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2009.03.25(Wed)

殿っ、今こそ、今こそご決断を!!(by凌雲会有志) 

【秘書起訴】民主内に「小沢氏辞任」要求相次ぐ
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/090325/stt0903252112010-n1.htm

 西松建設の巨額献金事件で、秘書が起訴されたにもかかわらず党代表を続投する意向を示した民主党の小沢一郎代表に対して25日、党内から早期辞任を求める発言が相次いだ。鳩山由紀夫幹事長ら執行部は、党所属国会議員に代表続投への理解を求める方針だが、世論の動向次第では、小沢氏が進退の再考を迫られる可能性が出てきた。

 小沢氏と距離を置く仙谷由人元政調会長は25日、国会内で記者団に「(次期衆院選に向けて)必死にやっている候補者を巻き込まないようにするべきだ。小沢氏が自主的に政治判断するべきではないか」と述べ、次期衆院選への影響を踏まえ、自発的に辞任するべきだとの考えを示した。

 また「次の内閣」(NC)文部科学担当の小宮山洋子衆院議員も記者団に「おわびしながらでは選挙に勝てない。一番いいのはお引きいただくことではないか」と強調。「小沢氏の裁判闘争と、政権をとりに行く選挙戦略はまったく別だ」として、小沢氏の裁判闘争に民主党が巻き込まれるべきではないとした。

 また、枝野幸男元政調会長は「検察も小沢氏も説明責任を十分に果たしていない。大方の国民が納得するよう説明してほしい」と述べて、小沢氏の説明が不十分との考えを示した。

 捜査関係者によると、小沢氏の公設第1秘書、大久保隆規被告(47)は、東京地検特捜部の調べに対して、西松建設から違法な企業献金を受領しながら虚偽の報告をしていたなどとする政治資金規正法違反罪での起訴内容を大筋で認めているという。大久保被告の供述が、小沢氏の発言と食い違えば、小沢氏は改めて事件について説明する必要が出てきそうだ。

 一方、麻生太郎首相は自民党本部で細田博之幹事長らと会談し「(小沢氏は)ピントが外れている。問題の所在が分かっていないのではないか」として、24日の小沢氏の釈明会見を批判した。自民、公明両党の幹事長、国対委員長会談でも「(小沢氏は)法の規範意識が足りない」との小沢批判が続出。細田氏も「極めて認識が甘い」と述べた。


>世論の動向次第では、小沢氏が進退の再考を迫られる可能性が出てきた。

  「小沢、やめてくれ!!」という産経新聞の必死の声が聞こえてきそうですが、その「党内から早期辞任を求める発言」をしている国会議員の名前をよく見て下さい。

>仙石由人
>小宮山洋子
>枝野幸男


  で、その後こちらのリンク先を見て下さい。

凌雲会
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%87%8C%E9%9B%B2%E4%BC%9A

  あれ?全員「凌雲会」所属の国会議員の方々ですね??
  しかも、こんな記述があります。

>「凌雲会」は、2002年に仙谷由人・前原誠司・枝野幸男らを中心に結成された。

>前原誠司

>前原誠司

>前原誠司

  はい、もうここまで来て種が分からない人はいませんよね。
  前原クソが、民主党の中でどういう役割を果たしているのかご存じでない方は、是非以下の二つの記事をご覧下さい。はっきり言ってしまえば、この人は「自民党町村派・民主党支部長」です。

●前原誠司は「トロイの木馬」である
●【じみんとう】前原クン、今日も盛大に自爆中!!【だぁいすき】

  今回の産経新聞の記事は、●「街の声」と言いながら毎度毎度劇団員を出演させてヤラセを仕組んでいたTBSの某番組並みの茶番だということです。
  しかし、心配なのは、こういう記事を書くと●京都在住の方からストーカー的な嫌がらせを受ける可能性があることです。今度はどうでしょうか。コメントに画像認証をつけてもやってくるとしたら・・・(笑)。
  もし、前原クソ自身や、彼の熱烈な支持者の方からの脅迫だとしたら、心外もいいところです。私は、一人でも多くの自民党支持者の方々に、前原クンが日々どれだけ自民党に貢献しているのか知っていただきたい一念で書いているのです。全くのボランティアですよ。アルバイト代を頂いてもいいと思うくらいです。

  なに?党名が間違っているって?それは多分勘違いだと思います。

  しかし、枝野や小宮山といった前原クンの同志たちも、もう胸の高鳴りを押さえきれないんじゃないでしょうか。「これで小沢一人を悪者にして民主党を飛び出して、小泉さんや小池さんと新党を結成できる!!」「小沢がくれるはずがない大臣ポストをもらえる!!党三役だって夢じゃない!!」と、ワクワクして夜も眠れないんじゃないでしょうか。
  
  前原クソ、あなたも男なら、その期待に応えなくてどうするんですか?

  ●どーんと一発、かまどきゃしの精神で、堂々と小沢代表と執行部を批判しましょう。古い因習に囚われ、バラマキで民心をつかもうという低俗な考えしかできない彼らにはない武器が、前原クンにはあるのです。すなわち、

★角が丸くなってしまうような無駄な社会人経験はゼロ!!
(京大→松下政経塾→京都府議会議員→衆議院議員)

★中国・韓国・北朝鮮との友好を最重視!!
(たとえば、●日韓FTAを推進していたり、●日朝国交正常化や中国支援のための北東アジア開発銀行といった政策を唱えている)

★常識にとらわれないこだわりと行動力!!
(たとえば、かの有名な●「菓子パンなんか2個も喰えるか!!」事件

  どうです?これ以上「自民党町村派」「小泉チルドレン」にふさわしい人材は、自民党にも皆無だと思いませんか?

