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2008.08.12(Tue)

「若者」を宇宙人扱いしないこと~富山県の試みに注目 

  先日、●「巨大派遣会社と戦うドンキホーテのブログ」様からトラックバックをいただいたのですが、管理人の派遣太郎さんがブログと平行して運営している掲示板に、興味深いサイトが紹介されていました。
  たまたま昨日私が訪れた富山の事例でもあり、みなさんにも知っていただきたいと重い、記事にして紹介することにしました。どうかご覧ください。

山口義行のこれが言いたい(9)~若者の雇用問題とどう向き合うか―富山に学べ!―
http://www.media-kiss.com/yamaguchi/content/koregaiitai/09.html 
------------以下引用------------
 仕事に生きがいややりがいを見出せない若者が増えている。2006年度国民生活白書によれば、適職探しをしている若者は558万人(2004年度)いる(図表1)。これは1987年に比べて3割増、在学者を除く若年者全体の2割以上に達する。また、フリーターやニートの増加も社会問題になっている。定職に就かない若者の増加は社会を不安定にさせたり、経済の活力を減退させたりするものとして危惧されている。(中略)

 なぜ定職に就かない若者が増えているのか。その理由の1つは、言うまでもなく企業が正社員の採用を絞ったことにある。2002年に正社員として就職できた割合は、大卒で66.7%、高卒では40.4%にとどまっている(図表2)。ともに10年前より20%以上悪化している。これに代わってパートやアルバイトでの採用が増加しており、若者をめぐる不安定雇用の背景となっている。

 もう1つの理由は、若者の職業観にある。社会で責任を持つことに抵抗感を持っていたり、できるだけ長くモラトリアムを享受したいと考えている若者は多い。就職してもちょっとした失敗で会社を辞めてしまい、働くことに夢が持てないまま日々過ごしているケースも目立つ。若者の職業意識や社会人としての自覚をどう育てるかが課題となっている。今回は、この後者の問題に立ち入ってみたい。

 この点に関して興味深い表がある(注:リンク先参照願います)。「フリーター比率」とよばれるもので、新卒者のうち進学も就職もしない者の比率を調べたものであるが、図表3に明らかなように、この比率が全国で最も低いのは、富山県である。全国平均15.3%に対し、富山県は5.0%である。フリーター比率の低さに直結しているかどうかは別にして、確かに富山県では若者の職業意識を育てるために様々な試みが行われている。

 その1つが「14歳の挑戦」。これは富山県が国公立中学を対象に義務づけているもので、中学2年の生徒たちが5日間学校を離れ、地元の企業で実際に働きながら、仕事とは何かを学ぶ体験学習である。2005年度は10,028人の中学生が参加し、受け入れ事業所は3272ヶ所に達している。

 「14歳の挑戦」を立ち上げた山本晶氏(現富山県立富山養護学校校長)は、この試みを始めたきっかけを次のように語っている。

「中学生で最後の担任を受け持っていた昭和63年頃、中学2年生の真面目な生徒がこんなことを言い出しました。

『大人っていいがねぇ。仕事が終わったらパチンコにビール。自分たちは学校の授業が終わっても午後6~7時頃まで部活。それから家に帰ってきて塾に通い、夜は宿題で1日が終わらない。なのに大人は夕方5時頃には会社から開放されてパチンコをしている』。

私はショックを受け、『ちごがい。大人は大変な仕事を一生懸命やっているんだよ。だから、仕事が終わってからビールを飲んで1日の疲れを癒すんだよ』と説明すると子供たちは『うっそぉ~』と言ってなかなか信じようとしなかったのです。

・・・あるツッパリの生徒はこんなことを言いました。『担任の先生は、父ちゃんは子供のためにつらい仕事を我慢して働いているんだから自分も頑張れと注意する。会社は我慢していればお金をくれるけど、自分が我慢して学校に行ってもお金はもらえない』これは、大人をなめている。なんとか大人の働く姿をみせないといけない。そう強く感じたのでした」



