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2007.10.16(Tue)

「21世紀の出島」となれ~国際港湾都市・新潟の未来図(新潟その1) 

  10月7日と8日の二日間、新潟県を回ってきました。

  今回の目的は二つありました。(1)越後国一の宮(その地方の神社の親分)である「弥彦神社」訪問と(2)日本海側で初めて政令指定都市になった新潟市と、中越沖地震の被災地となった柏崎市の現状を、じかに目で見て回ることです。
  私は東京在住なので、新潟まで夜行の高速バスを利用することにしました。これなら土曜日の勤務後にすぐ出発でき、時間を有効に利用することが出来るからです。
  新潟行きの高速バスは池袋駅前から発車しています。同じことを考えている人はたくさんいるようで、かなりの乗客がいました。4号車まで満員です。結構繁盛しているようですね。
  高速バスの魅力は、なんといってもその値段です。新潟まで片道わずか5000円ほどで行けます(ちなみに新幹線だと約10000円)。しかも、朝一番に現地で活動することができる夜行があるので、短期間の観光には実にありがたい存在です。

  もっとも、新潟方面のバスの欠点は、「四列シート」であることです。長距離のバスでは「三列シート」が採用されていることが多く、これなら隣の乗客と干渉しあわずにトイレに行くことができます。四列だとまず無理です。
  四列シートのバスに乗るときは、出来る限り乗車前にトイレをすませておく方がいいでしょう。
  また、中で眠れるかどうかも大きいです。四列の場合窮屈だというハンデがあるのですが、同じくらい重要なのが「シートピッチ」と「リクライニングの程度」です。行きの越後交通のバスはリクライニングの角度が浅く、かなり頻繁に起きてしまう羽目になりました(帰りの頸城交通のバスはかなり快適だった)。
  この辺は、高速バス用の時刻表で確かめておくしかありません。夜行バスは、格安のバスと新潟方面をのぞいては、ほとんどが三列シートのようです。

  さて、バスが新潟駅前に着くのは朝の5時です。当然、周囲は真っ暗でした。10月7日は弥彦神社を訪ねる予定でしたので、電車が動き出さないと意味がありません。
  新潟の駅前であれば、24時間営業している「ロイヤルホスト」というファミリーレストランがあるので、そこで休憩することにしました。6時半くらいまで粘って、いざ出発です。

  弥彦神社のある弥彦村は、新潟市から1時間ほどで到着します。

  新潟県


  越後線という在来線で柏崎方面に向かい、途中吉田駅で弥彦線に乗り換えます。新幹線で行く場合、燕三条から弥彦線一本で行くことができます。
  弥彦駅から10分ほど歩くと、弥彦神社に到着します。

弥彦神社入口


  この周辺は、いわゆる門前町を形成していて、温泉も出るために観光旅館が何軒もあります。
  では、境内に入ってみましょう。

良寛和尚の詩碑


  神社のご神木です。傍らに、歌人・俳人としても有名な●良寛和尚が読んだ詩碑があります。

  弥彦神社の成立は古く、万葉集にもその存在が見られます。越後国を開いたと言われている「天香山命(あめのかごやまのみこと)」が祀られている神社です。
  
弥彦神社境内


  写真でも分かるように、鬱蒼とした森に囲まれています。伊勢神宮をはじめとして、奈良以前の古い神社というのはこのような山林の中に建てられています。おそらく、木材や食料となる鳥獣、さらには水源としても機能している森林に、神秘的なものを感じていたのでしょう。
  神社を訪れる意味は、その神秘的な何かを感じ取ることにあるように思います。

  さて、一番奥にあるのが天香山命が祀られている本殿です。

弥彦神社本殿前


  背後にあるのが弥彦山です。この日は非常に天気がよかったので、このような壮大な景色を味わうことができました。

  氏子なのでしょうか、お父さんと中学生くらいの娘さんが私より先に本殿を拝んでいきました。山門を出る際、お父さんだけでなく、お嬢さんの方も神様にお辞儀をして去っていったのが印象に残りました。
  明治維新以降、近代化(国民教育と科学崇拝)によって破壊され続けてきた「神様をうやまう」という精神が、この地にまだ息づいていることに、私は安堵を覚えました。やはり、子供は親御さんの背中を見て育つのでしょう。

  この後、裏山にあたる「弥彦山」に登ることにしました。

  弥彦山は600メートル程度の標高しかありません。山頂にはロープウェイが行っているのですが、最近駅まで20分ほどの道を徒歩で通っている私は、粋がって徒歩での登頂に挑戦しました。

  目で見た感じでは、たいした高さがなかったのですが、なかなかこれがつらかったです。ずいぶん登ったな、あと少しかと思ったら、まだ2合目(笑)。途中、五合目あたりで少し平坦なところがあったときは、思わずほっとしました。
  七合目まで来ると、もう足がなかなか上がらなくなってきましたが、わき水で顔を洗って気合いを入れ、最後の力を振り絞りました。
  九合目を過ぎると、木々の隙間に日本海らしき青いものが見えてきます。しかし、もったいぶっているのか、山頂まではっきりとは見えません。
  そして、1時間半かかってやっと登頂しました。頂上からの眺めです。

