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2011.01.18(Tue)

鏡の間を出でよ 

また忙しくなってきてしまったもので、簡単な文章で済みません。

私は時たま「冷たい人間だ」と言われることがあります。なんでなのかなと思ったんですが、多分、個別の現象より、それを何が引き起こしているかという大元の原因の方に関心が向いてるからなんじゃないかというところに行き着きました。

個々別々の出来事で大騒ぎしないというのは、ある意味非常に楽です。なんでかというと、いちいち精神をかき乱されずに、やるべきことをやるという風に気持ちを持っていくことができるからです。

それが一番あてはまるのは経済に関する話題です。

たとえば、今の日本は不況だから景気をよくしなければダメだとか、少子高齢化しているんだから増税や負担増をやっても財源を確保しなければダメだとか、そういう議論に加わろうという気がそもそも起きません。

なんでかというと、今の経済のシステムがある限り、行き着く場所は全て同じだという結論が見えているからです。

今の経済の仕組み、呼びにくいので仮に「近代経済システム」とでも呼んでおくと、このシステムは誰にでも分かるいくつかの特徴があります。

a.人間の活動力の交換が、ほぼ全てカネによって行われている(物々交換の例外性)
b.カネを得るには、自分の作った物や労働力を売るか、金を持っている人間から借りるしかない
c.カネを借りると、金利をつけて返さなければいけない


そんなの当たり前だろ、なんて言ってるあなた。そんなこと言ってるから、新聞の見出しや中吊り広告を見て世の中終わりだとか思ってしまうんですよ。

たまにはちょっと目線を変えて、いろいろ考えてみてください。

さて、上に挙げた特徴から導き出される事柄を見てみましょう。

・企業や個人が少し規模の大きい経済活動を行おうとすれば、人からカネを借りることになる
・そのカネには利子がついているため、返済するには元金よりよけいに稼がなければならない
・よけいに稼ぐためには、今よりたくさん売らなければならない(拡大再生産、もしくは生産性の向上)
・たくさん売っていると、物やサービスの量がカネの量よりも多くなってしまい、物やサービスの価値が落ちる(いわゆるデフレ)
・デフレになると、物やサービスが売れなくなるので、必然的に値段を下げざるを得なくなる
・そうなると、物やサービスを生み出すための材料費や賃金は低くせざるを得ない
・それをやると、物やサービスを買うためのカネが出回らなくなり、もっとデフレが進む


まさに、今の日本がはまっているドツボですね。

このような現象は、一番最初に上げたa、b、cという仕組み、つまり近代経済システムそのものから導き出されるもので、目先の仕組みを替えたり、個人個人が頑張ったりして解決できるものではありません。

近代経済システムの下で、永久に物やサービスが売れ続けるための条件はたった一つだけです。それは、

・誰かが世の中にカネを放出し続け、物・サービス≦カネという状態を作り出し続ける


ということです。

その「誰か」というのは、基本的に二人しかいません。「政府」「企業」です。

この出し続ける、というのも、別にないものを作っているわけではなくて、どこかから取ってきたカネ(税金とか、売り上げとか言われる)を、また世の中に放り出しているだけです。

政府がそれをやれば財政支出ということになり、企業がやれば賃金アップ、もしくは設備投資ということになります。

しかし、企業は自分のところの利益を追求することが存在意義なわけですから、デフレになったら賃金はカットします。最近の日本人が大好きな「自助努力」というのはそういうものです。日本人の平均給与が1997年から10年間連続下がったのは、まさに企業努力のたまものなのです。

そうなると、結局政府がやるしかないということになります。

しかし、それを聞くと今の日本人は「うっ」となるわけです。はい。そうですね。政府が「ムダ」なカネを「バラマキ」することになるわけですからね。

昔の私はそういう考えをする人に対して、誤りだ、考え直せ、と一生懸命言っていた訳です(今でも同じようなことをやっている人がいます)が、多分もう私や物事を分かっている学者が何をいってもムダでしょうね。もういい加減熱くなるのも疲れました。

