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2007.08.23(Thu)

どうすれば日本は戦争をせずに済むのか(2)  

  ●昨日の記事のつづきです。

  「白村江の戦い」と「秀吉の朝鮮遠征」、そして先の大東亜戦争(太平洋戦争)から共通して得られる一つ目の教訓は、「外国と交流しすぎると戦争になる」というものでした。
  
  二つ目はこれです。

(2)「親切な」外国人は警戒する

  (1)から派生する注意事項なのですが、なんらかの能力や見識を持っていて、日本に協力的に接してくる外国人を疑うべきだということです。
  これも実に簡単な話で、外国人というのは常に「本質的な仮想敵」です。なぜなら、彼彼女の母国と日本が対立することになれば、前者を優先させるに決まっているからです。
  ところが、日本人の多くがそういう外国人の行動様式について警戒心が足りません。特に、「あなたのために働きます」と言ってくる人間に対して、疑う目を向けることを恥ずかしいと感じているようです。日本人同士の義理人情感覚を、外国人にずらして考えているからでしょう。

  歴史的に見ても、よかれと思って側に置いた外国人が、後で災いを招いたことがあります。「白村江の戦い」も「秀吉の朝鮮遠征」も、見事に当てはまります。

  白村江の戦いの原因を招いたのは、亡命してきた百済人でした。彼らは新羅に滅ぼされた祖国を復興すべく、日本を頼ってきたのです。そして、まあいろんな要因があったわけですが、斉明天皇や中大兄皇子(のちの天智天皇)は友邦であった百済を救うために大陸に軍隊を送ってしまいます。
  もちろん、渡来人である百済人から、朝廷はいろいろな便益を受けていたので、その裏返しという意味もあったのでしょう。しかし、彼らの祖国復興まで手伝う義理はなかったはずです。百済人は百済のことを第一に考えているわけで、外地での戦争の結果日本がどうなろうと知ったことではないというのが本音です。
  
  「秀吉の朝鮮遠征」なら、キリスト教の宣教師たちがそれに当たります。織田信長は特に彼らを保護していました。その後継者である秀吉は、バテレン追放令を出したものの、それまでは一貫してコエーリョなどの宣教師たちに好意的でした(●こちらのリンク
が詳しい)。
  彼らが、朝鮮遠征をそそのかしたという可能性はないのでしょうか。たとえば、スペイン王の親書(偽書でもよい)を見せて、中国を南北に分割する提案を持ちかけたりすれば、秀吉は魅力を感じたはずです。
  理由は、彼らが「死の商人」だったからです。安土桃山時代に大規模な戦争を行うための必需品は鉄砲(火縄銃)でしたが、その鉄砲は「黒色火薬」がなければ使えません。そして、その黒色火薬の製造に必要な硝石(硝酸塩化合物)は日本では産出されず、東南アジアや中国で採れるものを、ポルトガルの商船が日本に輸出していました。
  おかしなものです。火縄銃の国産化に成功し、当時世界で一番鉄砲を保有していた日本には火薬がなく、それを運んでくるのは外国人だったのです。日本人が国内外で人間を殺せば殺すほど、外国人が儲かる・・・まともな人間であれば、誰でもおかしいと思うはずです。
  残念ながら、秀吉はそれに気づかず、まんまと宣教師たちの罠にかかってしまったわけです。

  残念ながら、大東亜戦争の時はそういう外国人はいませんでしたが、それに近い役割を果たしていた人間はいました。それが尾崎秀美(おざきほつみ)です。
  彼らの暗躍については、●こちらのリンク●こちらのリンクを見ていただくといいでしょう。要するに、尾崎はコミンテルン(共産主義インターナショナル)の構成員であるリヒャルト・ゾルゲと手を組んで、、時の首相近衛文麿に取り入り、日中戦争への道筋を作りました。
  どうやら、コミンテルン、すなわちソ連が日本とドイツに挟撃されないよう、国民党と日本を相討ちさせて共産党に漁夫の利を得させる作戦だったようです。親日政権(汪兆銘政権)を間に挟ませるなど、手の込んだ作戦でした。見事なランドパワー戦略であり、およそ日本人である尾崎が単独で考えられるものではないでしょう。
  尾崎自身、「東京帝国大学」出身で、唯物論(要するにマルクス主義)の論文を何本か書いていたそうですから、革新官僚と同じような頭の持ち主だったのでしょう。少なくとも、彼の遠大な構想が日本と日本人に与える影響を顧みていなかったのは確かです。
  日中戦争後の日本がどうなったかは、言うまでもありません。
  
  いずれも、時の権力者たちが外国勢力の誘いを断るに断れないまま、ずるずる流された結果が対外戦争となって現れた結果といえるでしょう。

  ・・・と思ったら、また時間が押してきてしまいました。そろそろ寝なくてはいけません。明日は何とか書き終えることができそうです。恐縮ですが、続きは明日にさせてください。

  早く夏期講習が終わってくれませんかね・・・(泣)

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テーマ : 戦争・原爆 - ジャンル : 政治・経済

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