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2008.04.24(Thu)

【人権尊重】かくて殺人者は野に放たれる【責任放棄】 

  インターネット上のブログや掲示板を見ていると、●光市母子殺人事件の被告人や弁護人に対してすさまじい非難が浴びせられています。その論調に必ずしも賛成ではありませんが、何の罪もない親子を殺したというだけで、被告人が悪逆非道だということは間違いありません。
  しかし、日本ではこの「少年」などよりもっと手厚く守られている人間がいます。「精神に障がいのある人たち」がそうです。

岡山駅突き落とし事件、家裁送致少年に「発達障害」の診断
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080424-OYT1T00134.htm
--------以下引用--------
 岡山市のJR岡山駅ホームで3月、岡山県職員・假谷(かりや)国明さん(38)が突き落とされ電車にはねられ死亡した事件で、殺人などの非行事実で家裁送致された大阪府大東市の少年(18)が、捜査段階の簡易精神鑑定で「対人関係の構築が困難な発達障害」と診断されていたことがわかった。

 大阪家裁が選任した付添人弁護士が23日、明らかにした。付添人弁護士は少年審判で正式な精神鑑定を求める方針。少年は今月15日、岡山家裁に送致された後、居住地を管轄する大阪家裁に移送された。
--------引用以上--------

>対人関係の構築が困難な発達障害

  こういうフレーズが挟み込まれたことで、もうだいたい結論は見えたようなものです。この「少年」とやらは、刑事罰を受けることはないということです。

  具体的に述べます。被疑者が18才なので、まず身柄は家庭裁判所に送られます。上の記事は、その段階です。家庭環境だとか本人の性格だとか、その辺をいろいろ探りながら様子を見ます。少年には可塑性(まだ人間としてやり直せる可能性)があると考えられているので、このような手続きになるのです。
  その審判の過程で、もうこれは犯罪として扱うべきだと考えれば、検察官送致になります。ここから先は、成人の犯罪と同じです。あとは検察官が起訴し、公判で犯罪を立証するということになるわけです。
  上のような過程で、この突き落とし殺人の容疑者が刑罰を受けることがなくなるケースはいくつかあります。
  まず、「少年院送致」「保護観察処分」になるケースです。つまり、検察官送致がされず、あくまで少年法の枠内で処理するわけです。この場合は犯罪の処罰というより、少年の更生に主眼が移ります。もちろん、前科も付きません。
  他には、「不起訴処分」になる場合や、「責任無能力で無罪」という場合が考えられます。前者は、検察官が有罪にするのは無理だと思ったり、情状酌量の余地があると考えたりして起訴を見送ることです。後者は、物事の善悪を見極められない状態でした行為には責任を問えないという考えに基づいており、その根拠になるのは刑法39条です(●以前の記事を参照)。
  今回の事件は少年+精神上の障害という、最強のコンビなので、こういう風に法律でやさしくやさしーく扱われることになるわけです。

  そうなると、当然疑問に思う人もいるでしょう。

  「この犯人がまた同じような犯罪をしたら、誰が責任を取るのだ?」

  「そういう犯罪を防ぐ手段を講じているのか?」


  ということです。我が国も法治国家なので、いちおうそういうことは考慮しています。

  まず、検察官に送致されたものの、心神喪失で不起訴や無罪になった人間を扱うために、●「心神喪失者等医療観察法」(略称、医療観察法)というコースが設けられています。それによると、

●地方裁判所で裁判かと精神科医が相談して入院通院を決定する
●審判には必ず弁護士が付き添う
●受け入れ先になるのは、24カ所の「指定医療機関」である
●社会復帰を促すために、保護観察所も関与する