  このブログは、そんな特定アジア大好きな前原クソを、機会を見つけては罵、ちがう、応援していきたいと思います!!(笑)

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2009.03.22(Sun)

平安、鎌倉、室町~時代のエトスについて(2) 

  さて、●前回は武士がどういう経緯で登場してきたか、平安時代の話をしました。その続きです。少し長くなりそうな予感がしてきました(笑)。
  ついさっき、●PNW10さんからコメントを頂いたんですが、氏が指摘されているように、どうも我々は「武士」という言葉について、何か抜きがたい固定観念を持ってしまっているようです。たとえば「滅私奉公」だとか「君は君たらずとも臣は臣たるべし」とか、そういう理念を持ってる自己犠牲精神あふれるストイックな職業人みたいな印象でしょうか、そういうものが我々の中にはあります。
  しかし、武士の成り立ちというのは農民です。国司の遥任(実際にその地方に赴かないこと)が認められていたので、平安京以外の土地は、ハッキリ言えばほったらかしでした。今のように、全国隅々まで警察や行政の目が行き届いている、まあそれも最近はちょっと怪しくなってきていますが、とにかくそういうしっかりと管理された状態ではありませんでした。朝廷のだれそれが、「おまえは武士である、これから頑張れ」という風に命じて、武士というものが発生したわけではないわけです。
  もっとも、みんながみんな農民からのし上がった連中なのかというと、そうでもありません。貴族だった人が、田舎に行って野生化(笑)したみたいな人もいたからです。典型的なのは、平将門(たいらのまさかど)です。10世紀に関東地方で反乱を起こしたということで、教科書にも必ず出てくる人です。
  将門は、名字からも分かるように、平氏(へいし)という一族につながる人です。なんでも、桓武天皇の子供が、平安京にいても鳴かず飛ばずだからということで、地方へ下向したというのがルーツだということです。●こちらのホームページに、綺麗な系図がありますから、ご覧になるといいでしょう。ちなみに、何で「平」なのかというと、朝廷から出て自活し始めた皇族に、「平朝臣(たいらのあそん)」という名字をやっていたからだそうです。
  後で出てくる源氏もそうですが、こういう人たちは皇室の血を引いているということで、ありがたがられるわけです。日本で一番強烈なブランドですから、旗頭としてはもってこいなわけですね。
  それで、平将門は反乱を起こしたわけですが、「新皇(しんのう)」とか名乗って関東独立みたいなことを企てたようです。結局、仲間の平氏一門に鎮圧されるんですが、彼の果たした役割は非常に大きいものがあります。
  前から言っているように、律令制というのは、現実には存在しないフィクションです。「関東地方のここからここは武蔵守が統治する」などと決めても、秩父みたいな場所に立てこもっている連中がいたら、「そんなの知るか」ということになるわけです。歴史を調べると、京都にいる中央の政権に対して、本来納めるべき税を納めない勢力が必ず出てきます。あまりにも多いので、「税金はきちんと納めましょう」と思っているのが馬鹿馬鹿しくなるほどです(笑)。
  でも、よく考えてみたら、その平安時代のような時期だと「税は(中央政府に)きちんと納めましょう」というかけ声のほうがおかしいんじゃないでしょうか。まあ、今の行政うんぬんについては置いておくとして、はっきり言って平安時代の国司に税を納めても、身を守ってくれるわけでもなく、サービスが受けられるわけでもないんです。
  「わしは武蔵守である」とか言ったって、そんなもん知らなくても生きていけるわけです。今でもそうでしょう。別に憲法や民法を知らなくても、普通に生きていけます。法律相談のテレビ番組とかやってますけど、あそこに持ってこられる案件というのは、ちょっと普通では起こりにくいような事件ばかりです。

  それが律令とか法規範というやつです。法規範はバーチャル(仮想)です。だから、リアル(現実)なものにはどうしても勝てません。我々の生きている時代はバーチャルなものの力が強い時代だからなかなか分かりませんが、本当はリアルなものの方が遥かに強力なんです。
  たとえば、「人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する」などと刑法に書いてあります。じゃあ、今手に持っている金属バットで人を殴れないのかというと、そんなことはありません。殴ったらこうなる、と書いてあるだけです。つまり、リアルな世界で人を殴るという行為は、バーチャルな法規範で止めようがないわけです。
  そんなことはない、とみなさんが思えるのは、たまたま警察や刑事訴訟制度がきちんと機能しているからです。本来、そうやっていきなり人を殴るような不届きな輩は、自分たちの力で排除するしかなかったのです。
  そのために、武士は武装し、一族郎党で徒党を組んだということです。