では、仮に、物事をよく分かっている政府(たとえば、中曽根政権以前の戦後日本政府)が、じゃんじゃんカネを国内に放出し続けたとしましょう。

しかし、そんなことが永遠に続かないことはすぐにわかるはずです。なぜなら、我々が地球環境という有限なシステムの上で生存しているのにもかかわらず、近代経済システムは無限の拡大がなければ成り立たないシステムだからです。

たとえば、ある国のGDPが5%拡大したとします。GDPは(いろいろ問題はある数字だが)、その国の中で行われた経済活動、言い換えれば財やサービスの交換がどれだけ多かったかを表しています。そうだとすれば、GDPが5%大きくなったということは、国内で使われたエネルギーが5%増えたということでもあります。

ということは、それだけ多く石油なり天然ガスが消費されていることになるわけですから、いつか、というか、経済が発展すればするほど、どんどん終わりの時が近づいてくるわけです。

だから、私は、中国が日本のGDPを抜く!などとニュースで騒いでいた時、ずっと「中国も日本やアメリカみたいになるのか、かわいそうだなぁ」としか考えていませんでした。

あの国の環境破壊は、中国人がバカだからではなく、世界の経済を引っ張っていけるほどの経済発展が生み出した排泄物みたいなものです。日本も昔は四大公害みたいな形で、たくさん排出していたはずです。

じゃあ。発展なんかしなけりゃいいじゃねえかよ、と思うかもしれませんが、それは無理です。近代経済システムというのは、生きていこうと思えば発展を目指すしかありません。

個々人のレベルでは、現状維持で生きていけるという人は結構います。しかし、社会全体としては、どこかで前よりたくさん稼いで金利を含めた借金を返済していかなければ成り立たないようになっています。

資金繰りに苦労していて、発展しないとバタッと倒れるような企業を「自転車操業」などと言ったりしますが、そんなことを言ったら近代経済システムを取っている国、というか、全世界が今や自転車操業しているのです。

そんなことをしたら、日本も中国もなく、みんな一緒に死んでしまうことは誰にでもわかるでしょう。

しかし、人間というのは身の回りのことしか考えませんから、来年の給料はいくらだろうとか、俺の会社の売り上げは前年比プラスだマイナスだとか、そんなことしか考えられません。要するにみんなカネの亡者になっています。私だってそうです。今の仕事をやめたら、まず売上げを増やそうということから考えるはずですから。

それもある意味、仕方がないでしょう。今の経済システムの中で出来る、ほとんど唯一の生存方法は、カネを稼ぐことだからです。

もうお分かりだと思いますが、個々人が努力してカネを稼ぐことで、近代経済システムが抱えている宿命を変えることはできません。福祉だとか分配だとかも、いくらやってもムダです。(←こういう言い方が冷たい風に聞こえるのかもしれませんね)


だったら、どうすればいいのか?


簡単です。冒頭に挙げた、

a.人間の活動力の交換が、ほぼ全てカネによって行われている(物々交換の例外性)
b.カネを得るには、自分の作った物や労働力を売るか、金を持っている人間から借りるしかない
c.カネを借りると、金利をつけて返さなければいけない


この三つの仕組みを変えてしまえばいいのです。

それを考えずに、世の中がどうだこうだ論じるのは、鏡張りの部屋にいるようなものです。鏡をいくら見ていても、昨日と同じ自分が映っているだけです。鏡に顔をどう映すか、磨けば美しくなるかどうか、そんなことをいくら考えても意味がありません。

たった一つの方法は、そうです。わかりますね。鏡を壊して、外に出ることです。

さあ、一緒にハンマーを持って、スカッとしませんか?

