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2008.03.23(Sun)

「循環を早める」ということ 

  たいしたことではないのですが、気づいたので書いておきます。「経済とグローバリゼーション」の項目に入っている意味は、読んでいただくうちに分かると思います。

  最近、東京の中央線沿線から、近郊の埼玉県某市に転居しました。
  東京にお住まいでない方のために簡単に説明すると、中央線沿線は東京・新宿といったターミナル駅や、高円寺や吉祥寺のような人気がある町があるため、他よりも家賃が高めです。以前は駅から15分もある20㎡に満たない部屋なのに、バストイレが一緒なのに7万円取られていました。
  どうせなら住環境がよく、家賃も安いところがいいと思い、現在の場所にしたのですが、部屋が一つ増えて風呂とトイレが別になったにもかかわらず家賃は7千円下がりました。まあ、郊外なのに駐車場付きでないとか、周りにコンビニエンスストアがないというのもあるのでしょうが、私にとっては好都合でした。
  
  さて、いざ引越をしてみると、ほとんど読んでいない本(古本屋に売却)ベッド(寝室が和室なので不要)やクローゼット(15年くらい使っていて半分壊れていた)を処分したので、部屋がスカスカになってしまいました。来客用に布団を2セット買っても、まだ収納が余っているくらいです。まあ、本来2人入れる場所なのですから、それも当然といえば当然なのですが・・・。
  居住空間に隙間があるというのは、今までほとんどワンルームにしか住んだことがない私にとってはどうも違和感がありました。一応二間のアパートにも住んだことがあるのですが、隣から毎朝聞こえてくる「なんみょーほーれんげーきょー」というお題目(笑)や、移ってから立て続けに体調を崩してしまったことに嫌なものを感じ、すぐに引っ越してしまっていたので、感覚はほとんど覚えていません。

  しかし、物をあまり置かないことで、劇的に変わったことがありました。それは、毎日掃除をするようになったということです。

  恥ずかしいことに、以前住んでいた場所では、掃除は2週間にいっぺんやればいい方で、ひどい時は3ヶ月くらいほっぽらかしにしていました。それというのも、私の性格がグータラなのだと思っていました。
  しかし、本当は違ったのです。単に、物がたくさん置いてあるから掃除する気にならなかったのです。
  物が置いてあると、ホコリや小さなゴミが目立たなくなってしまうばかりか、いざ掃除しようとなると、それを全て別の場所にしまわないといけません。それどころか、本や雑誌は明らかに本棚の許容量を超える数だったので、床に何冊か散らかしておかないと行き場がありません。これでは、掃除をやる前に、散らかった物の始末で精神的に疲れてしまいます。
  それに、掃除機をすぐに取り出せるところに置いておかなかったのも、掃除が億劫になる原因でした。以前はベッドの下に置いてあったのですが、それを屈んで取り出して、コンセントに入れるというのがもう面倒くさいのです。「そんなの少しやる気を出せばいいじゃないか」と言う人もいるでしょうが、私はそういう性格だから仕方がありません。
  そこで、今の家では、部屋の入口近くのコンセントに掃除機をつなぎっぱなしにして、ホースまで立てて置いておくことにしました。こうすると、起きて布団をしまってすぐに掃除機に手が届きます。
  改めて分かったことですが、掃除の秘訣、汚れをコントロールするためのコツは、少しでも汚れていたらきれいにしておくことに尽きるということです。

  部屋に隙間が増えてもうひとつ改善したのは、洗濯をする間隔が短くなったということです。
  以前は洗濯をしても、洗ったものを干すのが面倒で仕方がありませんでした。特に、干し物をハンガーにかける作業です。
  その面倒だった原因を考えてみると、要するに干す作業をするスペースが狭かったのです。狭いと、干し物をいっぺんに広げられないので、作業がどんどん遅くなるのです。
  そこで、今の家では、寝室(本棚と小さい棚以外はガラガラ)に干し物をぶちまけて、スペースをめいっぱい使ってハンガーにかける作業をやることにしました。そうなると、早い早い。幅の広い道路だと車のスピードが上がるのと同じです。
  以前は洗濯物が貯まりすぎて洗濯機の中からはみ出しているのが常でしたが、引っ越してきてからはそれがなくなりました。

