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2009.09.03(Thu)

中国、日本、そして近代化について 

「増加する未婚男女」、深刻な結婚の経済事情―中国
http://excite.co.jp/News/china/20090903/Recordchina_20090903013.html

2009年9月2日、21世紀経済報道によると、旧暦の七夕にあたる先月26日、中国各地では大規模なお見合いパーティーが開かれた。こうしたイベントは毎週末のように行われており、中には未婚の子供を持つ親を対象にしたものも多い。あるメディアの報道によれば、現在、北京市の結婚適齢期を過ぎた独身女性は50万人に及んでいるという。

コロンビア大学の魏尚(ウェイ・シャン)教授はこうしたお見合いパーティーについて、「新居から結納品、披露宴など諸々の費用を支払う男性側の経済的負担はきわめて大きい」と指摘した。結婚にかかるコストが過度に高くなった結果、社会全体の貯蓄率にも影響を及ぼし、社会全体の消費率が長期にわたって低迷する原因にまでなっていると話す。上海市では披露宴の費用だけでも平均20万元(約270万円)もかかるという。

中国社会科学院人口研究所の専門家によれば、成人男女の未婚率は上昇を続けているが、特に男性に未婚の割合が多い原因については「80年代に男の子が増え過ぎたからだ」と指摘。さらに、女性の理想が高くなったことも男性側の負担を増す大きな原因だと話す。ある出稼ぎ労働者の男女のケースでは、女性側が男性側に6万元(約80万円)の結納金を請求したが、男性の年収が少ないため、6年間働きずくめでようやく結納金を貯めたという。

結婚にかかるコストの増加は、親の負担も増している。国際ブライダル博覧会の調べでは、北京や上海の若者が結婚する際、両親からの経済的サポートを受けている割合は80%に上るという。こうした背景のもと、子供の結婚のために貯蓄する親が増えているようだ。


>お見合いパーティー

>諸々の費用を支払う男性側の経済的負担はきわめて大きい

>特に男性に未婚の割合が多い

>女性の理想が高くなった

  一体何処の国の話だ?と思った人も多いことでしょうが、中国のニュースです。
  続けて、こんなものもあります。

18歳以上の不安障害患者数は5700万人、その9割が治療受けられず―中国
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090901-00000017-rcdc-cn

2009年8月28日、世界的に権威ある英国の医学論文雑誌「The Lancet」によると、不安障害に悩む患者が中国全土に約5700万人存在するという。北京晩報が伝えた。

この数字は山東省、浙江省、青海省、寧夏回族自治区の3省1自治区の統計資料から算出されたもので、18歳未満の患者数は含まれていない。全国5700万人の不安障害患者のうち90%が適切な治療を受けられない状況にあると同誌は指摘している。おりしも中国では初の「全国不安障害学術会議」が中華医学会精神病学分会の主催、製薬会社GSK(グラクソ・スミス・クライン)中国法人の協賛で大連市にて開催されたばかり。

中華医学会精神病学分会主任委員の周東豊(ジョウ・ドンフォン)教授は「不安障害は患者の健康だけでなく、社会関係や職業、家庭生活など多方面に影響を及ぼすため、抑うつ症などそのほかの精神疾患を引き起こす可能性がある」と指摘。さらに不安障害と抑うつ症を同時に抱えた患者の自殺率が高いという報告もあることから、「不安障害患者に対する有効治療は緊急性を有する」と主張した。

不安障害の治療には、薬物療法と認知療法、認知行動療法などがあり、単独または併用で用いられる。完治までの道のりは長く、再発の可能性も高い疾病であることから、患者には多くの忍耐が必要とされる。


  5700万人というのは、中国の全人口の4%程度に過ぎませんから、日本で言うと580万人ぐらいということになります。日本のそれが急激に増えた結果、最近300万人を超えたと推定されているほどですから、かなりの割合です。

  上の二つのニュースを付き合わせて分かるのは、日本では明治維新から140年かけてゆっくり進んできた共同体の破壊、ムラ的な価値観の破壊が、中国ではわずか30年ほどで完了しつつあるということです。
  統合失調症など、環境的要因にかかわらず一定の確率で罹患する病気は別として、うつ病などの精神疾患は、にっちもさっちも行かない立場にいたり、継続的に不安を増大させる状況があったりと、社会環境によって発病する確率が高まります。●某政党の政調会長(このたびめでたく落選)が「うつ病になるのは気が弱いから」だと発言をしていましたてちょっとした騒ぎになりましたが、無知もいいところでしょう。
  日本でそういう人が増えてきているのは、企業の行動様式が変化したからです。すなわち、正規雇用を派遣など非正規のものに置き換え、残った正社員には過度の責任を負わせるようになってきたのがこの十数年の日本の企業です。そして、それに耐えられないのは、努力が足りないのだという風に片付けられます(いわゆる「自己責任」論)。企業にとっては、非常に都合の良い論理です。
  そればかりでなく、恋愛、結婚などでも、自己責任での競争が全面的に肯定されてきています。狭い範囲で対象の異性を探す必要がないということが広く認知されたため、「もっと自分にふさわしい相手がいる」と考える男女が増え、抽象化された価値(たとえば年収)によって競争が行われている
のです。結婚できないのは魅力がないから、彼女ができないのは話が面白くないから・・・という風に、ここでも自己責任が持ち出され、勝者と敗者が生まれるのは当然だということになっています。
  こういう社会では、いわゆる「弱者」というのは非常に生きづらくなるということは、誰が考えても分かるでしょう。「嫌なら努力しろ!!」とかそういう問題ではなく、事実としてそうなっているのです。

