一次大戦の戦訓だったのでしょう、機甲師団やルフトバッフェにあれだけ力を入れたヒトラーが、Uボート以外の海軍については冷淡といってもいい扱いをしていました。しかし、Uボートによる通商破壊活動がイギリスを2つの大戦で相当に追い込んだのは事実で、バトル・オブ・ブリテンではどうにかヒトラーを追い返したチャーチルも、「無制限潜水艦戦」では苦境に立たされ、FDRに泣きついたすえ、FDRは日本に戦をしかけさせ、対ドイツ参戦をしようと目論んだ。このワナにキムジョンイルよりおバカな「政権簒奪」軍務官僚がまんまと乗ってしまって、「12月7日午前7時50分(現地時間)」へと突き進んでいった(ちなみに、間もなく終わろうとしている今年12月は、あの年と曜日の巡り合わせが全く同じ)-こういうことは、80年前と同じ世界情勢になりつつある中、ろろさんが再三警鐘乱打している」「満蒙は日本の生命線」にあたるプロパガンダを、間もなく誰かが撒き散らし始めることへの警戒と相まって、よくよく考慮する必要があると思います。
のらくろ | 2008年12月26日(金) 00:18 | URL | コメント編集

●近現代教育

いよいよ年の瀬ですね。
いつも刺激を戴きつつ、一年ありがとうございました。
来年は暴風雨に望まねばなりません。

いきなり近現代史から教えるカリキュラムが
あってもいいのではと、思います。
関連して、地理も資源も経済も政治も技術も文化も、
キモの部分に言及することも可能だと思うのです。

なんだかんだ次代を担うのは日本の子供たちです。
その子供たちに、簡明にして感銘みなぎる言葉で
語り説くことができる識見と力量をお持ちなのではと、
常々思いながら拝読しております。
(各方面にはウルサい勢力がいるようですが)

カリキュラムを練りあげて、私塾を創ってほしいくらいですよ。
うーぱん | 2008年12月30日(火) 15:35 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>尊野ジョーイさん

>巷(保守論壇)では、支那中共の海洋戦略に警戒するべきという説が強いですからね。

  別に、警戒はしてもいいのですよ。
  ただ、その論調が「カメラに写ると魂を取られる」的な脅しになっていたり、アメリカへの盲従を強化する方向性なのがダメなのです。

>>みずさん

  そういっていただけるのが一番嬉しかったりします。今後とも当ブログをよろしくお願いいたします。

>>のらくろさん

  Uボートの使い方を間違えなければ、日独は大戦に勝利していたかも知れませんね。日本が零戦やパイロットの使い方を間違ったのと似たようなところがあります。

>>うーぱんさん

>いきなり近現代史から教えるカリキュラムが
>あってもいいのではと、思います。
>関連して、地理も資源も経済も政治も技術も文化も、
>キモの部分に言及することも可能だと思うのです。

  社会科目を全て統合するような試みはなかなか面白いですね。
  ただ、学校教育自体にはあまり期待していないのですよ。そもそも社会のセンセー達が、マニアックな知識とかイデオロギーだとかを教えたくてたまらない人たちの集まりですから、結局そこで全て台無しになります。
  それに、国家公定の歴史を教える場所だというのは誰がやっても変わらないと思います。たとえば、明治維新の負の側面なんかは、政府が強圧的だった、というところ以上のことは言えないと思うのです。

>カリキュラムを練りあげて、私塾を創ってほしいくらいですよ。

  他の生計手段が確立していれば、こういうのもいいかもしれませんねぇ(笑)。
ろろ | 2008年12月31日(水) 14:25 | URL | コメント編集

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