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2008.03.31(Mon)

【世界激震】米中ダブル崩壊の日は来るか(4)~怪物ランドへようこそ 

  みなさん、藤子不二雄氏の作品で、『怪物くん』という漫画があるのをご存じでしょうか?(詳しくは●こちらを参照)
  「怪物くん」という魔物のヒーローが、「ドラキュラ」「フランケンシュタイン」「オオカミ男」という三人(?)の手下を連れて大活躍するというお話なのですが、この登場人物を

  怪物くん=アメリカ政府(米軍)
  ドラキュラ=アメリカの金融資本
  フランケンシュタイン=中国
  オオカミ男=日本政府


  と、置き換えてみると、ぴったりだということを先日発見しました。(笑)
  ●ウィキペディアのキャラクター説明を見ると、かなり面白いです。前回の記事でも述べたように、アメリカの金融資本が吸血鬼=ドラキュラだというのはいいとして、怪物くんの紹介を見てみます。

>常識外れでプライドが高く、短気でわがまま

  アメリカそのものですね(笑)。●怪物くんの主題歌の歌詞で「悪魔怪獣なんでもこい」と謳っていますが、「悪魔怪獣」を「イスラム教国やセルビアのような国」と置き換えると見事に意味が通じるのも笑えます。

  続いて狼男を見てみると、

>怪物ランドでは著名な料理人で、怪物屋敷の食卓や家事を担っている。
>気さくで人がよく、世話好き。


  これも日本にぴったりです。後で述べるように、アメリカの財政を支えているのは日本の意味不明のドル買い(為替介入)だからです。
 
  では、中国の役割をしているフランケンシュタインはどうでしょう。

>怪力と手先の器用さで主に屋敷の手入れや買い物の荷物持ちをしている。

  屋敷=怪物くんの住処だと考えると、これは結構当たっています。別に、中国人が手先が器用だというわけではありません。後述するように、アメリカの台所を支えているのは、実は中国だからです。

  もっとも、現実世界の「怪物くん」は、原作と一点だけ違うところがあります。それは、全てを牛耳っているのがドラキュラだというところです。
  そういう配役を頭に入れていただいた上で、本題に入りましょう。

  このシリーズで何度も述べているように、1971年の米中国交回復以降中国に期待されていた役割は、「過剰生産によってデフレを起こす」ことでした。
  デフレとは、簡単に言うとお金の量より物の量の方が多い状態のことです。当然物の値段は下がり、それに伴って企業の売り上げ→従業員の給料→国民が物を買う力(購買力)の順に下がっていきます。購買力の低下はさらに企業の業績を低迷させます。これが、いわゆるデフレスパイラルというやつです。
  このような状況は、日本を始め多くの国にとって好ましくないのですが、そうでない国もあります。1980年代以降のアメリカのような金融中心経済の国です。
  金融中心経済の国にとっては、他国のデフレはまたとないビジネスチャンスなのです。なぜなら、デフレになった国は株価や地価も低迷するのが普通なので、そういった国の優良資産を買いたたくことができるからです。●こちらのリンクを見ていただくとすぐわかるのですが、東京で最も地価が高い一帯である銀座の目抜き通り・中央通りを歩いてみると、外国のファッションブランド会社が作った持ちビルがたくさんあります。バブルの頃はこんなことをやろうと思っても、地価が高すぎる上に、為替取引が自由でなかったために非常に困難でした。ところが、日本のデフレによる経済低迷のおかげで、「侵略」に成功したのです。
  もちろん、ただデフレにするだけでは当該国の資産買い占めがうまくいかないので、国内資本を守るための仕組みを変えさせたり(いわゆる規制緩和)、国営または公営企業が支配している優良資産を手放すためのカイカク(JRや郵便局の民営化)を同時に行わせるわけです。
  そういうときにドラキュラは絶対に表に出てきません。出てくるのは怪物くんです。「悪魔怪獣なんでもこーい」とわめき散らし(北朝鮮やイラクの脅威を世界中に吹聴し)たり、「俺やドラキュラに住みやすいように家を改造しろ!」(規制緩和や民営化をしろ)と脅かしたりして、その隙にドラキュラが血を吸うわけです。見事なコンビネーションです。
  
  もっとも、当のアメリカにもこういうデフレの波は押し寄せるわけで、それをどう乗り切るかが問題になります。デフレを放置するとやがて中国製品に市場を支配され、失業者があふれることになるので、選挙の時に深刻な影響が出ます。政府は、なんらかの形でデフレを感じさせない方策を打たなくてはいけません。
  アメリカがとった方法はいくつかありますが、その一つが「第三次産業による雇用の吸収」です。
  ●こちらのグラフを見ると、1990年にはアメリカの非農業(農業は1%未満)就業人口のうち77%がサービス業だということが分かります。これがだいたい第三次産業だということができます。
  三次産業の典型は、「商業」「運輸業」です。この二つの業種は、扱う品物が輸入製品でも全く問題がありません。ピッツバーグの工場で生産された鉄鋼材をシカゴの商社が仲介して売買し、運送業者がニューヨークまで運ぶ取引だろうと、韓国の工場で生産され、ロサンゼルスに陸揚げされた鉄鋼材を同じ商社が仲介してニューヨークまで運ばせる取引だろうと、たいした違いはないということです。
  むしろ、海外との取引の方が手数料や運送料が高額になり、取引あたりに動く金額は大きくなります。そうだとすれば、物の取引を活発にして、トラックが長い距離を頻繁に往復するようになれば、製造業がなくなった分を穴埋めできるというわけです。
  あるいは、「金融」も第三次産業です。金を貸して金利を取るだけで、GDPに立派にカウントされます。株の売り買いも同じです。ドラキュラ同士で銀行口座の数字を右に左にいじくるだけで(最近はオンラインの取引ばかりなのでこれも簡単)お客の血を吸うことができるというわけです。
  「サービス業」というのは、上のような産業にくっついて業績をのばす産業です。たとえば、商社や銀行がたくさん従業員を雇用すれば、会社の近くにあるコーヒーショップの売り上げが伸びるでしょうし、ビルの掃除をする業者も儲かるはずです。
  こういう産業は何も物を生産していません。しかし、国家の経済力を示すGDP(国内総生産)という数字も、結局はどれだけ頻繁にお金が行き交ったかという指標に過ぎませんから、製造業が死んでも、三次産業で盛り返せば数字上は経済発展していることになります。
  そんなことをしていたら国内で扱う物がなくなってしまうのではないか、と思うかもしれませんが、そうしたら輸入すればいいのです。
  そして、そのためには輸入品は安ければ安いほどいいはずです。ここでフランケンシュタインの出番になるというわけです。中国が世界中にばらまいている工業製品の最大の行き先はアメリカです(中国の輸出相手国1位はアメリカで、アメリカの輸入相手国1位も中国)。怪物くんの家は、フランケンシュタインが作った品物がなければ成り立たなくなっているほどなのです。
  お金が足りなくなったら、アメリカドルを印刷して公共事業や社会保障としてばらまけばオッケーです。ブレトン・ウッズ体制の崩壊後は金(ゴールド)の裏付けがいらなくなったのですから、札は刷り放題です。刷りまくったアメリカドルで、安い中国製品を買う。買った品物を国内でたらい回しにして「経済活動」を行う。これが、アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ(笑)です。
  もっとも、この方法には一点だけ欠点があります。あまりにもたくさんドルを刷りすぎてしまうと、世界中にあふれてしまって、価値が暴落してしまうということです。ドラキュラである国際金融資本にとっては、自分の持っている資産の価値が下がることになるので、困ってしまいます。
  そこで、怪物くんの出番です。「怪物ランドのプリンスである俺の世話をしろ」と他の国を恫喝するのです。要するに、金がないからアメリカ国債を買え、というわけです。
  このとき、決まって真っ先に怪物くんのアメリカ国債を買うのが、世話好きでお人好しのオオカミ男(日本政府)なのです。典型的なのは、小泉政権下の為替介入です(●こちらのリンクを参照)。なんと、2003年度末に35兆円もの円売り・ドル買いを行っています。そして、その金のほぼ全てがアメリカ国債になり、外貨準備に積まれることになりました。
  こういうオオカミ男の怪物くんに対する過剰なゴマすりを正当化するために、北朝鮮だの、中国の脅威だのが喧伝され、それを増幅するために靖国神社騒ぎがあったのではないか・・・とすら思えてきます。
  
