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2007.09.30(Sun)

留学生を擁護して国際派になっているつもりの人びとへ 

  思わず眉をひそめたくなるようなニュースというものがあります。以下の引用記事を見て、みなさんはどう感じたでしょうか。

日本の大学間協定の相手国 中国トップ、米国抜く
http://www.chunichi.co.jp/article/national/news/CK2007092902052391.html
--------以下引用--------
 日本の大学などの教育機関が、学生や研究者の交流などを目的に海外の教育機関との間で結んだ協定の件数が、二〇〇六年度は過去最高の計一万三千四百八十四件だったことが文部科学省のまとめで分かった。国・地域別では中国が急増しており、データが残っている一九九二年度以来、初めて米国を抜いて一位となった。

 文科省は「経済台頭に伴う中国の大学整備の進展が背景にあるのではないか」と分析。慶応大も「政治や経済などあらゆる分野で中国との関係が大事になっている中、若い世代で培ったきずなは日中双方にとって将来の大きな財産になると考えている」と協定の重要性を強調、今後も中国との協定が増えると予想している。

 調査の対象は、国公私立大七百三十四校のほか、国立高等専門学校や大学共同利用機関法人など計八百二十二機関。

 このうち、何らかの協定を結んでいたのは82%に当たる六百七十四機関で、前回調査の〇四年度から約二千百件増えて一万三千四百八十四件。国立大は八十七校すべてが協定を結んでいた。

 締結先の国・地域は中国が前回から25%増えて二千五百六十五件となり、全体の19%を占め最多に。次いで米国二千二百九十八件(17%)、韓国千四百六十七件(11%)の順だった。

 協定の内容では、重複も含め学生交流が全体の87%に当たる一万千七百四十八件、教員・研究者交流が85%の一万千四百六十五件だった。
--------引用以上--------

  よくある「日中交流っていいね!」系ニュース(笑)ですが、今回のはかなり規模がでかいです。

  学校関係者の脳天気なコメントが出ていますね。

>「政治や経済などあらゆる分野で中国との関係が大事に
>なっている中、若い世代で培ったきずなは日中双方に
>とって将来の大きな財産になると考えている」

  そういえば、最近こんなことを口にした政治家がいました。

福田氏麻生氏vs特派員
http://www.tv-tokyo.co.jp/biz/nms/days/070920/t5.htm
(注:編集上発言の順番を入れ替えています)
--------以下引用--------
Q.アジア外交について

麻生幹事長
「絶望と貧困はテロリズムを生む大きな理由の一つ。日本が貢献できるのは経済発展」

福田元官房長官
「留学生など人的交流が大事。今15万人いる留学生を場合によっては100万人にしたい
--------引用以上--------

  定員割れで経営難にあえいでいたり、(自分の講義のやる気のなさを差し置いて)日本人の学生の意欲の欠如を嘆いていたりする学校関係者にとっては、中国のやる気のある学生は最高の「お客さん」になりそうです。

  では、外国からの留学生をこれ以上増やした方がいいのかというと、私は反対です。
  なぜなら、留学生の増加は、その後の日本での就職や、現地に帰った後の日本とのビジネスなどを通じて、相互依存を強めることになるからです。
  ●以前の記事でも述べましたが、相互依存を強化すると、相手国の政情の変化などによって日本国内の経済社会状況が左右されやすくなるからです。
  歴史的に見ても、日中戦争の時期に、不景気を内需拡大ではなくて対外膨張という形で乗り切ろうという国策を日本が採ったために、中国との相互依存が強まり、中国内の動乱に介入する形で日中戦争を始めてしまいました。そしてその後、英米の中国権益放棄要求を受け入れることができず、両国相手の戦争になってしまったのです。
  人口が多く、100年に一度くらいのペースで政情不安になる中国との相互依存は大変危険です。遣唐使の時代や、唐人屋敷の江戸時代のように、付き合いを最低限にしておく方がお互いにとって幸福でしょう。
  もっと細かい話をすれば、留学生が流入するということは、それに乗じて相手国のスパイが紛れ込む余地が広がるということです。日本にアメリカのFBIやNSA(アメリカ国家安全保障局)のような防諜組織があれば別ですが、現状はそうではありません。しめられる蛇口は閉めた方が賢明です。

  こういうことを書くと

  「中国人を差別するな」
  「ほとんどの留学生は真面目に勉強している。偏見だ」
  「優秀な人材をアジアから集めるのが何が悪いんだ」
  
  
  などと私を非難してくる方が時々います。

  まあ、「中国人なんてみんなたたき出すべきですよね(笑)」みたいな頭の悪いコメント愛国者も困るんですが、上のような非難は、はっきり言って的外れです。
  私は、中国人だから駄目、ベトナム人だから良い、などと、人種によって区別して考えていません。外国人留学生の増大そのものが、相互依存の強化につながるから反対なのです。
  アメリカはそれでうまく行っているじゃないかという人がいますが、最高に的外れです。ここはアメリカではありません。日本です。アメリカのように後から入ってきた人間ばかりで、相互理解は表に出した言葉と明文化されたルールだけ、という社会ではない以上、アメリカの留学生受け入れ状況が日本に妥当するとはいえません。もちろん、これは他の欧米諸国についても言えることです。

  あと、「私の知り合いの中国人留学生はみんな真面目だ」というのは、批判にすらなっていません。個人的な経験を一般化しないでほしいものです。
  客観的に見ても、以下のような事件が報じられています。

ネットゲームの闇
http://alfalfa.livedoor.biz/archives/50772858.html
--------以下引用--------
インターネットのオンラインゲームで使う仮想通貨や武器を実際に売買する「リアル・マネー・トレーディング(RMT)」で不法に利益を上げたとして、熊本県警が入管難民法違反(資格外活動)容疑で逮捕した熊本市の中国人留学生、王悦偲被告(23)が中国のRMT仲介会社の一員として4月以降、1億5000万円を売り上げ、大半を中国に送金していたことがわかった。

 ゲーム人気でRMT市場は急拡大しており、ブームにつけこんで荒稼ぎしたとみている。RMTを巡っては金をだまし取られる被害が相次いでおり、県警は仲介会社の実態解明を急いでいる。

 王被告は留学の在留資格しかないのに、4月から5月にかけてRMTを繰り返し、600万円の収益を得たとして逮捕、今月起訴された。

  (中略)

 睡眠時間以外はパソコンにかじりつき、取引に没頭した。留学先の熊本学園大の授業にはほとんど出ておらず、供述によると取得単位はゼロ。県警は当初からRMTが目的で来日したとみている。

 同社からはほかに数人が日本へ送り込まれていると供述しており、県警はこの会社が出品した武器などを巡り被害が出ていないか調べている。
--------引用以上--------


不正アクセスの中国人留学生逮捕 価格.comなど侵入か
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0507/06/news023.html
--------以下引用--------
旅行会社サーバへの不正侵入の疑いで中国人留学生が逮捕された。価格.comなどにも侵入した疑いがもたれている。

 警視庁ハイテク犯罪対策総合センターなどは6月22日、旅行会社・クラブツーリズムのサーバから顧客情報を不正入手したとして、不正アクセス禁止法違反などの疑いで都内の27歳の中国人留学生を逮捕した。警視庁が7月6日に明らかにした。

 調べによると留学生は、3月15日から17日にかけ、クラブツーリズムのサーバに計19万回にわたって不正アクセスし、会員の氏名や住所、電話番号などを入手した疑い。

 留学生は「価格.com」や人材派遣のアデコ、静岡新聞社系の就職支援サイトなどにも侵入した疑いがあり、被害は計14社、約52万件に上るという。
--------引用以上--------

  これでもまだ納得できないなら、こういう例も挙げておきましょう。

旧酒田短大の元留学生を逮捕
http://www.jpalc.com/jp_life.php?action=news&top=1&CATE_ID=4&NEWS_ID=97
--------以下引用--------
報道によると、警視庁と千葉県警はこのほど、強盗などの疑いで、住所不定の中国籍の男を逮捕した。男は、留学生の不法就労の温床として文部科学省から解散命令を受けた、山形県の旧酒田短大の元留学生だった。

調べでは、男は2005年12月25日夜、千葉県柏市のドラッグストアで男性店長に果物ナイフを突きつけ、粘着テープで顔などを縛り売上金約370万円を奪った疑いが持たれている。
--------引用以上--------

  酒田短大については、●こちらをご覧ください。

>1学年の定員は100人。  

>現在は2学年で352人が在籍し、うち339人が中国人

  当然、この学校は解散しましたが、「留学生がまだまだ少ない」という趣旨の発言をしていらっしゃる首相閣下が就任されたので、今後はこのような「斬新な」経営方針を採る学校も増えてくるでしょうね。(すでに●この学校はそれに近いことをしている)
  こういう事実を見てもなお積極的に中国人留学生を弁護しようという日本人の方は、かの国から帰化したというのでもなければ、「国際的で異文化理解のレベルが高い優しい人間」を気取りたいだけなんじゃないですかね。
  
  それに、差別されているのは中国人などのアジア人留学生ではありません。「日本人の中低所得者の就学希望者」です。
しかも、差別しているのは、日本国政府です。

  証拠を見せておきましょう。

アジア人財資金構想
http://www.meti.go.jp/press/20070416003/20070416003.html
--------以下引用--------
経済産業省及び文部科学省では、我が国企業に就職意志のある、能力・意欲の高いアジア等の留学生に対し、奨学金や人材育成から就職支援までの一連の事業を通じ、産業界で活躍する専門イノベーション人材の育成を促進する「アジア人財資金構想」を実施します。
--------引用以上--------

>奨学金や人材育成から就職支援まで

  日本人が出している税金で、外国人の日本企業への就職を支援するのだそうです。

  これはすでに文部科学省で奨学金をつけることも決まっています。●こちらのPDFに詳しい応募条件などが出ていますが、大学の学部で「月12万6千円」、大学院で「月16万円」です。
  まあ実際は国費留学生に限るとか、厳密な規定が適用されることが多く、数はそれほどでもないのでしょうが、この政策の「理念」を拡大すると、日本人よりも優秀な中国人をどんどん入れろという風潮ができかねません。
  日本学生機構の返済義務のある奨学金が最高でも月6万円なのを考えると、もうちょっと日本人で、貧しいけど意欲のある学生のことも考えてやれよ、と思ってしまいます。私が同機構の奨学金をいまだに返済しているからそう思うだけなのでしょうか?
  日本は金を持っているからいいじゃないか・・・とかいう方は、最近の政府が「財政危機」だとか「プライマリーバランスの達成」などと吹聴してどんどん支出を削っていることをご存じなのでしょうか。政府の言い分が本当なら、「出すお金はない」はずです。
  普段外国人留学生の方を持つような方というのは、自民党がやっていた「バラマキ」には反対されている方が多いはずです。これは、無駄なお金じゃないんですか?
  
  そもそも、中国人やアジアからの留学生を増やせなどと言っている人間たちの動機がやましいです。留学生をやたらと弁護したがる人は、そういう薄汚い意図を持った連中こそ批判すべきでしょう。
  日本に税金を使ってもアジアの留学生を入れろ、などと吹聴しているのは、以下のような人々です。

▲学校、特に大学関係者

  経営難で、リストラするよりは中国人だろうが北朝鮮人だろうが頭数がほしいということです。
  ビジネス」目的で来ている人間が少なからずいますが、学校としては金を払ってくれれば別に授業に出なくてもいいわけです。むしろ、その方が面倒見とか少なくて楽かもしれません。上で見たように留学生の中には、「先ほど触れた酒田短大というのは、そういう点では非常にビジネスライク(笑)だといえます。
  文部科学省が行政指導や解散命令を出さないように方針を変えれば、明日からでも第二、第三の酒田短大が出てくるでしょう。「ニーズ」はあるのですから・・・。

▲グローバリスト企業

  「もういいから他の言葉を使え」「また書くのか、もう飽きた」と言われそうですが、何度でも確認します。グローバリストというのは、利益の極大化のために、自国への影響を考慮せずに積極的に海外に進出し、国家間の垣根を取り払おうとする勢力のことです。
  私は今まで「輸出依存企業」「商社」「金融資本」などをあげてきましたが、大事な分野を忘れていました。「新興IT企業」です。
  もうどうせこのブログを見ていないと思いますし、ご本人は信念に基づいて発言されているようなので、過去の記事でIT企業の立場(おそらく経営者的な視点)で書かれたコメントを紹介します。

>日本は今までは豊富な人的資源を活用してきましたが、
>次の安倍政権で改善が期待できるとしても、当面は
>出生率の低下に伴う人口減の問題に直面せざるを得ないでしょう。
>私の専門はITですが、ITだけに留まらず日本に
>優秀な外国人の人材を引きとめる工夫が必要ですが、
>その点について次回の記事を期待しています。

>また短期的にも、優秀な人材が日本に根付くのはよいことです。
>私はIT屋ですが、優秀な人材の確保に本当に苦労しています。(苦笑)
>残念ながらこの業界では、並の日本人よりも、頭の回転の
>速いインド人・中国人・韓国人の方が戦力として頼りになるからです。
>また、こういう頭のよい人たちは、本国のピ○ーどもと違い、
>個人的にも信頼できることが多いです。


  この方は私の懸念や言わんとすることをきちんとくんでくれる方だったのでとてもありがたかったのですが、その後馬鹿丸出しの乱入者がいて話がグダグダになってしまいました。今回の記事でもそういう雰囲気のある人間が出てきたら即刻削除、アクセス禁止にしますのでその辺はご容赦ください。
  この発言の吾人は、後から慌てて知日派の要請が不可欠という論理をくっつけていますが、本音としては自分のところの企業の利益を確保したい、それだけでしょう。
  国際競争力の確保ならまずもって日本人をきちんと育てるべきです。企業秘密を本国へ売るという事態も起こりにくいし、何より雇用や税収の改善に役に立ちます。

▲日本国政府の中の売国派

  自分の仕事が増えたり(主に役人)、グローバリスト企業から見返りの提供があったり(主に政治家)、なんらかの動機がある人たちです。
  売国派には、自覚的な人間とそうでない人間がいます。自覚的なのは、間違いなく自民党の親米派です。
  
  え?「何を言っているんだ、自民党はれっきとした保守政党だ」ですって?

  逆に聞きたいのですが、そういう方は、こういうお歴々がいることをどのように説明しますか?

中曽根康弘
▲「留学生10万人計画」を提唱し、2003年に実現(●こちらを参照)
▲「東アジア共同体」構想の旗振り役

安倍晋三
▲「アジア・ゲートウェイ構想」を提唱。「日本の社会の開放を加速化」するといい、中国との定期便の本数を大幅増など、国民に隠れたところで大活躍
▲婦人が韓国人留学生を過度に美化する映画を絶賛(証拠は●こちら

福田康夫
▲留学生を100万人にしろと豪語
▲「東アジア共同体」を推進すべきと韓国で発言
▲そもそも「アジア重視」と公言している



  小泉元首相も、平壌訪問で北朝鮮を身近にしたり、●朝銀(北朝鮮系)に公的資金をバカスカつっこんだりで、よくよく考えればアジア大好き人間です。
  まあ要するに、自民党の中で経済界やら外国人が教祖をやっている宗教団体やらに贔屓にされている方々というのは、みんなグローバリストだということです。
  じゃあ、この辺で恒例のやつを出しておきますか。

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●或る浪人の手記様作成)


  日本はアジアのリーダーだ(右翼系)とか、戦前悪いことをしたのだからたくさんアジアの人びとを受け入れるべきだ(左翼系)とか、左右の人間が主張することは、上に挙げたような利己的で金に汚い連中を利する結果にしかなりません。

  まとめとして、前回のコメント欄での「レイ式」さんの質問についてもう一度触れておきましょう。

>グローバル化ってそんなに悪いことですかね?

  なんでも国際化すればいいのだ、グローバル化は必然だからむしろ積極的にそれに乗っかればいいのだ、という考えをとるべきではありません。
  日本は島国ですから、他国から見て異質な文化を持っています。ちょうどハワイやトンガのような国に独自の文化があるのと同じです。
  そして、それは悪いことでもなんでもありません。戦争のような形で、他国(人)に迷惑をかけず、しょうがなくつきあう場合は礼儀と国際常識をもって接すればいいだけの話なのです。それなのに、日本人が外国の文化に同化しなければいけないなどと勘違いしている人間が多すぎます。
  外国人留学生を感情的に擁護して、返す刀で日本の閉鎖性を憎々しげに非難する人間に何人か出会ったことがあります。思うに、そういう人は今自分が思うように自己実現できていない現状を、日本という国やその文化や独自性のせいにしないと気が済まないだけなのではないでしょうか。
  むきになって愛国心とか国家への忠誠を説く人間というのも困りものですが、少なくともそういう人間はスパイになりうる人間を許容したりはしません。そう考えると、後者の人間、すなわち「国際協調型」の人びとの方が危険だということもできます。

  国際協調を第一に考える人は、少し考えてみるといいでしょう。

  あなたが外国人に対して鷹揚でいられるのは、彼らがまだ少数派だからではないのですか?

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2007.09.28(Fri)

独裁者・小泉純一郎が怖れるもの 

  記事カテゴリーに新しく「自END(自民党追放キャンペーン)」が加わりました。
  国民政党だった姿は今や昔、外資や勝ち組企業、アメリカ政府の言いなりになってグローバル化を押し進め、日本を滅茶苦茶にしている「超革新・有害政党」自由民主党を、国政の場から叩き出そうというキャンペーンです。このバナーにピンと来た方は、是非コメントやトラックバックを下さいませ。

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●或る浪人の手記様作成)

  さて、●先日の記事で、私は先日成立した福田内閣を、「小泉傀儡政権」であると断じました。

  その張本人、福田という藁人形を背後から操る小泉純一郎元首相が、非常に興味深い言動をしています。以下のニュース記事をご覧下さい。

<小泉元首相>平沼氏の復党に慎重対応求める
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070926-00000141-mai-pol&kz=pol
--------以下引用--------
 自民党の伊吹文明幹事長は26日、小泉純一郎元首相を国会内の事務所に訪ね、幹事長就任のあいさつをした。小泉氏は「幹事長は友情よりも何よりも、党のことを第一にやってほしい。とにかく選挙に勝つことを考えろ」と発言。麻生太郎前幹事長が前向き姿勢を示していた郵政造反組の平沼赳夫元経済産業相の復党について、慎重に対応するよう求めたとみられる。
--------引用以上--------

  伊吹文明氏は、伊吹派(志帥会)という派閥の代表です。伊吹派は、もともとは郵政選挙の時大量の造反議員を出した「亀井派」であり、先だっての自民党総裁選でも、半数近くの麻生氏支持者が出たことで知られています。

>幹事長は友情よりも何よりも、党のことを第一にやってほしい。

  そこに来てこのセリフです。「脅迫」以外の何者でもありません。
  ●「或る浪人の手記」さんの記事が洞察されているように、伊吹氏が幹事長に選ばれたのは、党執行部に籍を置くことで行動を制約し、伊吹派の議員を封じ込めるという意味合いがあるのでしょう。対外的には「派閥力学に配慮した党運営」などといくらでも言い訳ができるとういわけです。

  しかし、白々しいとはこういう言動を言うのでしょう。自分は2年前の選挙の時に、郵政民営化に反対する議員(いわゆる造反組)に党の公認を与えず、「刺客」と言われる議員を送り込んで抹殺を図ったのです(●こちらのリンクを参照)。その造反組というのは、亀井静香氏や綿貫民輔氏(ともに国民新党)、後に紹介する平沼氏のように、長年自民党を支えてきた政治家もいました。
  そして、大量の造反議員を出した岐阜県のように、地方組織の反対の声を無視して、事実上その機能を崩壊させました。都市の浮動票と宗教勢力(創価学会・公明党)の組織票でそれを補おうとしたわけですが、先の参院選でその脆弱さが早くも露呈したのです。
  その影で、自分の派閥(清和会=町村派)をちゃっかり第一派閥に押し上げて、福田康夫という何の魅力もビジョンも能力もない候補を当選させてしまうのです。「党を第一に考えろ」と叱られて当然なのは小泉氏の方でしょう。
  最大派閥である清和会の影響力で、自民党を意のままに操った小泉氏というのは独裁者ともいえるわけで、福田首相の勝利を決定づけたのが彼の「鶴の一声」だったことを鑑みても、その独裁はいまだに継続中だと見るべきです。

  ところで、古今東西の独裁者を見てみると、共通点があることをご存知でしょうか。それは、「小心者で猜疑心が強い」ということです。
  毛沢東が良い例ですが、彭徳懐、林彪、劉少奇など、自分を批判したり、少しでも地位を脅かした人間を次々排除していくのが独裁者です。特に彭徳懐のように、正論を口にする異分子こそ本来は重宝する存在(軌道修正が可能になるから)なのですが、猜疑心の強い人間にはそういう度量の広いことはできません。自分以外の人間は信用していないのです。先に挙げた造反組の追放劇も、まさにこのような独裁者の性質が現れていると言えます。
  そういう人間は自分以上の価値を認めず、自己陶酔的な傾向がありますから、他人から見れば自信家でカリスマティックに見えます。ヒトラーの演説に異様な迫力があったり、スターリンの写真が妙に見栄えがよかったりするのは、そういう「自信」の現れです。小泉氏も、●この写真に見られるように、かなり自分の立ち振る舞いに酔っている節があります。安倍前首相が真似してもみっともなく感じたのは、自己陶酔が足りなかったからでしょう。
自分の言い分を聞かない人間が同じ世界に存在することを許さず、悪と戦う自分に陶酔していたからこそ、「小泉劇場」が成立したのです。
  また、独裁者は自分と並び立つ権威(偉い人、偉いもの)を認めようとはしません。それが、●「皇室は最後の抵抗勢力」と断言して、皇室典範を改正し女系天皇(天皇家の継承は2000年以上男系)を容認しようとしたことにつながります。ソ連の独裁者スターリンが伝統的なロシア正教の寺院をぶっ壊しまくった一方で、自分の遺体を保存させて「神」になろうとしたように、自分よりも偉いものを認めたくないという心理の現れです。
  その根っこにあるのは幼児性です。独裁をやりたがる人間というのは、自分と少しでも考えの違う人間を許容できないという点で、人間性が非常に未熟なのです。幼児が母親に一番かわいいと認めてもらわないと不安で泣き出してしまう、あの心理を人格的成長の中で解消できなかったのが独裁者なのです。ヒトラーが自分の母親とよく似た女性(エバ・ブラウン)を溺愛したのはその典型です。
  小泉氏の逸話の中には、なぜか母親の話があまり出てきませんが、きっと溺愛された経験があるのでしょう。そして、その心理状態がそのまま継続してしまったのです。彼が、女性の閣僚にやたらと入れ込むのは、その現れです。

  しかし、独裁者というのは所詮小心者です。常に寝首を掻かれる事態を思い描いてビクビクしています。小泉氏の場合、それがよく現れているのは、

>郵政造反組の平沼赳夫元経済産業相の復党について、
>慎重に対応するよう求めた
  

  というところです。

  独裁者が一番怖れているのは、保身に走らず、それでいて周囲の尊敬を集めるような有力な人物です。理由は簡単で、生かしておけば自分の地位が脅かされるからです。
  以前の自民党であれば、田中角栄が実権を握っても、対立する福田赳夫に入閣を打診するだけの懐の深さがありました。それが自民党を緩やかな派閥(小政党)の保守連合として成り立たせていたのですが、小泉純一郎という独裁者がそれをぶちこわしにしてしまいました。
  小泉氏が怖れる平沼赳夫という人物は、こういう人物です。

★今でも郵政民営化には反対している
★自民党執行部の屈辱的な復党条件を呑まなかった
★皇室典範改正や人権擁護法案に明確に反対
★落選経験が豊富(笑)
★離党しても母体である自民党への愛着を持っている
★不利が伝えられる地元参院選候補(片山虎之助)を義理堅く応援


  筋を曲げない頑固者で、伝統を重んじる昔ながらの日本人・・・小泉氏が一番嫌うタイプでしょう。
  あえてたとえるなら、小泉氏は「フランス料理を好み、オペラやテニスを趣味にするハイカラ紳士」であり、平沼氏は「味噌汁や漬け物を常食にし、剣道が趣味の昔気質のおやじ」です。明治維新の頃の鹿児島の政治家でいえば、前者が森有礼(もりありのり)、後者が西郷隆盛です。
  まあ、言ってみれば「自分が白人だと思っている明治以降の似非日本人」と、「土の匂いがする江戸以前の日本人」です。若者に聞けば、10人中9人はハイカラ紳士の小泉氏の方を格好いいと言うでしょう。
  しかし、最後の最後で拠り所とされるのは、昔気質のおやじの方です。合理的な説明はしにくいのですが、普段はダサイとか行けてないとか思いながらも、こういう人物の方が窮地にあっては信頼しあって一緒に戦えるような感じがするのです。
  だから、今でも平沼氏の回りには郵政造反組の人々が集まってきます。どちらかといえばグローバリスト的な麻生太郎氏も、誰かさんにブッ壊された自民党を立て直すと言ったとき、それと同時に平沼氏の復党を認める発言をしています(●こちらを参照)。昔ながらの、国民生活に配慮し、党内でのバランスに配慮して政治を運営していく自民党のスタイルに戻るためには、「古い自民党」の政治家が必要なのです。
  そういう平沼氏だからこそ、小泉氏は激しく憎み、怖れているのでしょう。だから、総裁選が始まる前にこういう発言をしています。

小泉前首相、チルドレンらと懇談・平沼氏復党批判を評価
http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20070924AT3S2301C23092007.html
--------以下引用--------
 自民党の小泉純一郎前首相は23日夜、中川泰宏氏ら衆院当選1回の「小泉チルドレン」らと都内で懇談した。小泉氏は先の代議士会で1回生議員が郵政民営化に反対して離党した平沼赳夫氏の復党に異論を唱えたことについて「(ポスト安倍の)流れが大きく変わった。勇気があり立派だ」と評価した。会合は小泉氏が呼びかけた。
--------引用以上--------

>会合は小泉氏が呼びかけた。

  もうこういうところからして、小泉チルドレン(2005年の衆院選で当選した一回生83人で作る「83会」)というバブル議員たちが、「小泉派」だということはバレバレなわけですが、ここでもやはり平沼氏の復党を阻もうと動いていることが分かります。

  しかしまあ、こうやって自分に逆らわない「純粋な」支持者を求める辺り、ヒトラー・ユーゲントなる狂信集団を創り上げたアドルフ・ヒトラーと酷似していると言わざるを得ません。彼にとっては、自分と違う考えを持っている相手を受け入れることができないのかもしれません。
  こうなると、●異常な性癖の持ち主だとか●人格障害があるのではないかという噂も、あながち嘘ではないのではないかと思えてくるほどです。

  このブログでも主張しているように、戦後最悪のグダグダぶりだった安倍内閣、そしてその後を継いで●「東アジア共同体」という悪夢に向かって一直線という感すらある福田内閣、いずれも小泉前首相がバックに存在しています。
  そうだとすれば、自民党を国政の表舞台から引きずり下ろすには、小泉氏の嫌がることをやっていけばいいわけです。そうなれば、答は簡単でしょう。

  「平沼赳夫氏を復権させる」

  これに尽きます。

  ここで私が「復権」と言ったのは、何も自民党復党にこだわる必要はないとういことです。
  簡単な話です。今の自民党には、小泉カイカクに対して違和感を感じている議員がかなりいるのです。それが先の総裁選で麻生氏に投票した人たちです。彼らは、あえて主流である「清和会+小泉チルドレン」、すなわち小泉独裁に異論を唱えた人々なのです。
  彼らが自民党を抜け出し、平沼氏を軸にして国民新党と合流すれば自民党は骨抜きになります。麻生派と伊吹派が抜けただけでかなりのダメージでしょうが、もともと小泉氏のいる清和会と対立している津島派(旧田中派、第二派閥)が反旗を翻せば、清和会(山口や東京など、特定の地域でだけで強い)+小泉チルドレン(選挙基盤無しの落下傘候補ばかり)+公明党(次の政権を睨んで動揺するはず)という脆弱な手駒しか小泉氏には残らないからです。
  民主党の小沢代表が、そういった議員や郵政造反組に対して、民主党の公認を与えるか、または選挙支援を約束すれば、事態はさらに面白くなるでしょう。。
  小泉氏の性格からして、子供っぽい報復をせずにはおかないはずです。自己陶酔的な性格の小泉氏は、自分にまだ人気があると勘違いしているようですから、強引に対立候補の擁立を党執行部に迫るはずです。「やらないなら、俺が新党を作る」という脅し文句も付けてくるでしょう。それを自民党執行部が拒否しても、また一興です。

  2001年の就任直後の参院選、そして2005年の衆院選、メディアとアメリカ政府を味方に付けてサーカスを演じてきたピエロ・小泉純一郎。
  その残虐な道化師も、古今東西の独裁者が歩んだ道のりを忠実に歩むような気がしてなりません。すなわち、「配下の反逆による抹殺」です。

  それが嫌なら、自民党員のみなさん、今からでも遅くありません。ぜひ小泉カイカクを否定し、ピエロをサーカスから追放してください。日本の再生はそこから始まります。 

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2007.09.26(Wed)

「またもや小泉傀儡政権」福田内閣を叩き潰せ!! 