弥彦山山頂より


  日本海です。うっすらとではありますが、鮮魚の直売で有名な「寺泊」の港が見えます。実に爽快です。

  その後山頂の弥彦神社のご分祀にお参りをして帰ったのですが、さすがにロープウェイで下ってしまいました(笑)。昔なら、徒歩で何度も行ったり来たりしたのでしょう。昔の人にはかなわないなと思いました。

  その後は、新潟市の中心部まで戻り、夜まで散策して見ることにしました。
  以前訪問した山形市や米沢市と随分違うのは、若者向けの店がずいぶんと多いということです。特に、中心街の古町(アクセントは「降る町」と同じ)にそれが目立ちます。
  まあ、山形県全体で人口が120万人弱で、新潟市だけで80万人いるという違いはあるのでしょうが、そればかりでない勢いを感じます。これが、政令指定都市効果というやつでしょうか。
  しかし、東京に日本中から人が集まるように、新潟市だけが栄えてあとがさっぱり・・・というのでは、結局地方の没落は早まっていくだけでしょう。
  そこで、面白い案を考えてみました。


拡大地図を表示

  新潟空港を中心とした地図です(グーグルの地図を埋め込んでいるので、よろしければ左下の「拡大図」をクリックしてみてください)。すぐ近くに新潟市中心部と、新潟港があります。少し大きくしてみます。


拡大地図を表示

  こちらも、「拡大図」の方をクリックしてもらうとよくわかりますが、海を隔てて、ロシア・韓国・北朝鮮と向かい合っています。このブログでも何度も取り上げている「中国東北部」も近くです。
  現実に、新潟空港は中国の上海、ハルピン(東北部)や、ロシアのウラジオストクなどとも国際便で結ばれており、新潟港および東港にはロシアや韓国の船が頻繁に来港します。
  それだけでなく、市内には北陸道が走っており、大阪や京都ともつながっています。長岡まで出れば関越道経由で東京もすぐです。つまり、新潟は日本海側の交通の要衝なのです。

  そこで、考えました。

  この地の利を生かして、新潟を日本の中心にしてしまえばいいのではないか?

  要するに、新潟を国際貿易都市、それも戦前の神戸や横浜に並ぶほどの「外国への窓」にしてしまおうということです。

  え?このブログって、外国との交流はなるべくするなって言ってなかったっけ?

  その通りです。しかし、それは「貿易を完全にやめる」ということではありません。限定された場所で、管理された形での貿易はむしろ続けるべきだという考えなのです。
  そのためには、外国に開かれた場所が必要です。新潟は、そのための条件を備えているのです。

  では、具体的にどうするのか。

  まず、新潟港を中心にして、「新井郷川」「県道204号線」「新潟サンライズゴルフクラブ」に囲まれた地域を「日本海国際貿易特区」に指定します。
  その上で、県道204号線をそのまま運河にして、特区を取り囲むようにし、新井郷川も川幅を広げる工事をします。これで「21世紀の出島」ができあがりです。
  そうして、この日本海国際貿易特区についてのみ、環日本海の諸国に対してのビザなし渡航を認めるのです。狙いは、貿易・商業活動の活発化です。
  もちろん、安全保障に考慮して、新潟港には海上自衛隊基地を置き、イージス艦の母港にします。さらに海上保安庁の基地も設置します。だめ押しで、新発田市(既存の駐屯地を拡張)および阿賀野市に陸上自衛隊を配置し、「出島」を完全包囲するのです。
  「出島」への出入りは、新潟港との間の高速船、および新潟空港東南に新設する船着き場だけに限定します。運河には海上保安庁の巡視船を24時間就航させます。物資輸送用のゲートは阿賀野川沿岸に一カ所だけ作り、陸上自衛隊が警備に当たることにします。北陸道とも直結させて、大量の物流にも対応できるようにするといいでしょう。
  
  それだけではありません。これに平行して陸上自衛隊を新潟県中越地域に大規模に誘致するのです。
  主たる狙いは、もちろん「出島」監視部隊の控えです(緊張が強いられるので、三ヶ月に一度程度でローテーションする)。しかし、それに加えて、彼らには平時に農作業をやってもらいます。休耕田を耕して、食料生産をさせるのです。その食料は、自衛隊と「出島」で消費します。余ったら、越後山脈の山腹に冷暗所を作って備蓄すればいいのです。
  この部隊は、柏崎・刈羽原発の警備や、新潟県特有の雪害にも威力を発揮します。「出島」との物資の行き来が活発になるので、除雪作業は今まで異常に重要になります。それをやってもらうのです。
  そして、最近新潟に多い豪雨被害などの時も、迅速な救助活動を行うことができます。新潟県民にとって、いいことばかりです。
  以前、●対馬に防衛特区を作ろうという提案をしましたが、それと同じです。
  
  政府も、借金だの少子化だの財政均衡だの、暗くなるようなことばかり言ってないで、こういう景気のいい、夢のある話をしてみたらどうでしょうか?

  明るい話をしてばかりいましたが、今度は少し深刻な話になるかもしれません。つい最近中越沖地震で被災した柏崎市の話題を扱います。

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