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2007.08.20(Mon)

なぜ戦争が起こったか、なるべく単純に考える 

  8月になると、どうしても原爆投下の日だの敗戦の日だの、「戦争」がキーワードになることが多いようです。
  子供を教える職業に就いている人なら、一度は子供に聞かれるなり、授業で必要に迫られるなり、ある場所で苦労した経験があるはずです。それは、

  「なぜあんな戦争が起こってしまったのか」

  というそもそもの疑問です。

  私は歴史家ではありませんから、細かい知識や詳細な検証をする能力も蓄積もありません。しかし、ここ最近、この分野をすっきり教えられるようになってきたので、それについて書いておきます。

  最大の原因は、国内の経済問題を、海外への経済進出によって克服しようとした勢力(要するに、グローバリストのこと。子供にはこの言葉は使わないが)がいたことです。

  明治時代に工業化に着手した日本は、教育程度の高さや勤勉さにものを言わせて、工業力をどんどん向上させます。初めは生糸と銅くらいしか輸出産業がなかったのですが、第一次世界大戦をきっかけにして綿織物産業が台頭します。1933年にはイギリスを抜いて世界1位にのし上がったほどです。
  しかし、こういう産業の拡大には常に付きまとう問題があります。「過剰在庫」です。もともと重商主義や資本主義というのは、必要なものを必要なだけ作るという生産本来の目的を逸脱し、お金を貯めること(貨幣価値の蓄積)を目的にしてしまっていますから、売れないということはあってはならない事態です。しかし、それにも関わらず、大量生産の仕組みは出来上がっているので、放っておくとどんどん売れないもの(要するにゴミと同じ)が出来てしまうのです。
  工場を潰せば早いのですが、それを許すと雇用が減るなどして世の中が不安定になります。そうなると、政府がバックアップして、新しい市場を探す他はなくなってくるのです。
  日本から近いところで、市場や原材料、労働力を供給するのに一番都合がいい場所は中国しかありません。生産力が低い割に人口が多いので、常に労働力が飽和してるからです。
  日本の当時の大企業(財閥)も中国を目指しました。日本国内で新しい需要を作り出すよりも、その方がはるかに簡単だからです。何か、今の大企業と似ていますね。
  その罪過を指摘するのは簡単ですが、一度膨れ上がった経済システムをしぼませるのはとても難しいということは、みなさんも忘れないで下さい。

  そして、マスコミや思想家たちも、それを止めることが出来ませんでした。むしろ、積極的にグローバリストを援護していたフシすらあります。
  ●以前紹介したPDFには、新聞が戦争を礼賛する方向へ傾いていった様子が克明に描かれています。マスコミもまた営利企業ですから、広告を出す大企業や、情報源である政府との関係をまずくするわけにはいきません。何のことはない、マスコミというのはその程度のもの、企業や政府が歪み始めれば、それを助長し、正当なものとして宣伝するのが彼らの仕事なのです。いつの世でも。
  また、「大アジア主義」を標榜する思想家や運動家が多数登場し、国民の世論を形成していきました。●頭山満などが代表例ですが、アジアを日本の力で一つにまとめて、白人に対抗すべきだという考えが流行ったのです。
  この時代もそうでしたが、世論というのは一定数のたいてい声のでかい連中が作ります。善良な市民は、なんだかよく分からないまま引っ張られていったというのが本当のところでしょう。ロシアに勝った一等国日本が、アジアを一つにまとめる・・・日本人は「融和」というのが好きですから、何となく賛成してしまったのかもしれません。まるで今の社会の「国際化」「多文化共生」のように、耳障りがよかったことでしょう。

  ここに、後からもう一つ別の勢力が加わります。革新官僚がそれです。
  革新官僚というのは、今までの古い枠組みにとらわれず、斬新な制度や政策を導入しようとしていた若手の官僚たちです。
  彼らの多くは旧制第一高校(一高)のような旧制高校から、東京帝国大学を経て官僚になった人々です。彼らの特徴としては、(1)江戸から明治に移り変わった頃の苦労を知らない(2)外国製の理論を好む(3)エリート意識が非常に強いことが上げられます。
  難しい試験をクリアして、全寮制で同じような仲間だけで固まっていれば、(3)になるのは致し方ないにしても、(1)と(2)は重大です。なぜなら、こういうタイプの人間は、えてして現実世界での細かい調整より、本に書かれた理想の世界にリアリティを感じてしまうものだからです。
  (2)について言うと、彼らのお気に入りはなんと言ってもマルクス主義でした。資本家ではなく、国家エリートが産業を統制して、理想の国家を作ることができることになっている理論だからです。当時は、のちのソ連の崩壊など誰も考えはしませんでした。世界大戦があって、みんな資本主義には限界を感じていたのでしょう。
  こういう革新官僚に、大チャンスが訪れます。それが満州事変です。満州は危険な土地だったこともあり、古株の官僚は新興国家の運営に参加しようと思いません。そこで、白羽の矢が経ったのが、●岸信介●椎名悦三郎●星野直樹といった若手の革新官僚でした。
  彼らはそこで、「五カ年計画」を成功させ、統制経済の運営に大きな自信を持ちました。そして、日中戦争後、国家総動員法に基づいた国造り(総動員体制)において重要な役割を担ったのです。
  こういう人間は、自分が理想の国家を作れればそれでいいのですから、自分たちの作った仕掛け(ランドパワー的な国家社会主義)が日本を取り返しのつかない方向へ導いたとしても責任を取りません。政治家や軍人を楯にし、GHQに媚びを売って、戦後まで生き延びました。●以前の記事でも、触れましたが、官僚というものは本質的にそういう性質があるようです。

  軍部は何をしたかというと、基本的に上のような人々の道具になって働いただけです。そうでなければ、軍事官僚も革新官僚の一部として考えるべきなのかもしれません。少なくとも、軍部が主導して戦争への道をひた走ったというのは大嘘です。

  では、なぜドラマや映画や教科書の中では、軍部だけが殊更に悪魔の使いのようにして描かれるのでしょうか。共産党や日教組や部落解放同盟が圧力をかけて、自虐史観を押しつけているからでしょうか?