  先日、突然退陣した安倍晋三首相に代わって、福田康夫元官房長官が自民党総裁、もって日本国の首相に選ばれました。

  まだ正式に発足したばかりの内閣ですが、早速私の評価を下しておきましょう。それは、

  「福田内閣は一日も早く退陣すべし」

  というものです。理由は簡単で、福田政権は安倍政権と全く変わりがないからです。

  北朝鮮に対してアプローチに違いがあるかとか、格差是正について福田本人が発言しているとか、そういうことは問題ではありません。福田のバックにいるのが「清和会」(町村派)、すなわち小泉純一郎を中心とした勢力である限り、安倍だろうと福田だろうと、根本的には何も変わらないからです。
  
  そもそも、事前には麻生太郎前自民党幹事長が本命だろうと思われていたにもかかわらず、なぜ福田が自民党総裁になったのかという点も、非常に簡単です。

  あの、そこの「派閥間の談合」といっているあなた。

  はっきり言いますが、それは間違いです。福田が総裁になるかどうかを決めたのは「清和会」もっとはっきり言えば「小泉純一郎」であり、各派閥が談合したのはそれに従っただけです。

  ここで、清和会(清和政策研究会)という団体について簡単に見ておきましょう。

  この派閥はもともと福田の父である福田赳夫元首相が組織した派閥です。
  福田赳夫が首相にもなった時期もありましたが、基本的には二番手に甘んじてきました。党内の主流が福田と対立する田中角栄率いる田中派(のちの竹下派→橋本派→津島派)だったからです。 田中派の権力基盤は「土建政治」などとも言われるように、地方の建設業者や農家でした。つまり、地方の保守的な人々が自民党の主流だったわけです。
  これを突き崩したのが2000年に清和会の会長になった小泉純一郎でした。小泉は、既得権益の網を切り裂き、公的機関を民営化し、様々な規制を緩和すれば日本はよくなる、という「カイカク路線」を全面に打ち出しました。今になってよく考えてみれば、田中派の権力基盤になっている地方のしがらみを破壊することに主眼があったのでしょう。
  そして、小泉のカイカクに異論を挟む議員は「抵抗勢力」だとみなし、それと闘う自分の正当性をアピールしました。中曽根政権の時代から規制緩和がいいことだと喧伝してきたマスコミも、小泉をカイカクの闘士として祭り上げてきました。理由は単純で、その方がおもしろおかしく記事を書けるからです。
  この路線が大ブレイクしたのが、2005年の衆院解散総選挙でした。小泉は、以前から郵政民営化を唱えてしました。アメリカの関与などはとりあえずおいておくとして、田中派の支持基盤であり、地方の保守勢力の一翼を担っていた「特定郵便局長会」をつぶすことができる手段として有望だったからだというのが本当のところでしょう。そして、選挙で大勝し、ついに郵政民営化を決定しました。
  小泉は一貫して財政再建を唱えて地方への補助金を削減する政策をとっていましたから、それと相まって旧来の自民党の支持層だった「建設業者」「農家」「地方公務員」「特定郵便局長会」といった勢力は総崩れになりました。小泉本人の言うとおり、自民党をぶっ壊すことに成功したわけです。
  この過程で、清和会は衆議院議員60名を有する最大派閥となりました。派閥ではありませんが、2005年の衆院選で当選した議員の集まりである「83会」という組織は小泉チルドレンというカイカク支持派の集まりであり、議員の集まりも「カイカク」支持派ですから、実質は清和会だといえます。もっといえば「小泉派」です。
  戦後最年少の安倍首相というのも、この清和会に属していたからこそ選ばれたのです。それ以上の理由はありません。もっとも、彼を首相にしても世論が反発しないように、拉致問題や人権擁護法案がらみで保守本流だという印象操作はされていましたが・・・。

  そして、今回の福田総裁選出も、安倍前首相のときと同様、清和会と小泉チルドレンの支持があったことで大勢は決定しました。たったそれだけの話です。

  ところが、一つだけ予想外だった事態がありました。総裁選出の投票で、麻生氏が予想以上の健闘を見せたことです。

自民新総裁に福田氏 得票62%、麻生氏も善戦
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200709240074.html
------------以下引用------------
 自民党総裁選は二十三日午後、党所属国会議員と各都道府県連代表者による投開票を行い、福田康夫元官房長官(71)が投票総数の62・5%に当たる三百三十票を得て大勝、第二十二代総裁に選出された。麻生太郎幹事長(67)も予想を上回る百九十七票を獲得し善戦、一定の影響力を確保した。福田氏は二十五日の衆院本会議で安倍晋三首相(53)の後継となる第九十一代首相に指名され、同日中に新内閣を発足させる。福田赳夫元首相の長男で、初の親子二代の首相となる。

  (中略)

 麻生氏は会見で「反対勢力、抵抗勢力になるつもりはない」と述べ、挙党態勢構築に努力する考えを強調。都内の病院に入院中の安倍首相は両院総会にメッセージを寄せ、退陣で政治空白を招いたことを陳謝、引き続き議員として活動する意向を明らかにした。

 総裁選は国会議員の三百八十七票、各都道府県連三票ずつの百四十一票の計五百二十八票で争われた。麻生派を除く八派閥から支持を得た福田氏は、共同通信の調べで議員票で二百五十四票を獲得、地方でも半数を超える七十六票を得た。麻生氏は議員票で百三十二票を取り、地方でも都市部を中心に六十五票を積み上げた。無効票は一票で白票だった。総裁任期は、退陣する安倍首相の残り任期の二〇〇九年九月までの二年間。
------------引用以上------------

  ここで重要なのは、最大の派閥である清和会の「既定路線」に逆らって麻生氏に票を投じた議員が132人もいたということです。
  麻生氏を支持したということは、以下のような麻生氏の「方針」に共鳴したということでもあります。

麻生氏「党立て直し最優先」 自民三役など決まる 野党と政党間協議重視
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/politics/e20070827010.html
------------以下引用------------
 自民党の新三役に就任した麻生太郎幹事長、石原伸晃政調会長、二階俊博総務会長は27日午前、党本部でそろって記者会見に臨んだ。この中で、麻生氏は党の立て直しを最優先課題に掲げた。また、参院選で与党が過半数を割った状況を受け、新三役はいずれも野党との政党間協議を重視する姿勢を強調。さらに構造改革路線を堅持しつつ、都市と地方の格差の解消に向けて取り組む姿勢も示した。

 麻生氏は会見で、「自民党をぶっ壊すという人を選び、その人は事実ぶっ壊した。ぶっ壊された自民党をどう立て直すかが、われわれ3人に与えられた役目だと自覚している」と述べた。

 参院選敗北の一因とされる格差問題については、「改革は急激に進めば、いろいろな既得権益の破壊が起こり、痛みが出てくる。急激(な痛み)ならば、ある程度の注射や輸血もいる」と指摘し、格差解消に積極的に取り組む意欲を示した。
------------引用以上------------

>自民党をぶっ壊すという人を選び、その人は事実ぶっ壊した。
>ぶっ壊された自民党をどう立て直すか


  要するに、今までカイカクを進めてきた小泉を、麻生氏は批判したわけです。麻生氏自身もその受益者であることは確かですが、さすがにこのままカイカクが暴走すれば自民党全体が危機に陥ることを悟ったのでしょう。

  これについて小泉が何を思ったのか知りませんし、マスコミも記事にしようとは思わなかったようですが、おそらく激怒したでしょうね。「衆議院であれだけの議席を取った俺をなんだと思っている。おまえも俺のしたで、カイカクに賛成し続けていたじゃないか」と。
  自分に逆らう人間に刺客などと称する候補者を送り込んで血祭りに上げないと気が済まない小泉が、黙っているわけがありません。そこで小泉一派が仕組んだのが「麻生が安倍の不在を狙ってクーデターを仕掛けた」というデマの流布です。
  以下のブログで、興味深い記事が上げられています。

安倍殺しの真犯人(或る浪人の手記)
http://restororation.blog37.fc2.com/blog-entry-915.html

  まず、小泉側はマスコミ受けする失言の多い片山さつき衆院議員(83会のメンバーで、清和会入りを希望して拒否された経緯あり)「これはクーデターです。 支えると言いながら後ろから刺した人がいる」と発言させます。このことの真偽は問題ではありません。とにかく「麻生」と「クーデター」が新聞や雑誌の見出しになる状況が生まれればいいのです。この二つの単語が頭に残れば、麻生氏に対してマイナスイメージを植え付けることが出来るからです。この手は、「抵抗勢力」や「造反組」でも使った手で、小泉が反対派を潰す時によく使う手です。
  案の定、麻生氏サイドの弁明があったにも関わらず、「麻生」と「クーデター」が併記された記事が新聞雑誌の紙面を飾りました。麻生氏のことをよく知らない人や、若者受けする発言をもともと快く思っていなかった人たちは、これで麻生不支持に回ったことでしょう。有権者の意思というのは、そういう側面があります。
  小泉は、おそらく安倍前首相の退陣前にこの計画を策定したに違いありません。上にリンクしたブログで、片山が、

私は、小泉さんと実はさしで、10、11、12とお会いしてるんですけども、ずっと、見ててああ たぶん 彼の選択肢は福田さんだと思ったら13日の午前中にぐらいにそういうお話があった

  と発言しているからです。安倍首相が辞意を表明したのは12日の昼であり、麻生氏だけが安倍辞任を知っていて、それを利用して権力を一手に握ろうと画策したという前提が崩れるとともに、この時点で「反小泉・反カイカク」を表明した麻生氏を叩き、自分の言いなりになる福田を自民党総裁に就けようと小泉が考えたと言うことは、容易に推測が可能です。
  そして、小泉が福田支持の意思を明らかにすると、各派閥がいっぺんに小泉の方針になびきました。麻生氏を謀略で潰そうとしたこともあいまって、自民党の各派閥は「麻生を支持したらうちまでやられる」と心底震え上がったことでしょう。それでなくても郵政選挙の時の、異論を挟む人間に対する苛烈な仕打ちを目の当たりにしているわけですから、清和会=小泉の方針に従わざるを得ないのです。
  そういう意味では、小泉=清和会の方針に逆らった議員が132人もいるということは、ある意味驚きであり、国民にとっても一縷の望みだということができます。

  そうは言っても、小泉・安倍路線が参議院選で強烈に否定されたのだから、福田は少しは修正に動くのではないか?と、考えている人も多いことでしょう。テレビや新聞もそういう風な意見を次々と表明しています。
  しかし、私は断言します。福田が小泉・安倍と続いてきた「コーゾーカイカク路線」を改めることは絶対にありえません。

  もちろん、国民に優しく見えるような政策を少しは混ぜてくるでしょう。福田は障害者自立支援法の見直し(共産党がずっと主張している)を公言しています。福祉関係者の方たちは、これを見て福田は小泉よりずっといいと思うでしょうし、マスコミもおそらくそのように扱います。
  しかし、福田が絶対に変化させないどころか、今後ますます強化していくことが容易に推測できる事柄があります。それが「グローバリスト路線」です。
  もうしつこいくらいこのブログで出てきていますが、グローバリストというのは「利益の極大化のために、国内への影響を考慮せずに積極的に海外に進出し、国家間の垣根を取り払おうとする勢力」のことです。ソニーのような輸出依存企業、国家間取引でマージンを上げている商社、各国の資産をアメリカドルで買い叩こうとしている金融資本などがその例です。
  グローバリストの最大の関心事は「国際競争力の強化」と「国家という枠組みの解体」です。そうすれば、利益を最大化するような国際分業を実現できるからです。それを邪魔する勢力、たとえば「農民」「官僚」「利権政治家」といった人々は、グローバリストの天敵です。
  そして、行き詰まった国家の再生のためという名目で、天敵=保守勢力排除する方便が「構造改革」だったというわけです。だから、小泉政権は地方への補助金を打ち切って田中派(現津島派)を追い詰め、安倍政権は公務員カイカクを進めようとしました。アメリカ政府や経団連、外資金融会社や「ホリエモン」のような人種が小泉を礼賛したのは当然でしょう。
  こんなことをいくらやっても、利益を得るのはごく一部(特に外資系)企業と清和会とつながりのある金持ち(朝鮮系資本が多い)、それにコーゾーカイカクに盲従した一部の省庁(総務省や国交省)くらいです。天地がひっくり返っても、ネットで愛国だの保守だの靖国だのわめくのが生き甲斐になっているブロガーにはお鉢は回ってきません。
  そういうブロガーたちが大好きな安倍晋三は、「アジア・ゲートウェイ構想」という政策を掲げていました。この構想がどんなものか、●官邸メルマガから抜粋してみましょう。

>今や「世界の成長センター」であるアジアは、
>東アジア共同体構築の名の下に、非常なスピードで変化を
>続けている。

> 少子高齢化の中で人口減少の局面を迎えた日本でも、
>社会の開放のスピードを加速化し、近隣諸国との絆を強化することで、
>アジア諸国と繁栄を共有することができる。

>「アジア・ゲートウェイ構想」は、アジアなど海外の活力を
>取り込むため、人・モノ・資金・文化・情報の流れにおいて
>日本がアジアと世界の架け橋となることを目指す戦略として、
>安倍政権の政策の柱の一つに位置づけられている。


  「社会の解放のスピードを加速」「日本がアジアと世界の架け橋となる」・・・こんなことを口にする保守政治家などというのは、キリストよりマホメットが優れていると公言しているカトリックの神父のようなのものです。
  このアジア・ゲートウェイ構想の一部はすでに実現しています。航空自由化という点で言えば中国との定期便が大増強され、さらに関西国際空港がアジア向け航空輸送に特化する方針を打ち出しています。また、大学の国際化については、●アジア人材資金構想という形で具体化しています。東南アジア諸国とのFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)締結を促進してもいます。
  そして、今度首相に就任した福田は、この路線を強化することは間違いありません。上記メルマガでも触れている「東アジア共同体」という経済ブロック結成に、日本で一番熱を入れている政治家が福田だからです。
  すでに、官房長官時代からこんなことをやっています。

http://www.asahi.com/politics/update/0317/008.html(リンク切れ)
------------以下引用------------
 韓国訪問中の福田康夫元官房長官は17日、ソウルで開かれた日韓・韓日協力委員会の合同総会で講演し、「アジア共同体構想」について「主導的役割をどこがとるかは難しいが、少なくとも日本、韓国、中国の連携は必要だ」と述べ、3国間の関係改善が不可欠だとの考えを強調した。アジア外交の立て直しで積極的な発言をし始めた福田氏の動きは、今秋の自民党総裁選に向けて党内の駆け引きに微妙な影響を与えそうだ。
------------引用以上------------

  総裁選の公約でも、東アジア共同体について触れています。

http://today.reuters.co.jp/investing/FinanceArticle.aspx?type=economicPolicies&storyID=2007-09-16T091918Z_01_TK0018341_RTRIDST_0_ZHAESMB05505.XML
------------以下引用------------
福田康夫元官房長官(71)は16日、自民党総裁選挙の出馬にあたり、「希望と安心の国づくり」と題した政権公約を発表した。外交において国連重視を明記するとともに東アジア共同体の実現を目指すとし、経済成長戦略では「改革と成長」路線の継続を表明した。

 国づくりの基本理念として自立と共生の社会、ストック型(持続可能)の社会、男女共同参画の社会を掲げた。年金や地域・企業間格差などの諸問題に対して「丁寧に対応」するとし、国民の意見が的確に反映される社会の構築、国際的に尊敬と信頼を得られる国家の実現を目指す。

 個別の政策では、外交について「国連重視、日米同盟堅持、アジアの一員たることを基軸とする外交」を掲げ、「拉致問題の解決と朝鮮半島の非核化、東アジア共同体の実現を目指す」とともに、「国際的なテロ対策を推進する」とした。

  (中略)

 経済政策では、「改革と成長」路線を継続し、科学技術・知財戦略を拡充するなど、経済成長戦略を推進する。

 格差問題との関連では、地方再生策として「地方への企業立地促進税制など頑張る地方が自立できる税制・交付税を検討」するほか、中小企業の振興策として事業承継税制と技術高度化支援を拡充。農山漁村の所得・雇用の増加を図る施策を充実する

 年金問題については「与野党の壁を越えて国民が納得できる年金制度を構築する」とし、同問題に対する与野党間の協議が不可欠と位置付け、少子化・人口減少対策として「産科医・小児科医不足を解消し、子育て支援策を拡充」する。
------------引用以上------------

  こんな人間の好きなようにやらせたら、中国との一体化がますます進むことは間違いありません。そうなれば「さらなる企業の中国移転」と「中国人労働者の導入」に至ることは間違いなく、これがさらなる雇用の悪化、購買力の低下につながり、輸出依存企業以外の国内企業はさらなる業績の悪化を招くでしょう。おまけに、中国人犯罪者の大量発生で社会不安も増大します。
  この東アジア共同体の樹立は、いわばグローバリスト政策の最終到達点というべきものです。中国との一体化を進めて、人件費を極限まで押し下げ、国民の生命の維持は安価な輸入食品で賄わせ(そのためにEPAが結ばれようとしている)、内需を徹底的に破壊しながら、中国やアメリカ、インドへの輸出によって利益を出し続ける。その過程で株価は低迷し、それを狙って優秀な企業を外国資本が買い叩く・・・。
  グローバリストの目的である「利益の極大化」を考えれば、これが一番合理的なのです。
  もちろん、彼らの利益が極大化した暁には、日本社会は阿鼻叫喚の修羅地獄になっていることでしょう。そうしたら、グローバリストは公言するはずです。

  「それなら、中国かインドに移転する」

  と。

  そういうことをわかっているのかいないのか、福田を叩いている「愛国」「保守」「右寄り」ブログはたくさんあるようです。
  しかし、彼らも福田個人の資質に還元してしまっています。そうではないのです。今の自民党、特に清和会=小泉・安倍ラインはグローバリストの代理人なのです。そして、グローバリストの意図に忠実に従って実行したのがコーゾーカイカクであり、それが日本の内需志向の経済を徹底的に破壊したというのが真実です。
  なんでも福田は自分の内閣のことを「背水の陣内閣」などと称しているようですが、冗談も休み休み言えと言いたくなります。瀬戸際に立っているのは日本の国民経済であり、日本人なのです。

  もうこれ以上、グローバリストの犬である清和会と、それに盲従する人々の集まりである自民党を生かしておくわけには行きません。徹底的に叩き潰すべきです。

  まず国民にできそうなことは、小泉・安倍・福田の売国路線に従う議員を選挙で落とすことです。清和会の議員(●こちらにリストがある)など絶対に投票してはいけません。「消去法で清和会」は地獄行きの車にガソリンをくれてやるようなものです。
  逆に、麻生氏を積極的に支持した議員については、自民党からの離党を促すべきです。たとえば、麻生氏を中心に新しい政党を作るとか、国民新党に合流するとか、場合によっては民主党に鞍替えしてもかまいません。
  清和会の自民党支配は、自派閥と小泉チルドレンを軸に、シンパである「古賀派」「高村派」「山崎派」をポストを餌にして釣り上げ、「麻生派」「谷垣派」「津島派」「伊吹派」を押さえこむことで成り立っています。もっとも、清和会とシンパ、それに公明党だけでは国会を安定的に運営していくことはできません。だから、後ろ三派を切り離せば、清和会が力を発揮できなくなるのです。
  今回麻生氏を総力で支持した麻生派、派閥会長である伊吹文明幹事長の号令を無視して大量の麻生支持議員が出た伊吹派は、もう自民党では主流になることはないでしょう。
  そこで、まずはこの二つの派閥と、郵政造反組を自民党と切り離すのです。民主党や国民新党が工作に動いてくれれば早いのですが、支持者や選挙民としても、「これ以上福田自民党にいるなら支持しない」という声を電話なりメールなりで届けるといいでしょう。参考までに、両派閥の議員と選挙区を挙げておきます(★は狙い目の議員)。  

伊吹派(志帥会)

衆議院議員(19名)

伊吹文明(8回、京都1区)
中川昭一★(8回、北海道11区)
谷津義男(7回、群馬3区)
河村建夫(6回、山口3区)
萩山教嚴(6回、比例北陸信越)
柳本卓治(5回、比例近畿)
小島敏男(4回、埼玉12区)
中野清(4回、埼玉7区)
西川公也(4回、栃木2区)
西川京子★(3回、福岡10区)
増原義剛(3回、広島3区)
吉田六左エ門(3回、比例北陸信越)
宇野治(2回、比例近畿)
谷公一(2回、兵庫5区)
松浪健太★(2回、大阪10区)
鍵田忠兵衛(1回、比例近畿)
松本洋平(1回、東京19区)
山本朋広(1回、比例近畿)
中森福代(1回、比例北関東)

参議院議員(6名)

中曽根弘文(4回、群馬県)
矢野哲朗★(3回、栃木県)
椎名一保(2回、千葉県)
中川義雄★(2回、北海道)
衛藤晟一★(1回・衆院4回、比例区)
秋元司(1回、比例区)

麻生派(為公会)

中馬弘毅(9回、大阪1区)
麻生太郎★(9回、福岡8区)
鈴木恒夫(6回、神奈川7区)
森英介(6回、千葉11区)
山口俊一★(6回、徳島2区)
岩屋毅(4回、大分3区)
河野太郎(4回、神奈川15区)
桜井郁三(3回、神奈川12区)
松本純★(3回、神奈川1区)
井上信治(2回、東京25区)
薗浦健太郎(1回、千葉5区)
赤間二郎★(1回、神奈川14区)
鈴木馨祐(1回、比例南関東)

参議院議員(3名)

鴻池祥肇★(3回・衆院2回、兵庫県)
浅野勝人(1回・衆院3回、愛知県)
塚田一郎(1回、新潟県)


  ★は、自民党のEPAを軸とした農業政策で不利益を被るおそれの大きい地域や、麻生氏の支持に力を入れていた都道府県から独断で付けました。
郵政造反組の動向については、●こちらのブログがよくまとまっています。もっともおすすめできる議員は、造反組の希望の星(笑)平沼赳夫議員や国民新党と近い「古屋圭二」「古川禎久」の両氏です。
  また、造反組でも当選に極めて近い「森岡正之」氏や「小泉龍司」氏も面白いでしょう。民主党の公認枠は、彼らのために空けてあるのかもしれませんね。
  こうした議員は応援していくべきです。逆に、郵政民営化、安倍総裁選出、そして今回の福田総裁選出と、全ての局面で清和会におもねってきた「古賀誠」「山崎拓」や古賀派、山崎派の議員には、有権者の鉄槌を下してやるべきです(福岡という都市部ではコーゾーカイカクの痛みを感じにくいかもしれないが・・・)。
  
  このブログは今後とも徹底的に福田を批判し、即刻の退陣を要求していきます。

  有害な中国製品を拒否する運動を「チャイナフリー」と言うようですが、それと同じくらい日本の庶民にとって危険なのが福田の母体である清和会なのです。みなさんも一緒に「清和会フリー」の日本を目指しませんか?

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2007.09.23(Sun)

韓国が中国に飲み込まれる日 

  外交や安全保障について様々なブログが主張を発信していますが、このブログが言いたいことの一つとしては、

  「相互依存の強化は危険だ」

  という主張があります。

  ●「どうすれば日本は戦争をせずに済むのか」という記事でも述べたことですが、戦前の我が国は中国との相互依存が高まったところに、かの国の政情不安が重なり、権益拡大、もしくは防衛のために戦争に踏み切ったという歴史があります。
  そもそも貿易というものは、自国の労働の成果を他国に持ち出し、その国の持っている富をこちらに持ち帰るというもので、本質からして他国への略奪という側面があります。そこから考えると、ある国が貿易に大きく依存すると、他国との摩擦が生じやすくなります。
  対等の立場ならいいものの、こちらが相手の輸入が頼みの綱だったりして、力関係で相手の方が上になってしまうと、無茶苦茶な要求を聞かざるを得なくなるという最悪の状況も生まれます。
  だから、貿易にある程度頼らざるを得ないとしても、依存度は低くすること、そして、特定の国とだけ相互依存を強化しないことが、結局は国際関係の安定につながります。

  ところが、その逆を見事に進んでいる「頭の壊れた国」が日本のすぐ近くに存在しています。韓国です。
  韓国の経済に関するニュースを紹介しながら、その辺を読みとって行きましょう。

韓国の貿易依存度70%超過 史上初
http://www.chosunonline.com/article/20050510000003
--------以下引用--------
 韓国の貿易依存度が史上初めて70%を超えた。韓国貿易協会は去年韓国の貿易依存度が70.3%となり、輸出好調に後押しされ、史上初めて70%を超えたと10日明らかにした。
 韓国の貿易依存度は95年50.3%、2000年65%で、2003年は61.3%だった。

 貿易依存度は輸出入規模を国内総生産(GDP)で分けたもので、国家経済規模と比べる時、貿易規模がどれだけ大きいかを示す指標となる。

 このような韓国の貿易依存度は米国(19.5%)、日本(21.9%)の貿易依存度よりはるかに大きいもので、中国(70.0%)、台湾(112%)に比べると同じ水準か小さかった。
--------引用以上--------

  日本は加工貿易国だ、などと学校の教科書にも書いてありますが、2005年の時点でもまだ20%強しか貿易に依存していないことが分かります。日本の経済の強さを本当に支えているのは、輸出依存企業ではなく、強固な内需であるということです。あれだけ「コーゾーカイカク」などという国内経済破壊政策を打ち出しながら、まだこれだけ余力があるのですから、中国もアメリカも日本を危険視するに決まっています。
  しかし、こういうことを言うと、「それは日本の人口が多いからであって、人口5000万人程度の韓国が先進国レベルにいるためには貿易立国で行くしかないのではないか?」と、考える人もいるでしょう。
  確かに、人口2200万人しかいない台湾の貿易依存率が驚異的な高さであることを考えると、頷けなくはありません。

  しかし、そういうことを言う人は、韓国経済の致命的な弱点を知らないだけです。以下の記事をご覧下さい。

サンドイッチコリア“非常口はある”…源泉技術
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=91372&servcode=300§code=300
--------以下引用--------
蔚山(ウルサン)の現代(ヒョンデ)重工業造船所。世界最強の競争力を誇る韓国造船産業基地だ。しかし現代勤労者たちが蒸し暑さや雨風と戦いながら1隻当たり1億ドル前後の液化天然ガス(LNG)運搬船を建造するたびに船の値段の10%ほどがフランスのガス会社GTTに渡る。保存タンクを摂氏零下163度まで下げてLNGを液体状態に維持することができる源泉技術をGTTが保有しているからだ。韓国造船企業はこれまで110隻のLNG船を建造したので、GTTは黙って1兆ウォン以上のロイヤルティを手にしている。

同和(トンファ)薬品は今年の7月、米国P&Gの製薬部門系列社であるP&GPに骨粗しょう症治療剤候補物質「DW1350」関連技術を輸出する契約をした。技術輸出では5億1100万ドルに達する。国内製薬業界最大の技術輸出金額だ。臨床試験を経て製品が発売されれば、同和薬品はロイヤルティを手にすることができる。

低費用が武器の中国とハイテクで武装した日本の間に挟まった“サンドイッチコリア”の非常口はどこか。産業専門家たちは源泉技術にその活路を見出さなければならないと主張する。これまで韓国の産業は「技術導入→生産性向上→市場参入→競争力確保」というパラダイムに頼ってきたが、もうワンランク跳躍するためには核心源泉技術を確保しなければならないということだ。

源泉技術はささいなものに見えても「源泉」という名ひとつでかなりの待遇を受ける。技術を買って使わなければならない側が「強盗だ」と不平をもらすほどだ。韓国携帯電話輸出が増えるほど符号分割多重接続(CDMA)の源泉技術をもつ米国のクォルコムを太らせるのが代表的例だ。

しかし「模倣と改良」戦略から脱して源泉技術を確保し、これを通じて収益を上げるのは容易ではない。造船に劣らない競争力をもつ半導体も装備の80%以上を米国や日本から輸入している。韓国の技術貿易収支は赤字幅が毎年大きくなっている。

特に源泉技術を多くもつ米国、日本、イギリス、ドイツ、フランスなど5カ国に対する技術貿易収支赤字幅は2001年18億9300万ドルから2005年34億2300万ドルと2倍近くに増えた。ミン・チョルグ科学技術政策研究院(STEPI)研究委員は「韓国の主力産業は生産技術で世界1~5位の競争力を確保しているが、莫大な外貨をロイヤルティに支給している」とし「源泉技術を最大限確保すれば真の強者になることができる」と強調した。

◆サンドイッチコリア=高効率の日本と低費用の中国の間にサンドイッチのように挟まって身動きの取れない韓国の現実を盛り込んだ表現。今年初め、李健煕(イ・ゴンヒ)三星会長が韓国の状況をサンドイッチに比喩して経済はもちろん、外交・安保、教育、文化など多くの分野で緊迫した課題として注目されている。

◆源泉技術=製品や商品開発に必要な核心的技術知識。▽他の技術を開発するのに多く活用▽基礎科学と連携▽クォルコムのCDMA技術のように国際標準になる技術――をいう。源泉技術があれば市場で競争優位を確保できる上、付加価置を新たにつくり続けることができる。
--------引用以上--------

  以前、他の記事のコメントに、「韓国の半導体企業は脅威だ」というコメントを寄せた方がいらっしゃいましたが、そういう方は最終財の部分だけのシェア争いしか見えていないのでしょう。日経新聞が出す「韓国半導体メーカー、攻勢強める」などという見出しの記事に踊らされている典型です。
  この記事からわかるのは、韓国は工業製品の基本となる技術を自前で保有していないということです。これは、以前私が触れた「中間財」の問題とも共通する問題点です。
  韓国はある工業製品について、技術と工程を他の国から買って、最終財をダンピングすれすれの低価格で販売することで利益を得てきました。だから、実は日本よりも工業製品のシェアが大きい地域が結構あります。私がロシアに旅行したとき、モスクワを走っている車を注意してみていたら、「キア」と「ヒュンダイ」がかなり沢山走っていて、日本勢は数の上では負けていました。
  確かに、韓国は技術も「それなり」なのですが、同業種の中で見ると明らかに日本より低価格なので、たとえば自動車なら自動車というものがとにかくほしいという消費者にとっては魅力があったわけです。

  しかし、そんな韓国にとって、冷戦崩壊後とんでもない「敵」が現れました。中国です。
  日本もこれは言えるのですが、韓国は中国との低価格競争に負けて、工業製品のシェアをかなり削られています。海外市場も重要ですが、何より国内向けの低価格製品で中国製品にかなり浸食されているのです。
  しかも、その度合いが半端ではありません。以下の記事をご覧下さい。

韓国、中国が最大の貿易相手国に、日米は依存度低下
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/070904/11774.html
--------以下引用--------
 韓国政府が発表した最新統計データによると、今年1月‐7月の韓国の対米・対日貿易への依存度は前年同期に比べ低下したが、対中貿易への依存度は上昇を続けているという。

 韓国税関庁が2日に発表した報告によると、1月‐7月の対米輸出額は、前年同期比0.7%減の269億ウォン(約2862万ドル)と、韓国の輸出総額の12.9%を占めた。米国からの輸入額は同比0.2%減の216億ウォン(約2298万ドル)で、韓国の輸入総額の10.8%を占めた。

 同時期の韓国の対日輸出高は149億ウォン(約1585万ドル)、輸出総額の7.2%を占めた。輸入額は321億ウォン(約3415万ドル)、輸入総額の16.1%を占めた。

 一方、韓国の対外貿易における中国の地位は引き続き向上している。同時期の対中輸出の輸出総額に占める割合は2000年の10.7%から21.5%に上昇、中国からの輸入の輸入総額に占める割合も2000年の8%から17.6%に上昇した。

 韓国政府の担当者は、「我が国の貿易パートナー多様化への努力の結果、米国や日本に対する貿易依存度が下がり、中国が韓国最大の貿易相手国となった」とコメントしている。
--------引用以上--------

  ここ7年間で輸出、輸入ともに10%以上中国のシェアが上がっています。そして、いつの間にか最大の貿易相手国です。

  日本だって輸入相手国1位は中国だ、と言いたい人もいるかもしれませんが、輸出相手国としては2位であり、1位のアメリカとはかなりの開きがあります(これもこれで問題が大きいのだが・・・)。しかも、貿易依存率2割の中の話です。貿易に7割を頼っている韓国の方が、深刻さでは遙かに上でしょう。
  さらに「ヤバさ」を感じさせるニュースがあります。

[経済]韓国の不動産開発業者、江蘇省に'韓国新都市'建設
http://www.searchnavi.com/~hp/chosenzoku/news4/070717-2.htm
--------以下引用--------
江蘇省に 5万名が生活できる面積 60万平米の'韓国新都市'が建設される見込みだ。

江蘇省大豊市政府大豊港経済区管理委員会と大豊コリアナ都市開発有限公司は、江蘇省の海岸の中心部に位置している大豊市に'韓国新都市'を開発していると明らかにした。

大豊コリアナ都市開発は '韓国新都市'を大きく、住居地と商業地の 2区域に分け、韓国人の生活文化の特性を最大限反映して、周辺の自然環境を最大に活用した親環境的な生態都市を建設する計画だ。

住いには数千世帯が入居できる韓国型アパート団地が建設される予定で、周辺には国際学校、宗教及び文化施設、病院などの公共施設も併せて建設される。 商業地には一般商業地域、ホテルと外国人専用クラブ、宿泊及び貿易センターと余暇及び運動施設が密集しているスポーツレジャータウンなどに分けられて工事が進められている。

大豊コリアナ都市開発は '韓国新都市' 近隣地域に 400~600余りの企業が入ることができる '韓国工業園'も開発している。 ここには電気及び電子、機械及び自動車部品、紡織、衣類、繊維、玩具、アクセサリー及び工芸品、食品加工などの企業を誘致する計画だ。

大豊コリアナ都市開発は、韓国新都市と韓国工業園の開発には多様な企業の参加が必要で、各分野で水準の高い技術とノウハウを持っている企業との協力を模索していると明らかにした。

大豊港は中国東部沿岸海域の中で 10万トンの大型船舶が出入りできる江蘇省最大の国際港として、今年の 9月 20日に開港する予定だ。
--------引用以上--------


中国居住の韓国人 70万名に
http://www.searchnavi.com/~hp/chosenzoku/news4/070511-6.htm
--------以下引用--------
中国の改革開放と 1998年韓国の IMF危機をきっかけに、中国に群がって来始めた韓国人が、現在 70万人にのぼるものと集計された。

韓国人は当初、東北3省と山東省を中心に生活の基盤を求めていたが、現在は中国全域に分布し、新彊ウルムチにまで韓国人社会が形成されている。

中国 30の省、直轄市、自治区に散らばって暮している韓国人 70万人余りは、韓国の一つの中小都市の人口にあたる規模で、在中国韓国人会は “現在、中国に居住している外国人の中で韓国人の数が最も多く、韓国人は毎年 6万~7万人ずつ増加している”とし “来年 8月の北京オリンピックをきっかけに、中国に進出する韓国人はさらに増加して約 100万人に至るものと予想される”と伝えた。

(中略)

1991年、黒龍江省韓国留学生1号としてハルピンの土を踏んだ金ジェユン(39歳)さんは、黒龍江中医学大学で中国医学の学士、修士、博士の学位を取得し、去年、中国の医師資格証試験に合格、現在、ハルピンに病院を設立している。 金ジェユンさんは中国で自分の最も貴重な青春時代を過ごしたといい、むしろ今は韓国の生活に適応する自信がないと言いながら、新朝鮮族として暮したいとその意志を明らかにしている。
--------引用以上--------

  ちなみに、我が国の中国在留邦人の数は7,7万人程度です。日本の人口(1.28億人)及び韓国のそれ(4860万人)を考えると、中国在留韓国人の多さが際だっていることがよくわかります。
  しかも、さらに租界のようなものを作ろうとしているわけです。それも、5万人なんていうアホみたいな規模で。
  この人たちは、日本が漢口や天津に租界を作ることによって、中国との戦争に巻き込まれた歴史を知らないのでしょう。まあ、日本の財界人や政治家すらわかっていないのですから、韓国人が日本の「敗因」を分かっていないのを責めるのは酷かもしれません。

  そうなると、開き直る人(韓国人)もいるかもしれません。

  相互依存が進むと何が悪いんだ!自国の製品を中国で売り、安いものを中国から買う、うまいこと分業ができていて、経済的には正解じゃないか!