  同じように、仕事に着ていくワイシャツも、貯めておかず、時間があればすぐにクリーニング屋に持って行くようになりました。以前は、でかいトートバッグに10枚とか、ひどい時は20枚近く詰めて行ったものですが、今は2~3枚です。なんでも、ワイシャツの襟や袖の汚れは、時間をおくと落ちにくくなる(汚れの水分が蒸発して濃くなるから)というので、ワイシャツが着られなくなってしまうともったいないと思ったのです。
  
  このように、洗濯物をまめに片付けるようになって、気づいたことがありました。どうも、自分はワイシャツや下着をたくさん持ちすぎているのではないかということです。たくさん持っているのは、洗濯物を貯めてしまってたからです。予備がたくさんあれば、少しぐらい(相当)洗濯をしなくても着ていくものがないという事態は避けられるからです。それに、色やデザインの関係で、頻繁に着る衣類とそうでないいるというのはだいたい決まってくるわけで、結局ほとんど着ないシャツが半分近く出てきてしまいます。「本当は着たくないけど、洗い替えがないからこれにしよう」という感じで消費することになるわけです。
  しかし、「予備」をたくさん抱えると、無駄にしまう場所がかかってしまいます。結局それが物の置き場を狭くして、部屋を散らかすことになったのではないかと、ここに来てようやく気づきました。
  逆に言えば、洗濯するサイクルを早くすれば、手持ちの衣類が少なくても何とかなるのです。

  よく考えてみると、これは、先に挙げた掃除も同じなのです。

  「循環を早くするとうまく行く」

  これは、世の中のあらゆる場面で妥当することなのではないでしょうか。

  食べもので考えてみると分かりやすいです。今の食品産業は、付加価値の大きいものをのぞけば、大量に作り、大量にさばくことで初めてもうけがでるようになっています。
  しかし、いつもいつも作った分だけ売れるとは限りません(過剰在庫の存在)。過剰在庫というのは、私が持っている20枚以上の長袖のワイシャツ(笑)と同じで、循環から外れてしまっているものです。
  これが生鮮食料品だったら、傷んだものを捨てることになります。大変もったいない話です。お金も無駄になります。
  そこで、加工品にして、保存期間を長くする工夫がされるわけです。缶詰というのが一般的でしたが、最近は「保存料」という添加物で、歩留まりの期間を長くするという方法が採られています。特にアメリカでよく見られるのですが、穀物は相場を見計らって出荷することが多いので、倉庫で長期間保存できるように収穫した後も農薬や殺虫剤を使っています(ポストハーベスト農薬)。
  あるいは、冷凍食品という形で長期間の保存を可能にして、なんでも中国で加工するというのもあります。毒餃子事件は、そういう中で出てきた現象です。そもそも水や土が汚染されている国で、コストの低下だけを狙って作っているからああいうことが起きるのです。

  こんな方法が、人間の身体に悪影響を及ぼさないわけがありません。

  そもそも、人体に害を及ぼすような保存料を使わなくてはいけないほど、遠くに食べ物を運ぶという発想が間違っているのです。食べ物は、消費される場所の近くで作るべきです。
  要するに、生産から消費までのサイクルを小さくすることです。そうすれば、保存料もポストハーベスト農薬も必要ありません。小麦は国産を使うことになるので、ラーメンやうどんは少々高級な食べ物になってしまったり、材料に時のものが少ない外食を食べる機会が減ったりするかもしれませんが、安全だということは間違いありません。

  「米中ダブル崩壊」の特集が終わったら書いてみたいのですが、「循環を早める」ために、こういう実験をしてみるのはどうでしょうか。

  地方の小さい町(郡単位でもいい)で、農協と郵便局と小規模な商店が協定を結んで、ポイントカードみたいなものを作るのです。ここに、協定を結んだ企業体で使える「地域限定ポイント」を入れて、現金同様に使えるようにするのです。もちろん、このポイントは現金で買うことも出来ます。
  協定を結んだ企業は、従業員の給料の一部をポイントで払うようにするのです。そうすれば、ポイントだけで野菜やお米や薪(燃料にする)を買うことが出来たり、ゆうパックを送ることができたりするようになります。
  軌道に乗り始めたら、このポイント協定に町役場などの公的機関が参加するのです。人件費の一部をポイントで支払うことにすれば、財政改善に役立つでしょう。何でもかんでも切り詰めろと叫んでいる馬鹿なカイカク真理教信者も、ポイントの「バラマキ」ならぐうの音も出ないはずです。
  このポイントは、経済の循環を早めるために半年経ったら消えることにします。クレジットカード(たとえばVISAカード)のプレゼント用ポイントは、明細に毎月「今月失効するポイントは○○」という表示がしてあるほどですから、システム的にはそれほど難しいものではありません。