  違います。その方が戦後の大企業やマスコミや革新官僚にとって都合がよかったからです。
  日本が戦前と戦後で全く別の国、別の政治体制になったと思っている人は、考えを改めた方がいいです。戦後の日本を支えた人材のほとんどが、戦前に戦争への道筋をせっせと作った張本人たちです。戦犯にもなった岸信介は首相に、椎名悦三郎はその官房長官になりました。満州で大工場を建設した●鮎川義介は日産自動車を経営し、三菱も三井も住友も形を変えて生き残りました。
  マスコミもです。GHQの検閲を受けることを条件にお咎めなしで当時の幹部がそのまま居座りました。ドイツでは、マスコミの上層部がみなナチスに協力したかどで粛清されたのにです(左翼はこういうことを全く触れない)。
  こういった人々は、いわば「真の戦犯」です。しかし、死人に口なしということで、全て東条英機ら軍部官僚に罪をおっかぶせてしまったというわけです。彼らにとって、自虐史観は、メリットでこそあれ、汚点でもマイナスでも何でもなかったのです。

  まあ、起こったことは仕方がありません。では、今後戦争を起こさないためにどうすればいいか、繰り返し私が生徒に伝えていることがあるので、次回はそれを書きます。ロシア旅行記は、原稿を書き進めておりますので、もうしばらくお待ち下さい。

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Comment

かなり核心に近づきましたね。ポイントは商工省革新官僚と企業のコングロ間ロットは戦後も日本の安全保障や国家戦略を担い、あの戦争を継続したいたという点です。その彼らに最初の一撃が加えられたのがオイルショック、次にプラザ合意です。
孔明 | 2007年08月21日(火) 00:14 | URL | コメント編集

●トヨタの変人、奥田氏について

詳しくは↓をごらんください。
http://www.amazon.co.jp/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AE%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E2%80%95%E3%81%84%E3%81%BE%E3%80%81%E3%83%8A%E3%82%B4%E3%83%A4%E3%81%8C%E3%80%8C%E6%9C%80%E5%BC%B7%E3%80%8D%E3%81%AA%E7%90%86%E7%94%B1-%E6%B4%8B%E6%B3%89%E7%A4%BEMOOK/dp/4862481817/ref=sr_1_3/249-1869455-5699539?ie=UTF8&s=books&qid=1187629616&sr=8-3

もはや会長も退き、トヨタの相談役になっている奥田氏です。なまじ日本経団連の会長になぞなったから、ろろさんはじめあちこちから批判の礫を受けているようですが、彼の生家は「奥田証券」という小さな証券会社(奥田氏がトヨタ勤務10年ほどで倒産)で、彼が一橋大学を卒業するころには、家業を継ぐことも視野にいれ、名古屋の会社を就職先に選んで、1950年代のトヨタ自動車販売(トヨタ自動車工業と合併してトヨタ自動車株式会社となるのは1980年代に入ってから)とノリタケに受かったそうで、学部長から「この就職難のご時勢、先に受かったほうに行け。でないと後輩の就職に差し障る」と学部長の指導を受け、当時は二流会社だったトヨタ自動車販売に就職したそうです。「フリーハンドだったらノリタケに行っていた。当時のトヨタ自販なんてその程度の会社」、「経理に配属されたが、明日この手形が落ちなかったら倒産という憂き目に何度も遭った」とのこと。

その彼が、40年ほど後、合併した後のトヨタ自動車の社長に就任するのですが、其処での海外展開攻勢がズバリと当り、20世紀の最後の数年で、トヨタは国内ナンバーワンからさらに日産又はホンダを1社合併したほどの生産規模にまで拡大。これが奥田氏の名前を不動のものにし、今でもトヨタ社内で崇められている要因になっているとのこと。

しかし、その奥田氏の成果は、トヨタ社内の若手を天狗にし、「俺様トヨタ」風が蔓延してきたため、「お前ら、頭下げて、道の端っこ歩け!」と叱らなければならなくなったのは、おそらく彼の本意ではなかったはず。

また、トヨタ社内では、部下に「やりたいようにやれ」と言って、席にいないことが多いので決済判を預けてしまったという習性が、おそらく日本経団連でも出て、“財界便所”のやりたい放題になってしまったのではと推測します。“財界便所”には財界ゴマすり新聞の日経ですら、系列サイトで批判を浴びせているのです↓
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/bookreview/28/index5.html

現在あまりにも肥大化したトヨタは、グローバリズムに乗っていかないとその巨大さ故に前進できないのでしょう。しかし、その巨大さゆえ、トヨタの「おはこ」であった「カンバン」、「ケイレツ」、「カイゼン」に揺らぎが生じ始めている。トヨタがなおも「チャレンジャー」であり続けるためには、思い切って4:6程度に分社し、4の部分を本家トヨタが持ち、6は北米に拠点を置く。そして、その2社で凌ぎを削るような競争をしないと、案外近い将来にトヨタが傾く事態もありえるかもしれないと危惧します。なにせ私の郷里名古屋はもう「トヨタGHQ」の「占領下」ですので。
のらくろ | 2007年08月21日(火) 02:47 | URL | コメント編集

●管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます
 | 2007年08月21日(火) 13:18 |  | コメント編集

●戦争の原因の原因

それは、収奪的な経済システムの中において本質的に『実現不可能な理想』を『実現すべき目標』として大衆やマイノリティーに植えつけることだと思います。

フランス革命以降、この「必殺技」が民主化の名において国家に導入され、アメリカという超大国の出現によりそれが世界レベルで展開するようになるまで、『先進国』は一度もそこからスイムアウトすることができませんでした。語弊を怖れずにいえば、これは巧妙な罠だと思います。近衛が終戦近くに気が付いた罠などよりもっとスケールの大きな罠が、すでに明治維新の前から発動していると見ています。陰謀論の謗りを怖れずに言えば、(おそらく維新前にイギリスに渡航した人達の)誰かが『彼ら』と取引をしたはずです。ただ、日本が僥倖だったのは、取引にまんまと乗せられた人と、取引を拒絶した人の他に、取引を上手くいなした人が主流派の中に食い込んだことです。「いい加減にいなすこと」というのは実は「守破離」とともに日本人の高度な弁証法的「技」であり「センス」なんだと思います。それは単に清濁合わせ飲むというようなこととは違う動的なバランス感覚です。当時の日本の知識人は新たに接した「近代」というものに止揚不可能な「弁証法上のエラー」が意図的に仕掛けられていることに(直感的に)気が付いたのだと思います(想像ですが、近代の学問として確立されなかっただけで、日本の知識人はヘーゲルよりその本質を充分に理解していたと思います)。日本を救った「神風」があったとすれば、それは近代以前から伝統的に培われた日本の文化や知性の深さそのものではないでしょうか。

ろろさんが革新官僚の問題点の(1)と(2)を指摘しているのは、そういう意味で非常に重要な部分であると思います。文学的表現になりますが江戸・明治も遠くなり「神風」の声がエリートの耳に聞こえにくくなった、そういうことだと思います。

頭山満・玄洋社の思想的根っこは西郷隆盛です。山本七平は「日本はなぜ敗れるのか」という著書の中で、西南戦争に見る薩摩側の精神主義と大東亜戦争時におきた精神主義への過度な偏りに共通性を見出しています。しかし、山本七平はその非合理性を指摘するだけで、なぜそうかなるのかということについては明確な回答を与えていません。

私は頭山満も西郷隆盛も(そしてマルクスもその出発点では)「善意」の理想主義者であったと思っています。しかし、そういう理想主義者は近代を補強・継続したい者にとって極めてWelcomeな存在なのです。直接的に『彼ら』が動いたかどうかはともかく、近代というOSには、そういう理想は現実の問題が深まれば深まるほど「反現実」として先鋭化するようなアルゴリズムが組んである(その理想と現実の止揚は近代経済システムの根幹を変えない限り、たぶん「論理的」に不可能なはずです。人間心理と経済の関係を時空間的にマクロレベルで解析する方法でもあれば、その不可能性は証明可能のような気がします)。

