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2008.08.23(Sat)

派遣労働者の労災を「自己責任だ」とぬかすバカを撃退する方法(2)  

  ●前回の記事の続きです。
  少しおさらいをしてとおきます。派遣労働者やフリーターの不遇を「自己責任だ」と一刀両断する自己責任カルト信者に対しては、説得して考えを変えさせようと思わず、彼らが大前提にしている「やればできるのに努力しないのが悪い」という論理を逆手にとって攻めることが大切です。

  そうそう、あと一つ断っておきたいことがあります。

  このような「自己責任カルト撃退法」を私がわざわざブログで書いている目的は何なのかというと、
自己責任だの自助努力だのという言葉を出されると、「そう言われるとたしかに・・・」と、なんとなく流されてしまう人たちに、自己責任カルトがいかに非常識で冷たい人間かを理解してもらうことです。自己責任で全て割り切れるほど単純な世の中ではないのに、そういう論理で片付ける人間の荒唐無稽さを知ってもらうためだということもできます。
  そういうわけで、私は宗教戦争には参加するほど暇ではないので、自己責任カルトを「論破」するつもりなど毛頭ありません。キリスト教徒に「キリストが死んでから復活したなんて嘘に決まってるだろ」などと、科学的な論拠を突きつけて論理的に説得しても、彼らが信仰を捨てるわけがないのと同じです。
  彼ら彼女らがどうしてそこまで自己責任や自助努力を声高に唱える(割に大した努力をしているように見えない)ようになったのか、その人格形成過程には興味がありますが、それは私の仕事ではなく、心理学者や精神科医の仕事でしょう。それに、そういう人たちが人生を棒に振ったら、それこそ「自己責任」ですから、私の知ったことではありません(笑)。
  
  では、前回の話に戻って、もし自己責任カルト信者が、「あなたの言う努力というのは、誰にでもできる努力のことを言うのか?」という問いに対して、「そうではない。できる人間とできない人間がいる」と、開き直ったらどうすべきでしょうか。

  そうなったら、もう攻めどころは一つです。「初めから努力できない人間を非難するのは間違っているのではないか?」と尋ねるのです。蟹に前に歩けと命令してもできるわけがありません。鶏に空を飛べと言っても無理です。そういうことを要求するのは、矛盾しているのではないか、ということです。ここは、蟹や鶏の具体例を出してもいいかもしれません。
  うまく行けば、ここで完全に返答につまるか、キレてしまって訳の分からないことを言い出すかどちらかです(そのキレる典型的なパターンへの対処法は最後にまとめます)。

  なんとかカルト信者が答えをひねり出したとしても、もうパターンは二つしかありません。

  一つは、まずいことを言ってしまったので微調整してくる場合です。「その人間にできる努力をすればいいのに、しないのは良くないことだ」という風な感じです。
  カルト信者というのは、こういう風に、自分にとって都合良く言葉を弄んで、自分の信仰(=非正規雇用は低劣な人間のすることであるという信念)を守ろうとする傾向があります。そういう場合の攻めどころは一つです。「できる努力をしていないという事実を、当事者でもないあなたがなぜわかるのだ?」ときいてみるのです。「あなたは何でも知ってる神様なのか?」とか言っても良いかもしれません。
  もしここで、「俺の知っている××は、こんなに努力していない」などと言い始めたら、まともにきく必要はありません。「××さんが努力していなかったら、派遣がみんな努力していないことになるんですか?」と言えばいいのです。
  個別事例を一般化するというのは、言葉を使う上で一番やってはいけないことです。「それを言っちゃあおしまいよ」という世界です。まあ、そういうことを分からずに、何でもかんでも抽象化してしまうような単純な脳みそだから、バカの一つ覚えみたいに自己責任だの自助努力だの口にするのでしょうが・・・。

