2010年01月 / 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月
--.--.--(--)

スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
EDIT  |  --:-- |  スポンサー広告  | Top↑
2010.01.12(Tue)

もう景気はよくならない(5) 

●このシリーズの前回の記事において、私が金利には富を偏在させる特質があると言ったのを聞いて、こう思った人もいるかもしれない。

「極端な仮定だ。外部経済から完全に閉鎖され、貨幣の量も一定のまま変わらない経済社会などあり得ない」

確かにそうかもしれない。この世界で、外部経済と何のやり取りもない閉鎖経済を敷いている国はない。あの北朝鮮ですら、外国と貿易をしているのだ。

そして、こうも考えるかもしれない。

「金利によって掠め取られるカネがあるのは確かだが、生産を活発にして外部にモノを輸出し、経済発展を続けて、その金利負担を上回る収入を上げ続ければ、総需要は拡大し続けるはずだ。少なくとも極端な貧困は生まれないだろう」

これも一理ある。後述するが、日本は似たような仕組みで戦後世界経済の優等生になったのである。同じことをもう一度やれば成功するのではないか、と思う人もいるかもしれない。

しかし、私は、そんなことをしても本質的な問題点は何も克服されないと断言する。

以下に理由を述べるが、前提としてまず、そもそも「経済発展」とは何なのか、きちんとその意義を整理しておきたい。

たとえば、ある国の国民の相当多数が洗濯機やテレビといった家電製品を一通り揃え、それなりに快適な生活ができるようになったという状況を考えてみよう。日本でも見られた「経済発展」の一場面である。

上記のような生活を送るためには、まず国民一般に家電製品を購入できなければならない。

そのために必要なのは「家電を作れる生産設備と原材料」(国内生産する場合)もしくは「輸入のための外貨」である。しかし、日本のような近代工業用資源が乏しい国だと、結局原材料も輸入が必要である。そうなると、結局経済発展をするには、外貨が必要だということになる。

また、家電を使うには電力を供給する仕組みが要る。発電所や送電設備といったインフラと、エネルギー源となる資源が必要だ。インフラを独自に構築・運営できる国はわずか(日本は幸運にもその中の一つ)で、だいたい外国にカネを払ってノウハウゆ買うことになる。しかも、エネルギー資源は石油や石炭であり、これまた持たざる国が圧倒的多数だ。結局資源国から買うしかない。

そうなると、経済発展の第一条件は外貨の獲得だということになりそうだ。

電化製品に話を戻すと、いくら作っても国民がそれを購入できないようでは、企業が売り手を見つけられなくなってしまう。だから、社会政策の整備(たとえば年金や福祉の拡充)によって、国民がカネを持つことができる条件を整えなければならない。そうすることで、内需が形成され、経済活動がより活発になる。

結局、「経済発展」を定義すると、

外貨の獲得によって総需要が拡大し、その国の一般的な物的条件が拡大すること

になりそうである。

しかし、まさにこの定義の中に、大きな罠が潜んでいるのである。

確かに、このような経済発展が続けば、総需要は流入した外貨(他国の富)の分だけ拡大し、それと比例する形で企業や個人の手にする収入が増え、金利を払ってもなお補えるほどの豊かさを国民の大多数が享受できるかもしれない。

しかし、そのためには一つ、絶対に欠かせない条件がある。継続して外貨を獲得し続けることである。言い換えれば、その国だけが儲かり、他国から生き血を吸い取り続けられなければいけないということだ。

しかし、これは口で言うほど簡単ではない。なぜなら、他国もまた経済発展を望み、その他の国々から外貨を獲得しようとするはずだからだ。そうなると、必ず競争が生じる。競争に敗れた国は、金利の負担を上回る収入を得られずに、やがて経済発展レースから脱落していくだろう。

そうして淘汰が進むと、何が起こるのか。経済発展を無理にでも続けるために、生き残った経済強国同士が、他国と衝突を始めるのである。そうしなければやがて国内の企業(有利子の借入金や配当付の資本金を元に活動している)や政府(国債を発行して財源に充てている)は、「金持ち」への金利の支払いで潰れてしまう。