  そういう現実が見えていない人に、冷や水を浴びせてあげましょう。

中国企業に買収された韓国企業、技術奪われ経営難続
http://www.chosunonline.com/article/20060922000031
--------以下引用--------

 中国に買収された韓国企業が危機を迎えている。

 中国企業が、投資や経営正常化に力を注ぐよりも、韓国企業の所有している先端技術を盗み取ることだけに関心を注いでいるケースが多くなっているためだ。

 現在中国に買収された韓国の代表的な企業としては、ハイニックス半導体のTFT-LCD(液晶表示装置)部門、双竜(サンヨン)自動車、アクトズソフトなどがある。

 このうち、BOE HYDIS(ハイニックスのTFT-LCD部門)は買収から3年7カ月過ぎた今月8日、資金難を理由に法廷管理(日本の会社更生法に当たる)を申請した。

 当時、中国側は同社を買収するに当たり、外部からの借り入れなどの方法で資金調達を行ったため、売却代金(3億8000万ドル=444億6000万円)のわずか40%しか支払っていない。

 その後、BOEグループは韓国内よりも中国内での設備投資に集中した。2003年には韓国内より1世代早い第5世代のLCDラインを中国に建設、その後はHYDISの中核人材約130人を引き抜いていった。所属も中国の会社に変更した。

 中核人材を奪われたHYDISの国内研究開発は事実上不可能となった。2003年に営業利益984億ウォン(約123億円)を記録したHYDISは、それ以来3年連続で赤字を計上し、2006年上半期には営業損失だけで1092億ウォン(約136億円)を出した。負債の割合は2万%を突破した。

 にもかかわらず、BOEグループ側は先月、「3,000件余りの特許など、HYDISの核心技術に対する権利をすべて差し出せば、追加で資金を支援する」と要求してきている。会社全体を明け渡せといった要求だ。これを拒否したところ、BOEグループ側はHYDISの法廷管理を申請した。

 2005年に中国の上海汽車工業総公司(SAIC)に売却された双竜自も似たような境遇に立たされている。SAICは買収と同時に韓国の研究員たちを中国に呼び寄せた。

 双竜自労組の関係者は「SAICは韓国向け投資を一切行っていないと言っても過言ではない」とし、「最近会社側が検討している技術協力計画“L-プロジェクト”も、結局は中国への現地化を図ろうとする動きと見られ、技術流出と部品産業への打撃が懸念される」と話している。

 2004年まで黒字を計上していた双竜自は、2005年に1033億ウォン(約129億円)、2006年上半期には176億ウォン(約22億円)の当期純損失を記録している。

 最近では、会社側が協約を破り、一方的に約500人を解雇する方針を明らかにし、労使間に激しい争いが起こっている。

 アクトズソフトの場合は、韓国オンラインゲーム業者にまで中国資本の手が伸びたケースといえる。2004年に買収された同社も、2006年上半期には10億ウォン(約1.2億円)の赤字に転じたほか、輸出も昨年より20%以上低下している。
--------引用以上--------

  これが自称先進国(笑)の現実だということです。こういう例は、これからどんどん増えていくでしょう。

  貿易依存率の急激な高まりを見ても分かるように、韓国は中国に対する警戒心が無さ過ぎるのです。しかも、例の中国が貿易相手国1位になったニュースの中にあったように、政府高官からして、

>我が国の貿易パートナー多様化への努力の結果、
>米国や日本に対する貿易依存度が下がり、中国が
>韓国最大の貿易相手国となった


  などと「自慢」しているのです。救いようがありません。

  日本にも中国の利益をあからさまに図ろうとする「媚中政治家」(代表例は、●次の首相が「内定」しているあの男)がいますが、韓国にもそういう存在がいるのかもしれません。

  以前から私は、「中国と(北)朝鮮は冷戦状態にある」ということを繰り返し述べています。
  まず、中国が「東北工程」という歴史見直しプロジェクトを推進しており、ついに●高麗王朝まで中国の王朝であると認定したことから、いつか朝鮮を併合する気満々だという現状があります。
  他方、この動きに対抗して核開発を進め、ついに核保有に踏み切ったのが北朝鮮です。これは中国の牽制にもなるので、六カ国協議という形でアメリカやロシアが後押しをしています。日本はそのために金を出せと要求されているところです(今のところ拉致問題を楯に粘ってはいるが、●拉致被害者を「遺族」だと認識している人間が首相になれば日本の抵抗が決壊するの可能性が高い)。

  こういう状況で、中国が北朝鮮の背後に当たる韓国を狙っていないはずがありません。

  しかし、韓国には曲がりなりにも在韓米軍(名目は対北朝鮮の国連軍)3万人がいますから、直接攻撃はできません。それに、間に北朝鮮があるため、陸続きで侵略することもできません。
  そこで、相互依存の強化により間接侵略するアプローチを採ったとしても何の不思議もないということです。仮に、中国から強引な要求をされたとしても、これだけ相互依存が進み、しかも70万人(これからもっと増える)の人質まで取られているのでは、突っぱねることなどできないでしょう。
  その侵略の第一歩が、中国ファンドによる韓国企業乗っ取りだと考えることができます。今後、こういう動きはもっと加速するでしょう。業績が悪化している世界的メーカー(たとえばサムスン電子)などが中国に狙われるかも知れません。そうなっても、韓国の政治家たちが防衛策を取れるのかどうか・・・。
  つい見落としがちな「中韓関係」ですが、何かあると日本にも火の粉が飛んでくる可能性が高い関係ですので、注意して見守らなくてはいけません。

  さらに重要なのは、我々は韓国の例を「他山の石」とする必要があると言うことです。
  上の中国系ファンドによる韓国企業乗っ取りの記事の中には、こんなくだりがあります。

>中国企業が、投資や経営正常化に力を注ぐよりも、
>韓国企業の所有している先端技術を盗み取ることだけに
>関心を注いでいるケースが多くなっている


  具体的に見ると、

>HYDISの中核人材約130人を引き抜いていった。
>所属も中国の会社に変更した。


>BOEグループ側は先月、「3,000件余りの特許など、
>HYDISの核心技術に対する権利をすべて差し出せば、
>追加で資金を支援する」と要求してきている。


>会社側が協約を破り、一方的に約500人を
>解雇する方針を明らかにし


  「中国企業ってひでえなぁ」とか思った人は、はっきり言って考えが甘いです。買収ファンドなどというものは、みんなこの程度のことしか考えていないハイエナのような連中なのです。経済と政治を別物だと考えてはいけません。経済が、政治目的を達成する手段として使われることも多いのです。

  上の韓国企業が、もし日本の企業だと思ったら、ぞっとしませんか?

  こういう経済侵略につながるファンドの攻勢や、それを幇助するような政府・自民党のうちだす政策に対して沈黙を守るようなブログが「愛国」「憂国」「保守」を名乗れるという感覚が信じられません。民主党や中国朝鮮だけを叩いていれば、安倍内閣を擁護していれば国を守れるなどと勘違いしているなら、今すぐその態度を変えるべきです。
  要するに、日本人には韓国の危機を「朝鮮人はアホだ」などと笑っているゆとりなどないということです。

  相互依存の度合いを引き下げ、貿易依存体質を改善し、技術や財産の強奪をする買収ファンドへの警戒レベルを上げること。これが、日本の国民生活を守るための手段です。みなさんも是非覚えておいてください。
 
  なお、近日朝鮮の生存戦略について述べた記事を上梓します。ご期待下さい。

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2007.09.20(Thu)

真の改革とは~今こそ、上杉鷹山に学ぶ(米沢その2) 

だいぶ間が開いてしまいましたが、今月初めに米沢を回った時の話です(前回の記事は●こちらです)。

  9月3日のことですが、この日は夕方の列車で新潟に向かうことになっていたので、日暮れまで目一杯米沢の町を回ることにしました。
  もともと私が米沢を訪れたのは、18世紀後半に米沢藩主であった上杉鷹山(うえすぎようざん)という人物に興味があったためです。
  上杉、といえば、誰でも思いつくのが「上杉謙信」ですが、江戸時代に米沢を治めていたのは彼の子孫に当たる人物です。正確には、謙信の養子である初代藩主・景勝の代に越後から会津、さらに米沢という風に転封してきました。
  その上杉謙信が祀られているのが、ここ「上杉神社」です。かつての米沢城の敷地内にあります。
上杉神社

  なかなかのたたずまいですね。この一帯は、「伝国の杜」といわれていて、上杉家にちなんだ建物や施設がいろいろあります。


上杉神社の鯉

  旧米沢城の堀です。鯉は、江戸時代から米沢の名産品です。


松の岬神社

  こちらは「松の岬神社」です。初代藩主景勝や、11代藩主上杉鷹山、さらには鷹山の時代に藩政改革に貢献した米沢藩の家老などが祀られています。


上杉鷹山公像

  こちらが、私が目当てにしていた上杉鷹山公です。上杉謙信は知っていても、この人のことは知らないという方も多いと思いますので、簡単に紹介しておきましょう。
  上杉鷹山(上杉治憲)はもともと米沢生まれの人物ではありません。先代藩主に男の子がいなかったため、宮崎県の高鍋藩から養子としてもらわれてきた人物です。
  教科書的な話では、当時大変な財政難だった米沢藩の家督を継ぐと、数々の藩政改革を進め、見事に財政を立て直し、天明の飢饉という苦難も餓死者ゼロで乗り切ることができた、そんな業績を上げた人物です。
  アメリカのジョン・F=ケネディ大統領が、ある記者会見で、「私が尊敬する日本人はヨーザン・ウエスギだ」と発言したら、肝心の日本人記者が「ウエスギヨーザンて誰だ?」と、顔を見合わせたというエピソードが残されています。
  日本のマスコミが何も勉強していないのは今に限ったことではないのでしょうが、ケネディ大統領はどうやら内村鑑三の書いた『代表的日本人』(西郷隆盛や二宮尊徳など五人の人物が紹介された英語の本)という著書で鷹山のことを知ったらしいです。

  こういう話をすると、すぐ「現代にも通じる改革精神」だとか、「鷹山に学ぶ経営の神髄」とかいう話が始まってしまいそうですが、私自身世間の第一線で働いていらっしゃるビジネスマンの方々にえらそうなことをいえる人間ではありません。このブログは社会科学的な色を打ち出してもいることですし、今回は上杉鷹山が米沢で成し遂げた「改革」の本質は何か、最近少々旗色が悪くなってきた「カイカク」と比べて論じてみたいと思います。
  以下では、幾分揶揄めいてはいるのですが、平成年代に入ってから日本の政治でさかんに用いられるようになった行財政改革のことを「カイカク」と表記します。

  まず、鷹山が優れていると思われる点は以下の通りです。

(1)パフォーマンスがうまい
(2)到達点がわかりやすい
(3)ソフトを重視する
(4)先を見て手を打つ
(5)急激な変革を避ける
(6)地域経済の自立を志向

  それぞれ、詳しく見てきます。

(1)パフォーマンスがうまい

  鷹山は、江戸の藩邸から米沢に入るとき、慣例を破って馬に乗ったまま米沢に入ったことで知られています。そして、領内を回るときは頻繁に馬から下りて、農民たちと同じ目の高さで会話をしたといいます。
  また、「籍田の礼」といわれる行事も行いました。米沢藩が新しく新田開発を行おうというとき、はじめの鍬入れを自ら行い、豊作を祈るというイベントを催したのです。
  他にも、藩内の産業を育成することになったとき、養蚕のための桑を自分の屋敷の庭に植えて、こういうことをしろと範を垂れたことや、藩の学校の成績優秀者を自ら表彰したり、詩を広く農民からも公募してみたり、いろいろ面白いことをやっています。
  なんだ、そうやって「有権者」の目を意識したパフォーマンスなら、●あの人●この人もやっているじゃないか、と思いますね。
  確かに、パフォーマンスなら彼らもやっています。特に、前者の人物のパフォーマンスは、善し悪しは別にして、引き込まれてしまうものがあります(後者は、前者を真似しようとずいぶん無理をしているようだが・・・)。
  しかし、鷹山が行ったパフォーマンスと、上のカイカク大好き人間の二人とは決定的に違うことが一点だけあります。それは、鷹山のパフォーマンスは、全て「率先垂範」の現れだったということです。
  すなわち、鷹山のパフォーマンスは自分の意図することを配下の者や農民にPRするだけではなく、そうやって仕事に関わる人間たちのやる気を出させることに主眼があったのです。何かやってもらいたいことがあるとき、まずリーダーが見本を見せて、俺は本気だから、おまえらもがんばれというメッセージを投げかけるのですが、それをお為ごかしではなく、本気で取り組んでいたことが、鷹山に関する記録を読むとわかってきます。
  これに対して、小泉さんや安倍さんのパフォーマンスというのは、単なる「芸人の一発芸」なのです。つまり、他人を面白がらせて印象に残るようにすることが目的であって、他人を動かそうという意図はありません。特に、安倍さんは支持率というものを意識していることが伝わってくるエピソードが多かったです(たとえば、●多摩川でのゴミ拾い●殉職警官の弔問)。
  彼らにとっては、国民というのはパフォーマンスの観覧者に過ぎないのです。俺たちがやってやるから、黙って投票しろということです。だから、小泉さんのやっていることが「劇場型政治」なんていわれたりします。確かにみているとハラハラドキドキはするのでしょうが、だから国民が何をするかといえば、黙ってそれを見ているうだけです。
  彼らのカイカクがどういう成果を出したかどうかは別にして、こういう姿勢では人を前向きにさせるのは難しいでしょう。
  要するに、鷹山のパフォーマンスは、参画意識を高揚するものだったということです。ただウケをねらうという性質のものだったら、人は付いてこなかったはずです。

(2)到達点がわかりやすい

  何か物事を達成しようとするとき、目標が明確でなければんならないというのは、誰にでもわかることです。しかし、それが「実現できそうかどうか」というレベルまで気が回るというのは、なかなか難しいようです。
  鷹山は米沢藩の財政を改善させるために、支出を削減するだけでなく、いかにして収入を増やすかという点について努力しました。
  そのひとつが地場産業の育成だったのですが、鷹山は漆、桑、楮(こうぞ。紙の原料)の木をそれぞれ100万本植えるという計画を立てました(●こちらのリンクを参照)。この「100万本」というところが味噌です。切りがよく、わかりやすい方が目標には適しているということを、鷹山や家老の竹俣当綱(たけのまたまさつな)たちにはわかっていたのです。
  しかも、鷹山はこれを3年でやろうと言い出したのです。期限を切るというのは大変重要で、「そのうち」できればいいと思っていると、いつまで経ってもできないものです。残念ながら3年で100万本というのは達成できませんでしたが、ノウハウのある農民を役人に取り立てるなど様々な改善を施し、言い出してから8年で100万本を達成しました。
  ちなみに、この政策を実施するときも、鷹山は率先して自分の屋敷の庭に桑の木を植えたそうです。人に言うならまず自分から・・・徹底していたんですね。

(3)ソフトを重視する

  端的に表れているのは、教育の重視です。

  鷹山は米沢に「興譲館」という学校を設立しました(今でも●米沢興譲館高校として残っている)。しかも、まだ財政があまり芳しくなかった時期にです。もともと存在していた藩校をリバイバルしたもので、当初江戸で鷹山を教えた学者の細井細州が関わり、それを藩の人々が肉付けしていきました。その教育内容も実学が中心であり、当時の学校には珍しく、カリキュラムの改訂を頻繁に行っていたようです。
  のちに、農政改革を本格的に行う段階になって、「郷村出役」という農法を指南する役人をたくさん任用しなければならなかったのですが、その時に興譲館の卒業生たちを使うことができました。こういう言い方は嫌なのですが、先行投資が生きたというわけです。そして、投資というのは、物として具体的に残るものだけではないということです。
  なお、米沢の教育の礎を築いた細井細州は、鷹山を祀った松の岬神社に合祀されています。米沢藩がいかに教育を重視していたかの現れではないでしょうか。
  また、今までにない工夫をし、それに対してマニュアルを作っておくという点も重要です。米沢藩は農法に対する建議(提案)を様々な層から集め、それをノウハウとして集積していました。そして、それを領内に伝えるのが郷村出役だったわけです。
  さらに、莅戸善政(のぞきよしまさ)が中心となって藩医の研究チームを作り、本草家(薬の研究家)である佐藤成裕の助言ももらい、『かてもの』という書物を作らせました。これは、食用になる野草やキノコの見分け方、さらにはその調理法、保存法を書いたマニュアルでした。目的はもちろん飢饉対策です。天明の飢饉の反省としてこれを作らせた鷹山は、これを無償で領内各戸に配布させました。おかげで、米沢藩は19世紀の天保の飢饉で被害をほとんど出さなかったと言います。
  鷹山と同じ時代を生きた松平定信(寛政の改革の実施者)は、飢饉に備えて米を備蓄させるという選択をしました。ハードで対処するという選択しかできなかったわけです。あえて米以外にも目をつけるというのが、鷹山の優れているところです。    

(4)先を見て手を打つ

  上に挙げた興譲館や『かてもの』にしても、鷹山は今現在の問題の対処にとらわれず、先のことを考えて準備をしておくということを怠りませんでした。
  それだけでなく、今現在うまくいっていることでも、その先を見て手を打つことができたのが鷹山です。
  たとえば、養蚕が軌道に乗ってきたとき、家臣のアドバイスで「繊維原料を作っても織物を作るのに比べたら利益が小さい」ということを知り、それならば織物を作ろうと、機(はた)を購入し、「小千谷ちぢみ」で知られる新潟の小千谷から職人を招いて早速手をつけました。当時は青苧(からむし)を用いた麻織物が中心でしたが、やがて絹織物に変化を遂げ、後の世の「米沢織」につながりました。
  これを下地に、明治時代に力織機の導入した近代的繊維工業が米沢で発展することになります。富岡製糸場が利根川流域の養蚕業や織物業(たとえば「伊勢崎つむぎ」)を背景に発展したように、米沢で繊維業が盛んになったのも、鷹山の時代に始まった織物工業があったからこそなのです。

(5)急激な変革をしない

  鷹山は役人の腐敗を防ぐために、領内各所に配置した藩の代官の世襲を禁じたいと考えていました。
  しかし、鷹山はいきなり世襲を禁止したりせずに、まずは副代官の役職を設け、そこから代官職に就くことができる人材を選んでいくという方法を取りました。これは、私も非常にうまいやり方だと思います。
  また、自分に逆らう家老たちも、いきなり粛正に及んだりせず、鷹山の方針を理解してくれる人間が増えてくるまで辛抱強く待ち、明らかな反逆行為に出た七人の家老だけを処分しました(いわゆる「七家騒動」)。その際も、藩士を一堂に集め、七人の直訴状が本当かどうかを問うてから切腹を命じたものであり、非常に慎重な手続きを行ったのです。
  私たち現代人の感覚では、腐敗の原因になっている人事など、さっさと粛正してしまえばいいという感じがします。昨今の「カイカク」論者、特に公務員カイカクをやかましく唱えている人々からは、もろにそういう雰囲気が伝わってきます(そういう人間が、安倍晋三が二世議員で、小泉に至っては三世議員だということを指摘しないのは何なんだろうと思うが)。
  確かに、癒着人事といっても、それに基づいて形成されている利害関係があったり、それによって支えられている生活があったりするのです。つまり、癒着や腐敗にもそれなりの存在意義ができてしまっているのです。それをいきなりどかそうと思うと、どうしても血で血を洗う抗争になってしまい、改革しようという側とされる側がどちらも大きなダメージを受けます。何より、関係のない庶民が巻き込まれてしまって被害を受けます。
  しかし、鷹山がやったようなアプローチなら、そういう弊害は極めて小さいものにとどめることができます。変化に対応するためには、時間が必要だからです。政治改革というのは、長いスパンで行うべきなのです。

(6)地域経済の自立を志向

  鷹山のブレーンだった莅戸善政は、「樹畜建議」という一連の提案を行ったことで知られています。これは、米沢藩の経済を自立的に運営していくための方針だったと言われています。
  たとえば、上に紹介したような『かてもの』はその成果です。さらに、●成島焼も、この樹畜建議の成果です。食料のみならず、生活必需品についても藩内で持久しようという狙いです。リンク先を見てもらえばわかりますが、成島焼は非常にデザインが質素で、普段使いの食器として作られたことが明らかです。
  この、地域経済の自立性という観点を、政治の現場に携わる人々に思い出してもらいたいです。相互依存というのは平時にはあまり問題が顕在化しませんが、その地域の財政が破綻してしまった場合や、飢饉のような極限状況では非常に問題があります。食料を外部から購入しようとしても、周辺地域、あるいは全国的に食料の需要が高まっているので、調達が困難になってしまうのです。
  上杉鷹山が現代に生きていたら、きっと●自然主義経済に対して並々ならぬ興味を示したことでしょう。

  私の抜粋ではありますが、上杉鷹山の「改革」をご覧になって、どんな感想をお持ちでしょうか。昨今言われている「カイカク」というものとは、完全に違う政治のやり方だということに気づいていただけたでしょうか。

  鷹山の藩政改革を貫いていた精神は、「徹底的に領民を食わせる」ということに尽きるのだと思います。

  武士という支配階級が生きる糧は、領民の納める税しかありません。そうであれば、武士は領民を可能な限り豊かにし、その不幸を減らすために働くべきなのです。領民が豊かになれば、自分の地位も安定するし、それだけ自分に返ってくるものも増えます。
  つまり、領民の豊かさは自分の豊かさでもあるのです。そうだとすれば、 領民がどうしたら豊かになるかを第一に考えるべきだ・・・そういう発想が鷹山にはあったのだという気がします。

  鷹山が、米沢藩の家督を継ぐにあたって、決意を詠んだ歌があります。

「受けつぎて国の司(つかさ)の身となれば忘るまじきは民の父母」

  つまり、自分は領民の親のようなものなのだ・・・ということです。
  どうも今の政治家、特に「カイカク」を旗印に掲げる人々というのは、やれ郵便局員だの社会保険庁職員だの左翼だの、国民の中に敵を作ってそれを攻撃するという発想にとらわれすぎているような気がします。いつの間にか特定グループへの攻撃が目的になってしまっていて、国民を食わせるということを忘れてしまっている人たちも多いです。
  政治家は、国民というものを無条件に愛し、その庇護をはかるものだという発想をしてほしいものです。かつての利権政治家というのは、自分の選挙区の人たちだけに限定してはいましたが、その利益を守ろうという発想がありました。残念ながら、彼らはそれを全国民に広げるという発想ができませんでした。だからこそ、「カイカク」を唱える勢力に隙を与え、その攻撃を受けて衰退していったのでしょう。
  その「カイカク」勢力が国民をきちんと食わせているのかどうかは、まあこの前の参議院選挙の結果に表れたのではないでしょうか。メディアにそっぽを向かれると勝てないのが「カイカク」一派なのです。

  さらに、鷹山は35歳で家督を譲るという時、息子に「伝国の辞」と言われる訓戒を与えました。鷹山が、統治者という役割をどう考えていたかよくわかるので、引用しておきます。

一、国家は先祖より子孫へ伝え候国家にして我私すべき物にはこれなく候
一、人民は国家に属したる人民にして我私すべき物にはこれなく候
一、国家人民のために立たる君にし君のために立たる国家人民にはこれなく候

  これをとらえて、国民主権的な発想を先取りしていたと考えるとしたら、あまりよろしくないと思います。
  私は鷹山は、決して江戸時代では例外的な人物ではなかったと考えています。なぜなら、近代以前の支配関係というのは、人民の幸不幸が支配者の利益に直結していた面があるからです。領民の方も、粗末に扱われれば、一揆という形で徒党を組んで領主に直訴し、領主の側もそれに対して妥協せざるを得なかったという実情があります。そして、その態様も、決して暴力的なものではありませんでした。
  この点、非常に参考になるリンクがあります。

江戸時代の飢饉と百姓一揆を見直す
http://www2.ttcn.ne.jp/~kazumatsu/sub229.htm#5

  こちらを見ると、被支配者である百姓と、支配層である武士たちとの間に、信頼関係が成り立っていたことが伺えます。
  鷹山は、このような時代にあって、優秀な指導者であったことは確かです。しかし、それが「農民を虐げているのが一般的である江戸時代の殿様」の中で特別な存在だったというとらえ方は間違っています。
  むしろ、鷹山の行った改革は、伝統的な日本社会の中で指導者が取るべきだとされていた模範的な行動、すなわち「領民をかわいがる」ことの現れなのではないかと思うのです。
  その根本にあるのは、支配者と被支配者が共存共栄の関係にあるという考えです。バブル経済前の日本の企業も、おそらくそのような精神に基づいて運営されてきたはずです。従業員は会社の子供のような存在であり、一生面倒を見るべきだ・・・そんな認識が当たり前だった時代があり、それはそのまま日本が高度成長を実現した時期でした。
  それが、どうも80年代後半あたりから崩れてきて、今や会社と従業員との間の相互信頼は崩壊寸前です。会社は従業員の生活や労働環境をかえりみず、外資系の株主やバランスシートの奴隷になっているという感じすらします。
  それでもなお、日本の企業文化が成り立っているのは、鷹山が体現したような、支配者と被支配者の間の信頼関係がいまだに滅んでいないことを示しています。

  ●以前の記事で述べたように、頭のいい人ほど日本嫌いになってしまう傾向は、ここ最近さらに強まっている気がします。日本の最高学府だと言われている東京大学の優秀な学生の就職先として、「国家公務員」ではなく、「外資系コンサルタント会社」や「外国の法律事務所」が多くなってきているという話があります。明治維新が残した「森有礼の呪い」とも言うべき欧米文化へのコンプレックスは、バブル崩壊以降ますます強まっているといえます。
  そういう時代だからこそ、鷹山のような指導者がいたことをきちんと知っておくのは、我々にとって意味があると思うのです。我々が本当に(自分自身に対して)誇ることができるのは、ロシアに勝ったことでも、朝鮮を近代化させたことでもありません。支配する側とされる側が共存共栄の関係を築いてきた我が国の長い歴史なのです。

  今後も、このような埋もれた歴史を掘り返していくような記事を書ければと思っています。

  どうやら、2009年の大河ドラマの主人公として、上杉家に仕えた名将・直江兼続(なおえかねつぐ)が選ばれたということで、行く先々にそれを宣伝するのぼりが立っていました。
  鷹山公といい、直江兼続といい、観光の目玉になる人物に事欠かない米沢ですが、非常に心配になったことがあります。この写真です。
米沢駅前の元コンビニ

  コンビニだった建物でしょう。テナント募集中の看板すら出ていません。これが、米沢駅から歩いて30秒のところ、駅前中の駅前だと言ったら驚く人が(特に東京の方では)いるのではないでしょうか。 
  どうやら、米沢もモータリゼーションの例外ではないらしく、店が出ているのは幹線道路沿いばかりでした。人が集まるべき駅前は、この空き家が表すように閑散としているのです。
  幹線道路沿いの店は、東京や仙台の大資本ばかりで、ここでいくら利益が上がっても、地域の経済にはほとんど貢献しません。地元民が使ったお金が大資本の本社がある都会へ流れてしまい、地域の中で循環しないからです。
  やはり、地方の再生は自然主義経済しかないと、改めて認識した次第です。

  おまけに、米沢市内で見た光景を一つ。
遠藤武彦事務所

  はい、そうです。なんだかよくわからないうちに農林水産大臣をおやめになった遠藤武彦衆院議員の事務所です。写真にあるようなキャッチフレーズを抱えて、オーストラリアとのEPAを推進するのは確かに無理でしょうね。やめて正解だったのかもしれません。
  彼に限らず、本当に地方のこと(や、もしかしたら将来の自分の地位)を思うのだったら、カイカクという麻薬で頭がラリっている自民党から離脱した方がいいのではないでしょうか。次の総裁選は、その一つの分水嶺になる気がします。

  さて、この日の夕方、東京へ向かう夜行列車に乗るために、新潟へ向かう米坂線に乗りました。
米坂線(米沢駅)

  快速「べにばな」です。なかなか趣があります。

  途中の駅で地元の高校生がたくさん乗り降りしていました。途中でどんどん降りていなくなるだろうと思っていたら、なかなか降りません。新潟県境が目の前の小国駅まで、かなりの人数が乗っていました。
  彼らが小国で出て行った後、時刻表を引いてみました。米沢方面の学校に通うとしたら、朝何時くらいに出るのだろうと確かめたかったのです。

  そうすると、通学に適した米沢行きの列車は、なんと「6:06発」しかありません。

  新潟県境の山がちな地形ですから、さぞかし冬は雪深いでしょう。そんな場所から、朝の6時に出る電車に乗って学校に通っている若者があれだけたくさんいる。
  そういう日常が、山形の外れで営まれているのだと思うと、何か感慨深いものを覚えました。

  東京にお住まいのみなさんも、ぜひ休日には地方の空気を味わいに出かけてみてはいかがでしょうか。自分のいる場所が日本の全てだと思いこんでしまわないためにも・・・。

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2007.09.20(Thu)

【要注意】日経読んで、たのしく洗脳!! 

