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2008.05.05(Mon)

道路整備がもたらしたもの(秋田県) 

  ところで、今、私は秋田からこの記事を上げているのですが、地方に行くとどうしても「道路」というものを意識せざるを得ません。
  今日は、「ねぷた」で有名な城下町・弘前から、能代を通って秋田市まで鉄道(奥羽本線)でやってきたのですが、まず目立つことはどこも駅前が非常にさびしいことです。
  たとえば、特急が止まる駅に「二ツ井」(旧二ツ井町、2年前に能代市に合併)という駅があります。(以下は駅周辺の地図)


大きな地図で見る

(地図上の吹き出しが邪魔な人は、吹き出し右上にある×をクリックしてください)

  この駅は世界遺産である「白神山地」の南側の入り口に当たる駅なのですが、駅前がえらく寂れています。関東地方で比較的さびしい北関東でも、特急が止まる町というと、人口20万人は当たり前というのに慣れていると、なんだか気が抜けてしまいます。
  しかし、その二ツ井駅のすぐそばに、テニスコートだの量販店だのがあってものすごく活気がある一帯があったのを見かけました。ここが駅前なのか?と勘違いしたほどです。

  あとから地図を見てみると、どうやらそこは国道7号線沿いの一帯だったようです。

  ●中越沖地震で被災した「柏崎市」のことを書いた記事でも述べましたが、地方に行くと活気があるのは「幹線道路沿い」というのはもう当たり前になってしまったようです。そして、そこにあるのは「大型家電量販店」「ジャスコ」「牛丼やファミリーレストランのチェーン店」であり、もう米沢だろうと柏崎だろうと二ツ井だろうと、どこでも同じような風景が広がっています。
  別に、地方の人間は物質文明の恩恵を受けるな、などというつもりはありません。しかし、寂れた駅前だとかシャッター商店街を見てしまうと、かつてそこにあった人間の営みの灯が消えてしまったようでさびしくなります。

  では、そういう現状を作った原因のひとつは何かというと、「便利すぎる道路」だという気がしてしまうのです。
  全国に張り巡らされた高速道路と、それに連結するよく整備された幹線道路という仕組みで、いまや旧二ツ井町のような地域でも大都会とダイレクトにつながっています。そうでなくても、大都会を中心にした物流ネットワークみたいなものに組み込まれています。たとえば、弘前のファミリーマート(jコンビニエンスストア)に売っていた「おにぎり」は、青森市の工場で作られたものでした。おそらく、ファミリーマートを経営している資本が作った会社が、関東地方や近畿地方と同じレシピでおにぎりを作り、弘前市内に供給しているのでしょう。
  このような仕組みが、まるで東京や埼玉にいるような「便利」な生活を可能にしたのは事実だと思うのですが、同時に地方にとっても不利益な仕組みが出来上がってしまっています。
  その最たるものが、「経済循環の破壊」です。幹線道路沿いに進出している企業はたいていは東京や大阪に本社を置いている大資本なので、そういう店が儲かった場合利益は大都会の本社に行き、都会で使われたり、配当や借入金の利息という形で大企業が外国資本が吸い上げたりしてしまうことになります。
  この仕組みが固定すると、地方としては都会からお金(貨幣)を奪い返さなくてはやせ細っていく一方になります。だから、みんな必死になって都会で売れるような商品を作ろうとするのです。「赤福」だとか「白い恋人」が偽装までして経営を拡大していたのは、そうでもしなくては地方で生きていけないからです。
  こういう構図は、誤解を恐れずに言えば、「欧米諸国(都会)」と「アジアやアフリカの植民地(地方)」という構図と非常によく似ています。なぜかというと、常に地方が不利な立場に立たされているからです。
  欧米諸国が持っている外貨(貿易決済用通貨)を獲得するために、植民地や途上国は「売れるもの」を作ろうとします。その結果、産業構造が非常にいびつな形になってしまうのです。私は子供のときに、農業をやっている人間が圧倒的多数であるアフリカで、なぜ飢餓が発生するのか不思議でした。その理由は、日本のように外国に売れるものを作れないからではなくて、外国に売れるものを作ってばかりいるからなのだとわかったのはごく最近です。

