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2009.06.16(Tue)

国際社会という「魔女狩り社会」の中で、いかに生きていくべきか 

日本の性暴力ゲーム、「香港の青少年に悪影響」=性文化学会で批判―香港
http://www.excite.co.jp/News/china/20090615/Recordchina_20090615009.html

2009年6月、香港性文化学会主催のシンポジウムにおいて、香港中文大学の梁麗娟(リャン・リージュエン)教授は日本の性暴力ゲームが香港の青少年に大きな影響を与えていると発言した。14日、中国新聞網が伝えた。

香港紙・大公報によると、梁教授は「テレビゲームは設定された難題をクリアすることで大きな達成感を得られ、子どもたちにゲームを遊び続けるよう促す機能がある」と指摘した。こうしてゲームを続けることによって子どもが性や暴力に慣れてしまうと、成長後に暴力で問題を解決を図る、孤独でねじ曲がった性格の持ち主になってしまい、さらには人を傷つけることをなんとも思わないようになってしまうという。


  香港のメディアが「性暴力ゲーム」という言葉を使っているのは、もっと前にそういう言葉を使い始めた人びとがいるからです。

性暴力ゲームの製造・販売禁止へ、人権団体の抗議受け-業界団体
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90003011&sid=a.TunFCmDRNk&refer=jp_asia

 日本のゲームメーカー233社が加盟する一般社団法人「コンピュータソフトウェア倫理機構」は4日、人権団体による国際的な抗議で英議会でも問題となった性暴力を描写したゲームソフトの製造・販売を禁止する方針を明らかにした。

  同機構には国内アダルトゲームメ-カーの約9割が加盟している。

  性的暴行を扱うゲームをめぐっては、ロンドンを拠点とする女性人権団体「イコーリティ・ナウ」が抗議活動を展開したことがきっかけとなり、国際的な関心がここ最近高まった。この団体は「女性や少女らへの性暴力を常態化させ、煽るような」ゲームの製造・販売禁止を法務省など関係省庁に求めた。

  矢野経済研究所の調べによると、アダルトソフトゲーム業界の 2007年の売上高は341億円。同年のパソコンソフトの売上高は800 億円だった。


  ここで冒頭の記事に戻ると、早い話が、欧米の人権団体が騒ぎ始めたので、中国のメディアが尻馬に乗って日本製性暴力ゲームを叩いているということになります。
  こういう記事を紹介すると、感情的に反発する方もいらっしゃると思いますが、そういうことを抜きにして全くドライな視点で見てみると、国連主導でフェミニズムが猖獗を極めている昨今の国際社会では、正直日本の「性暴力ゲーム」は立場が弱いと言えます。
  おそらく、今後は暴力的なものに止まらず、広く「エロゲー」と言われるものが指弾されていくことになるでしょう。日本製のゲームは性欲の対象になる女性が低年齢層(に見える描写)であり、児童ポルノという名目でいくらでも叩くことが出来ます。
  たとえエロゲが性欲解消、ひいては性犯罪の抑制に役に立っているとしても、そういうことは問題ではありません。会社や学校がそうであるように、国際社会も建前で運営されています。「売春のおかげで強姦や強制わいせつが少なくて済むんだ」などということは多くの人が理解していることですが、公式の場でそういうことを口にする人はいませんね。それと同じことです。
  もちろん、香港の連中も、裏では喜んで「性暴力ゲーム」をパソコンにインストールしていろいろ励んでいる(笑)のでしょうが、そんなことは自白しなければ分かりません。

  そういう中で尻尾を出してしまうと、寄ってたかってバッシングが始まるわけです。

  バッシングするというのは、いろいろ目的があると思います。まず、日本が世界的に見ても一定の地位や経済力がある国だということです。叩くことで負い目を負わせれば、国際機関を通じた援助やビジネスの交渉で有利になるかもしれません。日本と経済的に利害が深く関わっている国には、より大きく妥当するでしょう。
  また、日本という異物を作ることで、自国政府の支配を正当化できるという側面があります。たとえば、中国や香港における性風俗の乱れは、日本のアダルトビデオや性暴力ゲームのせいだということにしてしまえば、当局は責任を取らずに済みます。日本でも、何かあるとすぐ北朝鮮の例を持ち出してくる人間がいますが、「日本(の政府)がいかにマシか」ということを言いたいためにそういうことをするわけです。
  一番大きいのは、ガス抜きです。人間には攻撃性というものが本来備わっており、暗黙の了解や社会的な規律が厳しい社会では、それを発露する機会がないというのが現実です。そこで、ある国なり集団なり個人なりを「悪魔化」し、それを叩くことでストレスを発散させているということです。
  嫌な話ですが、日本の性暴力ゲームというのは、米英や香港の政府当局に、こういう目的を達成するきっかけを与えてしまったのです。それが良いか悪いかは問題ではありません。そういうのが現実だということです。
  冷戦後になって急に出てきた「従軍慰安婦」や、日本のGDPが世界2位になったあたりから急に言われるようになった「捕鯨」というのも、そういうネタの一つだということです。

