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2010.02.25(Thu)

近頃サボりがちな上に、フィクションです。 

  転居を控えているため、もうしばらく開店休業状態が続きますが、3月以降は頑張りたいと思うのでよろしくお願いいたします。
  間つなぎにしかなりませんが、こちらでも読んでお楽しみ下さい。

究極のスリル好き向け、仏でオーダーメード「誘拐」サービス
http://jp.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/idJPJAPAN-14017820100223

 究極のスリルを味わい人のために、フランスの会社が「誘拐」サービスを始めた。誘拐の筋書きを詰めた後、客は契約書と免責同意書にサインし、誘拐されるのを待つ。最大限の緊張感を得られるよう、いつ「誘拐犯」が現れるかは知らされない。
 さらわれて縛られたり猿ぐつわをかませられた上で4時間監禁、という「基本パッケージ」が900ユーロ(約11万円)。このほか、追加料金で脱走やヘリコプターによる追跡などを加えることも可能。

 1月中旬のサービス開始以来、1日に2件の注文が入ることもあり、客の多くはバンジージャンプやスカイダイビングでは物足りなくなった大手企業の幹部らという。





※以下はフィクションです。



誘拐サービス申し込んだんっすよ。最近日常がマンネリ気味だし、そこそこ収入あるんすけど、彼女もいないし、パチとかスロとか行ってもつまんねえし、まあスリルあるかなって。

そしたらね、申し込みから3日後っすよ。ダチと上野で飲んで、一通りグチ聞いてやって俺だけストレス溜まって帰る途中、いきなり京成町屋駅近くのガードのところで、屈強な男3人に囲まれちゃって。

しかも、人通りとかないし、大きな袋持ってるし。

「お、きたきた♪」って感じだったんっすよ。これでちょっとした騒ぎになったら、「誘拐サービス利用してみました。みなさんお騒がせしてドーモスンマセン!」とか、林家三平みたいなリアクションでマスコミに出てやろうかなって思っちゃったりして。

で、これがまた本格的で、いきなり真ん中の男が俺の腹思いっきり殴って、その殴り方がまた絶妙、俺一発で意識飛んじゃって。

その後、気づいたらなんかちょっと変な感じで、ゆらゆら足下が揺れてんの。これって、もしかしたら船?とか思ったんだけど、監禁状態で外が見えない。

いやあ、たった6万円でここまで手の込んだことやってくれるんだあ、とか、妙なところで感心しちゃって。

やることないから寝てたら、だいぶ時間が経った後、やっと外に連れ出されたんだよね。どっかの港みたいなんだけど、なんかやけに寒い。俺東京育ちだからわかんないんだけど、北国ってこんななのかなぁって思った。

で、俺を殴った奴が出てきて、無言で立ってゼスチャーするから、「うわー、おれもろ被害者じゃん」とか思いながら、でもそいつの迫力にちょっとビビリながら、指示されたとおりの順路で歩いたね。だって俺かよわい被害者だし(笑)。

しばらく歩かされて、有刺鉄線?みたいなのに囲まれた建物の中に入れって言われて。誘拐用にこんな本格的な施設作っちゃって、もうすっかりビジネスとして確立してるんだね!すげえ!の一言(爆)

建物の中に入ったら、これまたいかにもって感じの薄暗い内部で、教室みたいなところに連れていかれたんだよね。なんかさ、教壇みたいなところがあって、その上にメガネかけた太ったじいさんと、おばさんみたいなパーマのおっさんの絵がかかってんの。よく見ると、漢字で「首領様」「将軍様」とか書いてある。左のメガネが会社の会長で、右のデブが社長みたいな?

で、今数日たったところなんだけど、食わせてくれる飯が少なくて、しかも唐辛子が入ってないキムチとか、いい具合にひもじいテイストで、なんか俺本格的に誘拐されたんだなぁって実感が湧いてきた。

飯の合間に、なんか視力検査の記号みたいな字を読む練習とかさせられてるのがよくわかんないけど、まあそういう方針の会社なんだろうなぁって思ってる。人生無駄なことの一つや二つあるもんだよね。

ああー、腹減ったな。次の飯まだかな?



※上の文章はフィクションであり、実在する国家政府や団体等とは何ら関係はありません。
※誘拐サービスは、個人情報を悪用されるリスクを了解の上でご利用下さい。





  それでは、本格始動まで今しばらく、ごきげんよう。



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2008.04.24(Thu)

【人権尊重】かくて殺人者は野に放たれる【責任放棄】 

  インターネット上のブログや掲示板を見ていると、●光市母子殺人事件の被告人や弁護人に対してすさまじい非難が浴びせられています。その論調に必ずしも賛成ではありませんが、何の罪もない親子を殺したというだけで、被告人が悪逆非道だということは間違いありません。
  しかし、日本ではこの「少年」などよりもっと手厚く守られている人間がいます。「精神に障がいのある人たち」がそうです。

岡山駅突き落とし事件、家裁送致少年に「発達障害」の診断
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080424-OYT1T00134.htm
--------以下引用--------
 岡山市のJR岡山駅ホームで3月、岡山県職員・假谷(かりや)国明さん(38)が突き落とされ電車にはねられ死亡した事件で、殺人などの非行事実で家裁送致された大阪府大東市の少年(18)が、捜査段階の簡易精神鑑定で「対人関係の構築が困難な発達障害」と診断されていたことがわかった。

 大阪家裁が選任した付添人弁護士が23日、明らかにした。付添人弁護士は少年審判で正式な精神鑑定を求める方針。少年は今月15日、岡山家裁に送致された後、居住地を管轄する大阪家裁に移送された。
--------引用以上--------

>対人関係の構築が困難な発達障害

  こういうフレーズが挟み込まれたことで、もうだいたい結論は見えたようなものです。この「少年」とやらは、刑事罰を受けることはないということです。

  具体的に述べます。被疑者が18才なので、まず身柄は家庭裁判所に送られます。上の記事は、その段階です。家庭環境だとか本人の性格だとか、その辺をいろいろ探りながら様子を見ます。少年には可塑性(まだ人間としてやり直せる可能性)があると考えられているので、このような手続きになるのです。
  その審判の過程で、もうこれは犯罪として扱うべきだと考えれば、検察官送致になります。ここから先は、成人の犯罪と同じです。あとは検察官が起訴し、公判で犯罪を立証するということになるわけです。
  上のような過程で、この突き落とし殺人の容疑者が刑罰を受けることがなくなるケースはいくつかあります。
  まず、「少年院送致」「保護観察処分」になるケースです。つまり、検察官送致がされず、あくまで少年法の枠内で処理するわけです。この場合は犯罪の処罰というより、少年の更生に主眼が移ります。もちろん、前科も付きません。
  他には、「不起訴処分」になる場合や、「責任無能力で無罪」という場合が考えられます。前者は、検察官が有罪にするのは無理だと思ったり、情状酌量の余地があると考えたりして起訴を見送ることです。後者は、物事の善悪を見極められない状態でした行為には責任を問えないという考えに基づいており、その根拠になるのは刑法39条です(●以前の記事を参照)。
  今回の事件は少年+精神上の障害という、最強のコンビなので、こういう風に法律でやさしくやさしーく扱われることになるわけです。

