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2007.09.05(Wed)

「田舎」とは何なのか(米沢その1) 

  山形県内を回る旅行を終えて、昨日帰京しました。旅行中にも断片的に様子はお伝えしましたが、その時考えたことなど知っておいて頂いて損はないと思い、記事としてまとめることにしました。

  今回の旅行は●青春18きっぷという普通列車乗り放題のチケットを使いました。当然全て各駅停車です。9月1日の朝に東京の上野駅を出て、宇都宮→黒磯→郡山→福島→米沢と、各駅を乗り継いで山形入りしました。
  本格的に動き始めたのは9月2日ですが、この日は「山形市」「上山(かみのやま)温泉」を訪ねました。

  山形市に着いたのはこの日の昼前でした。

  着いたものの、さてどうしようか・・・と思っていたら、駅構内のポスターで●芋煮フェスティバルという有名な行事があると判明しました。私は旅先では「見る」より「食べる」を優先する方なので、早速駅の観光案内所で芋煮について聞き、会場に出発しました。
  山形駅でお勧めなのは貸し自転車です。なんと無料なのです。夕方5時までに返せばよいので、日中の観光はこれで十分でしょう。
  そういうわけで、芋煮フェスティバルのやっている河原まで、自転車で行くことにしました。途中の景色から。

山形城東門

  山形城の東門です。天守閣は残っていません。


文翔館

  重要文化財の「山形県旧県庁舎及び県会議事堂」(文翔館)です。明治時代というのは、どこもこういう西洋風の建物を建てるのが流行ったんですね。

  さて、自転車だと15分くらいで芋煮会場に着きます。

芋煮会場

  まんなかで湯気を立てているのが「6メートルの大鍋」(会場のアナウンスが連呼しているので覚えてしまった)です。これと、3メートルの小鍋(こちらは庄内風味噌味)で、3万食分作るそうです。
  お目当ての芋煮も、去年までは並ばないと手に入りませんでしたが、今回は整理券(300円払う)が導入されたおかげで、かなりスムーズに入手することができます。
  芋煮は、こんな感じです。

芋煮


  中身は里芋に、長ネギ、牛肉などです(すべて山形県産)。パワーショベルと6メートルの鍋で作った・・・というので、味はあまり期待していなかったのですが、これは良い意味で裏切られました。河原でみんなでわいわい食べるという雰囲気にも助けられているのかもしれませんが、こちらで金を払って食べる肉じゃがより味は上です。

  会場は様々な催しものがあり、中にはこういう方々も「活動」していらっしゃいました。

自衛隊の五目おこわ

  陸上自衛隊の炊き出しです。無料で五目おこわが食べられるとあって、人が殺到していました。後ろに見える飯盒用の機械を使って作っていたので、いざというときの訓練という意味合いもあるのでしょう。
  先日の中越沖地震でも山形駐屯地の部隊が現地入りして炊き出しなどに活躍したそうです。こういう「予行演習」の賜物というわけですね。

  その後、米沢に戻る途中、「上山温泉」に立ち寄りました。

  起源が15世紀に遡るという古い温泉郷で、以前は公営競馬場もあり、大変賑わっていました。
  私が訪れたときも、日曜日ということで、思ったより観光客が出ていました。本格的に温泉に入らなくても、温泉街の中にある●足湯を利用できるのがいいですね。

  私は昔この温泉を訪れたとき、100円で入れる公衆浴場があったのを覚えていたので、そこを目指すことにしました。
  少し迷いましたが、8年ほど前に訪れたと思しき公衆浴場にたどり着きました。料金は相変わらず100円です。なぜか髪を洗うのは別料金だったりします。

  そうして、浴場に入ったすぐ後のことでした。

  茹でダコみたいに真っ赤になって、浴場のタイルの上に寝そべっている30代と思しき男性がいました。どうも、番台の主人がその様子を気に入らなかったらしく、浴室に入ってくるなり、男性の持っている洗髪札を取り上げてしまったのです。
  男性は怒り心頭で、脱衣場のところで主人を捕まえて抗議しています。主人も主人で、風呂に入るところで勝手に寝そべるなとか、おまえの寝床じゃねえなどと言い返しています。まさか、風呂場で喧嘩が始まるとは思いませんでした。
  だんだん男性がヒートアップしてきて、主人(年金生活は確実であろう老人)につかみかかろうとしています。その場には、トヨタの奥田会長みたいな老人客(呆けてしまっているようで、会話が全くかみ合わなかった)と、私しかいません。

  これはまずい・・・ということで、止めに入りました。

  こういう時は、正邪の判定はしないで、両方に言いたいことを言わせるのが一番いいだろうと思い、「どうしたんですか?」と、水を向けてみました。
  男性は、出て行けと命令されることよりも、いきなり札を取り上げられたことに腹を立てているようです。まあ、傍目から見ても主人の行動が唐突でした。私は「そうだよねぇ、いきなり取り上げられたらびっくりするよねぇ」と言い、主人の方を見ると、主人も少々罰の悪そうな顔をしています。ひどい頑固者というわけでもないようです。
  で、結局あんたどうしたいの?と男性に聞くと(ちなみに会話は少々訛っていました)、胸くそ悪いので頭を洗ったらすぐ出ると言います。
  私が「そういうわけで、頭洗うのはいいですよね」と主人に同意を求めると、主人はすんなり認めました。まあ、腕をつかまれたりして、主人も身の危険を感じていたのかもしれませんね(笑)。