  勧誘員に後ろから刺されそうなタイトル(笑)ですが、まあ、軽い話ですのでお付き合い下さい。

「転職で収入増」最高の35.3%・4―6月、中堅層にも波及
http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/jinji/index.cfm?i=2007091707134b4
--------以下引用--------
 雇用情勢の改善を受け、転職者の賃金上昇が鮮明となってきた。総務省の労働力調査によると、今年4―6月期に転職し、前職より収入が増えた人は124万人と前年同期比で5万人増えた。転職者全体に占める比率は35.3%と過去最高を更新した。企業の人手不足が広がり労働需給が引き締まる中、賃金上昇の動きが若年層から中堅層にも波及してきた。転職市場が拡大し、平均賃金の押し上げ要因になる可能性もある。

 総務省が集計を始めた2002年以降、転職者のうち「前職より収入が減った人」の割合は常に「収入が増えた人」の割合を上回ってきた。4―6月期の収入が減った人の割合は36.5%と収入が増えた人の割合をわずかに上回ったが、差はかなり縮まってきた。
--------引用以上--------

  この記事は、昨日の●日本経済新聞の第一面に出ていた、トップの記事です。
  こういうマスコミ記事を読むときに限らず、メディアから発信される情報を読む際に頭に置いておくとよいことがあります。それは、

(1)事実と解釈を分ける
(2)論理の飛躍がないかどうかチェックする
(3)「どう思うか」より「どう思わせたいか」を考える


  この三点です。上記の日経の記事を、この視点で見てみましょう。

  まず(1)ですが、上の記事で「事実」と言えるのは、

>総務省の労働力調査によると、今年4―6月期に転職し、
>前職より収入が増えた人は124万人と前年同期比で5万人増えた。
>転職者全体に占める比率は35.3%と過去最高を更新した。

  という部分と、

>総務省が集計を始めた2002年以降、転職者のうち
>「前職より収入が減った人」の割合は常に
>「収入が増えた人」の割合を上回ってきた。
>4―6月期の収入が減った人の割合は36.5%と
>収入が増えた人の割合をわずかに上回った

  という部分だけです。残りの部分は、記事を書いた人間の解釈です。ここをごちゃ混ぜにしてはいけません。
  解釈というのは、(3)の「どう思わせたいか」という点と密接に関連があります。後でまた触れることにしましょう。

  次に(2)の論理の飛躍ですが、これは実際のところかなり多くのメディアで見られる点です。
  論理と言っても、難しいものではありません。基本になっているのは、「三段論法」以外にはないからです。「A=B」で「B=C」なら、「A=C」であるというやつで、例を挙げると以下のようになります。

(大前提)自民党やアメリカを批判する人間は左翼である
(小前提)「日々是勉強」は、自民党とアメリカを批判している
(結論)「日々是勉強」は、左翼の書いているブログである

  という感じでしょうか。(笑)

  大体のところ、「大前提」に公式のようなものが置かれていて、「小前提」はそれに当てはまる事実の摘示があるというのが普通です。
  こういう論理を検証したい場合には、まず「大前提」の部分をきちんとチェックすると良いです。例えば、「自民党やアメリカを批判する人間」が「左翼」であると言えるためには、それについて十分な説明がなくてはいけません。
  本当にそういう大前提が成立しているかどうかは・・・まあ、みなさんの考えに委ねるとしましょう。

  では、今回の日経の記事では、どんな三段論法が成立しているでしょうか。おそらく、

(大前提)賃金が増加したという転職者が増えたことは、雇用条件が
      改善したことを表している   
(小前提)総務省の調査では、転職して給料の上がった人が増えている
(結論)雇用条件は改善してきた

  という論理で記事は書かれています。

  こうやって見てみると、「賃金が増加したという転職者の増加=雇用情勢の改善」という大前提が何かおかしいことに気づかないでしょうか。
  この論理が成立するためには、最低限「転職者の賃金と雇用情勢の間には明確な相関関係がある」ということが、前提条件として成立していなければなりません。
  しかし、みなさんの周囲の勤労者の方々を見てみれば、転職した人間がそれほど多くないことはすぐ気づくはずです。そういう人たちの賃金動向と、勤労者全体の雇用一般が、リンクしていると言っていいのでしょうか。
  もちろん、景気がよくなってきたということを「示す一資料にはなりうる」と言うことは問題がありません。しかし、この記事は「雇用情勢の改善を受けて」と、断定していますから、やはりおかしいわけです。
  
  これよりもっとひどいのが、

>賃金上昇の動きが若年層から中堅層にも波及してきた。

  という部分です。

  まず、「若年層」「中堅層」が、転職した人間なのかそれ以外の全ての勤労者なのかがハッキリしません。賃金上昇という部分に何の限定もついていないことからして、おそらく勤労者全体の中の若年層・中堅層ということなのでしょう。
  しかし、そうなると今度は、三段論法の最初に「賃金がアップした転職組の増大は、賃金上昇の動きが拡大していることを示す」という大前提が置かれていることになります。しつこいですが、転職する人たちというのはそんなにたくさんいないわけです。その人たちの給料の上がり下がりをもって、全体の賃金が上昇しているなどということは相当無理があるということは、少し考えれば分かるはずです。
  こういう部分は、単なるヨタ話として受け取っておくべきで、事実を総合して得られた確実な結論なんかではありません。

  では、(3)の「どう思わせたいか」という点です。

  要するに、日経新聞の記者、もしくはそれを書かせている日経新聞社が、読者に何を思わせたいかという点を考えてみようということです。
  新聞報道というのは、事実を取り上げて紹介しているだけだと思いがちですが、上の例を見ただけでも、相当に書き手の解釈が入り込んでいて、しかもその論理が強引(大前提の欠如)である場合があるということはお分かり頂けると思います。これは、書き手がアホだからというよりは、何か予め意図があって、それに都合がいいように事実を解釈しているからなのです。
  まあ、もっともこのブログもそうですし、論文というのはそういう感じで書かれていることが多いのは確かです。しかし、それを「世の中の大多数が信頼してよいほど確かなもの(=真実)」として受け取られてしまうとなると、かなり問題が起こってきます。

  今回の日経の記事で言えば、総括して言いたいことは、

  「雇用状況が改善して、賃金が上昇している」

  ということに尽きます。

  なぜそんなことを言いたいのかと言えば、日経新聞が大企業寄りのスタンスを取っているからです。
  日経の記事を読んでみればすぐわかりますが、だいたいの記事は上場企業の業績だとか新商品や営業戦略の話です。そうだとすると、取材対象もそういう企業になるわけで、あまり関係を悪くするわけにも行きません。
  大企業というのは、従業員の数も多く、取り引きしている企業や関連工場もたくさんありますから、彼らが給料を出し渋れば、全体の賃金も下降傾向になるのは間違いありません。賃金が下降すると購買力が下がりますから、ものが売れなくなって不況になります。
  そうなると、大企業としてはケチケチしている、もしくは従業員から搾取して投資家様(外資様)に利益配当を差し出していることをあまり知られたくないわけで、今回のような記事を日経新聞に書いてもらえると有り難いわけです。

  おいおい、それってただの宣伝じゃねえかよ、と思った方。はい、それが正解です。

  日経新聞の記事というのは、一面トップに持ってくる記事からして書き手の解釈(というより希望的観測)がほとんど、論理は飛躍だらけで、とても報道とは言えないものです。他の新聞も大なり小なりこういうところがありますが、日経が取り上げる経済関係の記事は、こういう嘘八百がかなり多いというのが実情です。
  「ビジネスマンなら日経だ」「うちの上司の振る話題についていかないと」などと思って、ラッシュの東海道線や中央線で必死に日経を読みあさっている方たち、まあ、そういう方はこのブログのようにものを斜めに見ている場所には寄りつかないのかも知れませんが、正直哀れになります。ちっぽけな虚栄心や、同調圧力に負けて、進んで大企業側の洗脳を受けているからです。

  日経に限らず、報道やジャーナリズムというのは、常にある方向からの洗脳の危険があると思いながら読んでいく姿勢が大切ですね。

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2007.09.19(Wed)

日本を破壊する「経済財政諮問会議」~EPAに見られるその本性 

  ●三輪のレッドアラート様が紹介されていた記事ですが、こちらでも少し取り上げておきます。

グローバル化改革専門調査会 第一次報告(PDF)
http://www.maff.go.jp/www/counsil/counsil_cont/keiei/nouchi_yushikisha/03/ref_data07.pdf

  出所は、「経済財政諮問会議」という、政府の諮問機関の一つです。みなさんも、この名前はよく覚えておいてください。

  内容から抜粋します。

>我が国が人口減少による成長制約を克服し、潜在成長率を
>高めるためには、より自由なヒト、モノ、カネの流れを実現し、
>グローバルな市場の活力を我が国の成長に取り込んでいく
>必要がある。そのためには、グローバル化に対応した
>国内体制の整備が不可欠である。


  前々からこのブログで指摘している「グローバリスト」という人々の主張そのままです。

  重要な概念なので、何度でも復習しましょう。グローバリストというのは、「利益を極大化するため、国内への影響を顧みることなく対外進出を行い、国家間の垣根を取り払おうとする勢力」のことです。
  その代表例は、「商社」「輸出依存企業」(たとえばソニー)「金融資本」(たとえばオリックス、外資銀行)であり、彼ら個々の企業の利益を最大化するために、我が国では様々な施策が採られています。そして、それらグローバリスト向けの施策の全てが国民生活にマイナスを及ぼすものであるという点が重要です。
  具体的な内容は後で見るとして、この冒頭の部分はグローバリストが国民を脅すときに使う典型的なレトリックが入っています。騙されないためにもここは覚えておく必要があります。

  まず、「人口減少による成長制約」ですが、これの何が悪いのか、全く説明がありません。有り体に言えば、「人が減るから儲けも減る」という素朴ですが曖昧な論理で一般人を騙そうとしているのです。「少子高齢化」なども同様の脅し文句です。
  人口が減少しているといいますが、ある日突然大勢の人がいなくなるわけではありません。それを、突然繁栄が失われるような書き方をするところがいやらしいと言えるでしょう。
  最近日本のGDPは少しずつ増大しています。企業の業績も上向いており、「成長」が形となって現れているようにも思えます。
  この流れを作り出したと言われているのが、小泉内閣の「構造改革」路線だったわけですが、これが実際のところ何をもたらしたのかは明らかです。企業側の丸儲けです。
  小泉政権下の2001年から05年までの「雇用者報酬」は8兆5163億円の減少なのに対して、「営業余剰」は、逆に10兆1509億円の増加だったというのがその端的な証左です。つまり、給料は8兆円強(国民一人当たり約67000円)減ったのに対して、企業側の儲けは10兆円強増えているのです。
  賃金に回っていないとすると、設備投資など競争力強化に振り向けられているのではないかと思いますが、「余剰」は設備投資を引いてなお残った金額です。そうだとすると、この金額のほとんどが役員報酬と株主への配当に回ったということです。
  国際競争力を高めるなどというグローバリストの謳い文句が嘘っぱちだということは、これだけでバレバレです。自由化や規制緩和をダシにして、企業が丸儲けしている構図が浮かんできます。
  このように、グローバリストは「企業の成長がなければ日本は沈没する」という脅し文句をよく使ってくるので、これが出てきたらまず嘘が始まったと見て間違いありません。人々の恐怖心にかこつけて、グローバリストにとって都合のいい仕組みを作ろうという算段です。

>戦略的、主導的な経済連携協定(EPA)交渉の加速

  EPA(経済連携協定)を結ぶと、どういう影響が出るかは以下のような例があります。

日豪FTA・EPA問題~重要品目の除外は絶対に譲れない
(国民連合ホームページより)
http://www.kokuminrengo.net/2007/200702-agri.htm
--------以下引用--------
鹿児島県は12月12日、日豪EPA交渉で、砂糖、牛肉、乳製品の3品目で関税が撤廃された場合、1727億円の影響を受けるとの試算をまとめた。県内総生産(2004年度)の3.3%に当たる。農業生産額の損失は558億円、製糖業や食肉加工業など関連産業が622億円、運輸や商業など地域経済の損失額は547億円に上る。またアメリカやカナダなどからの要求も強まることが予想され、これらの国々に対しても関税を撤廃すれば、さらに大きな影響が生じる、と指摘している。
--------引用以上--------

  人口120万足らずで経済規模の小さい鹿児島のマイナス547億円です。甚大な被害です。

>アメリカやカナダなどからの要求も強まる

  ここが重要です。現在オーストラリアとの間で進んでいる交渉というのは、いわば●「日米修好通商条約」のようなものです。この条約は、幕末に日本が結んだ不平等条約で、アメリカのみならず列強各国とも同様の条約を結ぶ羽目になりました。アメリカが良くてなぜうちはダメなのだ、と言われたら、断りようがないからです。
  おそらく、オーストラリアとのEPAを前例にして、アメリカが攻勢を仕掛けてくるのは間違いありません。自国の農産物の輸出を続けるために●日本政府に残留農薬基準値を変えるように脅迫してくる国ですから、この程度のことは何とも思っていないでしょう。
  経済財政諮問会議は、アメリカから命令を受けて、EPAに取り組んでいるのではないかとすら思えます。

>しかしながら、我が国のEPA 交渉の歩みはこれに遅れを
>とっており、このままでは世界の貿易・投資のネットワークから
>取り残されかねない。


  またもや脅迫です。これもグローバリストの得意文句です。国際的孤立という言葉を投げかけられると、歴史で教えられた大日本帝国の苦い経験や、公民の授業でしつこく刷り込まれた「国際協調主義」が敏感に反応し、パニックになってしまうのが標準的日本人です。

>EPA交渉を主導的に進めるにあたっては、農業のような、
>これまで改革が進んでいない分野における取組が不可欠である。


  「主導的に進める」という言葉の意味が不明ですし、主導的だろうと受動的だろうと、そもそも進めるメリットがどこにあるか明確でないわけです。農業の改革が進んでいないことも説明がありませんし、農業の改革を進めるとなぜEPAが有利に進むのかもわかりません。
  少なくとも、この文書のここまでを見ると「EPAが世界の潮流だから」ということしか読みとれません。こんな駄文を、公務員試験や司法試験の論文式試験、もしくは大学の「論理学」の期末試験で書いたら、点数をもらえないでしょう。論証されていない暗黙の前提が多すぎるからです。
  グローバリストがマスコミ経由で垂れ流しているメッセージというのは、所詮こんなものなのです。信じる必要は全くありません。

  ずっと後の方になりますが、こんな部分もあります。

>貿易保護のための関税が課されると、国内生産者が
>保護される一方で、輸入品や国内生産品の価格が上昇し、
>必要以上のコストを消費者が負担することになる。


  出ました出ました。グローバリスト、特に日本にカイカクを要求してくるアメリカ人が大好きなセリフです。要するに、「皆さんのことを考えて言っているんですよ!」という、押しつけがましい論理です。
  コストの低さで考えれば、●野菜が洗えないと洗濯機が売れないという「あの国」の農産物をどんどん入れる方がいいということになります。しかし、まさか好んでそんなことをする人はいないでしょう。自分の健康や、生命が危機に晒されることは明白だからです。

  では、そもそもなぜ経済財政諮問会議が農産物の価格引き下げを狙っているのかという理由は簡単です。

  「食料品価格を引き下げて、さらにデフレを促進する」

  ことです。これ以外に理由などありません。

  デフレを促進しても、グローバリストは痛くも痒くもありません。それどころか、メリットだらけです。「輸出依存企業」は賃金が低下して国際競争力が高まる(売り上げの低下は海外への移転や賃下げでカバー可能)というメリットがあります。「商社」は安い外国産の品物の需要が高まるので取り次ぎ業務が増えます。そして、「金融資本」は国内の不動産などの資産価値が下落したら、それを買いたたくことができます(その後に再開発計画などを作らせて売り抜ければいい)。
  しかし、その時に食べるものがないと国民、というか奴隷が働いてくれませんから、最低限のエサを低価格で買えるようにしておこうということです。

  どうですか?こういうことを言ってはばからない人々の意見をそのまま実行に移してきたのが小泉・安倍内閣であり、自民党(と公明党)なのですよ。

  参院選の惨めな結果ですっかり話題にならなくなった●「維新政党新風」ですが、彼らが本当に国民に受け入れられたいなら、こういう売国奴の集まりがでかい面をして活動していることを白日の下に晒し、「経済財政諮問会議を解体する」と訴えてみてはどうでしょうか。「取り戻せ!国家の誇りと日本のくらし」と謳っているのですから、党是にも反しないはずです。
  そんな基本的なこともできずに、核武装だの北朝鮮叩きだの口にしていても、一部のマニア以外は見向きもされないでしょう。

  また、私が嫌いな民主党にもアドバイスをしておきましょう。政権を本当に奪取したいなら、自民党が使っている枠組みをそのまま使ってうまい汁を吸おうなどと考えず、経済財政諮問会議のような破壊活動団体を廃止したり、EPAを一から見直したりするなど、今の自民党と正反対の方向性を打ち出すべきです。
  
  さらに、従前から「カイカク」路線に反抗的だった国民新党や共産党は、そのままの姿勢を是非貫いてほしいものです。この二つの政党が議席を伸ばせば、●「前原誠司」のような新自由主義の狂信者が巣くっている民主党も、野放図なことはできません。

  そして、何より疑問を感じながら「他よりもまし」ということで支持を続けている自民党支持者のみなさん。

  はっきり言いますが、自民党はマシどころか「最悪」になりつつあります。もう縁を切った方がいいです。自民党に入れないと中国が、朝鮮が、などと言っていますが、その中国や朝鮮が歓迎している売国奴が総裁になると言われているのが今の自民党なのです。
  まずは、今度の総裁選では麻生太郎氏を応援することです。彼は選挙で痛い目にあって、今までのカイカク路線を修正する方向で動いています。最悪を避けるなら、彼を応援するしかありません。

  それがダメなら、もう自民党には見切りをつけましょう。

  今後は、「日々是勉強」も、自民党を徹底的に粉砕して終わりにさせる、すなわち「自エンド(the end)」に力を注ぎます。

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2007.09.17(Mon)

「福田首相」という最悪の選択を避けるため、あえて麻生氏を応援する 

  自民党の総裁選が来週にも行われます。麻生太郎幹事長と、福田康夫元官房長官のみが立候補しそうです。

  このブログは、麻生氏を自民党総裁(総理大臣)に推薦します。

  理由は簡単です。麻生氏の方が福田よりもまだマシだからです。ここで、勘違いしないで下さい。私は別に麻生太郎という政治家を積極的に支持しているわけではありません。

  麻生氏は、このブログでも●以前に取り上げたように、EPA(経済連携協定)締結に熱を上げているグローバリストです。
  しかし、彼は少なくとも以下の点で福田よりはるかにマシだと言えるのです。

★小泉純一郎元首相の院政に対して反抗している

  以下の二つの記事だけでもそれは窺えます。

麻生幹事長、平沼氏らの復党に前向き姿勢
http://www.asahi.com/politics/update/0901/TKY200708310410.html
--------以下引用--------
 自民党の麻生幹事長は31日、テレビ朝日などのインタビューに答え、郵政民営化法案に反対し、離党した平沼赳夫氏らの復党問題について「復党を望んでおられる方であれば、復党は基本的には全然間違えていないと思う」と述べ、受け入れに前向きな姿勢を示した。平沼氏は「郵政民営化を含む政権公約に反した場合は議員辞職する」という内容の誓約書の提出を拒んで自民党に復党せず、いまだに無所属を通している。
--------引用以上--------


小泉チルドレン戦々恐々 「年内解散」なら公認差し替え?
http://www.sankei.co.jp/seiji/seikyoku/070902/skk070902001.htm
--------以下引用--------
 自民党が参院選で大敗し、「年内解散」もささやかれる中、2年前の衆院選で大量当選した1回生議員「小泉チルドレン」が危機感を募らせている。麻生太郎幹事長ら自民党新執行部は、1回生を厚遇する考えはなく、現職議員を優先してきた公認制度にもメスを入れる方針をチラつかせる。戦々恐々のチルドレンに打つ手はあるのか-。

 (中略)

  麻生氏は、1回生議員を厚遇した武部氏や中川秀直前幹事長の手法に批判的だ。27日の就任会見で「ルールにのっとり、公明正大に党運営をしていきたい」と宣言、政務官や副幹事長などの役職から1回生議員を全員外した。

 菅義偉党選対総局長も麻生氏に同調。30日の古賀派議員懇談会では「麻生氏に『君の仕事はクビ切りをすることだ』といわれた」と打ち明けた。「クビ切り」が、惨敗が予想される候補者の差し替えを意味するのはいうまでもない。

 党内は「次の衆院選で郵政解散のような風が吹くことはあり得ない。どんな逆風でも240議席を死守する選挙態勢が必要だ」(党幹部)と麻生氏らの方針を支持する声が大勢だ。特に2~4回生議員は「1回生のせいで損な役回りをさせられた」との思いは強く、1回生への風当たりは強まりそうだ。
--------引用以上--------

  おそらく、麻生氏は「人気のある」自分が「面白い」演説を地方でやったのにも関わらず、有権者が厳しい判断をしたことを現実的に受け止めているのでしょう。
  もちろん、ポーズだけかも知れませんが、上の二つをやれば自民党の最大派閥である「清和会」(町村派。旧森派、その前は福田派)に喧嘩を売ることになるのは間違いありません。おとなしく小泉氏に尻尾を振る人間ではないという点では、まだ悪くないでしょう。
  少なくとも、●馬鹿、違ったカバとライオン丸の料亭での密談で決まったとしか思えない福田よりは、まだ自律的に動ける余地があるというものです。

★北朝鮮に対する姿勢が福田に比べてはるかにマシ

  こちらの記事をご覧下さい。
 
福田・麻生氏が共同会見、対北朝鮮政策など論戦へ
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070915itw5.htm?from=top
--------以下引用--------
福田氏は共同記者会見で、北朝鮮による拉致問題について「対話と圧力という姿勢で臨む」と述べた。その上で、日朝交渉の現状について「交渉する余地がないような、非常に硬い状況になっている」と指摘。さらに、「交渉の余地が生まれてこないかどうか、交渉しようという姿勢、意欲が向こう(北朝鮮)に伝わる方法がないか工夫しないといけない」と述べた。

 これに対し、麻生氏は「これまでの対応は間違っていなかった。圧力がなければ対話に行かない」とし、圧力重視の路線を維持する姿勢を示した。
--------引用以上--------


  私は日朝国交正常化などというものは金輪際必要ないと思っている人間なので、まだ国交正常化とそれに伴う天文学的な経済援助を回避できる可能性がある方を応援するのは当然のことです。

★福田はどう考えてもまずい

  福田は、今の日本政治の間違った方向性(アジアとの一体化促進と日本人への経済制裁)を安倍政権から完全に継承し、維持発展することは間違いない人物です。
  たとえば、以下のような「まとめ」もあります。

ガチの媚中派・売国奴福田康夫のーアジア外交 ー

□ 8/15靖国参拝を13日に前倒しさせれば中共は絶対に抗議しないから、とウソの助言を小泉に与える
□ 病気治療のため来日する李台湾総統のビザ発給に最後まで反対、欧米を唖然とさせる
□ 日本国憲法の改正は中韓におうかがいを立てる必要があるとの電波を講演会で発信
□ 靖国参拝は中韓の立場も考えねばならない、と発言
□ 上海日本総領事館の館員自殺問題をもみ消す
□ 蓮池薫さんらを北朝鮮に帰せと主張
□ 「 あいつら ( 地村、蓮池 ) 内心嬉しいのになぜ喜ばないんだ!」「 誰かあの髭 ( 蓮池兄 ) を黙らせろ!」
□ 撃沈した北朝鮮不審船事件の引き上げに反対
□ 中国原潜が侵入した時、首相官邸に報告上げず、原潜が逃げ出すまで中国大使と時間稼ぎ

次期総理大臣候補、福田康夫のーアジア外交を立て直すー「心と心のふれあい」を重視

★中国と話すときには誠意を持って相手の立場を考えて議論することが大事
★日本国憲法の改正には中国、韓国の理解が必要
★靖国参拝は中国、韓国への配慮が必要
★上海領事館員の自殺問題をもみ消したのもこの男
★蓮池薫さん達を北朝鮮にかえすべきと主張
★北朝鮮の不審船、引き上げに反対。
★中国の原潜の日本領海進入を小泉首相にすぐに報告せず、時間稼ぎをする

経歴になぜか胡散臭い男女共同参画ばかり

平成12年10月 国務大臣内閣官房長官(森内閣)沖縄開発庁長官
平成12年12月 国務大臣内閣官房長官(森改造内閣)
平成13年 1月 国務大臣内閣官房長官(第二次森内閣改造)男女共同参画担当大臣
平成13年 4月 国務大臣内閣官房長官(第一次小泉内閣)男女共同参画担当
平成14年 9月 国務大臣内閣官房長官(小泉内閣第一次改造内閣)男女共同参画担当大臣
平成15年 9月 国務大臣内閣官房長官(小泉内閣第二次改造内閣)内閣府特命担当大臣(男女共同参画)
平成15年11月 国務大臣内閣官房長官(第二次小泉内閣)内閣府特命担当大臣(男女共同参画)

●「或る浪人の手記」様より引用)


  いかがでしょう。この人物に総理大臣を任せたら、●「東アジア共同体」という悪夢に向かっての動きが加速することは間違いありません。
  もっとも、これは民主党が単独で政権を取ったとしても同じことだと思います。国民新党や共産党にもっと勢力を伸ばしてもらい、足の引っ張り合いをしてもらうしか防ぎようがありません。

  だからといって、自暴自棄になっても仕方がありません。今の時点で最悪の選択は、小泉純一郎(と森喜朗)の院政によって福田が首相の座に就いてしまうことです。

  それを避けるために、当ブログでは麻生氏を応援していきたいと思います。

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2007.09.16(Sun)

「日中交流」熱心なのは政治家だけ 

  ブログなどであまり宣伝されていませんが、これは結構大きなニュースです。


日本企業とのマッチングフェア…神戸・大阪で華商大会
経済交流に弾み、日中メディアサミットも
http://www.business-i.jp/news/china-page/news/200709140026a.nwc

--------以下引用--------
 世界各地で活躍する華商(中国系の企業経営者)が世界的な連携強化と中国系経済圏の活性化を目指す「世界華商大会」の第9回会合が15日から神戸、大阪両市で開かれる。今年は日中国交正常化35周年(今月29日)にあたり、初めて日本が開催地に選ばれた。昨年9月の安倍晋三首相の訪中を機に、日中間の政治関係は好転したが、経済面での交流にも弾みをつける契機になりそうだ。(真岸克治)

 ≪過去最大規模≫

 今大会には、中国以外の開催では過去最大規模の33カ国・地域から華僑2600人が参加。日本国内から経済人ら1000人が参加する。今回は大会初の試みとして「国際交流サロン」や中国文化を紹介する中華博覧展の開催など、「参加者同士の交流を促進するプログラムを増やしている」(事務局)という。

 大会を記念して2007年を「中華年」として、1年間に全国各地で民間企業や地方自治体が主催する約50の関連イベントも予定されている。

 神戸と華僑の関係は、1868年の神戸港開港以来。主に上海から華僑の来日が続き、昭和初期には約3万人いた華僑全体の約4分の1が大阪と神戸で活動した。

 こうした経緯をふまえ、95年1月の阪神淡路大震災の復興過程で、日本各地の華僑華人組織の支持を得て誘致活動を行い、2003年のマレーシア・クアラルンプールで開催された第7回大会で日本開催が決まった。

 ≪天時地利人和≫

 大会には、昨年9月の安倍首相の中国訪問をきっかけに、好転し始めた日中関係をさらに堅固にする狙いが込められている。前日の14日には中国の海南島海口市から参加者155人を乗せた国際チャーター便が神戸空港に到着。神戸と中国の直接的な経済交流活発化も期待されている。

 華僑はかつて中国大陸での政治混乱に背を向けて海外に逃れた。しかしイデオロギーから経済成長へと明確にカジを切った“祖国”が国際社会で存在感を高める中で、利益を共有できる存在として認識し始めただけでなく、中国人としての民族意識をかき立てられている。

 中国は共産党序列ナンバー4の賈慶林・全国政治協商会議(政協)主席を今大会に送り込んだ。これにより、海外で資金や技術を蓄積した華僑をまとめあげる求心力を握りたいとの思惑がある。

 国交正常化35周年を迎える日本とも、環境保全技術などの導入で関係を深めたい中国にとって今大会は「天時地利人和(タイミングと地の利と人の和)」に恵まれた絶好のチャンスといえる。

 ≪五輪イベントも≫

 15、16の両日は、神戸市中央区の人工島ポートアイランドを主会場に開かれ、15日はワールド記念ホールで、開会式に続いて、秋山喜久・関西広域機構会長と黄孟復・中華全国工商連合会主席が基調講演する。