  そうなると、当然疑問に思う人もいるでしょう。

  「この犯人がまた同じような犯罪をしたら、誰が責任を取るのだ?」

  「そういう犯罪を防ぐ手段を講じているのか?」


  ということです。我が国も法治国家なので、いちおうそういうことは考慮しています。

  まず、検察官に送致されたものの、心神喪失で不起訴や無罪になった人間を扱うために、●「心神喪失者等医療観察法」(略称、医療観察法)というコースが設けられています。それによると、

●地方裁判所で裁判かと精神科医が相談して入院通院を決定する
●審判には必ず弁護士が付き添う
●受け入れ先になるのは、24カ所の「指定医療機関」である
●社会復帰を促すために、保護観察所も関与する


  ということで、そのまま世の中に「放流」したりしないようにはしているわけです。しかし、それでも「社会復帰を促す」という姿勢であることは変わりがありません。
  しかも、危ない人間を処置する「指定医療機関」は、全然数が足りていません。●こちらのPDFをご覧頂ければわかりますが、当初目標は24カ所、約700床を確保する予定だったのですが、平成19年の7月現在、確保できた(=建設準備まで進んだ)ものは18件、実際に稼働しているものは10件です。
  さらに、その後対象者が通院することになる「指定通院期間」は257カ所で、厚生労働省が必要だとする382カ所に遠く及びません。
  そういうことで、厚生労働省は、既存の病院をちょっと改装したり、都道府県立の病院にとにかく受け入れを迫ったりと、数を確保しようと躍起になっています。問題のある人間を処遇するには全然数が足りていないのです。
  これでは、「入院即退院」となって、犯罪を犯す危険の高い人びとを簡単に解き放ってしまうことになるのは目に見えています。

  では、検察官送致まで至らなかった場合はどうでしょう。
  この場合は、「医療少年院」に送られる可能性が高いです。この機関の名前、何かのニュースで聞いたことがある人も多いはずです。
  はい、そうです。「神戸連続児童殺傷事件」の犯人である少年が収容されていたところです。あれって結局どうなったの、という人もいると思うので、以下のリンクを参照してみましょう。

”酒鬼薔薇聖斗”が退院する!
http://kodansha.cplaza.ne.jp/broadcast/special/2003_05_21/index.html
--------以下引用--------
  神戸少年鑑別所に収容された当初、少年Aは、「僕はもう、前と違う人間になっているから」と逮捕後と同じく、両親との面会を拒み続けていた。「生まれて来なければよかった。このまま静かな所で一人で死にたい」とも主張していた。面会に来た父親が「誰が何と言おうと、お父さんとお母さんとの子どもやから、家族5人で頑張って行こうな」と声をかけると、少年Aは「帰れ、ブタ野郎」「会わないと言ったのに、何で来やがったんや!」と怒鳴り出したという。少年Aは両親を睨みつけながら涙をボロボロこぼして泣くなど、人の話に耳を傾けることができる状態ではなかった。施設側は当然のことながら自殺防止のため独房で24時間監視態勢をとった。

  しかし後日、「こないだは、あんなこと言うてゴメン。悪かった」と泣きながら、両親に素直に謝っている。その後、「命についての話」になり、少年Aは「人間に限らず生き物はいつかは皆、死ぬんや。人の命かて蟻やゴキブリの命と同じや」とも述べている。しかし、医官や教官ら職員数人が「包み込むように」接するうちに、「お父さん」「お母さん」「お兄ちゃん」などの気持ちを持つようになり、「社会で温かい人間に囲まれて生きたい」と口にするまでになったという。
  この変化は徐々に現れてきた。たとえば、医療少年院では心の投影をみる箱庭療法という心理療法が行われている。砂、玩具、人、植物、乗り物、建築物などのミニチュアを箱に配して被験者に示し、その中で自由に作品を作らせるものだ。入院当初は、人と人との関わりが全く出てこない作品を作って職員を驚かせていたが、徐々に人間との関わりを投影する作品が出てきた。
 
  2001年11月から2002年11月には中等少年院である東北少年院で矯正教育を受けている。中等少年院は犯罪傾向の進度が軽く、心身に著しい故障がない、だいたい16~20歳の少年を矯正教育する少年院だ。少年Aは技能取得を柱とした社会復帰のための訓練をこなし、溶接工の免許を取得している。そこでは他の収容者約20人と寮生活を体験していた。嫌がらせを受けることもあったが、人間関係の構築もある程度はできたようだ。人と向かい合うとぎこちなくなる傾向はあるが、自分から親しみをもって話しかけるといった努力も重ねてきたという。(中略)

  少年Aを知る関係者からは「もう少年院でのカリキュラムはやりつくした。また5年やっても同じだ」という声も聞こえる。
  しかし、実は昨年の7月12日、神戸家裁は東北少年院に収容されている少年Aについて「不安の種は尽きず矯正と仮退院の生活環境調整のため、継続が相当」として2004年末まで約2年半の収容継続を決定しているのだ。当初の社会復帰プログラムより1年半の延長となった。
  「当初の更生プログラムは今年の4月までの予定でした。彼は少年法の適用を受けますから、少年院には20歳までということになっています。20歳を超える前に、家裁の審判を受ければ23歳まで延長ができます。ただ23歳になって出すとなると、保護観察はつきません。だからアフターケアをしっかりする意味で、一度延長しておいて、早めに仮退院させるのでしょう。そうすれば、保護観察をつけながら社会復帰を図れますからね。満期退院の23歳までの期間であれば少年院に戻ることもありえますが、23歳を超したらありえません。もう一度審判をして26歳まで収容するということも理論的にはありえますが、もし治療を受けさせることだけが目的ならば、措置入院とか任意入院とかの行政上の手続きの問題になるんじゃないかなと思います」(法曹関係者)
--------引用以上--------