  おわかりでしょうか。これが、以前からこのブログでも訴えている「地域通貨」「自然主義経済」というやつなのです。

  カネにしろ食べものにしろ洗濯物にしろ、循環を早くすることで手持ちが少なくても豊かな生活を送れるようになるはずです。昔から「カネは天下の回りもの」といいますが、実は、全てが天下の回りものなのだと思います。

  たくさん持っているということは、それだけで病的だということに、もっと多くの人が気づいてほしいものです。

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Comment

●TBありがとうございます。

財の特性や借り入れについて
http://sun.ap.teacup.com/souun/913.html
早雲 | 2008年03月23日(日) 18:34 | URL | コメント編集

●>>早雲さん

  こちらこそありがとうございます。TBされた記事は、産業社会の終焉以後の未来に希望が湧いてくる内容だと思っています。
ろろ | 2008年03月23日(日) 19:54 | URL | コメント編集

皆さんの経済論を読んで考えていて
国債なんかは、減税→消費の増加→経済動きの活発化→通貨不足→通貨発行→納税額増、の様な感じで減らして行き、また呼び水として国債を発行という循環をという感じでしょうか。

江戸時代の循環社会は、今より巧みに出来てる様にも感じます。
む~ | 2008年03月23日(日) 20:22 | URL | コメント編集

●>>む~さん

  国債の償還サイクルなんかについては、自分もあまり勉強していないので分かりません。

  ただ、私が常に念頭に置いているのは、「基本は自分のところで回し、余った分を外部に売る」というのが、一番安全だという考えです。
  輸出に特化した経済が危ないというのはすぐにわかると思うのですが、田舎の人間が都会の人間に商品を売ってカネを稼ぐという構図も、結局は同じなのです。日本円という「外貨獲得」に全てを費やしてしまい、都会での需要に生存まで左右されてしまうからです。
  そういう構造自体を徐々に変化させないと、結局どんな仕組みをとっても、たくさん金を持っているロスチャイルドだかロックフェラーだかヒルズ族だか経団連だか、何でもいいんですが、そういう連中に支配されてしまうのです。
  リンクしている「減価する通貨が導く近代超克への道」や「経済の民主化へ向けて」や平和党のブログなどをご覧頂くとその辺の雰囲気がつかめます。

  また、シリーズものの第3弾でアメリカを例に取った金融資本主義について紹介しますので、そちらも併せてご覧下さい。
ろろ | 2008年03月23日(日) 20:47 | URL | コメント編集

●ブルブル、ガクガク

読んでいて、自分の考えていたことに極めて近い(勿論完全一致ではない、私はろろさんではないから)ことに、自分のカラダがこう反応したというのがタイトルです。

今から3~5年ほど前、「カネを循環させずに貯めこんでいる奴がけしからん」と世間一般で言われていた時期がありました。

この時、(信じていただけないかもしれないが)私が考えたのが、99年に一部実施となった「地域振興券」です。

ただし、これを発案したコーメー党(=ソウカガッカイ)の運用のしかたは誠に下劣であったため、景気刺激には程遠かったのを思い出します。

では、どうするか。

>このポイント協定に町役場などの公的機関が参加するのです。人件費の一部をポイントで支払うことにすれば、財政改善に役立つでしょう。

これです。

私が当時考えていたのは、公務員が昇進に応じて、ここでいうポイント(私の場合は「改訂版地域振興券」=目減り予定通貨。このコメントではろろさんに従いポイントとします)の比率をどんどん高くしていくということです。採用から末端のヒラといえる時期は月々の給与は全て現金、いわゆるボーナスの1割程度からポイントによる支払いとするのです。当然、

