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2007.09.09(Sun)

話し言葉で歴史を語る(1)~フランス革命と明治維新 

  「話し言葉で歴史を語る」という妙なタイトルですが、要するに喋りっぱなしで許してくださいよということです(笑)。私の本業は塾講師なので、こういう企画の方が他の人と差を付けられていいんじゃないかと思ったわけです。
  話し言葉ですから、大ざっぱ荒削りなものになってしまうことはご容赦下さい。致命的な間違いがあれば訂正いたします。
  ただし、なんと言うんですか、「歴史観」みたいなものを間違っていると言われても困ります(笑)。たとえば、ある出来事が正しかったか悪かったか、そういうコメントはやめてくださいよということです。泥仕合や水掛け論はあまり好きじゃないんです。あくまでここでやっているのは、「普通の方にわかりやすく役に立つ考え方を提供する」というものであって、相手を論破する営みじゃありません。
  まあ、そういうことを頭に置いていただいて、以下の話をご覧下さい。

  さて、今回は「明治維新」というものについて話してみたいと思います。

  何でこの話を取り上げるのかというと、簡単に言えば、私自身が世間的な明治維新に対する評価に、ものすごく違和感を感じ始めたからなんですね。
  教科書的な理解であれば、●こちらのリンクがとても簡潔でわかりやすいと思うので、ご覧頂くとして、私はそれとはちょっと違う角度でいろいろ話してみたいと思うわけです。

  明治維新というのは、一般的に言うと、旧来の勢力であった徳川幕府が、尊皇攘夷から倒幕に狙いを切り替えた薩摩、長州といった勢力に駆逐され、その駆逐した薩摩や長州なんかが明治天皇を頂いて近代国家をスタートさせたものだということになりそうです。
  で、どんなイメージがあるのかなと、いろんな本なりブログなりを見てみますと、概ね肯定的なものが多いです。なんで肯定的なのかというと、時代に対応できなくなってしまった江戸幕府、封建制の政府をブッ倒して、他の欧米列強に負けないような近代的な国を作ろうということで動き始めたからだ、という感じです。
  まあ、私もそういう面は否定しません。否定はしないけど、後世の人たちにとって、かなり重大な影響を残したということも忘れてはいけないと思っています。

  何が重大な影響なのかというと、日本の文明、文化の中に「近代化」というものを導き入れてしまったということです。

  ここでみなさんは、お思いになるんじゃないですか。

  「近代化」の何がまずいんだよ?って。

  明治維新というのは、近代化です。これは間違いありません。しかし、その「近代化」というのは、どうも我が国で、無条件にいいものだと勘違いされて、それゆえにいろんな問題を引き起こしていないか、もっと有り体に言えば、日本や日本人自身を傷つけていやしないかと感じているんです。

  それじゃあ、そもそも「近代化」というのは何か。

  今の日本で「近代的」だとか「近代化」というと、無条件にいいものだとされていて、そのマイナス面はあまり指摘されていません。
  時折、まあこれは入試の問題文なんかで結構よく出てくる素材なんですが、便利な世の中や科学技術の進歩が人間性を失わせている、みたいな文化人の叫び(笑)みたいな文章が書かれたりします。しかし、そういう文章も、何か表面を撫でているだけのような気がするんです。
  なぜかというと、便利な世の中とか技術の進歩を批判していても、それがどうして発生したか、つまり近代化というものについての根幹的な問いかけや、それに対する結論がないからなんです。だから、私はそれを何とか考えてみたいと思ってきました。

  で、出した結論は何なのかというと、「近代化とは、土着勢力を抹殺し、国家や社会を無色透明化することである」というものです。
  そして、補足すると、その抹殺やら透明化やらは、決して自然に起きたことではない。つまり、「近代化によって利益を得る個人や集団が、あえてそういう論理をばらまいた」ということも言っておきます。