 午後には来年の北京五輪と2010年の上海万博のプレゼンテーションが、それぞれの組織委員会幹部が出席して行われる。両イベントを海外で同時にPRするのは今回が初めて。このほか、神戸国際展示場で、華商と日本企業とのビジネスマッチングフェアが2日間開催される。

 神戸国際会議場で行われる分科会(16日)では、「華商経済圏と日本経済」をテーマに、柳傳志・レノボグループ会長や福川伸次・機械産業記念事業団会長ら経済人・識者が懇談するほか、「日中メディアサミット」では、日中を代表するメディア人が参加して、日中関係に与える両国メディアの影響について率直な議論を闘わす。
--------引用以上--------


  世界中の中国系ビジネスマンが一堂に集う「華商大会」が日本で開かれるのは初めてというニュースです。それだけ、我が国で中国人が大手を振って商売ができる環境が出来たということでしょう。

  華商のトップですから、各国の大金持ちが集まるわけで、お金持ちが大好きな我が国の政権担当者もどうやら出席のご意向のようです。

どうなる華商大会出席
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000618849.shtml

--------以下引用--------
 十二日、辞任を表明した安倍首相は、十五日から神戸で始まる第九回世界華商大会の開幕式への出席を決めていた。安倍首相は「次期総裁が決まるまでは職にとどまる」としているが、先行きは不透明だ。同大会組織委員会は「あくまでも総理の出席を望みたい」と情勢を見守っている。

 同大会では、中国側から共産党序列4位の賈慶林(かけいりん)・全国人民政治協商会議主席の出席が決まっている。組織委は「過去のすべての大会で開催国の元首級が出席しており、この大会でのみ、トップ欠席となるのは対外的にも非常に困る」と話す。

 組織委主席の黄耀庭・神戸華僑総会顧問は「開幕直前で困ったことになった。海外からの参加者も首相の出席を期待しており、ぜひ出席してほしいと思うが、どうなるかまったく分からない」と不安をのぞかせた。
--------引用以上--------


>海外からの参加者も首相の出席を期待しており

  安倍首相というのは、中国側からたいそう愛されているようですね。これで国益重視のタカ派と自称しているのですから、日本は平和な国です。
  まあ、まず●こういう噂を振り切って、東京信濃町の慶應病院を脱出(笑)することからですね、安倍さん。大変でしょうが、身辺には気を付けて下さいね。間違っても、秘書の方とパジャマで面会したりしないように・・・。

  もう一人、もうその気になって媚びを売っている馬鹿がいます。


神戸で「第9回世界華商大会」開催…日本では初
http://www.sponichi.co.jp/osaka/soci/200709/16/soci210299.html
--------以下引用--------
 世界各地で活躍する中国系企業経営者「華商」が2年に1度集まり、親交を深める「第9回世界華商大会」が15日、神戸市を主会場に開幕した。日本での開催は初。

 午前9時半からの開幕式では、中国共産党の政治局常務委員でナンバー4の賈慶林・全国人民政治協商会議主席が「日中両国民の友好交流を促す良いチャンス。相互理解が深まることを期待している」とあいさつした。

 華商大会は17日まで。33の国と地域から約3600人が参加する。

 開幕式では自民党総裁選に立候補を届け出た福田康夫元官房長官のビデオによるメッセージが紹介された。
--------引用以上--------


>福田康夫元官房長官のビデオによるメッセージ

  この人の中国友好度(笑)というのは、もう半端ではありません。


【安倍総理大臣辞任】 福田康夫ってどんなヤツ?まとめ(再掲)
http://ameblo.jp/worldwalker2/entry-10012508697.html
--------以下引用--------

①中国が頼りにする自民党議員のランキング

  第1位 河野洋平 第2位 福田康夫 (産経新聞)

②上海総領事館の自殺問題を握り潰したのは、時の官房長官の福田康夫。

③「日本国憲法の改正は中国、韓国の理解を得ないといけませんね」と発言 

  自国の憲法改正において他国の意見をきく国なんてあるんか。

④「アジア外交を重視します」

  福田康夫のいうアジアって中国と南朝鮮なんだろ。

⑤「靖国神社参拝は中国、韓国の事も考えなければ」、「8月15日の靖国参拝は中国の反発を招く、13日なら問題ないと中国は言っている」と福田康夫が小泉首相(当時)に伝えた。

--------引用以上--------


  こんなことまで書かれた前歴があります。


福田康夫元官房長官 中国大使転身説 週刊朝日で
http://www.uesugitakashi.com/archives/50183487.html

  
  まあ、そういう人物だということです。

  彼が自民党の各派閥満場一致で自民党総裁、総理大臣になりそうなのは、こういう政策を継続するためでしょう。


安倍内閣メルマガ~「アジア・ゲートウェイ構想」について
http://www.kantei.go.jp/jp/m-magazine/backnumber/2007/0517.html
--------以下引用--------
21世紀はアジアの時代である。通貨危機後のアセアン諸国の復興や、中国の台頭は、アジアの成長力の高さを実証した。今や「世界の成長センター」であるアジアは、東アジア共同体構築の名の下に、非常なスピードで変化を続けている。

 日本の経済社会は、このアジアの激変という現実から切り離して考えることはできない。少子高齢化の中で人口減少の局面を迎えた日本でも、社会の開放のスピードを加速化し、近隣諸国との絆を強化することで、アジア諸国と繁栄を共有することができる。

 こうした背景から「アジア・ゲートウェイ構想」は、アジアなど海外の活力を取り込むため、人・モノ・資金・文化・情報の流れにおいて日本がアジアと世界の架け橋となることを目指す戦略として、安倍政権の政策の柱の一つに位置づけられている。
--------引用以上--------


  商社や輸出依存企業のようなグローバリストにとっては、自分の企業だけ利益を上げて生き残ればいいので、とにかくコストが安く済む中国で何でも住ませようと思うわけです。しかも、あの国は法律やルールより、当局のご機嫌が大事と来ています。ゴマをするために、日本政府には中国(人)にいろいろ便宜をはかっらもらわないといけない、そのために日本国民がどうなろうと知ったことではない、というのが、グローバリストの発想です。
  そういうところにきて、変な色を付けて手柄を自分のものにしそうな麻生太郎氏より、福田氏のように中国の利益を第一に考える政治家の方が動きやすいでしょう。何も分かっていない安倍氏より、むしろ忠実に「日中友好」を演出してくれる可能性があります。
  そういうわけで、麻生氏はおそらく自民党総裁にはなれません。今の日本では、グローバリスト、特に外資に睨まれたら首相になどなれないからです。
  そして、自民党というのは、そういうグローバリストたちの意向に忠実に行動する政党だということです。愛国や保守を自称する方たちは、いい加減にこの政党を見限った方がいいでしょう。

  また、いつものことですが、よけいなことをして「日中友好」を促進している阿呆が、またぞろこの華商大会のためによけいなアシストをしています。  


南京町観光に便利な携帯端末 無料貸し出し
http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/0000622942.shtml

--------以下引用--------
 神戸を主会場に十五日から開かれる世界華商大会に合わせ、神戸・元町の南京町では、観光情報を携帯端末で提供する取り組みが展開される。

 年齢や障害に関係なく便利に移動できる環境を整えようと、国土交通省が進める「自律移動支援プロジェクト」の一環。今月下旬から始まる社会実験を前にしたPR活動で、華商大会の参加者らにも体験を呼びかける。

 社会実験は、時間や場所を問わず情報通信を使える「ユビキタス・ネットワーク技術」を活用。ICチップや無線LANなどで小型の携帯端末に現在位置や店舗情報などを発信する仕組みで、既に神戸空港などでも社会実験が行われている。

 南京町での実験は、今月二十日-十二月二十一日を予定しているが、華商大会で南京町観光に訪れた参加者にも実験をPRしようと、大会開幕前日の十四日から閉幕の十七日まで体験の機会を設ける。午前十時-午後五時に携帯端末二十台を、南京町東側の長安門前で無料で貸し出す。華商大会の参加者以外でも体験できる。

 貸し出した携帯端末には、飲食店や土産物店、観光施設に関する情報が映像や音声などで提供される。端末は日本語、中国語、英語、韓国語の四カ国語に対応している。体験者にはアンケート調査に答えてもらい、実用化に生かす。

 同省近畿地方整備局は「海外から訪れた人の視点で見た改善点を指摘してもらうことで、世界標準の取り組みを目指したい」と期待している。
--------引用以上--------


  ●世界的にお行儀のとてもよろしいことで知られている人々に、どんどん日本に来ていただきたいという、国土交通省、および●この政治家の温情の現れですね。
  おそらく、彼は国土交通大臣に留任で決定でしょう。福田氏とこれほど息の合いそうな政治家は、自民党内を探しても●この人くらいしか見つかりません。
  
  まあ、このように、今の政治家さんたちは、そうじて中国が大好きだということです。

  中国から明らかに汚染されている輸入食料品を送り込んだり、犯罪目的での渡航者がたくさんいたり、かの国からの価格破壊的な輸入品の増大がデフレや産業の空洞化を促進する主原因になっていたりすることは多くの国民に知られています。
  それにも関わらず、グローバリストを儲けさせることだけを考えている政府部内の人間たちは、相も変わらず「日中友好」などという空疎な文句を繰り返し、このような訳の分からないイベントに心躍らせていたりするのです。
  こういう現状こそ、「民意との乖離」だと思うのですが・・・どうでしょうか?

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2007.09.14(Fri)

刑法39条の話~「理念バカ」に陥ることの危険性とは 

  最近、似たようなニュースが連発したので、取り上げておきます。

心神喪失で29歳女を不起訴=JR横浜駅の女児刺傷-横浜地裁
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007091300471
--------以下引用--------
 JR横浜駅地下街で今年5月、女児がナイフで刺され重傷を負った事件で、横浜地検は13日、傷害の現行犯で逮捕され殺人未遂と銃刀法違反の疑いで調べていた無職女(29)=新潟県三条市=を不起訴処分にした。同地検は、心神喪失で刑事責任を問えないと判断した。
 同地検は同日、心神喪失者医療観察法の適用を横浜地裁に申し立てた。同地裁は申し立てを受け鑑定入院命令を出した。
 調べによると、女は5月25日午前、横浜駅東口地下街でナイフで女児の背中を1回刺し、重傷を負わせた。
--------引用以上--------


心神喪失で無職男を不起訴=老人介護施設2人刺傷-仙台地検
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-16X822.html
--------以下引用--------
 仙台市太白区の市医療センター介護老人保健施設「茂庭台豊齢ホーム」で3月、看護師の女性ら2人が男に果物ナイフで刺され負傷した事件で、仙台地検は16日、殺人未遂の現行犯で逮捕された無職の男(32)について「心神喪失で責任能力がない」として不起訴処分とした。

 男は逮捕当時「誰でもいいから殺してやろうと思った」などと供述。地検は、妄想に支配されて犯行に及んだと判断した。 
--------引用以上--------


  よく殺人事件などが起こると、弁護側が「被告は犯行当時心神喪失の状態にあった」から無罪だと主張することがあります。
  これは、刑法39条1項に、「心神喪失者の行為は、罰しない。」という条文があるためです。なぜこんな条文があるのかというと、自分の行為の意味がわからなかったり、自分のやっていることをコントロールしたりできない(責任能力がない)奴を責めるのは酷だろうという判断があるからです。
  確かに、理論的にはわかるのですが、それじゃあ頭のおかしくなった奴は何をやってもお咎めなしなのかというと、そうでもないようです。一応、「精神保健法」と「心神喪失者等医療観察法」という法律があります。

心神喪失者等医療観察法Q&A
http://www.moj.go.jp/HOGO/hogo11-01.html
  ポイントは、以下の通りです。

(1)重大な犯罪を犯したが不起訴や無罪になった心身喪失者などが対象になる
(2)地方裁判所で裁判かと精神科医が相談して入院通院を決定する
(3)審判には必ず弁護士が付き添う
(4)受け入れ先になるのは、24カ所の「指定医療機関」である
(5)社会復帰を促すために、保護観察所も関与する


  従前から「精神保健法」という法律があって、犯罪をやったのに不起訴になった心神喪失者らの面倒を見てきたのですが、その限界が見えてきたので、処遇を見直そうということでできた法律です。
  きっかけになったのは、間違いなく「大阪教育大学池田小学校の連続児童殺傷事件」です。この事件の犯人であった宅間守は、度重なる犯罪にも関わらず、医療機関や行政の関与が不十分で、結局あのようなひどい犯罪を犯すまで「野放し」にされてしまっていました。そのことについての反省が、このような立法の出発点にあります。

  そして、こういう「ちょっと変わった人たち」について行政が処遇を変えようとすると、必ず出てくる声があります。

  「精神障がいを抱えた人たちの人権を守れ」
 
 というのがそれです。そのような意見も見てみましょう。

心神喪失者医療観察法 7月法律施行前に異例の法「改正」の事態! 2005/03/30
http://www.janjan.jp/living/0503/0503295090/1.php
---------------------------------------以下引用----------------------------------------
 心神喪失者医療観察法が、7月の法施行を前に「改正」されるとの報道がなされた(3月27日・朝日)。このような施行前の法律改正自体極めて異例とのことである。
 
 この法律は、全国24カ所に、「特別病棟」を造り、「重大な他害行為(各種未遂も含まれる)」を心神喪失、耗弱状態で行ったものに対して、「審判」を経て「強制入院(上限なし)」、「強制通院(上限5年)」を命じることが出来る、という内容で、2001年6月の池田小事件以来、小泉首相の発言にも一つのきっかけとして、急速に浮上し、全国各地の当事者団体、JDやDPI日本会議等障害者団体、精神医療医療従事者団体、日本精神神経学会、元ハンセン氏病患者団体、各種労働団体、日弁連、人権諸団体等の強い反対を押し切って、政治献金疑惑も浮上するなか、2003年7月に2度にわたる「強行採決」を経て成立したという、いわくつきの法律である。

 この法律の施行が延期される。主な理由は、7カ所の国立関係病院周辺の地元住民の「理解」が90回以上の説明会にもかかわらず、得られないことにあると報道されている。しかし1年4カ月(3会期)の異例の長期にわたった国会審議での多くの論点と、医療観察法施行準備の現状を分析してみると、今回の事態の問題点がよりくっきりと浮かび上がってくる。

 まず、この法律は「精神障害者は何をするか分からない」等の、残念ながら一般にいまだ根強い精神障害者に対する「差別感情」にいわば乗っかる形で成立してきたといえる。この法律が精神障害者に対する差別意識を余計、強化するのではないか、という点は、国会でも論点となったが、まさに危惧されたように、たとえば私も参加した(ただし当事者の発言は阻止された)国立精神・神経センター武蔵病院(東京都小平市)地元説明会での住民の発でも、そのようなものも少なくはなかった。現在建設予定地各地で反対運動が起きているが、周辺住民1万7000人以上の署名を集めた、名古屋の東尾張病院のケースでは、なんと病院ごと郊外に移転して欲しいという内容の「代替案」までもが厚生労働大臣宛に出されている。

 その他の地域でも地元の反対は強く、他府県の患者を受け入れるという点で、県議会等の同意が得にくい等の理由、そして、 なによりも、法成立・施行そのものに多くの当事者、精神医療従事者が反対しつづけてきたこともあって、現在7月までにわずか2カ所(66床)完成のめどしか立っていない。

 これでは、年間300人程度と予想される、新規入院患者の数にはとうてい足りず、厚生労働省は都道府県立病院に予算・人員等を配置し、「当面」それを「代用」するという、「改正案」を今国会に提出する協議が始まったとの新聞報道がなされたわけである。

 また、現在、この法律に付きまとっていた「再犯予測」「偽陽性(再犯を行わないのに結果的に強制入院させられてしまう人)」の問題が、急速に再浮上してきている。2002年11月に提出された「塩崎修正案」では、「再犯のおそれ」という言葉は削られ、再び「同様な行為を行うことなく」「社会復帰」を促進する法律であることが強調された。しかし、昨年末に出された「鑑定ガイドライン」では「リスクアセスメント」という評価軸が加わった。不起訴処分になった事件等の過去の経歴・生活歴・さらには海外渡航歴・宗教まで、調べる「リスクアセスメント評価」を、強制入院・通院を決定する「審判」の際に重要な判断材料になる鑑定材料にするというのである。

 医療観察法に関して、政府がこれまで主張してきた趣旨は、当該「行為」を行った「原因となった標的症状」に「手厚い治療」を行い、本人の「社会復帰」を行うための「医療制度」である。国会答弁でもこの点が繰り返し強調されてきた。しかし、長期にわたる「リスクアセスメント評価」はどう見ても「再犯予測」である。強制入院の長期化にも直結するだろう。日弁連は「リスクアセスメント評価」の導入は医療観察法自体にも違反するものと、非常に問題視し、現在「鑑定ガイドライン策定」の中止を正式に申し入れている。

 最後に、2003年の参議院審議段階で非常に問題となった、法案成立・審議過程における、「政治献金」問題であるが、上野公成内閣副官房長官(当時)関係政治団体への日精協政治連盟からの「政治献金」未記載の件の「政治資金規正法違反」に関する、検察の不起訴処分に対して、検察審査会は3月15日不起訴処分不当決定をくだした。

 これは、池田小事件の2カ月後の8月8日、日精協政治連盟からの、上野公成参議院議員(当時)関係の「休眠政治団体」への4件各50万円、12月に1件50万円の計250万円の「政治献金」が、各政治団体の政治資金報告書に一切記載されておらず、代表、会計責任者をつとめていた秘書3名が、精神医療ユーザーグループ5名によって東京地検に刑事告発された事件である。今年1月に出された検察不起訴処分に、ユーザーグループ5名が申立をおこない、今回、政策秘書辻修治の検察不起訴「不当決定」がだされたのである。

  (中略)

 言うまでもないことであるが、医療というおよそ市民の生命・健康、そして人権にも直接関わる分野の政策が、不透明なお金の動きによって左右されることは、決してあってはならないことである。

 以上のように、疑惑や諸問題が山積、法施行前から、すでに「改正案」が議論されるような「心神喪失者等医療観察法」は、その根本問題を今一度しっかり認識したうえで、その場しのぎの「改正」ではなく、いったん法施行を中止した上で、本当の意味での解決にむけて、今一度、原点に戻った議論を国会で行うべきだと強く主張したい。

 「保安処分施設」に入所したという事実は、いわばレッテルとなって、その人の一生を決定的に左右しかねないのである。諸外国の事例をみても、やがて入院の長期化が問題となるのは必至である。そしてむしろ精神障害者の人権を擁護することを通じて、「不幸な事件」の被害者をも減らす方策こそが本来、追求されるべきだったのではないだろうか。
---------------------------------------引用以上----------------------------------------

  まあ、確かに強行採決を経てまでやるべき立法なのかどうかは怪しいところです。十分な議論が必要だという意見には同意します。
  しかし、この記事の最後に付してある「主張」に、強い違和感を覚えるのは私だけではないはずです。

>むしろ精神障害者の人権を擁護することを通じて、
>「不幸な事件」の被害者をも減らす方策

  私はこのブログで、さんざん「ネット右翼」的な人々を非難しています。理由は簡単で、彼らには生産性がないからです。
  しかし、私は「左翼」と言われるような人間も、同じくらい生産性がないと感じています。
  はっきり言って、右翼とか左翼とかいった人間は、どちらも役立たずです。理由は簡単で、彼らは現実の問題に対して観念的な議論を優先させて、状況を改善するというアプローチを取ることができないからです。

  この引用記事は、おそらく「左」の人間が書いたものだということは、政治不信を煽るような論調や、私が今さっき引用した「人権を擁護する」うんぬんというくだりから十分に推察できます。
  まず思うことは、なぜここまで法案の成立過程について詳細な記述をしておきながら、自説については曖昧な主張ですませているのかということです。「人権を擁護する」というのがどういうことを指しているのか、また、精神障害者の人権を擁護するとどうして「不幸な事件の被害者」とやらが減るのか、全く言及がありません。
  JANJANの記者ごときにそんなことを期待するな、などと言う人がいそうですが、それなら自分の主張に近いことを言っている精神科医や人権団体の見解を引用するか、インタビューでもすればいいのではないでしょうか。インターネットでも探せばいくらでも出てくるはずです。
  ただ文句を言いたいだけならともかく、自分の立場から国民のためになるような知識や情報を提供したいというのなら、そういうことを提示しなければ意味がありません。

  どうも、「左」や「地球市民」を自称する、あるいはそういう傾向のある人間にありがちなのですが、理念や公理(自由、平等、人権尊重など)に反しているという価値判断だけで、「ではどうするのか」というところについて全く考えていない人があまりに多くないでしょうか。
  そういう人間は「理念バカ」と呼ぶべきです。理念バカは、「どうするか」ではなくて「何が正しいか」という点にだけ議論を集中する、あるいは他人にさせようとする人間です。つまり、善悪を判定することだけを目的に人と会話したり、言い争っていたりする人間です。
  やっかいなのは、そういう人間たち、特に左側の理念バカの問題提起というのは、意外とまともなことが多いのです。たとえば、イラク戦争はアメリカの侵略戦争だとか、そういう戦争に自衛隊が関与すべきではないとか、そういう目の付け所自体は決して理屈をこねくりまわした議論ではないのです。
  それにも関わらず、彼らの言っていることが何かおかしいと感じるのは、それが現実に存在している条件を無視して、極めて単純な三段論法によって物事を判断しているからです。今回の記事の場合は、

  (大前提)精神障害者には人権がある
  (小前提)心神喪失者等医療法観察法には、人権侵害のおそれがある
  (結論)同法は妥当ではない


  と、要するに「左」の人間が言いたいことはこれだけです。万事こういう判断をしているのです。まあ、「右」というのも似たようなものですが。

  しかし、普通に人生経験があり、日々面倒ごとに接している人間であれば、こんなことで世の中にある物事を一刀両断するのは危険だということにすぐに気がつくはずです。●以前の記事で挙げた大峰山の話もそうですが、理念バカの行動というのは、論証は難しいのですが何かおかしいという感じがするはずです。その直感の方がおそらく正しいということです。
  こういう理念バカをうまく扱うには、彼らの設定したリングの上には絶対に上がらないことです。今回であれば、「人権侵害か否か」というところには決して上がってはいけません。「こういう配慮をしています。以上」で十分です。
  理念バカにお付き合いすれば、彼らは延々と「懸念」や「憂慮」を次から次へと出してきて、戦うのをやめようとしません。例のジューグンイアンフの問題で、社民党や共産党に追究されて、「広義の強制性はあったかもしれないが、狭義の強制性はなかった」などという反論をしてしまった安倍前首相など、その辺を全くわかっていなかったといえるでしょう。喧嘩の下手な戦う政治家・・・まったく日本は平和ですね(笑)。
  では、そういう人間たちに全く存在意義がないのかというと、そんなことはありません。なぜなら、彼らの懸念や憂慮も全体として見れば、それなりに妥当だからです。そういったものが、国民の側にある程度の判断材料を提供したり、立法担当者に性急な決定を躊躇させるという利点はあるのです。
  ただし、個別の問題で付き合っていたらきりがないということです。

  では、おまえの考えはどうなんだ、という声が聞こえてきそうなので、一応心神喪失者の処遇について私の考えを示しておきます。
  まず、絶対に忘れてはならないのは、精神に障害があるからといって、健常者より利益を得る立場に置いてはならないということです。
  私が思うに、「平等」というのは、機会の平等でも結果の平等でもなく、責任の平等だと思います。つまり、犯した罪や、その期待される責任に応じて、相応の責任は誰でも取るべきだということです。
  私が許すべきではないと思うのは、殺人を犯した人間の家庭境遇などを刑の重さの判断材料にすることです。たとえば、債権者に追い詰められた債務者が耐えきれずに債権者を殺してしまったということなら、債権者にも殺された責任はあるわけですから、減刑をしてもいいでしょう。しかし、「不幸な身の上だった」とか「誰にも受け入れてもらえなかった」という個人的な事情は、殺された人間には何の関係もないことです。そんなことを弁明として受け入れてしまえば、不幸な人間は何をやってもいいということになってしまうでしょう。
  精神障害者についてもそれは妥当します。ほとんどの精神障害を抱えた人たちは、自分の障害と闘いながら何とか一般社会についていこうと努力しています。しかし、だからといって健常者より甘い判定をしてくれというのはおかしな話です。殺されたり、傷つけられたりした相手には、全く関知しない事情です。仇討ちが許されていない以上、国が応報としての刑を科すのは当然です。民事なら、賠償をきちんとすべきです。
  そういった賠償ができないなら、国がするしかありません。精神障害が深刻なら、その症状を緩和するための必要な措置を執るべきです。彼らが害悪を生じさせたということは動かしがたい事実であり、同じ事態を繰り返させるべきではないからです。
  たとえば、今回の心神喪失者等医療観察法についていえば、おそらく一番問題なのは、

>7カ所の国立関係病院周辺の地元住民の「理解」が90回以上の
>説明会にもかかわらず、得られないこと

  です。そうだとすれば、全く違う場所に治療のための機関を作るしかないはずです。
  議論というのは、そういう風にするものなのであって、人権に関わる問題になったら「守れ、変えるな」とばかり叫んでいては何も解決しません。

  そして、そのことと、精神障害を持った人々の人権擁護というのは、切り離して考えるべきだということも言っておかなければいけません。
  精神障害は、よほど重度のものでない限り、なんとか症状を抑えることができるものばかりです。統合失調症がいい例です。
  しかし、もうこれは押さえきれないというレベルのものについては、やはり公的機関が何らかの処置をせざるを得ないでしょう。もちろん、その中身が人格を否定するようなものでないことは、議論や修正を続けるべきです。そういう避けようのない問題を抜かしたまま「不当な拘束だ」とか「人権侵害のおそれがある」という表面的な論理展開しかしないから、左翼はおかしいと思われるし、一般の人々に信用もされないのです。

  何より重要なのは、こういう問題は「穏当」なのが一番なのであって、理念バカの戦いの場にしてしまってはいけないということです。
  極端な意見に走ってしまうには原因があります。「左」も「右」も、とりあえず自分のよってたつ理念に従って言いたいことを言っておけば、誰かが何とかしてくれるだろうという甘えがあるのです。現実がどうなるかということは、彼らには二の次なのです。だから、どこの国の軍隊が襲ってきても9条を守ればいいと発言できたり、国民生活をほっぽらかしにしてもケンポーカイセーさえできればいいと臆面もなくブログに書けたりするのでしょう。
  私は、そういう人たちと議論をしたいと思いません。どうせ、自分の理念に反すると気づいたら、あらゆるところで揚げ足取りをし始め、彼らが「論破」したと認めるまで「懸念」や「憂慮」や「矛盾点」や「国益に反する点」を作り続けるに決まっているからです。  それよりも、今現実にある困ったことについて、被害を最小限に食い止めながら、少しでも多くの日本人が不幸にならないようにする方法を考えていくことが大切なのだと思います。

  そういう問題提起として、私はあえて

  「刑法39条は廃止も含めてどんどん議論しろ」

  と、提唱したいです。

  私個人は、以前は廃止すべきだと思っていましたが、現行の法律でも十分対処できるので無理に改正する必要はないという立場です。
  ただし、心神喪失者用の指定医療機関には何倍もの予算を投下して、「本気」でやるべきです。コームインカイカクなどというものをバカの一つ覚えのように唱えている人間や、何でもかんでも自己責任を強調する脳みその皺のない人間の言うことなど聞く必要はありません。社会の安定を維持するというこれ以上にない利益があるのですから、法務省も臆面なく予算を要求すべきです。
  左右の理念バカ同士(困ったことに国会議員にまでこういう連中がいる)が生産性のない議論を続けている間に、現場職員がどんどん多忙になって追い詰められていくというのは、児童相談所の例でも明らかです。虐待児童が増えているとかいろいろ報じられていますが、埼玉県を例に取ると、収容率が94%にも達しており、職員の努力も限界に近いところまできています。何でもかんでも公務員を悪者にすればいいと思っているアホ(特に「保守」や「愛国」を名乗る構造改革信者に多い)は、そういう現実を直視すべきです。それができないなら、あなたがたはバカ左翼と同じです。
  
  なにしろ、まじめにやっている人間や、何の落ち度もない人間が馬鹿馬鹿しさやむなしさを感じないような仕組みを少しずつ作り上げていくことです。

  理念ばかり叫んでいるほど、人生は暇ではないはずですからね・・・。

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2007.09.12(Wed)

話し言葉で歴史を語る(3)~フランス革命と明治維新その3 

  さて、今回がこのシリーズの最後です。明治維新が我が国に与えた影響というのを考えてみたいと思います。

  明治維新というのは、近代化の一種です。こういうことを言うと、「いや、近代市民革命の担い手は市民だったが、明治維新は西日本の武士だった」とか訳の分からないことをいう人がいたりします。どうでもいいことを長々と語る人というのはどんな世界にもいるもんですが、歴史というのは殊更そういう人が多いみたいですね。
  「市民」かどうかという問題じゃないんですよ。「革命」という呼び名かどうかも、どうでもいいことです。

  私は以前、

  「近代化とは、土着勢力を抹殺し、国家や社会を無色透明化することである」

  という定義を挙げました。フランス革命ならば、「国王や貴族、教会」から権威を奪い、場合によっては処刑して、「フランス共和国」という無色透明な国を作りました。そして、これで一番得をしたのは「資本家」という人たちです。

  じゃあ、日本はどうなのかというと、まず抹殺されたのは「徳川家を代表とする東日本の武士」です。明治維新の直前にあった●戊辰戦争で、朝廷の敵だとされた藩は、長岡、会津、米沢、仙台と、きれいに東日本に固まっています。徳川家も江戸ですね。新撰組だって東京の日野とかそういうところの出身者でした。
  少しそれてしまいますが、こういうところはみんな「米の文化」なんですね。まあ、言うなれば農業国です。新政府軍はおなじみの薩摩や長州で、西日本の国です。土佐はちょっと変わっていますが、薩長土肥のうち三つまでが、薩摩焼、萩焼、有田焼や伊万里焼、という風に、藩内に陶磁器という特産品を持っています。そういうものを売って金をもうけていたわけですから、まあ、つまり商業国だったんです。商業の西が農業の東を倒した、というのが戊辰戦争だったんですね。
  で、「無色透明化」はどうなのかというと、日本は明治時代になってから、西欧化しました。たとえば、旧暦を捨てて太陽暦に乗り換えたり、建物は石造りのものがどんどん建ちます。上方も「散切り頭」です。建物のことは後でまた触れますが、とにかく日本的な色がついているものは次々否定されました。「遅れているから」と。これも無色透明化です。
  そして、得をしたのは誰だったかというと、これは「維新の雄藩」、つまり西日本の勢力です。
  ここで面白いのは、フランス革命の時には資本家が得をしたと言いましたが、明治維新ではこの資本家を「明治政府」だと捉えると非常に分かりやすいと思うんです。南米やインドやアフリカの国民経済をぶっ壊して資本を蓄積したヨーロッパと違って、日本には資本家が存在する下地がなかった。だから、政府がその役目を果たしたんです。いわゆる「国家資本主義」というやつですね。
  どうですか。徳川家などの東日本の大名たちを抹殺し、西欧化で日本独自の文化を否定し、得をしたのは新政府を組織した西日本の連中・・・フランス革命と形は同じだということを分かっていただけると嬉しいです。
  