以上のことから、日本で戦争危機が高まるときというのは賢明な『いい加減』を日々悟って「バッファーゾーン」を形成する人々が消えて、腐敗した現実主義と極端な理想主義が過剰に隆盛してくる状況だと思います。プラザ合意⇒バブル崩壊、小泉劇場⇒中流崩壊はそうした危険な場の流れを「再び」作り出しています。

もう少し平らに結論を言えば、『儲け「すぎ」は良くない』という伝統的な安定翼がその機能を停止し、企業およびそのコングロマリットがひたすら巨大化する方向でしか組織を支えられない状況となったとき、人々が「正・反」どちらに向かって突き進んでも近代というOSは「負の結果」しか生まないように出来ているということです(「エンデの遺言」の中でマグリット・ケネディ教授がこれと似た結論について目を潤ませながら語ったことが記されています。私には彼女の気持ちが痛いほどわかります)。

ここが解決できない限り、私たちはずっと戦前の延長上を歩むと思います。

現実的には、そこから軟着陸するための第一ステップは、マクロ経済を意識して内需を伸ばしつつ、対外貿易については「儲けすぎずに儲けること」だと思います。貿易収支で言えば、国内経済が持続可能な分だけの黒字をキープするということ。また、国内・国外ともにモノやサービスを売る際に、近江商人の哲学「三方良し」を国策レベルで徹底すべきでしょう。つまり経済成長や貿易において通貨的指数よりむしろ、顧客の「満足度」や社会全体に対する「貢献度」を重視します。グローバリズムの毒をマクロ経済と近江商人哲学でひたすらに「希釈」するイメージです。日本人は経済分野で国内を疲弊させてもいけないし、外から恨まれてもいけない。これが経済的な最終防衛ライン。あとできれば金融戦争を仕掛けられたときに、その攻撃をかわすための天才をリクルートしたい。そのためなら官房機密費をどれだけ使ってもOKです。そして第二ステップは誰が何と言っても、自然主義経済しかない。我々の代で無理なら、その次の代、それで無理ならさらに次の代が、そこを目指すはずです。次の歩みにつながるなら、それで本望です。のんびり行っても、急いで行っても、誰がやっても、どんな形になろうとも、その本質は変わらないと思えば焦る必要はないと思いました。

以上、ろろさんの記事に深く同意しながら、私なりの感想です。長文失礼しました(しゃべりすぎでしょうか?)
banabuna | 2007年08月21日(火) 20:23 | URL | コメント編集

●>>孔明さん

  そういっていただけると嬉しいですね。

>戦後も日本の安全保障や国家戦略を担い、あの戦争を
>継続したいたという点です

  そうだとすると、ひとつ疑問があるのです。ひとつは、アメリカが彼らをどう見ていたかという点、もう一つは、吉田茂や佐藤栄作あたりとの絡みです。特に、佐藤が岸をどのように扱っていたのか、いまいち理解しあぐねております。
  9月以降、いろいろ調べたいと思っているのですが、孔明さんの号外に先を越されてしまいそうですね(笑)。

>>のらくろさん

>現在あまりにも肥大化したトヨタは、グローバリズムに乗って
>いかないとその巨大さ故に前進できないのでしょう。しかし、
>その巨大さゆえ、トヨタの「おはこ」であった「カンバン」、「ケイレツ」、
>「カイゼン」に揺らぎが生じ始めている。

  そうですね。ロシアに進出すると聞いたときは耳を疑いました。あのロシア人に、トヨタのカイゼンをどうやって教えるというのか・・・?
  第二のGMになってしまうような気がして、心配です。分社化、マジで考えた方がいいかもしれませんね。
  
>>管理人のみ閲覧できますの方

  了解しました。問題ありません。

>>banabunaさん
  
  あなたが以前、憂慮していたことの中身が今の私にはわかります。しかし、私以外の方が理解するにはちょっとボリュームが大きいかも知れませんね。

>私は頭山満も西郷隆盛も(そしてマルクスもその出発点では)
>「善意」の理想主義者であったと思っています。しかし、そういう
>理想主義者は近代を補強・継続したい者にとって極めて
>Welcomeな存在なのです。

   ここが核心だと感じました。そう考えると、この理想主義というのは「キリスト教」がローマに根付いた時点で始まっていたのかもしれませんね。ニーチェがキリスト教を執拗に攻撃したのも、人間の理性を暴走させて、彼岸まで連れていってしまうような仕組み、すなわち

>「反現実」として先鋭化するようなアルゴリズム

  が、キリスト教を原形とした西欧の思想に内在していたからなのではないかと思います。

  キルケゴールも、人間は可能性、現実性どちらにいっても絶望しかないのだということを繰り返し述べています。人間が救われるには、この世界の非合理性を信じるしかないのだということを言いたかったのでしょう。

  近代がはらんでいる理想と現実の相克という問題について本気で考えたこの二人は、やはり素晴らしい哲学者だと感じます。
  
ろろ | 2007年08月21日(火) 22:39 | URL | コメント編集

思うに、佐藤栄作までの政治家は明白に「臥薪嘗胆」をしているという自覚はあったのです。憲法9条もおそらく陛下の意を汲んだ幣原の発案でしょう。芦田修正を知っていますか??これは核戦争を経験し日本の安全保障のためにはアメリカを利用するしかないというリアリズムを採用したのです。陸軍はこれに抵抗し、核開発を自前でやる意思をもってました。(仁科機関)だから戦犯なのです。その上で軽武装と対米輸出で国力を回復させ、いずれは独立を図るというシナリオ(吉田ドクトリン)です。田中角栄以降、この戦略に断絶が生まれます。
戦後日本は「弱者の立場で強者を利用する」という綱渡りの生き残りをやったのです。冷戦構造を背景として。すべての絵を描いたのは岸でしょう。佐藤は岸のバージョンダウンです。明治維新と似たパターンです。
孔明 | 2007年08月22日(水) 00:19 | URL | コメント編集

降る雪や明治は遠くなりにけり・・と詠んだ中村草田男の精神が偲ばれます。明治期には武士道の残滓があったのですが、時代を経るにつれ官僚化が進んだのです。世情にぎわす防衛次官は典型的です。

岸の背後には陛下がいます。私は44年サイパン陥落から田中政権成立の72年までは、「陛下の意思」が国家戦略の柱であったことを力説しています
それが、鎖国同様ディフェンシブポリシーとして当たったときが日本の繁栄です。国際金融資本と「間合い」を取り、奴等の切っ先を「見切って」いた時期といえます。
孔明 | 2007年08月22日(水) 00:26 | URL | コメント編集

●諸悪の権化は「軍人」ではなく「財界人」

軍事力を持っているから戦争が起こるのではなく、経済利権を求めるからこそ、戦争が起こるんですよね。旧日本軍・ナチスドイツ・アメリカのイラク戦争等、例を挙げればきりがないです。
貪欲に経済利権を貪ろうと企てる財界人達が、自らの計画に行き詰まった時に、大枚をはたいて政治・マスコミを抱き込んで世論操作し、軍隊を出動させるんですよと子供達には正しく教えなければいけませんね。
流星 | 2007年08月22日(水) 00:36 | URL | コメント編集

●移民団についてはどうお考えですか?