  この少年Aという人物がもし外の世界で何かやったら、それこそ少年法の仕組みが全て崩壊してしまうという危機感が、当局にもあったのでしょう。かなり慎重に、手厚く更正させるための努力が行われているようです。

  問題なのは、このように「加害者」の方はきちんと保護されている一方で、彼らの餌食になった被害者には公的な保護がほとんど与えられていないことです。
  「犯罪被害者救済制度」があるじゃないか(●こちらを参照)という人もいるかもしれませんが、こんなのは保護のうちに入りません。対象が「故意の犯罪」に限られていて、しかも被害者に不注意があった場合など除外事例が多くなっています。おそらく今回の突き落とし殺人も、不注意があったという判断が下される可能性があります。
  しかも、金額は多くて1800万円、加害者側から損害賠償を受けた場合はその分を減額されます。これでは、話になりません。これから何十年と働ける一家の大黒柱を失った分を穴埋めし、深刻な精神的打撃を回復するためには全く足りません。
  年間で犯罪被害者に給付されている金額が11億円ほどで、一方で医療少年院のような手厚い手厚い処遇も含めて、加害者のために何千億円とかかっている。このアンバランスはどう考えても異常です。
  よく「右翼」や「保守」を自称する人びとが、日本で人権があるのは犯罪者だけだ、という極論を述べていますが、そこまで行かないにしろ、明らかに扱いに差があるということは言えるでしょう。

  以前、私はこういう事件の場合、とにかく「おかしな奴は隔離しろ」と言ってきましたが、それは現実を無視した空論だということに気づきました。
  起こってしまったことは仕方がないにしろ、その後の始末をどうするか。政治に求められているのは、そういう処理を、多くの人が納得のいく形で行うことだと思うのです。
  しかし、今の刑事行政を見ていると、何か理念だとかコンセプトばかりが先行していて、内実がそれに付いてきていないことがしばしば見受けられます。現場で働いている職員の人たちは、さぞかし大変なのではないかと思います。
  犯罪について、「人権をまもろう」「いや厳罰だ」という水掛け論などいくらしていても解決はしません。犯罪者はご神体でも、生け贄の羊でもないのです。
  光市の事件でウンザリしたのは、そういう議論ばかりで、今後こういう犯罪が起きた時どうするか、起こらないようにするためにはどうするか、という話が全く出てこないところです。なぜそうなるのかというのは分かります。自分に関係のないことを無責任に話している方が気楽だからです。死刑にしろだの、弁護団はアホだの、犯行時に少年だったんだから人権を守れだの、どうでもいいことばかり言っている人が多すぎます。

  少なくとも、犯罪被害者給付金の金額を引き上げるべきでしょう。また、犯罪被害専門のカウンセリングを都道府県単位で必ず受けられるようにしてもいいかもしれません。
  それ以上に、こういう犯罪が起こらないように、発達障害を含む対人コミュニケーション不全の人間の対人関係を改善するための機関として「社会化能力センター」というものを作ったらどうかと思います。人間というのは「人の間」にいるという意味なのですから、社会の中で適切に振る舞う能力がなければ、強い疎外感を味わうことになるでしょう。そういうものが、犯罪を助長しているのです。ひどい犯罪をやった人間に限って「おとなしくて目立たない人だった」ということがありますが、それは要するに周囲の人間と関わっていないからです。
  そういう能力を訓練する場だった共同体や家庭というものが破壊されている、もしくは十分に機能していないとなれば、国なり自治体なりでコミュニケーション能力をつけさせるべきなのです。コミュニケーション能力の確保を、憲法25条の「生存権」の一種だと考えたり、「教育を受ける権利」(26条)の対象だと考えたりすれば、立法は十分可能でしょう。
  青少年に有害な情報をインターネットから取り払えなどと議論している(●こちらのブログを参照)暇があったら、そういうことをもっと真剣に考えろと言いたいです。人間は過激な性表現や残酷な映像に触れても簡単に犯罪は犯しませんが、社会から阻害されれば簡単に犯罪を犯すのですから・・・。

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  次こそ韓国大統領の李明博についての記事を上げますので、少々お待ち下さい。

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2008.03.18(Tue)

【右も左も】茶番劇にはもう飽き飽きなんですが【お腹一杯】 

  最近話題になっているあのニュースに関して、少々触れておきたいと思います。

チベット騒乱 中国、武力弾圧を否定「焼死など」と発表
http://www.asahi.com/international/update/0317/TKY200803170145.html
--------以下引用--------
 中国チベット自治区ラサの騒乱について、自治区のシャンパプンツォク主席が17日午前、騒乱後初の記者会見を開き、騒乱による死者が13人に上ったと述べた。いずれも暴徒による殺害や火事による焼死などで、治安部隊による犠牲者はなかったとし、武力弾圧の事実を全面否定した。

 同主席はデモ隊の制圧は武装警察と公安(警察)が行っており、軍は加わっていないと強調。「治安部隊は発砲しておらず、戦車など人を殺害する武器は一切使っていない」と述べた。重傷者6人を含む61人の警察官が負傷したという。

 新華社通信によると、チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が中国政府を批判したことに対し、自治区高官は16日、「全くナンセンスな発言で、僧侶と住民は完全な信教の自由を享受している」と反論。ラサ市のドジェ・ツェジュグ市長も「分裂主義者の妨害さえなければ、チベットは歴史上最高の発展期にある」と述べた。政府機関や学校は17日から平常通りに再開するという。

 また、新華社は16日、事件後初めて「ダライ(・ラマ14世)集団の社会破壊活動は必ず失敗する」との論評を発表、「表面上はチベット独立を放棄したと言っているが、実際は分裂破壊活動をやめていない」と批判した。

 ダライ・ラマ14世が「北京五輪が開かれる08年は、チベット人にとって重要かつ最後のチャンスになる」「五輪期間中にデモ活動を行い、要求を訴えるべきだ」と発言していることを取り上げ、チベット問題と五輪を絡めていると指摘。暴力行為を先導しているのは間違いないと断じた。
--------引用以上--------

  チベット亡命政府に80人死傷したと暴かれ、四川省や青海省にも暴動の動きが広まってきているのを受けて、カウンターパンチを出してきた、といったところでしょうか。日本のみなさんには●2月の毒餃子事件でおなじみになった「隠蔽」戦術です。で、使うのはやっぱり朝日新聞(笑)。
  どうせこのあといろんなところから情報が漏れだして、「開き直り」「逆ギレ」パターンへ移行するのは目に見えていますが(笑)、まあこうせずにはいられない国だということです。