  そして、このような現象が、遅れて「近代化」を始めた中国にも現れているというのが、大変興味深いところです。

  ●毛沢東が君臨していた頃の中国には、まだ土の匂いを肯定するようなところがありました。基幹産業は農業で、圧倒的多数の人口が農村に居住していました。
  その毛沢東が1976年に亡くなり、2年後に権力を握ったのが●小平でした。小平の国家運営の方針はは、いわゆる「改革・解放」と言われています。(本人達の意図はさておき)自国内完結型だった経済を、外国からの投資を積極的に受け入れ、グローバル貿易に全面的に参加する方向へ転換するというものでした。
  中国がこのような方針転換を行ったのは、●以前の記事でも述べたように、世界経済支配層であるアメリカの金融資本が、産業の育成から、金融による収奪へ戦略を転換したからです。金融資本が各国の産業や社会基盤をカネで買いたたくには、大規模なデフレになったほうが都合がいいわけで、中国に過剰な工業生産を行わせることが最も有効な方法だったということです。
  どんな合意があったのかは知りませんが、その後小平の「改革・解放」は大成功を収めました。円高に苦しむ日本がちょうどよくバブル崩壊し、生産拠点を中国に移さざるを得なくなったこともあり、「世界の工場」の地位を奪うことに成功しました。
  しかし、その経済発展が、日本以上に過熱する「婚活」や、異常な数の精神疾患患者数となって現れてしまったというわけです。小平とすれば、それでも中国が世界の列強に名を連ねるようになったので、草葉の陰で満足しているのかもしれませんが・・・。

  そのような経済的側面を助長したのが、近代的教育です。共産党支配下になってからの中国では、唯物論を絶対視し、霊的信仰を全否定するようになりました。日本で明治時代に、国家神道という人工的なイデオロギーを掲げて、●廃仏毀釈●神社合祀令で民間信仰を破壊していきましたが、それでも神道の伝統を完全に無視はできませんでした。しかし、今の中国で、およそ民間信仰に類するものはほとんど見ることができません。太極拳や気功という形で生き残ったという見方もできますが、共産党が政権を奪取する前から生き残っている宗教団体や、神社の氏子区域のような共同体は皆無です。
  改革・開放後の中国には、すさまじいまでの拝金主義が蔓延しました。●牛乳へのメラミン混入など、あからさまな食品偽装が次々と行われるのも、全てその方が儲かるからというのが動機でした。こういうのも、唯物論的な教育と無縁ではないでしょう。

  それでも中国が国として何とかやってこられたのは、毛沢東や小平に代表される革命世代に圧倒的なカリスマや政治家としての人間力(いい人かどうかは別)があったからです。そして、彼がいなくなった後は、金儲けのためだけに中国を利用しようとする欧米や日本のグローバリストたちの思惑と、その結果としての順調な経済発展があったからです。
  それとてかつて唐詩に詠われた自然を犠牲にし、冒頭のような価値観の変容を生んでしまったのです。
  自然破壊、物質を優先した人間同士のつながりの否定…どうやら、カネを持って豊かになると、人間は総じて同じ方向へ進むようです。教育は、そのような状況を助長することはあっても、押しとどめる力はほとんど持っていないように感じます。
  そもそも、近代国家じたい、●こちらの記事でも述べたように、ある種の人びとがカネの力で自分のやりたいことをやるために作られたものなのですから、政府のやる公教育によって何かポジティブな変化を起こすことは無理な話です。
  同様に、政府が行う対症療法も効果はありません。企業から税金を取って生きている近代国家や、企業献金をもらって贅沢な暮らしをしている政治家が、「うつ病の原因は労働環境だから一人一人が楽に働けるくらいまで正社員をどんどん雇え」などと口が裂けても言えないからです。どうせ、税金で訳の分からない財団法人でも作り、PRのリーフレットでも作っておしまいでしょう。今の経済システムが続いている限り、状況が改善することはあり得ないのです。