興味深い説だと思いますが、当時の日本が労働力を求めて海外に植民地を求めたというのはどうなのでしょうか。

戦前は農村地区の人口増加を都市部の工業が吸収しきれず、海外へ多くの人が移民した時代だったはずです。アメリカの移民政策の変更により、多くの移民団が満州に渡り、そこで悲惨な状況にあったという事実を考えると、当時の日本には今日のような工業の発達による人件費の高騰や人手不足があったとは考え難いと思います。

私は財閥を中心とする当時のメインの経済界がグローバル化を考えて中国を侵略したのではなく、若手官僚、若手軍部、および満州で一旗あげようと考えていた経済グループが共同して拡大政策を取ったうえ、暴走したことに関して本国の歯止めが効かなくなってしまった結果が太平洋戦争だと考えています。

財閥は解体され、当時の地主層は農地改革で力を失ったにもかかわらず、新興勢力得あった彼らはうまく責任をすり抜けて、戦後の経済復興に働いたという点、ご指摘のとおりだと思います。勉強になりました。
Nebuo | 2007年08月22日(水) 05:54 | URL | コメント編集

●>>孔明さん

なるほど、確かに戦後の重化学工業の発展は、満州国のそれをずらしたものだと理解すればスッキリします。

しかし、そのグランドデザインを描いたであろう岸信介に、私は何か邪悪な匂いを感じるのです。安保改定の頃まではそうではありませんでしたが、復興なった後の韓国との関係に、「大東亜共栄圏よもう一度」という感じがすごくするのです。つまり、満州人脈を活用して再び経済ブロックを形成しようとしたように見えるのです。その過程で統一教会と結び付き、今に至る禍根を残したと考えられるのです。彼ほどの切れ者が単なる反共であのような真似をするとは考えがたいのですが、また違う形での対米独立を模索し、その過程で「奴等」に取り込まれてしまったのではないかと。

あるいは岸は初めから大東亜共栄圏的発想を持っていたが、先帝陛下と吉田茂はそれすら利用したということでしょうか?岸本人が生きていてその真意を語ってくれたらこんなに有り難いことはないのですが。
ろろ | 2007年08月22日(水) 06:27 | URL | コメント編集

●>>流星さん

そうです。権益の存在が癌なのです。大陸の権益を維持しようとすれば、日本は日本でなくなるしかないのです。早い話がランドパワーになるしかないのですが、日本の文化ではロシアや支那のような人命軽視で国境線付近を縦にする戦略を取るのは無理です。総動員体制のように破綻するしかありません。

詳細は次回述べたいと思います。
ろろ | 2007年08月22日(水) 06:36 | URL | コメント編集

●>>Nebuoさん

確かに日本で労働力不足だからそういう場所を目指したと読めなくはないですが、中国が常に労働力飽和状態だというのは一般的傾向の事を指摘しただけです。

当時の日本で過剰労働人口が生じていたのはご指摘のとおりです。しかし、購買力を上げて内需を拡大しようという意図はありませんでした。当時の産業資本家たちはむしろ現代のグローバリストと同様、海外の方がいろんな制約がなくて楽だと思っていたはずです。たとえば待遇もそうですし、当時日本で流行っていた労働争議や小作争議がないというのも魅力だったでしょう。江戸時代の百姓一揆同様、あれは結構利いていたと思うのです。
それに、次回の内容にもなるのですが、どうも(特にインテリや金持ちの)日本人自身が、いろんな意味で「狭い」日本よりも大陸に可能性を見出だし、ロマンや憧れを抱いていたという気がするのです。大アジア主義はそこをうまく突いた気がします。
ろろ | 2007年08月22日(水) 06:56 | URL | コメント編集

●人類史上の戦犯(妄想の類)

>ちょっとボリュームが大きいかも知れませんね。

ですね。私もそう思います。すみません。それでも悔い改めず、おいしくないデザートまでたっぷりお出ししようとしている私をどうかお許し下さい(笑)

>この理想主義というのは「キリスト教」がローマに根付いた時点で始まっていたのかもしれませんね

そうですね。これはもう想像でしかありませんが、神道が書き換えられて国家神道になったプロセスと似ているような気がします。というか明治期に国家神道が成立した過程は、ローマに「国家キリスト教」を導入した過程の模倣、という方が正しいでしょうか。これは単なる例えではなく、「実際にそれを狙った」と考えれば、維新以前にイギリスに渡った人がどういう取引とサジェスションを受けたのか、類推できそうな気がしてきます。

ローマ帝国の繁栄が頂点を過ぎ、中央集権的になっていくと同時に、様々な方面からキリスト教が権力中枢に浸潤し、国家宗教として力を得ていくプロセス。この過程でキリスト教が二元論的一神教としての性格を確立し、非寛容の度合いを強めています。
http://charm.at.webry.info/200606/article_7.html
これはもう原始キリスト教とは別ものだと考えたいです。

また、このころのキリスト教成立に「貢献した」ラテン教父達の出自や『改宗』が気になります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%86%E3%83%B3%E6%95%99%E7%88%B6
教会権威化の最大の貢献者であるアンブロシウス司教は、ミラノ首席執政官で40歳近くまでは異教徒。その後、人々に推されて司教になるために改めて司祭からキリスト教を学び洗礼を受けた・・・これって、なんというか、政治的な取引のために魂をカルトに売った人ではないでしょうか。例えていえば、統○協会に魂売った売国奴が後世の日本で『聖人』として称えられているような、そんな嫌なイメージが湧き上がってくる。

このアンブロシウスが司教になるために教えを受けた『司祭』こそが確信犯ではないでしょうか。原始キリスト教にあった『アイデア(イデア)の力で人を救う』という発想を逆手にとって『アイデア(イデア)の力で現実を否定する』という狂気にすり替えた確信犯がそこにいるような気がしてならない。もっと言えば、これは、450年の時空を超えたカルタゴ人の仕返しじゃないかと思います(実際奴隷等として相当数が子々孫々生き残ったでしょうから)。彼らはローマ人の心に『塩』を撒き、存在否定のシンボルである×印(十字架)を貼り付け、自らの安寧と特権を得ることに成功した(以上、あくまでも妄想入りの仮説です)。

キルケゴールは良く知らないのですが、ヘーゲル・ショーペンハウアー・ニーチェら、ドイツ哲学者はそれぞれに良く戦ったと思います(なんか偉そうでごめんなさい)。キリスト教圏の辺境にあたる彼らには地霊の「神風」が聞こえていたのでしょう。しかし、近代OSの伸展をとめることはできなかった。なぜなら、近代OSでは、宗教というのはすでに脇役でしかなく、主役はさらに合理化された存在否定のシンボル『増殖する通貨』でしたから。神は死んだけど、紙(紙幣)としていよいよ激しく生き延びたわけです。『彼ら』は人々の「イメージ力」を操って狂った神様を現実世界に光臨させる技を「カルタゴの末裔」から受け継いだ、そういうことだと思います。