  フランス革命の時は、その後にフランスという国が非常に不安定な状態に置かれて、人が死にまくったと言いました。日本にはそういう現象はなかったとよく言われますが、本当でしょうか。
  確かに、フランス革命ほど人間は死んでいません。天皇という権威がそのまま残ったからです。もし天皇がいなくて、西日本の武士たちが共和国政府を作っていたら、おかしなことになっていたかもしれません。この辺は、戊辰戦争の時バックにいたイギリスの入れ知恵があったのだと思います。●長州ファイブ
とかいう連中は、多分そういうことを教わって帰ってきたんでしょう。イギリスは相手の国を非常によく研究していますからね。
  で、まあ私もそうだったんですが、ネットの世界の愛国とか保守だとか自称する人たちは、こういう日本の仕組みは素晴らしいとか言ってるわけです。
  しかしですね、士族の反乱というのを忘れない方がいいんじゃないでしょうか。士族というのは、明治時代以降の武士の呼び名です。彼らは初めこそ武士的な生活が出来ていましたが、やがて「廃刀令」で刀、武士の魂を奪われ、そして、「禄の廃止」で収入までなくなりました。それで反乱を起こすんですが、ことごとく新政府が弾圧に成功します。一番でっかいのは西郷隆盛がリーダーになった西南戦争ですが、これも結局何ひとつ成果を上げられずに終わってしまいます。
  皮肉なものだと思いませんか。戊辰戦争で一番活躍したのは、薩摩藩の武士、中でも西郷隆盛だったんです。それが、まあなんというか、抵抗勢力として切り捨てられてしまったんですね。
  それもそのはずで、土着勢力だった士族は、いつか必ず近代化の過程で没落する、いや、するというよりは「させられる」運命なんです。そんなやつらが土地を支配していたら、中央集権ということができなくなってしまうわけですから、死んでいただくしかないんですね。
  明治維新を肯定する人から見れば、それは仕方がなかったんだということになるのかもしれません。しかし、それはフランス革命のときのジャコバン派が「革命の理念を理解しない連中は死んでもらうしかない」と言って、王党派や反革命的な農民を次々殺していったのと何が違うんですかと言いたいです。

  
  そして、この明治維新という近代化は、取り返しの付かない傷を日本の社会に与えてしまいました。それが自国文化の否定、もっとひどい言い方をすれば「日本人による日本嫌い」です。
  それまでの日本は、外国と比べて優れているとか劣っているとか考える必要はあまりありませんでした。どちらかというと、俺たちは優れていると思っていたフシがあります。たとえば、一休宗純、あの一休さんですけど、彼は日本の仏教思想は唐、つまり中国よりも上だということを宣言していました。
  江戸時代には国学という学問が興って、中国古典に毒される前の日本の姿に光が当てられていました。もともとあった儒教も、本家の中国とはひと味違った国家思想というレベルにあったようです。尊皇攘夷という発想は、そういうところから生まれたんです。
  しかし、そういう日本人の思想が、明治維新を機に完全に崩壊してしまいます。
  近代化の手本はヨーロッパでしたから、何でもかんでもその真似をしました。確かにこれは効率がよかったのですが、そのうちに、我が日本は劣っていて、白人の国は優れているという発想が根付き始めます。
  その一番良い例は、●森有礼です。彼は文部大臣だったんですが、「学校では国語ではなくて英語を教えるべきだ」などと提唱しています。森はイギリスとアメリカに留学していますが、今でもこういうタイプの日本人は多いんじゃないでしょうか。
  また、これは噂にすぎなかったのかもしれませんが、彼は伊勢神宮の社殿の中を覗いたということも言われています。私が●以前の記事でも取り上げたように、伊勢神宮というのはあんまり中を見せたがらない神社です。しかも、森は御簾、要するに視界をさえぎるのれんみたいなものをステッキでどけたというんですね。昔の日本人では、御伊勢様に対してこういう態度は採れなかったと思うんですが、森はできるですね。まあ、もちろん、噂が本当だったとしての話ですが。
  彼は立派な薩摩藩出身の武士だったんですが、それでもこの有様です。さっき取り上げた長州ファイブといい、どうも明治政府というのはこういうタイプの人間が多いようです。だから、西郷さんが飛び出してしまったんじゃないかという気がします。
  この欧米礼賛みたいな姿勢が、高等教育機関で蔓延して、それがやがて革新官僚につながっていったと思っています。革新官僚というのは、●大東亜戦争が起こった原因の話でも取り上げましたが、マルクス主義が大好きでした。なんで好きだったのかと言えば、欧米の理論だったからです。そっちの方が進んでいると思って無批判に摂取した結果が、国家総動員法だったというわけです。
  革新官僚だけじゃありません、昭和初期の軍のトップも、欧米文化万歳という発想に染まりきっていました。のちに首相になった岸信介と佐藤栄作の兄に、佐藤市郎という人がいたんですが、彼は軍艦に乗っているときもスタンダールの本を原書で読んでいたというエピソードがあります。本居宣長でも夏目漱石でもなかったのは、それだけ彼が欧米文化を好きだったからでしょう。
  こういう人たちが、教育をしろというときに、日本の文化伝統なんて教えるでしょうか。私は無理だと思いますね。

  それだけじゃありません。明治維新の後、日本の伝統的な神道、つまり神社信仰も変質させられました。いわゆる「国家神道」です。
  神道というのは、世界でも珍しい排他的性格のない宗教なんですが、まあ宗教と言うよりは民間信仰に近いと思います。それを、明治政府は、天皇をヒエラルキーの頂点にしたカトリック教会みたいなシステムにしてしまったんですね。
  その中心は、もちろん靖国神社です。まあ、あそこはあそこで国のために亡くなった方に感謝できる場としてありがたいと思うんですが、何で戊辰戦争の英雄である西郷さんが祀られていないで、入り口に大村益次郎の像が立っているのか、しかも高い台の上からものすごく偉そうにこっちを見下ろしているのか(笑)なんかどうも、ある種の人間にとって非常に都合のいい道具に成り下がっているような気がします。
  国家神道がつくられた目的は、近代国家日本の支配強化です。天皇陛下は今でも八百万の神々にお祈りしているんですが、国家神道の時期はキリストみたいな役割にさせられていました。いわゆる「現人神(あらひとがみ)」という考え方です。学校にはご真影という陛下の写真があって、みんなそれを拝んでいました。江戸時代までは、そんな習慣は全くなくて、天子様というのは、京都で暮らしている神秘的な人だという感じだったんです。それが、絶対的な神のような存在に祭り上げられてしまったのが国家神道の時代です。まあ、国民国家の統合イデオロギーとして用いられたということです。
  この国家神道の時代に、「神社合祀令」という命令が出されています。ここに、近代化としての明治維新の本質が現れているような気がします。神社合祀令というのは、小さい神社や祠(ほこら)をどんどん廃止して近所にあるでかい神社にくっつけてしまえというものでした。
  これに、民俗学者として有名な南方熊楠が大反対しているのは、非常に示唆に富んでいます。理由は簡単で、民間信仰が死に絶えるからです。
  神道の特長は、どんなところにでも神様を見いだして、それを尊敬するというところにあります。それを、国家の都合で合祀したりランク付けしたりする。南方熊楠はそういうのが許せなかったんじゃないかという気がします。私も同感です。神社がいっぱいあると効率が悪いから、というのは、いかにも近代国家的な発想です。
  きっと、小さな祠一つ一つにも由来があって、そこにお参りしたりお供えをしたりする人がいたと思うんです。そして、それは地域社会の風景になっていたはずです。それが、国の都合で壊されてしまう。まさに、近代化が招いた文化伝統の破壊です。

  どうでしょう。これでもまだ、明治維新を「日本が植民地化されないためには仕方がなかった」と、素直に礼賛する気になりますかね。

  欧米礼賛と土着文化の破壊というのは、きっと一本の糸でつながっています。それは、日本人が日本人であろうとすることを否定し始めたということです。しかも、無自覚にです。
  非常にたちが悪いです。きっと「アメリカではこうこう」「ヨーロッパではこれが当たり前」とのたまう人々というのは、別に日本文化を破壊しようと思ってそういうことを言っているわけじゃなくて、純粋に近代的で優れたものだから紹介しようと思っているんです。その背景には、明治時代から一貫して我が国のエリートたちが持っていた「欧米は優れていて、日本はダメだ」という発想があるんじゃないかと思うんです。
  それでもまだ、方便として近代化をしていた伊藤博文の世代まではよかったんです。確信犯でしたし、日本を自立させるために仕方なくやっているという割り切りもあったからです。
  ところが、そういう世代がいなくなってしまうと、欧米から「近代的」で「優れた」制度を学ばなければならないという慣例だけが残って、その趣旨は忘れられてしまったのです。要するに、森有礼だらけになってしまったんです。しかも、江戸時代を知らない森有礼です。ただの欧米かぶれ、近代マンセー人間の集まりです。
  こういう人ばっかりになったから、日本は一等国だとか、大東亜の盟主だとか恥じらいもなく喧伝し始めたんじゃないかという気さえしてきます。そういうことを屈託無く言える人たちって、自分たちは、イギリス人の親戚だと思っていたんじゃないでしょうかね。

  誤解しないで下さいよ。私は、先人たちがやってきたことをけなしたいわけじゃないんです。彼らがよかれと思ってやってきたことを、そのまま受け取ってはいかんということを言いたいんです。ましてや、靖国神社を戦争の道具だとか、訳の分からないレッテル貼りなんてするつもりはありません。

  考えてみて下さい。昔からその土地に住んでいた、それなりにプライドの高い人たちがいたら、そこまで欧米礼賛に突き進んだでしょうか。そういう人たちを、近代化で葬り去った時から、きっと日本は日本でなくなり始めたんです。
  しかし、重要なのは、それでもまだこの段階で土着文化を完全に殺すことはできなかったということです。それは、有力な農民が地主として生き延びていたからです。そういう人たちがスポンサーになって、地域のお祭りや、神社信仰が昭和時代まで生き続けていたのです。
  それに、国家神道や神社合祀令があっても、それなりの規模の神社は生き延びましたから、そこを中心として地域社会が形成されて、独自の文化というのもしっかり残ってきたのです。これが、フランスと違ったところです。  

  そこに来て、地方に残った文化伝統に深刻な打撃を与えたのが戦後GHQが行わせた「農地改革」です。文化を支えてきた名主さんや庄屋さんが、その経済力の背景であった土地を奪われてしまったからです。
  しかも、欧米礼賛という明治維新以来の底流は続いていて、それが今までと違うお面を付けて出てきたのが、いわゆる「自虐教育」だと思うんですね。日本人自身が日本を否定するというのを、今度は自覚的にやり始めたということです。まあ、文部省には別の狙いもあったと思っていますが、教え手だったエリート層、すなわち教員たちはそういう姿勢で教壇に立っていたと思います。
  日教組の教員なんかが、よく明治維新を帝国主義の運動だとか、大東亜戦争をアジアのひとびと(笑)に迷惑をかけた蛮行だとか言っているのは、どうも若い頃の自分をむきになって否定している大人という感じがしますね。そういう大人というのは、簡単にいえば自分を持っていません。明治維新以来、我が国の勉強のできる人たちは、常に「近代的で優れた欧米」と「泥臭くて遅れた日本」という構図で物事を考えてきましたから、自己肯定なんてできるわけがないんです。

  これは、愛国心を植え付けたから直るもんじゃないです。

  愛国心教育なら、フランスもやっています。だから、「ラ・マルセイエーズ」なんていう、●おどろおどろしい歌を子供に覚えさせるんです。あの歌が言いたいのは、近代化に逆らう奴は殺せということです。どっかのライオン丸ではありませんが、「抵抗勢力」は刺客を立てて駆逐しろというわけです。
  近代国家は自分を否定しませんから、愛国心教育といっても必ず近代化万歳という文脈になってしまうんです。安倍政権は、伝統を尊重代だとか武道を教えろとか言っていますが、近代化の肯定が前提になっている以上、本当の意味で文化伝統を尊重できるはずがありません。文化伝統というのは、尊重したところで結局「博物館行き」に予算がつくくらいなのであって、担い手が近代化で死に絶えていくというところを変えなければダメなんです。
  まあ、安倍さんの考えていることですから、どうせ長州藩が活躍した明治維新以降のことしか頭にないんでしょう。その程度の見識で文化伝統の尊重と言わざるを得なかった辺り、かわいそうな人です。
  私も教育基本法の改正を歓迎したくちなんですが、こういう文脈が分かってから大して喜べなくなりました。以前の、100%自己否定という文言より多少はましだという程度でしか考えていません。

  なにか、ひどい話になってきましたね。

  しかし、日本の文化伝統が死に絶えたのかというと、決してそうではないのです。まだ、細々とではありますが、神社だって残っているし、お祭りや年中行事というものも存在しています。それだって多分今リストアップすることができないくらい沢山あるでしょう。
  本当の意味での日本文化の伝統は、力こそ弱まりましたが、まだ死に絶えていません。近代化という暴風雨に晒されて、よくここまで生きてきた、と、感涙にむせぶほとです。そして、それこそが私たちが、誰というでもなく、自分たち自身に対して誇っていいことなのだと思います。

  そこで、私が強調しておきたいことが三点あります。

  一つは、みなさんに、文化伝統に対する考え方を変えてもらいたいということです。
  小泉さんがいた時代に「ようこそ日本へ」とかなんとかいって、観光客を沢山呼ぼうというキャンペーンをやっていました。今でも、公明党の大臣がやけに熱心に取り組んでいます。おそらく、中国人や朝鮮人を日本に呼びたいと思っているんでしょうが、そういう人たちが発信している「日本文化とはこうだ」という情報は、信用しない方がいいということです。
  なぜかというと、政府が発信している日本文化というのは、観光化・商業化されたものばかりだからです。もちろん、そういう中にも本当に昔から続いてきたものがあるのは事実ですが、それだけを残しておけばいいというものじゃないと思うんです。
  私が大事だと思うのは、そこらへんにある神社や、時には嫌々参加させられるような地域の年中行事なんです。昔から人の生活にとけ込んできたものというのは、それを機に地域がまとまりを確認したり、その土地の風土を改めて認識できるような貴重な機会だからです。こういう時代だからこそ、プライドを持ってやっていってほしい。年中行事より塾を優先する子供がいたら、休ませてもいいかもしれない(笑)。まあ、勉強はちゃんとしておいてほしいですが(笑)。
  まあ、世田谷区みたいな都会だと難しいでしょうから、やはり地方の人々に頑張ってほしいですね。東京でも、下町や山沿いの地域の人には期待しています。ベッドタウンでも、近くにある八幡様とか、大切にしてあげてほしいと思います。
  そういう土着の文化には、近代国家からみた合理性、要するに金が儲かるとか出世するとかモテるとか(笑)、そういうものは全くありません。しかし、そういう観点でばかりものごとを見ていると、おそらく人間はどんどん無色透明になってしまうでしょう。そういう合理主義を相対化する意味でも、土着の伝統はしっかり生かしていかなければいけません。

  もう一つは、地方の生活にきちんと配慮するということです。東京のような場所では、神社とか年中行事というとなかなか難しいですし、それを通じて花鳥風月を味わうというのも難しくなっています。しかし、地方はそうではありません。神社の氏子になっている方も結構いるはずですし、年中行事もまだまだ続いているところが多いです。
  しかし、そういうものを支えて行くには、ある程度の経済的基盤が絶対に必要です。生活の余裕がなければ、文化などとても維持していけません。
  今はただでさえ都会からジャスコみたいな大資本が殴り込んできたり、外国産の農作物と競争させられたり、地方の方がかえって厳しい経済事情になっているのです。そういう状況を緩和する措置は、絶対に必要です。そうでなければ、ただただ荒涼とした風景、スカスカしているだけの「劣化版東京」が日本中にできてしまうことになります。これは、文化的にも言えることです。
 
  この二つ以上に私が大事だと思うのは、私たちがよかれと思ってやってきた「近代化」というものを少しでもいいから疑ってみるということです。
  たとえば、絶対にやめてほしいと思うことは、文化や伝統を保守すると言いながら、明治維新を礼賛することです。明治維新がきっかけになって、文化伝統が破壊され始めたということは、私が述べた通りです。
  そうじゃない、俺は明治維新の大切さを理解している、おまえが言っているような弊害より、日本を近代国家にした先人の営みの方が重要だ、というのなら、それはそれで構いません。しかし、そういう人には「保守」なんて名乗るのはやめていただきたいのです。全然保守なんてしていないじゃないですか。愛国心とか反日だとかそういうところにばかり気が行ってしまうのは、保守じゃないんです。「国家主義」というんです。
  そういう考えに走ることの不自然さは、自覚しなければ直せないと思います。なにしろ、国家を運営している側は「近代化は自明だ」という前提で制度を組み立てているわけですから、放っておけば間違いなくそういう方向へ流されてしまうのです。
  欧米が近代的で優れていると盲信することも、愛国心に拘泥することも、近代化がもたらしたトラウマだと言うことができます。どちらに行ってもいけません。どちらも自己破壊につながることは、ここまで読んで頂いた方にはお分かりだと思います。

  今自分が立っている位置を疑うこと。そして、それでいながら土着のものを愛でること。難しいと思いますが、それこそが近代化が極限まで進んでしまった今の世の中で必要になることです。
  そして、出来るなら明治維新とは違ったフォーマットで、地域社会が本当の意味で自律的に生きていけるような政治経済の仕組みや教育のノウハウを作っていけたらいいですね。このブログでも、そういう観点は大切にしていこうと思います。  

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2007.09.11(Tue)

話し言葉で歴史を語る(2)~フランス革命と明治維新その2 

  さて、●前回は近代化というのが、金を持っている人間が全部を独り占めする仕組みだという話をしました。
  ちょっと付け加えますけど、そういうのは、一部の人が狙ってやっているんですよ。ナポレオン法典だって、ナポレオンが作ったというより、作るように働きかけた、もしくは作らざるを得ない雰囲気を作った人がいたんです。そういうのはもちろん「資本家」と言われる人たちです。
  権威を金で丸め込むのは難しいです。もちろん、袖の下は使えるだろうけど、そういう「偉い人」の判断まで縛ることは難しいですから。
  しかし、民主主義の政治家というのは、金で籠絡するのがそんなに難しくないんです。当選するために選挙資金、活動資金が要りますからね。まあ、国民がしっかり選べばいいという人もいるでしょうけど、どんなに身が清い人でも、政治活動にはある程度お金がかかります。政治活動の維持に金がかかることと、有権者が賢くなるというのは次元の違う問題です。
  だから、皮肉なんですけど、民主主義になればなるほど、政治家がお金を持っている人間の誘惑に簡単に負けてしまうようになるんです。彼らは当選するために、有権者には選挙の度に適当なことを言ってその場を取り繕い、あとはスポンサーの方を向いていればいいという風にどうしてもなってしまうんです。外資からの献金を堂々と受け取れるようになった最近の政治資金法の改正というのは、そういう意味では非常に「民主主義的」な政策だと思います。
  これを防ぐには、いくつか方法があるんですが、一番いいのは「貴族」みたいな人間、つまり、領民と自分の運命が一体になっていて、どうしてもその人たちを守らざるをえない人間に政治をやらせることです。そうすれば、領民の生命財産を決定的な危険にさらすことはできなくなります。もし、領民を生け贄に差し出すようなふざけた真似をすれば、選挙で簡単に落とせます。昔の百姓一揆と同じですよ。だから、そういう「貴族」議員なら、国民を売るということはなかなかできません。
  そういうことを言うと、皆さんは利益誘導はダメだとか、談合は許せないとか、いろいろ文句を付けてくるでしょう。それはそれで構いません。しかし、そういう批判をしてしまう頭自体が、すでに「近代化」に毒されているのかもしれませんね。
  
  次の話ですね。「近代化が進むと文化伝統が死んでいく」ということを、前回私は言いました。この点、ちょっと突っ込んで話をしましょう。

  近代化を支えている重要な概念に「合理主義」というものがあります。合理主義っていうのは、理屈がないことは認めないということです。
  この合理主義というのは、実は相当怪しい概念です。なぜなら、「何に照らして合理的か」という部分、つまり公理に何を置くかによって、結論が全然変わってきてしまうからです。
  そして、重要なこととしては、近代化した国では、もうこの公理の部分に何を置くかは決まってしまっていて、動かせないんですね。
  フランス革命の場合は「自由」「平等」「個人の尊重」あたりがそうでしょうか。フランス国王は「自由」な個人を抑圧し、不「平等」を助長したから殺されたわけです。それなのに、皇帝とか名乗るナポレオンを認めてしまうんですが、彼はちゃんと上のような概念は尊重しています。だから、ナポレオン法典なんてのが出来たんです。
  みなさんは「自由」「平等」「個人の尊重」あたりを聞いてどう思いますかね。おそらく、「不自由」や「不平等」や「集団の利益優先」よりはいいことだとお思いでしょう。それが普通です。だって、我が国では憲法も教育基本法も、そういう風に出来てるからです。子供の頃から、自由や平等は大切だよ、個人として尊重するよ、ということを叩き込まれてきているはずです。

  でも、もしこういう概念が「文化」や「伝統」を破壊するものだとしたら、みなさんはどう思いますか?

  奈良県に、大峰山という有名な霊山があって、どうやら女人禁制なんだそうです。それを、どういうわけか、●「大峰山女人禁制」の開放を求める会 なんてのがあって、女が入れないのは男女平等に反するからやめろ、なんてことを言っているわけです。
  これを聞いて、なんか変だなと思う人は、おそらく正常な人だと思います。その理由はあとでいいますが、とにかく正常です。ところが、そうではなくて、「平等」に反するからと、いろいろ騒いでいる人々がいるんですね。
  
  さて、ここで問題です。この、女人禁制の開放を求める会とかいう連中を「馬鹿なことはやめろ」と説得するとしたら、みなさんはどんな風に言いますか?

  ・・・まあ、頭の中をいろんな言葉が駆けめぐっているようですが、多分論理的にやったらみなさんは十中八九負けます。

  理由は簡単です。向こうさんは「男女平等」という、我が国で当然だとされている公理を持ち出して、そこから反撃してきます。だから、非常に思考経済がいい、つまり、考える手間が少なくて楽なんです。
  これを、非合理的だと言ってはダメなんですよ。論理学の世界から見れば、

   (大前提)男女は平等でなくてはならない

   (小前提)大峰山は男女を平等に扱っていない

   (結論)大峰山は差別をしているひどい山(笑)だ


  と、いうのは、何も間違ってはいないんです。

  みなさんが、もしこういう人たちに反撃したいと思うなら、大前提が間違っていることを証明できないとダメです。小前提は細かい事実認定に絡んでいることが多いですから、ここで戦うと話がややこしくなって、投入できるエネルギーが多い「狂人めいた人たち」が有利になります(笑)。
  でも、この大前提に反撃するのは、相当難しそうですね。だから、みなさん、こういう連中とは関わらない方がいいです。大事なのは、こういう連中になんとなく引きずられてしまう「その他大勢」の人たちに訴えることです。
  だから、こういう理念馬鹿と論争するのは、やりたい人だけに任せておいて、違う角度から話を進めます。

  今の日本は近代国家ですから、上に挙げた「平等」のように、幾つかの公理にのっとって合理的な国家運営がされています。フランス革命以降のフランスも同じです。

  ここで、ちょっと考えてみて下さい。フランスには、我が国のような古くから続いている伝統芸能がありますでしょうか?
  おそらく、キリスト教関係を除いたら、もう全く存在しないんじゃないでしょうか。絵画や文学、バレエなんかは、みんな革命の後に出来上がった文化です。もちろん細かく見れば、中世の踊りだとか吟遊詩人だとかの影響を受けているのかもしれませんが、昔のものがそのままの形で生き残っている伝統芸能っていうのは、私はちょっと聞いたことがありません。
  もちろん、形になるもの、たとえば建築物なんかは残っているんですが、無形の文化で、中世から続いているというのが、フランスにはどうも少ないんじゃないかということです。少なくとも、私が日本語で入手できる情報の中には無形文化財みたいなものはありませんでした。

  理由は幾つか考えられるのですが、それはどちらも革命という「近代化」に根っこがあります。

  一つは、フランス革命以降「公教育」というものができて、地方にもどんどん合理主義が浸透していったことです。
  国民というのは、初めから「いる」んじゃなくて、「作る」ものです。どうやって作るかというと、あなたたちはフランス人だ、日本人だということを子供の頃から教えるんです。これが国民教育です。
  国民教育というのは、近代国家の理念から見て合理的だと思われることしか教えません。もしそうでないことを熱かったとしても、それは「不合理」なものと扱われて、大切にはされません。
  教科書に、伝統文化が取り上げられていることと、合理性を重視する教育というのは全く矛盾はしていません。そもそも、教科書で伝統文化として扱われるということは、それが生活に密着した営みでなくなり、「博物館行き」になったということでもあります。ひどい言い方をすれば、キワモノとして扱われるということです。もう、そうなったら、あとは保存会みたいなところが細々と扱っていくしかありません。
  だいたい土着の文化というものには、近代国家から見た合理性なんてものはほとんどありません。首都にいる人間が国民を束ねて、税金を取って、都合のいいように動かすのが近代国家なのですから、地方ごとに異なるなんていうのは困るわけです。だから、標準語教育というのが徹底されるんです。フランスでも日本でも、義務教育で一番力が入れられていたのは標準語化でした。
  そうなると、土着のものはどうしても隅っこに追いやられてしまって、世代が移る、つまり教育が浸透するにつれて、だんだん失われていくんです。

  ここで少し余談です。私は、戦後の日本が何であれだけ素早く「皇国教育」から「戦後民主主義教育」に転換できたか、不思議に思っていたんですが、今の考えを応用すれば、その謎はすぐに解けることがわかりました。戦前から、日本は近代国家的教育を徹底していたからです。
  つまり、学校で教える国家にとって都合のいい価値観をそのまま受け取ることに、国民が慣れていたからなんですね。こちらによくいらっしゃる「花ブナさん」が使っていた喩えですが、人工着色料や合成甘味料の味に慣れていたんですね。赤色1号が赤色4号に変わっても気づかないのと同じだったというわけです。
  日本の伝統文化のところは、また後で時間をとって述べます。しかし、まだ全然明治維新に入りそうにないですね(笑)。

  近代化すると文化が死に絶えていく理由はもう一つあります。それは、文化伝統の担い手である土着勢力、たとえば貴族や富裕農民がどんどんいなくなってしまうからです。
  文化というのは人間の営みですから、担い手が必要です。当たり前すぎて馬鹿馬鹿しくなりますが、担い手がいなくなれば文化は消滅します。その担い手というのは、上に挙げたような地方の貴族や農民であり、近代国家の中では明らかに冷遇される人々です。
  近代化というのは貨幣万能化という側面もあります。権威があったり、農業生産ができたりという人間より、お札や手形や預金通帳に書いてある金額が大きい方が強いということです。だから、貴族は「土地」、農民は「農産物」を、それぞれ買い叩かれる運命にあります。これが、冷遇されるということです。
  もちろん、土地を売ってしまった貴族は没落しますし、権威があっても近代国家では役に立ちませんから、取り返すのも至難の業になります。農家も、その時々の農作物の相場で自分の人生が決まってしまうようになりますから、やはり没落していくことになります。
  そうやって、地方に土着していた人々が、自律的な生活を営むことが出来なくなっていけば、文化伝統を守る余裕もなくなります。その結果、文化伝統は死んでいくわけです。
  「合理主義的教育の浸透」「文化の担い手の衰退」、この二つが分かれば、なぜ文化伝統が弱くなってきているかがよくわかると思います。

  こう言うと、「おかしいな、今の日本には文化伝統が結構残っているじゃないか」と反論されそうですね。その反論は、半分だけ当たっています。
  半分「当たっていない」理由をお話しすると、今の日本に残っている文化伝統というのは、博物館送りになっているものが少なくないということがあります。
  博物館送りというのは、もう生活には密着していないということです。たとえるなら、文化のぬけがらです。あるいは、生命維持装置をつけている文化と言ってもいい。
  そういう文化は、マニアが時間を割いて従事したり、あるいは政府が金を出していたりすることで、なんとか形を留めているのです。一番典型的なのは、「保存会」がやっているやつです。10月の●堺まつりで出てくる火縄銃なんかがそうです。まあ、これはこれで面白いので、続けてほしいんですが、今の時代は火縄銃を使っている人はいませんね。
  お祭りなんかもそうです。まあ、お盆にやっているというのは、農作業が区切りがついて骨休めという意味なので、昔の伝統が続いていると言えますが、旧暦を基準にしないで、観光客が来やすい時期に開催期間をずらしているものもあります。
  微妙なのは、相撲です。もともと「仕切り」という動作は、何度でもやり直していいことになっていましたが、今では制限時間が付いています。また、土俵の四隅にあった柱もなくなって、屋根が上からぶら下がっているという妙な形をしています。それは、全てテレビ放映のためです。時間の制約があるのと、柱が邪魔だということからです。
  また、力士も不足してきています。強い力士は、外国人が多いですね。中には、怪我だというのにサッカーをやっていたりする変なのもいます。それを見て「これだから外国人は」と眉をひそめる人もいるかもしれません。
  こういう現象は、見方を変えると、うまいこと時流に適応していっているともいえます。しかし、変質を余儀なくされているのは事実です。
  
  では、そうではなくて、今の日本に、本当の意味で昔ながらの文化伝統が生き残っている理由は何でしょうか。その辺を、明治維新と絡めながら話して、このシリーズをしめくくりたいと思います。

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2007.09.09(Sun)

話し言葉で歴史を語る(1)~フランス革命と明治維新 

  「話し言葉で歴史を語る」という妙なタイトルですが、要するに喋りっぱなしで許してくださいよということです(笑)。私の本業は塾講師なので、こういう企画の方が他の人と差を付けられていいんじゃないかと思ったわけです。
  話し言葉ですから、大ざっぱ荒削りなものになってしまうことはご容赦下さい。致命的な間違いがあれば訂正いたします。
  ただし、なんと言うんですか、「歴史観」みたいなものを間違っていると言われても困ります(笑)。たとえば、ある出来事が正しかったか悪かったか、そういうコメントはやめてくださいよということです。泥仕合や水掛け論はあまり好きじゃないんです。あくまでここでやっているのは、「普通の方にわかりやすく役に立つ考え方を提供する」というものであって、相手を論破する営みじゃありません。
  まあ、そういうことを頭に置いていただいて、以下の話をご覧下さい。