そんなことを言っているだけでは学生運動家(爆)と変わらないので、具体的にどういう風にしていったらいいか、こちらでぼちぼち書いていくつもりですので、お楽しみに。


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2011.01.12(Wed)

忠告と他者支配について 

他所で書いたものですが、皆さんの役に立つかなと思うので転載しておきます。

----------------

何でも他人の言うことを聞かず、勝手気ままな行動を採る人間には困ったものだが、全ての忠告に対して素直に耳を傾けるというのは、もしかしたら非常に危険かもしれない。

なぜなら、忠告や讒言のふりをして、他者を支配しようとする人間がいるからだ。

人間は、生き残るということに対して本能的な行動を採るものだ。その一つとして、他人を思うままにコントロールするということがある。心理的に相手を支配すれば、何かあった時にその他人を身代わりにしたり、緩衝材の役割を果たさせたりすることができる。そういう点で、他者支配への欲求は、人間の本能と結びついているといえる。

別に、他人を思い通り動かしてカネを儲けたり、悪いことをさせたりするとは限らない。支配することそのものに喜びや精神的安定を見いだす輩もいる。そういう人間に捕まってしまっては危険である。

興味深いことに、忠告に名を借りた他者支配というのは、端から見ると馬鹿馬鹿しい関係に見えるのだが、なぜか被支配側はその馬鹿馬鹿しさに気づかない。支配側に引きずり回され、気づいた時には、一緒に地獄の淵に立っていたということもよくある。

そのようなことがなぜ起こるかというと、被支配側に特殊な心理が働いているからである。それは、忠告に言寄せて他者支配を狙う人間に対して「この人は自分のことを思って行ってくれているんだ」と思い込んでいるという心理状態だ。

全くどうでもいい相手や、あからさまに欲得を前面に出してくる人間であったら、こういう心理状態に陥ることはない。被支配側が支配側になんというか、片思い的な感情を持ってしまうのは、支配しようとする人間になんらかの「負い目」があるのである。それは、一緒にやってしまった過ちだとか、カネを借りているだとか、昔世話になった事実だとか、至極真っ当な理屈(現実には合っていないが、限られた世界の中で論理的に整合性がある話)とか、様々な形を取る。

そして、その負い目を背負うに至った時期に、支配側が人間的に好感の持てる態度を取っていたことで、「負い目」は確固たるものとなる。

今まで自分はこういう人を何度も見てきたし、恥ずかしいことにごく最近まで自分自身がそういう被支配側の行動パターンに陥ってしまっていた。

そういう経験から自分が学んだことは、以下の事項である。

●一人の人間をカリスマ的に仰がない、溺愛しない

これを持つと、「従う自分」にカタルシスを感じてしまうことになる。一番避けなければならない事態だ。恋人だろうと配偶者だろうと親子だろうと同じである。人間には、どんな親しい間柄でも適切な距離感というのがある。

●おかしいことが少しでもあったら、他の人に相談する

これができれば、支配しようとする人間のおかしさに気づきやすくなる。自分の考えが常に正しいと思わないことだ。

●何かを決めようとする時は、必ず複数の人間のアドバイスを突き合わせる

こうすることで、何かおかしいという感覚に至りやすくなる。

●生き方や生活形態を変更するような要求は拒否する

たとえば、私がブログやSNSで知り合った人に「カネをかせぐ都会的な生き方はやめて、地方に行って農的生活をやれ」などと呼びかけることなどがそうだ。今まで築いた環境や人的関係を捨てて自分の言うとおりにすれば、支配側にとってこれ以上の快感はない。もし失敗しても、支配欲のある人間は全く責任を取ってくれない。それどころか、ひとつ下に挙げたような言動で、さらに支配を強化しようとしてくる。

●困った時に罪の意識や義務感に訴えてくる人間の言うことはきかない

精神的に打ちのめされた人間ほどコントロールしやすいので、追い打ちをかけてさらに自分に依存させようとするのだ。カルト宗教が貧乏人や病人を狙うのと、やり方としては非常によく似ている。

