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2011.07.27(Wed)

原発が嫌なら、グダグダ言わずに一点勝負すべき 

ちょっと、思ったことがあるので、書いておきます。

わたくしごとで恐縮ですが、福島第1原発の事故以来、何かあると、すぐに原子力発電について考えるようになりました。そのため、ツイッターだとかブログ、ホームページなど、ネット上の媒体も、原発についての考えや意見を
表明したものばかりになってしまっているようです。

それを、結局もう4ヶ月くらい続けてきたわけですが、様々な議論を目の当たりにするにつけ、なんというか、スッキリしないものを覚えていました。もっとも、それが何なのかはいまいちつかめずにいたのです。

そんな心のモヤモヤが、今朝になって急に雲散霧消しました。なぜなら、

「そうか、原発は、危ないからダメなんだ。自分にとって、それ以上でもそれ以下でもない」

ということに、ふと気づいたからです。

原発は不要だ、脱原発しよう、ということを言うと、なんというか、原発ファン(笑)みたいな人がどこからともなく湧いてきて、いろんな喧嘩を吹っかけてきます。メジャーなものを挙げておくと、

1 原子力は日本の発電量の3割を占めている。これをどうやって代替するのか不明
2 代替エネルギーはコストが高く、原子力は現実的な手段である
3 いつでも核開発可能な、潜在的抑止力として機能している
4 原発は一種の公共事業として役に立っている


といったところでしょうか。

中でも、1の議論はよく目にします。そして、そのような一種のイチャモンに対して、真面目に考えている人は、自然エネルギーへの転換を図るべきだとか、●ガスコンバインドサイクルのような化石燃料の効率的利用法を採用すべきだとかいう風に反論を行います。

しかし、専門家がやる議論ならともかく、私のようなフツーの人が、こういう議論をすべきではないと思います。というか、有害なので止めた方がいいかもしれません。

なぜなら、こういう専門知識が必要な分野は、すぐに「神学論争」になってしまうからです。神学論争というのは、中世のヨーロッパでキリスト教の坊主がやっていた「天使はいるのか」「父と子と聖霊は一体なのか、それともバラバラなのか」という、はっきり言えばどうでもいい議論を言います。

たとえば、上に挙げたガスコンバインドサイクルについて言うと、原発をどうしても推進したい人は、「化石燃料の入手の困難性」とか「設備投資のコスト」だとかいう点から再反論をしてきます。そうすると、真面目な人はだいたい自分の方が正しいことを、根拠を挙げて主張したくなります。議論というのは、そういうものだといろんな場所で刷り込まれているからです。

そして、重要なことは、そういう議論では、対立する当事者が自分にとって都合の良い理論や統計資料などを用いるので、いつまで経っても話がかみ合わないということがかなりの確率で起こりうるということです。そうして行くうちに、原発事故以降の未来をどうするかという話から、訳のわからない専門領域の殴り合いに移行していってしまうのです。こうなると、天使がどうの、三位一体がどうのという話と何も変わらなくなってきます。

もちろん、神学論争同様、そういう議論自体は、いくらやっても現実はいい方に変わってきません。

そこで、考え方を変えてみます。電力会社や、経済産業省や、マッチョなものに憧れるウヨクや、とにかく現状に追従することが大人の作法だと勘違いしているお馬鹿さんが、「原発は必要だ」「現実的な議論をしろ」と言ってきたら、

「原発は安全ではない。事故を起こすと取り返しが付かない。そんなものを、発電のために用いるべきではない」

と、だけ主張するのです。「原発の発電がなくなったら産業が止まる」と言われようとなんだろうと、とにかく「危ないからダメ」という一点張りをするということです。

これは、一見頭の悪そうな振る舞いですが、実はかなり強力な主張です。なぜなら、

・人命にとって危険なものは放置すべきではない

ということは、人間社会ではほぼ100%肯定されている論理であり、そこに来て、

・原発が生み出す放射性物質が人体に悪影響だということはほぼ万人が共有する常識である(「どの程度」という点について、意見が分かれているに過ぎない)
・福島第一原発の事故で、実際に避難を余儀なくされている人がいるという歴史的事実がある


という補強材料があるからです。

そうなると、この主張をを否定するために、原発を今後も続けていきたいという側は、「そんなことはない。原発は安全に運転できる」ということを、何らかの形で示さなければならなくなります。これはかなりのハードルです。実際に、理屈やデータで相手を説き伏せるだけでなく、実際にやるべきことをやらなければいけないからです。