  そういうリアルな力を持っているのが武士ですから、平安時代がある程度過ぎると、平安貴族は武士の存在を無視できなくなりました。平将門の反乱を抑えたのは、押領使(おうりょうし)と呼ばれる人びとです。一応役人なんですが、地方で勝手に武装しています。朝廷は、彼らにお墨付きを与えることしかできないんですね。
  朝廷というのは、律令や格式(律令の施行令みたいなもので、延喜式などが有名)という成文法で国を運営していますから、バーチャルの極致みたいな連中です。そういう中央のバーチャルな勢力が権力を保ち続けるには、中央政府の意のままに動く強力な軍隊を持つしかないんですが、この時代は、まだそれが不可能でした。
  もうここまで話すとだいたい分かってきたと思います。武士という人びとのエトス(=出発点、特徴)というのは、徹底的にリアルなものにならざるを得ないということです。それは要するに「土地」と「武力」です。この二つがあってこそ、武士は武士であるということです。
  逆に、江戸時代の中期以降の、俸禄に頼って生活するようになった武士や、明治政府から年金をもらって生活していた士族は、武士とは言えないわけです。武士というのは、行動規範や道徳によってできあがった存在、言い換えればバーチャルな存在ではないからです。もっと言うと、「俺は武士だから」などと自称他称するようになってしまってはいけないのです。それだと、武蔵守と何の変わりもなくなってしまいます。
  そう考えると、PNW10さんが感じた違和感はかなりいい線をいっているのではないかと思います。勝手に評価して申し訳ありませんが・・・。

  すいません。実はまだ平安時代の話が残っています。鎌倉時代の話を始めるには、どうしても避けて通れない人物がいるのです。
  残念ながら、源義家や奥州藤原氏ではありません。奥州藤原氏は、単体でシリーズものを書けるほど面白い存在ですから、今回は意図的に無視します。じゃあ、一体その人物は誰なのかというと、

  
  「平清盛(たいらのきよもり)」


  です。中途半端ですが、ここで切って次回に続きます。

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2009.03.17(Tue)

平安、鎌倉、室町~時代のエトスについて(1) 

  久々に歴史関係のものを書いてみます。今回は、日本の歴史です。鎌倉時代と室町時代を取り上げます。

  あんまり詳しいことは言えないのですが、最近ちょっと時間的精神的にブログに振り分けられるゆとりが少なくなってしまっていて、結構切れ切れになってしまうかもしれません。その代わり、今後なるべく頻繁に更新したいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

  私大学は哲学科だったんですが、今回の記事みたいなタイトルを出されると拒否反応がありました。「エトスについて」とか、何をかっこつけとるんじゃい、と(笑)。みなさんの中にもそういう風に思われた方がいらっしゃるかもしれません。
  しかし、たいして難しいことや、頭に記憶が残らないような細々したことは述べませんし、大事なことは繰り返し言っていきますから、このシリーズが終わる頃には、多分みなさんの頭の中で、鎌倉時代や室町時代について、有益な視点が残るんじゃないかと思っています。

  本題に入る前に、まず、「エトス」という言葉について説明しておきます。

  エトスというのは、もともとはギリシャ語( ἦθος)です。「いつもの場所」という意味の言葉から出てきたようですが、それが転じて、ヨーロッパで「出発点」とか「特徴」とか、あるいはもっと意訳して「気風」という意味に使われています。
  「出発点」と「特徴」という言葉が、同じ所から出てきていることに注意してください。これが重要です。私が今回、エトスという言葉をわざわざ使っているのは、実はこの「出発点であり、特徴」という言葉が、日本語にはないからなんです。
  
  そこで、まずは鎌倉時代のエトスというものについて、平安時代と比較しながらお話ししておきます。

  鎌倉時代というのは、よく教科書などで、「最初の武士の政権が出来た」とかいう説明がなされます。いいくに(1192)作ろう鎌倉幕府、とかいう年号を覚えた方もいらっしゃるかもしれません。なんか、最近、鎌倉幕府の成立は1192年じゃないんだ、という話が出てきているようですが、私はその辺に詳しくありませんし、興味もあまりありませんので、ここでは触れません。
  しかし、ある日突然鎌倉幕府という武士の政権ができあがったわけではないという点は重要です。ニュースなんかで「麻生政権成立」とか言います。あれは、国会で選ばれた総理大臣が内閣のメンバーである大臣を任命した時のことです。鎌倉幕府の初代将軍は源頼朝(みなもとのよりとも)という人物ですが、この人がある日突然武士のリーダーになったかというと、そういうわけではないということです。そこらへんの理解のためには、鎌倉時代の一つ前の時代である平安時代末期の状況について述べておかないといけません。
  時代というのは後からネーミングしたものなので、そういうのにあまりこだわらなくてもいいんですが、平安時代がいつから始まったかははっきりしています。桓武天皇が「平安京」、つまり今の京都に朝廷を移したからです。7世紀くらいからですが、朝廷というのは居場所をコロコロ変えていますが、この平安京はその後1200年続きました。
  桓武天皇が平安京に都を移した一番大きな理由は、早良親王(さわらしんのう)の祟りを逃れるためだったとか言われています。早良親王は、桓武天皇の弟で、皇太子だった人物ですが、藤原氏の誰だかを暗殺した疑いで監禁されて、そのまま死んでしまいました。長岡京にいるとその呪いが降りかかるというんで、都を北東にある平安京に移したんだそうです。
  今から思うと、なんとまあ馬鹿な理由で遷都をするのだろうと思いますが、ここには実は平安時代までの我が国の天皇や貴族といった支配層の特徴が現れています。平安貴族の思考様式というのは、徹底的に観念的なんです。
  観念的というのは、要するにリアリティがないことでも実行してしまうということです。自分がやり方を変えたり、都を移したりするのにはちゃんと頭の中に理由があるんですが、それが実際にどういう影響を及ぼすのかとか、あまり考えない。
  そういう風になるのは、彼ら平安貴族の権力が、そもそもリアリティがないものだからです。
  たとえば、右大臣が内大臣より偉いのはどうしてかというと、大宝律令にそういう風に書いてあるからです。それ以外に、何の理由もありません。能力が優れていれば、取り立てられるということもあったのでしょうが、右大臣があとからアホになっても内大臣より偉いことは変わりません。
  よく官僚組織を江戸時代に喩えている人がいますが、書かれたルール(法律)があって、それに従って人間の役割や身分の高低が定まっているという点では、平安時代の方がより現代の官僚制に近い気がします。
  