  一番てっとり早い例として、フランス革命を挙げておきましょう。

  フランス革命というと、悪い王様を民衆、まあ別の言い方で言うと「市民」が倒して、民主主義だとか国民主権だとか自由とか平等とか、そういう美しい理念に基づいた国造りを始めた例として描かれることが多いです。
  しかし、そういう美辞麗句を一切脇に置いて、「誰が得をしたか」という観点でこれを見てみると、別の様相が見えてきます。
  フランスの当時の王朝は、ブルボン王朝です。すごく由緒正しい王朝です。フランスで一番の名家で、そこらへんの農民にとっては雲の上の人でした。
  フランス革命の時、人口の大半を占める農民は暴動だとか国王をギロチンで処刑するとかそういうことには参加していないんですね。「国民」というのは、フランス人権宣言が平等と言うことを謳っている以上、農民も含んでいるのは間違いないはずです。しかし、多数派だった農民は革命に参加していない。
  革命に参加したのは、都市住民です。しかも、ルソーとかモンテスキューが書いた革命を煽るような著作を読めるような人たちですから、教養がそれなりにあって、本を読む暇もあったような人たちです。
  だから、共産主義のマルクスなんかは、フランス革命を起こしたのは「ブルジョワ市民」だとか言っています。マルクスの理論とか考えは少なくとも日本人には有害無益だと思っていますが、金持ちが革命を起こしたという点は賛成です。
  もちろん、農民も不満は感じていたと思います。でも、王様をギロチンで処刑するなんてことは想像できたと思えません。ずっと昔から偉いものだとされてきたからです。要するに、ブルボン王朝というのは「権威」だったわけです。
  ここは重要なんですが、その「権威」というのは、国を動かす実権とか、土地を支配する正統性みたいなものを含んでいるんですね。フランスを治めるのはフランス国王だとか、ブルゴーニュ地方を治めるのはブルゴーニュ伯という貴族だとか、そういう風に昔から決まっていたわけです。
  もちろん、そういう権威のあり方は歴史の中でだんだん変わっていくものでした。しかし、ある日突然覆されたりはしなかったんです。権威というのは、そういうものです。日本にも、皇室という権威があるわけで、その辺は感覚としてわかると思います。
  しかし、こういう権威というものは、ある種の人たちにとってはものすごく邪魔です。その人たちというのは、富裕市民、もっと言えば「資本家」という人たちです。
  フランス革命の時期というのは、産業革命の時期でもあります。産業革命というのは、要するに大量生産して大量消費させるというもので、ものを作るスピードと規模が重要になってきます。
  そして、産業を興すためには、まあこれはあくまで産業革命の時期ですが、「資本」と「土地」が必要です。資本に関しては、ヨーロッパじゃない場所、例えばアメリカ大陸に侵略をしかけて十分に持っていた。だけど、土地というのは誰が握っているかというと、大貴族や教会なんです。一番でっかい大貴族は国王です。
  資本家は何かやるとなると、こいつらにいちいちおうかがいを立てないといけない。フランスは大陸の国で、農業が強いですから、土地の支配というのは昔から権威とがっちり結び付いてきました。だから、イギリスみたいに、金のない地方貴族が羊を飼うために農民を追い出したり、そういうことをなかなかやってくれないわけです。
  これは土地だけじゃなくて、法律や税に関してもです。当時のフランスの商業資本というのは、国王の特許状がないと好きなことはできませんでした。ある町でものを売るにも、そこの貴族だとか教会だとかにいちいち許可を得ないとできないようになってしまっているわけです。商業に関する利権というのは、当時の貴族や教会にとって大きな収入源でした。これは、中世以来ずっと続いてきたもので、絶対王政の時代になっても、国王というスーパー大貴族の手にその利権が移っただけでした。
  こういう人たちに「資本家」というのは、正面切って戦いを挑んでも勝てないんです。その他大勢が応援してくれないからです。その他大勢、特に農民なんかは、権威のある人の方が正しいと思っている。今の世の中から見れば、惰性でそうなっているだけだと思うわけですが、とにかく多数の国民にとってみれば、資本家よりも王侯貴族や教会に軍配を上げるのが普通なのです。
  だから、まず「資本家」は何をやったのかというと、その他大勢に対して「国王は偉くない」という宣伝をしたんです。ルソーやモンテスキューというのは、そういう役割を果たしました。本人たちは真面目に国民主権だの三権分立だの信じていたのかもしれませんが、それを資本家がうまいこと利用したわけです。だから、いわゆる啓蒙主義というのは、国王たちの権威を破壊するために行った一大キャンペーンだと思っておけばちょうどいいです。
  だってそうでしょう?当時としては明らかに異端だったルソーたちの本が、今のベストセラー作家みたいに、生計を立てるのに十分なほど売れたと思いますか?資本家がスポンサーだったから、そういうことができたんです。
  そうやって、まずキャンペーンをやっておけば、農民は難しいけれども、都市にいる商工業者なんかは、そうだそうだと思うわけです。あとは、新しい物好きの若手貴族なんかがそうですね。ラマルティーヌなんていう人は、アメリカ独立戦争に義勇兵として参加までしています。
  そういう人たちが考えたことは、税をとったり、軍隊を動かしたりする権限が国王にあるのは、権威があるからです。その権威というのは、理性を働かせて考えると何の根拠もないじゃないか、とかいう感じです。
  この「理性」というのも危ない考え方ですね。人間ならみんな理性を持っているという宣伝はわかりやすいですから、国王の権威を破壊するにはもってこいの概念なんです。
  それが結局、フランス革命として結実したんです。それ以前に、三部会とかいう身分制の議会を開いたり、国王の方も押し寄せる啓蒙思想の波についていこうと思ったんですが、待ってはくれませんでした。それで、ギロチンにかけられてしまうわけですね。
  ちなみに、このとき国王ルイ16世の奥さんであるマリー・アントワネットが「パンがないならブリオッシュ(ケーキの一種)を食べればいいじゃない」と言ったという話が伝えられていますが、多分資本家がばらまいた嘘だと思います。まあ、今の人にわかりやすい言葉で言えば、「抵抗勢力」(笑)をことさら憎たらしい存在に仕立て上げるための嘘です。人間の妬みや羨みをうまく利用したんでしょうね。
  
