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2008.03.21(Fri)

【世界激変】米中ダブル崩壊の日は来るか(1)~アメリカは世界の中心 

  ●年頭の記事で、2008年は動乱の年になるのではないか、ということを述べましたが、主に「自民党による売国の加速化」と「日本の周辺国の情勢の不安定化(中国と朝鮮の冷戦)」にしか触れませんでした。
  しかし、ここのところ「もう、戦後体制が完全に終わりを告げるのではないか?」という予感がしてきました。それほど、決定的な出来事が立て続けに起こったからです。

  その出来事とは、「アメリカのドル暴落」「チベット紛争の勃発」です。

  一見別の国で起こった、ジャンルの違う現象(前者は経済、後者は民族問題)なのですが、この二つの現象は相互にリンクしています。そして、これらの出来事をきっかけにして、最終的には、アメリカと中国という両大国が揃って壊滅的打撃を受け、世界の勢力図が一変する可能性が出てきたように思えるのです。
  そこで、「米中ダブル崩壊の日に備えて」と銘打って、続き物で記事を書いてみたいと思っています。今回は初回なので、そもそもなぜ「米中がダブルで崩壊する」といえるのか、その前提条件から話しておきたいと思います。経済に強い人にはまだるっこしい話になるかも知れませんが、お付き合い下さい。

  まず、知っておかなければならないのは、戦後の国際経済は、アメリカが世界的な需要を創出することで国際貿易が成立してきたということです。

  「アメリカが需要を創出する」というのは、世界で作られた品物(特に工業製品)の買い手は何を置いてもまずアメリカだったということです。すでに日本とドイツが連合国に敗北する前から、「今後は国際貿易はドルを共通通貨にして行う」ということが既定事実になっていたからです。
  国際的な決済通貨として、第二次大戦前はイギリスのポンドとアメリカのドルが並立していましたが、結局英仏がブロック経済を実施してドイツやイタリアを国際貿易から締め出し、大戦に至ってしまいました。そのような事態を招かないように・・・という建前で開かれたのが「ブレトン・ウッズ会議」です。しかし、実際は戦後の世界経済を牛耳るのはイギリスかアメリカかという一大決戦の場だったと考えた方がいいようです。
  すでにイギリスに世界をリードする力はないと知っていたイギリス代表の経済学者ケインズは「バンコール」という新しい国際決済通貨の創設を提案したのですが、会議をリードしたのは連合軍の主力であったアメリカでした。そして、「国際通貨基金(IMF)」と「世界銀行」という二つの国際機関が、アメリカドルで貸し付けや援助を行うことが決まったのです。それだけでなく、国際決済通貨となるアメリカドルには、金(ゴールド)との交換券としての役割を与え、誰でもアメリカ政府に35ドルを出せば1オンスの金と交換できるという決まりを設けました。いわゆる「ブレトン・ウッズ体制」というものです。
  それ以降、ブレトン・ウッズ体制の理念に乗っ取って、戦争で傷ついた国々にドルでの援助が行われました。ヨーロッパ(特に西ドイツ)復興プランである「マーシャル・プラン」などがそうです。日本もこの恩恵を受けました。
  その後の貿易システムは、戦前とはかなり違ったものになりました。それは、日本の首都圏の鉄道が、東京の都心から放射線状に広がっているのと同じだとイメージするとわかりやすいかもしれません。要するに、各国はアメリカに物を売ってドルを稼ぎ、それを使って他国(もちろんアメリカを含む。というかそれがメイン)から物を買うというように、アメリカ中心の貿易をするようになったのです。
  もちろん、ドルには金という裏付けがありましたし、何よりアメリカはソ連という競争相手がいたせいで、各国には「ややアメリカが損するくらいのギブ・アンド・テイク」という姿勢で臨んでいた気がします。日本や西ドイツに最恵国待遇を与えて、どんどん物を買ってくれていたというのもその現れだったでしょう。
  また、ありがたいことに、どう考えてもアメリカにとって採算が取れなさそうな地域は、共産圏(東欧や北朝鮮、中国など)という形でソ連が管理してくれていました。この辺を見ると、冷戦というのは、アメリカとソ連が一種の共犯関係になっていたのかもしれません。

  しかし、アメリカにとって誤算だったのは、さんざん痛めつけておいた敗戦国、特に日本と西ドイツの産業がどんどん発展したということです。この二カ国は輸出で稼いだアメリカドルを外貨準備という形で積み上げていきました。
  また、各国の石油の決済もドルで行われていたため、産油国を中心にオイル・ダラーと言われるドルが貯め込まれました。本来、ブレトン・ウッズ体制のもとでは、アメリカが発行したドルが国際貿易を通じてアメリカに帰ってくる(いわゆる「ドル還流」)ことが原則だったのですが、それがうまく働かなくなってきたのです。
  それにも関わらず、アメリカは国債発行という形でドルを発行し続けました。そうでもしなければ、世界中に展開するアメリカ軍の維持ができないからです。
  それが限界に達したのが、1971年のドルと金の交換停止、いわゆる「ニクソン・ショック」です。これによって、アメリカドルは裏付けの全くない通貨になってしまったわけです。

  このニクソン・ショックのあたりで、もうすでにアメリカの上層部(たとえば、●連邦準備制度委員会を構成している銀行や証券会社)は、次の方向を向いて走り始めていたのだと思います。

  次回は、その方向転換について触れて、冷戦後の世界経済の仕組みについて説明しておきたいと思います。

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