  もう一つは、完全に開き直るパターンです。2ちゃんねるやブログのコメント欄では結構出てくるやつです。つまり、「能力がない人間をバカにして何が悪い?」という言い方です。
  こういうことを(たとえ親しい人間であっても)人前で口にしてしまうという時点で、もう人間としてかなりダメな部類に入ることは間違いありません。第三者が見たら、確実に「引く」でしょう。そういう状態に持ち込めさえすればいいということです。
  老婆心ながら忠告しますが、「へえ、そうなの?あなたはとてもそういう能力があるようには見えないけど」とか言ってはいけませんよ!(笑)

  最後に、自己責任カルト信者があなたに対して「キレて」きたらどう対処すべきかを知っておいてください。
  バカの一つ覚えで自己責任を口にしている人間は、ものをよく考えていないか、社会経験が足りないか、傲慢な人間か、どれか一つですから、質問で攻められることに慣れていません。だから、質問してくる人間に対して、突然反撃しようとします。
  その典型が、逆質問です。安倍晋三・前首相が新聞やテレビの記者によくやっていました。そういう連中もよく考えないで上から言われた通りの質問しかしていませんから、この戦法は結構効果があったらしいです。私も、「えーっと」とか、どもっている記者の姿を、動画で見たことがあります。当たり前ですが、みなさんはそういうバカ同士のコントに参加する必要はありません。

  自己責任カルト信者がしてくる逆質問は、だいたい以下の二つです。

  まず、「じゃあ、おまえはどういう風に考えているんだよ?」という風に、質問者に意見を言わせようとする逆質問です。
  慣れていない人は、だいたいこれを真に受けてしまって、自分なりの努力の定義だとか、社会全体の調和のこととか、持論を喋りはじめてしまいます。最悪のパターンです。今度は自分が受ける側に回ってしまい、向こうのペースになってしまいます。
  これに対する上手な対処法は、「あなたが自己責任という言葉を言い出して、私はその意味が分からないのだから、ちゃんと教えてほしい」と返すことです。あくまで下手にです。こんなところで居丈高になっても、冷静さを失うだけで得るものは何もありません。
  
  もう一つは、「努力なんてしない方がいいって思ってるのか?」とか「おまえは真面目に働こうとしない人間の肩を持って何がしたいんだ?」などと論点をずらしてくる逆質問です。
  こういう問いが返ってくる自体、質問を真面目に受け取っていない(もしくは、受け取る知力がない)証拠だと思いますが、匿名のネット空間では気が大きくなってそういう態度に出てしまうバカがいるようです(たとえば、●こちらのブログ記事を参照)。
  これも、まともに受けてはいけません。向こうは自分のメンツや信仰を守るために苦し紛れでものを言っているわけで、基本的に何も考えていません。その質問にまともに答えても、また論点をずらして延々と相手が根負けするまでくだらない営みを続けるだけです。そうやって相手を呆れさせるのを「論破」とか言って勝ち誇っている人間がいたりするのですから、救いようがありません。
  そういう相手には、あくまで「もう一度ききますよ、その努力というのは、誰にでもできる努力ですか?」とか、質問し直すしかありません。くれぐれも、バカに付き合うバカになってはいけません。  

  ここまでご覧頂ければお分かりだと思いますが、自己責任カルトというのは、一人で勝手に喋っていい場面や、何でもウンウン頷いてくれる聞き手がいる場合(テレビ番組はほとんどがそう)にしか通用しない脆弱な論理なのです。人間社会の複雑な状況を一言で片付けようとするわけですから、どこかで無理が出てくるのは当然です。
  そんな論理に心を奪われずに、なるべく多くの人間が不幸にならずに済む方法は何か?と考えていくことが我々がなすべき第一のことです。
  もっとも、それも楽なことではありませんから、みなさん、特に若い方々には、せめて自己責任という言葉をむやみに使う人間にはならないでもらいたいと思います。人間は一人として同じ人はいませんし、不幸な状況に陥ったとしても、何かその人なりの事情があったのかもしれません。みなさんには、そこに思いを馳せる人であってほしいと願っています。
  くれぐれも、自己責任カルトを悪用する一部の人間や、その手助けをしているメディアのばらまく嘘に乗っかって、弱者同士の共食いをしないように。同じく、一人の弱者に過ぎない私からのお願いです。

  次回は、北陸旅行記の続きを書きます。

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