  こういう組織の弱点は、放っておくと世の中の実情と政治の機能とがどんどんかけ離れていくことです。平安時代もそういう風になりました。というか、奈良時代あたりからもうすでにそうなっていたというのが本当のところです。
  正確な言い方ではありませんが、大宝律令には、日本の土地についてたった一つしか規定がありません。「口分田」です。農業生産のための土地は、全て朝廷のものとされ、私有地はありえませんでした。いわゆる王土王民思想というものに基づいており、日本の土地は朝廷が一元的に支配するという大前提があったのです。
  今だったら、コンピュータネットワークでどこの土地は誰のものだということは、かなり詳細に管理できます。しかし、奈良とか平安とかそういう時代にそんなことが出来るわけはありません。しかし、「国土は政府が一元的に管理すべし」という理想はちゃんとあって、それに向けて努力はしていたわけです。
  ●唐の律令を扱った話でも似たようなことを言いましたが、律令制の本質というのは、言葉でしか表現できない理想状態を、官僚機構を通して現実にしようという壮大な試みだったのです。これがいいか悪いかという判定はしません。ただ、すぐに時代に合わなくなってしまうという欠点は間違いなくありました。
  一番の難点は、さっきも言ったように、電信も電話もなかった時代に、中央から地方をリモートコントロールしようとした点です。一番そういうのが現れているのは、国司の遥任(ようにん)です。時代劇や大河ドラマで、武蔵守だとか越前守みたいな「なんとかの守(かみ)」とかいう言葉を聞いたことがありませんかね。あれが国司です。もちろん選挙ではなくて、朝廷が任命します。
  で、こいつらのとんでもないところは、たとえば越前守なら越前守なのに、実際に今の福井県に行かないやつがたくさんいたということです。しかも、これが遥任という言葉で正当化されていました。実際の政治は手下にやらせて、自分たちは平安京で遊んでる(笑)。
  今だったら、福井県知事が県庁にも議会にも行かずに東京で毎日ぶらぶらしているようなものなんですが、これが罰せられないんですね。なぜなら、その当時の律令の運用は、決められた税を朝廷に届ければオッケーだったからです。現地で何が起こっているか、そんなのは全然知りません。しかも、藤原氏みたいな有力な貴族に、土地だの貢ぎ物だのを寄進、要するにプレゼントとして差し上げてもいました。どこの途上国だ、という感じですね。今の我が国の官僚が、それに比べればどれだけ真面目か分かるでしょう。
  国司の遥任が横行したというのは、逆に行ってみれば、律令制を悪用したという見方もできます。国司は、租税を朝廷におさめるというルールは守っているわけです。美しい理想に従って作られたルールが、悪用されるというのは、今も昔も変わりません。
  別に、人間なんてたいして真面目でも潔癖でもない生き物ですし、私もあまり真面目ではありません(笑)から、汚職があったことそれ自体をぐじゃぐじゃ言うつもりはないんですが、こういうときはだいたい犠牲になるのが下々の人間です。農民は、恣意的に税をとったり、労役を課したりする国司にはそうとう痛めつけられていたそうです。非常に有名な例があります。10世紀後半の●尾張国郡司百姓等解文(おわりのくにぐんじひゃくせいらげぶみ)というものです。藤原元命(もとなが)という国司がこれだけひどいことをしている、というのを31ヶ条にもわたって列挙した訴え状です。藤原さんはこれでクビになってしまいましたが、ヤクザみたいな男達とつるんだり、テキトーな名目でたびたび税を取ったり、ちょっとやりすぎだったんじゃないかと思います。
  そして、ここは重要なんですが、藤原さんをクビにしたところで、次に来る国司がいい人だという保証は何もありません。一応「式部省」という役所が役人の査定をやっているんですが、そんなのは藤原一族みたいな有力貴族の一存でなんとでもなってしまいます。
  だから、地方の住民は生活のために、自分で自分の身を守らなくてはいけなくなったのです。これがいわゆる「武士」というものの始まりです。
  初めに偉そうにエトスとはなんぞや、という言葉を出したのに、一度もエトスと言わずに来てしまいましたが(笑)、次回出てくるのでご安心下さい。いったん区切って次回に続きます。

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2009.03.11(Wed)

小沢さんの秘書タイーホで浮かれたのか、フライングしちゃった文藝春秋(爆) 

  以前、●ニューズウィーク●週刊新潮が、中吊り広告の見出しを使ってある種の人びとや某国政府にとって大変都合のいいデマをばらまいているという話をしましたが、今度は大正から昭和にかけて名を馳せた作家・菊池寛が創刊した格調高きオピニオン雑誌がやらかしてくれました。
  もう、いちいちホームページとかから引っ張るのは面倒くさいので、中吊り広告の画像を乗っけることにします。