  漫画だと怪物同士が馬鹿をやってると笑っていられますが、現実世界では日本国民を初めとして世界中の人びとがドラキュラに血を吸われて苦しんでいます。こんな悪辣な手法が長続きするはずがありません。
  しかし、これは序の口。アメリカには「詐欺」「強盗」としか思えないデフレ回避策があるのです。

  次回は、三次産業へのシフト以外にアメリカがとった方策を紹介し、その危険性について述べてみようと思います。

(おまけ)
白黒テレビ時代の怪物くん・オープニングテーマ
http://www.youtube.com/watch?v=z1cY0pfSKkw

  「かわいこちゃんには弱い」などという惰弱な歌詞(笑)が入っていない分、アメリカくんに近いような気がします。

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2008.03.26(Wed)

【世界激変】米中ダブル崩壊の日は来るか(3)~吸血鬼アメリカ 

  ●前回の記事ではアメリカの製造業が70年代から衰退し、今日では自国の生産をまかなう能力もなくなってしまったという話をしました。
  しかし、アメリカのGDP(国内総生産)は相変わらず世界一です。そのアメリカの経済を支えているのが、「金融」という特殊な業種なのです。

  金融とは何か、誤解を恐れずに断言すれば「吸血鬼」です。

  吸血鬼というのは、●ドラキュラのように、他人の生き血を吸って生きていく魔物です。その生き血は、「金利」と呼ばれています。たとえば、弁済期が1年後の借入金に年利5%という金利がついていたら、1年後には借りたお金に5%上乗せして返さなくてはなりません。
  この5%には大きな意味があります。貸した人間に金利を支払うために、5%余計に働かなくてはいけない人間がいるということです。
  では、貸した人間が何か特別なことをしたのかというと、ただ貸しただけです。札束をヒョイと渡す、あるいは銀行口座の数字をちょっといじるだけで済んでしまいます。実質的に見たら、何もしていないのと同じです。
  つまり、金利を取るという行為は、余っているお金のある人間だけに許される行為であり、本来的に差別や格差を前提としているのです。放っておくと、貸し手は金利という生き血を吸ってどんどん大きくなり、逆に借り手は一生懸命働いても、稼いだ利益が金利を下回っていれば何も手にすることができません。
  だからこそ、昔は金利が邪悪なものと考えられていました。中世まで、キリスト教は利子を付けた金の貸し借りを禁じていました(だから、ヨーロッパで金融業をやっていたのはユダヤ人だけだった)。イスラム教は今でも禁止しています。金利という仕組みを許すと、金持ちが一人勝ちしてしまうということを、昔の人は経験的に知っていたのかもしれません。

  アメリカが吸血鬼、すなわち金融中心主義の国になるまでにはいくつか段階があるのですが、主なポイントを上げてみます。

1.1978年 確定拠出型年金(いわゆる401K)制度の創設
2.1980年 金融制度改革法で、預金金利の自由化
3.1987年 銀行子会社による証券業務取り扱いを開放


  1.によって企業年金(アメリカは公的年金が弱いので、これが年金の主力)の多くが証券市場に流れ込むことになりました。これによって、アメリカの株価は一時期をのぞいて逐次高値を更新していくことになります。この上がり続ける証券市場と、日本やヨーロッパよりも高めに設定した金利で、アメリカは世界中から投機マネーを呼び込むことに成功します。
  一方、2.によって、預金を扱う銀行間の競争が激化します。経営基盤の大きな銀行が客寄せのために金利をつり上げると、中小銀行はついていけなくなり、廃業したり、大手銀行に経営権を譲ってしまうこともしばしばでした。
  そして、これによって規模を大きくした銀行が、証券取引という形で資金を積極的に運用するようできるようになったのが3.です。
  こうして、アメリカの金融制度改革は、中小の銀行を「間引き」して、巨大な資金を動かす大金融資本を形成する結果を生みました。おそらく、それが狙いだったのでしょう。
 
 こうなると、地元の製造業の運転資金を貸し付けるなど、ばかばかしくてやっていられなくなるわけです。もともと日本や西ドイツの産業競争力の向上と、それにともなう産業の空洞化でうまみがなくなっている製造業は、これで決定的にとどめを刺されました。
  ゼネラル・エレクトリック(GE)という企業をご存じでしょうか。この企業は「ダウ・ジョーンズ工業平均」というニューヨーク株式市場のインデックス(株価指標)が創設された当時のメンバーとしては唯一の生き残りです。名前の通り、電気機器を作っていたのですが、1970年代から事業を縮小し、いつの間にかテレビ放送局を買収したり、保険や証券取引を扱ったりする会社になってしまいました。今は、中心は企業向け融資(GEキャピタル)や個人向け金融(GEマネー)です。
  このGEの変身ぶりこそが、アメリカの縮図だといっても差し支えないでしょう。それくらい、アメリカは変わってしまったのです。

  面白いことに、アメリカが金融中心経済に切り替わっていくのと比例して、徐々に資本主義経済を取り入れていった国があります。それが中国です。
  中国が市場経済を導入する構えを見せたのは、1978年以降です。いわゆる「改革開放」が唱えられ、市場経済への移行をにらんだ様々な政策(たとえば、生産責任制度)を導入していきます。外国企業に進出場所を開放し始めたのもこの時期です。
  これによって生じた国民の反発が形になったのが「天安門事件」だったのですが、中国は民主化の声を弾圧して改革を断行します。そして、1992年にはついに市場経済を導入しました。
  その結果として、中国には外国からの投資がなだれ込みました。そして、いつしか世界の工場などと言われるようになったのです。日本や、他の先進国の工業製品や食料品の需要を食い荒らしながら・・・。
  もうおわかりですね。そのとき、外国企業が中国で行う設備投資のお金を融通したのは・・・金融中心経済に移行していたアメリカの金融機関だったのです。
  中華人民共和国の生みの父・毛沢東が死去したのが1976年でした。小平たちが市場経済導入をスタートさせているのはその2年後です。これは全くの想像ですが、もしかしたら、米中国交回復と同時か、その少し後ぐらいに、アメリカ側と小平が「中国に市場経済を導入して、アメリカと中国で世界を制覇しよう」というような密約を交したのかも知れません。そうでも考えなければ、両国の、まるでコインの裏表のような変貌を説明することが出来ません。

  アメリカと中国が衝突する、という主張をよく見かけますが、ちゃんちゃらおかしい。冷戦前後の混乱期の米中の動きを見れば、アメリカにとって最大の友好国は中国であるというのは歴然とした事実なのです。

  次回は、このアメリカと中国の関係を詳しく見ていきます。ここにこそ、将来の世界の変化を読み解く鍵が隠れているからです。

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2008.03.24(Mon)

スポーツの政治利用だって 

  最近、北京オリンピックのボイコットを示唆する発言をする海外の政治家が結構います。(我が国には一人もいない)
  まあ、欧米も日本同様、一般国民よりスポンサーであるグローバリスト企業の方がはるかに政治力があるので、実際にボイコットする国が出てくるとはあまり思えません。それでも、このような発言で相手を牽制するのは意味があることです。
  そういう発言に対する、「よくある批判」が以下のようなやつです。

オリンピックを政治問題に絡めるべきではない=中国首相
http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-30888420080318
--------以下引用--------
 中国の温家宝・首相は、チベット騒乱鎮圧を受けて北京オリンピックのボイコット論が浮上していることに対し、オリンピックを政治問題に絡めるべきではないと訴えた。

 首相は記者会見で「われわれは、オリンピックの主旨と憲章を尊重しなければならない。その主旨は、オリンピックを政治問題化してはならないというものだ」と述べた。

 ハリウッド俳優で「チベットのための国際キャンペーン」の会長を務めているリチャード・ギア氏は、個人的な見解として、中国がチベットの混乱を平和的に収拾できなければ、オリンピック参加は「良心に反する」と述べた。
--------引用以上--------

  誰も中国首相の言い分などまともに聞いていないと思うのですが、面白いことに、テレビに出てくる「識者」「コメンテーター」という意味不明の人びとや、ブログを書いている人に、スポーツを政治利用するなという声が結構上がっていることです。
  おおかた、一生懸命練習してきた選手たちを、政治的な動機でもてあそぶんじゃない、という考えが下地にあるのでしょう。いかに主催者が異民族を虐殺してきたばかりか自国民の生命さえ軽視ししている殺人国家だとはいえ、選手には勝ちたいという純粋な動機があるのでしょうから、そういう批判が出てくることは分かります。
  しかし、そういう「スポーツを純粋に愛する人たち」は、こういうことをしている連中をちゃんと批判しているんでしょうか?