  、国際社会というのは、「魔女狩り」に近いことをやっているといえます。魔女狩りについて、非常に本質をついた指摘をしているブログ記事があるのでご覧下さい。

「400年以上も西欧世界で吹き荒れた『魔女狩り』の本質」
http://sun.ap.teacup.com/souun/256.html

・・・ローマカソリックの『魔女狩り』について結論を先に言ってしまえば、「ローマカソリック組織が、経済的権益という自己保身のために“キリスト信仰者”の根絶やしを計りながら、さらなる経済的利益を同時に追求した“宗教戦争”である。

おまけとして、“信仰者”を徹底的に辱め最後は殺害まで行って楽しんだものだった」と考えている。

・・・「異端審問」は、“悪魔崇拝者”が、自らの正体である悪魔崇拝性を包み隠すことなく、それがあたかも標的となった“信仰者”の本性であるかのように言い立てたものである。

“悪魔崇拝者”でないものを“悪魔崇拝者”だとし、いずれにしても殺してしまうことを前提にしていながら、身体的な拷問と性的なものを中心とした侮辱を与え、生きながらにして火あぶりにするということで、喜びと悪行性を倍加させたのである。

さらには、財産の没収だけではなく、異端審問から火あぶりに必要な薪代までのすべてのコストを“魔女”の負担として、莫大な蓄財を行った。

このため、その地域の資産家は、『魔女狩り』の大きな標的となった。

“悪魔崇拝者”ならではの厚顔無恥で強欲な所業であり、『魔女狩り』は十字軍に代わる金儲けの手段として位置づけられたのである。


「400年以上も西欧世界で吹き荒れた『魔女狩り』の本質ー2」 
http://sun.ap.teacup.com/souun/257.html

・・・「異端審問」でとりわけ重視されたのが「色魔性」であったことも、“悪魔崇拝者”の本性をよく示したものである。

“悪魔崇拝者”自らが、悪行とされる乱交や男色そして小児性愛をこよなく愛していたからである。

(現在でも、カソリック司祭のこのような問題が表面化したりしている)

だからこそ、各地で、若くて美しいと見られていた娘が魔女狩りの第一の標的となった。

信仰と正義の名のもとで、罪を問われることなく公然とわいせつ行為にひたることができたのである。

身体に付けられた悪魔の印を見つけるためと称して、裸にするわ、性器付近の毛を剃るわの自制心を一切かなぐり捨てたご乱行を繰り返した。

魔女とされた人の尋問(拷問)状況の記述を読むと、まるでエログロ小説(「日本書紀」にも少しあるが)である。

“精神性”の欠片もないSM小説を読まされているようなものである。


  どうでしょうか。私が現代の国際社会を「魔女狩り」の世界だと思っているのは、

(1)教条的な大義名分を掲げ、多数で少数を一方的にバッシングする
(2)汚い本音(中世の魔女狩りなら財産略奪や陵辱)を隠している
(3)コントロールセンターから発信される情報でバッシングが正当化されている


  という共通点があるからです。
  (1)では、その社会で正しい理念であるとされていて、疑問を呈することが許されないものが使われます。中世ヨーロッパなら「神の言葉」であり、現代なら「人権」「民主主義」「環境」などといったものがそうでしょう。「グローバル化」というのも、そういう概念になりつつあるかもしれません。
  (2)については、先ほど述べたとおりです。
  (3)はわかりにくいかもしれませんが、「こいつはこういう風に悪い奴だ。みんな、叩け」という命令を暗に示す機関なり集団があるということです。中世ヨーロッパなら「異端審問官」「カトリックの神父」「プロテスタントの牧師」がそうでした。
  では、今そういう役目を果たしているのはどこかというと、「メディア」です。ぶっちゃけた話をしてしまえば、アメリカとイギリスの英語メディアだということができます。
  彼らの特徴は、対象を徹底的に悪魔化して、理解できない人間(たち)だということを繰り返し宣伝することです。相手も人間として社会生活を営んでいる以上、共通点はたくさんあるわけです。そういうところを知れば、仲良くするのは無理にしても、そういう連中が存在してもいいと思うくらいはできます。しかし、コントロールセンターである異端審問官やメディアは、「こんなに違う」「こんなにおかしい」という点だけを抽出して、それにふさわしい情報(聖書の一節や映像・音声)を付加して喧伝するわけです。
  世の中を動かすには、コアな思想を持っている2割ではなく、どっちつかずの8割を狙うのが鉄則です。日々そういう情報を発信して、バッシングを正当化していけば、その8割も消極的にバッシングに賛成するようになります。
  もうお気づきだと思いますが、こういう構図は学校における「いじめ」と全く同じです。国際社会というのは、美しいものでもワクワクするものでもなんでもなくて、ちょっと変わったり目立ったりすると叩かれる陰惨な社会だということです。
  別に一般庶民がそこまで意識して何か行動をしろなどとは言いませんが、政治家や官僚になる人たちには、そういう現実を認識してもらいたいものです。