●直感的におかしいと思ったら、論理的に正しくてもやめておく

頭で考えた結論というのは、後付の正当化や自分の弱さ、場違いな願望など様々な要因でひきずられているものだ。与件なしでピンと来た感覚を信じた方が正しいことが多い。非常に恥ずかしいことだが、自分はこれがあったから助かったようなものだ。

●一度縁を切ると決めたら、どんな形であれ接触はしない

油断するとすぐに支配関係の再開を狙ってくるのが支配欲のある人間だ。完全に関係を断ってしまわなければならない。断言してもいいが、この手の人間が改心するということはない。

●本当に素晴らしい人間は、言うよりもまずやっているという単純な事実を知る

他人の生き方ややり方に対していちいちダメ出しや評価をしてくる人間にろくな奴はいないということだ。自分も、自信がない頃は他人の生き方が気になって仕方がなく、「アドバイスできる素晴らしい自分」になろうとして、機会を見つけては他人に干渉していたものだ。

人間は弱い。だからこそ、考えることをやめて、誰かに生き方を預けたくなるときがある。

不利益やリスクを本気で考えるというのは、嫌な作業だ。しかし、それをやらずして、本当の人格的自律は得られないだろう。

人にどうこう言うより、まず自分が良い人間になること。それが全てを解決する早道だと思う。


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2011.01.07(Fri)

「都会の一人勝ち許容」と「地方への分配強化」という二分論について 

●早雲さんのブログ・晴耕雨読に載っていた引用文を見て思いついたことがあるので、書いてみます。

早雲さんが取り上げているのは、週刊ポストに出ていた民主党の小沢一郎氏へのインタビューです。以下に、その書き起こしがあります。

http://www.asyura2.com/10/senkyo103/msg/750.html

その中で、名古屋市の河村市長が小沢氏に寄せている質問と、その答えが大変興味深いものでした。


河村たかし・名古屋市長はこう言っている。

「私がやってきた『1割減税』や『職員の人件費1割カット』とは、税金の使い方は納税者が決めるという視点から進めてきた改革だ。小沢さんは、党代表選で地方への一括交付金を掲げた。だが、私に言わせると、それでも足りない。地方の起債権及び徴税権も自由化してもらいたい。それで『税金の安い自治体』をつくって成功すれば、名古屋は東京と競争出来るようになるし、失敗すれば首長は責任を問われる。それこそが地方主権だ。当然、既存利権派からは大きな反撃があり、抵抗がある。しかし、身を捨ててでもやる勇気が必要だ」

小沢 一括交付金は絶対やらないと駄目ですね。それは地域の活性化、地方の自立、そして行政コストの削減、あらゆる面から絶対にやらなければならないことだと思います。

(中略)

だけど、徴税権や起債権となると、ちょっと違う。今直ぐ税源まで全部地方にやっちゃうと、大都会は金がどんどん入ってくるから喜ぶけれど、田舎はもう全部アウトになりますよ。だから、裕福なところが地方税を別に取るというのは一向に構わないと思うけれど、所得税と法人税、消費税、そういう基本の税は国にいったん集めるシステムを当分続けないといけないと思います。その税金を地方に交付してやらないと、東京などの大都会だけがどんどん裕福になってしまう。

最終的に、欧米みたいに大きな企業も地方に本社を持っていって何の不便もないという社会になれば、その時には税源移譲の話になるでしょう。でも、今直ぐ「お前たち、勝手に税金を取って、勝手にやれ」なんて言われたって、例えば私の岩手県などはどうしようもない。税金を払う人が少ないわけですからね。

だからそれまでは、徴税は先ず国がやって、それを豊かでない地方に配分する。しばらくはまだ、そういうことをやらなきゃいけないでしょうね。


要約すれば、河村氏は「国にいちいち言われずに税を取ったり地方債を発行したりしたい」という主張をしているのに対して、小沢氏は「それをやったら地方はめちゃくちゃになる。政府が地方へ分配することが必要だ」という反論をしているということです。

