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2008.05.07(Wed)

「田沢湖線」に乗って思ったこと(秋田県) 

  先日、東北地方に旅行した時のことで少し書いてみます。

  連休中は休みなので、どこか旅行に行こうと思っていました。そういえば、青森と秋田には行ったことがなかったので、この際脚を伸ばしてみようということになったのです。
  秋田方面に鉄道で行く場合、●秋田・大館フリーきっぷというものが役に立ちます。28100円(大人)で行き帰りの新幹線を利用でき、秋田県全域と青森県津軽地方のJR線が7日間乗り降り自由になるのです。

  さて、下りの秋田新幹線の指定席券を取ったはいいのですが、前日から右脚の付け根にゴリゴリとした違和感を感じるようになってしまいました。これでは、思うように旅行が楽しめません。そこで、出発を1日遅らせて、なじみの接骨院で治療してもらうことにしました。
  どうもリンパ腺のところに凝りが溜まっていたようで、施術を受けたら楽になりました。一時は旅行を断念しようとさえ思ったのですが、これなら行けると思い、出かけることに決めました。
  ところが、すでに新幹線の指定席を変更できなくなってしまいました。キャンセルを忘れたので、「指定席に乗った」ことになってしまっているわけです。自由席に乗っていこうにも、秋田新幹線は全席指定なのです。
  盛岡からの指定席+特急券を改めて買うのも馬鹿馬鹿しいので、盛岡まで行く「やまびこ」(停車駅が八戸・秋田行きよりも多い)という新幹線の自由席に乗って岩手県の盛岡まで行き、盛岡から「田沢湖線」(盛岡→秋田県の田沢湖→大曲)という在来線に乗って秋田へ向かうことにしました。(以下は、田沢湖を中心にした地図)

田沢湖の位置


  ここで、ビックリしたことがあります。

  みなさんも、よろしければ●こちらの田沢湖線の時刻表を見て、「大曲行き」というチェックボックスをクリックして、絞り込み検索をやってみてください。

  なんと、大曲まで行く列車は一日3本、朝5時の次は午後2時までありません。

  まあ、上の地図を見ればわかるのですが、田沢湖という観光地自体、奥羽山脈のど真ん中にあるような所で、そこを境に秋田と岩手が分断されていると思えば、東西に横断する必要はそれほどないのかもしれません。(実際に行くと分かるが、岩手県から田沢湖に抜ける辺りはかなり険しい山地である)
  それに、田沢湖線には「秋田新幹線」も通っています。在来線の線路を利用したミニ新幹線なので、完全に田沢湖線と同じレールを走っているのです。普通列車vs新幹線では、当然ながら新幹線の方が優先します。私が14:10盛岡発の田沢湖線に乗って行く間、すれ違い可能な駅で10分待たされるのはザラ、長いと25分くらいすれ違いのために待たされました。追い越しとすれ違いを含めると、多分6~7回新幹線とご対面した気がします。
  これでは、どっちが「田沢湖線」なのか、わかったものではありません(笑)。

  その盛岡発の普通列車の乗客を見ると、ご老人と高校生ばかりで、成人は私のような旅行者しかいませんでした。田沢湖駅で時刻表を見てみると、朝の通勤通学のためにか、一応盛岡まで行く電車は朝に2本だけあるようです。しかし、帰りは今見たような感じです。
  おそらく、盛岡方面に通勤する人たちは、みんな車を使っているのでしょう。これでは、公共交通機関とはとても言えません。新幹線で通勤するといっても、金銭面や指定席を取る手間のことを考えると、とてもあれを毎日利用するわけにはいかないでしょう。
  