  もちろん、大いに騒ぐべき事件ではあるのですが、どうもその方向性を間違っている人たちがいます。「ネット右翼」「自称保守」の人びとです。
  思わぬ火の粉がかかってきそうなので、ブログの実例を挙げるのは差し控えますが、どうも彼らの論調はずれているのです。
  少々デフォルメして、「よくある」右よりブログの文章を再現してみます。

ところで・・・こういう一目瞭然な人権侵害が行われているっているのに、
人権だの平和だのが大好きなサヨクの方々はどうしたんでしょうねぇ?(笑)

ま、つまるところだ。連中にとっての人権なんてのは、
政府を攻撃するための道具に過ぎないんだよ。
いつだってサヨクってのは、ダブルスタンダードの卑怯者なんだな。
歴史認識にしろ、特亜の正体にしろ、真実から目をそらし続ける・・・
欺瞞に満ちた連中なんだよ、サヨクなんてのは。

悔しかったら、中国大使館に向かってデモでもやってみろよ、
人権大好きサヨクくんたち(笑)。



  一個の人格を持った立派な大人が、何を言おうが基本的には自由なので、こういうブログを書くこと自体には私は反対しません。
  ただし、経験者として言っておきたいのですが、こういう言論活動には1ミリだって現実を動かす力はありません。

  だって、そうでしょう??

  そんなことをいったところで、プロパガンダ活動をしているような団体が中国を批判するわけがないのです。自称保守やネット右翼という人びとは、そういう人びとの活動を鵜の目鷹の目で観察しているのですから(たとえば、●こういうことをよくもまあほじくり出してくるなあと感心する)、その特性は人一倍よく知っているはずです。
  それにも関わらず、「おら、中国に人権で噛みついてみろよ!」というのは、なんだかおかしな話です。魚屋に「早く牛肉売ってみろよ」と因縁をつけているようなものです。

  なに?サヨクは普段ひどいことをしているから、このくらい言ってやらないとダメだ?

  相手が「ワル」なら何をしてもいいということでしょうか。それって、「愛国無罪」とか叫んで日本企業のビルに石を投げているゴキブリみたいな人たちと同レベルじゃないんですか?

  はっきり言っておきますが、こういう問題で思想の対立している連中を責め立てるのは、やっているのが右翼だろうと左翼だろうと無意味です。というか、端から見ていて本当にみっともないので、やめてほしいというのが普通の人間の感想ではないでしょうか。
  だから、私は「保守」だとか「右翼」だとか「思想右派」だとか、レッテルを貼られるのが嫌なのです。

  もっとも、以前であれば、私もそういうレッテルを貼られると、ちょっと誇らしいというか、何か嬉しい気持ちになっていたような気がします。なぜなら、そういう風に思想傾向を持っていると、他にも仲間がたくさんいる上に、何も考えないでいいので楽だからです。
  本当にびっくりするのですが、チベットの暴動の話が出てきた時に、私が「多分保守とか愛国とか言っている連中は、左翼をバカにし始めるだろうな」と思ったら、本当にその通りの行動をしている人がいたのです。しかも、一人二人でなく、かなりの数で。
  どうも、愛国だとか保守だとか右翼だとか言っている人びとは、(彼らの双子の兄弟である人権平和憲法9条系地球市民と同様に)言論活動にフォーマットがあって、それに従ってしかものを考えられなくなっているのではないか、という気がします。これは、私も経験したことがあるので、多分当たっています。昔のgooブログの時代の記事を見ていただければわかりますが、日教組叩きみたいなことに熱を上げていたことがありました。その方が、記事が書きやすいし、敵と戦っているみたいで燃えてくる(笑)気がしたのです。
  
  そういう私が正気に返ったのは、実は「安倍晋三」という人物のおかげです。

  彼が首相になってしばらくして、選挙が近いというのに、残業代がゼロになるという法案(いわゆる「ホワイトカラー・エグゼンプション」)を出したり、共謀罪を国会に提出しようとしたりした時期がありました。
  そこで、このままでは俺の生活が危ないと思った途端、急に安倍氏や、彼に近い政治家を見る目が変わったのです。保守だとか愛国だとか言っているが、竹島のことは無視しっぱなしだし、中国やロシアの野蛮な行為に対しても何も言い返さないし、●変な宗教と深い関係があるみたいだし・・・なんかこいつ、おかしいんじゃないか?という風になりました。
  自分の経験を一般化するのは避けたいのですが、こういう感覚、すなわち「生活感覚」は結構大事だと思います。自分の生活程度が下がるのは嫌だとか、失業するとか、飢えて死ぬとかいう感覚は、余計な論理を介在していない分、シンプルで確実です。人間も生き物ですから、そういう感覚と無縁ではいられません。
  右翼とか左翼が「気持ち悪い」感じがするのは、彼らにそういう生活感覚が欠落しているからです。右翼の多くは自分は保守だと言います。では、何を「保」ち「守」るのかときくと、「日本」というあやふやな答しか返ってきません。逆に左翼は平和主義だと言いますが、現実の戦争をやめさせるために何をするか、きちんと答えられる人はいませんし、ジンケンジンケンと言いながら、身近にいる困った人を助けないでイラクの子供や熱帯雨林の心配ばっかりしています。
  要するに、どちらも●理念バカなのです。

  よけいなお世話かも知れませんが、少しは翻意する人がいるかも知れませんので、最後に書いておきます。

  普段からヘーワだのジンケンだのケンポーキュージョーだの念仏みたいに唱えている人も、中国だの朝鮮だの左翼だの聞くと血が騒いでしまい、「日本のために」がんばってしまう人も、自分が食べるものとか、寝る場所とか、結婚とか、それが将来どうなるかとか、そういうものについてじっくり考えてみるといいのではないでしょうか。
  そうすれば、チベットの人びとが迎えている危機を、自分の言葉で語れるようになるだろうし、なにより思想上の敵のことなどどうでもよくなるはずです。

  忘れてはならないのは、言葉によって人は思いを伝えることができますが、逆に言葉に囚われてしまって身動きが取れなくなってしまう危険もあるということです。たしか、小林秀雄か誰かがそんなことを言っていました。

  自分自身を「概念の檻」に閉じこめていないか、我々は今一度我が身を振り返ってみるべきなのではないでしょうか。

  次回から、少々力のこもったシリーズものを書きたいと思っています。このブログをいつもご覧の方々には、「総復習」的な記事になるかもしれません。楽しみにお待ち下さい。

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2007.12.25(Tue)