 「14歳の挑戦」を体験した中学生は、それをきっかけに父親を見る目が変わったり、家族との会話がはずんだといったことを事後報告している。また、将来自分がやりたい仕事を考えるきっかけになったと答えた中学生もいる。

「インターン先の八嶋さん(八嶋合名会社社長)の話が印象的でした。

『仕事とは、人のために役立つことを考えるもの。仕事は、ただ生きる、家族を養うためのものではない』そう言われました。

普段は、友達と家でゲームばかりでしたが、インターンをキッカケに、仕事とは何か考えるようになりました」



 「14歳の挑戦」は、生徒を受け入れる企業の協力がなければ成り立たない。

「『あたたかく受け入れてあげよう。仕事の楽しさを教えてあげよう』と従業員と生徒の受け入れについて事前に話し合いをします。たった5日間でも生徒が成長していく様子を見ることができ、私たちにとってもうれしい体験です」(㈱サンエツ 板川信夫社長)。

「生徒の緊張をほぐしてあげるために事前の説明や見学を実施しています」(中尾清月堂 中尾吉成)。

「お皿を下げることからはじた生徒が最後には自ら工夫してお客様に声をかけるようになるんです。店のみんなが成長ぶりを驚いたほどでした」(エクボ 国奥真由美店長)。

 また、受け入れる企業側にも大きなメリットがあると経営者たちは語っている。生徒の指導役に入社2~3年目の社員をつけることで、社員自身が仕事の楽しさや失敗体験等を伝えるうちに、仕事の意義や自社の良さを自覚でき、仕事のやりがいを改めて見出すきっかけとなるのだという。

 さらに富山県の高校では、もっと進んだ取り組みを行っている。たとえば、県立富山商業高校が実施している「TOMI SHOP」。これは、生徒800人が1株500円で出資して設立した株式会社。生徒全員が社員となり、校内に売り場を作り、生徒たちが仕入れた商品を客として訪れた人たちに販売する。オリジナル商品の開発も行っている。販売日は毎年11月の2日間だけ。それでもこの2日間だけで、昨年はおよそ1350万円もの売り上げを上げた。商品は100円のお菓子から100万円の車まで。富山の名産物である魚やクラブ活動の様子などを柄にしたネクタイを開発するなど、ユニークな取り組みを行っている。ちなみに、このネクタイ(1本2500円)は2日で600本も売れるという。

 参加した生徒も「コミュニケーション能力の向上」を「TOMI SHOP」体験の効果としてあげているが、実際仕入れのための交渉、商品開発のための話い合いなど、企業関係者と立ち入ったコミュニケーションを積み重ねなければ事業はできない。

 富山商業高校の安田隆教諭は「必要なのは社会の人たちからしかられたり褒められたりすることです」と語り、高校時代に「TOMI SHOP」の社長を務め、現在㈱オーパーツに勤務している藤井南さんは「いろいろな立場の人とお話をしても、気後れしないでお話しすることができるのは『TOMI SHOP』の経験があるからだと思います」と言っている。「コミュニケーション能力の向上」はまさに社会に出るための準備であり、職業人養成のための重要な教育機会となっている。

 山本氏は、「14歳の挑戦」の意義について次のように語っている。

 「困ったときに人に助けてもらうことの重要さを知るのです。今、学生時代から『自己実現』を教えようとする気運が高まっていますが、それはどうなのでしょうか。自分がどうしていいか分からない時、やり方が分からず思うように物事が進まない時に、人の助言に耳を傾け、相談してみること。いろんな人が手を差し伸べてくれるんだということが心に残ることが、今の中学生にとっても、社会全体にとっても大切なことなのです」(同上、8ページ)。

 こうした言葉にも示されているように、小さな職業体験が人への信頼、社会への信頼を生むきっかけとなり、生徒たちは自分も人に「手を差し伸べて」あげられる人間になりたいと感じるようになる。これはまさに「社会人育て」である。周りの大人たちが支えてくれることを体験し、人に対する信頼が生まれ、さらに自分もその役割を果たしたいと思うようになり、社会人になっていく。こうした「社会人育て」を通して、若者の健全な職業観が醸成されていく。それを地域の試みとして実践している富山県から学ぶべきことは多い。
------------引用以上------------