結論として、中央集権化のために経典(現在では金融システム)を都合よく改変したり、歴史を捏造する人々が『人類史上の戦犯』だと思います。彼らは確信犯であり、彼らだけが、大衆が騙されてきたことを知っています。きっとそれが彼らの唯一の『楽しみ』なのかもしれません。そう思うと少し哀れな気もしてきます。

以上、妄想デザート、本当にお粗末様でした。
banabuna | 2007年08月22日(水) 18:49 | URL | コメント編集

「岸信介に、私は何か邪悪な匂いを感じるのです。安保改定の頃まではそうではありませんでしたが、復興なった後の韓国との関係に、「大東亜共栄圏よもう一度」という感じがすごくするのです。つまり、満州人脈を活用して再び経済ブロックを形成しようとしたように見えるのです。その過程で統一教会と結び付き、今に至る禍根を残したと考えられるのです」

そのとおりです。岸はダークサイドを持ち合わせた政治家です。しかし、満州のアヘンをはじめ、岸はそれら全てを「日本の復興と再独立の必要なコスと」と考えてました。大事の前の小事という、スケールの大きさです。政治的判断をしたのです。問題はその後継者達が岸の遺産をうまく管理できず、からめとられてしまった。創価、とういつ協会などに
ということです。
孔明 | 2007年08月22日(水) 23:01 | URL | コメント編集

>>孔明さん

>岸はダークサイドを持ち合わせた政治家です。しかし、満州の
>アヘンをはじめ、岸はそれら全てを「日本の復興と再独立の
>必要なコスと」と考えてました。大事の前の小事という、
>スケールの大きさです。

  そうですね。だからこそ、あだ名が昭和の妖怪なのでしょうね。

  岸は、臥薪嘗胆の思いで日本国内での重工業の発展に力を尽くしたのでしょう。しかし、彼の後継者が管理できる形でフォーマットを残していかなかったのが陥穽だったのかもしれません。
  あるいは、自分が丸め込めたのだから、こいつら(統一やら児玉よしおやら)はもう暴れないだろうと高を括ったのかもしれませんね。頭のいい人でも一生のうち何度かそういうミスをしますから・・・そして、それが致命的だということもあるでしょう。朝鮮との関係というのは、そういうものだったのかもしれません。
  私としては、岸が残したものと、今の日本人はきちんと向き合わなければならないと感じています。そして、悪い面は取り除くべきです。まあ、評価に値する面もあると分かったのは収穫でした。ご教示ありがとうございます。

>>花ブナさん

  今気づきましたが、名前がアルファベットに戻っていますね(笑)。

  もう寝るのであまり多くコメントできませんが、一つだけ。

>ローマ帝国の繁栄が頂点を過ぎ、中央集権的になっていくと同時に、
>様々な方面からキリスト教が権力中枢に浸潤し、国家宗教として
>力を得ていくプロセス。この過程でキリスト教が二元論的一神教
>としての性格を確立し、非寛容の度合いを強めています。

  ランドパワー化ということで説明できそうですね。恐怖政治にも核が必要ですから。
  国家神道と似たような流れを取っていることは十分理解できます。何度でもいいますが、あんなのは神道ではありません。少なくとも、伊勢神宮とは違います。日本の神様は、もっと人間にやさしいです。皇室というのも、本来はそういうものなんです。
  イギリスでシティの住人たちに入れ知恵をされたのは、この五人ですかね。

長州ファイブ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E5%B7%9E%E4%BA%94%E5%82%91

  山尾は教育者、井上勝は技術屋、やはり怪しいのは英語ペラペラの残り三人ですかね。
  伊藤博文は最後の最後で朝鮮併合を踏み留めたというのは評価します。財閥と結び付いていた井上馨が一番怪しいですね。
  まあ、私は山県有朋や高杉晋作も含めて長州人には好感が持てませんね。私が会津を好きだからかな。
ろろ | 2007年08月23日(木) 00:07 | URL | コメント編集

岸についてはおっしゃるとおりですが、敗戦の中から日本がシーパワーとして
復興していくには、ああいう「中興の祖」が必要だったのです。

しかし、だからといって、二世がそれを継げるわけではありません。
安倍は秀頼であり、秀吉にはなれないのです・・・ナポレオンの息子がナポレオンになれないように。岸であればこそ、児玉や小佐野や戸田城聖を使いこなせ、押さえ込めたんです。彼は戦前、陸軍と官僚を押さえ込んでいました。
年季が違うのです。シンゾウとは・・・
孔明 | 2007年08月23日(木) 00:15 | URL | コメント編集

薩長の英国留学組みはすべて赤いたての代理人です。長崎のグラバー亭という物証も残しています。
孝明天皇や家茂といった公武合体派(今で言えば開国への抵抗勢力)の死にも一枚かんでいるのでしょう
孔明 | 2007年08月23日(木) 00:18 | URL | コメント編集

岸らがやったことは、博打です。甘粕正彦の辞世の句
「大ばくち 身ぐるみぬいで すってんてん」
これが全てを語っています。

そういう博打をやるなら、英国人のように冷徹かつ徹底的にやらないとダメです。朝鮮や満州のように中途半端をやるからつけこまれるのです。アレだけ中国で悪逆非道を尽くした英国が日本と違って責められないのは、日本人が悪人になりきれず、彼らは悪人を通したからです。日本人には、あの真似はたぶんできない。そしてなれというのも酷な気がする。なるとしたら、それはまず自ら日本人を捨てる覚悟がいる。

終戦で甘粕は自死しましたが、ともに満州で暗躍した里見甫は生き残り、政治的に岸をバックアップしながら、自身は今の電通など戦後メディアの基礎を作るのですね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8C%E8%A6%8B%E7%94%AB
http://my.shadow-city.jp/?eid=364229
里見は日本人であることを捨てたNo.1だと思います(で、その後もどんどんNo.xが誕生して、その末席に竹中が座っている)。児玉・笹川は彼らの使い走りでしょう。

岸や里見にとって戦後は戦前の敗者復活戦だったのでしょうね。アメリカと大東亜の『ハブ』となり、そこに日本の再起を賭ける。そのためには戦後共産圏となった旧大東亜地域とは「表面上」の敵対関係を示さねばならない。だからソウカやトウイツなどをパイプ役にした(で、主客が彼らの死後に逆転する)。阿片その他の取引で戦前蓄えた金がそれらのパイプを通して流れていった。

しかしね、一度日本人を捨てた人が日本復活の「国士」を気取るなんてのはやはりどうかしていると思う。彼らの再起させようとしていた「日本」は本当に「日本」なんだろうか。一言でいって、それって韓国?みたいな、悪い冗談のように聞こえる。NHKの「シルクロード」も電通の「韓流ブーム」も里見の残夢でしょう。

私は、日本人であることを捨てて、岸・里見や長州Fiveのようなことをやろうとする人には、必ず「西郷さん効果」が顕れて失敗するようになっている気がします。いや、これはオカルト的意味ではなく、日本人自身が近代思想を拒否し、好んで西郷さんの魂を引き継ぐような文化があるということです。岸本人もそのルールから逃れられずに、安倍晋三をぼんくらにされた(笑)事実、安倍がもっと有能だったら、「小泉の暴走」に大衆はこうも早く目覚めなかったはずです。その場合、もっと行くところまで行ってから戻ることになる。犠牲者はもっと増えたはずです。