塾講師という仕事 

  体調が芳しくなく、冬期講習も始まってしまった関係で、新しい記事を上げられずに申し訳ありません。
  こんなブログではありますが、一応記事はきちんと調べたりして書いているので、結構な時間がかかってしまうのです。今日は、軽い記事でお許し下さい。  

  もうご存じのことでしょうが、私ろろは、塾講師という仕事をしています。

  もうすぐ、契約社員みたいな身分(塾業界では「社員」といっても1年契約なのが普通)になって10年で、なぜか「ベテラン」などと呼ばれるようになってきてしまいました。そういう人間の経験談みたいなものも、たまには書いておいて損はないかなと思います。

  1月になると、いよいよ中学入試が始まります。

  そのときに「入試付き添い」というのをやります。塾のセンセーたちが、中学校の校門の前にたむろして、受験生と握手するあれです。雰囲気を知りたい方は、●以前gooの方で書いた記事をご覧頂くとよいかもしれません。
  朝早くから寒い中大変ですねぇ、と言われますが、私は別に大変だと思っていません。最後の一押しをするのも仕事のうちだと思っていたからです。しかし、最近分かったことですが、もう一つ理由ががあるようなのです。

  「一生懸命塾のセンセーをしている自分に酔っている」

  つまり、自己満足の部分もかなり強いということです。
  どうも、私は日頃いろいろ抱えている悩みとか不満の行き先をそらすために、そういう「イベント」を利用してカタルシスを得ているのではないかという気がするのです。

  私はこの仕事は「好き」ですが、同時に、その好きになっている自分を外側から見ると、「おいおい、それでいいのか」と思うことがあります。

  もともと、私がこの仕事を始めたのは、初めは留学のためにお金を貯めやすいからでした。20代前半で今とほとんど変わらない収入を得ていたのですから、金銭的には魅力的でした。時間的な余裕もあるので、語学の勉強も十分にできます。
  その留学目的が、25歳を過ぎた辺りで、司法試験の受験に変わりました。午後まで勉強時間が取れるので、ちょうどよかったのです。おかげさまと言うべきか、択一には3回受かりました。論文は全くダメでしたが・・・。今考えてみると、夏と冬の長期休暇中のまるまる2ヶ月は勉強が全く出来ないので、たいして時間が取れるというわけでもないのかもしれません。
  しかし、試験一発でも良い司法試験(旧試験)が採用人数を激減させ、法科大学院の卒業生主体の試験に切り替わったタイミングで、これもやめました。この先続けても、おそらく実りはないだろうと思ったのです。
  そして、今に至るわけです。一応やりたいことはありますが、それに向かって進んでいるのかどうかも怪しい毎日です。

  今になって一つ分かることは、「塾講師は5年以上やるべき仕事ではない」ということです。
  この業種は、長期休暇など、講習がある時は別ですが、基本的に夕方から仕事を始めるので、就業時間が短いという特徴があります。経営をする側としては、あまりそこに給料を出したくないというのが本音です。自給に直すと悪くない金額なのでしょうが、フルタイムで働く人間に対しての待遇とは差が出てくるのは当然です。
  うちの会社はそれでもまだましな方ですが、最近は「少子化」だとか「競争力強化」といった名目があるので、給料も上がりません。私など、いくら合格実績を出しても3年連続で減給です。当たり前ですが、勤務態度は真面目ですよ(笑)。だからといって、同業他社にいってももっとひどいことになるというのが、教育産業の置かれている現状です。
  そんな中でも塾講師をやっている人たちというのは、表向きは「教えるのが好き」「子供が好き」ということでやっているのかもしれませんが、実際のところ「他に行きようがない」というのが一番大きな理由になっているのではないかと思います。
  30を過ぎてしまうと、なかなか雇ってくれる会社もありません。あったとしても、ノルマが厳しかったり、初任給が15万円くらいしかもらえなかったりで、とても移る気にならないというのが本音です。自分も含めて、無駄にプライドだけは高い人種がいる世界ですから、ペーペーでこき使われるというのを受け入れられないのかも知れません。

  それでも、何も仕事がないということに比べると、まだずいぶんとましなのかも知れませんが・・・。

  ボーナスはいくらだとか(自分にはボーナスというものが「ない」)、今度の連休は行楽日和だとか(祝日は勤務、土曜日はもちろん仕事)、アフター5のお勧めスポットだとか(まさにその時間が勤務時間)、そういうのを聞くと、普通の仕事をしている人が羨ましくなることもあります。
  まあ、早い話、世間とずれてしまう仕事だということです。だから、入ってきて日が浅く、他の業界に知り合いがたくさんいるという人も、長年やると同僚しか話し相手がいなくなります。
塾の仕事で話題になることなど合格実績や子供の話しかないので、他の世界の住人と話が合わなくなっていきます。私と同じ職種の人で、30代以上の人のほとんど全てが独身だというのもある意味当然の話です。親御さんも、そういうのが分かると、塾に子供を預けるのが不安になったりするかも知れません(笑)。
  昇給やボーナスがないというのも痛いですね。30歳以降、将来設計というものが全く立ちません。基本給も下がっていく一方では、この先じり貧になるのは間違いないでしょう。
  なんとか、この状況を変えなくてはいけないのですが・・・節目の度に没頭せざるを得なくなって、気づけばまた次の年度になっていた、というのがここ何年か続いています。司法試験に受かれば、という、確率は低いものの分かりやすいビジョンがあった時と違って、今は毎日悩みながら生きているという感じです。

  ブログを書いているといっても、知り合いから「そんなカネにならないこと自慢してどうするんだよ」と言われたりもして・・・読んでくれた方が拍手やコメントを頂けることは、本当に救いになっていますね。
  できたら、「文筆業」の方に行きたいと思うこともあるのですが、他の方のブログを見ると愕然としますね。「フルタイムの仕事をやっていて、これだけのものが書けるのか」と・・・自分には才能がないのかもしれません。
  さもなくば、「貿易関係」の仕事にでも就ければと思っています。そういうところで国際取引のイロハやら外国のやり方を知っておけば、あとあとものを書いたりする時も便利だと思ってのことです。30代半ばの男を雇ってくれる会社があれば、という条件付きですが・・・。
  そのために、とりあえず語学をやって、関係する資格を取っておこうと思い始めたのはつい最近のことです。どうなるかは分かりませんが、閉塞した状況を抜け出すきっかけになってくれると信じています。

  目の前の仕事を全てと思わず、広い視野をもって一日一日生きて行けたらいいですね。

  長々と、愚痴めいた話にお付き合いいただいてありがとうございました。

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2007.09.14(Fri)