  ということで、そのまま世の中に「放流」したりしないようにはしているわけです。しかし、それでも「社会復帰を促す」という姿勢であることは変わりがありません。
  しかも、危ない人間を処置する「指定医療機関」は、全然数が足りていません。●こちらのPDFをご覧頂ければわかりますが、当初目標は24カ所、約700床を確保する予定だったのですが、平成19年の7月現在、確保できた(=建設準備まで進んだ)ものは18件、実際に稼働しているものは10件です。
  さらに、その後対象者が通院することになる「指定通院期間」は257カ所で、厚生労働省が必要だとする382カ所に遠く及びません。
  そういうことで、厚生労働省は、既存の病院をちょっと改装したり、都道府県立の病院にとにかく受け入れを迫ったりと、数を確保しようと躍起になっています。問題のある人間を処遇するには全然数が足りていないのです。
  これでは、「入院即退院」となって、犯罪を犯す危険の高い人びとを簡単に解き放ってしまうことになるのは目に見えています。

  では、検察官送致まで至らなかった場合はどうでしょう。
  この場合は、「医療少年院」に送られる可能性が高いです。この機関の名前、何かのニュースで聞いたことがある人も多いはずです。
  はい、そうです。「神戸連続児童殺傷事件」の犯人である少年が収容されていたところです。あれって結局どうなったの、という人もいると思うので、以下のリンクを参照してみましょう。

”酒鬼薔薇聖斗”が退院する!
http://kodansha.cplaza.ne.jp/broadcast/special/2003_05_21/index.html
--------以下引用--------
  神戸少年鑑別所に収容された当初、少年Aは、「僕はもう、前と違う人間になっているから」と逮捕後と同じく、両親との面会を拒み続けていた。「生まれて来なければよかった。このまま静かな所で一人で死にたい」とも主張していた。面会に来た父親が「誰が何と言おうと、お父さんとお母さんとの子どもやから、家族5人で頑張って行こうな」と声をかけると、少年Aは「帰れ、ブタ野郎」「会わないと言ったのに、何で来やがったんや!」と怒鳴り出したという。少年Aは両親を睨みつけながら涙をボロボロこぼして泣くなど、人の話に耳を傾けることができる状態ではなかった。施設側は当然のことながら自殺防止のため独房で24時間監視態勢をとった。

  しかし後日、「こないだは、あんなこと言うてゴメン。悪かった」と泣きながら、両親に素直に謝っている。その後、「命についての話」になり、少年Aは「人間に限らず生き物はいつかは皆、死ぬんや。人の命かて蟻やゴキブリの命と同じや」とも述べている。しかし、医官や教官ら職員数人が「包み込むように」接するうちに、「お父さん」「お母さん」「お兄ちゃん」などの気持ちを持つようになり、「社会で温かい人間に囲まれて生きたい」と口にするまでになったという。
  この変化は徐々に現れてきた。たとえば、医療少年院では心の投影をみる箱庭療法という心理療法が行われている。砂、玩具、人、植物、乗り物、建築物などのミニチュアを箱に配して被験者に示し、その中で自由に作品を作らせるものだ。入院当初は、人と人との関わりが全く出てこない作品を作って職員を驚かせていたが、徐々に人間との関わりを投影する作品が出てきた。
 
  2001年11月から2002年11月には中等少年院である東北少年院で矯正教育を受けている。中等少年院は犯罪傾向の進度が軽く、心身に著しい故障がない、だいたい16~20歳の少年を矯正教育する少年院だ。少年Aは技能取得を柱とした社会復帰のための訓練をこなし、溶接工の免許を取得している。そこでは他の収容者約20人と寮生活を体験していた。嫌がらせを受けることもあったが、人間関係の構築もある程度はできたようだ。人と向かい合うとぎこちなくなる傾向はあるが、自分から親しみをもって話しかけるといった努力も重ねてきたという。(中略)

  少年Aを知る関係者からは「もう少年院でのカリキュラムはやりつくした。また5年やっても同じだ」という声も聞こえる。
  しかし、実は昨年の7月12日、神戸家裁は東北少年院に収容されている少年Aについて「不安の種は尽きず矯正と仮退院の生活環境調整のため、継続が相当」として2004年末まで約2年半の収容継続を決定しているのだ。当初の社会復帰プログラムより1年半の延長となった。
  「当初の更生プログラムは今年の4月までの予定でした。彼は少年法の適用を受けますから、少年院には20歳までということになっています。20歳を超える前に、家裁の審判を受ければ23歳まで延長ができます。ただ23歳になって出すとなると、保護観察はつきません。だからアフターケアをしっかりする意味で、一度延長しておいて、早めに仮退院させるのでしょう。そうすれば、保護観察をつけながら社会復帰を図れますからね。満期退院の23歳までの期間であれば少年院に戻ることもありえますが、23歳を超したらありえません。もう一度審判をして26歳まで収容するということも理論的にはありえますが、もし治療を受けさせることだけが目的ならば、措置入院とか任意入院とかの行政上の手続きの問題になるんじゃないかなと思います」(法曹関係者)
--------引用以上--------