もっと荒っぽい言い方をすれば「自由競争」を肯定する河村氏と「分配による平等」を主張する小沢氏という構図になっています。

これ自体は、近代経済システムにおける政府の役割という点について、本質的な議論だといえるでしょう。

フランス革命以降一般的になった国民国家は、国家という大きな枠の中で徴税を行い、その対価として政府が防衛や生活条件の整備といったサービスを供給するという仕組みになっています。

その際重要なのは、ある国の中では単一の通貨のみを媒介にして経済活動が行われるということです。

たとえば、我が国の明治政府が行った地租改正などがそうで、穀物や野菜ではなく日本円で土地税を納めることになりました。そうなると、地主としては小作料を日本円で取るようになり、必然的に小作人も農作物を現金化する必要に迫られます。今までは物をやりとりしていたところに、貨幣が入り込んでくるわけです。

こうなると、経済主体としての個々人は手持ちのカネの大小で序列化することになり、どうしても金融や工業生産でカネを大量に稼ぐことができる都市の側が有利になっていきます。都会と地方の格差というのは、そうやって生まれてきました。

世界レベルで見れば、これが先進国と途上国の差となって現れているわけです。

前述の議論で言えば、河村名古屋市長が主張しているのは、カネを稼げる都市が自主的に財政を行うべきだということであり、これでは都市と地方の格差がどんどん開いていくことは目に見えています。

それに対して小沢氏の言いたいことは、都市からカネを取って地方に付け替えろということであり、国民全体の発展を考えればベターな考えだと言えますが、そのカネはどこから取ってくるのだという問題が常につきまといます。

結論から言えば、どっちもどっちです。

というか、この二人の議論、もっと言えば、国家の役割を巡る自由競争と分配重視の対立は、重要な点を見逃しているため、本質的な解決を図ることはできないと考えています。

その重要な点とは何でしょうか?

実は、もうすでに上の方で述べてしまっています。

そうですね。「ある国の中では単一の通貨のみを媒介にして経済活動が行われる」という点です。

日本円を使って物やサービスを購入し、日本円で給料をもらっていること、すなわち経済活動が「労働→貨幣→物・サービス」という流れになっていることを誰も疑問には思いませんが、これは実はそんなに自然なことでも当たり前のことでもありません。

げんに日本では、程度の問題はあるにせよ、明治時代に地租改正が行われ、日本銀行が設立されるまでは、かなりの程度「労働→物・サービス」という直接的な経済活動が行われていました。世界の中では、ニューギニアの奥地だとか、シベリアの寒村みたいに、今でもそうやってくらしている人が少なくありません。

労働と、物・サービスの間に貨幣が割って入るということは、政府がみなさんの生活に介入するということです。労働の成果である貨幣を租税という形でむしり取り、カネが行き渡らなければ税金で物やサービスを供給(いわゆる社会保障)していろいろ世話を焼いています。

この仕組みはもう当たり前のものだと思っている人がほとんどだと思うのですが、そこを疑ってみなければ、現在我が国や世界が抱えている問題は解決できません。都会と地方の格差も、恒久化する不況も、グローバル化によってい引き起こされる移民流入などの問題も、全てカネの仕組みによって引き起こされています。その辺は、このブログの「経済とグローバリゼーション」にある記事を見ていただけるとだいたいお分かりになるのではないかという気がします。

さて、河村氏と小沢氏の対立に話を戻しましょう。

そうは言っても、現状ではあまりにも都市への貨幣集中が進みすぎていますから、小沢氏の言うような分配を一時的には行う必要があると思います。

しかし、問題を引き起こしているもの=国家の通貨発行権をそのままにしているのですから、結局時期が来れば「無駄遣いを減らせ」「グローバル化した世界では競争力が必要だ」などという声がマスコミを賑わし、小泉カイカクのようなことが行われて分配は否定されることになるでしょう。

しかも、我が国では外国や国際組織と結託した一部の官僚(そのほとんどは財務省にいる)が選挙で選ばれた政治家を隠れ蓑にして専横を尽くしているわけで、河村氏の言うような自由な財政も実現されず、ただただデフレと政府による統制だけが進行するという最悪の事態が進行しています。