  さて、今回は「明治維新」というものについて話してみたいと思います。

  何でこの話を取り上げるのかというと、簡単に言えば、私自身が世間的な明治維新に対する評価に、ものすごく違和感を感じ始めたからなんですね。
  教科書的な理解であれば、●こちらのリンクがとても簡潔でわかりやすいと思うので、ご覧頂くとして、私はそれとはちょっと違う角度でいろいろ話してみたいと思うわけです。

  明治維新というのは、一般的に言うと、旧来の勢力であった徳川幕府が、尊皇攘夷から倒幕に狙いを切り替えた薩摩、長州といった勢力に駆逐され、その駆逐した薩摩や長州なんかが明治天皇を頂いて近代国家をスタートさせたものだということになりそうです。
  で、どんなイメージがあるのかなと、いろんな本なりブログなりを見てみますと、概ね肯定的なものが多いです。なんで肯定的なのかというと、時代に対応できなくなってしまった江戸幕府、封建制の政府をブッ倒して、他の欧米列強に負けないような近代的な国を作ろうということで動き始めたからだ、という感じです。
  まあ、私もそういう面は否定しません。否定はしないけど、後世の人たちにとって、かなり重大な影響を残したということも忘れてはいけないと思っています。

  何が重大な影響なのかというと、日本の文明、文化の中に「近代化」というものを導き入れてしまったということです。

  ここでみなさんは、お思いになるんじゃないですか。

  「近代化」の何がまずいんだよ?って。

  明治維新というのは、近代化です。これは間違いありません。しかし、その「近代化」というのは、どうも我が国で、無条件にいいものだと勘違いされて、それゆえにいろんな問題を引き起こしていないか、もっと有り体に言えば、日本や日本人自身を傷つけていやしないかと感じているんです。

  それじゃあ、そもそも「近代化」というのは何か。

  今の日本で「近代的」だとか「近代化」というと、無条件にいいものだとされていて、そのマイナス面はあまり指摘されていません。
  時折、まあこれは入試の問題文なんかで結構よく出てくる素材なんですが、便利な世の中や科学技術の進歩が人間性を失わせている、みたいな文化人の叫び(笑)みたいな文章が書かれたりします。しかし、そういう文章も、何か表面を撫でているだけのような気がするんです。
  なぜかというと、便利な世の中とか技術の進歩を批判していても、それがどうして発生したか、つまり近代化というものについての根幹的な問いかけや、それに対する結論がないからなんです。だから、私はそれを何とか考えてみたいと思ってきました。

  で、出した結論は何なのかというと、「近代化とは、土着勢力を抹殺し、国家や社会を無色透明化することである」というものです。
  そして、補足すると、その抹殺やら透明化やらは、決して自然に起きたことではない。つまり、「近代化によって利益を得る個人や集団が、あえてそういう論理をばらまいた」ということも言っておきます。

  一番てっとり早い例として、フランス革命を挙げておきましょう。

  フランス革命というと、悪い王様を民衆、まあ別の言い方で言うと「市民」が倒して、民主主義だとか国民主権だとか自由とか平等とか、そういう美しい理念に基づいた国造りを始めた例として描かれることが多いです。
  しかし、そういう美辞麗句を一切脇に置いて、「誰が得をしたか」という観点でこれを見てみると、別の様相が見えてきます。
  フランスの当時の王朝は、ブルボン王朝です。すごく由緒正しい王朝です。フランスで一番の名家で、そこらへんの農民にとっては雲の上の人でした。
  フランス革命の時、人口の大半を占める農民は暴動だとか国王をギロチンで処刑するとかそういうことには参加していないんですね。「国民」というのは、フランス人権宣言が平等と言うことを謳っている以上、農民も含んでいるのは間違いないはずです。しかし、多数派だった農民は革命に参加していない。
  革命に参加したのは、都市住民です。しかも、ルソーとかモンテスキューが書いた革命を煽るような著作を読めるような人たちですから、教養がそれなりにあって、本を読む暇もあったような人たちです。
  だから、共産主義のマルクスなんかは、フランス革命を起こしたのは「ブルジョワ市民」だとか言っています。マルクスの理論とか考えは少なくとも日本人には有害無益だと思っていますが、金持ちが革命を起こしたという点は賛成です。
  もちろん、農民も不満は感じていたと思います。でも、王様をギロチンで処刑するなんてことは想像できたと思えません。ずっと昔から偉いものだとされてきたからです。要するに、ブルボン王朝というのは「権威」だったわけです。
  ここは重要なんですが、その「権威」というのは、国を動かす実権とか、土地を支配する正統性みたいなものを含んでいるんですね。フランスを治めるのはフランス国王だとか、ブルゴーニュ地方を治めるのはブルゴーニュ伯という貴族だとか、そういう風に昔から決まっていたわけです。
  もちろん、そういう権威のあり方は歴史の中でだんだん変わっていくものでした。しかし、ある日突然覆されたりはしなかったんです。権威というのは、そういうものです。日本にも、皇室という権威があるわけで、その辺は感覚としてわかると思います。
  しかし、こういう権威というものは、ある種の人たちにとってはものすごく邪魔です。その人たちというのは、富裕市民、もっと言えば「資本家」という人たちです。
  フランス革命の時期というのは、産業革命の時期でもあります。産業革命というのは、要するに大量生産して大量消費させるというもので、ものを作るスピードと規模が重要になってきます。
  そして、産業を興すためには、まあこれはあくまで産業革命の時期ですが、「資本」と「土地」が必要です。資本に関しては、ヨーロッパじゃない場所、例えばアメリカ大陸に侵略をしかけて十分に持っていた。だけど、土地というのは誰が握っているかというと、大貴族や教会なんです。一番でっかい大貴族は国王です。
  資本家は何かやるとなると、こいつらにいちいちおうかがいを立てないといけない。フランスは大陸の国で、農業が強いですから、土地の支配というのは昔から権威とがっちり結び付いてきました。だから、イギリスみたいに、金のない地方貴族が羊を飼うために農民を追い出したり、そういうことをなかなかやってくれないわけです。
  これは土地だけじゃなくて、法律や税に関してもです。当時のフランスの商業資本というのは、国王の特許状がないと好きなことはできませんでした。ある町でものを売るにも、そこの貴族だとか教会だとかにいちいち許可を得ないとできないようになってしまっているわけです。商業に関する利権というのは、当時の貴族や教会にとって大きな収入源でした。これは、中世以来ずっと続いてきたもので、絶対王政の時代になっても、国王というスーパー大貴族の手にその利権が移っただけでした。
  こういう人たちに「資本家」というのは、正面切って戦いを挑んでも勝てないんです。その他大勢が応援してくれないからです。その他大勢、特に農民なんかは、権威のある人の方が正しいと思っている。今の世の中から見れば、惰性でそうなっているだけだと思うわけですが、とにかく多数の国民にとってみれば、資本家よりも王侯貴族や教会に軍配を上げるのが普通なのです。
  だから、まず「資本家」は何をやったのかというと、その他大勢に対して「国王は偉くない」という宣伝をしたんです。ルソーやモンテスキューというのは、そういう役割を果たしました。本人たちは真面目に国民主権だの三権分立だの信じていたのかもしれませんが、それを資本家がうまいこと利用したわけです。だから、いわゆる啓蒙主義というのは、国王たちの権威を破壊するために行った一大キャンペーンだと思っておけばちょうどいいです。
  だってそうでしょう?当時としては明らかに異端だったルソーたちの本が、今のベストセラー作家みたいに、生計を立てるのに十分なほど売れたと思いますか?資本家がスポンサーだったから、そういうことができたんです。
  そうやって、まずキャンペーンをやっておけば、農民は難しいけれども、都市にいる商工業者なんかは、そうだそうだと思うわけです。あとは、新しい物好きの若手貴族なんかがそうですね。ラマルティーヌなんていう人は、アメリカ独立戦争に義勇兵として参加までしています。
  そういう人たちが考えたことは、税をとったり、軍隊を動かしたりする権限が国王にあるのは、権威があるからです。その権威というのは、理性を働かせて考えると何の根拠もないじゃないか、とかいう感じです。
  この「理性」というのも危ない考え方ですね。人間ならみんな理性を持っているという宣伝はわかりやすいですから、国王の権威を破壊するにはもってこいの概念なんです。
  それが結局、フランス革命として結実したんです。それ以前に、三部会とかいう身分制の議会を開いたり、国王の方も押し寄せる啓蒙思想の波についていこうと思ったんですが、待ってはくれませんでした。それで、ギロチンにかけられてしまうわけですね。
  ちなみに、このとき国王ルイ16世の奥さんであるマリー・アントワネットが「パンがないならブリオッシュ(ケーキの一種)を食べればいいじゃない」と言ったという話が伝えられていますが、多分資本家がばらまいた嘘だと思います。まあ、今の人にわかりやすい言葉で言えば、「抵抗勢力」(笑)をことさら憎たらしい存在に仕立て上げるための嘘です。人間の妬みや羨みをうまく利用したんでしょうね。
  
  もっとも、このあとフランスは王党派が地方に立てこもって抵抗したりとか、それを革命軍が虐殺したりとか、落ち着かない時期が続きます。たとえば、ヴァンデというところでは「地獄部隊」とかいう漫画みたいな名前(笑)の連中が女子供含めて30万人殺したりしています。フランス革命から美しい国(笑)が始まったとされるフランスの教科書では、そんなことは全く触れられていませんが、事実です。
  伝統的な権威を否定されると、国民みんなの価値が横並びになりますから、こういう混乱が出てくるのは当然なんですね。国王は俺たちと同じ人間なのに、俺たちよりいい暮らしをして威張っていた、だから殺した。でもこれを正当化すれば、「お前は俺の敵だから殺す」という論理を押さえられなくなるんですね。権威というは、ある方が楽なんです。
  で、そういう混乱を収めたのはナポレオンです。ナポレオンは自分を皇帝だと名乗りました。そうやって、新しい権威になったんですね。
  そのナポレオンがやったことで、画期的なことがあります。それは、「民法」を作ったことです。私は少し法学をやっていたことがあるんで分かるんですが、近代的な民法を作ったのはナポレオンだと、どの教科書でも書いています。
  そのナポレオン法典の核心は、「財産権の不可侵」です。簡単に言えば、俺のものは俺のものなんだから、手を出すなということです。別の言い方をすれば、俺のものは俺のものなんだから、そこで何をしてもいいだろうということです。
  その「財産」というのは、簡単に言えば「土地」です。まあ、昔から貴族が金に困って土地を質に入れるなんていうことはあったんですが、それはどっちかというと恥ずかしいことだと思われていましたし、土地を取り返すことは比較的容易でした。我が国でも元寇の後に、借金まみれの御家人を助けようと徳政令を出して、土地をただで戻させたりしています。なんでそんなことができるかというと、土地は権威を持っている人間に属しているからだということが、当たり前に信じられていたからです。
  このナポレオン法典で決定的になった流れがあります。それは、土地は売買の対象になったということです。権威があろうがなかろうが関係ありません。金を出して、「権利」を買った人間のものになるのです。権威から権利へ、この流れは重要です。
  こうなると、もう貴族というのは没落していくしかないんですね。金を持っている資本家は、没落した貴族からどんどん土地を買って、農場を経営したり、工場を建てたりできます。そういう行為は、昔は権威の存在で歯止めがかかっていたのですが、革命があって、ナポレオン法典ですから、もう何も歯止めがなくなってしまっているわけです。
  そうなると、資本家の力はどんどん強くなって、相対的に貴族の力は弱くなります。だから、没落していくしかないんですね。これは、富裕農民についても同じです。

  何か、気づくことはありませんか?

  そうです。近代化の正体というのは、金を持っている人間が全部を独り占めに出来る仕組みを作り上げるということに他ならないんです。

  ナポレオンというのは戦争好きな人でしたから、ナポレオン法典なんて考えつくわけがありません。彼は、資本家のニーズに応えただけでしょう。
  しかも、ナポレオンはスペインやドイツに攻め込んで、そこでもフランス革命の「成果」を広めてしまったんですね。ナポレオンが支配した地域は、みんなナポレオン法典の精神にのっとった「近代市民法」を作りました。法学の世界では、大陸法とか言われているやつです。
  そういうのを広める役割を担ったのが、攻め込んだ地域にいたエリート知識人たちです。

  非難されるのを承知でいいますが、そういう連中は大半がユダヤ人です。ドイツが特に顕著ですが、「ホフ・ユーデン」という宮廷御用達のユダヤ人商人がいて、戦争の度に資金の融通をしたりしていました。そういう連中にとっては、ナポレオン法典のいう財産権の不可侵は、もうそりゃあ大歓迎すべきものだったでしょう。異教徒である自分たちも、堂々と固定資産を保有できるわけですから・・・。
  まあ、もちろんユダヤ人じゃない資本家もたくさんいたのですが、そういう宮廷ユダヤ人が受益者になれたことは確かです。あんまり話していると本筋を逸脱するので、戻りましょう。

  まあ、そうやってフランス革命は後世に続く影響を残したわけですが、各国の教科書を見ても、肯定的な評価しか書いてないんです。日本も同じです。
  その理由はと言うと、フランス革命がもたらした近代化という「成果」を否定してしまうと、日本を含めた近代国家の存在が全て否定されてしまうからです。たとえば、財産権が不可侵なのに、何で政府が税金を取るんだ、と言いたくなりますよね。そうしたら、国民主権がうんぬんと言い返せばいい。そうすれば、政府という、その国で一番の金持ちが人の金をふんだくることを正当化できます。
  別に、金をふんだくることを悪いとかいうわけじゃありません。しかし、昔そういうことをやっていた土着勢力、つまり貴族みたいな人のそれとは明らかに違う仕組みなんです。
  農民の直談判なんかでつるし上げられたり、何かあったら領地を守るために先頭に立って戦ったり、村々の喧嘩を丸く収めたり、結構しんどい仕事だったわけです。戦国時代の武田勝頼の記録について書いた本を読んだことがあるんですが、やれ水をどっちの村に引くだの、農民の陳情に忙殺されるだの、全然かっこよくないんです。
  つまり、土着勢力というのは領民に対して直接的に責任を負っていたんです。教会もそうです。まあ、教会の場合は、信仰の力でそういうのをある程度は押さえ込めましたが、それでも領民には責任を持っていました。
  もし、そういうことができないと、農民暴動とか一揆とかに悩まされました。昔の農民が黙って支配を受けていたなんてのは大嘘です。江戸時代の百姓一揆なんて、わらわら押し寄せて「団体交渉」しただけで、ほとんど領主や代官が屈服しています。
  しかし、近代国家というのはそうじゃないんです。国民を守っているんだけど、声が簡単に届かない仕組みになっています。暴力的な手段に訴えると、警察だとか軍隊が飛んできます。そして、そういう仕組みに、「国民主権」だの「民主主義」だの、なかなか逆らえないような正当化理由がくっついています。
  これは、支配する側や、その支配側とくっついて金儲けをする勢力、つまり資本家にとってはものすごく都合のいい仕組みだということは、絶対に忘れないで下さい。別に、だから国家を転覆させろなんて言いません(笑)。でも、そういう側面はあるんです。

  もう一つ重要なことがあります。それは何かというと、近代国家が成立してから、文化伝統というのが死に始めるということです。

  長くなりそうなので、この話題は次回に続けます。

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  米沢滞在記は、もう少しで完成させますので、しばしお待ち下さい。

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2007.09.08(Sat)

なぜ「日本は日本だ」で満足できないのか 

  公共料金を支払いに入ったコンビニエンスストアーで、こんな雑誌が売られているのを見つけました。

雑誌の表紙


  この画像を見て、何か感じ取れることはないでしょうか?

  私が思ったことは二つあります。

  まず、一つは「中国、韓国なんて目じゃない!」というキャッチコピーの奇妙さです。
  日本の持っている工業技術は、正直なところ追随できる国が全く見あたらないという状況です。突出しているのは工業生産に必要な「中間財」で、工作機械だけでも世界の30%のシェアを持っています。
  中国や韓国の工業は、日本から輸出される中間財がなければ成り立ちません。韓国はサムスンやLGが物を作れば作るほど日本からの輸入が増えて貿易赤字になるという図式になっています。中国に至っては、日本企業の委託加工により中国製といえるのかすら怪しい工業製品が多くあります。
  こういう国々と、日本を比較すること自体がおかしいのです。中国の工業は発展している!などと能天気な礼賛をしてしまうひとは、最終財という目に見える結果しか見ていないのです。

  それなのに、「中国、韓国なんて目じゃない」です。私が日本工業の神様だったら「あの連中とそもそも比較の土台に乗せるなよ」と、ため息をつくことでしょう。そのくらい、日本と中国朝鮮とは工業力が隔絶しています。
  どうせ比較するなら「ドイツ」「アメリカ」のように、自力で中間財を作れる工業大国でなければ意味がありません(アメリカもロボットのような高度な中間財は日本に依存している)。この雑誌の比較は、オタマジャクシと蛙を比較しても無意味なのと同じくらい無意味です。

  どうも、日本を「アジアの友人」と強引にでも仲良くさせておきたい人々がマスコミの中に巣くっているような気がします。

  雑誌の見出しというのは一番訴求力があるわけですから、当然広告代理店(多くの場合は●この会社)のチェックが入っています。そういえば、●彼らが演出した「ブーム」がありました。
  「アジアの友人」を強調する勢力は、どうもこのへんに生息しているのではないか・・・と思うのは私だけでしょうか。

  もうひとつ違和感を感じたのは、「とてつもない日本」という日常的ではない用語法のフレーズです。
  まあ、このブログをご覧になった方はすぐにお気づきかと思いますが、こういうタイトルの本が発売されているわけです。

とてつもない日本 とてつもない日本
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  麻生さんについては、●以前の記事で麻生ファンの期待を裏切ること(笑)を散々書いてしまいました。もちろん、私が上のような紹介リンクを出したからといって、「この本を買え」などというつもりは全くありません。私が言いたいのは、この本のメッセージに込められた「危うさ」です。
  確かに、インドで地下鉄を作るとき日本人技術者が大活躍しただとか、「ああ、日本人でよかった」的な話がたくさん入っている本ではあります。
  しかし、それがそもそも余計なのです。麻生氏の取り上げている話は、海外に行って日本人がこういう業績を上げたとか、日本の文化は海外でこんなに受けているとかいう、日本人の海外進出成功譚が中心になっています。
  ここがうまいところです。このような外での成功話に、日本人は非常に弱いです。麻生氏の狙いは、その後に

 「じゃあ、海外に進出しようよ!」

  と、我々に暗に呼びかけることなのです。

  つまり、麻生氏が日本の技術の素晴らしさ、コミック文化の豊かさを語るとき、その後には必ず「そういうものでアジアや世界のシェアを取りに行こう」というメッセージがくっついているということです。
  確かに、こういう話というのは、「美しい国」だの「主張する外交」だの、聞いた人間も言っている本人も何を言っているのかさっぱりわからないキャッチフレーズよりも、政治家のメッセージとしては数倍ましではあります。
  しかし、その本質は「日本の対外進出」を煽るものであり、グローバリスト(利益の極大化のために、自国に与える影響をかえりみず、国家間の垣根を取り払おうとする勢力)のPR手段に他ならないのです。
  しかも、この人もやはり、アジア・ゲートウェイ構想の安倍内閣と同じ、「大アジア主義」なところがあるわけです。上の麻生氏の著書の項目を見るだけでも、

>アジアの実践的先駆者
>アジアの幸福
>中国の台頭を喜ぶ
>北朝鮮が忘れてはならないこと
>新たなアジア主義
>アジアとのしなやかなネットワーク


  と、いう感じです。

  おそらく、今の日本では、グローバリスト(輸出企業や商社、外資金融資本)がかなり政治に介入しているために、こうやってアジアとの一体化を煽るようなことを言わないと首相になれないのでしょう。だから、何度閣僚を経験しても●この人は首相になれません。あくまで、今の情勢では、ですが・・・。

  私は、外国への進出度合いや「貢献度」だけで日本の素晴らしさを語ろうとすることには反対です。なぜなら、それが本当だとすれば、経済的に小さな国の国民は自国に誇りを持てないことになるからです。
  「なぜ日本が好きなのか」と言われたら、「私が日本人だから」でなぜいけないのでしょうか。あれやこれやと理屈をつけなければ好きになれないというのは、自分の親や子供に対して「~だから好き」と、愛情に理由を付けてしまうことと同じです。
  ましてやそれが、他国に人気があったり、外国で金儲けするのがうまかったりというのでは、かなりずれているような気がしてなりません。

  日教組がやっているような自虐教育と、麻生氏が吹聴するような自尊PRと、どちらかを選ばせるような風潮には断固としてダメ出しをしたいものです。

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★参考記事★
どうすれば日本は戦争せずに済むか(1)
【破滅への】東アジア共同体とアジア・ゲートウェイ構想【片道切符】


テーマ : 特定アジアと日本 - ジャンル : 政治・経済

EDIT  |  10:01 |  中国・朝鮮  | TB(1)  | CM(11) | Top↑
2007.09.06(Thu)

なし崩しの「日朝国交正常化」にNOと言おう 

  予定を変更して、不愉快極まりない話題を取り上げてみます。

「拉致解決が必要」 日朝部会初日 過去の清算は平行線
http://www.chunichi.co.jp/article/world/news/CK2007090602046688.html
--------以下引用--------
 六カ国協議の日朝国交正常化に関する作業部会は五日、ウランバートル市内のモンゴル政府迎賓館で初日の協議が行われ、日本の植民地支配に対する「過去の清算」を含む国交正常化問題を中心に協議した。

 日本側代表の美根慶樹・日朝国交正常化交渉担当大使は冒頭、作業部会に臨む日本政府の基本方針を説明し、「過去の清算をするにしても、拉致問題の解決が必要で、両方やっていく必要がある」と述べ、拉致問題解決に向けた北朝鮮側の具体的対応を求めた。

 これに対し、北朝鮮側代表の宋日昊(ソン・イルホ)日朝国交正常化交渉担当大使は、拉致被害者・家族の帰国などを挙げ、「日朝平壌宣言後、一定の措置をとってきた」と説明したが、拉致問題を「解決済み」として日本側を激しく批判した三月の前回作業部会でのような発言はなかった。

 日本側は六日の協議で、拉致問題をめぐる北朝鮮側の立場をただす。

 過去の清算に関して、宋氏は、「人的、物質的、精神的被害に対する清算が必要だ」と指摘し、在日朝鮮人の法的地位、文化財返還のほか、従軍慰安婦や朝鮮人強制連行、虐殺などを列挙した。

 これに対して、日本側は二〇〇二年の日朝平壌宣言に沿って、国交正常化後に過去の清算も含めた経済協力で一括解決する方式が「唯一の現実的解決策」と重ねて主張。

 議論は平行線に終わったが、宋氏は「相違は明らかだが、互いの立場への認識は深まった部分がある」と語り、引き続き協議することを確認した。

 <過去の清算> 日本との国交正常化に際し、北朝鮮が最優先としている過去の植民地支配に対する日本側の謝罪と補償。2002年9月の日朝平壌宣言にも「不幸な過去の清算」が盛り込まれた。この中で日本は「朝鮮の人々に多大な損害と苦痛」を与えたことに謝罪する一方、両国は「財産および請求権を放棄する」と明記。かつて韓国が対日請求権を放棄する代わりに、日本が経済協力を実施した日韓国交正常化の例と同様、社会基盤整備などへの資金提供による「補償」が有力視されている。
--------引用以上--------


「過去の清算」対応表明 日朝協議
http://www.asahi.com/politics/update/0906/TKY200709050388.html
--------以下引用--------
 ウランバートルで5日始まった6者協議の日朝国交正常化作業部会で、日本側は北朝鮮が強く求める「過去の清算」について誠実に対応する意思を表明した。米朝関係の改善が影響し、初日の日朝部会は険悪な空気に包まれることなく終わった。日本政府は最終日の6日、北朝鮮から拉致被害者の調査再開など具体的な行動を引き出したい考えだ。

 双方は初日に国交正常化、2日目に拉致問題を扱うことで合意し、初日は約3時間半協議した。北朝鮮側の「拉致ばかり取り上げて6者協議の枠組みを壊そうとしている」との主張に日本が配慮し、3月のハノイでの日朝部会とは議題の順番を入れ替えた。

 美根慶樹・国交正常化交渉担当大使は協議後、記者団に「明日が拉致に関する話し合いなので、それを待つ必要がある。現在は明確に説明できる段階ではない」と述べるにとどめた。関係筋によれば、北朝鮮側は日本の姿勢を評価。在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)に対する一連の捜査の問題に言及したが、「これ以上問題を悪化させない姿勢」(北朝鮮筋)を示した。日本側は過去の清算問題で「経済協力による一括解決方式」を提案。北朝鮮側は個別の補償も必要との姿勢を崩さなかったが、「日本の立場に対する認識を深めた」とも語ったという。

 日本側は拉致問題での行動を促すため、北朝鮮への水害支援を経済制裁の例外として実施することを検討している。日本の支援や、北朝鮮による拉致被害者の調査再開が表明されるかどうかが6日の協議の焦点になる。

 北朝鮮が再調査に応じた場合、日本にとって一定の成果となりうる。だが、核問題での成果を急ぐ米国が再調査を「拉致問題の進展」と見なし、テロ支援国家指定の解除を急ぐ可能性もある。
--------引用以上--------

  両者の記事から浮かび上がってくる事は何か。

  それは、「もはや日朝国交正常化は既定路線である」ということです。

  何を馬鹿な、と、私を責めないでください。この二つの新聞記事の引用部分を見て、それ以外の感想を持てと言う方が無理です。
  なにしろ、中日新聞の記事が指摘しているように、日本はピョンヤン宣言で北朝鮮に、何だかよく分からない「過去の清算」をすることを約束してしまっています。
  この「ピョンヤン宣言」とやらを見たこともないのに北朝鮮がどうの拉致がどうのと言っている人が多いかも知れませんので、外務省のホームページから引用します。
 
http://210.163.22.165/mofaj/kaidan/s_koi/n_korea_02/sengen.html
--------以下引用--------
小泉純一郎日本国総理大臣と金正日朝鮮民主主義人民共和国国防委員長は、2002年9月17日、平壌で出会い会談を行った。

 両首脳は、日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなるとの共通の認識を確認した。

1.双方は、この宣言に示された精神及び基本原則に従い、国交正常化を早期に実現させるため、あらゆる努力を傾注することとし、そのために2002年10月中に日朝国交正常化交渉を再開することとした。
 双方は、相互の信頼関係に基づき、国交正常化の実現に至る過程においても、日朝間に存在する諸問題に誠意をもって取り組む強い決意を表明した。

2.日本側は、過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と苦痛を与えたという歴史の事実を謙虚に受け止め、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明した。
 双方は、日本側が朝鮮民主主義人民共和国側に対して、国交正常化の後、双方が適切と考える期間にわたり、無償資金協力、低金利の長期借款供与及び国際機関を通じた人道主義的支援等の経済協力を実施し、また、民間経済活動を支援する見地から国際協力銀行等による融資、信用供与等が実施されることが、この宣言の精神に合致するとの基本認識の下、国交正常化交渉において、経済協力の具体的な規模と内容を誠実に協議することとした。
 双方は、国交正常化を実現するにあたっては、1945年8月15日以前に生じた事由に基づく両国及びその国民のすべての財産及び請求権を相互に放棄するとの基本原則に従い、国交正常化交渉においてこれを具体的に協議することとした。
 双方は、在日朝鮮人の地位に関する問題及び文化財の問題については、国交正常化交渉において誠実に協議することとした。

3.双方は、国際法を遵守し、互いの安全を脅かす行動をとらないことを確認した。また、日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題については、朝鮮民主主義人民共和国側は、日朝が不正常な関係にある中で生じたこのような遺憾な問題が今後再び生じることがないよう適切な措置をとることを確認した。

4.双方は、北東アジア地域の平和と安定を維持、強化するため、互いに協力していくことを確認した。
 双方は、この地域の関係各国の間に、相互の信頼に基づく協力関係が構築されることの重要性を確認するとともに、この地域の関係国間の関係が正常化されるにつれ、地域の信頼醸成を図るための枠組みを整備していくことが重要であるとの認識を一にした。
 双方は、朝鮮半島の核問題の包括的な解決のため、関連するすべての国際的合意を遵守することを確認した。また、双方は、核問題及びミサイル問題を含む安全保障上の諸問題に関し、関係諸国間の対話を促進し、問題解決を図ることの必要性を確認した。
 朝鮮民主主義人民共和国側は、この宣言の精神に従い、ミサイル発射のモラトリアムを2003年以降も更に延長していく意向を表明した。

 双方は、安全保障にかかわる問題について協議を行っていくこととした。 
--------引用以上--------

>過去の植民地支配によって、朝鮮の人々に多大の損害と
>苦痛を与えたという歴史の事実

  まるで日教組教員の授業みたいですね。小泉前首相というのは、こういうことを国際的に言い放って平気な人だということです。これを知ってから、私は彼を全く評価できなくなりました。

>2002年10月中に日朝国交正常化交渉を再開することとした。

  小泉氏が北朝鮮を訪問した最大の目的はこれだったのでしょう。
  「Dogma and prejudice」さんが、●朝鮮銀行(朝銀)に対する公的支援についての興味深い記事をお書きになっています。要するに、朝銀に税金を一番突っ込んだのは小泉政権であるということです。その金額はなんと1兆円を超えています。
  日本で北朝鮮の支援者というと、「野中弘務」という政治家がいましたが、小泉氏は彼とむしろ対立していたはずです。それなのに、朝銀支援にゴーサインを出したわけです。しかも、三回にも渡って。

  結論は一つしかありません。日本における最大の北朝鮮シンパは小泉純一郎だということです。

  なるほど、彼のカイカクを受け継ぐと言った安倍首相が、北朝鮮に対してお茶を濁してばかりいるはずです。自分を首相にしてくれた人物に傷をつけるわけには行きませんからね・・・。
  何も、いきなり拉致問題だけを抵抗の理由にせずに、核開発だの人権問題だの攻めるネタは沢山あったはずですが、それをやるとピョンヤン宣言に傷が付く(笑)ので、ささやかな抵抗に絞ったというわけですね。たいした「戦う政治家」です。

>互いの安全を脅かす行動をとらない

  と、あるのですから、昨年の核実験にかこつけて平壌宣言を反故にすることもできたはずです。しかし、それをしなかった。小泉外交の否定につながるので、やりたくてもやれなかったのです。所詮、安倍首相というのは、その程度の力しかない人物です。

>双方が適切と考える期間にわたり、・・・経済協力を実施し

  向こうが「まだ足りない」と言えば、日本は貢ぎ続けないといけないということです。ここは、後で述べるような国際関係から、最大の味噌でしょう。

>日本国民の生命と安全にかかわる懸案問題

  これには拉致問題が含まれる・・・と言う人がいます。もちろん、日本としてはその態度で構いません。
  しかし、北朝鮮が「核開発のことですか?それなら解決しましたけど?」と言ってきたらどうするのでしょう。しかも、それを六カ国協議の他のメンバーが「そうだそうだ」と、北朝鮮の援護に回ったら・・・?