橋下知事&東国原知事そろって土俵入り
http://www.nikkansports.com/general/news/p-gn-tp0-20080324-339398.html
--------以下引用--------
 大阪府の橋下徹知事(38)が23日、大相撲春場所の千秋楽で絶叫パフォーマンスを見せた。橋下知事は幕内優勝力士・横綱朝青龍に知事杯を手渡すために土俵に上がり、マイクの前で「本当に熱い取組でした! 大阪が元気になりました。ありがとう!」と横綱対決の大一番を絶賛した。

 生まれて初めて大相撲を観戦したという橋下知事は「両横綱の仕切り前の間には感動した。朝青龍関は本当に龍が昇るようだった」と感動した様子で話した。一方で府の危機的な財政状況の再建を掲げ、今場所から優勝力士に贈る知事杯副賞の米(240キロ)と牛肉(15キロ)を一気に昨年より半減させ、計約25万円をカット。「(副賞は)税金から出している。違うやり方があるのではないかということを(各部局へ)指示した。もう少し行政が汗をかいてもいいんじゃないですか」とさらなる削減も視野に入れた。

 橋下知事に続いて宮崎牛1頭を贈るため土俵に上がった宮崎県の東国原英夫知事(50)は、橋下知事の“ケチケチ作戦”を意識して? 「宮崎牛1頭です。1頭」と太っ腹ぶりを強調し、笑いを取った。

 橋下改革では春場所が行われている大阪府立体育会館も廃止・見直し対象となっている。「来年も(春場所は)大阪でやるでしょう。ただ(体育会館の見直しは)別問題」。大阪府知事としては故横山ノック知事以来、9年ぶりに知事杯を授与した橋下知事だが、改革に例外なしを強調した。
--------引用以上--------

  同じようなことを、小泉純一郎という人物がよくやっていましたね。有名なのは、貴乃花に賜杯を渡して、「よくやった!感動した!」とか叫んだアレです。彼の子分である安倍晋三も、真似をして奥さんを連れて日本ダービーを見に行ったりしていましたね。

  スポーツを利用したパフォーマンス、人気取り・・・どうも、むやみやたらに「財政改善」や「カイカク」を唱える人間というのは、やることが似ているようです。

  こういう政治利用を、マスコミや識者の方々が批判しているのを見ことがありません。ブロガーで多少見かけますが、そういう人は「坊主にくけりゃ袈裟まで」型の、どちらかというと左翼チックな人です。
  マスコミは北京五輪を盛り上げたい(スポンサーのため)という動機からスポーツの政治利用を批判する一方、左翼チックな人びとは小泉安倍憎しでスポーツの政治利用はけしからんと言う。ついでに言うと右翼だとか愛国だとか言う連中は、北京五輪がそもそも中国共産党による政治利用だという。みんな自分の立場からしか発言していません。見事なまでのご都合主義といえるでしょう。
  
  少なくとも、五輪ボイコットには非人道的なチベット人弾圧に抗議する意味合いがあります。しかし、自分の人気取りオンリーの、徹頭徹尾利己的な動機によるパフォーマンスには、肯定的な理由が全く見あたりません。
  スポーツが政治利用されることは、運営に公権力が絡んでいる以上(褒められたことではないが)仕方のないことなのかも知れませんが、北京五輪ボイコットは「政治利用だ」と批判しながら、こういう連中のパフォーマンスを温かく見守るのは、どうも変な気がします。

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2008.03.23(Sun)

「循環を早める」ということ 

  たいしたことではないのですが、気づいたので書いておきます。「経済とグローバリゼーション」の項目に入っている意味は、読んでいただくうちに分かると思います。

  最近、東京の中央線沿線から、近郊の埼玉県某市に転居しました。
  東京にお住まいでない方のために簡単に説明すると、中央線沿線は東京・新宿といったターミナル駅や、高円寺や吉祥寺のような人気がある町があるため、他よりも家賃が高めです。以前は駅から15分もある20㎡に満たない部屋なのに、バストイレが一緒なのに7万円取られていました。
  どうせなら住環境がよく、家賃も安いところがいいと思い、現在の場所にしたのですが、部屋が一つ増えて風呂とトイレが別になったにもかかわらず家賃は7千円下がりました。まあ、郊外なのに駐車場付きでないとか、周りにコンビニエンスストアがないというのもあるのでしょうが、私にとっては好都合でした。
  
  さて、いざ引越をしてみると、ほとんど読んでいない本(古本屋に売却)ベッド(寝室が和室なので不要)やクローゼット(15年くらい使っていて半分壊れていた)を処分したので、部屋がスカスカになってしまいました。来客用に布団を2セット買っても、まだ収納が余っているくらいです。まあ、本来2人入れる場所なのですから、それも当然といえば当然なのですが・・・。
  居住空間に隙間があるというのは、今までほとんどワンルームにしか住んだことがない私にとってはどうも違和感がありました。一応二間のアパートにも住んだことがあるのですが、隣から毎朝聞こえてくる「なんみょーほーれんげーきょー」というお題目(笑)や、移ってから立て続けに体調を崩してしまったことに嫌なものを感じ、すぐに引っ越してしまっていたので、感覚はほとんど覚えていません。

  しかし、物をあまり置かないことで、劇的に変わったことがありました。それは、毎日掃除をするようになったということです。

  恥ずかしいことに、以前住んでいた場所では、掃除は2週間にいっぺんやればいい方で、ひどい時は3ヶ月くらいほっぽらかしにしていました。それというのも、私の性格がグータラなのだと思っていました。
  しかし、本当は違ったのです。単に、物がたくさん置いてあるから掃除する気にならなかったのです。
  物が置いてあると、ホコリや小さなゴミが目立たなくなってしまうばかりか、いざ掃除しようとなると、それを全て別の場所にしまわないといけません。それどころか、本や雑誌は明らかに本棚の許容量を超える数だったので、床に何冊か散らかしておかないと行き場がありません。これでは、掃除をやる前に、散らかった物の始末で精神的に疲れてしまいます。
  それに、掃除機をすぐに取り出せるところに置いておかなかったのも、掃除が億劫になる原因でした。以前はベッドの下に置いてあったのですが、それを屈んで取り出して、コンセントに入れるというのがもう面倒くさいのです。「そんなの少しやる気を出せばいいじゃないか」と言う人もいるでしょうが、私はそういう性格だから仕方がありません。
  そこで、今の家では、部屋の入口近くのコンセントに掃除機をつなぎっぱなしにして、ホースまで立てて置いておくことにしました。こうすると、起きて布団をしまってすぐに掃除機に手が届きます。
  改めて分かったことですが、掃除の秘訣、汚れをコントロールするためのコツは、少しでも汚れていたらきれいにしておくことに尽きるということです。

  部屋に隙間が増えてもうひとつ改善したのは、洗濯をする間隔が短くなったということです。
  以前は洗濯をしても、洗ったものを干すのが面倒で仕方がありませんでした。特に、干し物をハンガーにかける作業です。
  その面倒だった原因を考えてみると、要するに干す作業をするスペースが狭かったのです。狭いと、干し物をいっぺんに広げられないので、作業がどんどん遅くなるのです。
  そこで、今の家では、寝室(本棚と小さい棚以外はガラガラ)に干し物をぶちまけて、スペースをめいっぱい使ってハンガーにかける作業をやることにしました。そうなると、早い早い。幅の広い道路だと車のスピードが上がるのと同じです。
  以前は洗濯物が貯まりすぎて洗濯機の中からはみ出しているのが常でしたが、引っ越してきてからはそれがなくなりました。

  同じように、仕事に着ていくワイシャツも、貯めておかず、時間があればすぐにクリーニング屋に持って行くようになりました。以前は、でかいトートバッグに10枚とか、ひどい時は20枚近く詰めて行ったものですが、今は2~3枚です。なんでも、ワイシャツの襟や袖の汚れは、時間をおくと落ちにくくなる(汚れの水分が蒸発して濃くなるから)というので、ワイシャツが着られなくなってしまうともったいないと思ったのです。
  