  ところで、欧米諸国がアフリカを収奪していた時代、内陸部から沿岸部にたくさんの鉄道がしかれました。●アフリカの地図を見ると、「ガーナ」「トーゴ」といった西海岸の諸国が南北に長い形をしているのに気づくと思います。これは鉄道に沿って植民地の形を作ったからです。
  この鉄道が果たしていた役割は、奥地で掘り出した資源や栽培した農作物を、船でヨーロッパなど先進諸国に運び出すためでした。こういう言い方は左翼っぽくて(笑)好きではないのですが、鉄道は収奪のための道具だったわけです。
  程度の差こそあれ、そういう役割、要するに都会が地方から効率よく利益を吸い上げるストローみたいな役割を、今の日本で果たしているのが、「整備されすぎた道路」なのではないか、という気がするのです。いってみれば、道路網の整備は、「内なるグローバリゼーション」を助長してしまっているのです。
  それでも、地方が十分に都会から利益を受け取り、地方に進出してきた都会の店からいろんなものを買うことができるうちはいいのです。しかし、その経済システム要素がひとつでも欠けると、どんどんボロが出てきてしまいます。
  例を挙げると、「エネルギー価格の高騰」があれば、ものを買いにいくコストや物を運ぶコストがどんどんかさんでしまい、経済の中心から離れた地域は切り捨てられてしまうかもしれません。ジャスコや吉野家が田舎に店を出しているのは、利益が出るからであって、その地域の人間に日用品や食料を提供するためではありません。コストがかさんでしまって利益が出ない地域は、真っ先に切り捨てられるでしょう。
  こういうことを書くと、「地方が魅力的な商品を開発して東京や大阪にたくさん売ればいいじゃないか!」という人がいますが、そんなことをいくら強弁しても無駄です。そんなに魅力的な商品を作れる地方自治体はほとんどありません。たとえば、東国原知事がいない宮崎県が、今のようにして都会に物を売り込めるでしょうか?できるわけがありません。東国原氏が「成功」しているのは、同じようなタレント知事が他にいないからであって、他にもたくさん芸人知事が出てきたらPR効果はなくなってしまうはずです。
  マスコミが喧伝する東国原知事の「成功」をとらえて、地方もああいうことをすれば豊かになれるんだと思い込んでいる人間が、同じブログで「朝日新聞の言うことを信用するな」とか「メディアリテラシーがない一般人はテレビにだまされている」などと言っているのは、私にはほとんどギャグとしか思えませんね。
  
  もちろん、地方にお金を分配する仕組みとして公共事業をやらざるを得ず、それが道路整備だったことは事実です。それを全部否定するつもりはありません。しかし、それが今になって厳しい事態を招いているということを、みなさんに理解してほしいのです。
  これは、いくら地方への分配を強化したからといって解決できる問題ではありません。大店法による規制でジャスコなどの進出を妨げるという方法もありますが、カイカクを逆行させるなどといわれてマスコミに袋叩きにされるのが落ちでしょう。

  今日は詳しくは述べませんが、それならば戦うレベルをずらすしかありません。

  たとえば、以前からこのブログが紹介してきている「地域通貨」で、地域の農産物や工芸品を取引できるようにするのがそうです。日本円での価格競争では、地元のガラス工芸より中国で作られた粗製濫造のガラス用品の方がはるかに安く、競争力があります。それならば、中国製ガラス容器を取引できない通貨を作ってしまえばいいのです。地元のガラス工芸や、その代替品としての焼き物(これなら資源がそれほど必要ないので、多くの都道府県で自給できる)を、地域通貨で取引してしまえばいいということです。
  また、エネルギーでも、地元で作った木炭を取引できるようにすれば、灯油の価格が上がってもなんとかしのぐことができます。木材の豊富な三重や和歌山、秋田などでは十分使える方法でしょう。さすがに木炭でクーラーは無理ですが、燃えるごみで小規模発電をして、それを地域通貨で買える仕組みを作れば少しは電力をカバーできます。

  あるいは、公共事業を土木業ではなく、農林水産業で行うのです。護岸整備なんて、いまどき必要な地域はほとんどありません。それをするなら、戦略物資になる農産物(特に小麦や大豆)に補償金をつけて価格競争力を上げるのです。そうすれば、アメリカ産と少しは戦えるようになり、自給率も上がります。何より、地方の基幹産業である農業で生計を立てていけることがわかれば、必ずしも土木事業に依存する必要はなくなるでしょう。
  断っておきますが、これを大企業による農業経営なんていう方法で実現するのは無理です。そんなやり方で自給率を上げている国は、アメリカ以外にはないからです。そのアメリカも、地下水のすさまじい枯渇、ポストハーベスト農薬の多用、季節労働者である外国人の大量流入という弊害に悩まされています。だいいち、農作物に一番補助金をつけている国はアメリカなのです。(●こちらのブログを参照)

  もちろん、農作物への補助金というのは「一時しのぎ」にすぎません。本質的には、より狭い地域での経済循環を作ること、最悪でも国内での経済循環を大原則にすることです。地域通貨や農業補償金はそのための道具でしかありません。
  そうすれば、自分の地域で必要な物を自分のところで作ろうとする動きが強まります。たとえば、リンゴばかり作っている津軽平野も、もう少し他の作物を作るようにシフトするかもしれません。安く買える物より、自分のところで作れる物を買おうとする動きが出てくるということです。
  そうなると気候的地理的ハンデがある地方は不利になるのではないか、と思いますが、それでも昔はなんとかやってきたのです。そういう物質的には必ずしも「豊か」とはいえない中でも人生を楽しむことこそ、日本の文化や伝統ではなかったのでしょうか。
  あまった食べ物を捨てるような余裕があるのですから、今のように「一次産品の特化→大量生産→大量消費」という不自然なサイクルがなければ日本が滅ぶということはないはずです。

  そういう社会ができれば、2兆円のガソリン税について喧々諤々し、挙句にガソリン税の暫定措置法案を可決した与党議員たちが祝杯を挙げる●こちらのブログを参照)ような不毛な事態はなくなるはずです。
  「便利な道路」を前提にした経済の仕組みが機能不全を起こしている今だからこそ、国民、特に地方のみなさんに、少し違った視点で物事を見てもらえるとうれしいです。

追伸: 明日秋田市内を回って、埼玉に帰ります。新しい記事を上げられるようがんばりますので、どうぞまたご覧ください。

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