昭和天皇が、岸の夢が最後には上手くいかないことを見越した上で、米国向けの中継ぎとして彼を使ったとすれば、お見事としかいえません。民衆の心に働く「西郷さん効果」の“効き具合”を読んだ上で、岸に対する石橋湛山、児玉に対する田中清玄をあて、全体のバランス化を狙ったのだとすれば、それはシャーマンの能力とシーパワー知略の両方を駆使したといえます。縄文・弥生の両派をいなして、バランスさせた知恵が昭和天皇まで引き継がれたのでしょうか?だとすれば、「カルタゴの呪い」よりも寿命は長い。まあ仮説ですが、そうだとしたら本当にすごい。

粘菌で有名な南方熊楠。彼はアメリカ・イギリス等に渡航し、帰国してからも南紀の自然をベースにしながら生物学・民族学を含む幅広い業績を残しました。また、神社合祀に強く反対した学者でもあります。
http://www.minakatakumagusu-kinenkan.jp/kumagusu/life/life.htm#goushihantai

昭和天皇が彼を尊敬していたのは、単なる科学者同士以上のシンパシーがあったからでしょう。

「雨にけふる 神島を見て紀伊の国 生みし南方熊楠を思ふ」 昭和天皇御製

ふと、南方熊楠が経済というものについてどう思っていた気になってネットを検索すると、松岡正剛さんが『経済の誕生』(小松和彦・栗本慎一郎)について面白いレビューを書いていることがわかりました。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0843.html
「鬼市」「近江商人」「マイナスの富」・・・なんとも興味深い言葉が並びます。

『自然主義経済』もおとぎ話的なシュミレーションゲームにすると良いかもしれませんね。里見の残夢に対抗しているのは、意外にアニメなどに引き継がれているアミニズムや近代超克の「パトス」かもしれません。

これから問題なのは、腐った「パイプ」をどうするかですね。有能な陳良宇も逮捕されてしまったし、北京にいるのはアホっぽいし、中国方面に梃入れするのは、もう手仕舞い時ではないですか、里見系列企業の皆さん、なんてね。

ええと、以上ボリューム増加サービス期間中です・・・ほんと、すみません(汗)

あ、最後に、一言私もろろさんもちょっと縄文人系の血が濃目な気がします。
ブナの花(banabuna) | 2007年08月23日(木) 20:36 | URL | コメント編集

マルチハンドル、紛らわしくてすみません。とくに深い意味はありませんが、banabunaのときは、陰謀論や妄想が強くでるみたいです(汗)
banabuna=花ブナ=ブナの花 | 2007年08月23日(木) 20:54 | URL | コメント編集

そのとおりだと思います
鍵はやはり岸と甘粕の関係でしょう。岸は戦後甘粕の事を一切語らず墓場にもっていったようです。それだけ二人の関係は深かったのです

岸は黒田如水のようなものです。秀吉クラスでないと、使いこなせない、食えない奴です。しかし、戦後の政治家で、私が最も興味をそそられる人間です。
近代では空前絶後のプランナーです。

ばくちを打つというのは日本的官僚システムではありえません。システム勝負の官僚機構の枠を出ている人間です。天才です。

岸はサイパン陥落で終戦工作をはじめ、東条を倒しました。憲兵ににらまれつつ。
孔明 | 2007年08月23日(木) 21:20 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>孔明さん

>岸は黒田如水のようなものです。

  放っておくと、何をやらかすか分からない・・・頭ひとつで国家を創り上げることの出来る男ですか。確かに面白いです。昭和の妖怪の面目躍如でしょう。
  しかし、彼の撒いた種が、日本からいかに多くの栄養分を吸い上げてしまったか、そう考えるとやはり許せないものを感じるのです。特に、朝鮮との関係については、後戻りできないほどの癌の転移を生じたように感じています。

>>花ブナさん

  電通も、もとはといえば「満鉄調査部」のOBが作った組織ですからね。そう考えると、満州国経由で、朝鮮とのつながりはあってもおかしくないわけです。
  そういうものが、戦後日本で何かの役に立ってきたのは確かですが、いい加減役目は終わった気がするのです。しがらみを断ち切るときが来たと言えるでしょう。
  もう、日本に第二、第三の蘇我氏は必要ありません。今必要なのは菅原道真であり、徳川三代です。私はそう確信しています。
ろろ | 2007年08月23日(木) 23:55 | URL | コメント編集

私も岸は嫌いです。でも確かにすごい。何と言っても、ヒトラーも甘粕も東条も死んだのに、彼は生き残った上、アメリカと取引をして、プリズンから子飼いの手下とともに抜け出し、最後には首相になって、満州の実験結果と戦前の大東亜の人脈を生かして、戦後日本の『新国家社会主義体制』の中興を担ったわけですから。もう、ヒトラーもびっくりでしょう。

彼を見て思うのは『郷(くに)を愛さない人の方が、(近代)国家を興すことに向いている』そういう究極の疑問です。岸の興した日本を戦争で亡くなった人々はあの世からどのような目で見つめているのだろうか。

なぜ戦後も非合理的な学生闘争や平和運動がなくならないのか。ゴジラ、ウルトラマン、エヴァ、もののけ姫など「大東亜戦争のやり直し」をモチーフとした物語が幾度となく生まれ、そしてなぜそれが大衆に受けるのか。なぜ『豊かな日本』が実現されたはずなのに、自己否定のメッセージは消えず、非合理な終末を美化し、今とは違う新たな世界の復活を望み続けるのか。

これは単なる青い理想主義なんだろうか。私は違うと思う。もし単なる理想主義なら、これほど大衆の支持は受けないはずだ。

西郷さんの死も大戦で亡くなった多くの方々の死も決して無駄死にではない。
当たり前だ。では、その意味は何か。

その死の意味は『諫死』ではないですか。

虚妄の近代思想や外国人やマスコミに踊らされ、自分達のふるさと、故郷を守るという本質を忘れた人々に対する『諫死』。

特攻隊の方が飛行機の中で歌った歌は軍歌ではなく「ふるさと」です(実際の生き残りの方の証言)。彼らは別に面と向かって残った人々を諌めようとはしていない。死にたくないというのが率直な気持ちとしてあったでしょう。しかし、それを拒否せず(できず)「ふるさと」を歌いながら死地に向かっていったその姿に私たちは何を感じるでしょうか。遠い異国の地で「ふるさとに帰りたい」と言って亡くなった方々の無念に私たちは何を感じるでしょうか。

そんな彼らのための鎮魂は、この今の日本ではできない。今の日本は何かが違う。表面上に出てくる言葉や思想は、それぞれ違うけれども、彼ら「理想主義者」を突き動かし、大衆を引き付けるその思いは、心に深くしまいこんだその思いではないでしょうか。