  この少年Aという人物がもし外の世界で何かやったら、それこそ少年法の仕組みが全て崩壊してしまうという危機感が、当局にもあったのでしょう。かなり慎重に、手厚く更正させるための努力が行われているようです。

  問題なのは、このように「加害者」の方はきちんと保護されている一方で、彼らの餌食になった被害者には公的な保護がほとんど与えられていないことです。
  「犯罪被害者救済制度」があるじゃないか(●こちらを参照)という人もいるかもしれませんが、こんなのは保護のうちに入りません。対象が「故意の犯罪」に限られていて、しかも被害者に不注意があった場合など除外事例が多くなっています。おそらく今回の突き落とし殺人も、不注意があったという判断が下される可能性があります。
  しかも、金額は多くて1800万円、加害者側から損害賠償を受けた場合はその分を減額されます。これでは、話になりません。これから何十年と働ける一家の大黒柱を失った分を穴埋めし、深刻な精神的打撃を回復するためには全く足りません。
  年間で犯罪被害者に給付されている金額が11億円ほどで、一方で医療少年院のような手厚い手厚い処遇も含めて、加害者のために何千億円とかかっている。このアンバランスはどう考えても異常です。
  よく「右翼」や「保守」を自称する人びとが、日本で人権があるのは犯罪者だけだ、という極論を述べていますが、そこまで行かないにしろ、明らかに扱いに差があるということは言えるでしょう。

  以前、私はこういう事件の場合、とにかく「おかしな奴は隔離しろ」と言ってきましたが、それは現実を無視した空論だということに気づきました。
  起こってしまったことは仕方がないにしろ、その後の始末をどうするか。政治に求められているのは、そういう処理を、多くの人が納得のいく形で行うことだと思うのです。
  しかし、今の刑事行政を見ていると、何か理念だとかコンセプトばかりが先行していて、内実がそれに付いてきていないことがしばしば見受けられます。現場で働いている職員の人たちは、さぞかし大変なのではないかと思います。
  犯罪について、「人権をまもろう」「いや厳罰だ」という水掛け論などいくらしていても解決はしません。犯罪者はご神体でも、生け贄の羊でもないのです。
  光市の事件でウンザリしたのは、そういう議論ばかりで、今後こういう犯罪が起きた時どうするか、起こらないようにするためにはどうするか、という話が全く出てこないところです。なぜそうなるのかというのは分かります。自分に関係のないことを無責任に話している方が気楽だからです。死刑にしろだの、弁護団はアホだの、犯行時に少年だったんだから人権を守れだの、どうでもいいことばかり言っている人が多すぎます。

  少なくとも、犯罪被害者給付金の金額を引き上げるべきでしょう。また、犯罪被害専門のカウンセリングを都道府県単位で必ず受けられるようにしてもいいかもしれません。
  それ以上に、こういう犯罪が起こらないように、発達障害を含む対人コミュニケーション不全の人間の対人関係を改善するための機関として「社会化能力センター」というものを作ったらどうかと思います。人間というのは「人の間」にいるという意味なのですから、社会の中で適切に振る舞う能力がなければ、強い疎外感を味わうことになるでしょう。そういうものが、犯罪を助長しているのです。ひどい犯罪をやった人間に限って「おとなしくて目立たない人だった」ということがありますが、それは要するに周囲の人間と関わっていないからです。
  そういう能力を訓練する場だった共同体や家庭というものが破壊されている、もしくは十分に機能していないとなれば、国なり自治体なりでコミュニケーション能力をつけさせるべきなのです。コミュニケーション能力の確保を、憲法25条の「生存権」の一種だと考えたり、「教育を受ける権利」(26条)の対象だと考えたりすれば、立法は十分可能でしょう。
  青少年に有害な情報をインターネットから取り払えなどと議論している(●こちらのブログを参照)暇があったら、そういうことをもっと真剣に考えろと言いたいです。人間は過激な性表現や残酷な映像に触れても簡単に犯罪は犯しませんが、社会から阻害されれば簡単に犯罪を犯すのですから・・・。