  このように、洗濯物をまめに片付けるようになって、気づいたことがありました。どうも、自分はワイシャツや下着をたくさん持ちすぎているのではないかということです。たくさん持っているのは、洗濯物を貯めてしまってたからです。予備がたくさんあれば、少しぐらい(相当)洗濯をしなくても着ていくものがないという事態は避けられるからです。それに、色やデザインの関係で、頻繁に着る衣類とそうでないいるというのはだいたい決まってくるわけで、結局ほとんど着ないシャツが半分近く出てきてしまいます。「本当は着たくないけど、洗い替えがないからこれにしよう」という感じで消費することになるわけです。
  しかし、「予備」をたくさん抱えると、無駄にしまう場所がかかってしまいます。結局それが物の置き場を狭くして、部屋を散らかすことになったのではないかと、ここに来てようやく気づきました。
  逆に言えば、洗濯するサイクルを早くすれば、手持ちの衣類が少なくても何とかなるのです。

  よく考えてみると、これは、先に挙げた掃除も同じなのです。

  「循環を早くするとうまく行く」

  これは、世の中のあらゆる場面で妥当することなのではないでしょうか。

  食べもので考えてみると分かりやすいです。今の食品産業は、付加価値の大きいものをのぞけば、大量に作り、大量にさばくことで初めてもうけがでるようになっています。
  しかし、いつもいつも作った分だけ売れるとは限りません(過剰在庫の存在)。過剰在庫というのは、私が持っている20枚以上の長袖のワイシャツ(笑)と同じで、循環から外れてしまっているものです。
  これが生鮮食料品だったら、傷んだものを捨てることになります。大変もったいない話です。お金も無駄になります。
  そこで、加工品にして、保存期間を長くする工夫がされるわけです。缶詰というのが一般的でしたが、最近は「保存料」という添加物で、歩留まりの期間を長くするという方法が採られています。特にアメリカでよく見られるのですが、穀物は相場を見計らって出荷することが多いので、倉庫で長期間保存できるように収穫した後も農薬や殺虫剤を使っています(ポストハーベスト農薬)。
  あるいは、冷凍食品という形で長期間の保存を可能にして、なんでも中国で加工するというのもあります。毒餃子事件は、そういう中で出てきた現象です。そもそも水や土が汚染されている国で、コストの低下だけを狙って作っているからああいうことが起きるのです。

  こんな方法が、人間の身体に悪影響を及ぼさないわけがありません。

  そもそも、人体に害を及ぼすような保存料を使わなくてはいけないほど、遠くに食べ物を運ぶという発想が間違っているのです。食べ物は、消費される場所の近くで作るべきです。
  要するに、生産から消費までのサイクルを小さくすることです。そうすれば、保存料もポストハーベスト農薬も必要ありません。小麦は国産を使うことになるので、ラーメンやうどんは少々高級な食べ物になってしまったり、材料に時のものが少ない外食を食べる機会が減ったりするかもしれませんが、安全だということは間違いありません。

  「米中ダブル崩壊」の特集が終わったら書いてみたいのですが、「循環を早める」ために、こういう実験をしてみるのはどうでしょうか。

  地方の小さい町(郡単位でもいい)で、農協と郵便局と小規模な商店が協定を結んで、ポイントカードみたいなものを作るのです。ここに、協定を結んだ企業体で使える「地域限定ポイント」を入れて、現金同様に使えるようにするのです。もちろん、このポイントは現金で買うことも出来ます。
  協定を結んだ企業は、従業員の給料の一部をポイントで払うようにするのです。そうすれば、ポイントだけで野菜やお米や薪(燃料にする)を買うことが出来たり、ゆうパックを送ることができたりするようになります。
  軌道に乗り始めたら、このポイント協定に町役場などの公的機関が参加するのです。人件費の一部をポイントで支払うことにすれば、財政改善に役立つでしょう。何でもかんでも切り詰めろと叫んでいる馬鹿なカイカク真理教信者も、ポイントの「バラマキ」ならぐうの音も出ないはずです。
  このポイントは、経済の循環を早めるために半年経ったら消えることにします。クレジットカード(たとえばVISAカード)のプレゼント用ポイントは、明細に毎月「今月失効するポイントは○○」という表示がしてあるほどですから、システム的にはそれほど難しいものではありません。

  おわかりでしょうか。これが、以前からこのブログでも訴えている「地域通貨」「自然主義経済」というやつなのです。

  カネにしろ食べものにしろ洗濯物にしろ、循環を早くすることで手持ちが少なくても豊かな生活を送れるようになるはずです。昔から「カネは天下の回りもの」といいますが、実は、全てが天下の回りものなのだと思います。

  たくさん持っているということは、それだけで病的だということに、もっと多くの人が気づいてほしいものです。

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2008.03.23(Sun)

米中ダブル崩壊の日は来るか(2)~アメリカ製造業壊滅絵巻 

  ●前回は、アメリカを国際貿易の中心とする仕組み(いわゆるブレトン・ウッズ体制)が、日本や西ドイツといった国々の産業競争力の向上に伴って機能しなくなってきたということをお話ししました。

  ここで、アメリカの「敵」になってしまった国の経済発展について見てみましょう。たとえば、我々の日本です。
  日本は今でも貿易依存率が2割程度の国ですが、ニクソン・ショック以前はさらに低く、10%程度でした。当時の日本は強大な産業競争力を持っており、メイドインジャパンを世界中(特にアメリカ)に売り込んでその利益を国内に還流し、どんどんでかくなっている化け物のような国です。
  日本が右肩上がりで成長することができた強みは、国民全体の所得を無理のない形で上昇させて、総需要をふくらませていたことにあります。その鍵は、インフレ率に比例して生産性が向上するという、絶妙の経済政策にありました。
  インフレ(物に対して金が余っている状態)になると、物価が上昇しますが、それは裏を返せば企業が物を売る値段も高くなるということです。賃金も上昇する傾向になりますから、それに合わせる形で物を作る量を増やせば、経済全体が一回り大きくなった形で、物と金の関係がイコールになります。ここに、輸出であげた利益を付け加えれば、それだけ需要が大きくなっていくというわけです。
  この経済政策を可能にしていた要因は、二つありました。一つは「地価のゆるやかな上昇」、そしてもう一つは「官僚による統制」です。前者が穏やかなインフレを誘導し、後者が生産性の上昇とそれによって生じた利益の配分をコントロールしていたのです。
  日本ほどではないにしても、冷戦崩壊までに経済発展を成し遂げた国(韓国や台湾、西ヨーロッパ諸国)はこのような仕組みを多かれ少なかれ持っていました。
  アメリカはソ連と競争する上でそれらの国の成長は黙認していたのですが、これらの国々、特に日本がアメリカ中心の貿易システムを脅かすようになってきて、考え方を変えたのです。

  さて、これらの「敵」をアメリカが叩きつぶすためにはどうすればいいのか?