戦後の『豊かな日本』が戦前の間違いの延長上であることを言葉や思想ではなく、人々は感じ取っていると思う。どんなに歴史を偽装しても、教育やマスコミで洗脳しようとしても時を越えて聞こえてくる声がある。

しがらみを捨てるということは、その声に従って、少しずつこの国を変えていくことであると思う。今ならまだ間に合う。鎮魂とは碑を建てることではない。単に語り継ぐだけでもない。彼らが生きていた「ふるさと」に私たちがいきいきとした生を取り戻すことこそが鎮魂であると思う。近代の闇に沈んでいく我々の魂を救うために彼らの深く優しい『諫死』の意味がある。

(昭和天皇のミッションには、過酷な時代を生き延びるために岸らまでを駒として使いながら、最終的に日本を本来の姿に戻すためのビジョンがあったと思います。今となっては確認できないのが残念ですが)
花ブナ | 2007年08月24日(金) 13:22 | URL | コメント編集

花ブナさんは地方在住ですか?『郷(くに)を愛さない人の方が、(近代)国家を興すことに向いている』
→洋の東西をを問わず、権力者はふるさとを切り捨てる踏み絵を踏んでいます。
特攻兵士の最後の言葉は「お母さん」だったのでしょう「天皇陛下万歳」だったのではなく。

岸の凄みは確かに生き残ったところにあります。

しかし、私が思うに、彼の真の意味は、日本の官僚制度を完成させ、しかもその限界を一人で超越し、戦略を実行するお手本を示した事です。

ダークサイドはもちろんあります。しかし、それ以上に、彼は研究に値する天才です。
彼は常に逆張りのハイリスクなばくちを打ってきました。そこは一貫しており、好感がもてます。大蔵ではなく商工省に入ったり、満州に渡ったり、社会党から出馬しようとしたり、浜口内閣の減棒策に抵抗し辞表を取りまとめたり登場を潰したり。。。これだけの実績、並では残せません
孔明 | 2007年08月24日(金) 20:04 | URL | コメント編集

横からレス申し訳ありません。

> 戦後日本は「弱者の立場で強者を利用する」という綱渡りの生き残りをやったのです。冷戦構造を背景として。すべての絵を描いたのは岸でしょう。佐藤は岸のバージョンダウンです。
> 岸の背後には陛下がいます。私は44年サイパン陥落から田中政権成立の72年までは、「陛下の意思」が国家戦略の柱であったことを力説しています
それが、鎖国同様ディフェンシブポリシーとして当たったときが日本の繁栄です。国際金融資本と「間合い」を取り、奴等の切っ先を「見切って」いた時期といえます。
> 田中角栄以降、この戦略に断絶が生まれます。

戦後体制のターニングポイントが田中政権成立にあった。ということになります。ここは田中角栄について評価を聞いてみたいのですが。

> 岸であればこそ、児玉や小佐野や戸田城聖を使いこなせ、押さえ込めたんです。彼は戦前、陸軍と官僚を押さえ込んでいました。

田中と小佐野や児玉の関係は周知の通りです。ここに書いてあることが答えになっているようにも見えます。田中政権成立の時、もちろんまだ岸は生きていました。

> つまり、満州人脈を活用して再び経済ブロックを形成しようとしたように見えるのです。その過程で統一教会と結び付き、今に至る禍根を残したと考えられるのです」
> 岸はダークサイドを持ち合わせた政治家です。しかし、満州のアヘンをはじめ、岸はそれら全てを「日本の復興と再独立の必要なコスと」と考えてました。大事の前の小事という、スケールの大きさです。政治的判断をしたのです。

岸の政界での後継者は福田ですが、上のことも見越して田中を見ていたのかと考えたくなります。

孔明氏の昭和天皇論興味深く拝聴しております。ところで、こんな本が発売されています。いくつかのブログでも取り上げられています。

http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E3%81%84%E3%81%A1%E3%81%B0%E3%82%93%E9%86%9C%E3%81%84%E6%97%A5-%E9%AC%BC%E5%A1%9A-%E8%8B%B1%E6%98%AD/dp/4880862169/ref=sr_1_1/249-6684638-0590707?ie=UTF8&s=books&qid=1187956014&sr=1-1

http://amesei.exblog.jp/d2007-08-15

孔明氏の意見をぜひ伺いたいと思っていました。
気になる点は、スイス銀行のくだりです。


面白い発想だが | 2007年08月24日(金) 21:03 | URL | コメント編集

陛下はバチカンルートであり、メーソンではありません、そこに鍵があります。
そして、日本の近代とは、メーソンがプロットしました。
昭和初期、重臣がほとんどすべてめーそんや共産主義に毒されていた時、唯一陛下だけが平衡感覚を持っておられたのもバチカンの影響と見ています

福田は所詮官僚であり、岸とは器が異なります
だから田中にやられたんです
孔明 | 2007年08月24日(金) 21:59 | URL | コメント編集

私は太平洋戦争の真の意味とは国際金融資本がアメリカを乗っ取るために日本海軍にはなった埋覆の毒を利用し、真珠湾をプロットしたことにあると見ています。当然、陛下はその点を見抜いていました・・・・
孔明 | 2007年08月24日(金) 22:09 | URL | コメント編集

>孔明さん

>花ブナさんは地方在住ですか?

そうです。引越しも何回かしてますが、いずれも地方ですね。関東にすんでいたことはありますが、東京に住んだことありません。

岸が研究対象として興味深いというのは良くわかります。佐野真一の「阿片王」も面白かった。しかし、どうもこの辺りについて、私は価値観を抜きに話すことができないようです。なぜかはわかりませんが。

特攻兵士の最後の言葉は「お母さん」ですね。ふるさとを歌って、お母さんと言った。強い回帰願望です。
花ブナ | 2007年08月24日(金) 22:19 | URL | コメント編集

岸は確かに妖怪で食えない人間です。選挙でもほとんど活動せず当選してきました。しかし、最後の選挙で「故郷の見納め」として山口二区を隅々まで回り、選挙民とふれあい、「岸ブーム」が起きたといいます。初めて岸を見て感激した人も多かったそうです。このあたりで、人間としての帳尻あわせをやっているのでは??
孔明 | 2007年08月24日(金) 22:24 | URL | コメント編集

●孔明さん

>太平洋戦争の真の意味とは国際金融資本がアメリカを
>乗っ取るために日本海軍にはなった埋覆の毒を利用し、
>真珠湾をプロットしたことにある

  FRB(アメリカ政府は1ドルも出資していない民間団体!!)がアメリカ経済を乗っ取ったのもこの頃でしたね。

  しかし・・・陛下は本当によく見通せていた人物だったのですね。フランス人の神父を使ってGHQ時代にバチカンと接触を図ったというのも、見事なプレッシャーのかけ方です。そういう人物だからこそ、ユダヤ側も「こいつは油断ならない」と思ったのでしょうね。
  先帝陛下は穏やかなお顔をされていました。あのご尊顔こそが、日本の強さなのではありませんか。徳川家康も大福顔です。聖徳太子も穏やかな人だったとか。強いハート(右翼的な憂国の情は「堅くてもろい」)を持って、いなす、かわす、相手をよく見る、日本の指導者にはそういう人が似合いますね。