大事なのは、国家が貨幣を発行して国民の経済活動を支配するという形ではなく、地方や地域が自律的に経済循環を作り出すことです。

以前からこのブログで主張している地域通貨というものが意味を持つのは、そういう場面です。地域通貨ならば、流通量や配分をより柔軟にコントロールすることができます。通貨そのものを期限付きにしておけば、カネをため込んで人に貸すという行為が合理的でなくなるので、貨幣が活動力の交換という本来の役割を取り戻すことになります。

今の世の中は、中央銀行が発行する貨幣の力が強すぎるのです。これは、自民党政権の頃に一部で盛り上がった政府紙幣にもつきまとう問題です。中央で貨幣を発行し、それを国民が受け取るしかないという仕組みでは今ある問題は解決しません。

もし河村氏が「徴税権や起債権だけでなく、地域独自の通貨を発行し、それで市長や議員を含めた公務員の給与の一部を支払う」と言い出したら最高でしょうね。

そういうわけで、私としては、こういう風に考えるのがベストだと思います。

「まずは一時しのぎの分配強化を行い、それと併行して国民を統制している官僚や、それを通じて我が国を支配している某外国の影響力を排除する施策を実行すべきである」

「次に、地方レベルでは、徴税や起債について裁量の幅を拡大しつつ、その地域独自の通貨の発行を認め、地方が自ら経済循環を作り出せる余地を認める」

ただ、こんなにうまいこと事が運ぶかというと、正直私は疑問です。日本というのは、自分たちが想像しているよりはるかに大きな影響を世界に与える可能性がある国です(それが悪い方に出たのが、大日本帝国の爆死)から、諸外国、特にアメリカと中国が、日本の自律を望むとは思えません。

それでも国家としての自律に向けた努力はするべきですが、それが実を結ぶという希望的観測を取るのは危険です。

だから、私は政府に期待するよりもまず、気づいた人が自分で食糧なり衣服なりを生産し、相互扶助を自主的に行う仕組みをつくってしまう方がいいと言っているのです。

比較の問題にすぎないのですが、上に挙げた二人の政治家は、大都市の商人出身(河村氏)と、地方富裕層出身(小沢氏)という風に、立場こそ違いますが、自分の頭で考えて近代国家の本質にたどり着いています。

また、金融資本の欲得丸出しの新自由主義や、怨みや妬みを煽る公務員「改革」や、狼少年のような日本財政危機論を信じていないという点も共通しています。

今は彼らのような、「まともな」政治家を応援しておくのも一つの手としてはありなのかなと思っています。

少なくとも、上の二人の議論というのは、なんちゃら倫理審査会に誰それを呼ぶとかいう議論よりは遥かに本質に迫るものだということができます。マスコミが大きな声で取り上げる「論点」「焦点」など、無視するに限るという好例ですね。

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2011.01.01(Sat)

【新年早々】 連合は消費税増税に賛成するそうです 【がっかり】 

  あけましておめでとうございます。

  年号が変わった途端、不愉快を通り越して笑える記事を見つけたので、ご紹介しておきます。

「消費増税受け入れねば」連合会長が年頭所感
http://www.asahi.com/business/update/1231/TKY201012310174.html

 連合の古賀伸明会長は2011年の年頭所感として、「福祉をきちんとするためには我々も負担をしていく。消費増税は受け入れていかなければならない」と述べ、政府が進める社会保障と税制の一体改革で、消費税の引き上げは避けられないとの考えを示した。

 古賀会長は、「税収の倍以上の予算を組むような姿が続くのはどうなのか。税と社会保障の一体改革を早く国民に提示して、負担と給付のあり方を議論する必要がある」と指摘。「我々も低負担で高福祉を求めない」と強調した。