  簡単です。「インフレ率に比例して生産性が向上する」という、経済発展の公式を狂わせればいいのです。要するに、世界中にデフレ(金に対して物が余っている状態)を起こせばいいわけです。
  細かい話をし出すとキリがないので、アメリカの情報戦略などは省略しますが、このデフレを世界的に起こすために絶対に必要だった国があります。それが中国なのです。
  ドルと金の交換停止をしたのはニクソン政権ですが、そのニクソン政権が同時に行ったことがあります。それが「米中国交回復」です。
  この事件はよく、ソ連陣営から中国を引きはがすために行った外交行動だと言われることがありますが、あまりにも表面的な見方でしょう。だいいち、冷戦というのは、前回も述べたように、国際貿易に参加してくるとアメリカを中心とした国際貿易が不安定になりかねない(地政学的にシーパワーの勢力圏でない)国々を、共産圏という形でソ連が囲い込んでいたものです。このシステムも完璧ではないので、時折局地紛争というエラーが生じますが、アメリカの国際貿易支配にとってはメリットの方が圧倒的に多い仕組みでした。
  そうなると、米中国交回復の本当の目的は、中国を国際貿易の世界に参加させ、世界中を生産過剰=デフレ状態にたたき込むことだったのです。
  中国の最大の武器は、今も昔も人口と、それを背景にした単価の安い生産力です。中国が共産圏の囲いから外に出たしばらく後の1980年でさえ4億3千万人の就業人口がいました(現在は7億人に届く勢い)。そもそも中国の人民元は国際的に取引されている通貨ですらなかったので、給料が払われていると言っても人件費はただみたいなものです。
  これが、いきなり国際貿易体制の中に参加してきたらどうなるか?生産が過剰になるに決まっています。もっとも、中国には近代的な工業を可能にするような工業設備は、戦前に日本が作り上げた満州の重化学工業地域くらいしかありません。
  そこで導入されたのが「経済特区」です。工業がほとんど根付いていない南部の沿岸都市に外資を呼び込み、安い労働力を利用させるようにしたのです。
  この発想も、もしかしたらアメリカの上層部(投資銀行や証券会社、ロックフェラーやモルガンのような財閥)がアドバイスしたのかもしれません。なにしろ、中国の国際貿易デビューは、アメリカと国交を回復したからこそ実現できたのですから・・・。
  ●こちらのホームページを見ていただくとよくわかりますが、中国の工業生産額は1990年代初めから急激に伸び始めています。1980年から20年で約15倍です。同じ時期の世界のGDPは約3倍に増えているのと比べると、そのすさまじさがわかるというものです。
  当然ながら、中国国内にはこの工業生産を消費するための購買力(個人や家庭の手持ちの金)はありません。その大半が、輸出に回ったと考えて間違いありません。この輸出は、冷戦中には存在しなかったわけですから、どこか他の国(たとえば日本)の工業生産が沈んだとしても、ものすごい生産過剰状態になったということです。
  アメリカの狙い通り、経済的なライバルだった日本はデフレの泥沼に陥りました。他の工業国も軒並み生産過剰になり、工業生産を縮小せざるを得なくなりました。中国を「開放」して、世界中をデフレの渦に巻き込むという作戦は成功したのです。

  しかし、疑問に思うことがありませんか。そんなことをしたら、世界一の工業生産額を誇るアメリカの工業も潰れてしまい、デフレで経済が立ちゆかなくなってしまうのではないか、ということです。

  結論を言うと、アメリカ(少なくともその上層部)は、自国の工業が潰れようが構わないという考えでいたのです。

  実は、アメリカでは1970年代から「産業の空洞化」現象が進んでいました。産業の空洞化とは、「企業が海外に生産拠点を移すことによって、雇用の減少などの弊害が生じること」とでも理解しておけばいいでしょう。
  その動機は、利潤追求という企業の論理です。アメリカ人を雇ったら金がかかるから、たとえば南アフリカやバングラデシュみたいな発展途上国に生産拠点を移してしまえという感じです。ここ10年くらいで日本の企業が中国に次々進出していったのも同じ動機です。
  アメリカの場合は、もともとが人工的に作られた国だと言うこともあって、その辺は徹底しています。非農業部門の就業人口割合を見ると、1970年のアメリカの製造業の割合は27.3%でしたが、1990年にはなんと17.3%まで低下しています。10%の低下ですよ。ただごとではありません。アメリカの農業はもともと大規模で機械化されていますから、農業で雇用を吸収したわけではありません。みんな、サービス業に流れたのです。
  これは、自然とそうなったというより、あえてそのようにしたのだと考えるべきです。つまり、アメリカは、製造業の部門で日本や西ドイツのような追撃者と競争することを完全にやめたのです。
  そして、工業製品は日本などからの輸入で補い、雇用はサービス業で吸収するという方向を固めたのではないかと思われます。国内で循環させる金は、赤字財政支出でまかない、不足した税収は国債の発行で穴埋めするのです。なにしろ、アメリカドルはすでに金(ゴールド)の裏付けを必要としなくなっているのですから、札を刷って使いたい放題なわけです。
  そうして、1980年代のアメリカは輸入の増加と赤字国債の連発で「貿易赤字」「財政赤字」の双子の赤字を抱えることになりました。
  この頃のニュースなどを見ると、デトロイトの町の真ん中で日産の車がボコボコにされる映像などがよく出てきていました。日本の輸出でアメリカの雇用が失われているというのが、アメリカ国内での見方だったようです。アメリカ政府もその意向に沿う形で、自動車交渉や日米構造協議などで、「アメリカ製品を輸入しろ」「輸出しないで内需を拡大しろ」と日本にやかましく命じていました。
  しかし、今となってみると、これは単に政府が国民に対してまじめに仕事しているふりをしていただけなのではないか、という気がするのです。要するに、選挙対策です。本気で輸入を止めたければ、日本以外にも、アメリカ向け輸出をするために海外に生産拠点を移したアメリカ企業(●こちらのグラフを参照)の方をなんとかしなければならなかったはずなのに、その対策は全くしませんでした。
  そうこうするうちに、アメリカの産業は決定的な打撃を被ることになりました。まず、工業製品を作るための道具(中間財)を輸入に頼るようになってしまったのです。●こちらのグラフを見ると、消費財の輸入がプラザ合意(1985年)によるドル高是正後に減少しているのに対して、資本財の輸入はずっと増加しているのがわかります。要するに、製品や部品を作るための道具を、日本などの技術力に優れた国から輸入し続けていたということです。
  それがさらに進むと、今度は部品まで輸入に頼るようになってしまいました●こちらのグラフを参照)。もうこれでは、アメリカ本土の工場はただの製品組み立て工場になってしまうことになります。
  そして、現在では、その組み立てすら中国の工場に奪われてしまっているのです。アメリカの製造業の雇用は全体の13.3%しかありません(農業人口は0.7%だから、非農業部門でも14%に達しないことが推定される)。
  アメリカが世界の産業をリードする、などという、冷戦の頃には当たり前だった図式は、もう完全に過去のものになってしまったようです。アメリカには、もはや自国の生産をまかなっていけるだけの工業力はないのです。

  しかし、それにも関わらず、アメリカがなぜGDPでぶっちぎりの世界1位の座に君臨していられるのでしょうか?

  その理由は、アメリカは日本や西ドイツなどの工業国と違う次元に戦いの場を移したからです。その舞台は「金融」です。実は、これこそが、世界中がデフレになっても、アメリカだけが一人勝ちすることが(一時期ではあるが)できた秘密なのです。

  次回は、金融が基幹産業となったアメリカの姿を見ながら、この金融という不思議な業種についてじっくり考えてみたいと思います。

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2008.03.21(Fri)

【世界激変】米中ダブル崩壊の日は来るか(1)~アメリカは世界の中心 

  ●年頭の記事で、2008年は動乱の年になるのではないか、ということを述べましたが、主に「自民党による売国の加速化」と「日本の周辺国の情勢の不安定化(中国と朝鮮の冷戦)」にしか触れませんでした。
  しかし、ここのところ「もう、戦後体制が完全に終わりを告げるのではないか?」という予感がしてきました。それほど、決定的な出来事が立て続けに起こったからです。

  その出来事とは、「アメリカのドル暴落」「チベット紛争の勃発」です。

  一見別の国で起こった、ジャンルの違う現象(前者は経済、後者は民族問題)なのですが、この二つの現象は相互にリンクしています。そして、これらの出来事をきっかけにして、最終的には、アメリカと中国という両大国が揃って壊滅的打撃を受け、世界の勢力図が一変する可能性が出てきたように思えるのです。
  そこで、「米中ダブル崩壊の日に備えて」と銘打って、続き物で記事を書いてみたいと思っています。今回は初回なので、そもそもなぜ「米中がダブルで崩壊する」といえるのか、その前提条件から話しておきたいと思います。経済に強い人にはまだるっこしい話になるかも知れませんが、お付き合い下さい。