                  文藝春秋(爆)

  「これが日本最強内閣だ」そうです。誰にとっての最強なのか、「最狂」「最凶」の間違いなのではないか、という疑問はとりあえず置いておきます。
  中身は見るまでもありません。中吊りで公衆の面前にどういうメッセージを出すかが重要です。

>橋下徹

  国家レベルで公務員の減給首切りを断行して、ただでさえ少ない総需要を激減させたいのでしょうか。愛する日本をあえて千尋の谷に突き落とす、文藝春秋(爆)の深い愛を感じます。

>奥田碩

  この人の持論は「消費税16%」です。ポストは財政大臣で決まりでしょう。

>櫻井よしこ

  まあ、それほど悪い人ではないんですが、中国や韓国に喧嘩を売って、軍需を創出したり、対外進出をやりやすくするために外務大臣にするのかもしれません。あるいは、馬鹿ホシュや阿呆ウヨク用の客寄せパンダでしょうか。

>渡辺喜美

  言わずと知れた「カイカク派」です。

>小泉純一郎

  ●本当は東京地検特捜部に呼ばれるべきなのは彼や彼のブレーンなんじゃないかという気もしますが、人気は健在ですね。私の見立て通り、橋下知事あたりを巻き込んで、近いうちに小泉新党が結成されるのでしょう。
  なお、竹中平蔵を出さなかった辺りに、文藝春秋のそこはかとない良心を感じました(笑)。

  しかし、民主党の小沢代表のことで騒ぎになった途端にこれです。いくら衆院選が近くて、スポンサーからPRをせっつかれているとしても、ネタをばらしすぎなんじゃないでしょうか。
  もっとも、早晩こういうプロパガンダがばらまかれていたのでしょう。麻生内閣の評判は最低、小沢民主党も政治資金規正法がらみで疑われているとなると、浮かび上がるのは、現職閣僚を一人も出していない(●唯一派閥から出した閣僚も、就任早々やめさせることができた)自民党町村派しかありません。これで、党三役である幹事長の細田が「麻生さんには付いていけない」ということでやめたら、町村派と小泉チルドレンを中心とした新党結成にゴーサインが出たとみて間違いないでしょう。
  来週辺りから、首相候補である小池百合子がメディアに出始める・・・と思ったら、もう早速出ていました。

「ポスト麻生候補に小池氏」 自民・武部氏
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20090308AT3S0800R08032009.html

 自民党の武部勤元幹事長は8日、千葉県船橋市で開いた同党議員の政治資金パーティーで、次期衆院選の際の首相について「小池百合子元防衛相がいる」と語り、小池氏が「ポスト麻生」候補との認識を示した。麻生政権批判を続ける武部氏が具体名を挙げるのは初めて。麻生首相については「リリーフピッチャーとして選んだ」と述べた。

 同じ会合で、小池氏は武部氏の発言前に「私どもには麻生首相を実現させた製造物責任がある」と述べ、政権を支える姿勢を示した。



>製造物責任

  麻生さんが工場で出来るモノ扱いされています(笑)。麻生さんが大好きなホシュやウヨクの方々は、もっと怒った方がいいんじゃないでしょうか。
  この小池の発言こそ、私が従来から指摘してきた「麻生首相が生まれたのは清和会と手打ちが済んだからだ」という点を裏付けています。
  しかも、小池を持ち上げる発言しているのが小泉の右腕だった武部です。この人達や、彼らを取り上げるマスメディアの行動というのは、なんて分かりやすいんでしょうか(笑)。
  これだけヒントが出ているのに、まだ麻生内閣の起死回生の策を期待している人は、いい加減考え直した方がいいです。
  
  きっと、衆院選は、もう時間の問題になってきたということなのでしょうね。各党の議員さんは、このブログを見たら(笑)、早く地元に入ってテコ入れを始めた方がいいですよ。

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2009.03.08(Sun)

最後の成長神話、終わりの始まり(3) 

  お待たせしました。●最後の成長神話、終わりの始まり(2)の続きです。

  前回までで述べてきたとおり、中国には環境破壊、特に水資源の汚染・枯渇という致命的な弱点があるわけですが、そもそもそのような環境破壊がなぜ現れてきたのかということを少し考えてみたいと思います。