  こういう地方自治体があるから、私は「公務員は駄目だ」という決めつけに反対なのです。塾や私立の学校が、上の文章にあるような富山県のような取り組みを一度でもしたことがあるでしょうか?
  よく、若者への評価として、私や、さらにその上の世代から、「今の若いやつは指示を待ってばかりで使えない」とか「俺の子供の頃と違って我慢が足りない」などという言葉が出てきます。そういう人の表情や口ぶりを観察していると、まるで宇宙人について語っているかのように見えます。若い人間を一方的に異物として見ているのです。
  しかし、若者ばかりを責めるわけには行きません。日本のように成熟した社会では、子供は生まれた頃から便利な環境を当然のものとして育ってくるのは仕方がないことです。だいいち、今の便利さと、20年前のそれとでは、江戸時代の人たちから比べたら五十歩百歩です。俺の若い頃は、などと言っている人は、子供の頃から水道や冷蔵庫も使ったことがないのでしょうか?
  よく言われる「今の若いやつは使えない」「やる気がない」「すぐ挫折する」などというような酷評も、そういう生育環境のギャップから出てきているのは間違いありません。だから、文句を言っても仕方ないのです。

  問題は、そういう若者をどうやって「使える」ようにするかです。

  思うに、今の若者が社会に出たときショックを受けてしまう、もしくは初めから大人の社会に足を踏み入れようとしないのは、彼らが子供の頃から学校や親から教わってきている社会像と、現実の社会のギャップがあまりにも大きいからです。
  ●以前の記事のコメント欄で「しわさん」たちがおっしゃったことともつながってくるのですが、どうも我が国の学校教育は、子供に対して「夢を実現するために努力することこそ尊い」とか「自分のやりたいことをやればいいんだ」というように、自己実現というものを過大に評価しすぎているのではないかと思うのです。子供の頭の中には、「あれがやりたい」「こうありたい」という観念ばかりが詰め込まれてしまい、実際に社会で直面する苦労や障害は全く意識されません。
  別に、私は子供は大志を抱かずこつこつやることだけが正しい生き方だ、などと言っているのではありません。教育の現場では、夢を語るよりも他にやるべきことがあるのだと言いたいのです。その一つが、「社会に出たときに、学生時代に与えられてきた世界観と、現実との違いで受けるショックを緩和する」ということです。
  富山県の取り組みで感心させられるのは、●こういう欺瞞に満ちた職業指南書●ディズニーランドの二番煎じみたいな職業体験テーマパークとは違い、現実の世界で活動している大人の中に子供を参加させ、その苦労や工夫を社会人と一緒に経験させている点です。私の個人的な経験で恐縮なのですが、うちが「自営業」をやっている友達というのは、親に対しての姿勢がゆがんでおらず、しっかりした友達が多かった気がします。少なくとも、不良になったり、引きこもったりと、のちのちに社会と齟齬を来した人間は一人もいません。親の苦労を近くで見ているというのは、貴重な経験なのです。
  みんなが自営業をやるのはどう考えても不可能なわけですから、教育する側が無理矢理そういう状況を作り出して疑似経験をさせてやるしかないのではないでしょうか。
  受け入れる企業も大変素晴らしいと思います。足手まといになるからと、未経験の若者を疎外したら、永遠に彼らの社会経験が積み重ならないからです。どうせ文部科学省の官僚が税金を使ってやってもたいしたことができるわけではないのですから、その分こういう企業に、法人税を減税してあげたらどうでしょうか?
  このような営みこそ、「社会全体で子供を育てる」ということです。昔は、小うるさい家族や親戚との関係や、うっとうしい近所づきあいを通じて、自然と大人とつきあう要領や、するべき我慢の程度を覚えていったのでしょう。逆に言うと、そういうものを「邪魔だから」「面倒だから」と切り捨てていったのが戦後の日本だったということもできます。
  今はなかなかそんな濃密な経験をする機会がなくなっています。公的な機関はそのへんをきちんと認識して、子供が社会に出て行くためのアシストをしてやるべきなのではないでしょうか。指導要領で決められた科目だけを教えていればよかった時代とはわけが違うのです。それを分からずして、「今の子供はおかしい」とか、モンスターなんとかのせいにしていていいわけがありません。
  当たり前すぎていちいち書きたくないのですが、いくら愛国心や公共精神を教えたところで、若者が現実と直面して感じるギャップを埋めてやることはできません。仕事で壁にぶつかったとき「ヤスクニの英霊に顔向けできないからがんばろう」とか「明日の日本のために戦おう」なんてことを思って乗り切る若者なんているわけがありません(笑)。当たり前ですが、ジンケンのソンチョーだとかヘーワのトートサとか、センソーセキニンなんてものを教えても同じことです。
  何を教えればいいだとか、こういう教員採用システムにすればいいとか、そういう発想ばかりしているから若者がきちんと育たないのです。そういう発想をするのは、あなたが子供を都合の良いように洗脳することばかり考えている人間だからです。洗脳では、大人の側が教育をしているつもりになることはあっても、現実の子供が抱えている問題を解決できません。
  若者は、宇宙人ではないのです。大人にとって都合の良い子供だけを選別するのではなく、一人でも多くの子供が、社会に出ていくときの摩擦が少しでも少なくなるように、手をさしのべる仕組みを作っていくべきです。
  富山県の教育行政に携わっている担当者の方におかれましては、「14歳の挑戦」のような試みを、信念を持って継続されていくことを期待しています。