  まず、知っておかなければならないのは、戦後の国際経済は、アメリカが世界的な需要を創出することで国際貿易が成立してきたということです。

  「アメリカが需要を創出する」というのは、世界で作られた品物(特に工業製品)の買い手は何を置いてもまずアメリカだったということです。すでに日本とドイツが連合国に敗北する前から、「今後は国際貿易はドルを共通通貨にして行う」ということが既定事実になっていたからです。
  国際的な決済通貨として、第二次大戦前はイギリスのポンドとアメリカのドルが並立していましたが、結局英仏がブロック経済を実施してドイツやイタリアを国際貿易から締め出し、大戦に至ってしまいました。そのような事態を招かないように・・・という建前で開かれたのが「ブレトン・ウッズ会議」です。しかし、実際は戦後の世界経済を牛耳るのはイギリスかアメリカかという一大決戦の場だったと考えた方がいいようです。
  すでにイギリスに世界をリードする力はないと知っていたイギリス代表の経済学者ケインズは「バンコール」という新しい国際決済通貨の創設を提案したのですが、会議をリードしたのは連合軍の主力であったアメリカでした。そして、「国際通貨基金(IMF)」と「世界銀行」という二つの国際機関が、アメリカドルで貸し付けや援助を行うことが決まったのです。それだけでなく、国際決済通貨となるアメリカドルには、金(ゴールド)との交換券としての役割を与え、誰でもアメリカ政府に35ドルを出せば1オンスの金と交換できるという決まりを設けました。いわゆる「ブレトン・ウッズ体制」というものです。
  それ以降、ブレトン・ウッズ体制の理念に乗っ取って、戦争で傷ついた国々にドルでの援助が行われました。ヨーロッパ(特に西ドイツ)復興プランである「マーシャル・プラン」などがそうです。日本もこの恩恵を受けました。
  その後の貿易システムは、戦前とはかなり違ったものになりました。それは、日本の首都圏の鉄道が、東京の都心から放射線状に広がっているのと同じだとイメージするとわかりやすいかもしれません。要するに、各国はアメリカに物を売ってドルを稼ぎ、それを使って他国(もちろんアメリカを含む。というかそれがメイン)から物を買うというように、アメリカ中心の貿易をするようになったのです。
  もちろん、ドルには金という裏付けがありましたし、何よりアメリカはソ連という競争相手がいたせいで、各国には「ややアメリカが損するくらいのギブ・アンド・テイク」という姿勢で臨んでいた気がします。日本や西ドイツに最恵国待遇を与えて、どんどん物を買ってくれていたというのもその現れだったでしょう。
  また、ありがたいことに、どう考えてもアメリカにとって採算が取れなさそうな地域は、共産圏(東欧や北朝鮮、中国など)という形でソ連が管理してくれていました。この辺を見ると、冷戦というのは、アメリカとソ連が一種の共犯関係になっていたのかもしれません。

  しかし、アメリカにとって誤算だったのは、さんざん痛めつけておいた敗戦国、特に日本と西ドイツの産業がどんどん発展したということです。この二カ国は輸出で稼いだアメリカドルを外貨準備という形で積み上げていきました。
  また、各国の石油の決済もドルで行われていたため、産油国を中心にオイル・ダラーと言われるドルが貯め込まれました。本来、ブレトン・ウッズ体制のもとでは、アメリカが発行したドルが国際貿易を通じてアメリカに帰ってくる(いわゆる「ドル還流」)ことが原則だったのですが、それがうまく働かなくなってきたのです。
  それにも関わらず、アメリカは国債発行という形でドルを発行し続けました。そうでもしなければ、世界中に展開するアメリカ軍の維持ができないからです。
  それが限界に達したのが、1971年のドルと金の交換停止、いわゆる「ニクソン・ショック」です。これによって、アメリカドルは裏付けの全くない通貨になってしまったわけです。

  このニクソン・ショックのあたりで、もうすでにアメリカの上層部(たとえば、●連邦準備制度委員会を構成している銀行や証券会社)は、次の方向を向いて走り始めていたのだと思います。

  次回は、その方向転換について触れて、冷戦後の世界経済の仕組みについて説明しておきたいと思います。

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2008.03.20(Thu)

奨学金を作った政党、国民の税金で外国人を養う政府 

  面白いものを見つけたので報告を兼ねて記事を書いてみようと思います。
  先日予告した少々大がかりな記事はもう少しお待ち下さい。

国民新党奨学金高等学校奨学生制度
http://www.kokumin.or.jp/shougakukin/
--------以下引用--------
日本は平成10年以降、自死者数が3万人を超える(先進国の中で最も多い)状況が続いています。一家の大黒柱を失うことにより、その家庭の将来は一挙に暗転することになります。特にその遺児の進学には、各種の育英会はあるものの、現状の深刻さを考えると、新たな奨学金制度が待望されているところであります。

国民新党は、遺児がせめて高校だけでも進学できるように、ささやかではありますが、国民新党奨学金制度を創設するに至りました。
--------引用以上--------

  どうでしょうか。私がこの政党を応援し続けている理由が、少しはみなさんにもおわかり頂けるのではないでしょうか。
  たしかに、一番欲しい大学の奨学金でもないし、金額は微々たるものかも知れません。しかし、この政党は、困っている人に助けの手をさしのべていることは紛れもない事実です。
  聞けば、共産党はマニフェストで無償奨学金の設立を謳っているそうです。その前に、こういう奨学金を出来る範囲で作ってみてはどうでしょうか。これは社民党にも言えることですが、そうすればこれらの左翼政党が、ただの変な人の集まりという評価から一歩前進することができる気がします。
  まあ、今の与党や、楽してそいつらから権力を取ろうとしているアホだらけの第一野党には全く期待していませんが・・・。

  では、本来こういうものを担うべき政府は、どんなことをしているのでしょうか。

  まず、以前は国費を投入していた日本学生支援機構は、独立行政法人になってしまいました。独立行政法人は、基本的には独立採算を目指しています。返済不履行の奨学金があると赤字になってしまうので、けっこうしっかり取り立てをやっているようです。
  では、税金は使っていないのかというと、素晴らしくきっぷのよい振る舞いをしています。

アジア人財資金構想
http://www.ajinzai-sc.jp/

  どんな仕組みか見てみましょう。

>アジアの相互理解と経済連携の促進に向け、経済産業省と文部科学省は、
>「アジア人財資金構想」を平成19年から実施しています。

>優秀な留学生の日本への招聘、日系企業での活躍の機会を拡大するため、
>産業界と大学が一体となり、留学生の募集・選抜から専門教育・日本語教育、
就職活動支援までの人材育成プログラムを一貫して行います。

>日本とアジアの架け橋となる優秀な人材の受入・交流を拡大し、
アジア大での人材育成、我が国大学・企業のグローバル化に貢献します。

>その優れた知性と能力をアジアの未来のために活かす。これが
>「アジア人財資金構想」の目標です。


  どこにも「日本の未来に資する」「日本国民の福祉につながる」などと書いていません。ちなみに、この事業のために、経産省と文科省は平成19年度予算で30億円の概算要求をしています。
  これだけでも腹が立ってくるのですが、具体的な内容になると、苦学生のみなさんが怒り狂うのではないか、心配になってくるほどの「充実」ぶりです。

>1.  産学連携専門教育プログラム(高度専門留学生育成事業のみ)

>産業界が求めるスキル・ノウハウ等を体系化した専門的なプログラムを
>基本に、企業の技術者による講義や現場における実習などを含む
>実践的な専門教育を大学で実施します。

>2.  ビジネス日本語教育

>高度な日本語運用能力をベースに、企業へ就職後、スムーズな
>コミュニケーションや難度の高いディスカッションを可能とする日本語教育を行います。

>3.  日本ビジネス教育

>日本の企業文化に対する理解を促進するため、日本企業の仕事の進め方、
>人材育成の考え方や意義などに関するビジネス教育も実施します。


>4.  社会人基礎力の養成

>情報の収集、分析、集約能力をはじめ、チームワーク力、協調性、
>プレゼンテーションや、ディスカッション能力、さらにビジネススキルや
>マナーなど社会人としての様々な行動能力を養成します。

>5.  インターンシップ

>コンソーシアム参加企業のニーズと留学生のニーズをマッチングさせて、
>実践的能力を効率的に習得するインターンシップを支援します。

>6.  就職支援

>就職活動のカウンセリング、企業情報提供、就職ガイダンスなどを
>実施するとともに、企業に対しては受入れ環境の整備を支援する
>セミナーなどを開催します。


  国民の税金を使って、やっていることは何かといえば、日本人の就職口を奪うことのようです。

  こういうことを言うと、「楽して金儲けをしようと考える日本人の若者より、やる気のあるアジア人の方がいい」などという馬鹿がいますが、そんなにやる気があって優秀な方なら、わざわざ社会人基礎力の養成だとか、就職支援なんてしなくてもいいんじゃないでしょうか。

  しかもこの制度には大きな欠陥があります。対象となる学生が、日本企業に定着せず、母国に帰ったりアメリカへ渡ってしまったりした場合の担保が何もないのです。
  こんなことに国のカネを使うくらいなら、優秀な日本人の理系学生1500人に年間200万を返済義務のない奨学金として出した方が、よほど日本の未来に役立つんじゃないでしょうか。

  笑えることに、この人材(人罪?)資金とやらをブチ上げたときの内閣は、中国や朝鮮に対して強硬派だと言われ、いまだに一部(のマニア)の人びとに熱心に支持されている「戦う政治家」(笑)安倍晋三サンが総理大臣だったのです。
  彼が戦っていた相手は、ひょっとしたら大多数の日本国民なんじゃないかと思ってしまいますね。

  少ない金額でも、親に先立たれた家庭の子供を助けようとする政党と、日本人の税金を大学をアジアのためなどと称してドブに捨てる馬鹿な政府。

  どちらの方が、誰かさんの唱えていた「美しい国」にふさわしいでしょうかね?