  20代前半の若い方などには実感として分からないかも知れませんが、私が子供の頃には中国製の品物はここまでたくさんあふれかえっていませんでした。記憶を辿ってみると、1990年代、日本のバブル崩壊に伴ってチュウゴク製品のシェアが伸びてきているような感じがします。
  簡単に言えば、中国が日本の代わりにものを作り始めたということですが、歴史を振り返ると、そのような構造は1971年のニクソン訪中に始まる「米中協調」が全ての出発点になっています。同年実施されたアメリカ政府による金・ドル交換停止(ニクソンショック)といっしょに理解すると、アメリカは「中国を国際貿易システムに組み込んで、その生産力で世界中(特に日本)をデフレに陥らせる」こと、および「産業ではなく一段階上の金融を支配することで世界経済の盟主であり続ける」ことを主眼にした戦略転換をしたことが分かります。各国が対米輸出で築き上げた産業インフラや固定資産を、デフレにして安く買い取ってしまおうというわけです。1990年代の東南アジアへの外国資本の流入や、日本のバブル崩壊後の外資進出は、まさにそういう戦略を実行したものだと考えることが出来ます。
  その間、中国はデフレに苦しむ先進国(特に日本)の技術力を吸収し、飢餓や戦争に苦しむ国を除けば世界一低い購買力平価(そのまま人件費に反映される)を武器にして、世界中に低価格の工業製品を輸出してきました。日本や台湾、韓国と言った、近隣の産業国家に対しては、食料品やサービス業(たとえば、●企業のコールセンターの移転)の肩代わりさえしました。
  このような状況だと、購買力平価の差を利用した企業(ホンダや東芝のような「グローバル企業」)は大きな利益を上げることが出来ます。配当が大きくなり、中国向けの設備投資にともなう融資で「金融資本」も利益を得ることが出来ます。また、中国から他の国々へ品物を取り次ぐ「商社」も、手数料が増えるという形で利益を上げることが出来ます。
  その一方で、中国と競争しなければならなくなった地場産業や、もともと外需と関わりのない企業はあまりメリットを受けることが出来ません。こういうところに本来回るはずだったカネが、中国の労働者や、中国で利益を上げることができる企業のもとに移転してしまうわけです。
  この様子を喩えてみるなら、日本庭園にある「ししおどし」(画像は●こちら)のようなものです。各国の投資という水が、中国という筒の中にどんどん入っていき、一杯になるとバランスが変わって、「グローバル企業」や「商社」や「金融資本」、さらには「中国共産党の幹部」といった器の中にその水が滑り落ちていくいような仕掛けだったのです。
  
  しかし、近代とは「奪う文明」です。富める者は貧しい者から、豊かな国は貧しい国から、なんらかの富を奪い取ることでしか成長をすることができません。
  そんなことはない、世界がいっしょに経済成長をするケースがあるじゃないか、という方もいるかもしれません。確かに、去年を除けば、ここ最近日本以外の国の名目GDPは増え続けていますから、みんなで豊かになるということは統計上は可能です。しかし、その過程でもやはり、一方的に奪われる立場にあるものがあります。それが「自然」です。
  産業が発展するとき、実はどう工夫をしても必ず生まれてきてしまうものがあります。「エントロピー」と言われるものがそれです。思い切って単純化した言い方をすれば、エントロピーというのは廃棄物です。放っておくとどんどん溜まっていきます。たとえば、生き物が活動すると必ず「熱」が生まれますが、これもエントロピーの一つです。溜まりすぎると死んでしまいますから、どこかに出さないといけません。人間ならば汗をかくことで気化熱として空気中に熱を逃がし、イヌであればハーハー息を吐いて熱を放出しています。
  このエントロピーの特徴は、「必ず増大し続ける」ということです。以下の引用文をご覧下さい。

生きている地球~ 環境問題を見る視点(5)
http://www.sukawa.jp/kankyou/siten5.html

 安定的に操業を続けている工業生産システムも定常系と考えることが出来ます。工業生産は、地球環境から原料資源とエネルギー資源(主に石油)を取り入れ、製品を作り出します。その過程で、原料資源に含まれる不純物などの廃物と廃熱を地球環境に廃棄します。

 工業生産システムは、不純物を含む原料資源(高エントロピー)を加工して純度の高い製品(低エントロピー)を作ります。しかし、あらゆる活動はエントロピーを発生しますから(=エントロピー増大の法則)、工業生産システムから出力される製品と廃物・廃熱のエントロピーの総量は、取り込まれた資源よりも必ず増えます。エントロピーは物あるいは熱に付随する物理量ですから、原料資源から加工工程によって取り去ったエントロピーに加えて生産過程で新たに生じたエントロピーを、廃物あるいは廃熱としてシステムの外(=地球環境)に廃棄しなければなりません。廃物・廃熱を地球環境に廃棄することこそが工業生産システムの定常的な操業を保証しているのです。『廃棄物ゼロの工場』は理論的にあり得ません。
 工業生産に利用する原料資源・エネルギー資源は有限の地下資源です。工業生産システムからの廃熱は地球の大気水循環で宇宙空間に廃棄できますが、廃物の多くは再利用されることなく地球環境に拡散することになります(リサイクルについては●後に触れます)。更に、工業製品自体がやがては劣化してすべて廃物になります。工業生産システムとは地下資源を再利用できない廃物に変えて地球環境に拡散するシステムです。
 このように、工業生産システムは地球環境の有用な資源を一方的に消費し、それを廃物・廃熱にして地球環境に捨てる閉鎖型のシステムです。有用な資源の枯渇か廃物による地球環境の汚染(=物エントロピーの蓄積)によって、やがて工業生産システムは定常的な操業が出来なくなります。工業生産システムは、生態系の場合のように物エントロピーを熱エントロピーに変換するしくみや、システムからの廃物を再び有用な資源に再生するしくみを持っていないのです。

 このように、工業生産システムは、閉鎖型のシステムなので、地球の歴史、あるいは人間の歴史に比べても極短期間でその定常性は失われ、やがて終息することになるのは当然の結果です。