 一方、厳しさが続く若年層の就労問題では、「働くことを通じて社会に参画していく実感や、支え合いながら目標に向かって努力するという価値観が醸成されない日本になるのを危惧する」と語った。


  ご存じでない方がもしかしたらいらっしゃるかもしれないので一言説明しておくと、連合というのは日本最大の労働組合です。正確に言うと、労働組合の上部団体ですが、いずれにしろ労働者よりの団体であるということは間違いありません。

>「働くことを通じて社会に参画していく実感や、支え合いながら目標に向かって努力するという価値観が醸成されない日本になるのを危惧する」

  「もうすでにそうなってるよ」と失笑したくなる箇所ですね。現場どころか国民生活の実態すら知らない労働貴族様の対岸の火事っぷりの見事さに感心してしまいますが、それよりも、やはりすごいのは以下の二箇所。

>消費増税は受け入れていかなければならない

>「我々も低負担で高福祉を求めない」と強調した。

  もう一つ記事を参照いただきましょう。

消費税引き上げ議論を、経団連会長と同友会代表幹事-年頭所感で表明
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=a55OpybSU4SU

日本経団連の米倉弘昌会長(住友化学会長)と経済同友会の桜井正光代表幹事(リコー会長)は1日の年頭所感で、日本の経済成長と財政改革のために消費税の引き上げ議論が必要だと強調した。

米倉会長は、強い経済・財政・社会保障実現のために「消費税率上げを含めた税・財政・社会保障制度の一体改革断行で国民の将来不安を払しょくする必要がある」と述べた。

桜井代表幹事は、人口構造が変わる中で所得課税により働き手が負担を多く負う制度は限界になりつつあるとして「幅広い世代が薄く負担する仕組み、消費税上げ議論は避けて通ることはできない」と語った。

米倉氏と桜井氏はまた、経済成長への取り組みと同時に農業改革の必要性も示した。桜井氏は、日本の農業の問題点は低い生産性や担い手不足、多額の補助金にあり、こうした問題を解決することが必要とした。


  なんともまぁ、すごい時代になったものです。労働組合のトップが、経営者と同じことを言うようになったのですから。経団連などの経営者団体と、連合のような労組は裏で結託していると思った方が間違いがないでしょう。

  そもそも、私は労働組合というものに対して非常にその役割を疑問視してきた人間です。

  なぜかというと、彼らは労働者の保護という本分をほとんど顧みてこなかったからです。労働組合のホームページ(たとえば●ここ)とか●ここや機関誌を見ると、なぜか「イラク戦争反対」だとか「普天間基地反対」だとか、おおよそ労働基本権と関係がなさそうな事柄に対する政治的なアピールが出てきます。労働者の生活が大事だというなら、消費増税反対だとか、TPP(環太平洋経済パートナーシップ)反対だとか、そういうところに資源を投下した方がいいと思うのですが、暇があるとすぐ平和運動に走ってしまうところが多いようです。
  彼らとしては、労働者の生存を一番脅かすのは戦争、だという理屈で動いているようですが、そういう活動が何か具体的に実を結んだという話をとんと聴きません。それどころか、比較的若い年代の人に「労働組合というのはただの左翼の集まりではないのか」という思いを抱かせて、加入率を低迷させるのに一役買っているのではないかという気すらします。
  連合の代表が消費税増税に賛成したから、労働組合の組合員がみんなそういう意志を持っているということはないのでしょうが、代表が経団連と示し合わせたように年頭にこのような宣言をすることに対して、明確に反対の意思表示をする組合員がどれだけいるのでしょうか。
  もし、地方組織などから何の異論も出てこないとしたら、もう労働組合は生活者の利益を擁護する役割を放棄したと見て構わないと思います。