>このポイントは、経済の循環を早めるために半年経ったら消えることにします。

ま、当時の私の場合は、半年後から徐々に減価し、支給から1年経ったら完全にゼロになるという、ろろさんよりはゆるやかな設定でしたが、減価という点では一致しています。

この比率は昇進に従ってどんどん引き上げる。課長級で管理職手当てをもらえる身分ならば、基本年収の1/3程度、手当及び手当加算分の全額をポイント支払いにするのです。

極めつけはいわゆる「天下り官僚」。もう100%ポイントでいいでしょう。ただ、大きな買い物をローンでする場合の支払いの充当とか、リスクつき金融商品(株など)の購入にもポイントは使えるようにするというのが当時の私の考えで、ここらへんはろろさんとかなり違うかもです。が、「貯蓄は許さない」というのは通底すると思います。

で、このたびろろさんのエントリーで、もうひとグループ「ポイント払い」とすべき人々が存在すると気がつきました。それは、

年金生活者(特に老齢年金生活者)です。

このような高齢者に対し、一時期言われていたのが、「貯金を下ろさなければならないはともかく、貯金ができなくなるとは聞いてあきれる」というものです。

彼らの資産というものは、現役時代か、遅くとも定年退職のときの退職金までで形成されているはず。年金などというもので資産形成はないだろう、というのが私の気持ちです。もちろん、地震などの天変地異で住まいを失ったりした場合の補償措置がお寒い環境である現状の改善は必要ですが、それについてはきちんと対策をとることにして、年金というキャッシュフローは基本的には全額消費に回すべきと考えます。

>たくさん持っているということは、それだけで病的

強烈に耳が痛いですね。私も「以前の」ろろさんと現状全く同じですから。ですが、私の父もそうで、なんでもかんでも溜め込みます。販社が送りつけてくる通販カタログまで「すぐには捨てるな」という人で、もうこういうガラクタが溜まる溜まる。最近認知症が進んでホームに預けざるを得なくなりましたが、まだ私が実家に居住できる状態ではないので、これらガラクタをどうするか(当然勝手に捨てれば不法投棄になってしまう)首をかしげているところです。
のらくろ | 2008年03月23日(日) 22:30 | URL | コメント編集

●>>のらくろさん

>極めつけはいわゆる「天下り官僚」。もう100%ポイントでいいでしょう。

  なるほど、そういう考えがありましたね。
 
  後で言及されている「年金生活者」など、まさしくポイント生活を送るべき人たちです。いっそのこと、社会福祉は地域限定ポイントでやってしまえばいいんです。そうすれば、本当の意味での地域の絆がよみがえります。
  福祉に使うお金と、株や土地を買うお金が同じだから、みんな福祉に使おうとしないのですよね。

>大きな買い物をローンでする場合の支払いの充当とか、リスクつき金融商品
>(株など)の購入にもポイントは使えるようにするというのが当時の
>私の考えで、ここらへんはろろさんとかなり違うかもです。

  私が「全国共通」を想定していないのは、既存の日本円と互角に張り合おうとすると、間違いなくグローバリスト(特に日銀)に潰されるからです。地域限定でなければダメな理由です。

ろろ | 2008年03月25日(火) 01:32 | URL | コメント編集

ろろさま、お返事ありがとうございます。

リンク先はまだ読んでませんが、ろろさまの仰ることはわかります。
柏崎の地震の時なんか顕著でしたね、観光などに頼っていたので大変だったようですし、この際に根本から考えれば良かったのですが、そうはなりませんでした、固定観念を捨てるのは大変です。
地元も他人事じゃないんですけどね、思いっきり観光都市を目指してます、それ以外も同時にやれば問題ないんですが…
一応、現市長は国民新党的な政策の様ですが…
む~ | 2008年03月25日(火) 12:53 | URL | コメント編集

●TBです

環境問題を見る視点:地球に生命が存在するための必要条件
http://sun.ap.teacup.com/souun/1540.html
早雲 | 2008年03月25日(火) 22:14 | URL | コメント編集

●>>早雲さん

  「循環」というキーワードに、これほど沿った記事はありませんね(笑)。

  記事を読んで、この星に今自分が生きていることの奇跡を感じました。
ろろ | 2008年03月26日(水) 00:36 | URL | コメント編集

●循環->定常性維持->開かれた地域共同体

経済とは人間の生存維持活動そのものです。
経済活動も最終的には地球の定常性維持のサイクル内でしか存続できません。
早雲 | 2008年03月26日(水) 15:37 | URL | コメント編集