  なんでそんなに田沢湖線が不便で、新幹線はバンバン通るかといえば、その方がJR東日本にとって利益が出るからです。
  ●前の記事でも書きましたが、JRは株式会社なので、利益を上げなければなりません。新幹線を通すと財務的な負担が大きくなるだけでなく、その地域を通っている在来線の利用者が減るので、その不採算路線の経営を手放そうとします(いわゆる「経営分離」)。
  これによって大幅に運賃が上がったり、ひどい場合は廃線に至ったりするわけですが、これによって沿線住民の交通手段が著しく制約される結果になるわけです。
  その原因はいろいろあるのですが、●前回の記事でも触れたように、高度成長期以降、公共事業として行われた道路整備で、自動車の利便性が圧倒的に向上したことがよく取りざたされます。
  しかし、これはいわば「卵と鶏のどちらが先か」という問題とも似ています。以前は列車の間引きがそれほどでもなかったのに、国鉄からJRになってから、赤字を減らすために急激に列車本数が減り、それが不便だから自動車での移動に切り替えたという人もかなりたくさんいるはずです。
  こういうことを書くと、「田舎は渋滞も少ないし、車があればいいじゃないか」という人がいますが、あまり良い意見だとは思えません。
  なぜなら、一概に鉄道より自動車の方が便利だとか有利だとか言えないからです。以下がその理由です。

  ▲自動車のガソリンは基本的に自己負担なので、燃料費の高騰がもろに響く
  ▲冬場はチェーンを巻く手間がかかり、事故の確率も鉄道とは比較にならないくらい高まる
  ▲県庁所在地や地方の中心都市になると、朝夕はすごい渋滞になる
  ▲高校生や身体の不自由な人、色盲や弱視の人、お年寄りには利用できない
  ▲自動車には購入や駐車にお金がかかるので、お金に余裕がない人には持つだけで負担


  一方、鉄道には、

  ▲決まった時間に駅に行かないといけない (車はスピード違反をすればいいのか?)
  ▲駅まで遠い人には利用が困難 (バスや自転車を利用すればいい)
  ▲本数がそもそも少ない (多ければ利用するんだよな?)
  ▲時間がかかる (だから車ならスピード違反をしてもいいのか?)
  ▲列車事故が起こると確実に死ぬ (年間何件起こってるんだ?)
  ▲電車は電気を、気動車は軽油を浪費する (自家用車と比べものにならない)
  ▲雨や雪の日に利用しづらい (その代わり車での事故の確率が高まる)


  という程度しか不利益がありません。自動車の不利な点が克服困難なものばかりなのに対して、こちらはそれほど深刻なものがないということです。

  車があればいいだろう、と言ってすませる人は、多分東京やその周辺のことしか考えられない人なんじゃないでしょうか。「田舎では自動車が主な交通手段で」などとテレビや新聞が言ってるのを聞くと、そのまま鵜呑みにしてしまうタイプかもしれません。
  いつもこういうことを書いて、私の意地が悪いと誤解されてしまいそうですが(笑)、そういう人に限ってブログで「朝日新聞は捏造ばか(以下略)」とか、「一般人はテレビに洗脳さ(以下略)」とか、さも自分は自由で透徹した思考の持ち主みたいなことを言っていたりします。わけがわかりません。

   本題に戻りますが、要するに鉄道の方は「ある程度の本数が走っていれば乗客にとって利用価値がある」ということになりそうです。
  しかし、民間会社だと言うことで、JRは露骨な間引き運転や、わざと通勤通学に特急を使わせて料金を取ってやろうというセコさ丸出しの手(たとえば、●JR四国がやっている「快て~き回数券」が許されてしまっています。
  国鉄が鉄道を整備したときは、国民の税金を使って線路を敷き、トンネルを掘り、駅を設置したはずです。それが民営化した途端、「金を払わざる者のるべからず」になってしまったわけです。何か変な気がするのは私だけでしょうか。