  では、そんな国際社会で生き抜くにはどうすればいいのでしょうか。

  一つは、カウンターで情報を発信できるようになることです。
  たとえば、捕鯨なら、管理捕鯨を行えば地球規模での漁業資源の維持に役立つこと、エロゲーなら、性犯罪の抑制に役に立っているということ、そういうことを世界に向けて発信し、マイナスの情報を打ち消すことです。裏を返せば、こちらも異端審問官になってしまえばいいのです。
  しかし、そういう手段をとることができるのは、今の世界では英語メディアを握っている国、要するにアメリカとイギリスだけです。フランスやスペインのように、世界各地にその言語を使用する人口がいる国でさえ、この2カ国には勝てません。それくらい、情報力では隔絶しているのです。
  フランスやスペインでさえ無理なことが、欧米と言語体系が全く違う日本語を使っている我々にできるわけがありません。いまさら英語をやっても、米英には追いつけないでしょう。だから、このルートで対抗することはほぼ不可能です。
  当たり前ですが、日本の文化や伝統を好きになってもらっても無意味です。世界にいくら「オタク」「日本マニア」を増やそうと、建前の世界では勝てません。

  もう一つは、徹底的に外国の要求に従うことです。
  たとえば、●自民党所属の女性議員で、「○界日報」というどっかのカルト宗教のメディアに頻繁に記事が出ている、安倍チャンの仲間である彼女のように、ついでだから児童ポルノ法案まで強化して規制してしまえと言い出す人は、欧米の人権団体からの要求を忠実に反映して動いていると言えるでしょう。この人に限らず、社民党や共産党、民主党の左派議員というのも、欧米の声を日本の国内に反映させる仲介者になっています。
  しかし、このやり方も、エロゲーならまだなんとか我慢できなくはないものの、そのうちあらゆる分野で「欧米の声」に耳を傾けなければいけない事態を招く可能性があります。現に「規制緩和」や「民営化」というのは、外国(主にアメリカ)からの「日本のシステムは閉鎖的である」という指摘に対応した形で始まったものです。自分たちにとって利益になるかならないかをきちんと考えずに、外国の批判を聴くというのは危険です(もちろん、向こうもそれが狙いである)。
  外国の言いなりになり、言われたまんまに制度や慣習を作り替えるなどというのは暴挙です。GHQの占領、金融ビッグバン、小泉カイカク…もうこれ以上自分で自分をレイプするような真似はすべきではありません。

  そうだとすれば、日本に残された方法は、「テキトーにやりすごす」ことくらいしかありません。
  すなわち、こういう記事が出てきてもあまり感情的にならず、かといって変な純潔さを発揮して徹底的な規制をやるでもなく、テキトーに取締りをする振りをしてごまかしまくるのです。
  もちろん、そういうところをチクチク批判してくる「欧米の人権団体」や「海外メディア」はあるでしょうし、それがダメなら中国や韓国(日本人の多くが優越感を持って見ている「下の」国)を使って感情を煽るようなやり方も使ってくるかもしれません。しかし、それでも反応してはいけません。ビクビクするから虐められるのです。
  それ以上に私が言いたいのは、もう今の日本が指向している方向性、すなわち、外の世界にオープンになり積極的に国際社会に関わろうという姿勢を改めた方がいいのではないかということです。
  この記事をご覧になっただけでお分かりだと思いますが、国際社会というのは「みんな仲良く」という、日本人なら当たり前に受け入れられる発想が全くない社会です。江戸時代以前の日本の歴史を見ても、身分制度や「えたひにん」のようなものがあったにせよ、「魔女狩り」のような異端排除の暴挙が行われたことは、少なくとも公には行われませんでした。
  そういう日本人が、国際社会でいっぱしのプレーヤーになって、自分に有利なようにルーレットを回す側に回れることは、おそらくまずないでしょう。戦前に国際連盟の常任理事国になれたのは、イギリスがバックに付いていたからです。そのバックがいなくなった途端に戦争の時代に突入し、最後にはボロボロにされました。
  バカみたいにものを作って輸出するという経済ではなく、自分たちに必要なものを必要な限度でまかなっていくという経済に転換していけば、外国との過度の関わりはなくなります。どうせそのうち石油が利用不能になるのですから、内側で経済循環を完結させる仕組みを今から作っていくべきです。このブログで何度も言及している「地域通貨」や「入会地」というのは、そのために必要な道具です。
  もちろん、それを今の社会でいきなり実現することは難しいでしょうから、世界の経済が石油減耗に合わせて縮減していくスピードに合わせて、徐々にスローダウンさせていくのがベストです。そうすれば、あとは国防と情報収集をしっかりやればいいだけになります。貿易は昔みたいに限られた場所(たとえば沖縄や新潟)だけを開いておけばいいでしょう。
  今の経済や貿易の仕組みをそのままにしたままでは、日本は「国際社会」の都合に合わせて右に左に振られることになり、下手をすると近隣諸国と戦争をさせられる羽目になるかもしれません。
  今その時に出てくるニュースに腹を立てたり喜んだりせず、もっと先にどういう国にしていくべきなのか、そこまで考えておけば、揺り動かされても平気なのではないかと思います。

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