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Comment

●私が死刑廃止か存続かはともかく

この問題を巡る議論で一番不愉快に感じるのは

>自分に関係のないことを無責任に話している方が気楽だから

というこの部分。いえ、それどころか、死刑にしろと叫んでいる連中は快感を感じているとすら思ってます。遺族の感情を盾にして。

この事件は発生当時から、というよりも、発生直後の本村氏の記者会見から議論が絶えませんでしたが、私はその当時から本村氏の過激発言を支持する人間がたまらなく嫌でした。Yahooの掲示板でだったかと思いますが、彼の過激発言を扇情的に取り上げたマスコミを批判した上で、そうしたことは公にせずに遺族にはカウンセリングを受けさせろ、と主張したのですが、遺族を精神病患者扱いにするのかと、反論を食らい...、まあ、端的に言うと、面白くなかったんでしょうね。私の主張は。

被害者遺族への救済が進まないのは、「面白くない」ということが大きな理由であるような気がします。それともうひとつは、組織の力学。加害者をケアする組織は法務省(ですよね?)という官庁が後ろ盾にあって、そこが省益のためにも予算を獲得するんでしょうが、社会の中に転々と散らばる被害者たちへの救済は組織化しにくい。最近でこそ被害者救済の声が大きくなってきましたが、それでも事態があまり良くならないのは、組織化できない、もっと言ってしまえばそこに利権が発生しないからだろうと思っています。
愚樵 | 2008年04月24日(木) 21:54 | URL | コメント編集

被害者が「被害」にあっているのにケアがなされていないのは、前々から言われていますが、具体的な話は聞いたことが無いですね、厳罰化するかどうか程度ですね。
人権派は被害者が被害にあってる事に目を向けていませんし、木村氏を応援してる人は彼が何を言ったかくらいで、その後の話は確かにありません。
結局、被害者が一番ツラいんですよね、それがわかって無い。

精神障害者の犯罪も被害者が置いてけぼりで、ニュースにすらなりませんし…
む~ | 2008年04月25日(金) 12:52 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>愚樵さん

>被害者遺族への救済が進まないのは、「面白くない」ということが大きな理由
>であるような気がします。それともうひとつは、組織の力学。

  どちらも当たっていると思いますね。

  しかし、ニッチな支持層にはなりうるわけで、小さい政党はそのへんを取り込んでいけばいいのになぁと思っています。共産党はイデオロギーがあって無理でしょうから、国民新党なんかには向いていると思うんですが。

>>む~さん

>人権派は被害者が被害にあってる事に目を向けていませんし、
>木村氏を応援してる人は彼が何を言ったかくらいで、
>その後の話は確かにありません。

  結局、イデオロギー馬鹿がストレス解消するために例の事件を用いていただけなのです。
  マスコミは、そういうストレス解消に油を注ぐのが好きですね。彼らは右にも左にも結構平等に餌を投げています。それが分からずに、手当たり次第にとびついているお馬鹿がたくさんいます。
  なんか、時事問題やら外交やらを論じているのは、「てっとりばやく自分が一般大衆より優越感を得られる」とか「良心の呵責無く攻撃できる相手がいる」とか、そういうどうしようもなくレベルの低い動機に基づいている人が多いような気がします。
  ネタが国会やら法律がらみというだけで、ワイドショーを見て一喜一憂している人たちと大差はありません。むしろ、ワイドショーの方が、国会議員や行政担当者に変な影響が及ばないだけマシです。
  別にみんながみんなカシコイ人間でなくてはならないなどとは思っていませんが、政治やら社会問題を論じるなら、それなりに物事を考えてほしいものです。
ろろ | 2008年04月27日(日) 23:06 | URL | コメント編集

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