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2007.11.09(Fri)

商人の歴史(3)~中国と国際貿易 

  ここのところ更新が滞っていてすみません。忙しいのもありますが、ちょっと個人的にゴタゴタしていました。今週いっぱいで山を越えますので、もう少しお待ち下さい。

  前回は、中国の商業の歴史を見ているといろいろ分かるという話をしました。今回は、「地政学」に入れても、「経済とグローバリゼーション」のテーマに入れてもいいような中身です。しかも、尻切れトンボになっています(笑)。まあ、ペースの遅い学校の授業だと思って聞いてください。
  
  さて、秦の始皇帝が「半両銭」という全国共通の貨幣を使ったということは前回言いました。

  これは、コメントでしょうたさんがご指摘されたことと関連しますが、経済を支配しようと思ったら、貨幣の発行権を握るのが一番手っ取り早いのです。
  16世紀から17世紀にかけては、スペインの銀が一世を風靡しました。新大陸、具体的に言えばボリビアのポトシ銀山でインディオを牛馬のごとく酷使して得た銀を、世界中にばらまいたのです。
  ちなみに、日本もその後を追っかけるみたいな形で銀をばらまいています。今度世界遺産に登録される●「石見銀山」がその証拠です。いつかお話しようと思っていますが、そのせいで日本は叩きつぶされました。秀吉の朝鮮遠征がそれだと思っています。
  18世紀から19世紀にかけては、イギリスのポンドです。日本はこれを手に入れるために、必至こいて「殖産興業」というのを行うんですね。理由は簡単で、ポンドで鉄鋼と武器を買うためです。
  最近で言えばアメリカドルがこれに当たるんでしょうか。1944年のブレトン・ウッズ会議で決まった方針です。しかし、石油の高騰と、ロシアの台頭で、どうもうまく行かなくなっています。●こちらの「或る浪人の手記」さんの記事が面白いので、是非ご覧下さい。
  こうやってみると、時代の主役というのは、貿易決済用の通貨の発行権を握っていた国だと言えそうです。

  では、なぜ事実上の貿易決済通貨ができるのかといえば、その国がたくさん輸出入をするからです。実は、中国というのは、歴史的に見ると、長い間そういう国でした。
  
  もちろん、今のアメリカみたいに、ドル札を刷ればどんどんものを買えるというほど自由だったわけではありません。
  しかし、中国の歴史を見てみると、我々が今日当たり前だと思っている、というか、思わされているような「国際分業」だとか「相互依存」といった状態が、かなり早い時期から存在していることに気づきます。
  まず、紀元前3世紀から紀元1世紀にかけて栄えた漢王朝(前漢)です。この国は、「大秦国」という国と貿易をしていたことで知られています。この大秦国というのは、実はローマ帝国のことです。中国の北部、黄河の中流域あたりから、カザフスタンやウズベキスタンを抜けてイランにいたり、ヨーロッパへ向かう交易路があったということが知られています。いわゆる「シルクロード」です。
  養蚕技術は、この時代は中国の専売特許でしたから、ローマやイランではかなりの人気だったようです。ローマ帝国なんて、絹織物禁止令を出しているくらいです。なぜかというと、貿易の決済に金や銀を使っていて、貿易赤字が膨大になってしまったからというのがその理由のようです。ちなみに、中央アジアの人たちからは、絹の代わりに馬をもらっていたみたいです。

  まるで、日本の自動車とアメリカドルの関係を見ているようですね。そういう問題は、実はもうこの時代から存在していた訳です。歴史を学ぶ意義はここにあります。今地球上にある問題の多くは、実は世界や日本の歴史のどこかで繰り返されていることなのです。
  歴史の知識について、細かい間違いの指摘や学説の対決を、専門家がやることには意義はあります。そういうものを何十年という大きな単位で眺めると、ある一つの流れになっていくからです。最近中学校の教科書でも、江戸時代はエコロジーだったとか取り上げられるようになってきたのは、そういう成果でしょう。
  しかし、史学科以外の学生や、一般の歴史好きな人がそういうことをやってしまってはいかんと思います。歴史というのは、知識を学ぶと言うよりも、そこに出てくる一定の法則を見抜いて、現在の政治や経済や生活に生かすことにあると思うのです。このシリーズというのは、そういう観点で書いています。

  話を戻します。ローマ帝国側もこれではいかんと、産業スパイ(笑)を派遣して中国の養蚕技術を盗もうとしていたみたいですね。それに成功したのは、6世紀の東ローマ帝国の皇帝ユスティニアヌスです。なんでも、キリスト教の宣教師を使ったみたいです。これ、重要ですね。戦国時代や、敗戦直後を見ていてもそうですが、キリスト教の宣教師って、スパイだと思って見ていた方がいいみたいです。公安も、日本共産党なんかより、上智大学を見張った方がいいんじゃないかと(笑)。
  そのおかげで、東ローマ、今のギリシャやトルコあたりで、養蚕が一大産業になります。そのくらい、絹織物というのはいい商品だったということです。
  当然、その過程で中国には貴金属や他国の商品が流れ込んでいます。しかし、面白いことに、前漢以降の中国は、ごくわずかな時期を
のぞいて分裂状態に入ります。
  おそらく、これは中国が大変広い国土を持っていたことと関係があります。中央権力が何かをやろうとしても、命令が行き届かないし、すぐに自立されてしまうんです。
  貨幣についても同じで、漢の時代に鋳造された五銖銭という貨幣がずっと用いられます。これは別に漢の作った貨幣が優れていたとかいうのではありません。諸国が分裂したので、貨幣を造って全国に流通できるほど強力な政権ができなかったということです。

  しかし、これが隋・唐という二つの王朝の時代を境にして完全に変貌します。この時代は重要です。私は、世界の歴史で重要だったと思われる国を一つあげろ、といわれたら絶対に「唐」と答えます。そのくらい大事です。

  ・・・というところで、明日、絶対に記事を挙げるので、ここでいったん切らせてください。なんか、「続きはCMの後で!」みたいな感じがして嫌ですね・・・(笑)。

  どうぞ、今後ともよろしくお願いします。

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