  もっとも、このあとフランスは王党派が地方に立てこもって抵抗したりとか、それを革命軍が虐殺したりとか、落ち着かない時期が続きます。たとえば、ヴァンデというところでは「地獄部隊」とかいう漫画みたいな名前(笑)の連中が女子供含めて30万人殺したりしています。フランス革命から美しい国(笑)が始まったとされるフランスの教科書では、そんなことは全く触れられていませんが、事実です。
  伝統的な権威を否定されると、国民みんなの価値が横並びになりますから、こういう混乱が出てくるのは当然なんですね。国王は俺たちと同じ人間なのに、俺たちよりいい暮らしをして威張っていた、だから殺した。でもこれを正当化すれば、「お前は俺の敵だから殺す」という論理を押さえられなくなるんですね。権威というは、ある方が楽なんです。
  で、そういう混乱を収めたのはナポレオンです。ナポレオンは自分を皇帝だと名乗りました。そうやって、新しい権威になったんですね。
  そのナポレオンがやったことで、画期的なことがあります。それは、「民法」を作ったことです。私は少し法学をやっていたことがあるんで分かるんですが、近代的な民法を作ったのはナポレオンだと、どの教科書でも書いています。
  そのナポレオン法典の核心は、「財産権の不可侵」です。簡単に言えば、俺のものは俺のものなんだから、手を出すなということです。別の言い方をすれば、俺のものは俺のものなんだから、そこで何をしてもいいだろうということです。
  その「財産」というのは、簡単に言えば「土地」です。まあ、昔から貴族が金に困って土地を質に入れるなんていうことはあったんですが、それはどっちかというと恥ずかしいことだと思われていましたし、土地を取り返すことは比較的容易でした。我が国でも元寇の後に、借金まみれの御家人を助けようと徳政令を出して、土地をただで戻させたりしています。なんでそんなことができるかというと、土地は権威を持っている人間に属しているからだということが、当たり前に信じられていたからです。
  このナポレオン法典で決定的になった流れがあります。それは、土地は売買の対象になったということです。権威があろうがなかろうが関係ありません。金を出して、「権利」を買った人間のものになるのです。権威から権利へ、この流れは重要です。
  こうなると、もう貴族というのは没落していくしかないんですね。金を持っている資本家は、没落した貴族からどんどん土地を買って、農場を経営したり、工場を建てたりできます。そういう行為は、昔は権威の存在で歯止めがかかっていたのですが、革命があって、ナポレオン法典ですから、もう何も歯止めがなくなってしまっているわけです。
  そうなると、資本家の力はどんどん強くなって、相対的に貴族の力は弱くなります。だから、没落していくしかないんですね。これは、富裕農民についても同じです。

  何か、気づくことはありませんか?