  というわけで、その場は丸く収まりました。ただ、男性の方が「上がってから言いてえこと言うから」と言っているので、気が気ではありません。
  肝心の風呂が熱すぎて、ものの3分程度入浴して飛び出してしまいました。一体、何を氏に来たのかわかりません(笑)。
  例の男性がまだ脱衣場にいました。彼は「さっきはどうもすいませんでしたね」と、私に声をかけてきました。少し落ち着いてきたみたいなので、向こうの話を聞いてみました。
  どうやら、その男性は山形市で、親類がいる上山の公衆浴場をたまに利用しているということでした。で、来る度に文句をつけたくなるのだと言います。

  「昔はここも温泉街でにぎわったし、競馬もあったでしょ。だから、殿様商売なんですよ。既得権益にしがみついててるんだよね」

  男性がそんなことを口にしたので、私は言いたいこともあったのですが「なるほど」とだけ返しました。彼はさらに続けます。

  「こうして客にはその日の気分で嫌がらせみたいなことをして(これ以外にも湯を水でうめたりすると怒るらしい)、お客さんに対するサービス意識なんて全然ないんですよ。それにほら、地元の人って、頻繁に利用するでしょ、そうすると自分の風呂場みたいになって、孫とか金払わないで勝手に入れちゃうんですよ。そういうのをあの爺さん(=主人)は見て見ぬ振りしてるんだよね・・・」

  私は、彼の言いたいことがよく分かります。山形市、すなわち県内最大の都市在住ですから、もしかしたら東京に住んでいる私と共通する感覚があるのかも知れません。しかし、その場は「田舎だからねぇ・・・」としか言えませんでした。
  結局、男性も私がいる手前妙な真似はできないと思ったのか、着るものを着たらすぐに出ていってしまいました。

  私も後を追うようにして浴場を出たのですが、この一件で「田舎とは何なのか」がわかった気がしました。

  都市住民の客の男性が言っていることは、間違ってはいません。確かに、あの主人にはサービス精神はありません。私が貴重品を預けたときも「名前何てんだ?」と、少々横柄な言葉遣いで対応しています。
  しかし、そのような態度で浴場の主人を務めていることを、既得権益という悪し様な言葉で形容するのは、少し違うと思うのです。
  男性の言い分としては、金を払っている客なのだから、もう少し丁寧に対応してほしい、ということなのです。彼自身も、止めに入ったとき何度も口にしていましたから事実です。
  しかし、それならばなぜ「公衆浴場」という場所に足を踏み入れるのか、逆に男性に聞きたくなるのです。公衆、と言っているのですから、まあ確かに誰でも入れるという建前なのですが、観光や帰省で来た人間が利用する頻度など多寡が知れています。そういう人間たちより、普段から利用している老人と、なあなあの関係を築いている方がむしろ自然だと思うのです。
  男性は金を払っている客だという論理を持っているのですが、それは地元の人間からすれば、金を払ったことにかこつけて自分の共同体に侵入してくる行為だと考えられなくもないのです。それを正当化したいのなら、金とサービスを対価関係にして競争している、普通のホテルや旅館に行くべきなのです。
  内輪の人間を優先するとか、外から来た人間に対して不親切だとか、そういう姿勢を全て「既得権益」だと言って非難することは、恐ろしいことだと私は思っています。その論理を敷衍すれば、地方に無数に存在する共同体、すなわち人的関係の塊を、全て否定することにつながるからです。
  そういう閉鎖的な人間の輪があったからこそ、その土地土地の文化風習や伝統というものが守られてきたのではないでしょうか。そういう人たちにとっては、外部者の締め出しや談合も、生きていくための知恵であり、生活の糧をうまく配分するための手段だったと言えなくもないのです。
  多くの「保守」や、文化伝統の墨守を謳う人々はここが分かっていません。田舎で肩を寄せ合って生きている人間に対して、「非効率的」とか「不公平」だとか「自分の利益に固執している」とか指摘するというのは、その土地の独自性を否定し、ひいては、そこを基盤にして育った文化や伝統というものを否定することにつながるのです。保守を自称している人間が、そういうものを「カイカク」しようと主張するのは、背理としか言いようがありません(国家主義と保守を混同している)。
  主人がいきなり洗髪札を取り上げた行為を弁護するわけではありません。しかし、外部から来た人間が床を広く占有して我が物顔をしていたら、憤慨する主人の気持ちもわからなくはないのです。
  それでも、「それなら、外の人間は入れるな」と言われてしまえばそれまでですが、少なくとも利用する側が、「使わせていただく」という気持ちを持つことは大切なのではないでしょうか。少なくとも、金を払っていれば自分の方が上なんだ、という姿勢を持つことは、何のプラスにもならないという気がするのです。たとえ、理屈としては正しいと、都市生活の中で認められていても。
  それどころか、都市の人間が何となく田舎に対して持っている反感を、昨今の地方向けの予算削減だとか公共事業のカットにうまく利用されているという気すらします。

  上山温泉の中心街を通って駅へ向かったのですが、シャッターを閉めている店が結構ありました。今日は観光客が多い日のはずですが・・・。
  道ばたでアイスコーヒーなどを出している店の人にきいたら、「ホテルで土産を売るから、普通の土産物屋はあがったりみたいですね」ということらしいです。ホテルと土産物屋という、古めかしい分業を否定して、ホテル側が自分のところに泊まっている客にそのまま売りつけるという「効率的」な方法を選択した結果でしょう。
  確かにそれは間違っていないのですが、次のテナントも決まらず、シャッターを閉めたままのお店を見ると、何か悲しい気分になります。地方の温泉街というのは、どこもこんな感じなのでしょうか。

  自分のあずかり知らないところで、昔から続いてきた何かが死に絶えていくのは、悲しいことです。

  次回は、米沢といえば誰もが思いつく人物のことを取り上げます。

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テーマ : 東北旅行 - ジャンル : 旅行

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