●>>早雲さん

その通りだと思います。その点でいえば、我々の「経済活動」への認識・理解は、江戸時代の人々にはるかに劣ります。

近代の権化である金融資本は、「かぐや」から送られた地球の姿を見ても、箱庭のようにしか感じないのでしょうか。悲しいことです。
ろろ | 2008年03月26日(水) 16:29 | URL | コメント編集

●「供給->需要」から「需要->供給」へ

近代経済に通底する「供給->需要」の原理からは資源の浪費が止むことは有りません。
「需要->供給」への転換が出来れば無駄なものの山の中で暮らす人も少なくなるでしょう。
「産業資本主義の終焉」をきっかけに「地球生態系の終焉」を止めることが出来るかもしれないと思っています。
早雲 | 2008年03月26日(水) 23:12 | URL | コメント編集

●いつも長くてすみません

トラックバックとブログの紹介ありがとうございます。

ろろさんの記事は最近一段と深みと味わいが増してますね。

色々コメントしたいことや自分のブログにも書きたいことがあるのですが、ちょっと仕事が忙しく時間が取れません。とりあえずコメントのみで。

地域にもよると思いますが、やはり民間よりも町役場のような自治体と農協あたりがまず音頭をとって、職員の給料等に地域ポイントを付加する形で導入するのが受け入れやすいと考えています。問題はまだ地方職員の多くは「中央依存」から抜け出していないことです。前にも述べたかもしれませんが、やはりここはどうしても、関係者に危機感が醸成され、共有されなければならないと思っています。放置しておいても、いずれ状況はそうなっていくと思いますが、「その時」に向けた物心双方の準備が必要なのだと思っています。

また、地方経済の立て直しと産業の復興に平行して、都会で生活の苦しいネットカフェ難民、派遣労働者、地方へのIターン希望者、ロハス指向の定年退職者等を労働力として吸収することも重要なポイントになると考えています。自治体と民間が共同で「エコ人材派遣会社」を設立して、そのような人々を地方職員と同様に日本円+地域ポイントで雇用することを考えています。

あとは農地や山林、畜産・建築業に係るインフラを持つ個人オーナーや企業とタイアップすること、マイクロ水力発電所の設置およびバイオマス(メタン・薪炭)を利用したコジェネレーションシステム等の技術導入と建設を行えば、なんとか基礎部分はできると思っています。バイオマスの原料として使える古紙・稲わら・生ゴミ・畜産廃棄物も地域ポイントで有価買取します。

年金・保険等については減価する通貨の性格上、蓄財ができませんので、たくさん働ける人(若い人や管理職)はたくさん地域ポイントをもらうわけですが、財やサービスの購入で使用仕切れない分を自治組織運営の「エコファンド」に投資します。エコ投資ファンドでは、投資された地域ポイントを使って、年金や介護が必要な人にポイントを給付したり、医療施設・介護施設の運営費に回したりします。投資者はその投資内容(年金投資・医療投資など)と額に応じて、将来年金を受け取ったり、医療施設や介護施設で×年間無料で診てもらうことができる「権利書(債権)」を受け取ります。

エコ投資ファンドは軌道に乗れば事業を拡大させて、海藻エタノール製造所設営への投資とか、エコカー作成への投資とか、住宅建設のための投資とかそういう投資事業を扱うようになります。もちろん投資して実際に生産物ができた場合は、それを債権で受け取ります。つまりエコファンドにおける投資は、大きな買い物をするための「先払いローン」であり、また多少失敗リスクはあるけど、希求される商品群や地域インフラ開発のための投資となるわけです。

こうなってくると大分未来は明るいですよね。以上の概念は一応全て以下の記事で書いた概念図に包括することができます。
http://blog.goo.ne.jp/banabuna/e/fa76fe260b42462bee53973113151764