刑法39条の話~「理念バカ」に陥ることの危険性とは 

  最近、似たようなニュースが連発したので、取り上げておきます。

心神喪失で29歳女を不起訴=JR横浜駅の女児刺傷-横浜地裁
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007091300471
--------以下引用--------
 JR横浜駅地下街で今年5月、女児がナイフで刺され重傷を負った事件で、横浜地検は13日、傷害の現行犯で逮捕され殺人未遂と銃刀法違反の疑いで調べていた無職女(29)=新潟県三条市=を不起訴処分にした。同地検は、心神喪失で刑事責任を問えないと判断した。
 同地検は同日、心神喪失者医療観察法の適用を横浜地裁に申し立てた。同地裁は申し立てを受け鑑定入院命令を出した。
 調べによると、女は5月25日午前、横浜駅東口地下街でナイフで女児の背中を1回刺し、重傷を負わせた。
--------引用以上--------


心神喪失で無職男を不起訴=老人介護施設2人刺傷-仙台地検
http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-16X822.html
--------以下引用--------
 仙台市太白区の市医療センター介護老人保健施設「茂庭台豊齢ホーム」で3月、看護師の女性ら2人が男に果物ナイフで刺され負傷した事件で、仙台地検は16日、殺人未遂の現行犯で逮捕された無職の男(32)について「心神喪失で責任能力がない」として不起訴処分とした。

 男は逮捕当時「誰でもいいから殺してやろうと思った」などと供述。地検は、妄想に支配されて犯行に及んだと判断した。 
--------引用以上--------


  よく殺人事件などが起こると、弁護側が「被告は犯行当時心神喪失の状態にあった」から無罪だと主張することがあります。
  これは、刑法39条1項に、「心神喪失者の行為は、罰しない。」という条文があるためです。なぜこんな条文があるのかというと、自分の行為の意味がわからなかったり、自分のやっていることをコントロールしたりできない(責任能力がない)奴を責めるのは酷だろうという判断があるからです。
  確かに、理論的にはわかるのですが、それじゃあ頭のおかしくなった奴は何をやってもお咎めなしなのかというと、そうでもないようです。一応、「精神保健法」と「心神喪失者等医療観察法」という法律があります。

心神喪失者等医療観察法Q&A
http://www.moj.go.jp/HOGO/hogo11-01.html
  ポイントは、以下の通りです。

(1)重大な犯罪を犯したが不起訴や無罪になった心身喪失者などが対象になる
(2)地方裁判所で裁判かと精神科医が相談して入院通院を決定する
(3)審判には必ず弁護士が付き添う
(4)受け入れ先になるのは、24カ所の「指定医療機関」である
(5)社会復帰を促すために、保護観察所も関与する


  従前から「精神保健法」という法律があって、犯罪をやったのに不起訴になった心神喪失者らの面倒を見てきたのですが、その限界が見えてきたので、処遇を見直そうということでできた法律です。
  きっかけになったのは、間違いなく「大阪教育大学池田小学校の連続児童殺傷事件」です。この事件の犯人であった宅間守は、度重なる犯罪にも関わらず、医療機関や行政の関与が不十分で、結局あのようなひどい犯罪を犯すまで「野放し」にされてしまっていました。そのことについての反省が、このような立法の出発点にあります。

  そして、こういう「ちょっと変わった人たち」について行政が処遇を変えようとすると、必ず出てくる声があります。

  「精神障がいを抱えた人たちの人権を守れ」
 
 というのがそれです。そのような意見も見てみましょう。

心神喪失者医療観察法 7月法律施行前に異例の法「改正」の事態! 2005/03/30
http://www.janjan.jp/living/0503/0503295090/1.php
---------------------------------------以下引用----------------------------------------
 心神喪失者医療観察法が、7月の法施行を前に「改正」されるとの報道がなされた(3月27日・朝日)。このような施行前の法律改正自体極めて異例とのことである。
 
 この法律は、全国24カ所に、「特別病棟」を造り、「重大な他害行為(各種未遂も含まれる)」を心神喪失、耗弱状態で行ったものに対して、「審判」を経て「強制入院(上限なし)」、「強制通院(上限5年)」を命じることが出来る、という内容で、2001年6月の池田小事件以来、小泉首相の発言にも一つのきっかけとして、急速に浮上し、全国各地の当事者団体、JDやDPI日本会議等障害者団体、精神医療医療従事者団体、日本精神神経学会、元ハンセン氏病患者団体、各種労働団体、日弁連、人権諸団体等の強い反対を押し切って、政治献金疑惑も浮上するなか、2003年7月に2度にわたる「強行採決」を経て成立したという、いわくつきの法律である。

 この法律の施行が延期される。主な理由は、7カ所の国立関係病院周辺の地元住民の「理解」が90回以上の説明会にもかかわらず、得られないことにあると報道されている。しかし1年4カ月(3会期)の異例の長期にわたった国会審議での多くの論点と、医療観察法施行準備の現状を分析してみると、今回の事態の問題点がよりくっきりと浮かび上がってくる。

 まず、この法律は「精神障害者は何をするか分からない」等の、残念ながら一般にいまだ根強い精神障害者に対する「差別感情」にいわば乗っかる形で成立してきたといえる。この法律が精神障害者に対する差別意識を余計、強化するのではないか、という点は、国会でも論点となったが、まさに危惧されたように、たとえば私も参加した(ただし当事者の発言は阻止された)国立精神・神経センター武蔵病院(東京都小平市)地元説明会での住民の発でも、そのようなものも少なくはなかった。現在建設予定地各地で反対運動が起きているが、周辺住民1万7000人以上の署名を集めた、名古屋の東尾張病院のケースでは、なんと病院ごと郊外に移転して欲しいという内容の「代替案」までもが厚生労働大臣宛に出されている。

 その他の地域でも地元の反対は強く、他府県の患者を受け入れるという点で、県議会等の同意が得にくい等の理由、そして、 なによりも、法成立・施行そのものに多くの当事者、精神医療従事者が反対しつづけてきたこともあって、現在7月までにわずか2カ所(66床)完成のめどしか立っていない。

 これでは、年間300人程度と予想される、新規入院患者の数にはとうてい足りず、厚生労働省は都道府県立病院に予算・人員等を配置し、「当面」それを「代用」するという、「改正案」を今国会に提出する協議が始まったとの新聞報道がなされたわけである。