  そうなってもいいように、このフレーズの前に「拉致問題を含む」という明確な文言を入れておくべきだったのではありませんか。

  あの時は拉致被害者を返してもらうことが最優先だった、そこまでの余裕はなかった、という人は、「小泉首相は目先のことしか考えずに行動する人だ」と認めることになるのですが、それでも構わないのでしょうか。また、「当時の安倍官房副長官はそれを知っていて黙認した」ということにもなると思うのですが・・・。

  このように、小泉政権がピョンヤン宣言でもって国交正常化+莫大な経済援助という既定路線が敷かれていたところ、安倍政権は北朝鮮がミサイルを撃とうが、核実験に成功しようが、同宣言の見直しすらしないでここまで来たわけです。

  では、問題は、日朝国交正常化を急がせているものが何か、ということです。ここでも、気になるニュースが入ってきています。

テロ支援国指定解除、米は合意を否定
http://www.nikkei.co.jp/kaigai/eu/20070903D2M0301I03.html
--------以下引用--------
 米外交筋は3日、米国が北朝鮮のテロ支援国家指定解除で合意したとの朝鮮中央通信の報道を否定した。米政府は拉致問題を抱える日本に配慮し、現状のままテロ支援国リストから北朝鮮を外すことには慎重な立場とみられる。
--------引用以上--------


町村外相、米政府による北朝鮮のテロ支援国指定解除について「日米関係犠牲にせず」
http://www.afpbb.com/article/politics/2276808/2071314
--------以下引用--------
 町村信孝(Nobutaka Machimura)外相は3日、記者会見を行い、米国による北朝鮮のテロ支援国指定解除について、米政府は北朝鮮との関係改善を進める一方で、同盟国日本の国益を念頭に置いているとの見解を示した。

 町村外相は「日米関係を犠牲にしてまで米朝関係の改善を図ることはない、と米国側からは連絡が来ている」と述べた。

 日本政府は米国側に対し、拉致問題が解決するまで北朝鮮を「テロ支援国」の指定から外さないよう要請していた。

 町村外相の記者会見直後、北朝鮮政府も、米国が北朝鮮のテロ支援国家指定を解除することを決定したと発表している。
--------引用以上--------

  アメリカが北朝鮮に対する「テロ支援国指定」を解除するのではないか、ということです。

  北朝鮮はと言うと、こんな感じです。

テロ支援国解除「公約済み」=北朝鮮次官
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2007090400977
--------以下引用--------
 北朝鮮核問題をめぐる6カ国協議の米朝国交正常化作業部会に出席した北朝鮮の金桂冠外務次官は4日、米国による北朝鮮のテロ支援国指定解除について「既に公約されたものがある。今になって新しいことのように感じられるものではない」と述べ、既に米側が約束したことだとの認識を示した。帰国前、ジュネーブ国際空港で記者団に語った。
 北朝鮮外務省は3日、同国が年内に既存の核施設を「無能力化」することに伴い、米国が北朝鮮のテロ支援国指定を解除することに同意したと発表。米側は、この発表内容を否定している。
--------引用以上--------

  私は、北朝鮮の言ってることの方が事の真相に近い気がします。こういうことがあったからです。

「米、対北朝鮮平和協定の年内着手を希望」
http://japanese.donga.com/srv/service.php3?biid=2007071081068
--------以下引用--------
米行政府は、北東アジア地域の恒久的な平和体制を確保できる新しい枠組みを構想しており、その一環として年内に北朝鮮との平和協定への協議開始を希望している、とウォールストリートジャーナル(WSJ)が9日、報じた。

同紙は「米国は6者協議が北東アジア地域の安保脅威を解消する永久的なフォーラムへと移行することを希望している」とし、このように伝えた。

米国とアジア諸国の管理は東南アジア諸国連合や欧州安保協力機関(OSCE)のような形態の枠組みを予想しており、このような恒久的な地域安保構築のカギは北朝鮮が核プログラムを完全に解体するかどうかにかかっている、と同紙は報じている。

同紙はまた、クリストファー・ヒール米国務省東アジア太平洋担当次官補が「非核化への移行が進展を見せれば、平壌(ピョンヤン)と年内に停戦協定を平和協定に代える議論を始めることを希望している」と話した、と伝えた。

同紙は、米行政府は米朝間の直接対話から4者協議まで専任行政府で議論された平和体制構築のアプローチ方法をことごとく検討しており、管理は4者協議の枠組みになる可能性が最も大きいと話した、と報じた。
--------引用以上--------

>非核化への移行が進展を見せれば、平壌(ピョンヤン)と
>年内に停戦協定を平和協定に代える

  アメリカはこういうことを既に言い始めているわけです。安倍政権も北朝鮮に強硬派だと自称するなら、このアメリカ側の担当者であるヒル国務次官補とかいう輩をクビにするようアメリカに求めるべきでしょう。
  北朝鮮もアメリカとの「手打ち」には乗り気です。

米朝軍事会談、北朝鮮が提案
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20070713AT2M1301Q13072007.html
--------以下引用--------8
 北朝鮮の朝鮮中央通信によると、朝鮮人民軍板門店代表部代表は13日に談話を発表し、朝鮮半島の平和と安全保障に関連した問題を討議するため、国連代表も参加する米朝軍事会談の開催を提案した。開催時期と場所については「任意の場所でいつでも」とした。

 北朝鮮の核問題を巡る6カ国協議では、関係国が、核施設停止などに続いて完全な核放棄への流れを加速させようとしている。米朝軍事会談の提唱は、現在休戦状態にある米朝間の平和協定締結など、対米関係改善の先行を対抗カードにする構えを示したものと受け取れる。

 軍事会談の朝鮮戦争が1953年以降、休戦となっている朝鮮半島の新しい平和体制が樹立されるまでは、停戦協定の義務を満たすことが不可欠だとの立場から、談話は、米韓軍事演習の中止なども求めている。
--------引用以上--------

  そして、今に至るまで明確な危険である北朝鮮を生かし続けているアメリカの意向を総合すると、だいたい答えは見えてきます。
  アメリカは今まで温存してきた北朝鮮という鉄砲玉を、本格的に支援することに決めたのです。
  1994年のNPT(核拡散防止条約)脱退以降、アメリカが北朝鮮に期待してきたのは、「悪の枢軸」として憎まれ役を演じることだったと思われます。北朝鮮という分かりやすい脅威がいるからこそ、日本や韓国は米軍のありがたみを痛感し、それだけアメリカの国策に従わざるを得なくなるからです。
  アメリカが本気であれば、北朝鮮を延命させる●KEDOなどという組織を作らせたのでしょうか。本気でキムジョンイルが軽水炉建設をすると思っているとしたら、大馬鹿です(ヒルとかいう人物なら本気でそう考えるかも知れないが)。単なる時間稼ぎ、北朝鮮という「敵」の温存のための口実だったと見るべきでしょう。
  そして、●今年2月の六カ国協議で、核開発を事実上の容認してしまいました。あの協議で決まったのは、「今後の」核施設の停止についてであって、既に濃縮したウランや、ミサイル開発のことは不問に付されています。しかも、どさくさに紛れて、アメリカと北朝鮮の国交正常化協議まで始まることになっています。
  アメリカが北朝鮮の待遇をグレードアップした理由は一つしかありません。北朝鮮の核を中国に対する抑止手段に使うということです。
  純粋に地政学的な観点から見れば、大きなランドパワーである中国に、対立するランドパワー北朝鮮をぶつけるということですから、理に適った戦略ではあります。しかし、それと日本が莫大な負担をしなくてはならないこととは話が別です。
  おそらく、平壌宣言の辺りからアメリカは具体的にこの構想に着手したのでしょう。中国相手の貿易赤字が日本を抜いて最大となり、中国軍の軍備が目に見えて増強され始めたのが21世紀に入ってからだからです。そして、小泉前首相は、アメリカの国策に呼応したということです。その国策というのは、北朝鮮を中国包囲網の急先鋒に仕立て上げること、そのための武装資金は日本が出すことです。
  アメリカは日本をないがしろにするのか?と思った人もいるでしょうが、その通りです。それが現実です。国民を顧みずに核開発を推進してくれる北朝鮮は鉄砲玉としては日本と比べものにならないくらい価値があります。日本はMD(ミサイル防衛)をアメリカから高い金を出して買えばいい、もっと言えば、外資の進出さえできればいいのです。それがアメリカの本音です。

  だいいち、日米同盟を、何か血縁関係のように分かちがたい信頼関係に基づいたものだと考えている方がおかしいのです。

  たとえば、上の日経の記事のこの部分を見て、何か違和感を感じないとしたら、そうとう頭がやられている可能性があります。

>米政府は拉致問題を抱える日本に配慮し、現状のまま
>テロ支援国リストから北朝鮮を外すことには慎重な立場
>とみられる。

  「日本のためにそんなことはしない」と、アメリカの高官が公の場で発言をしたのでしょうか。そんな事実はありません。おそらく、この記事を書いた人間(書かせた会社)が勝手に希望的観測をしているだけです。あるいは、事実に反していると知りつつ、アメリカは日本の見方だと思わせたいためにやっているのかもしれません。
  政府の人間も、同じような病気に冒されているようです。

>「日米関係を犠牲にしてまで米朝関係の改善を図ることはない、
>と米国側からは連絡が来ている」

  外務大臣からして、こんなことを発言してしまっています。で、その「返礼」がこれ。

「ライス長官に急用」日米外相会談が開始直前に延期
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20070906i303.htm?from=navr
--------以下引用--------
 アジア太平洋経済協力会議(APEC)閣僚会議にあわせ、6日午前(日本時間同)に開かれる予定だった町村外相とライス米国務長官との日米外相会談が、開始直前に米側の申し入れで延期となった。

 米側は「ライス長官に急用が発生したため」と説明しているといい、日本政府は日程を再調整したいとしている。

 町村外相は今回の会談で北朝鮮の核開発や米軍再編問題のほか、テロ対策特別措置法の延長問題に関する日本政府の対応を説明する予定だった。

 外務省は「ライス長官は6日午前のほかの会談もキャンセルしている。延期は日米間の問題ではない」と受け止めている。
--------引用以上--------

  さすが「かけがえのない」「揺るぎない」同盟(笑)。ご主人様がドタキャンしても大丈夫、さらに犬の方は文句の一つも言わないのですから、世話がかからなくていいですね。
  新しい外務大臣が就任した直後にこれですから、アメリカの日本に対する厚い信頼がうかがえるというものです。

  もし、アメリカの好意なりなんなりが本当にあるとしたら、そういうものを公の場で引き出す、できれば文書化するという努力をなぜしないのでしょう。外務大臣以下、外交担当者が、アメリカが日本に対して悪いことをするはずがないなどと盲信しているのか、尻尾を振らないと地位が危ないと思っているのか、どちらかは分かりませんが、片想いをしている十代の女の子(笑)ではないのですから、たかが口頭での好意的発言を真に受けているというのはちょっとナイーブすぎるのではないでしょうか。
  この卑屈なまでのアメリカ追従は、どこかの誰かさんが軽蔑し、超克すると宣言した「戦後レジーム」そのものだという気がするのは私だけでしょうか。
  
  まあ、こういうことを言うとすぐに「安倍政権でなくなったらもっと北朝鮮が調子に乗る」とか「安倍首相以外には誰がいるんですか」とか、的外れなコメントをよこす人がいるので、先に言っておきましょう。
  安倍さんだろうが誰だろうが、時の政権担当者がアメリカに屈従し、文句の一つも言わないとしたら、今後も日本は北朝鮮のスポンサー役を演じ続けることになるでしょう。そして、ほとんどの政治家がそういう役回りになるということも、間違いありません。
  そうだとすれば、ブログをやっているような人たちに出来るのは、日本と北朝鮮が近づこうとするのを徹底的に批判し、少しでも日朝国交正常化を遅らせることです。
  たとえば、拉致問題を楯にして抵抗するというのなら、一人が帰ってきたくらいで「進展だ」などと大はしゃぎすべきではありません。全員の帰還を要求し続け、死亡させていたらそれこそ「謝罪と賠償」を求めるべきです。日本国民は北朝鮮を許さないという姿勢を訴え続けるのです。
  そして、それと同時に、日本の苦境を創り上げた張本人である小泉純一郎という人物をつるし上げ、ピョンヤン宣言は間違いだったという認識を広めるべきです。自民党が北朝鮮政策を根本的に改められないのは、朝鮮に籠絡されている議員が多いからというより(その影響はむしろ対韓国の政策に現れる)、拉致被害者五人の帰還とピョンヤン宣言が小泉外交の「成果」として受け取られているからです。そこを崩さなければ、対北朝鮮政策を根本的に見直すことにはつながりません。
  ネットで騒いでもどうせ・・・などという人は、もう二度とブログなどやらない方がいいんじゃないでしょうか。この前の参議院選の民主党の大幅議席増で、ネット右翼的な言論活動は何の影響力もないことがはっきり分かったでしょうし、ちょうどいい潮時かもしれませんよ。

  そうでないという人は、是非アメリカの道具になるだけの日朝国交正常化に反対しましょう!!

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2007.09.05(Wed)

「田舎」とは何なのか(米沢その1) 

  山形県内を回る旅行を終えて、昨日帰京しました。旅行中にも断片的に様子はお伝えしましたが、その時考えたことなど知っておいて頂いて損はないと思い、記事としてまとめることにしました。

  今回の旅行は●青春18きっぷという普通列車乗り放題のチケットを使いました。当然全て各駅停車です。9月1日の朝に東京の上野駅を出て、宇都宮→黒磯→郡山→福島→米沢と、各駅を乗り継いで山形入りしました。
  本格的に動き始めたのは9月2日ですが、この日は「山形市」「上山(かみのやま)温泉」を訪ねました。

  山形市に着いたのはこの日の昼前でした。

  着いたものの、さてどうしようか・・・と思っていたら、駅構内のポスターで●芋煮フェスティバルという有名な行事があると判明しました。私は旅先では「見る」より「食べる」を優先する方なので、早速駅の観光案内所で芋煮について聞き、会場に出発しました。
  山形駅でお勧めなのは貸し自転車です。なんと無料なのです。夕方5時までに返せばよいので、日中の観光はこれで十分でしょう。
  そういうわけで、芋煮フェスティバルのやっている河原まで、自転車で行くことにしました。途中の景色から。

山形城東門

  山形城の東門です。天守閣は残っていません。


文翔館

  重要文化財の「山形県旧県庁舎及び県会議事堂」(文翔館)です。明治時代というのは、どこもこういう西洋風の建物を建てるのが流行ったんですね。

  さて、自転車だと15分くらいで芋煮会場に着きます。

芋煮会場

  まんなかで湯気を立てているのが「6メートルの大鍋」(会場のアナウンスが連呼しているので覚えてしまった)です。これと、3メートルの小鍋(こちらは庄内風味噌味)で、3万食分作るそうです。
  お目当ての芋煮も、去年までは並ばないと手に入りませんでしたが、今回は整理券(300円払う)が導入されたおかげで、かなりスムーズに入手することができます。
  芋煮は、こんな感じです。

芋煮


  中身は里芋に、長ネギ、牛肉などです(すべて山形県産)。パワーショベルと6メートルの鍋で作った・・・というので、味はあまり期待していなかったのですが、これは良い意味で裏切られました。河原でみんなでわいわい食べるという雰囲気にも助けられているのかもしれませんが、こちらで金を払って食べる肉じゃがより味は上です。

  会場は様々な催しものがあり、中にはこういう方々も「活動」していらっしゃいました。

自衛隊の五目おこわ

  陸上自衛隊の炊き出しです。無料で五目おこわが食べられるとあって、人が殺到していました。後ろに見える飯盒用の機械を使って作っていたので、いざというときの訓練という意味合いもあるのでしょう。
  先日の中越沖地震でも山形駐屯地の部隊が現地入りして炊き出しなどに活躍したそうです。こういう「予行演習」の賜物というわけですね。

  その後、米沢に戻る途中、「上山温泉」に立ち寄りました。

  起源が15世紀に遡るという古い温泉郷で、以前は公営競馬場もあり、大変賑わっていました。
  私が訪れたときも、日曜日ということで、思ったより観光客が出ていました。本格的に温泉に入らなくても、温泉街の中にある●足湯を利用できるのがいいですね。

  私は昔この温泉を訪れたとき、100円で入れる公衆浴場があったのを覚えていたので、そこを目指すことにしました。
  少し迷いましたが、8年ほど前に訪れたと思しき公衆浴場にたどり着きました。料金は相変わらず100円です。なぜか髪を洗うのは別料金だったりします。

  そうして、浴場に入ったすぐ後のことでした。

  茹でダコみたいに真っ赤になって、浴場のタイルの上に寝そべっている30代と思しき男性がいました。どうも、番台の主人がその様子を気に入らなかったらしく、浴室に入ってくるなり、男性の持っている洗髪札を取り上げてしまったのです。
  男性は怒り心頭で、脱衣場のところで主人を捕まえて抗議しています。主人も主人で、風呂に入るところで勝手に寝そべるなとか、おまえの寝床じゃねえなどと言い返しています。まさか、風呂場で喧嘩が始まるとは思いませんでした。
  だんだん男性がヒートアップしてきて、主人(年金生活は確実であろう老人)につかみかかろうとしています。その場には、トヨタの奥田会長みたいな老人客(呆けてしまっているようで、会話が全くかみ合わなかった)と、私しかいません。

  これはまずい・・・ということで、止めに入りました。

  こういう時は、正邪の判定はしないで、両方に言いたいことを言わせるのが一番いいだろうと思い、「どうしたんですか?」と、水を向けてみました。
  男性は、出て行けと命令されることよりも、いきなり札を取り上げられたことに腹を立てているようです。まあ、傍目から見ても主人の行動が唐突でした。私は「そうだよねぇ、いきなり取り上げられたらびっくりするよねぇ」と言い、主人の方を見ると、主人も少々罰の悪そうな顔をしています。ひどい頑固者というわけでもないようです。
  で、結局あんたどうしたいの?と男性に聞くと(ちなみに会話は少々訛っていました)、胸くそ悪いので頭を洗ったらすぐ出ると言います。
  私が「そういうわけで、頭洗うのはいいですよね」と主人に同意を求めると、主人はすんなり認めました。まあ、腕をつかまれたりして、主人も身の危険を感じていたのかもしれませんね(笑)。

  というわけで、その場は丸く収まりました。ただ、男性の方が「上がってから言いてえこと言うから」と言っているので、気が気ではありません。
  肝心の風呂が熱すぎて、ものの3分程度入浴して飛び出してしまいました。一体、何を氏に来たのかわかりません(笑)。
  例の男性がまだ脱衣場にいました。彼は「さっきはどうもすいませんでしたね」と、私に声をかけてきました。少し落ち着いてきたみたいなので、向こうの話を聞いてみました。
  どうやら、その男性は山形市で、親類がいる上山の公衆浴場をたまに利用しているということでした。で、来る度に文句をつけたくなるのだと言います。

  「昔はここも温泉街でにぎわったし、競馬もあったでしょ。だから、殿様商売なんですよ。既得権益にしがみついててるんだよね」

  男性がそんなことを口にしたので、私は言いたいこともあったのですが「なるほど」とだけ返しました。彼はさらに続けます。

  「こうして客にはその日の気分で嫌がらせみたいなことをして(これ以外にも湯を水でうめたりすると怒るらしい)、お客さんに対するサービス意識なんて全然ないんですよ。それにほら、地元の人って、頻繁に利用するでしょ、そうすると自分の風呂場みたいになって、孫とか金払わないで勝手に入れちゃうんですよ。そういうのをあの爺さん(=主人)は見て見ぬ振りしてるんだよね・・・」

  私は、彼の言いたいことがよく分かります。山形市、すなわち県内最大の都市在住ですから、もしかしたら東京に住んでいる私と共通する感覚があるのかも知れません。しかし、その場は「田舎だからねぇ・・・」としか言えませんでした。
  結局、男性も私がいる手前妙な真似はできないと思ったのか、着るものを着たらすぐに出ていってしまいました。

  私も後を追うようにして浴場を出たのですが、この一件で「田舎とは何なのか」がわかった気がしました。

  都市住民の客の男性が言っていることは、間違ってはいません。確かに、あの主人にはサービス精神はありません。私が貴重品を預けたときも「名前何てんだ?」と、少々横柄な言葉遣いで対応しています。
  しかし、そのような態度で浴場の主人を務めていることを、既得権益という悪し様な言葉で形容するのは、少し違うと思うのです。
  男性の言い分としては、金を払っている客なのだから、もう少し丁寧に対応してほしい、ということなのです。彼自身も、止めに入ったとき何度も口にしていましたから事実です。
  しかし、それならばなぜ「公衆浴場」という場所に足を踏み入れるのか、逆に男性に聞きたくなるのです。公衆、と言っているのですから、まあ確かに誰でも入れるという建前なのですが、観光や帰省で来た人間が利用する頻度など多寡が知れています。そういう人間たちより、普段から利用している老人と、なあなあの関係を築いている方がむしろ自然だと思うのです。
  男性は金を払っている客だという論理を持っているのですが、それは地元の人間からすれば、金を払ったことにかこつけて自分の共同体に侵入してくる行為だと考えられなくもないのです。それを正当化したいのなら、金とサービスを対価関係にして競争している、普通のホテルや旅館に行くべきなのです。
  内輪の人間を優先するとか、外から来た人間に対して不親切だとか、そういう姿勢を全て「既得権益」だと言って非難することは、恐ろしいことだと私は思っています。その論理を敷衍すれば、地方に無数に存在する共同体、すなわち人的関係の塊を、全て否定することにつながるからです。
  そういう閉鎖的な人間の輪があったからこそ、その土地土地の文化風習や伝統というものが守られてきたのではないでしょうか。そういう人たちにとっては、外部者の締め出しや談合も、生きていくための知恵であり、生活の糧をうまく配分するための手段だったと言えなくもないのです。
  多くの「保守」や、文化伝統の墨守を謳う人々はここが分かっていません。田舎で肩を寄せ合って生きている人間に対して、「非効率的」とか「不公平」だとか「自分の利益に固執している」とか指摘するというのは、その土地の独自性を否定し、ひいては、そこを基盤にして育った文化や伝統というものを否定することにつながるのです。保守を自称している人間が、そういうものを「カイカク」しようと主張するのは、背理としか言いようがありません(国家主義と保守を混同している)。
  主人がいきなり洗髪札を取り上げた行為を弁護するわけではありません。しかし、外部から来た人間が床を広く占有して我が物顔をしていたら、憤慨する主人の気持ちもわからなくはないのです。
  それでも、「それなら、外の人間は入れるな」と言われてしまえばそれまでですが、少なくとも利用する側が、「使わせていただく」という気持ちを持つことは大切なのではないでしょうか。少なくとも、金を払っていれば自分の方が上なんだ、という姿勢を持つことは、何のプラスにもならないという気がするのです。たとえ、理屈としては正しいと、都市生活の中で認められていても。
  それどころか、都市の人間が何となく田舎に対して持っている反感を、昨今の地方向けの予算削減だとか公共事業のカットにうまく利用されているという気すらします。

  上山温泉の中心街を通って駅へ向かったのですが、シャッターを閉めている店が結構ありました。今日は観光客が多い日のはずですが・・・。
  道ばたでアイスコーヒーなどを出している店の人にきいたら、「ホテルで土産を売るから、普通の土産物屋はあがったりみたいですね」ということらしいです。ホテルと土産物屋という、古めかしい分業を否定して、ホテル側が自分のところに泊まっている客にそのまま売りつけるという「効率的」な方法を選択した結果でしょう。
  確かにそれは間違っていないのですが、次のテナントも決まらず、シャッターを閉めたままのお店を見ると、何か悲しい気分になります。地方の温泉街というのは、どこもこんな感じなのでしょうか。

  自分のあずかり知らないところで、昔から続いてきた何かが死に絶えていくのは、悲しいことです。

  次回は、米沢といえば誰もが思いつく人物のことを取り上げます。

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2007.09.02(Sun)

米沢から「東京」を想う 

  引き続き米沢から更新しています。

  のっけから不吉な言い方ですが、今日は出だしから大きく躓きました。

  私の計画では、今日はレンタカーを借りて喜多方まで足を伸ばすことになっていました。米沢と喜多方は県こそ違いますが、峠を一つ越えればあっという間です。●こういうバスも走っています。目当てはもちろん「喜多方ラーメン」でした。
  しかし、レンタカー屋に2軒あたったのですが、撃沈しました。1日5000円程度で利用できる軽自動車やコンパクトカーは全て出払っていたのです。唯一の残っていたのは8000円もするボロいセダン。
  ガソリン代とあわせたら1万円を超えると思うと、馬鹿馬鹿しくてやめました。
  私は、●青春18きっぷという乗り放題の乗車券を持っているので、まあ当てのない旅もいいだろうと、県庁所在地の山形市をたずねることにしました。

  そうしたら、なんと・・・幸運にも、全国的にも有名な●芋煮フェスティバルをやっているというポスターが。
  早速会場に駆けつけ、しばらく待ちましたが、美味しくいただきました。(様子は後日の記事で詳報)

  その後、途中下車して、「上山(かみのやま)温泉」という場所を尋ねました。実はこのとき、ちょっとした事件があり、そのおかげで、「地方」や「田舎」とは何なのか、深く考えることができました。(これも後日の記事で詳報)

  さて、これから夕食です。米沢というのは、ラーメンが大変おいしいということで有名です。
  昨日出かけた●「熊文」というお店は最高でした。ネットでこの店のことを調べると必ず「あっさりしていて懐かしい味」という評価が出てきますが、間違いありませんでした。
  どうも、私は東京でラーメンを食べるとなると「激辛」だの「濃厚とんこつ」だの、何か食べ物本来のあり方と違った方向へ走ってしまいます。そして、たまに、あっさりした昔風のラーメンを食べようと思うと、●このお店●このお店のように、なぜか高価になってしまうのです。要するに、東京では「あっさり」も「自然派」も「昔ながら」も、全て消費を促すブランドに過ぎないというわけです。

  東京でのあわただしい生活に慣れている私にとって、この米沢のお店の味は、何かほっとするものでした。

  熊文のラーメンというのは、米沢という土地そのものなのかも知れません。穏やかではあるけれども、刺激がない。だから、若い人は激辛や濃厚ギトギトや豚骨のラーメンがあふれる東京を目指したがるのでしょう。
  しかし、プロデューサーなる怪しい人種が店舗の設立やメニュー決定に絡み、妙にブランド化してカップラーメンまで発売するような東京のラーメンに、私は「狂奔」という言葉を想起せざるをえません。
  たまにこうして地方に来ると、東京の狂ったような時や物の流れを、相対化できる気がします。それだけでも、意味があるのかもしれません。

  もう少し旅は続きますが、取り急ぎ報告までに。

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2007.09.01(Sat)

米沢に滞在中です 

  今後、言論活動(笑)の柱の一つにしていこうと思うことの一つに、「日本の先人たちの知恵の紹介」があります。

  たまたま夏休みから2学期に移る時期ということで時間ができたので、とある人物の業績に思いを馳せるべく、山形県の米沢に来ております。
  ご当地の食べ物や文化など、いろいろご紹介したいところなのですが、旅に同行している中古ノートパソコンが「ブートメディアを入れなさい」と言うばかりで返事をしてくれません(笑)。ホテルのパソコンから、フロントの方の白い目を感じながら更新しておりますが、画像などを上げることができず、忸怩たる思いであります。
  代わりといってはなんですが、ニュースの紹介などしておきます。たまにはこのような普通のブログ(笑)ぽいことをしてもバチはあたらないでしょう。

社名が中国を連想?岡山市の「中国食品工業」が自己破産
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070901-00000513-yom-soci
---------------以下引用--------------
 岡山市の海産物加工販売会社「中国食品工業」(岡将男社長)が岡山地裁に自己破産を申請し、破産手続きの開始決定を受けたことが、1日わかった。

 同社などによると、負債総額は約8億7500万円。同社は「『中国地方で一番』という決意で付けた社名だったが、中国産食品問題のあおりを受けた」としている。

 同社は、1948年創業で、つくだ煮や海産珍味を製造、販売。同社によると、ピーク時の2000年には、13億円5400万円の売り上げがあったが、ここ数年の取引先の経営不振や原材料費値上げなどで、業績が悪化していた。

 今年に入り、中国産食品の汚染が問題になり、スーパーなどとの取引が減少。この2か月の売上高は前年同期の15~20%減となっていた。
---------------引用以上--------------

  この会社も、グローバリゼーションの犠牲者かもしれませんね。

  もともと日本で「中国」といったら、中国地方のことを指すわけで、戦前よろしく「支那」と読んでいればこのような被害は起こらなかったわけです。
  まあ、それを言い出すと、日本の刊行物やメディア全てに喧嘩を売る羽目になるかもしれないので、たとえ登記や事務処理の費用、新たな名刺や封筒の代金がかさんでも、早い段階で社名を変更しておいた方がよかったかもしれません。

  先ほど、知り合いから紹介された米沢のラーメン屋に行ったところ、NHKの番組がやっていて、関口宏の息子が出ている「中国鉄道の旅」みたいなドキュメンタリーをやっていました。
  その内容といったら、徹頭徹尾シナ(いわゆる中国)の風景や文化の賛美で、見ていて非常にいやな気分になりました。●シナ(いわゆる中国)政府が組織的な民族浄化を行っている東トルキスタンについても、まるで現地の少数民族が独自の文化を脈々と育んでいるかのようなイメージのみ。続きで同じことをチベットでやったら、本当に頭にきてNHKに抗議の電話を入れていたところでした。
  鉄道の風景を扱う番組なのに、なぜか北京の町の様子を紹介して、「町の至るところで建設が進んでいます!」などと能天気なナレーションを入れている番組構成には失笑を禁じえませんでした。
  今から北京オリンピックに向けてのPRってやつですか?まあ、そうでもしないと客が集まらないということで、シナ(いわゆる中国)政府やシナ(いわゆる中国)大使館、もしくは旅行代理店や経団連などのグローバリスト団体から熱い要望があってああいう番組をやっているのかもしれませんね。
  改造安倍内閣とやらも、●北京オリンピック宣伝部隊みたいな布陣のようですし、一般大衆がシナ(いわゆる中国)に対する感情を悪化もしくは正常化させていくのに反比例して、「関係者」のシナ(いわゆる中国)万歳・毛沢東万歳・共産党万歳のボルテージは上がっていくことでしょう。これからも、さんざんコケにしてやろうと思っています。

  今晩はこの辺でおやすみなさい。

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