で、ここから少し視点を変えて・・・
上記システムは別に自治体が運営しなくても良いわけです。完全に民間の私企業がやっても良い。ただ、地方自治体という「企業体」の場合、地域共同体の「ニーズ」に基づいて、食料・生活必需品や社会インフラを作るのを優先させているだけなのです。では、それ以上の贅沢品とか、高機能なハイテク用品とか、娯楽とか、そういうのはどうなるのか。それはやはり民間の企業が提供することになるのだと思います。そしてそうした企業体というのは「技能に特化した共同体」と見なすことができるはずです。江戸時代の職人集団とか芸能集団みたいなものですね。こうした企業は彼らが生み出す特殊な財やサービスを担保にやはり通貨ポイント(減価機能や期限付き)を発行することができるでしょう。さらにウェブ上でこうした地域ポイントや企業ポイントをやり取りするためのマルチ兌換システム(商品券の交換所みたいなもの)を作れば、相当便利になるはずです。

以上のような共同体・企業体がアントニオ・ネグリらが概念として提唱し、結局それを具体的に説明できなかった「マルチチュード」に相当するはずです。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%DE%A5%EB%A5%C1%A5%C1%A5%E5%A1%BC%A5%C9

環太平洋連合が、こうしたマルチチュード(多様性のある共同体)に支えられた民主的な統治機構となれば良いのですが・・・
花ブナ(banabuna) | 2008年03月26日(水) 23:48 | URL | コメント編集

●追加

>地域ポイントや企業ポイントをやり取りするためのマルチ兌換システム

今気がついたのですが、この辺りは「日本人が知らない恐るべき真実」の第5章「コンスタンツ(財担保通貨」の考え方が非常に参考になると思いました。

http://www.anti-rothschild.net/truth/part1/05/part1_52.html
http://www.anti-rothschild.net/truth/part1/05/part1_55.html

この第5章が、反ロスチャ・あべ氏の言論の中で最も評価すべき部分だと思います。

同じようなことをはっきりと示しているのは「経済の民主化に向けて」の廣田氏が著した「地域通貨入門―持続可能な社会を目指して」だけであり、この二名が日本の他の地域通貨研究者とは、一線を画す特徴だと思います。

彼らは明らかに『見えている』のだと思います。ただ、それだけに辛いこともあるような気もします(とくにあべ氏には)。

自然主義経済は、これらの包括的な実践を目指すものですが、実際には、シンプルかつ重要なところから、少し気楽に始める必要がある、と感じています。
花ブナ(banabuna) | 2008年03月30日(日) 20:02 | URL | コメント編集

●>>花ブナさん

  ポイントになるのは、おそらくエネルギーと一次産品をどうするかというところだけだと思います。
  鉄鉱石や石炭のような鉱物資源は売り続けないとデフレになりますから、戦前のような日本包囲網でもしかれない限り売ってくれる相手はいるはずですし、なくてもなんとかなるといえばなります。しかし、燃料・肥料・化学薬品あたりはどうにもなりません。
  ナフサに似たものをバイオマスから取り出せればその辺は安心できそうです。そうでなくても、肥料は有機肥料、燃料は薪や木炭も生かすべきでしょうね。燃えるゴミでタービンを回して電気を取る(サーマルリサイクル)も使わなくてはいけません。
  電気は貯めておけないのが難点ですが、余分な電気で水を分解して作った水素は、有機ハイドライドを使って貯蔵が出来ます。これを燃料電池の電源にしましょう。燃料電池は発電と同時にお湯を沸かしたり暖房をしたりできるので、冷涼な利根川から北はどんどん家庭用電源として配置すべきです。
  レアメタルのリチウムと肥料になるリン酸は、海洋温度差発電の副産物として出てきます。海洋深層水を表層に持ってくれば富栄養になり、海洋牧場を作ることも出来ます。

  「石油がなくなったとしても動かせる社会」を、具体的に描いておくことは必要だと思います。そして、その成果を地域レベルで分け合えるのが、地域通貨の本当の目的だと思っています。
ろろ | 2008年03月31日(月) 22:15 | URL | コメント編集

●残念ながら

燃料電池、海洋温度差発電などは石油や資源の無駄遣いでしか有りません。
電気が欲しければ石油を燃やして得るのが一番「省資源」になります。
早雲 | 2008年04月01日(火) 21:33 | URL | コメント編集