  まあ、こういうことを言うと、批判だとか反論とかが大好きな労組の方々に文句を言われるかもしれませんね。いわく、

  「日本の財政が大変なのは間違いないし、少子高齢化も進行している。だから、消費税を増税して福祉の財源にするのは仕方がないのではないか?」

  これに対して、私だったら、よく新聞やニュースをご覧になって勉強なさってますね、と、敬意を表しながら次のように逆に質問するでしょう。

・1997年に税率を2%上げた時、経済成長率が実質でもマイナスになり、所得税が落ち込んだが、消費税でその税収の目減りをカバーできるのか

・消費税増税と法人税減税が必ずワンセットになっているが、なぜ後者には反対しないのか 

・消費税は一般財源になるので、福祉の財源に使われる保証は全くないのではないか

・そもそも、労働組合がなぜ大衆課税である消費税の増税に賛成するのか


  特に、一番最後の点は重要です。
  「日本の将来や少子高齢化の現状を考えたらしょうがないじゃないか」と言うのなら、私も労働組合のみなさんに是非とも申し上げたい。

  会社の将来やデフレ、グローバル化の現状を考えたら、労働者の賃金引き下げや待遇悪化もしょうがないじゃないか。

  この論理と、消費税増税を仕方ないと受け入れる論理と、一体どこにどう違いがあるんでしょうか。
  結局、識者やマスコミの言うことを鵜呑みにして、なんとなく経営者(支配者)有利のフォーマットでものを考えるクセがついてしまっているということでしょう。情けないことです。
  この分で行くと、来年辺りには、連合の会長が「合理的な経営のためには労働者の権利を多少制限することもやむを得ない」だとか、「法人税を引き下げないと日本から企業が出て行ってしまう」だとか、「移民を受け入れないと社会の活力が失われる」だとか、訳の分からないことを言い出すんじゃないでしょうか。
  ただ、私としてはむしろそうなってほしいと思っているところもあります。別に、笑いの種にするわけではなくて、「労働組合は労働者の権利を守ってくれる団体だ」という、変な幻想を完全に人びとの中から消し去ってほしいからです。
  そうすれば、もう連合みたいな上部団体に頼らずに、自分たちの手で労働者団体を作ろうという機運が盛り上がってくるような気もします。その中には、マスコミの言っていることは基本的に正しいという、上の世代にありがちな認識を持たない自由なものの考え方の人びとも相当数混ざっているはずです。今はインターネットという、記者や編集者の解釈ぬきで情報を伝達できる媒体もあるわけですから、
  まあ、●ユニオンショップ協定のある組合は難しいのでしょうが、それなら一応大元の組合に所属して、別にもう一つ団体に参加すればいいのです。面倒くさいかもしれませんが、新しいことをやるというのはそういうことでしょうし、別に初めの活動場所はツイッターでもミクシーでも構わないのです。
  そのような「自律的な」労働者に対して、統制権を振りかざして活動を妨害してきたら、もう本当に労組というのはDV夫と変わらない存在です。今後新たに基盤を拡大することはないでしょう。
  
  さんざん労働組合をけなしてしまいましたが、●大阪生コン闘争のような画期的な運動も中にはあります。この運動が良かったのは、「個別会社・各協同組合に春闘ストライキ圧力をかける事によって、彼らをせっぱ詰まらせ、その背後にいる・生コン関連産業を不当に支配搾取している大企業(ゼネコンやセメントメーカー)に立ち向かわせ、賃上げと業界建て直し・大倒産回避の原資(生コン価格1立米1万8000円への適正化値上など)を引き出させる」(リンク先より引用)という、明確な経済的目標設定があったことです。
  もはや形骸化している春闘や、惰性でやっているとしか思えないメーデーなどとは比べものにならないほど有意義な運動だったと評価できます。

  これからの労働者に必要なのは、労組が言うことだからと盲目的に平和運動や消費税増税賛成に走ってしまうことではなく、この生コン闘争のような有益な活動を見極めて主体的に参加していく意識でしょう。
  連合の会長さん自ら「私は経団連と歩調を合わせまーす」と言って親離れを勧めてくれているのですから、是非この機会に、今の世の中で労働力を切り売りすることの意味も含めて、いろいろ考えてみるといいんじゃないでしょうか。

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