こういう時に、風力発電だのメガソーラーだの、余計なことを言い出すから、どんどん議論が枝葉の方に行ってしまうのです。そんなことはマニアや専門家に任せて、一般庶民は、「こんな危ない発電方法はやめろ」とだけ言い続ければよいということです。

そういうことを知ってか知らずか、うまく立ち回っている政治家がいます。当たり前ですが、東京電力の株主や債権者が全く腹を痛めずに済む賠償法案を可決しているような永田町のアルツハイマー病患者たちの中に、そんなまともな人はいません。

ストレステスト後も再稼働拒否=東電柏崎刈羽原発-新潟知事
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011072600595

 新潟県の泉田裕彦知事は26日、定期検査中の東京電力柏崎刈羽原発2~4号機の再稼働について、ストレステスト(耐性評価)を終えても拒否する考えを示した。全国知事会の災害特別委員会委員長として海江田万里経済産業相と会談後、経産省内で記者団の質問に答えた。
 泉田知事は、東電福島第1原発事故の検証を踏まえることなくストレステストを実施しても「気休め以外の何ものでもない」と批判。「『ストレステストが終わったから安全だ』という虚構の下で動かすことはあり得ない」と強調した。その上で、福島第1原発では津波による電源喪失だけでなく、地震による配管破断などがなかったかどうかも徹底検証を求めた。


泉田知事が賢いのは、上でも述べたような、メガソーラーうんぬんとか、電力供給不安がどうだとか、グダグダになるに決まっている論点に一切言及せず、「危険なものは動かせない」という一点で勝負しているところです。

しかも、単なる反原発と取られて、読売新聞を初めとする原発大好きメディアに叩かれないように、「福島の事故の検証が終わっていない」という点を付け加えているところです。これを覆すには、きちんとした検証が不可欠です。そして、文系の審議官ばかりの原子力安全・保安院と電力会社が、原子力の夢を語りすぎてあとに引けなくなったカワイソーな学者さんたちと一緒にやることは「おためごかし」というのであって、検証と呼ぶに値しないことは明らかです。

極めつけは、地震そのものによる配管破断の可能性も示唆していることです。これこそ、経済産業省や電力会社が一番触れて欲しくない点なのです。なぜなら、震度6程度の地震で配管破断が起きたら、日本で海水を冷却に用いる原発を建設できる場所は皆無なので、今後原発の推進が不可能になるからです。

配管が破断すれば、冷却水の循環を中核とする熱交換が不可能になるのですから、いくら津波を想定したシミュレーションや、圧力容器や格納容器といった原子炉の真ん中を対象としたストレステストを実施しても意味がありません。「マグニチュード7.0の直下型地震が来ても、配管は破断しません。継ぎ手の部分も一つ残らず完全に補強しました」みたいなことを経産省・電力会社側が示せない限り、「危険だから止めろ」という主張は覆せません。

もっとも、そのような対策は不可能でしょう。できるなら、とっくの昔に経産省の側から言い出しているはずです。出来るわけがないから、触れずに黙っているわけです。

もうお分かりだと思いますが、「危険なものは止めろ」という主張に対して、「動かし続けないと経済がやばい」などと言っても、全く反論になりません。そんな人といちいち議論して何かやっている気になるなら、泉田知事に応援メールでも送った方がはるかにマシです。

それ以上に、私が言いたいのは、そんなことを言って足を引っ張ろうとする輩の言うことなど無視して、とにかく原発を止めてしまえばいいということです。本当に原発が止まれば、原発ファン(笑)のいうノストラダムス状態が本当に訪れるかどうか分かります。

「もし電気が止まって、ICUやペースメーカーの世話になってる患者が死んだら責任取れるのか!?」とか、「そうなったら、日本の経済社会が崩壊する!」などと言われても、気にする必要はありません。電力会社に対して、「だったら、別の方法で発電しろ。こっちは電気を買ってる客だ」と言えばいいだけの話です。

いろいろと述べてきましたが、要するに、危ないものは使うな、動かすな、さっさと止めろ、それだけでいいということです。

泉田知事のような政治家が、今後いろいろな自治体で出てくることを期待します。もちろん、多少気に入らないところがあっても、そういう政治家は応援しましょう。

このブログは近代国家や近代経済システムというものは好きではありませんが、原発という究極の近代的システムを止めるには、近代的な政治制度の助けを借りなければ困難です。だから、原発は嫌だという国民の期待に応えてくれる政治家は、何らかの形で支援していきたいと思います。

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