●そのうちブログにアップする予定でしたが

少し調査しましたが、どうも海洋温度差発電は早雲さんのおっしゃる通りかと思います。

ただ、海洋というフィールド自体は持続可能な食料およびエネルギー生産にとって、極めて重要な場所であることは変わりないでしょう。

エネルギー自給の初期は、まず海藻由来のバイオエタノール生産に集中すべきと思います。

ろろさんのいう通りリンなどの栄養素(元素)の海⇒陸の循環を作らないと、農地から養分が流れでて生産の持続ができません。江戸時代は東京湾の魚介類を食べる人々の糞尿を「金肥」として農村に運ぶことでこの循環が成り立っていました。同じように魚介類を飼料に使った畜産廃棄物を肥料として農地に入れたり、海藻エタノール生産で出る残渣を肥料として農地に入れればN/P/K循環を維持できます。

また、リチウムなど資源についても、海洋温度差発電で作るより、海藻や海洋生物等で一度「濃縮」して、これを抽出するプロセスを構築した方が、おそらく効率が良いでしょう(きちんと計算はしていませんが、まず間違いないと思っています)。

海洋生物は元素や太陽エネルギーの「濃縮装置」です。こうした海洋生物の高度利用や分散型生産基盤の確立は自然主義経済でやるからこそ達成可能だと考えています(資本主義経済では、どうしても利益が上がりにくく、ポジティブなスパイラルに入らないのです)。

燃料電池は、「燃料」の確保と質の維持が最も重要であり、現状での大きな障害です。

石油代替燃料で容易なのは、メタン改質型の燃料電池を都市ガスとバイオメタンでハイブリッド駆動することです。但し、都市ガス中の添加物除去やバイオメタンの受入など都市ガス会社の理解と協力が必要になります。

燃料電池を使って、完全に脱化石燃料するには以下の二つが前提になると考えています。
1) 海藻および稲わら・雑草・廃木材などのセルロース系バイオマスをエタノール化するプロセスの完成(シロアリや白色腐朽菌などによるリグニンの分解および強力な酵母による醗酵など生物利用の高度化がポイントです)
2) エタノールから水素を取り出すための改質法の高度化、あるいは直接エタノール(アルデヒド)型燃料電池の開発・効率向上

これらが、確立されるまでは、上で書いたように当面バイオメタンや薪・炭を燃料として、そのまま燃やして料理などに使うか、コジェネレーションで発電と熱(温水)を利用する、というのが妥当な範囲でしょう。

さらにその不足分を太陽電池とマイクロ水力・風力・潮汐・波浪・地熱発電で補うという形です。自然エネルギーの不安定な電力出力をカバーするにはマイクログリッドによる制御を前提とします。
http://www.alianet.org/homedock/15kinen/4-1.html

あるいは電力を下水処理場に送って、し尿処理をしつつ、メタンガスや硫化水素ガスを回収します。メタンガスはそのまま使えますし、硫化水素ガスは水に溶かして電気分解により水素を回収します(硫化水素にすることで電気分解効率が格段に良くなります)。
http://www.j-tokkyo.com/2001/C25B/JP2001-214288.shtml

生成した水素はナフタレン等を担体とする有機ハイドライドに変換して、貯蔵すれば良いでしょう。
http://www.museum.hokudai.ac.jp/newsletter/05/news05-07.html

そして、国家的プロジェクトとしては、宇宙太陽光利用のための衛星を打ち上げることを最優先させます。
http://www.iat.jaxa.jp/res/amrc/ssps/index.html

宇宙から送られるレーザー光を利用して、都市域沿岸の下水処理場でし尿や海藻を嫌気醗酵させて生成した硫化水素水溶液を原料に、光触媒を用いて水素を発生させます。
http://bucky1.kankyo.tohoku.ac.jp/index.html

同プラントで得られた水素エネルギーで、有機ハイドライドを産生するとともに、し尿処理を行って、肥料(農地用)や飼料(養殖用)の原料を得ます。

結局、江戸時代と同様、農業や産業に必要なリンや硫黄などの元素は、魚を食べた人間・家畜の排泄物や海産物そのものから得るのです。

さらに有用資源回収用の海産物ファームを作れば、リチウムその他の有用元素も海から抽出するプロセスが確立されるでしょう。ただ、日本にはすでに『都市鉱山』として様々な電子・電気機器製品・車・インフラに有用金属が『蓄積』されており、それらの廃棄物から有用金属を再抽出すれば、わざわざ希少元素を輸入したり、海水から抽出する必要はない可能性もあります。パソコンパーツの金含有量は、金鉱石よりも高いそうです。(現在そうした電子・電気機器廃棄物が海外に流れたりしていますが、有害な廃棄物輸出として問題があるだけでなく、資源面からみて極めて「もったいない」ことといえます)

