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2008.09.05(Fri)

地方分権は「切り捨て」である 

  小泉政権や安倍政権が推進していた政策にろくなものがないというのは、このブログをご覧になっている方々にとってはもうだいたいお分かりだと思いますが、彼ら「ホシュ・カイカク政権」がこの世の春を謳歌していた時代に埋め込まれた時限爆弾が、また一つ爆発しそうになっています。

国道108路線が地方移譲候補=分権委で個別名公表-国交省 
http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2008090100816
--------以下引用--------
 国土交通省は1日開かれた政府の地方分権改革推進委員会(委員長・丹羽宇一郎伊藤忠商事会長)で、国直轄で整備・管理している国道のうち、都道府県や政令市への移譲候補として検討している個別路線名を公表した。対象は108路線で、国道総延長の15.4%に当たる3306キロ。これらの整備・管理費は1785億円(2007年度)に上る。
 同省は国道約2万1500キロのうち15%程度が移譲可能と分権委に回答していたが、個別路線名は明らかにしていなかった。今後、都道府県、政令市と実際の移譲について個別折衝に入る考えだが、地方側が求めている整備・管理費や人員の移譲見通しが立っていないため、これらの候補路線の移管で双方が合意するかどうかは不透明な情勢だ。
--------引用以上--------

>国直轄で整備・管理している国道のうち、都道府県や政令市への移譲候補として
>検討している個別路線名を公表した。対象は108路線


  具体的な名前のリストはインターネット上では探せなかったのですが、この108路線は7月に決められた基準に従って選定されています。●山梨日々新聞の記事に、その基準が出ています。

--------以下引用--------
 政府が直轄国道の整備と管理の権限を一体で都道府県に移すよう求めた分権改革要綱を決定したことを受け、国交省は7月、(1)1つの都府県か北海道の同一支庁内に起点と終点がある(2)バイパスの旧道(3)一部が都府県管理となっている-などの国道の移管基準を策定。
 同省が基準に合致する区間を選定した結果、同一都府県・支庁で完結する国道は36路線(計1596キロ)、バイパス旧道が79路線(計1639キロ)、都府県の一部管理区間が14路線(計592キロ)となった。
--------引用以上--------

  この引用部分を見て、私が首を傾げたことがあります。地方に移管する国道の選定に不満があった場合、国民が何かアクションを起こすための手段が全くないのです。
  つまり、「国道をどんどん都道府県に移せ」という方針は、地方分権改革推進委員会が提案しているわけですが、ここにいるメンバーにはなんと国会議員が一人もいません。●こちらが名簿ですが、大学教授とか作家とか、あるいはどこかの町の首長とかだったりします。
  しかし、なんといっても一番ひどい人事は、会長です。冒頭の引用記事にもありますが、

>地方分権改革推進委員会(委員長・丹羽宇一郎伊藤忠商事会長

  なんと、民間企業の役員です。公的機関の人間ですらありません。私企業の代表です。この丹羽という人間は、●経済財政諮問会議の民間議員でもあります。
  いつも思うのですが、なぜこういう政府の重要なポスト(実質的な政策決定機関)のリーダーに、一民間企業の役員が就任しているのでしょうか?こういう立場にいる人間が、自分の所属する営利団体に不利な政策を導入するわけがありません。それどころか、利益誘導すら可能でしょう。
  日頃官僚や中国寄りの政治家をムキになって叩いているブログが、なんでこういう人事を批判しないのか、不思議で仕方がありません。
  こういうわけのわからない連中が、農業を大規模化して米の先物取引を認めろとか、病院で保険外の治療をドンドン拡大しろとか、外国人にも日本で自己実現のチャンスを与えろとか、信じられないような戯言を発言し、それがそのまま政策として実行されているのが、今の日本の政治の姿です。野党が政権を取った暁には、経済財政諮問会議や地方分権推進委員会を初めとする、財界人が企業エゴを実現するための「○○会議」「○○委員会」と名の付く組織を全て廃止しなくてはなりません。そういう意味で言えば、次の選挙は、日本の政治を、大企業から取り返すチャンスだということができます。
  それをやらずに、そのまま自民党の作ったフォーマットを利用して権力をふるってやろうという姿勢を見せるなら、私は民主党中心の新政権に対しても容赦なく批判を浴びせ続けることになるでしょう。

  では、このような国道の地方移管の何が問題なのか、ということを考えてみます。
  本来、その地域にある道路は地域で管理しろというのは、納得のいく話ではあります。国道1号線のように複数の都道府県を貫く道路なら、国民全体の税金を使って整備するのは仕方ないにしても、群馬県から始まって群馬県で終わる「国道」であれば、群馬県民が管理するべきだと言われても、何もおかしな感じがしません。
  しかし、この単純な理屈にこそ大きな穴があるのです。それは、道路によって実現した国内的グローバリゼーションを無視して、地図の上の都道府県というくくりで物事を推し進めているからです。
  グローバリゼーションというのは、簡単に言ってしまえば「地球規模化」ということです。それが国内的だというのはおかしいのではないかとお思いかも知れませんが、このブログではグローバリゼーションという単語を