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2008.08.12(Tue)

ノートPCのタッチパネルを激しく憎悪する自分がいます 

  記事がまた消えました。手持ちのノートPCを叩き壊したい気分です。

  今度は、タッチパネル(ノートパソコンの下の方についている、カーソル移動用のデバイス)のせいです。私の持っている「東芝ダイナブックSS RX1」というノートパソコンは、タッチパネルを「トンッ」と軽く叩くと、マウスの右クリックをしてくれるという、それはそれはもうとても便利で泣けてくるような機能がついています。
  先ほど、インターネットのブラウザを開けて、「お気に入り」を開こうとカーソルを移動させていた時です。右手の親指の付け根がパネルドに接触し、右クリックが入ったしまったのです。ちょうど、書き途中だった記事のタブの「×」印の上で。
  もちろん、パソコンは「閉じる」動作だと認識し、せっかく書いていた記事が全て飛んでしまいました。
  しかも、FC2の下書き自動保存機能は、一度下書きで保存すると無効になるらしく、途中でセーブした部分(ものの20数行)以外の部分がおじゃんになってしまったわけです。

  この、「軽く叩くとクリック」という機能をつけた開発者は、何を考えているのでしょうか?

  ノートパソコンのタッチパネルというのは、位置がスペースキーのすぐ下にあるため、右手と頻繁に接触します。だから、普通にキーボードを操作していると、すぐに右クリックが入ってしまうのです。そのおかげで、訳の分からない場所に語句が挿入されたり、変なリンクをクリックしてしまったり、今までかなり苦労しています。そのくせに、指一本でカーソル移動とクリックを済ませようとすると、そういう時に限って「トンッ」どころか「ガスッ」くらいで触らないといけません。要するに、無用の長物なのでエス。
  一応パネルを無効にする機能もあるのですが、そうなると今度はマウスを持ってこなければならなくなります。せめて、「トンッとさわるとクリック」だけ無効にする機能はないのか、開発者の襟首をつかんで詰問してやりたいものです。

  「蛇足」という言葉は、こういう時のために存在するのだと実感した一日でした。

  すみません。もうさすがに再び書く気力が起きないので、今日は休ませてください。また明日、きちんとワープロに記録してから(←最初からこうしろ)記事を挙げます。

  ・・・どうもこのタッチパネルには触れ方によって隠された機能があるらしく、今右手が触れたらブラウザのバックボタンが作動しました(笑)。駄目だ、この機能。帰ったら、一生オフにしてやる。

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