<問い合わせ窓口>

文部科学省 voice@mext.go.jp
経済産業省(メールフォーム) 
https://wwws.meti.go.jp/honsho/comment_form/comments_send.htm

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2008.03.18(Tue)

【右も左も】茶番劇にはもう飽き飽きなんですが【お腹一杯】 

  最近話題になっているあのニュースに関して、少々触れておきたいと思います。

チベット騒乱 中国、武力弾圧を否定「焼死など」と発表
http://www.asahi.com/international/update/0317/TKY200803170145.html
--------以下引用--------
 中国チベット自治区ラサの騒乱について、自治区のシャンパプンツォク主席が17日午前、騒乱後初の記者会見を開き、騒乱による死者が13人に上ったと述べた。いずれも暴徒による殺害や火事による焼死などで、治安部隊による犠牲者はなかったとし、武力弾圧の事実を全面否定した。

 同主席はデモ隊の制圧は武装警察と公安(警察)が行っており、軍は加わっていないと強調。「治安部隊は発砲しておらず、戦車など人を殺害する武器は一切使っていない」と述べた。重傷者6人を含む61人の警察官が負傷したという。

 新華社通信によると、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が中国政府を批判したことに対し、自治区高官は16日、「全くナンセンスな発言で、僧侶と住民は完全な信教の自由を享受している」と反論。ラサ市のドジェ・ツェジュグ市長も「分裂主義者の妨害さえなければ、チベットは歴史上最高の発展期にある」と述べた。政府機関や学校は17日から平常通りに再開するという。

 また、新華社は16日、事件後初めて「ダライ(・ラマ14世)集団の社会破壊活動は必ず失敗する」との論評を発表、「表面上はチベット独立を放棄したと言っているが、実際は分裂破壊活動をやめていない」と批判した。

 ダライ・ラマ14世が「北京五輪が開かれる08年は、チベット人にとって重要かつ最後のチャンスになる」「五輪期間中にデモ活動を行い、要求を訴えるべきだ」と発言していることを取り上げ、チベット問題と五輪を絡めていると指摘。暴力行為を先導しているのは間違いないと断じた。
--------引用以上--------

  チベット亡命政府に80人死傷したと暴かれ、四川省や青海省にも暴動の動きが広まってきているのを受けて、カウンターパンチを出してきた、といったところでしょうか。日本のみなさんには●2月の毒餃子事件でおなじみになった「隠蔽」戦術です。で、使うのはやっぱり朝日新聞(笑)。
  どうせこのあといろんなところから情報が漏れだして、「開き直り」「逆ギレ」パターンへ移行するのは目に見えていますが(笑)、まあこうせずにはいられない国だということです。

  もちろん、大いに騒ぐべき事件ではあるのですが、どうもその方向性を間違っている人たちがいます。「ネット右翼」「自称保守」の人びとです。
  思わぬ火の粉がかかってきそうなので、ブログの実例を挙げるのは差し控えますが、どうも彼らの論調はずれているのです。
  少々デフォルメして、「よくある」右よりブログの文章を再現してみます。

ところで・・・こういう一目瞭然な人権侵害が行われているっているのに、
人権だの平和だのが大好きなサヨクの方々はどうしたんでしょうねぇ?(笑)

ま、つまるところだ。連中にとっての人権なんてのは、
政府を攻撃するための道具に過ぎないんだよ。
いつだってサヨクってのは、ダブルスタンダードの卑怯者なんだな。
歴史認識にしろ、特亜の正体にしろ、真実から目をそらし続ける・・・
欺瞞に満ちた連中なんだよ、サヨクなんてのは。

悔しかったら、中国大使館に向かってデモでもやってみろよ、
人権大好きサヨクくんたち(笑)。



  一個の人格を持った立派な大人が、何を言おうが基本的には自由なので、こういうブログを書くこと自体には私は反対しません。
  ただし、経験者として言っておきたいのですが、こういう言論活動には1ミリだって現実を動かす力はありません。

  だって、そうでしょう??

  そんなことをいったところで、プロパガンダ活動をしているような団体が中国を批判するわけがないのです。自称保守やネット右翼という人びとは、そういう人びとの活動を鵜の目鷹の目で観察しているのですから(たとえば、●こういうことをよくもまあほじくり出してくるなあと感心する)、その特性は人一倍よく知っているはずです。
  それにも関わらず、「おら、中国に人権で噛みついてみろよ!」というのは、なんだかおかしな話です。魚屋に「早く牛肉売ってみろよ」と因縁をつけているようなものです。

  なに?サヨクは普段ひどいことをしているから、このくらい言ってやらないとダメだ?

  相手が「ワル」なら何をしてもいいということでしょうか。それって、「愛国無罪」とか叫んで日本企業のビルに石を投げているゴキブリみたいな人たちと同レベルじゃないんですか?

  はっきり言っておきますが、こういう問題で思想の対立している連中を責め立てるのは、やっているのが右翼だろうと左翼だろうと無意味です。というか、端から見ていて本当にみっともないので、やめてほしいというのが普通の人間の感想ではないでしょうか。
  だから、私は「保守」だとか「右翼」だとか「思想右派」だとか、レッテルを貼られるのが嫌なのです。

  もっとも、以前であれば、私もそういうレッテルを貼られると、ちょっと誇らしいというか、何か嬉しい気持ちになっていたような気がします。なぜなら、そういう風に思想傾向を持っていると、他にも仲間がたくさんいる上に、何も考えないでいいので楽だからです。
  本当にびっくりするのですが、チベットの暴動の話が出てきた時に、私が「多分保守とか愛国とか言っている連中は、左翼をバカにし始めるだろうな」と思ったら、本当にその通りの行動をしている人がいたのです。しかも、一人二人でなく、かなりの数で。
  どうも、愛国だとか保守だとか右翼だとか言っている人びとは、(彼らの双子の兄弟である人権平和憲法9条系地球市民と同様に)言論活動にフォーマットがあって、それに従ってしかものを考えられなくなっているのではないか、という気がします。これは、私も経験したことがあるので、多分当たっています。昔のgooブログの時代の記事を見ていただければわかりますが、日教組叩きみたいなことに熱を上げていたことがありました。その方が、記事が書きやすいし、敵と戦っているみたいで燃えてくる(笑)気がしたのです。
  
  そういう私が正気に返ったのは、実は「安倍晋三」という人物のおかげです。

  彼が首相になってしばらくして、選挙が近いというのに、残業代がゼロになるという法案(いわゆる「ホワイトカラー・エグゼンプション」)を出したり、共謀罪を国会に提出しようとしたりした時期がありました。
  そこで、このままでは俺の生活が危ないと思った途端、急に安倍氏や、彼に近い政治家を見る目が変わったのです。保守だとか愛国だとか言っているが、竹島のことは無視しっぱなしだし、中国やロシアの野蛮な行為に対しても何も言い返さないし、●変な宗教と深い関係があるみたいだし・・・なんかこいつ、おかしいんじゃないか?という風になりました。
  自分の経験を一般化するのは避けたいのですが、こういう感覚、すなわち「生活感覚」は結構大事だと思います。自分の生活程度が下がるのは嫌だとか、失業するとか、飢えて死ぬとかいう感覚は、余計な論理を介在していない分、シンプルで確実です。人間も生き物ですから、そういう感覚と無縁ではいられません。
  右翼とか左翼が「気持ち悪い」感じがするのは、彼らにそういう生活感覚が欠落しているからです。右翼の多くは自分は保守だと言います。では、何を「保」ち「守」るのかときくと、「日本」というあやふやな答しか返ってきません。逆に左翼は平和主義だと言いますが、現実の戦争をやめさせるために何をするか、きちんと答えられる人はいませんし、ジンケンジンケンと言いながら、身近にいる困った人を助けないでイラクの子供や熱帯雨林の心配ばっかりしています。
  要するに、どちらも●理念バカなのです。