  ・・・すみません、原稿書きます(笑)。
ろろ(執筆中) | 2007年08月24日(金) 22:51 | URL | コメント編集

オトポールや杉原で助けて貸しを作ったうえでそうやったのです。だから、陛下崩御後、ユダヤの日本侵略が本格化したのです。
孔明 | 2007年08月24日(金) 23:01 | URL | コメント編集

●ありがとうございました

孔明様

> 陛下はバチカンルートであり、メーソンではありません、そこに鍵があります。
そして、日本の近代とは、メーソンがプロットしました。
昭和初期、重臣がほとんどすべてめーそんや共産主義に毒されていた時、唯一陛下だけが平衡感覚を持っておられたのもバチカンの影響と見ています

> 私は太平洋戦争の真の意味とは国際金融資本がアメリカを乗っ取るために日本海軍にはなった埋覆の毒を利用し、真珠湾をプロットしたことにあると見ています。当然、陛下はその点を見抜いていました・・・・

> だから、陛下崩御後、ユダヤの日本侵略が本格化したのです。

簡潔なわかりやすいご回答ありがとうございました。埋覆の毒とは良い例えです。

>福田は所詮官僚であり、岸とは器が異なります
だから田中にやられたんです

岸の遺産を田中と福田で分けて受け継いだが、結局、器の小さな福田は満州人脈を動かせず、これを引き継いだ田中が権力者になった。しかし押さえがきかなくなった戦前のランドパワー派が復活、戦後日本の方向が大きく動いたということになるのでしょうか。そして岸もむしろ黙認したと。
面白い発想だが | 2007年08月24日(金) 23:39 | URL | コメント編集

岸は達観していたんです。福田ではだめだし、角栄では押さえが利かず、ランドパワーにからめとられる=日中国交回復。これは岸個人のような経験と才覚があって初めて動かせた人脈を誰も相続できなかったという点が真相です。

そして、最後に、自分が作った「自民党」という国家社会主義政党の傑作を外孫が潰し、幕を引くことをあの世で苦笑いしながらみているでしょう・・・
まさに、黒田如水です。如水の引退の引き金を長政が引いたのと同じようなものです
孔明 | 2007年08月24日(金) 23:45 | URL | コメント編集

> 岸は達観していたんです。福田ではだめだし、角栄では押さえが利かず、ランドパワーにからめとられる=日中国交回復。これは岸個人のような経験と才覚があって初めて動かせた人脈を誰も相続できなかったという点が真相です。

> そして、最後に、自分が作った「自民党」という国家社会主義政党の傑作を外孫が潰し、幕を引くことをあの世で苦笑いしながらみているでしょう・・・

なるほど。主を失った岸の遺産は、亡霊となって現在の日本を苦しめているようです。
これからどうしていくのか、国際金融資本や大陸(中共、ロシア、朝鮮半島)との「距離感」をどのようにしていくのか難しいところです。



banabuna様

また横からレスですいません

> それは、収奪的な経済システムの中において本質的に『実現不可能な理想』を『実現すべき目標』として大衆やマイノリティーに植えつけることだと思います。

> フランス革命以降、この「必殺技」が民主化の名において国家に導入され、アメリカという超大国の出現によりそれが世界レベルで展開するようになるまで、『先進国』は一度もそこからスイムアウトすることができませんでした。語弊を怖れずにいえば、これは巧妙な罠だと思います。

これは本当に本質的な話です。アメリカ合衆国建国とフランス革命はまさにこれがあてはまります。20世紀に入れば共産主義がこれにあたります。

> 近衛が終戦近くに気が付いた罠などよりもっとスケールの大きな罠が、すでに明治維新の前から発動していると見ています。

収奪的な経済システムの中において本質的に『実現不可能な理想』を『実現すべき目標』として大衆やマイノリティーに植えつけることとは国際金融資本の教義そのものではないでしょうか。ひたすら国家主義をふりかざすのもすべてが国際金融資本のためにとは言えないですが、彼らの格好の餌になってしまうことになります。
面白い発想だが | 2007年08月25日(土) 00:47 | URL | コメント編集

その最も大きな罠とは紙幣や金利を許容した時点で発動しました。現在アメリカで起きている破綻はその結果です。
孔明 | 2007年08月25日(土) 00:55 | URL | コメント編集

昭和天皇は毒(国際金融資本)を制するのに毒(岸)を使ったわけですね。
しかし、岸は日本政治家の中では突出していた。ちょっとオーバースペックだったんでしょうね。だから、後を継げる人がいなかった。

私のような庶民出身はなかなか心が強くならんです。知識だけではあかんですね。なんにしても発想の柔軟さと心の強さが必要ですな。

>面白い発想だがさん

>これは本当に本質的な話です。アメリカ合衆国建国とフランス革命はまさにこれがあてはまります。20世紀に入れば共産主義がこれにあたります。

20世紀で重要なのは、1944年のブレトンウッズ会議でアメリカ・ホワイト案が英国・ケインズ案に勝利し、ドルを機軸通貨とするIMFができた点ではないでしょうか。
http://blog.livedoor.jp/m3953/archives/50549097.html

これが戦後アメリカがグローバリズムの中心軸となって、世界を巻き込んでいく、始まりであって、今後訪れるであろう、破綻の基点だと思うのです。共産主義は経済的に見れば、IMF体制の延命装置のように思います。

私は一介の自然科学者で経済のことや政治のことは全く専門外で、独学ですけど、だからこそ見えるものがあるのかもしれませんね。それだけに細かいことは結構間違のでお気をつけください(笑)

全ての問題は、現代の「宗教経典」である近代経済システムに意図的にエラーが書き込まれている点だと思います。簡単に言えば孔明さんの言うように金利です。世界の伝統的な宗教は利子を取ることを禁じています。金(子)→紙幣(精霊)→ネットワーク上の数字=概念(父)へという進化がその破壊の速度を速めています。狂った神様の三位一体の進化論です。
花ブナ | 2007年08月25日(土) 09:37 | URL | コメント編集

中世とは金利を禁止し、農業を商業より上位においた社会です
近代とはフランス革命以来、このバランスを崩し、国際金融資本にフリーハンドを与えた時代です。その結果が現在です。地球環境悪化、戦争、社会の崩壊・・・すべての解はここを理解することにあります。
孔明 | 2007年08月25日(土) 09:47 | URL | コメント編集

●孔明さん

  やはり、ランドパワーとシーパワー、実体経済と仮想経済の調和によって発展した日本文明こそが、最後の答えだということですね。

  私は、グローバリストを暴走させることで、日本を一度壊滅させ、そこで「彼ら」による侵略が完成するように思うのです。アメリカが大恐慌の影でFRBという金融資本の集まりが管理する国家になったように・・・。

  なんとか、事態を足止めしている間に、突破口を見つけたいものですね。
ろろ | 2007年08月25日(土) 10:04 | URL | コメント編集

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ある意味、地球臨界

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2007/08/21(火) 01:10:09 | 或る浪人の手記
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