 また、現在、この法律に付きまとっていた「再犯予測」「偽陽性(再犯を行わないのに結果的に強制入院させられてしまう人)」の問題が、急速に再浮上してきている。2002年11月に提出された「塩崎修正案」では、「再犯のおそれ」という言葉は削られ、再び「同様な行為を行うことなく」「社会復帰」を促進する法律であることが強調された。しかし、昨年末に出された「鑑定ガイドライン」では「リスクアセスメント」という評価軸が加わった。不起訴処分になった事件等の過去の経歴・生活歴・さらには海外渡航歴・宗教まで、調べる「リスクアセスメント評価」を、強制入院・通院を決定する「審判」の際に重要な判断材料になる鑑定材料にするというのである。

 医療観察法に関して、政府がこれまで主張してきた趣旨は、当該「行為」を行った「原因となった標的症状」に「手厚い治療」を行い、本人の「社会復帰」を行うための「医療制度」である。国会答弁でもこの点が繰り返し強調されてきた。しかし、長期にわたる「リスクアセスメント評価」はどう見ても「再犯予測」である。強制入院の長期化にも直結するだろう。日弁連は「リスクアセスメント評価」の導入は医療観察法自体にも違反するものと、非常に問題視し、現在「鑑定ガイドライン策定」の中止を正式に申し入れている。

 最後に、2003年の参議院審議段階で非常に問題となった、法案成立・審議過程における、「政治献金」問題であるが、上野公成内閣副官房長官(当時)関係政治団体への日精協政治連盟からの「政治献金」未記載の件の「政治資金規正法違反」に関する、検察の不起訴処分に対して、検察審査会は3月15日不起訴処分不当決定をくだした。

 これは、池田小事件の2カ月後の8月8日、日精協政治連盟からの、上野公成参議院議員(当時)関係の「休眠政治団体」への4件各50万円、12月に1件50万円の計250万円の「政治献金」が、各政治団体の政治資金報告書に一切記載されておらず、代表、会計責任者をつとめていた秘書3名が、精神医療ユーザーグループ5名によって東京地検に刑事告発された事件である。今年1月に出された検察不起訴処分に、ユーザーグループ5名が申立をおこない、今回、政策秘書辻修治の検察不起訴「不当決定」がだされたのである。

  (中略)

 言うまでもないことであるが、医療というおよそ市民の生命・健康、そして人権にも直接関わる分野の政策が、不透明なお金の動きによって左右されることは、決してあってはならないことである。

 以上のように、疑惑や諸問題が山積、法施行前から、すでに「改正案」が議論されるような「心神喪失者等医療観察法」は、その根本問題を今一度しっかり認識したうえで、その場しのぎの「改正」ではなく、いったん法施行を中止した上で、本当の意味での解決にむけて、今一度、原点に戻った議論を国会で行うべきだと強く主張したい。

 「保安処分施設」に入所したという事実は、いわばレッテルとなって、その人の一生を決定的に左右しかねないのである。諸外国の事例をみても、やがて入院の長期化が問題となるのは必至である。そしてむしろ精神障害者の人権を擁護することを通じて、「不幸な事件」の被害者をも減らす方策こそが本来、追求されるべきだったのではないだろうか。
---------------------------------------引用以上----------------------------------------

  まあ、確かに強行採決を経てまでやるべき立法なのかどうかは怪しいところです。十分な議論が必要だという意見には同意します。
  しかし、この記事の最後に付してある「主張」に、強い違和感を覚えるのは私だけではないはずです。

>むしろ精神障害者の人権を擁護することを通じて、
>「不幸な事件」の被害者をも減らす方策

  私はこのブログで、さんざん「ネット右翼」的な人々を非難しています。理由は簡単で、彼らには生産性がないからです。
  しかし、私は「左翼」と言われるような人間も、同じくらい生産性がないと感じています。
  はっきり言って、右翼とか左翼とかいった人間は、どちらも役立たずです。理由は簡単で、彼らは現実の問題に対して観念的な議論を優先させて、状況を改善するというアプローチを取ることができないからです。

  この引用記事は、おそらく「左」の人間が書いたものだということは、政治不信を煽るような論調や、私が今さっき引用した「人権を擁護する」うんぬんというくだりから十分に推察できます。
  まず思うことは、なぜここまで法案の成立過程について詳細な記述をしておきながら、自説については曖昧な主張ですませているのかということです。「人権を擁護する」というのがどういうことを指しているのか、また、精神障害者の人権を擁護するとどうして「不幸な事件の被害者」とやらが減るのか、全く言及がありません。
  JANJANの記者ごときにそんなことを期待するな、などと言う人がいそうですが、それなら自分の主張に近いことを言っている精神科医や人権団体の見解を引用するか、インタビューでもすればいいのではないでしょうか。インターネットでも探せばいくらでも出てくるはずです。
  ただ文句を言いたいだけならともかく、自分の立場から国民のためになるような知識や情報を提供したいというのなら、そういうことを提示しなければ意味がありません。

  どうも、「左」や「地球市民」を自称する、あるいはそういう傾向のある人間にありがちなのですが、理念や公理(自由、平等、人権尊重など)に反しているという価値判断だけで、「ではどうするのか」というところについて全く考えていない人があまりに多くないでしょうか。
  そういう人間は「理念バカ」と呼ぶべきです。理念バカは、「どうするか」ではなくて「何が正しいか」という点にだけ議論を集中する、あるいは他人にさせようとする人間です。つまり、善悪を判定することだけを目的に人と会話したり、言い争っていたりする人間です。
  やっかいなのは、そういう人間たち、特に左側の理念バカの問題提起というのは、意外とまともなことが多いのです。たとえば、イラク戦争はアメリカの侵略戦争だとか、そういう戦争に自衛隊が関与すべきではないとか、そういう目の付け所自体は決して理屈をこねくりまわした議論ではないのです。
  それにも関わらず、彼らの言っていることが何かおかしいと感じるのは、それが現実に存在している条件を無視して、極めて単純な三段論法によって物事を判断しているからです。今回の記事の場合は、