  そうです。近代化の正体というのは、金を持っている人間が全部を独り占めに出来る仕組みを作り上げるということに他ならないんです。

  ナポレオンというのは戦争好きな人でしたから、ナポレオン法典なんて考えつくわけがありません。彼は、資本家のニーズに応えただけでしょう。
  しかも、ナポレオンはスペインやドイツに攻め込んで、そこでもフランス革命の「成果」を広めてしまったんですね。ナポレオンが支配した地域は、みんなナポレオン法典の精神にのっとった「近代市民法」を作りました。法学の世界では、大陸法とか言われているやつです。
  そういうのを広める役割を担ったのが、攻め込んだ地域にいたエリート知識人たちです。

  非難されるのを承知でいいますが、そういう連中は大半がユダヤ人です。ドイツが特に顕著ですが、「ホフ・ユーデン」という宮廷御用達のユダヤ人商人がいて、戦争の度に資金の融通をしたりしていました。そういう連中にとっては、ナポレオン法典のいう財産権の不可侵は、もうそりゃあ大歓迎すべきものだったでしょう。異教徒である自分たちも、堂々と固定資産を保有できるわけですから・・・。
  まあ、もちろんユダヤ人じゃない資本家もたくさんいたのですが、そういう宮廷ユダヤ人が受益者になれたことは確かです。あんまり話していると本筋を逸脱するので、戻りましょう。

  まあ、そうやってフランス革命は後世に続く影響を残したわけですが、各国の教科書を見ても、肯定的な評価しか書いてないんです。日本も同じです。
  その理由はと言うと、フランス革命がもたらした近代化という「成果」を否定してしまうと、日本を含めた近代国家の存在が全て否定されてしまうからです。たとえば、財産権が不可侵なのに、何で政府が税金を取るんだ、と言いたくなりますよね。そうしたら、国民主権がうんぬんと言い返せばいい。そうすれば、政府という、その国で一番の金持ちが人の金をふんだくることを正当化できます。
  別に、金をふんだくることを悪いとかいうわけじゃありません。しかし、昔そういうことをやっていた土着勢力、つまり貴族みたいな人のそれとは明らかに違う仕組みなんです。
  農民の直談判なんかでつるし上げられたり、何かあったら領地を守るために先頭に立って戦ったり、村々の喧嘩を丸く収めたり、結構しんどい仕事だったわけです。戦国時代の武田勝頼の記録について書いた本を読んだことがあるんですが、やれ水をどっちの村に引くだの、農民の陳情に忙殺されるだの、全然かっこよくないんです。
  つまり、土着勢力というのは領民に対して直接的に責任を負っていたんです。教会もそうです。まあ、教会の場合は、信仰の力でそういうのをある程度は押さえ込めましたが、それでも領民には責任を持っていました。
  もし、そういうことができないと、農民暴動とか一揆とかに悩まされました。昔の農民が黙って支配を受けていたなんてのは大嘘です。江戸時代の百姓一揆なんて、わらわら押し寄せて「団体交渉」しただけで、ほとんど領主や代官が屈服しています。
  しかし、近代国家というのはそうじゃないんです。国民を守っているんだけど、声が簡単に届かない仕組みになっています。暴力的な手段に訴えると、警察だとか軍隊が飛んできます。そして、そういう仕組みに、「国民主権」だの「民主主義」だの、なかなか逆らえないような正当化理由がくっついています。
  これは、支配する側や、その支配側とくっついて金儲けをする勢力、つまり資本家にとってはものすごく都合のいい仕組みだということは、絶対に忘れないで下さい。別に、だから国家を転覆させろなんて言いません(笑)。でも、そういう側面はあるんです。

  もう一つ重要なことがあります。それは何かというと、近代国家が成立してから、文化伝統というのが死に始めるということです。

  長くなりそうなので、この話題は次回に続けます。

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  米沢滞在記は、もう少しで完成させますので、しばしお待ち下さい。

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