二度の世界大戦は、そうやって起こったのだ。

国内経済だけでなく、世界経済を一つの大きな経済循環のプールだと考えれば、それが無限でないということはすぐに理解できるはずだ。一国の経済に総需要があるように、世界のも総需要があるのである。経済発展競争は、その総需要の奪い合いを招き、やがて深刻な国家間対立を招く。

「持続可能」だとか「永続的」な経済発展などあり得ないのだ。経済学だとか最先端の経済情報だとかを頭に入れていると、そういう当たり前のことが分からなくなる。

では、戦後の世界経済はこのような事態をどうやって回避してきたのだろう。簡単な話だ。数多くのメンバーの経済発展と引き換えに、一方的に損をする役割の国を作った。それがアメリカだったのだ。

戦後の各国の経済発展モデルは非常に単純だった。要するに、アメリカ相手にものを売り、ドルを手に入れることだ。経済発展したいならアメリカに従ってドルを稼げばいいので、悩む必要がほとんどなかった。地政学的な判断力を欠いたままやってきた日本が発展できたのは、そういう単純な構図のおかげだった。

それでも経済発展を望めない地域(アメリカの海上交易路にアクセスが困難な内陸国)は、あらかたソ連が引き受けてくれた。巨大な生産力を産み出しうる中国も鎖国に近い状態を保っていたので、各国はデフレの危険をほとんど考慮せずに経済発展を目指せばよかった。

しかし、このモデルはアメリカ一国がこけたら、もっと広く言えばアメリカが政策転換をしたらおしまいだということはすぐに分かるだろう。実際そうなった。詳しくは、●こちらの記事に書いたとおりだが、簡単におさらいをしておこう。

アメリカで1970年以降取られた政策は以下の通りである。

1.ニクソンショック(ドル金交換停止措置)
2.ニクソン訪中と米中国交回復
3.二次産業の海外移転
4.401K(確定拠出型年金)導入
5.証券税制の優遇・証券取引の規制緩和
6.FFR(日本で言う公定歩合)を高水準で設定



これらの措置で、アメリカはGMやフォードに象徴される製造業の国から、金融の国に変貌を遂げた。国内産業は徹底的に破壊され、その過程でリストラが進んだために中産階級は没落した。アメリカという国全体のGDPは増大したにもかかわらず、貧困層はどんどん増えた。

そして、その流れは90年代以降他の先進国に飛び火した。西ドイツは共産国家である東ドイツとの統一によって疲弊し、東欧各国へ生産拠点を次々移転し、それでも飽きたらず移民を大量に導入した。そして、日本はバブル崩壊後、消費税増税やゴーン改革に代表される大企業のリストラ、そして自民党政権の構造改革路線によって完全に没落した。イギリスやイタリアなど言わずもがなだし、韓国のような新興国も経済危機をきっかけにメチャメチャにされた。

こうして見てみると、まず収奪の対象になったのは世界最富裕国であったアメリカの国内経済であり、それが順次他の国に「応用」されていったようにも思えてくる。各国は冷戦期に対米貿易でため込んだ富を、あらかた放出させられてしまった。

当然のことだが、そんな時期にも金利や配当といった形で、「金持ち」のもとにカネが集積する仕組みは機能し続けた、それどころか、グローバルスタンダードなどと称して、上記のようなアメリカを狙った金融至上経済への転換をっ各国は進んで行ったのではなかったか。日本の金融ビッグバンなど良い例だ。

だから、結局経済発展を目指した競争は止まることなく、今の今まで来ているのである。

別の言い方をすれば、ニクソンショックの辺りでもうすでに世界経済の総需要は頭打ちになっていて、それ以降は経済発展を望む各国が盛大な共食いを始めたということでもある。90年代以降、そこに中国まで殴り込んできたのだから、旧来の先進国が没落しない方がおかしいのだ。

もう少し、この経済発展がもたらすものについて論じたい。(続)

★人気blogランキングへ←クリックして応援よろしくお願いします。


スポンサーサイト
EDIT  |  22:51 |  経済とグローバリゼーション  | TB(0)  | CM(5) | Top↑
 | BLOGTOP | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。