  (大前提)精神障害者には人権がある
  (小前提)心神喪失者等医療法観察法には、人権侵害のおそれがある
  (結論)同法は妥当ではない


  と、要するに「左」の人間が言いたいことはこれだけです。万事こういう判断をしているのです。まあ、「右」というのも似たようなものですが。

  しかし、普通に人生経験があり、日々面倒ごとに接している人間であれば、こんなことで世の中にある物事を一刀両断するのは危険だということにすぐに気がつくはずです。●以前の記事で挙げた大峰山の話もそうですが、理念バカの行動というのは、論証は難しいのですが何かおかしいという感じがするはずです。その直感の方がおそらく正しいということです。
  こういう理念バカをうまく扱うには、彼らの設定したリングの上には絶対に上がらないことです。今回であれば、「人権侵害か否か」というところには決して上がってはいけません。「こういう配慮をしています。以上」で十分です。
  理念バカにお付き合いすれば、彼らは延々と「懸念」や「憂慮」を次から次へと出してきて、戦うのをやめようとしません。例のジューグンイアンフの問題で、社民党や共産党に追究されて、「広義の強制性はあったかもしれないが、狭義の強制性はなかった」などという反論をしてしまった安倍前首相など、その辺を全くわかっていなかったといえるでしょう。喧嘩の下手な戦う政治家・・・まったく日本は平和ですね(笑)。
  では、そういう人間たちに全く存在意義がないのかというと、そんなことはありません。なぜなら、彼らの懸念や憂慮も全体として見れば、それなりに妥当だからです。そういったものが、国民の側にある程度の判断材料を提供したり、立法担当者に性急な決定を躊躇させるという利点はあるのです。
  ただし、個別の問題で付き合っていたらきりがないということです。

  では、おまえの考えはどうなんだ、という声が聞こえてきそうなので、一応心神喪失者の処遇について私の考えを示しておきます。
  まず、絶対に忘れてはならないのは、精神に障害があるからといって、健常者より利益を得る立場に置いてはならないということです。
  私が思うに、「平等」というのは、機会の平等でも結果の平等でもなく、責任の平等だと思います。つまり、犯した罪や、その期待される責任に応じて、相応の責任は誰でも取るべきだということです。
  私が許すべきではないと思うのは、殺人を犯した人間の家庭境遇などを刑の重さの判断材料にすることです。たとえば、債権者に追い詰められた債務者が耐えきれずに債権者を殺してしまったということなら、債権者にも殺された責任はあるわけですから、減刑をしてもいいでしょう。しかし、「不幸な身の上だった」とか「誰にも受け入れてもらえなかった」という個人的な事情は、殺された人間には何の関係もないことです。そんなことを弁明として受け入れてしまえば、不幸な人間は何をやってもいいということになってしまうでしょう。
  精神障害者についてもそれは妥当します。ほとんどの精神障害を抱えた人たちは、自分の障害と闘いながら何とか一般社会についていこうと努力しています。しかし、だからといって健常者より甘い判定をしてくれというのはおかしな話です。殺されたり、傷つけられたりした相手には、全く関知しない事情です。仇討ちが許されていない以上、国が応報としての刑を科すのは当然です。民事なら、賠償をきちんとすべきです。
  そういった賠償ができないなら、国がするしかありません。精神障害が深刻なら、その症状を緩和するための必要な措置を執るべきです。彼らが害悪を生じさせたということは動かしがたい事実であり、同じ事態を繰り返させるべきではないからです。
  たとえば、今回の心神喪失者等医療観察法についていえば、おそらく一番問題なのは、

>7カ所の国立関係病院周辺の地元住民の「理解」が90回以上の
>説明会にもかかわらず、得られないこと

  です。そうだとすれば、全く違う場所に治療のための機関を作るしかないはずです。
  議論というのは、そういう風にするものなのであって、人権に関わる問題になったら「守れ、変えるな」とばかり叫んでいては何も解決しません。

  そして、そのことと、精神障害を持った人々の人権擁護というのは、切り離して考えるべきだということも言っておかなければいけません。
  精神障害は、よほど重度のものでない限り、なんとか症状を抑えることができるものばかりです。統合失調症がいい例です。
  しかし、もうこれは押さえきれないというレベルのものについては、やはり公的機関が何らかの処置をせざるを得ないでしょう。もちろん、その中身が人格を否定するようなものでないことは、議論や修正を続けるべきです。そういう避けようのない問題を抜かしたまま「不当な拘束だ」とか「人権侵害のおそれがある」という表面的な論理展開しかしないから、左翼はおかしいと思われるし、一般の人々に信用もされないのです。

  何より重要なのは、こういう問題は「穏当」なのが一番なのであって、理念バカの戦いの場にしてしまってはいけないということです。
  極端な意見に走ってしまうには原因があります。「左」も「右」も、とりあえず自分のよってたつ理念に従って言いたいことを言っておけば、誰かが何とかしてくれるだろうという甘えがあるのです。現実がどうなるかということは、彼らには二の次なのです。だから、どこの国の軍隊が襲ってきても9条を守ればいいと発言できたり、国民生活をほっぽらかしにしてもケンポーカイセーさえできればいいと臆面もなくブログに書けたりするのでしょう。
  私は、そういう人たちと議論をしたいと思いません。どうせ、自分の理念に反すると気づいたら、あらゆるところで揚げ足取りをし始め、彼らが「論破」したと認めるまで「懸念」や「憂慮」や「矛盾点」や「国益に反する点」を作り続けるに決まっているからです。  それよりも、今現実にある困ったことについて、被害を最小限に食い止めながら、少しでも多くの日本人が不幸にならないようにする方法を考えていくことが大切なのだと思います。

  そういう問題提起として、私はあえて

  「刑法39条は廃止も含めてどんどん議論しろ」

  と、提唱したいです。

  私個人は、以前は廃止すべきだと思っていましたが、現行の法律でも十分対処できるので無理に改正する必要はないという立場です。
  ただし、心神喪失者用の指定医療機関には何倍もの予算を投下して、「本気」でやるべきです。コームインカイカクなどというものをバカの一つ覚えのように唱えている人間や、何でもかんでも自己責任を強調する脳みその皺のない人間の言うことなど聞く必要はありません。社会の安定を維持するというこれ以上にない利益があるのですから、法務省も臆面なく予算を要求すべきです。
  左右の理念バカ同士(困ったことに国会議員にまでこういう連中がいる)が生産性のない議論を続けている間に、現場職員がどんどん多忙になって追い詰められていくというのは、児童相談所の例でも明らかです。虐待児童が増えているとかいろいろ報じられていますが、埼玉県を例に取ると、収容率が94%にも達しており、職員の努力も限界に近いところまできています。何でもかんでも公務員を悪者にすればいいと思っているアホ(特に「保守」や「愛国」を名乗る構造改革信者に多い)は、そういう現実を直視すべきです。それができないなら、あなたがたはバカ左翼と同じです。
  
  なにしろ、まじめにやっている人間や、何の落ち度もない人間が馬鹿馬鹿しさやむなしさを感じないような仕組みを少しずつ作り上げていくことです。

  理念ばかり叫んでいるほど、人生は暇ではないはずですからね・・・。

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