  エントロピー増大による困った状況は、すでに我が国でも経験しています。それが公害です。日本が先進産業国家となる1950年代から60年代において、四大公害病に代表される大きな害悪が引き起こされました。
  この公害は、我が国ではいちおう克服されたという風に言っています。嘘ではありませんが、かといって真実だと言い切ることもできません。公害が目に見えなくなったのは、70年代半ばにオイルショックが起こって生産活動自体が低調になったことや、何よりも目に見えない外国という場所にエントロピー排出の場所が移っていったことによるものです。
  そう考えると、中国という国は世界中のエントロピーを一手に引き受けることによって驚異的な成長を成し遂げてきたという見方もできるのではないでしょうか。かつてのアメリカ東部や日本の太平洋ベルトがそうであったように。
  いや、この言い方は語弊があります。今の経済規模はアメリカや日本が高度成長をした頃よりも確実に大きくなっていますから、同じ1%の成長でも、排出されているエントロピーは間違いなく増大しています。中国の環境が悪化しているというのは、環境対策がよろしくないというのもあるのですが、引き受けているエントロピーの量が、高度成長の頃の日本とは比較にならないほど大きいということを考慮しておいてもよさそうです。
  みなさんに是非認識しておいてもらいたいことは、中国というのは、先進国に近づいていっているつもりで、実は先進国(特に金融資本やグローバル企業)に都合良く利用されているだけの存在だということです。もっと言えば、現代グローバル経済のもとでの中国の存在意義は「エントロピー捨て場」だということに尽きます。
  自分たちがゴミ捨て場として利用されているということに気づいて、頭に来ない人間はいません。しかし、中国はその立場を捨てるということは、経済成長を捨てて、毛沢東時代に戻るということです。近代的な豊かさを知ってしまった中国人(の金持ちや上層部)が、そのような事態を望むわけがありません。
  そんなアンビバレント(二律背反)な精神状態の人間は、突拍子もないことを言ったりやったりするものですが、中国もご多分にもれず、精神的にちょっとおかしくなってきています。その表れが、「経済的軍事的に欧米先進国を凌駕する覇権国家になるという妄想」です。以下の記事をご覧下さい。

中国は「海外資源のブラック・ホール」
http://japan.donga.com/srv/service.php3?bicode=060000&biid=2009021484598

中国がグローバル経済危機の隙間を狙って、海外資源狩りに拍車をかけている。

中国新華社通信は13日、中国最大手のアルミ生産メーカー「国営中国アルミ公社」が、世界3大鉱山会社「リオ・ティント(豪州系多国籍企業)に195億ドル(約27兆3000億ウォン)を投資することにしたと報じた。これは中国の海外投資史上最大金額である。

肖亞慶・中国アルミ公社会長は、「今回の投資はグローバル化と複合的な地下資源開発会社を目指すという会社の発展戦略によるものだ」と語った。

中国アルミ公社は72億ドルをかけてリオ・ティントの転換社債を買い付け、現在9.3%の持分を18%へと増やすことにした。

さらに、残りの123億ドルを使って、リオ・ティントが所有している世界各地の鉄鉱石や銅、アルミ鉱山の持分を買い付ける計画だ。

中国側が参加することにした鉱山は、豪州の鉄鉱石鉱山、クイーンズランドのウェイパやボインのアルミ鉱山、チリのエスコンディーダや米コネチカット、インドネシアのグラスバーグ、ペルーのラグランハの銅鉱山など、資産価値の優れた地域である。

石油や鉄鉱石など、エネルギーや資源のほとんどを輸入に頼っている中国は、今回の投資を通じて、鉄鉱石やアルミ、銅の安定的な供給源を確保しただけでなく、国際市場での価格影響力を大幅に強めることができた。

中国は資源価格が暴落したことで、鉱山などの資源開発会社の株価が暴落した時期に、世界の地下資源に集中的に投資を行い、世界景気が回復した時、大きな差益を手にするという戦略を立てた。

昨年10月、中国の海洋石油や天然ガス探査会社である中国海洋油田は、ノルウェーの石油・ガス採掘会社「アウィルコ」を25億ドルで買収したことがある。

また、昨年12月は、中国石油化工集団公社(Sinopec=シノペック)が、カナダの石油ガス会社「タンガニイカ・オイル」を15億ドルに買収した。


  要するに、欧米諸国が数百年かけて築いてきた世界規模の資源収奪システムを、たかだか20年そこらの経済成長で手にしたカネでむしり取ってやろうとしているのです。
  しかし、海外権益ですから、簡単には維持できません。現地の政権が独裁政権、もしくは反中国を旗頭に樹立された政権になったら、なんやかんや名目を付けて、財産を接収されてしまうかも知れません。それに、資源を運んでこようにも、中国が面している太平洋はアメリカ(とその配下の日本)がフタをしてしまっているわけですから、いざとなったら簡単に海上封鎖をしかけられてしまいます。
  そういう状況を跳ね返すべく、●こちらの記事でも書いたように、海洋覇権の確立を狙っているわけです。おそらくうまく行かないだろうということは、その記事の続編でも書いたとおりです。

  そういうイライラが口をついて出てきたのが、このニュースです。

「西側は中国に干渉するな」 国家副主席が批判
http://www.chosunonline.com/article/20090214000010

 中国の次期最高指導者となることが確実視される習近平国家副主席は11日、訪問先のメキシコで、「西側は中国にやたらに干渉すべきではない」と強く批判した。

 中国のテレビ報道によると、習副主席はメキシコ在住の華僑らと懇談した席上、「満腹ですることがない少数の外国人が中国に対し、やたらにあれこれ言って干渉している」と述べた。習副主席はまた、「中国は革命、飢餓、貧困を外国に輸出したことはなく、外国を揺るがしたり苦しめたこともない」と強調した。