  思うに、鉄道の赤字経営というのは、ある意味当然のことなのです。
  そもそも鉄道というのは、儲かる儲からない以前に、その土地の人間が移動するための手段だったはずです。もちろん、石炭や絹織物を運ぶための鉄道もあるにはあったわけですが、日常的に乗客を乗せる手段として用いられるようになった段階で、公共性が鉄道には与えられたと考えるべきです。(そうでなければ、運賃の上げ下げについて国土交通省の認可が必要なことの説明が付かない)
  そして、旧国鉄のような大きな鉄道網の場合、赤字路線の穴埋めを都市部の上げた黒字で相殺し、全体として黒字にすればいいのです。宅急便や電話回線もそういうプラスマイナスの相殺(クロス・サブシダイアリー cross subsidiaryというらしい)で成り立っています。
  そういう仕組みと、国鉄の組合活動が激しかったこととは全く別の話なのですが、どうもそこらへんをごっちゃにして「国鉄の左翼組合を押さえ込んで、しかも債務をチャラにできた国鉄ミンエーカ最高!!」などという論調の評論家やブログを書いている人があまりにも多い気がするのです。(実際は債務は全然チャラになっていないし、組合潰しのためなどという公式見解もない)
  で、そういう人はことごとく東京在住だったりします・・・と、また朝日新聞うんぬんの話が始まってしまうので、このへんでやめておきます(笑)。

  政府や地方自治体もそうなのですが、大きな経済主体が黒字経営を目指してしまうというのは、かなり怖いことなのです。なぜなら、巨大な経済主体の赤字が解消されるということは、他の小さい経済主体から黒字を奪ってくるということに他ならないからです。
  ある国の経済システムの中では、基本的に黒字と赤字はプラスマイナスゼロになります。誰かが儲けたということは、誰かがそれだけ余計にお金を出しているからです。
  では、そういうマイナスを最終的にどこで引き受けているかというと、それが政府などの公的機関なのです。その代わり、公的機関は税金という形でサービスの原資をまかなっていると考えるといいわけです。
  交通機関で言うと、その交通機関が生み出しているサービスが、利用者に見えない黒字(利便性)を与えていると考えると分かりやすいです。たとえば、通勤できる範囲を広げたりとか、それを車より安全にしたりとか、そういう利益を利用者が得ているということです。
  この見えない黒字は、たとえば通勤先でお金を使ったり、学校に生徒が集まったりして、結果的にはどこかで金銭的な利益に化けています。無人島に橋を架けて鉄道を通すような暴挙でもない限り、必ず公共サービスはどこかで利益に変わっています。 
  こういう公共サービスを営利企業が生み出すには限界があります。営利企業の目的はサービスの提供ではなく、自分たちの利益の追求だからです。だから、自分が儲からなければ簡単にサービスの提供をやめます。当たり前のことです。
  こういうことを言うと、「郵政民営化しても郵便物は普通に届いているじゃないか」という人がいますが、民営化当初の手探り状態で自慢されても困ります。「今」ではなく「将来どうなるか」ということを合理的に考えてもらいたいものです。
  公共サービスの質を向上させるためにどうすればいいか、という議論をするならまだしも、「ミンエーカすれば全てうまく行きますよ」というのは、あまりにも本質を無視した議論だと言わざるを得ません。
  それどころか、ミンエーカすると過当競争でかえってまともなサービスがされなくなってしまうケースまで出てきます。代表例は●JR福知山線の脱線事故です。この事故の原因は、私鉄との競争のために1分の遅れすら許されないようなJR西日本の体質にあったわけですが、これもミンエーカの生んだ悲劇でしょう。
  みなさんがタクシーの運転手で、「猛スピードで安全運転をしろ」と命じられたらどう思うでしょうか。それでも俺はやってやる!という人は、お願いですから人の生命を預かる現場に出てこないでください。

  ちょうど世間ではガソリン価格の高騰が騒がれています。

  これで、自動車の持っている優位性がまた一つ疑われることになったわけです。資源の有効利用と、公共サービスのあり方について、考え直すいい機会なのではないでしょうか?

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