以上、一気に最終段階のエネルギー・資源の完全自給まで行くのは難しいですが、とにかくその達成のためには海洋(・宇宙)・生物・廃棄物を徹底利用することです(言い換えれば、薄く広がっている太陽エネルギーと資源を生物の力を利用して集めるということ)。

コスト問題を気にせず労働力を確保し、技術開発やインフラ構築を行うためにはやはり自然主義経済の普及が前提となることは言うまでもありません。
花ブナ | 2008年04月02日(水) 22:11 | URL | コメント編集

●コメントありがとうございます

>>早雲さん
>>花ブナさん

  現時点では採算が取れない、というのは百も承知なのです。しかし、水素燃料の活用はどこかで踏み切らなければいけない問題だと思っています。燃料電池がなければ、深海開発も、宇宙開発も先がありませんから・・・。

>一気に最終段階のエネルギー・資源の完全自給まで行くのは難しいですが、
>とにかくその達成のためには海洋(・宇宙)・生物・廃棄物を徹底利用することです

  そうなんですよね。セルロース系バイオマスと、海藻バイオマスには期待しています。

  リサイクルはできないが、自然のサイクルを利用することはできるということを、地球物理学者の槌田敦氏がおっしゃっていました。私が江戸時代のエコシステムのすばらしさに触れたのは、槌田氏の著作です。
  循環が全ての基本だと考えると、排出するのは熱エントロピーだけ(これは最終的に宇宙が引き受けてくれる)という人工環境みたいなものを作ってみてはどうでしょうか?その中で、糞尿のメタンガス利用や堆肥化を行うのです。
  おそらく、それがうまく行けば、同じことをメガフロートでできるようになると思います。それができたら今度は海中で、最後は宇宙で、という風になるような気がしています。
  私は専門知識が全くないのですが、要するに正しい循環さえ確保できればいいような気がしています。科学技術も、そのためには役に立つのではないでしょうか。
ろろ | 2008年04月07日(月) 01:06 | URL | コメント編集

●はじめまして

はじめまして、しわと申します。

旧ブログの頃から拝見させていただいておりました。
いつも勉強になる記事をありがとうございます。
「話し言葉で歴史を語る」のシリーズは、特に味わい深いと思います。
毎日、新しい記事が更新されるのを、楽しみにさせていただいています。

>たくさん持っているということは、それだけで病的だということに、もっと多くの人が気づいてほしいものです。

何事も、自然の枠組みの中から逸脱することなく循環させることこそが、肝要なのでしょうね。私も、多くの人が気付いてくれることを願います。

しわ | 2008年04月26日(土) 18:49 | URL | コメント編集

●>>しわさん

  ヲシテ文字を研究されている方に評価していただけるとは、望外の喜びです。
 
>「話し言葉で歴史を語る」のシリーズは、特に味わい深いと思います。

  漢字流入以前の日本を探すことと、律令以前の日本、明治維新以前の日本に思いを馳せることは、根底でつながっている気がします。今後ともどうぞよろしくお願いします。
ろろ | 2008年04月27日(日) 23:14 | URL | コメント編集

●>>ろろさん

 評価なんてとんでもない。こちらこそ、今後ともどうぞよろしくお願いします。

>漢字流入以前の日本を探すことと、律令以前の日本、明治維新以前の日本に思いを馳せることは、根底でつながっている気がします。

 私もそのように思います。ろろさんの今後の記事が楽しみです。

 秋田、青森の旅行、良いですね。実は私もこの連休中に東北地方に足を運んで見ようと思っていたのですが、色々ありまして今回は諦めました。連休後半は少し天気が怪しいようですが、大きく崩れない事を願っています。旅先からの更新も楽しみにさせていただきます。

しわ | 2008年05月03日(土) 13:42 | URL | コメント編集

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