 習副主席は普段慎重な発言で知られる。このため、今回の鮮明な西側非難の背景が関心を集めている。一部ではフランスとイタリアの指導者がチベットの精神的指導者、ダライ・ラマと会ったことや西側メディアがチベット暴動を中国に不利な形で報道するなど、中国に対する「あら探し」が度を過ぎているという判断があったのではないかとの分析が聞かれる。

 今月1日、ガイトナー米財務長官は「オバマ大統領は中国が為替を操作していると信じている」と発言し、中国を刺激した。

 また、ポールソン前米財務長官は退任直前、「中国の高い貯蓄率が金融危機の原因だ」と発言した。これについて、中国の温家宝首相は先ごろ開かれた世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、「一部国家の不適切なマクロ経済政策と低い貯蓄率、過剰消費が世界的な経済危機の原因だ」と述べ、米国と対立する立場を鮮明にした。


  これでは、国内での環境保全など顧みられることはないでしょう。

  何か、中国を見ていると、戦前の日本を思い出します。欧米諸国に嘗められまいとがんばって近代産業を興したが、結局はアジアの国として見下されている。何か目立ったことをすると、すぐに欧米諸国が袋だたきにしてくる。それを跳ね返そうと、産業の成長をさらに加速させていく・・・欧米を目の敵にしている高官の発言など、鬼畜米英などと吹聴していた頃の日本にそっくりです。
  そして、その過程で犠牲にされてきたのは、常に普通の庶民の生活なのです。鉱工業の発展で「女工哀史」や谷中村の悲劇が起こり、満州進出の影で東北では身売りが相次ぎました。現代の中国でも、汚染された川の水を生活に用いなければならないのは、共産党の幹部なんかではなく、普通の中国人です。渇水や干ばつで作物が取れなくなれば、商品作物農家だけでなく、自給自足でなんとかしのいでいる零細農民の生活も脅かされます。
  そういう事実があるから、私は中国の経済発展をもてはやす経済紙や財界人の気持ちが理解できませんし、戦前の日本を無条件に素晴らしい国家だったと吹聴する人間達に怒りを禁じ得ないのです。
  そうは言っても、もとをたどれば、我々先進国の国民が拒絶したエントロピーが、回り回って中国の大地を傷つけているわけです。別に私が謝罪するいわれはありませんが、中国という国を哀れに感じます。
  本来であれば、中国こそ、●入会地の知恵●地域通貨によって、脱近代化を図るべきなのです。中国には唐詩に描かれたような美しい自然がたくさんあったのですから、自然と調和した生き方をしようと思えば出来たはずなのです。
  しかし、その中国が他のどの国よりも「近代化」や「欧米化」にいそしんでいるわけです。私はそこに、ある種の悲しさを感じることを禁じ得ません。

  さて、このような中国の状況を見るに付け、我々は一体何を心得ておけばいいのでしょうか。

  まず、今後中国国内でいつ大規模な干ばつが起き、農業生産が激減するか、そのタイミングを知ることです。食糧危機になれば、中国が取る手段は、反自然的な食糧増産と、国際市場での食料の買いあさりです。そこを日本やオーストラリア、アメリカ、できるならばインドやインドネシアも仲間にいれば「シーパワー同盟」で封殺すれば、内部崩壊が始まります。
  もし、そのような食糧危機がなかったとしても、●石油減耗が進み、中国が今以上に海外の資源確保に対して強圧的な態度を取るようになれば、自然とシーパワー同盟の成立が促されるでしょう。
  そのためには、あまりにも米軍(アメリカ政府やアメリカ企業ではない)と仲が悪くなるというのは考え物です。民主党の小沢代表が「米軍のプレゼンスは第七艦隊で十分」と言っていましたが、さすがにそれだけでは不安です。いまより縮小した形で、沖縄にアメリカ空軍を置かせるべきでしょう。もちろん、これと「日米地位協定」の改善やアメリカによる経済侵略への対処は話が別です。
  あとは、くれぐれも混乱に乗じて戦前の真似(大陸権益の獲得)などしないことです。たとえば、中国が四分五裂したからといって、そのうちの一つの勢力に手を貸して、大陸に利権を獲得しようなどと思ってはいけません。戦前も、南京政府を樹立させて中国権益を狙ったところから、米英との確執が始まったのです。どんなに誘惑に駆られても、絶対に手を出してはいけません。
  そして何より、日本自身が食料やエネルギーの面で自律できるような施策を打ち出していくことです。このブログでさんざん述べている「海藻バイオマス」ばかりでなく、繊維や油の原料として「大麻の栽培解禁」も検討すべきでしょう。
  当たり前ですが、難民のふりをして押し寄せる中国人は、受け入れるわけにはいきません。彼らにはかわいそうですが、我が国が生き残らなければ話にならないのですから・・・。

  最後になりましたが、このブログらしくなく、文学の一節を引用してしめくくりたいと思います。

  「国破山河在 城春草木深」
  (国が滅んでも自然はそこにある。長安も今は春、草木が生い茂っている)


  唐代の大詩人・杜甫による「春望」の有名な一節です。
  その杜甫が今の中国を見たら、きっとこんな風に嘆くのではないでしょうか?

  「山河死絶了 可国幸存乎」 
  (山河が死に絶えてしまって、生き長らえる国などあるだろうのか?)


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