  ●少し前の記事でも書きましたが、今後日本の経済は良くなるということはまず考えられません。45兆円という巨大な需給ギャップ、すなわちデフレ状態にあるにも関わらず、いわゆる二大政党と言われる政党のどちらもがそれについて全く言及していないからです。
  考えてみれば、近代国家の役割は、金持ちをアシストすることにあったわけですから、経団連や外資が望んでいないデフレ解消など行われるわけがないのです。高額所得者や、株式投資に対して課税するということもまず間違いなくないでしょう。
  だから、国民新党のように、デフレこそが真の問題であると主張している勢力は、マスメディアに徹底的に無視され続けるでしょう。日本の政治をたらい回しにする二大政党は、相手が失策する度「まだまだカイカクが足りない!」と言って、より過激な(そして金持ちや外国にとって有利な)政策をとり続けることでしょう。
  要するに、中国で共産党が一党独裁でやっていることを、日本では二大政党と官僚が民主主義や法治国家という体裁を取りながらやっているというだけなのです。
  そうやって、短期的には揺り戻しがあったとしても、長い目で見れば、日本の経済はとことん没落していくことでしょう。
  そればかりか、●石油減耗が進めば、化石燃料を自給できない日本や中国は窮地に陥ります。今言われているような経済発展やGDPの成長が不可能になる時代は、遅かれ早かれやってくるのです。

  それでも生きていくためには、やるべきことは一つしかありません。貨幣に頼り、景気の波や有効需要などという自分ではどうにもならないものに依存した職業生活から、必要なものを自分で生産する生活へ少しずつ移行していくことです。
  そういう点で、面白い考え方が提唱されています。

新時代のキーワード「半農半X」って?
http://allabout.co.jp/family/simplelife/closeup/CU20080228A/

ガイド:「半農半X」って、耳新しい言葉ですが、どんな考え方なのでしょうか。

塩見:半農半Xとは、「持続可能な農ある小さな暮らしをしつつ、天の才(個性や能力、特技など)を社会のために生かし、天職(X)を行う生き方、暮らし方」と、私は定義づけているんです。

ガイド:それって、「農業の傍ら好きなことをやって暮らす”田舎暮らし”」のことですか?

塩見:う~ん、似ているけど、ちょっと違う。田舎暮らしは、田舎が舞台で、田舎で暮らすことが目的だけれど、半農半Xは、都会でもできる、そこが違いますね。「小さな農」を暮らしに取り入れつつ、自分の大好きなことをテーマにして食べていくのが、半農半Xなんです。

「半」は「二分の一」じゃない

塩見:ここで言う「農」は、「農家になる」「農業で食っていく」とイコールではありません。農は”広さ”でも”時間”でもない、と思うんです。つまり、耕作面積や、費やす時間は問題でなく、「暮らしの中に農があること、農を意識して生きること」が重要なのです。ですから、「ペットボトルでスプラウトを育てる」も「ニンジンのヘタから芽を育てる」も「農」。

ガイド:おぉっ、じゃあ、隣町に畑を借りて、ベランダで「段ボールコンポスト」を育ててるガイドは、「半農半ライター」!?

塩見:そうそう!(笑) 「農」とは言い換えれば「ていねいに暮らすこと」であり、「センス・オブ・ワンダー」(レイチェル・カーソン)をもって生きることなんです。暮らしの中に農の視点を持つことで、「いつかは終わる生命体である自分」を意識することになり、それが、時間に対する考え方を変え、自然や他の生命や後世に思いをいたすことを可能にする。ひいては、食糧問題や環境問題の解決につながる、という考え方です。

ガイド:なるほど~。実はすごく壮大な考え方なんですね!

塩見:半農半Xは、お金や時間に追われず、ほんとうに大事なことに集中し、人間らしさを回復するライフスタイルでもある、と私は考えています。

   (中略)

塩見さんによる「半農半Xの8つのキーワード」を教えていただきました。

・地球、環境、持続可能性(サステナビリティ)
・コミュニティ、地元
・家族
・瞑想、散歩、思索(精神性)
・小さな農、採集(身体性)
・手仕事、アート
・天職、ミッション、役割
・情報発信


「今いるところ、今あるものを大切にしながら、遠い未来の子孫と、遠い国の人々に思いを馳せる生き方」が想像されます。それは、シンプルライフ的考え方とも大きく重なります。


  おそらく、今はこのブログをご覧の方でも、「そんなことをやるよりは仕事で努力してもっとたくさん稼げるようになるべきだ」とか、「素人の園芸で食糧生産を代替できるわけがない」とかいう風に否定的人や、「そんなことを言っても、便利な生活は変えられないし、変えたくないよ」と諦めている人が少なくないのではないかと思います。
  しかし、私は、もう少し時期が経てば、上の記事のようなライフスタイルに賛成する人が増えてくると確信しています。近代的な「努力」をしてもどうにもならない、何もよくならない時代が来るからです。おそらく、中国の大多数の人びとにとっては、もうそういう時代が来ているのでしょう。
  明日からいきなり半農半Xな生き方を始めなくても構いません。ちょっと頑張ればいい生活が出来た高度成長の時代や、コンビニやスーパーで何でも手に入る今の生活が絶対のものではないということが分かっていれば、きっと政治や経済のニュースで頭がおかしくなることはないのではないかと思います。
  私も近いうちにプランターを買ってきて、ベランダで●再生ネギでも育てようかなと思っています(笑)。

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