  よけいなお世話かも知れませんが、少しは翻意する人がいるかも知れませんので、最後に書いておきます。

  普段からヘーワだのジンケンだのケンポーキュージョーだの念仏みたいに唱えている人も、中国だの朝鮮だの左翼だの聞くと血が騒いでしまい、「日本のために」がんばってしまう人も、自分が食べるものとか、寝る場所とか、結婚とか、それが将来どうなるかとか、そういうものについてじっくり考えてみるといいのではないでしょうか。
  そうすれば、チベットの人びとが迎えている危機を、自分の言葉で語れるようになるだろうし、なにより思想上の敵のことなどどうでもよくなるはずです。

  忘れてはならないのは、言葉によって人は思いを伝えることができますが、逆に言葉に囚われてしまって身動きが取れなくなってしまう危険もあるということです。たしか、小林秀雄か誰かがそんなことを言っていました。

  自分自身を「概念の檻」に閉じこめていないか、我々は今一度我が身を振り返ってみるべきなのではないでしょうか。

  次回から、少々力のこもったシリーズものを書きたいと思っています。このブログをいつもご覧の方々には、「総復習」的な記事になるかもしれません。楽しみにお待ち下さい。

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2008.03.14(Fri)

「好き→選ぶ」から「選ぶ→好き」へ 

  やっとADSLが開通いたしました。お待たせいたしました。

  地政学やら、経済の話やら、はたまた「商人の歴史」の続きなど、皆さんが待ちかねている話題もあると思いますが、せっかく卒業シーズンなので、それに合った記事にさせていただきます。

  私のいる塾では、3月の初めに、今までいっしょに勉強してきた受験生を集めてお別れ会みたいなものをやります。営利団体ですから、高校部への誘導みたいな意味合いがあるのですが、苦労してきた受験生に、改めてお疲れ様という声をかけられる場でもあり、私はそういう集まりが結構好きです。
  今年度は、教室を変わってしまう人も多いこともあって、最後に全員に向けて各先生が話をしようということになりました。以下は、中学3年生に私がした話の抄録です。

  まずは、お疲れ様。人によって本気を出して取り組んだ時期の長さは違うと思うが、みんなそれなりに力を出し切ってくれたと思う。よくがんばってくれた、どうもありがとう。

  さて、入試というのは、多分ほとんどの人にとって人生で初めて自分が試されることになる場面だったと思う。思い通りの結果を出してくれた人もいるが、そうでない人もいるだろう。
  実は、私も今までの人生は思い通りの結果を出してきたとはいえなかった。大学受験こそ先ほどの話(この前に、それぞれの先生が受験の思い出を披瀝していた)のようにうまく行ったが、それから先は無駄なことをいろいろやってきた。そのときそのときは本気で取り組んでいるんだが、目的達成までもう少しというところで進路変更をしてきてしまった。

  実は私は結構最近まで受験生だった。司法試験という、弁護士や検事になるための試験を受けていた。択一試験の方は何回か続けて通ったが、その途中に試験の制度が変わってしまい、法科大学院を出た人間でないと受験すらできなくなってしまう制度に変わった。合格者の数が激減してしまい、結局諦めることになった。
  はっきり言うと、この仕事も好きでやり始めたわけではない。昔は海外留学のための資金を貯めるため、その次は司法試験を受け続けるため、しょうがなくやってきたというのが本当だ。

  それでは、今はこの仕事をどう思っているだろう?みんなを教えてきた半年から1年間の間、「やっぱりこの仕事を早くやめよう」と思ったことは、何度あったかわからない。
  しかし、だからといって、仕事に行きたくないと思うことはなかった。どうしてだろうと考えてみると、やはりこの仕事が「好き」なのではないか・・・こうして全て片付いてほっとしているあなたたちの顔を見ると、そう思わざるを得ない。
  正直たいして社会に貢献している仕事をしているとも思っていないし、自分自身たいした人間というわけでもないが、こうして何十何年生きてきて、ようやく一つわかったことがある。それは(板書)

  「好き→選ぶ」

  よりも、

  「選ぶ→好き」

  と考えた方が、多分豊かな人生が送れるということだ。

  みんなもうすうす感づいていると思うし、第一志望に不合格だった人は自分の身で痛感したことと思うが、誰もが望むような道に進めるわけではないし、こうありたいと思うような自分になれるわけではない。才能や、環境という制約があるからだ。
  世の中では、好きなことを仕事にしたらいいという人が多い。学校の先生たちもそういう風に言う。

  本当にそうだろうか?

  好きな仕事や、なりたい自分になれなかったら人生として生きる意味がない。そういう考え方が本当だとしたら、この世の中に生きている人間のほとんどが不幸な人間だと言うことになってしまう。もちろん、自分の夢なり希望なり、実現しようと努力すればいいじゃないかと言うことはできるが、それだって誰にでもできることではない。
  そうだとすれば、そもそもの考え方を変えるべきではないのか。自分が選んだものの中に、何か良いところはないか、それを探すために努力する方がいいのではないか。努力すればいいことがある、という言葉が本当だとしたら、それは願望を実現するための努力ではなく、与えられた条件の中でいかに美しいものを見つけるかという努力なのではないか。

  こんな経験はないだろうか。全米興行成績1位とか、全世界が感動したとか、そういう宣伝がされていて、期待を抱いて見に行った映画がつまらなかったということは。
  逆に、つまらないと思って見始めた映画が、物語半ばにして急に輝き始めるような時もある。多分、そういうときの方が「ああ、見て良かった」と思うのではないだろうか。多分、人生もそれと同じだ。

  だから、不本意な進学先になってしまったとしても、何も嘆く必要はないと思う。与えられた条件の中で、精一杯の努力はしたはずだ。今度は3年間かけて、「選ぶ→好き」を実現する努力をすればいいんだ。少しずつでいいんだ。迷ったら、またこの教室に顔を見せに来るといい。

  長い人だと2年、短い人は半年、直接教える機会も多かったり少なかったりするけれど、みんなを教えることができて本当によかった。いい1年にできた。本当にありがとう。



  普段の授業の数倍も真剣に聞いている生徒の姿勢には正直びっくりしました。本当の声というのは伝わるものなのでしょうか。

  会が終わって職員室に行った後、ある生徒が声をかけてきました。

  その生徒は顔はよく知っているのですが、直接教えたことはあまりありませんでした。いったん塾をやめたり、学校に行かない期間があったり、いろいろあった子でした。それでも、ちゃんと高校へ行こうという気になり、受けた高校にきちんと合格することができたのです。

  「考えたら3年間同じところにいたんですよね。最後に、いい話を聞かせてくれて、ありがとうございました。」と、彼がさっぱりした顔で言いました。
  私も、正直に、「一時はどうなるかと思ったけれど、本当によかったよ。いろいろあったけど、合格は一人ひとり違うんだから、胸を張ってやっていきなさい。ただし、学校はなるべく休まずに」と、声をかけました。そして、苦笑いをしている彼と握手を交わしました。
  これからどうなるかは分かりませんが、彼が選ばざるを得なかった場所を、少しでも好きになって欲しい。戦い済んだ今は、ただそれだけを願っている自分がいました。

  よく考えてみると、結局私はこの「別れ」でえらそうなことを言うために、そこまでの1年間苦労しているのではないか・・・そう思えたりもします。
  こうして仕事に明確な区切りがつけられるような職業を、とりあえず嫌いにならずに続けられるだけ、私は幸福なのかも知れません。

  また1年間、がんばっていきたいと思います。

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2008.03.05(Wed)

【陳謝】ADSL開通が遅れています 

携帯からですみません。

引っ越したのに伴ってネット用のADSL回線も移転したのですが、開通が遅れています。こういうときの限ってモバイルデータ通信も解約したばかりだったりします。

そういうわけで、あと1週間くらい自宅から更新出来ません。明日仕事が休みなので、漫画喫茶みたいなところから記事を上げるかも知れませんので、よろしかったら覗いてみてください。

それでは、また近々お会いしましょう。
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