  「歴史的に形成された文化的・社会的制約をなくし、自由な活動を可能にすること」

  という意味で考えています。
  当然ですが、この理屈は、同じ国にある地域間にもあてはまります。日本は江戸時代まで、それぞれの国が独立した政治・経済を営んでいる緩やかな連合国家であり、国土の大きさの割に地域間の文化や経済の差がかなり大きい国だということができます。
  その地域間の差が急激に縮まったのは、主に戦後の高度成長期でした。全国各地で公共事業として道路網が整備されていったことが主な原因です。整備された道路は、大量かつ迅速な物資の運搬(たとえば宅配便)や、ドア・トゥー・ドアでの遠隔地間の交流(たとえばマイカーによる旅行)を可能にしたわけです。
  このことは、東京や大阪のような経済の中心と、地方の僻地とが相互依存関係に入ることを意味します。●群馬県の嬬恋村は、首都圏に向けて大量のキャベツを生産しています。その一方で、嬬恋村には、東京都千代田区に本社を置いているセブンイレブンや、新潟県に本社を置くショッピングセンター「コメリ」が進出しており、地元の人はそこで首都圏の他の町と似たような商品を買うことができます。便利になった道路が、そういう相互依存関係を日本各地に作り上げたということです。
  しかし、この相互依存関係は、かなり不平等な関係でもあります。なぜなら、東京のような大都会は地価や人件費が高く、人口密度が高いため、経済循環が活発なのに対して、嬬恋村のような地方の町村はあまり活発に金や物が行き交っているとは言えません。そうなると、やはり金を持っているのは大都会です。
  しかも、都会は「先端技術製品」や「高度なサービス」や「金融」といった、単価の高いものを地方に売ることが出来るのに対して、地方の側は多くの場合「生鮮食料品」や「加工食品」「原材料」といった、単価の安い品物しか売ることが出来ません。その上、進学や就職の口が多い都会に、若い労働力まで取られてしまいます。
  つまり、ヨーロッパの先進国とアフリカの間で起きていることが、都会と地方の間で起こっているわけです。だから、「国内的」グローバリゼーションだと言っているのです。
  アフリカ諸国のように、人身売買の巣窟になったり、ガソリンや食糧不足で暴動が起こったりしないのは、高度成長期に地方にも予算を配分して、反映の果実を分け与えていたからです。主な手段は地方交付税の分配と公共事業による雇用創出です。そういうものをストップし続けたとしたら、ネット右翼や自称ホシュが自画自賛する日本という国でも、アフリカ諸国のような問題は起こりうるということを忘れてはなりません。
  現に、戦前の日本では、世界恐慌(1929)の後、東北地方で身売りが相次いだのですから・・。

  この国内的グローバリゼーションを放置したまま、「道路は地方が自分で管理しろ」という論理を貫けばどうなるか?だいたいお分かりだと思います。東京や神奈川は道路がきれいに整備されているけれど、青森や鳥取はアスファルトがひび割れて走りにくい、というような、大きな差が生まれてくる可能性があるということです。
  グローバリゼーションというのは、経済が活発になったり、いろいろな財やサービスを手に入れる機会が増えるというプラスの面は確かにあるのですが、そうやって強いところと弱いところの格差が加速度的に拡大していくというマイナス面があるのです。世界規模でも日本国内でも、その辺は全く変わりません。
  
  そもそも、今の経済システムは道路網を通じて一体化しているのですから、ある都道府県の中だけに止まる「国道」も、そのシステムの一部として、全国規模の経済循環の支えているわけです。 
  そうだとすれば、そこに国民の税金を使うというのは、少しもおかしな話ではありません。むしろ、そういう風に考えるのが自然です。
  それを無理矢理地方に移管する必要などありません。しかも、冒頭の記事にあるように、
  
>地方側が求めている整備・管理費や人員の移譲見通しが立っていない

  わけです。金も出さない、職員も渡さない、だけど自分で管理しろ・・・これでは、国の歳出の削減を実現するためだけの「切り捨て」だと言われても仕方がありません。
  本当に地方に経済的自立を求めるなら、都道府県独自の通貨(地域通貨)の発行を認めるしかありません。そうすれば、自分のところで生産したものを、地元の人間だけで交換・流通する仕組みが自然とできあがります。
  そういう仕組みにしない、機が熟していないからできない、というのであれば、都会と地方が道路を通じて一体化しているという現実を正しく評価し、利便性のある道路は残らず国民の税金を使って守っていくという姿勢を変えてはいけません。
  「金はやらない、バイトもさせない、だけどおまえは家から出て行け」などと子供に宣言する親がいたらどう思いますか?地方分権を声高に叫ぶ連中というのは、そういう冷酷な人間なのです。

  俺の税金を田舎の道路に使われたくない、などと言っている人は、そのくだらないエゴを、財務省やカイカク派といった狂った連中に利用されていることに早く気づくべきです。

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